哲学・宗教・心理 - 筑摩書房 - ちくま学芸文庫作品一覧

  • 宗教生活の基本形態(全) ──オーストラリアにおけるトーテム体系
    -
    宗教の本質的要素=宗教生活の基本形態を明らかにした古典的名著を清新な新訳で送る。上下巻を合本した「完全版」、待望の電子化。【上巻】序論「探求の目的」と、宗教の定義を検討しアミニスム、ナチュリスムなどの主要学説を批判した上でトーテミスム研究の略史を扱った第一部「前提問題」、さらに第二部「基本的信念」のうち、トーテミスムの概念を掘り下げ、その原理であるマナの概念を析出する第七章までを収録。【下巻】霊魂と精霊の概念を扱う第二部「基本的信念」の後半に続いて、禁忌の体系や供犠、また償いの儀礼や聖概念の両義性を検討する第三部「主要な儀礼的態度」を収める。「結論」では、研究結果を再検討し、共通の行為としての宗教儀礼が社会を「作り直す」根源的行為であることを解明する。詳細な訳者解説を付す。
  • カトリックの信仰
    5.0
    人間が神の知恵と愛に与るとはいかなることか──。近代日本のカトリシズムを代表する司祭・岩下壮一が、豊かな学殖と明晰さでキリスト教の真理を闡明した記念碑的名著。公教要理(カテキズム)の概説書としていまだ類例がないだけでなく、深遠で難解な神学は本書により日常の信仰の糧へと一変した。時に表出するプロテスタンティズムや近代哲学への峻烈な批判は、人間精神を主観性の牢獄から解放し、再び霊的実在へ開かんとする著者生涯の意図から発しており、それは神の恩寵の賜物=カトリックの信仰においてこそ実現すると説く。
  • 論語
    NEW
    -
    春秋時代の魯国、周王朝の復興を唱え、政治へのあくなき情熱とともに理想を追求した人、孔子。その言行録『論語』は、古来、多くの人々に人生の指針を与えてきた。孔子が弟子たちに教えたもの、それは学問、礼の実践、徳の涵養である。中心にあるのは徳であり、わけても「仁」を至上とした。仁とは、日常生活において状況に相応しい価値を適切に選び取れることを指し、それを体得した者が君子となる。本書は、「『論語』をして『論語』を語らしめること」を主眼に置き、何晏、朱子、仁斎、徂徠など、数多の解釈を比較考量。新たな書き下し文と明快な現代語訳、詳細な注と補説を付した決定版訳注書である。
  • 日常的実践のポイエティーク
    4.3
    読むこと、歩行、言い回し、職場での隠れ作業……。それらは押しつけられた秩序を相手取って狡智をめぐらし、従いながらも「なんとかやっていく」無名の者の技芸である。好機を捉え、ブリコラージュする、弱者の戦術なのだ――。科学的・合理的な近代の知の領域から追放され、見落とされた日常的実践とはどんなものか。フーコー、ブルデューをはじめ人文社会諸科学を横断しつつ、狂人、潜在意識、迷信といった「他なるもの」として一瞬姿を現すその痕跡を、科学的に解釈するのとは別のやり方で示そうとする。近代以降の知のあり方を見直す、それ自体実践的なテクスト。
  • 中世の覚醒
    5.0
    12世紀の中世ヨーロッパ、一人の哲学者の著作が再発見され、社会に類例のない衝撃を与えた。そこに記された知識体系が、西ヨーロッパの人々の思考様式を根底から変えてしまったのである。「アリストテレス革命」というべきこの出来事は、変貌する世界に道徳的秩序と知的秩序―信仰と理性の調和―を与えるべく、トマス・アクィナスをはじめ、キリスト教思想家たちを激しい論争の渦へと巻き込んでいった。彼らの知的遺産は、現代にどのような意義を持つのであろうか。政治活動の発展と文化的覚醒が進んだ時代の思想を物語性豊かに描いた名著。
  • 近代日本思想選 三木清
    -
    活動的に哲学するとはいかなることか―。戦前日本を代表する知性として思想界を牽引した三木清。非業の死によりその哲学は未完に終わったが、それゆえに今日なお可能性を示唆してやまない。ハイデッガーからの決定的影響、マルクス主義の哲学的掘り下げ、そこから前景に浮かび上がる歴史という問題、そして同時代の政治への関与。三木の思考には時代との格闘の跡が生々しく刻印されている。本書は、主著『歴史哲学』などを中心に、1920年代の前期から30年代以降の後期まで、三木哲学の新たな読解に資するテクストを精選して構成。未来の思考を切り拓く力をいまここに伝える。
  • 責任と判断
    4.3
    「歯車理論」や「小物理論」の虚偽を突き、第三帝国下の殺戮における個人の責任を問う「独裁体制のもとでの個人の責任」、アウシュヴィッツ後の倫理を検討し、その道徳論を詳らかにする講義録「道徳のいくつかの問題」など、ハンナ・アレント後期の未刊行論文集。ユダヤ人である自らの体験を通して全体主義を分析し、20世紀の道徳思想の伝統がいかに破壊されたかをたどる。一方、人間の責任の意味と判断の能力について考察し、考える能力の喪失により生まれる“凡庸な悪”を明らかにする。判断の基準が失われた現代こそ、アレントを読むときだ。
  • ロシア・アヴァンギャルド ――未完の芸術革命
    4.3
    既存の価値観に対する攻撃とともに、ロシアでは20世紀初頭に産み落とされた前衛芸術。1917年の社会主義革命に先行したその活動は、芸術革命に呼応するものとして政治革命に同調し、昂揚する民衆のエネルギーに支えられて、芸術運動を展開してゆく。これがロシア・アヴァンギャルドと呼ばれる運動である。しかしそれはやがて、スターリン体制から「形式主義」として批判され、芸術の論理によらず粛清され抹殺されてゆく。マヤコフスキー、マレーヴィチ、メイエルホリドなど、激しい時代を生きた芸術家たちの活動に光をあて、その再評価の嚆矢となった20世紀美術史の名著。
  • 近代日本思想選 九鬼周造
    4.0
    〈媚態〉〈意気地)〈諦め〉という三つの契機から、日本的美意識「いき」の構造を解明した九鬼周造。ハイデッガーやベルクソンらに師事し、豊かな方法的視座を身につけたこの哲学者にとって、人と人とのめぐり逢いの謎は、自身の実存ともあいまって生涯を覆うものであった。「偶然性」の哲学の誕生だ。のちにそれは、日本文化論における「自然」の思想においてひとつの帰結をみる。没後、時代ごとに異なる光が当てられてきた九鬼の哲学。本書は、自伝的エッセイからヨーロッパでの講演、人生観、晩年の詩論まで、その全体像と独創性を一冊で提示する。
