徹子さんの本の中で1等好きかも。
とにかく徹子さんの交流関係(渥美清 永六輔 小沢昭一 向田邦子 森茉莉 沢村貞子)が素敵すぎてやはり類は友を呼ぶのね。
それにしても天真爛漫な徹子さん。子どもがそのまま大人になったような。中でも渥美清とん関係が素敵。
終生、徹子さんのことを”お嬢さん”と呼び、徹子さんも渥美さんのことを”お兄さん”と呼び、最後の電話の時も渥美清の異変に気づかずいつも通りの会話で終わり、どんだけ渥美清は救われただろう。そこが徹子さんの無意識の善行なんだと思う。
若い頃、中華屋さんでエビチリが出てきた時にひとり2個!って徹子さんが頭数で割るエピソード。
チンジャオロースの時は(肉を)ひとり5本!
シュウマイはひとり1個半!
分けづらい料理の時はスプーン2杯!って笑った笑った!
分配の女王って言われて渥美さんが
「いつか俺がいっぱい稼いで、みんなに、いちいち数を数えなくても、食いたいだけ食えるようにしてやるからよ」
すると永さんが
「いや今が一番幸せなんだよ」
「年をとっていくら金持ちになって、エビやシュウマイをかぞえたりしないでよくなってさ、ロクに食欲もなくなって
”今日はこれ食べたい!というのもなくて、注文した料理も食べきれずにお皿に残したりする方がずっと不幸せじゃないか、今夜みたいに、みんなで”ひとり2個よ”なんて言い合って食べるのが、いちばん幸せなんだよ」
このエピソード、最初は爆笑して読んでたんだけど永さんの言葉でほんとにそうだなってしかも30代くらいの時にこんなふうに言えるなんてすごいよなってそんな仲間たちに囲まれて過ごした徹子さんの30代はなんて素敵で宝物のような時代だったんだろうな。
向田邦子さんの霞町のマンションにも毎日のように行っていて向田さんがちゃちゃっと作る手料理を食べたりしてもう最高の’時間!
向田さんも徹子さん偏見のない考え方、頭に良さ、天真爛漫さが気に入って少し年下に(4歳下)妹みたいに思っていたのかもね。
スルメ欲しさに兵隊さんを見送りに行ったこと、今も心に傷として残っている。戦争は小さい子も含めて誰でも傷ついたといくこと(かつての兵隊さんの言葉)
あと森茉莉の部屋、2分のつもりが4時間になったって。
今でいうゴミ屋敷?なにかをどけるとゴキブリが4、5匹
逃げてくってすごい。
でも、不思議と全然嫌な感じはしなくて居心地が良かったみたい。不思議な人森茉莉。
”お母さん”と呼んで慕っていた沢村貞子のことも、徹子ちゃんの子どもならきっと楽しいから私が育てるって本気で言った森光子のことも、そしてもっともっとあるだろう渥美清とのことも広辞苑くらいの厚さになってもいいから読みたい。