作品一覧

  • 特攻基地 知覧
    値引きあり

    特攻基地 知覧

    小説・文芸

    4.3
    1巻715円 (税込)
    あの青年たちを見送ってから、二十年たって、この本ができた―― 大戦末期に陸軍報道班員として知覧の出撃の現場を目撃した高木俊朗は、戦後、元隊員、親と子、同胞たちを取材し続けた。南洋に面したこの基地で、彼らは何を想い飛び立ったのか?俗説が氾濫する「特攻」の、知られざる証言を掬いあげる戦争ノンフィクションの白眉、当時の取材写真と新規解説を増補した決定版。 文庫版解説(本書に再録)・入江徳郎 新書版解説・大木 毅 ※本書は、1965年9月に『知覧』として発表され、73年7月に角川文庫化された作品を新書化したものです。 ◆食糧難の中、隊員たちに無償で食事をふるまった富屋食堂と鳥浜とめの素顔 ◆八月十五日、司令部で隊員は出撃を申し出、高級参謀は軍司令官に特攻を求めた ◆老朽機が過半で故障と事故が頻発していた 【目次】 悲愁の桜 女学生の日記 孤独のいのち 十六年目の手紙 暴力制裁 不慮死 ひとすじの愛 花流し 神州亡滅の日 この母と子 空に消えた顔 残された者 花束 史実と事実 春はめぐれど あとがき 角川文庫版あとがき 文庫版解説 入江徳郎 新書版解説 大木 毅
  • インパール

    インパール

    小説・文芸

    4.3
    1~3巻815~1,400円 (税込)
    太平洋戦争で最も無謀だったといわれるインパール作戦。昭和19年3月、ビルマから英軍の拠点があったインド北東部・インパールの攻略を目指した日本軍は、この作戦で歴史的敗北を喫した。「インパールの悲劇」は“日本の東条”とビルマの“小東条”牟田口廉也の握手から始まった――史実に基づいた考証と冷静な筆致と気迫で、涙と憤りなしでは読めない、第一級の戦記文学を復刊!「何しろわしは、支那事変の導火線になったあの盧溝橋の一発当時、連隊長をしていたんでね。支那事変最初の指揮官だったわしには、大東亜戦争の最後の指揮官でなければならん責任がある。やるよ、今度のインパールは五十日で陥してみせる」功名心に気負いたつ軍司令官・牟田口中将の下、いたずらに死んでいった人間の無念。敗戦後は部下に責任転嫁し、事実の歪曲を押し通した軍人を許すまじ!本書はその実相を書き、牟田口廉也批判の口火を切った『イムパール』に、著者自ら大幅な改訂を加えた文庫決定版。 【目次】 戦いの日の回想―序にかえて― インド征服の夢 先手後手 インパール見ゆ 狂奔 雨季 ビシェンプール攻撃 壊滅 死の道 肉体の限界 時期作戦準備中 戦記の中の真実―あとがきにかえて― 〈インパール作戦〉地図・部隊編成表
  • 陸軍特別攻撃隊(一)

    陸軍特別攻撃隊

    小説・文芸

    5.0
    1~3巻591円 (税込)
    特攻作戦の全貌を綿密な取材と膨大な資料を駆使して明らかにした入魂の大作。 ベストセラー『不死身の特攻兵』の鴻上尚史氏もリスペクトする戦史小説の金字塔! 菊池寛賞受賞。 レイテ決戦に執着する大本営が縋った特攻作戦。 9回出撃しても生還した“不死身の特攻隊員”佐々木友次伍長。 特攻隊を置き去りにして敵前逃亡した冨永軍司令官。 特攻隊は“志願”と一般に思われているが、これは全くの間違いで、本人の意思を無視した強制であった。 「体当り機」は機首に“死の触覚”の起爆剤がついており、爆弾は機体に固着させ、投下装置がなく、体当りをせざるをえないように造られていた。 この非人道的な“棺桶飛行機”の体当り効果のウソをあばく。 (*荒垣秀雄氏の解説は収録していません。)
  • 戦死 インパール牽制作戦

    インパール

    小説・文芸

    5.0
    1巻509円 (税込)
    昭和21年2月9日、元陸軍大佐棚橋真作はGHQからの出頭命令に接して、古式通りの割腹自殺をとげた――著者は、その死に疑問をいだき、間近に迫っていたインパール作戦の陽動作戦として実施された「ハ号作戦」に参加した第55師団の生き残りの人々の証言や日録を克明に調べていくうちに花谷正師団長の部下への自決強要の問題が浮かび上がってくる。軍隊という巨大な組織の冷酷無残な非人間性を描いた戦記文学の傑作。著者のインパール五部作の一冊。