  • 精神現象学 上
    3.5
    感覚的経験という最も身近な段階から、数知れぬ弁証法的過程を経て、最高次の「絶対知」へと至るまで──。精神のこの遍歴を壮大なスケールで描き出し、哲学史上、この上なく難解かつ極めて重要な書物として、不動の地位を築いてきた『精神現象学』。我が国でも数多くの翻訳がなされてきたが、本書は、流麗ながら、かつてない平明な訳文により、ヘーゲルの晦渋な世界へと読者をやさしく誘う。同時に、主要な版すべてを照合しつつ訳出された本書は、それら四つの原典との頁対応も示し、原文を参照する一助となす。今後のヘーゲル読解に必携の画期的翻訳、文庫オリジナルでついに刊行。【※本電子書籍版には、紙書籍版本文の上欄、下欄に付した4つの原典(グロックナー版全集第二巻、ホフマイスター版、ズールカンプ版全集第三巻および大全集版〔アカデミー版〕)とのページ対応は含まれません。】
  • 内的時間意識の現象学
    4.0
    現代哲学、思想、そして科学にも大きな影響を及ぼしている名著の新訳。フッサールの現象学はなによりも学問の基礎づけを目指すが、その際「いちばん根底に横たわる」問題が時間である。時間は一瞬で流れ去るのに、多くのものはなぜ持続的に「存在する」ということが可能なのか。フッサールは、「客観的時間」というものへの信憑を括弧に入れて、それが意識のなかでどのように構成されるのかを解明する。そして、時間を構成する意識それ自体が時間のなかに現れてくるという根本的な事態に光を当て、「意識の壮大な生体解剖」を行う。詳密な訳註と解説を付し、初心者の理解を助ける。
  • 阿含経典1
    4.7
    ブッダはなにを語り、どのように説いたのか。その教えを最も純粋なかたちで伝える最古層の重要な仏教経典の集成。阿含=アーガマとは伝承されてきた聖典を意味する。これらの経典群のなかには、あらゆる宗派を超えた仏教の原初のすがたがあり、その根本がある。本書は厖大な阿含経典群のなかから、よく古形を保ち、原初的な経と判定される諸経をとりあげ、パーリ語原典からの現代語訳と注解で構成。第1巻は、ブッダの悟りの内容を示す「存在の法則(縁起)に関する経典群」と、その法則に即して人間をかたちづくる要素を吟味した「人間の分析(五蘊)に関する経典群」を収録する。
  • リヴァイアサン(上)
    -
    人間世界における自然状態は、絶対的に自由な状態であるがゆえに各人の各人に対する戦いが絶えない。これをいかに脱し、平和と安全を確立するか──。感覚器官の分析から始まる人間把握を経て、人々が自らの権利を、一人の人間あるいは合議体に譲渡し、政治的共同体を設立していく理路が解明される。イングランドの内乱を背景に、哲学と宗教論の全域にまで考察を行った書『リヴァイアサン』は、近代政治哲学を大きく切り拓くこととなった。この一大古典を17世紀という時代の特性を踏まえた明晰な新訳で届ける。上巻には「第一部 人間について」「第二部 政治的共同体について」までを収める。全2巻。
  • 近代日本思想選 福沢諭吉
    -
    近代日本を代表する思想家であり、その体現者でもあった福沢諭吉。本書では、彼の思想の広がりとその今日的意義を明らかにすべく、『学問のすすめ』『文明論之概略』については最重要箇所のみの抄録とし、それ以外の多種多様な著作群から幅広く論考を精選。『通俗民権論』『国会論』などの政治論から「尚商立国論」のような商業論、「瘠我慢の説」「明治十年丁丑公論」といった時事評論、さらには天皇論や婦人論までをバランスよく配置した。政治思想史・政治哲学を専門としてきた編者ならではの観点から編みあげられた清新な福沢像。文庫初収録論考多数。
  • 近代日本思想選 西田幾多郎
    -
    東洋思想の絶対無を根底に据え、それを理論化して西洋哲学と融け合う独自の哲学を打ち立てたとされる西田幾多郎。「純粋経験」「場所」「非連続の連続」「永遠の今の自己限定」「行為的直観」「絶対矛盾的自己同一」――。それら中心概念はいかにして生まれ、いかなる変転を遂げていったのか。その理論的変遷と射程を追跡できるように、本書には、『善の研究』をはじめ、西田哲学のエッセンスとなる最重要論考が収められる。西田におけるナショナリズムを照射する「日本文化の問題』と、生命哲学への道を開く未完の論考「生命」は文庫初収録。
  • 増補 責任という虚構
    4.3
    人間は自由意志を持った主体的存在であり、自己の行為に責任を負う。これが近代を支える人間像だ。しかし、社会心理学や脳科学はこの見方に真っ向から疑問を投げかける。ホロコースト・死刑・冤罪の分析から浮き上がる責任の構造とは何か。本書は、自由意志概念のイデオロギー性を暴き、あらゆる手段で近代が秘匿してきた秩序維持装置の仕組みを炙り出す。社会に虚構が生まれると同時に、その虚構性が必ず隠蔽されるのはなぜか。人間の根源的姿に迫った著者代表作。文庫版には自由・平等・普遍の正体、そして規範論の罠を明らかにした補考「近代の原罪」を付す。
  • 新編 分裂病の現象学
    5.0
    実践的な臨床の経験から、分裂病(統合失調症)を治療すべき異常なものとする論理に与することなく、人間という矛盾に満ちた存在そのものに内在している自己分裂に根差したものとする地平から紡ぎだされた珠玉の初期論文。西田哲学における自‐他論や時間論を敷衍し、分裂病者の自閉性や体験の基本的構造に注目することにより、自我障碍よりも人と人との「あいだ」における自己の自己性の危機、自己と身体との乖離を論じる。
  • 旧約聖書の誕生
    5.0
    旧約聖書はユダヤ教・キリスト教の正典であり、また、その宗教的権威を離れても広く人類の文化のなかで大きな影響を与えてきた。しかし、その中身はそれぞれが矛盾し錯綜したテキストの集合であり、多くの現代人にとっては通読することすら困難だというのが現実だろう。本書は、旧約聖書をその歴史的状況の中に置き直し、「創世紀」「出エジプト記」「ヨブ記」「雅歌」…等々の文書が成立した時代とそれらが背負っていた思想的課題からの解読を試みる。各文書の個性から、なぜ旧約聖書というまとまりのある書物が成立し権威を持ったのかまで、イチからよくわかる旧約入門の決定版。
