戦後70年ほど経ち憲法改正の議論が出てきた、今まさに先の大戦で日本がどのような選択を取ってきたかを知るのに良い機会だ。前作も含めて、ベストセラーである「失敗の本質」よりも本質に迫れると個人的に思う。安倍談話では「世界恐慌によって欧米諸国が植民地経済を巻き込んだブロック化を進め、日本経済は打撃を受け孤立し、力の行使によって解決を試みた」との認識が語られ、多くの日本人が同様の史観を持っているが、データを見ると植民地の輸出入に圧倒的に偏りがあったのは日本側であり(世界恐慌後)、アジア太平洋での開かれた経済構想を問いかけたのは日米交渉におけるアメリカ側であった。日本は現在も変わっていないが、当時はとくに国としての方向性・軸がしっかり固まっていなかった印象を抱かせるエピソード満載だ。
古代の歴史にも憲法改正のターニングポイントを重ねる思考は興味深い。膨張政策を取る唐は新羅と組み、高句麗は百済と冊封体制にない倭国と組み、645年に唐は高句麗に大軍を派遣。国内で結束して対抗準備するために大化の改新が起こり、天武天皇の時代に日本書紀が完成する。白村江の戦いで大敗したのち、遣唐使・粟田真人は倭国ではなく日本という新しい国から来たと則天武后に説明。唐を参考にして大宝律令を制定した。昭和天皇も白村江の戦いと太平洋戦争を重ねていたという。
本書で扱う3つの選択は、「リットン調査」「三国同盟」「日米交渉」。リットン調査については新聞などでも公になっていたのに誰も読んで理解していない印象。満州事変が関東軍の自作自演で満洲国も傀儡政権であると日本側の主張を否定する内容で理解している人が多いが、実際は日本側へも配慮され日中間の交渉を促す内容だった。日貨排斥が中国国民党が主導となっている点は認められているが、これが国際連盟の精神に反するのは資本主義国の横暴にも感じさせる。 問題は日露戦争で多大なコストをかけたため相応の利益を満州で享受すべきという観念に囚われ(ロシア南下の脅威もさながら)、国家主義団体が暴力で言論の自由に脅威を与えていた事実が大きい。1940年には2000ほどの組織があり、63万人にものぼる構成員がいたという。2.26事件も5.15事件もそうだが、天皇自身が身の危険を感じていたのも頷ける、恐ろしい時代だ。そして日本国民の多くは真相を知らされていないとリットンが語るのが重い。しっかり情報開示して世論をうまく動かす政治力が欠けてしまった点も致命的だ。日本だけで満州権益を守るのはコストも大変だろうから、世界全体で安全保障も含めて管理する方法で妥結しましょうというのがリットンの提案であった。アダム・スミスが、独占的な植民地貿易は国民利益増大に反するといってアメリカ独立を承認すべきと考えたことに通ずるものがある。松岡洋右は妥協を再三迫ったが、国際連盟を介さず中国国民政府との直接交渉にしか目が行かなかった内田外相は全て却下し、「世界の道」を自ら閉ざした。イギリスだけでなく、5カ年計画が大失敗したソ連も満洲国承認を事実上していたのにこの結果とは、軍部のみが失敗の本質にあるわけでないことがよく分かる。中国側へ強気に出れば屈服するだろうと、ただそれだけの見通しで外交をやっていたのである。誰も連盟規約違反だ不戦条約違反だ、などと言っていなかったことが逆に現代の感覚とのズレを感じさせる。
三国同盟についてはドイツの快進撃に便乗したというより、戦後の太平洋植民地への権益確保狙いが大きい。ドイツは最後の地域となるイギリスの士気をくじくため日本と同盟しソ連を攻撃、さらにアメリカ参戦の抑止を目論む。英米を敵に回しかねない同盟に海軍などは当然反対する。ここでも軍部ではなく政治家(近衛首相や松岡外相)が、連盟脱退後も経済的に孤立しなかった(武器を輸入できた)だの、ドイツがオランダを占領しているので石油を融通してもらえるだのと言って短期間で同盟を妥結してしまう。軍用資源が秘密で実際に数字が分からなかったというだけの話では済まされない。松岡外相も、毅然たる態度のみが戦争を避けるという、恐ろしく単純化された理屈をもとに失敗は続いて行く。しかし三国同盟で日本が牽制したかったのはアメリカではなく戦後にアジア回帰するドイツだったという。単純な目先の利益に対してだけは算段が抜け目ないので余計にたちが悪い。ちなみにこの時期の独ソ不可侵条約の密約でドイツはポーランドへ、ソ連はバルト三国に侵攻しているが、戦後なぜかソ連は罪を問われることは無かった。
日米交渉については、最後通牒の事務処理遅れのために真珠湾騙し討になったエピソードや、アメリカが事前に察知していたなど、様々な都市伝説があるが、どちらも否定されている。日本側にも国家主義者が反英米強硬だったのに対し、アメリカ側でも対日強硬派が多くおり、ローズベルト大統領やハルはそれらを抑えていた。全面禁輸は両者が休暇でいない間に強行して採決されたという。その頃にはドイツがソ連に侵攻し、これまた便乗するために北進を主張する松岡と参謀。これを抑えるために軍部が対英米戦を辞せず、と言った文言だけが先走ってしまう。結局、日米交渉も国家主義者による脅し=反国家的親英米、昭和維新勤王討幕は迫る、によって狂信的な方向性へと進んでいく。