ユーザーレビュー

  • 特攻基地 知覧

    Posted by ブクログ

    陸軍による体当たり攻撃。その出撃基地の一つ鹿児島の知覧。
    海軍の神風特攻隊ばかり知られる世に陸軍の特攻を広く知らしめた本書の役割は大きい。以降の特攻の映画、小説などに多く引用された基本書といえるだろう。
    陸軍の報道班員として正に知覧にて隊員、それをささえた人々と罪悪感を持って戦後を生きる生き残りの人たち。
    決して美化するだけではいけない日本の裏面史、実に貴重な記録であろう。

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    2025年12月23日
  • 特攻基地 知覧

    Posted by ブクログ

    特攻の街として知られる知覧。私は未だその地を訪れた事はないが、いつかはこの目で飛行場跡地や開聞岳を見てみたいと思っている。様々な映画や小説、戦争、特に特攻を扱う書籍等で取り上げられた事から、その地の名前を知らないものは少ないだろう。もし、知覧を知らずとも、特攻『特別攻撃隊』を知らないという事はまず無いと思う。因みに本書にある「知覧」の街は特攻の中でも、帝国陸軍が編成した攻撃隊の出発基地にあたる。現在の南九州市の地名である。陸軍は特攻隊に万朶隊、振武隊、富嶽隊などの名称と数字で名前をつけており、世に言う『神風特別攻撃隊』は帝国海軍の特攻の呼び名で、こちらは同じ九州鹿児島県でも鹿屋基地から主に飛び立っている。いずれにしろ太平洋戦争でフィリピン、沖縄を辿ってきたアメリカ軍が日本本土に上陸する恐れが最も高い九州の最南端に位置していた。更にここで付け加えると、特攻の中でも航空機を用いた戦法がよく知らなれているが、モーターボートや潜水兵などの航空機以外の特攻もあるから、本書で扱う特攻とは、「大日本帝国陸軍の航空機による『航空特攻』並びにその出発基地(前線基地)となった知覧」について記載されたのが本書である。作者はインパール5部作を記した、元従軍報道記者の高木俊朗氏で、終戦前後はこの知覧に滞在し、多くの特攻隊員やその周辺に生きる様々な人々との交わりを持っていた。それは特攻隊員の身の回りの世話をする女学生、特攻隊員たちが頻繁に訪れた旅館や食堂の関係者、そして特攻隊員との最後の別れを惜しむ親や妻などの家族にまでインタビューは及んでいる。
    また本書が描かれたのは戦争終結からそう日が経過していない昭和30年代であり、最初は朝日新聞への連載として開始されている。聞き取りを行った多くの人の記憶には、まだ終戦間際に多く実行された特攻の記憶も新しく、多少の記憶の美化や歪曲などがあったとしても、月日が流れる事による記憶の衰退や錯誤の影響も受けにくい時代であった様だ。何よりそうした人々との直接交流により生まれた文面や文字には高い信憑性が与えられ、今なお多くの文人が、特攻について記す、語る際のバイブル的な存在であるとも言える。
    その内容であるが、多くの特攻映画の起点となる様な様々なエピソードが語られる中、一貫して繰り返される主張は、生きながら神となった特攻兵たちも、生身の人間であるという事に尽きる。そこには十死零生の作戦として死に向かう若者(多くは十代から二十代だが、中には三十を過ぎた者もいる)達の悲痛な叫びであり、それは国の為に自らの命を捧げるといった崇高な気持ちだけで無い、恐怖に苛まれるごく当たり前の感情も存在する。多くの隊員達が記した遺書には、最後に名を残すという意味合いの文字とそれまでの人生を授けてくれた親兄弟、妻などへの感謝の言葉が綴られる。一方で出撃から何度も出戻ってくる隊員が、果たして機体の故障からなのか生への執着、または恐怖からであったかはわからない。だが仮にそれが恐怖であったにしろそれを責めたり誹謗する事など後世の平和な世に生きる我々に出来ようがない。いや当時の上官や国民ですら、自らが離陸後の状況に置かれていないものが、操縦桿を握る特攻兵と同じ気持ちを理解する事など不可能だなはずだ。本書はそうした周囲の人々から見た特攻を中心に語られており、更には歳も近く最後まで同じ時を過ごした女学生達の言葉が多く出てくる事から、彼女たちに見せる特攻兵の姿が、最もリアルな若者の表情として窺えてくる。
    特攻について、本書の様な書籍を見る時、常に自分の今の姿と重ねてしまう自分がいる。決して日常生活の中に「絶対の死」が訪れる事など、寿命以外ではそうそう無い時代。仕事で苦しい想い、苦い想いをしてもそれが直接的な要因となって死ぬ事など滅多に無い。ダメなら諦めたり、会社を辞めたって構わない。それはある意味我々に許された逃亡手段でもある。だが特攻兵に逃げ場はない。それが自らの意思であれ、上からの指示であれ、彼らに死から逃れる方法はほぼ無いに等しい。その比較が頭の中をよぎる時、果たして今私自身が味わってる苦しさなどは大したことがない問題なのだと片付けることができてしまう。決して彼ら特攻兵をダシに、自らの境遇の慰めに使おうという意味ではなく、彼らが目の当たりにした苦しさなど自分には想像もつかず、それは前述した様に本人たち以外では、絶対に理解のできない境地にあるのだ。だから、自分の境遇を苦しいとか辛いなどと決めているのは今の自分であると逆説的な気づきを得ることができるのである。
    今なお特攻隊についての評価は定まらない。作戦としては当初より外道と言われ、敗戦後は特攻兵に対して無駄死にという意見も多くあった様だ。今の世に生きる平和しか知らない若者、私を含め戦争体験の無い世代だけになるのは時間の問題だ。だが決して彼らの存在とその様な時代があった事を忘れてはならないし、死を決められた若者達の気持ちについて、考え続ける事は、平和な時代を続ける為には必要だと感じる。痛みや悲しみを忘れて仕舞えば、人はまた過ちを繰り返す。こうした優れた書籍を読み、涙を流せる人が絶えてはいけない。