  • 新版 プラトン 理想国の現在
    4.0
    「理想」という語は、明治の時代、プラトンの「イデア」の訳語として造られ、定着した。そしてプラトンの最高傑作『ポリテイア』(『国家』)が『理想国』の標題で出版され、近代国家建設をめざす多くの日本人の希望の拠りどころとなる。だが、新たな理想社会を創らんとするその熱情は、やがて全体主義に利用される運命を辿った――。かくも激しく人々の魂を突き動かしたプラトンの理想主義哲学とは、果たしていかなるものか。『ポリテイア』の核心を読み解くことで、哲学という営みが切りひらく最良の地平を描き出す。初学者への案内として「プラトン『ポリテイア』を読むために」を付した決定版。
  • 『歎異抄』講義
    -
    『歎異抄』は親鸞の弟子・唯円が、親鸞の死後、師の教えとは異なる解釈が弟子たちの間から出てきたことを歎き、親鸞の教えを再確認するために記したもの。親鸞、そしてその師・法然の教えのエッセンスが詰まった重要な一書であるが、その内容を理解するのはひじょうに難しい。それは、世間の常識では理解しがたい宗教の論理で全編が貫かれているからだ。本書はその宗教の論理を理解し、教えが自分のものになるようにと、碩学が一般読者に向けて行った読書会の記録。懇切丁寧な説明はもちろんのこと、参加者からの質問や感想が、浄土仏教の理解を大いに助けてくれる。
  • モンテーニュ入門講義
    4.3
    宗教戦争のさなか、通念や世間の道徳に懐疑の目を向けつつ、自然に従って生きることの喜びを説いたモンテーニュ。その著『エセー』では、自己の判断力を試し鍛えていくさまが、自由な文体によって描き出される。異文化への関心と共感、戦時における人間の狂気や暴力、性の歓び、ボルドー市長としての政治経験、旅と読書の愉楽など、扱われるテーマは実に幅広く、われわれの心を揺さぶる文章に充ちている。ストア的克己主義と節度ある快楽主義とを往還し、メメント・モリの受容から拒否へと至る過程で、独自な思想が紡がれていく。類まれな開明的人物の核心に迫る出色の講義。文庫オリジナル。
  • 学習の生態学 ──リスク・実験・高信頼性
    -
    医療現場、原子力発電所等、一つ間違えば大きな事故が生じうる組織において、学習はどのようになされるか――。失敗を含む「日常的実験」の繰り返しこそ、現場での学習の資源である。本書では、このリスクを伴う試行錯誤を許す空間を「学習の実験的領域」と呼び、法的・経済的諸条件に影響され、組織ごと、状況ごとに変動するその不安定なありようを明らかにする。フィールドワークや豊富な民族誌的資料をもとに、学習を社会科学のテーマとして扱い、状況的学習論といった従来の理論モデルを超える新たな枠組みを示した。事故と安全、科学技術、組織といった具体的文脈のもとでの学習を考える、数々の概念装置を与える書。
  • 修験道入門
    3.5
    国土の8割が山という国柄から、日本には世界にも稀な山岳宗教がおこった。仏教や民間信仰と結合して修験道という特殊な信仰ができあがり、これが日本人の宗教の原点を形成したのである。霊山の開祖たち、山伏の厳しい修行、兜巾・篠懸・金剛杖・法螺貝など特別な服装や持物。それらの起源と意味を追いつつ、修験道の歴史とそこにあらわれた精神を、宗教民俗学の泰斗が平明に説く。修験道があらゆる庶民信仰を包含しつつ、日本特有の宗教文化を作り上げてきたさまが見えてくる名著。
  • 人間の条件
    4.4
    条件づけられた人間が環境に働きかける内発的な能力、すなわち「人間の条件」の最も基本的要素となる活動力は、《労働》《仕事》《活動》の三側面から考察することができよう。ところが《労働》の優位のもと、《仕事》《活動》が人間的意味を失った近代以降、現代世界の危機が用意されることになったのである。こうした「人間の条件」の変貌は、遠くギリシアのポリスに源を発する「公的領域」の喪失と、国民国家の規模にまで肥大化した「私的領域」の支配をもたらすだろう。本書は、全体主義の現実的基盤となった大衆社会の思想的系譜を明らかにしようした、アレントの主著のひとつである。
  • 分裂病と他者
    -
    精神病理から人間存在の本質にいたる思索をさらに深め、分裂病者にとっての「他者」の問題を徹底して掘り下げた木村精神病理学の画期をなす論考。ハイデッガー、西田幾多郎らに加え、デリダ、ラカン、レヴィナスなどの構造主義と正面からわたり合い、自己と他者との関係のありかたを「あいだ=いま」という本質的な項を媒介として見つめ直す。研ぎ澄まされた治療感覚をもって、患者の生き方を知覚し、治癒をめざして真摯な長い対話を重ねる著者の思策と営為。今、「臨床哲学」の地平が開かれる。
  • 自己・あいだ・時間 ──現象学的精神病理学
    5.0
    精神の病態を一時的な疾患としてではなく人生全体の示す歴史的な歩みとして位置づけ、独自の思想を重ねてきた著者の代表的論考のかずかず。自己と他者の「あいだ」の病態として捉えられてきた分裂病を、「時間」の病態として、現象学的な思索を展開する。とりわけ鬱病者の“あとのまつり”的体制に対し、分裂病者が“前夜祭”的な時間体制をもつという新しい構図は世界的に大きな波紋を広げた。他者や世界との「あいだ」、自己自身との「あいだ」の歴史性における患者の生のあり方を追究した本書は、精神病理学と哲学を自由に横断する独創的な学問的達成であるといえよう。
  • 無量寿経
    1.0
    阿弥陀仏の名を称えるだけで、だれでも浄土(安楽)に生まれることができる──。法然や親鸞がその解釈に骨身を砕き、長く日本人に親しまれてきた浄土仏教の最重要経典。煩悩に縛られ、悪行をやめられぬまま、混迷を極めた世の中を生きるごく普通の人々。そうした凡夫を救うために四十八の誓願をたてた法蔵菩薩は、想像を絶する修行を経て阿弥陀仏となり、誓願のすべてを実現する。この阿弥陀仏の物語を、釈迦はいまだ悟りに到達できない阿難に向けて説く。全文の漢訳と読み下し、さらに懇切丁寧に施された解説により、万人のための宗教というその核心が鮮やかに立ち現れる。文庫オリジナル。
  • 民衆という幻像 ──渡辺京二コレクション2 民衆論
    5.0
    冬の夜、結核療養所で聞こえた奇妙な泣き声。日中衰弱しきって運び込まれた母娘は、朝を待たずに逝った。それを知った著者は、娘の体をさする瀕死の母親のやせた腕を幻視する──「小さきものの実存と歴史のあいだに開いた深淵」、それは著者の原点にして終生のテーマとなった。近代市民社会と前近代が最深部で激突した水俣病闘争と患者を描く「現実と幻のはざま」、石牟礼道子を日本文学に初めて現れた性質の作家と位置付けた三つの論考、大連体験・結核体験に触れた自伝的文章など39編からは、歴史に埋もれた理不尽な死をめぐる著者の道程が一望できる。
  • 維新の夢 ──渡辺京二コレクション1 史論
    5.0
    『逝きし世の面影』の著者渡辺京二は、日本近代史の考察に、生活民の意識を対置し、一石を投じてきた思想家である。その眼差しは表層のジャーナリズムが消費する言説の対極にある。本巻には、西欧的な市民社会の論理では割り切ることのできない、大衆の生活意識にわだかまる「ナショナル」なものを追求した「ナショナリズムの暗底」、明治国家への最大の抵抗者としての西郷隆盛を常識的定説から救抜する「逆説としての明治十年戦争」、北一輝と日本近代の基本的逆説の関連を問う「北一輝問題」など、日本近代史を根底から捉え返すことを試みた論考を集成する。
  • 国家とはなにか
    -
    国家とはなにか、国家が存在しているとはどういうことか。こうした根本問題を透徹した思考で解き明かす。まず、国家を存立させ、その諸活動を生み出している根本要因とは何かが考察され、暴力をめぐる運動の中にそれがあることが見極められる。その上で、その根本要因からいかなる歴史的条件の下で現在のような国家のあり方が生み出されていったのかが論じられる。主権とはなにか、国民国家はいかにして形成されたのか、国家と資本主義はどのような関係にあるのか。こうした問題を一貫した視座から論じ切った記念碑的論考。
  • 精選 シーニュ
    -
    20世紀フランスを代表する思想家モーリス・メルロ=ポンティ(1908-61)が死の前年にまとめた論集『シーニュ』。同書には、言語学、絵画論、人類学への言及や、フッサール論、ベルクソン論、マキアヴェッリ論など、おもに中期から晩年にかけて執筆された多彩な論考が収録されており、その多中心的な思想を一望するうえで欠かせない一冊となっている。本書ではそのなかから、ニザンとサルトルとの関わりが美しく綴られた序文のほか、「間接的言語と沈黙の声」「哲学者とその影」など重要論考6本をセレクトし、新訳。清新な訳文と懇切丁寧な注釈・解説により、その真価が明らかとなる。
  • 原典訳 原始仏典 上
    -
    原始仏典はブッダの教えを最も忠実に伝える経典である。本書は膨大な諸経典のなかから主要なものを精選し、パーリ語・サンスクリットの原文から翻訳。ブッダの実際のすがたを浮かび上がらせるアンソロジー。上巻収録作品 仏伝に関する章句/偉大なる死(大パリニッバーナ経)/経典のことば/シンガーラへの教え/本生経(ジャータカ)/長老の詩(テーラ・ガーター)
  • ハーバート・スペンサー コレクション
    4.0
    19世紀、日本をはじめ世界中に圧倒的影響を及ぼしたスペンサーは、20世紀に入ると、社会的ダーウィニズムを唱えた弱肉強食の冷酷な思想家として激しい批判にさらされ、忘却された。しかし、そうした理解は正当だろうか? 否。自由の意味を根源から問うたその議論は、いまこそ再評価されるべきである。本書では、彼の思想の核心を伝える論考を精選して収録。そこからは国家の強制による福祉ではなく、個人の自発的な意志に基づく協力の原理を探究し、社会的弱者への慈悲を説いた姿が浮かび上がる。国家を無視する権利まで容認する、その徹底した自由の理論を詳らかにする。文庫オリジナル編訳。
  • ラカン入門
    4.8
    ラカンを理解する最短ルートは、その理論を歴史的に辿ることだ──。鏡像段階、対象α、想像界・象徴界・現実界など多種多様な概念を駆使し、壮大な理論を構築したラカン。その理論は、精神分析のあり方を劇的に刷新し、人文・社会科学全般に大きな影響を与えた。本書では、その難解な思想を前期・中期・後期に腑分けし、関心の移り変わりや認識の深化に注目しながら、各時期の理論を丹念に比較・検討していく。なぜラカンはこれほどに多彩な概念を創造し、理論的変遷を繰り返したのか。彼が一貫して問い続けてきたこととは何だったのか。その謎に挑んだ好著、『ラカン対ラカン』増補改訂版。
  • レヴィナスを読む ――〈異常な日常〉の思想
    -
    世界大戦・革命・ユダヤ人虐殺という危機的状態を経験した現代人の運命と向き合い、他者について、責任について、独自の思想を紡ぎだした現代フランスの思想家エマニュエル・レヴィナス。本書は、“20世紀の証人”とも称されるその思想の核心を、レヴィナス研究の第一人者である著者が紹介しながら、フッサール、ハイデガー、スピノザ、サルトルら他の思想家とも比較。慢性的な疲労とストレスに満ち、出口とてない現代という異常な時代にあって、「隣人」という難題を抱えて生きるための、新たな倫理を探る。
  • 物と心
    5.0
    著者は現象の背後に実在を想定する二元論の仮構を否定する。そして自らが見て触れて感じている現実世界にどっしりと足をつけ、それを超越しているかのごときものをどう捉えたらよいのか問い進めてゆく。独自の哲学「立ち現われ一元論」のエッセンスが詰まった、大森哲学の神髄ともいえる名著。
  • 相対主義の極北
    4.2
    すべては相対的で、唯一絶対の真理や正しさはない――この相対主義の「論理」を相対主義自身にも適用し、極限まで追いかける。その最果ての地で、どのような風景が目撃されるのか? 本書では、ルイス・キャロルのパラドクス、マクタガートによる時間の非実在性の証明、デイヴィドソンの概念枠批判、クオリア問題等を素材に、「相対化」の問題を哲学する。相対主義を純化し蒸発させることを通して、「私たち」の絶対性を浮き彫りにすると同時に、その「私たち」も到達しえない“他なるもの”の姿を鮮やかに描き出す。ダイナミックな哲学の思考運動が体感できる名著。