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    2025年07月19日
  • インパール

    Posted by ブクログ

    インパール作戦の開始から撤退までを書いた。司令官のエゴと欲、判断力、作戦能力のなさのために何万という兵隊が犠牲になった。インドという気候、相手(英印軍)を見下した考え、そのことも敗因の原因になった。いつも犠牲になるのは上層の人に逆らうことのできない下層の人達だ。今の日本の状況と考えてみると面白いかも。私は、そもそもなぜインパールだったのか勉強不足です。あと地理関係がよくわからなかったため読むのに時間がかかった。

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    2024年02月01日
  • 抗命 インパール2

    Posted by ブクログ

    牟田口の異常性が分かる作品 インパール作戦に参加した高司令部にて取材していた高木俊朗氏のインパール四部作のうちの2作目。

    コヒマを無断撤退したと言われる烈の佐藤師団長は何故に撤退したか、また抗命であったのかなど、丹念な取材と時系列の洗い出し、佐藤師団長を精神異常者にしたてようとした事実から浮き彫りになる第15軍、ビルマ方面軍、大本営の思惑など衝撃的な無責任さと牟田口の異常な名誉心、出世欲の妄執に戦慄します。

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    2025年12月15日
  • インパール

    Posted by ブクログ

    インパール作戦における人間ドラマ 映画の報道班員として第5飛行師団に配属されインパール作戦に従軍した筆者が、古馴染みであった第33師団第214連隊長作間喬宜大佐に挨拶にゆきその時に知り合った情報主任長一雄中尉、第33師団長柳田元三中将がインパール作戦にてどのように考え何を語りどう動いたか、後日詳細で丁寧な取材を行い極力主観性を廃して真実をあぶりだそうと試みた限りなく誠実なドキュメンタリー小説。
    なお、コヒマにて補給がないことを理由に独断撤退し、軍紀違反となろうともインパール作戦の無謀を食い止めようと試みた佐藤幸徳師団長の第31師団(烈)の様子は『抗命』に、ビシェンプール総攻撃にうつる作間大佐が待っていた田口音吉中佐(後任砂子田長太郎少佐)の独立工兵第4連隊の様子は『全滅』に収録されている。

    日本の大本営がインドの雨季を日本の梅雨程度に考えていた、師団長の後任としてやってきた田中信男少将が引継ぎ当初は柳田中将の腰抜けと思っていたが敵の最新装備を目の当たりにし大本営が戦況を物量差と見ていることを非難するなど、最前線との情報の食い違いや報告者の保身もかなり多い。

    本土を守らんがための戦争が兵士それぞれの価値観、野心、欲、怪我や病など様々な要因によって頓挫していく様子や、その中で人は何にしがみつき生き延びるかの様子が鮮明に描かれている。

    インパール作戦の価値を見積もり大本営に再三中止を求めていたビルマ方面軍主任参謀不破博中佐が戦後『インパール作戦』を著し「最初から善玉、悪玉をきめて独善的な筆誅を加えんとする傾向」について多くの論調に釘をさしたのと同様に、その時その地にいた者として使命感をもって筆をとっている筆者の誠実さに胸が締め付けられる。

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    2025年12月15日

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