  • クレオール主義
    4.7
    「クレオール主義」とは、なによりもまず、言語・民族・国家にたいする自明の帰属関係を解除し、それによって、自分という主体のなかに四つの方位、一日のあらゆる時間、四季、砂漠と密林と海とをひとしくよびこむこと――。混血の理念を実践し、複数の言葉を選択し、意志的な移民となることによってたちあらわれる冒険的ヴィジョンが、ここに精緻に描写される。「わたし」を世界に住まわせる新たな流儀を探りながら、思考の可能性を限りなく押し広げた、しなやかなる文化の混血主義宣言。一大センセーションを巻きおこした本編に、その後の思考の軌跡たる補遺を付した大幅増補版。
  • ヴェーユの哲学講義
    5.0
    本書は、若き日のヴェーユがロアンヌ女子高等中学(リセ)の最高学年哲学級でおこなった講義の記録である。「心理学」から始まり、「精神の発見」「社会学」「倫理学」などを通して、意識・感情・国家・身体などを考察するこの講義は独創的かつ自由奔放、そして何よりも生徒の人格を発展させようとする姿勢に貫かれている。
  • 「おのずから」と「みずから」 ──日本思想の基層
    -
    日本語において「おのずから」と「みずから」は、ともに「自(ずか)ら」とあらわす。成ることと為すこと、物と自己、自然と自由を意味するが、截然と分けられず、両者には交差・共和・相克する「あわい」がある。そこに見られる日本人の基本的発想とは何であり、それはまたどのような思想文化を育んできたのか。本書は、思想・宗教・文学・芸能の諸領域を広く深く行き来しながら、日本人の自然と自己との相関的認識、超越と倫理との関わり、そして無常観と死生観を根源から問いなおす。倫理学者・日本思想史家である著者の代表作。
  • 道徳および立法の諸原理序説 上
    -
    イギリス近代を代表する思想家にして法学者ジェレミー・ベンサム(1748‐1832)。本書は、近体功利主義の創始者として知られる彼の代表作と目される記念碑的著作である。ここでベンサムは、人間の快と苦痛のみに基礎づけられた功利性の原理をもとに個人と共同体のありようを徹底的に解析し、そこから真に普遍的な法体系を導出しようと試みる。その挑戦はわれわれをどこに導くのか? 刊行より200年以上経てもなお倫理学、法哲学、政治思想など広範な分野に圧倒的な影響を与え続けている名著を、このうえなく清新かつ平明な訳文で送る。上巻は「第13章 罰すべきでない場合」まで。文庫オリジナル。
  • 東方キリスト教の世界
    4.5
    東方キリスト教は、ロシア正教など東ヨーロッパを中心に広がる東方正教会や、主に中東で広まった東方諸教会などを包括するものである。使用言語も多岐にわたりその歴史も複雑なため、日本語での情報は限定されてきた。本書はそうしたなかで、長らく基本情報を提供してきた名著だ。西洋古典学・ビザンツ学・スラヴ文献学の横断的研究で傑出した業績を残した研究者が、東方キリスト教全体を扱いつつも、教義や歴史にとどまらず、巡礼・神秘思想・教会建築・イコン・天国/地獄表象など幅広く信仰文化にまで踏み込む。
  • 啓蒙主義の哲学 上
    4.0
    啓蒙主義は、すでに乗り越えられた浅薄な思想なのか。のちの思想家たちから「反省哲学」「過去の思想」という烙印を押されてきたが、はたしてそうか。18世紀啓蒙主義の「明るい鏡」を現代批判の鏡として位置づけ、自らそれとの内面的対決を果たした著者は、批判精神に満ちた鋭い洞察力で、啓蒙主義の思考形式から「美学」の誕生までの諸側面を余すところなく分析し、その統一的結びつきを解明する。哲学者カッシーラーが従来の批判を排し、啓蒙主義思想の再評価を打ち立てた古典的名著。文庫化にあたり全編改訳。上巻は啓蒙主義の思考形式、自然観と自然科学、心理学と認識論、宗教の理念を収録。
  • ブリタニカ草稿 ──現象学の核心
    3.0
    現象学の始祖エトムント・フッサールが、『ブリタニカ百科事典』の求めに応じ、「現象学」の項目のために執筆した、ドラマチックな推敲のあとが窺える四つの草稿の集成。変化しつづけたフッサールの思索が成熟した時点で書かれた本書は、まさに“現象学とは何か”その核心を語る。そのため、完成稿(第四草稿)は、始祖自身による最も完備した好適な入門書ともなっている。これら草稿は、ハイデガーとの共同作業を経て完成したが、とくに第二草稿には両者の一致と相違が如実に現れていて、20世紀を主導した両者の現象学的哲学の本質を考えるための重要なヒントもここにある。詳細な訳者解説を付す。
  • 増補 ハーバーマス ──コミュニケーション的行為
    3.0
    人間には暴力・抑圧に支配されず対話を交わし、相互理解に到達する理性の力が与えられている。宗教や因習など非理性的な力を脱した近代社会において、民主的な原理はようやく一人立ちしたが、同時に支配のシステムは強大に、そこから生じる人間疎外も強固になり、コミュニケーション的理性の可能性は十分には実現できなかった。異なる利害を持った人間が意思を疎通し、行為を調整しあうにはどうしたら良いのか。あくまでも人間のコミュニケーションへの信頼を保とうとするハーバーマス。その全貌をとらえた一冊。
  • 中世賤民の宇宙 ──ヨーロッパ原点への旅
    4.7
    差別はどこから生まれてくるのだろうか? ヨーロッパにも職業差別・身分差別は存在したのだろうか? 本書は、『ハーメルンの笛吹き男』で西洋中世の被差別民の存在に初めて光をあてた著者が、賎視と身分差別の問題に正面から取り組んだ、阿部史学の代表的著作である。西洋中世において、キリスト教の浸透による時空観念の一元化と死生観の転換によって、畏怖の対象であった職業を賎視するようになる過程を考察する。「ヨーロッパ中世賎民成立論」のほか「ヨーロッパ・原点への旅」「死者の社会史」等も収め、“小宇宙”と“大宇宙”をキーワードに西洋中世の人々の心的構造の核に迫る。
  • ユダヤ古代誌1
    4.5
    ヨーロッパのキリスト教徒や知識人たちにもっとも広く読まれてきた『ユダヤ古代誌』。天地創造から説き起こし、紀元後66年のユダヤ戦争直前までの記述で終わる全20巻は、ヨセフスが敗軍の指揮官のひとりとしてローマに降ったのち、皇帝の厚遇のもとに書かれた。政治的には親ローマ派であり、思想的にはユダヤ教、ユダヤ文化の弁護者であったヨセフスの大著は、ユダヤ史を知るうえできわめて貴重な史料であるばかりでなく、イエスと同時代の散逸した記述を数多く含む文献として、キリスト教徒たちの関心をひきつけてきた。原著1~4巻までを収める文庫版第1巻は、天地創造からアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフをへてモーセの事蹟に言及する。
  • 道教とはなにか
    -
    中国は儒教の国ではない! 道教こそが今でも生き生きと脈打ち、人々から篤い信仰を得ている。「道教がわかれば、中国のことはまるごとわかる」と魯迅は言ったが、中国人の精神構造を知るための鍵は道教なのである。では道教とはなにか? この問いに対する答えは単純ではない。なぜなら、道教は教理、哲学、経典を中心にした宗教体系ではなく、呪術、儀礼、戒律を基礎とした民族宗教であって、文献・資料からだけではその全貌を窺い知ることができないからである。本書では文献による歴史的理解は当然のこととして、東南アジアの華人街の現地調査も踏まえ、中国人のこころの拠りどころとしての「気の宗教」の本質を紹介する。冒頭に初学者のための「道教をめぐるQ&A」を付す。
  • 現代思想の教科書 ──世界を考える知の地平15章
    3.9
    現在、私たちを取り巻く「知」の数々は、20世紀以降の世界がおかれた4つの状況から発生する。本書ではそれを、ポスト・グーテンベルク状況、ポスト・モダン状況、ポスト・ナショナル状況、ポスト・ヒューマン状況と名づける。そして、そこから浮かび上がってくる「イメージと記号論」「情報とメディアの思想」「ナショナリズムと国家」など、15個のトピックスに切り分け、ソシュール、レヴィ=ストロース、フーコーという巨人たちの思想を読みなおしていく。ありきたりの哲学教科書では学ぶことのできない、現代思想における全ての最重要論点を、一から平明に解く15章の徹底講義。
  • 龍樹の仏教 ──十住毘婆沙論
    -
    『中観論』で名高い龍樹が自らの求道過程を綴った『十住毘婆沙論』。第二の釈迦と讃えられながら、自の力で悟りの境地に達することは、人間には不可能だと判断した龍樹は、阿弥陀の名を呼べば救われるという、誰もが実践可能な道=「易行道(いぎょうどう)」を発見する。『中観論』が学問的に仏教と向き合う書であるのに対し、『十住毘婆沙論』は、自らが見つけた易行道に、多くの迷える衆生を導きたいという、慈悲の心に彩られている。多くの浄土思想家たちに影響を与え、法然・親鸞がその教学の根拠とした究極の救いの書を、わかりやすい現代語訳と注釈で読む。
  • 黙示録論 ──現代人は愛しうるか
    4.0
    ロレンス畢生の論考にして20世紀の名著。「黙示録」は抑圧が生んだ、歪んだ自尊と復讐の書といわれる。自らを不当に迫害されていると考える弱者の、歪曲された優越意思と劣等感とを示すこの書は、西欧世界で長く人々の支配慾と権力慾を支えてきた。人には純粋な愛を求める個人的側面のほかに、つねに支配し支配される慾望を秘めた集団的側面があり、黙示録は、愛を説く新約聖書に密かに忍びこんでそれにこたえた、と著者は言う。この隠喩に満ちた晦渋な書を読み解き、現代人が他者を愛することの困難とその克服を切実に問う。巻頭に福田恆存「ロレンスの黙示録について」を収録。
  • 不在の哲学
    5.0
    古来、西洋哲学は確固とした普遍的「実在」を求めてきた。本書は、そうした客観的・統一的な脱自己中心的世界としての「実在」ではなく、対立概念である「不在」こそが「真にあること」ではないかという問題に取組む。言語=理性を習得してしまった人間は、客観的・統一的な「実在」こそ普遍的であり、それを、多元的・自己中心的な「私の世界」よりも優位に置く図式に、なかなか抗うことができない。そして、自分が住んでいる世界の相貌を語りつくすことができない。それはなぜなのか。不在を生み出す時間、自己と他者というトリック等、数々の哲学のアポリアに迫る、渾身の書下ろし。
  • 自由の哲学
    4.5
    「外なる世界と内なる世界、外なる法則性と内なる道徳性との間に横たわる深淵は、ただ自由な魂だけがこれに橋をかけることができる」(本書「あとがき」より)。刊行後100年以上経つ現在も、まばゆい光芒を放ち続ける、シュタイナー全業績の礎をなしている認識論哲学。社会の中で否応なしに生きざるを得ない個としての人間は、個人の究極の自由をどこに見出すことができるのか。また、思考の働きは人類に何をもたらすのか。シュタイナー四大主著の一冊。
  • 神秘学概論
    5.0
    本書は、シュタイナーの四大主著の一冊であり、その思想の根幹が綴られている。肉体、エーテル体、アストラル体、自我という人間存在のヒエラルキアを解明し、宇宙論、人間論の中で、めくるめくような宇宙史の壮大な展望の下にマクロコスモス(宇宙)とミクロコスモス(人間)との関わりをあとづけ、進化の法則と意識の発達史、古代秘儀の本質、輪廻転生論、悪魔論、霊的認識の方法などを記し、過去と現在と未来についての常識をくつがえした前代未聞の神秘学大系が展開される。
  • 原始仏典
    4.3
    仏教経典を片端から読破するのはあまりに大変だが、重要な教えだけでも知りたい―本書は、そうした切実な希望にこたえるものである。なかでも、釈尊の教えをもっとも忠実に伝えるとされる、「スッタニパータ」「サンユッタニカーャ」「大パリニッバーナ経」など、原始仏教の経典の数々。それらを、多くの原典訳でも知られる仏教思想学の大家が、これ以上なく平明な注釈で解く。テレビ・ラジオ連続講義を中心に歴史的・体系的にまとめたシリーズから、『原始仏典1釈尊の生涯』『原始仏典2人生の指針』をあわせた一冊。
  • 知性の正しい導き方
    3.5
    名誉革命後の混乱と喧噪のなかで、人間の自由と自主独立について徹底的に思考し、新たな論理学に基づいた知性のあり方を探究したロック。彼は、知性は誰にでも平等に備わっており、訓練や努力を重ねることで改善できるはずだ、と言う。近代の代表的思想家が伝授する、自分の頭で考えるための実践的メソッド。
  • 死にいたる病
    3.7
    絶望とは、人間の精神のみが罹る「死にいたる病」である。キリスト教会の欺瞞を批判しつつ、無限なる神との関係における有限なる自己(単独者)をめぐって、絶望と罪との諸形態を徹底的に分析し、考え抜く――精神の教化と覚醒のために。自己疎外に陥った現代人の魂の、その核心への肉薄が、今なお鮮烈に読む者を捕えて離さない実存主義哲学の古典。20世紀の思想に広範な影響を与えたキルケゴール晩年の思索を、デンマーク語原点から訳出し、詳細を極める訳注と解説を付す。
  • 〈権利〉の選択
    4.5
    “right”に「権利」という訳語があてられたとき、そこには特殊日本的な背景が作用し、それ自体が一つの独自な解釈を表すものとなった。「力と利益」の意味を含む日本の“権利”の思想は、「正しいこと」を意味する西洋の“ライト”の思想とどの程度異なり、また、どの点で共通しているのか。この問いを考察の糸口として、我々が「権利」と呼ぶ思考装置の問題点と限界を明かし、その核心に迫る。福沢諭吉、西周、加藤弘之ら日本の思想家をはじめ、ロック、ドゥオーキン、ロールズ、セン、ニーチェらを導き手とし、理念と力の錯綜した関係を解きほぐした著。
  • (見えない)欲望へ向けて ――クィア批評との対話
    4.0
    性差や異性愛といった規範が作用する場から見えない欲望を引き出し、新たな解釈を生産すること。本書は、そうしたクィア批評の声に耳を傾けながら、「自分ではない」ものへの同一化による読むことの快楽と、性的な快楽を混線させる試みである。セジウィックの理論や英文学の古典から、ホモソーシャルな欲望、文学共同体の規範を学ぶ快楽、プライヴァシーという概念装置等を縦横に論じるとともに、クィア批評と精神分析の思想的往還を、ジジェク、バトラー、コプチェク、ベルサーニらを読むことで辿った。クィアなるものが含む解放性と固有性のパラドックス、批評的・思想的探究と政治的意味の緊張をも見据えた名著。
  • アメリカ言語哲学入門
    4.0
    20世紀後半の現代哲学に、最も先鋭的かつ重要な潮流をなした、アメリカ言語哲学。その最前線を形づくってきた、サール、クリプキ、デイヴィドソン、クワイン、ローティら哲学の巨人の思想を、言語行為論、指示理論、根本的解釈説、メタファー論、反表象主義などの主要な議論から精査する。その考察から、彼らの視点には、実はデカルトやロックらの近代観念説やヨーロッパの解釈学とも通底するものがある、という事実が明らかになってくる。西洋哲学全体の流れの中で最先端のアメリカ言語哲学の核心に迫る、絶好の一冊。
  • 生の仏教 死の仏教
    -
    仏教は死後の救済のためのものだと思われたり、思想として知的に享受するものだと理解されることが多い。しかしそれは誤りだ。仏教はこの世を生きるための教えであり、その教えは念仏などの「行」を行うことで初めて意味を持つ。異国アメリカに仏教を広めた京極逸蔵は、仏教国でありながら仏教が根付かない日本に向け、彼の地から一つの提案をした。それが本書で説かれる「六波羅蜜」の実践だ。六波羅蜜は仏教徒の倫理規範というだけでなく、それを実践することが宗教的な目覚めへの近道ともなるからだ。専門用語に丁寧な説明をルビで付した、心底わかる仏教入門。
  • カント入門講義 ――超越論的観念論のロジック
    -
    我々が生きている世界は、心の中の世界=表象にすぎない。その一方で、しかし同時に「物自体」はある、とも言うカントの超越論的観念論。そのカラクリとして、基本的なものの見方・考え方の枠組みが人間の心にはあらかじめセットされているとカントは強調したわけだが、この点を強調することによって、その哲学は、後年の哲学者達の思想的転回に大きく貢献したと著者は説く。平明な筆致で知られる著者が、図解も交えてカント哲学の要点を一から説き、各ポイントが現代の哲学者に至るまでどのような影響を与えてきたかを一望することのできる一冊。
  • デカルト入門講義
    5.0
    科学者であったルネ・デカルトは、自然科学の礎たりえる知識をもとめ、第一哲学=形而上学の再構築に乗り出す。なにひとつ信じられるものがない「懐疑」を出発点に、それでも絶対疑えない原理「我あり」へ、更に「神あり」「物体あり」へと証明をすすめる。本書はその哲学をまず『省察』『哲学の原理』など主著を追ってわかりやすく解説。ついで『世界論』『人間論』を通して、近代哲学の理解に不可欠な自然学的論理を説明する。スピノザ、ロック、バークリ、ライプニッツ、カント、フッサール等々、その後のすべての西洋哲学に強烈な影響力を持ち続けたのは何故か。
  • ロック入門講義 イギリス経験論の原点
    -
    「人間の知識の起源と確実性を探求し、あわせて信念や意見の根拠を探求することが私の目的である」。ジョン・ロックは、近代哲学の基盤というべき「認識論」において、最初のアプローチを試みた一人である。しかし、その仕事に対しては誤読が重ねられ、真意は充分に捉えられてこなかった。例えば、ロックは心の直接的対象を観念と設定したため世界へのアプローチを不可能にしてしまったという批判等だ。イギリス経験論の原点となったロックの思想の真意とはどのようなものだったのか?社会思想・政治哲学でも知られるロックの形而上学的真価に迫る。平明な筆致による、書下ろし学芸文庫オリジナル。
  • 神社の古代史
    3.0
    古代の人々の生活や信仰、祭りの中から神社は各地で発生した。では彼らはどのような神々を祀ってきたのだろうか。明治以降の国家神道の影響を受ける以前の“祭祀の原像”を求めて、主要な神社の成り立ちや特徴を解説する。取り上げられる神社は大神(おおみわ)神社、伊勢神宮、宗像大社、住吉大社、石上(いそのかみ)神宮、鹿島神宮、香取神宮などで、それらは大和王権の国家運営が進むに従い、それぞれに役割を付与され性格づけられて、律令体制下の神社制度として確立していくことになった。日本古代史における神社の起源と変遷をていねいに辿り、その存在意義を考察する。
  • 思考の技法
    3.0
    あらゆる知的創造は、“準備”“培養”“発現”“検証”という四つのプロセスを踏むことで生み出される。では、人間がもつ思考の可能性を最大限活用し、「ひらめき」を意識的に生み出すような方法とはどのようなものか――。バーナード・ショーらとともにフェビアン協会の中心人物であったイギリスの政治学者・社会学者グレアム・ウォーラス(1858‐1932)。彼は、混迷を深める危機の時代にあって「思考」がなによりも重視されるべきと考え、そのメカニズムを原理的に究明しようとした。ジェームス・ヤング『アイデアのつくり方』の源泉ともされる創造的思考の先駆的名著、待望の邦訳。
  • 類似と思考 改訂版
    3.0
    判断は類推に支えられる。心はどのようなメカニズムを持つのか。“われわれの認知活動を支えるのは、規則やルールではなく、類似を用いた思考=類推である”。本書は、この一見常識に反する主張を展開したものだ。類推とは、既知の事柄を未知の事柄へ当てはめてみることと考えられている。だが、それだけでは実態に届かない。その二項を包摂するもうひとつの項との関係の中で動的に捉えなければならない。ここに、人間の心理現象に即した新しい理論が提唱される《準抽象化理論》。知識の獲得や発見、仮説の生成、物事の再吟味にも大きな力を発揮する類推とは何か。心の働きの面白さへと誘う認知科学の成果。
  • ローマ教皇史
    -
    ヨーロッパはむろん隣接するイスラム圏や新大陸を含めた全世界に対して、2000年にわたり計りしれない影響をあたえつづけてきたカトリック教会。その組織的・権威的中核となったのがローマ教皇庁であり、歴代ローマ教皇である。十二使徒のなかから選ばれた初代ペトロス(ペテロ)に始まり、ローマ帝国期の教会迫害から公認へという大転換を経て、各国王室に比肩する勢力でありつづけた。本書は歴代教皇に沿って、カトリック・キリスト教全史を追うことができる一冊である。
  • 大嘗祭
    3.0
    本書は歴史的資料を博捜して、大嘗祭を構成する儀礼である斎田点定、大嘗宮の造営、大嘗宮の儀、廻立殿の儀等を詳述し、全体像を明らかにする。大嘗祭の原型を探ることで可視化する、秘儀の象徴性とその本質とは。資料として、「天神寿詞」、「登極令」、および関連年表等を付す。
  • 倫理学入門
    4.0
    倫理学こそ哲学の中枢に位置する学問である──。本書の冒頭で、著者はこう強調する。人間のあらゆる行動や思索、生き方を根本的に規定するのは倫理であり、したがって倫理学とはまさに「人間とはなにか」を問う学問にほかならない、と。では、この問いに思想家たちはどう向き合い、どんな答えを導き出してきたか。それを明らかにすべく、アリストテレス、エピクロス、ストア派から功利主義、カント、ヘーゲルらを経て20世紀にいたるその歩みを三つの潮流に大別し、それぞれの思想を簡明に解説してゆく。人間の根本原理としての倫理をときあかす円熟の講義。
  • 増補 死者の救済史 ──供養と憑依の宗教学
    -
    数々の未練を残してこの世を去った死者たち。その無念に、残された者は何をしてあげることができるのか。この問いに日本人は古くから執心し、多種多様な解決策を練り上げてきた。祟りと祀り、穢れと祓い、供養と調伏、そして死者との直接の交流である憑依。これらをさまざまな角度から再検討し、さらに比較宗教学的な見地を織り込むことで、生者と死者とが邂逅する局面と、そこで行われる交流や対決、取引に新たな光を当ててゆく。文庫化にあたり、靖国神社を集合性と個人性との相克の場として捉えた論考「靖国信仰の個人性」を増補した決定版。
  • 柳田国男論・丸山真男論
    -
    体液のように流れる柳田の文体と方法にかたちをあたえ、彼のえがいた稲の人としての「日本人」の鮮明な画像と、そこに見えかくれする「山人」や「アイヌ」の影に徹底した考察を加える「柳田国男論」。丸山の戦争体験の批判を入口に、『日本政治思想史研究』における徂徠学の評価の分析を軸にすえ、丸山政治学が幻想の「西欧」という虚構の立場を設定して初めて切り拓いた地平を検証する「丸山真男論」。近現代の代表的な思想家を俎上にのせ、雄勁なスケールでその核心を論じる。
  • ミトラの密儀
    -
    ミトラ教は紀元前3世紀頃のペルシャで信仰され、ヘレニズムの文化交流によって地中海世界に伝播した。民族宗教という出自であるにもかかわらず、一時はローマ帝国でキリスト教と覇を競うほど隆盛を誇ったが、秘儀的な宗教であったがゆえ詳細の多くは謎に包まれてきた。獅子頭人身の異貌、牡牛を屠る図像の異教神が、なぜ異文化の民に受け入れられていったのか? 起源、教義、儀礼、キリスト教への影響、凋落の理由等、この密儀宗教の全貌を膨大な資料で解き明かした第一人者による古典的研究。貴重図版多数収録。
  • 日本人の死生観
    5.0
    日本人は生きることと死ぬことをどのように考えてきたのだろうか。長明、芭蕉、千代女、馬琴、良寛など代表的な古典の中に日本人の死生観を辿り、「死」を前提に生き方を考え、「死」の意味をあらためて見つめなおす。日本人の心性の基層に今日も生きている伝統的な死生観を現代に生きる私たち自身の問題として考える指針の書。「死」の偉大な先達から「終い方」の極意を学んでみたい。
  • 一百四十五箇条問答 ──法然が教えるはじめての仏教
    -
    法然が登場する以前、仏教は驚くことに、一部のエリートのためだけに存在する宗教だった。漢文で書かれた難解な経典が読めること、日常生活を気にせず修行に打ち込めること、が条件だったからだ。しかし実際に苦しみ、救済を必要としたのは、文字も読めない市井の人びとに他ならない。そこで法然は、誰でも、いつでも、どこでも実践可能な「念仏」を柱とする浄土宗を打ち立てた。この『一百四十五箇条問答』は、法然の教えに惹かれながらも、従来の仏教との違いに戸惑ったり、生活を改めなければならないのかと不安に思った人びとの145の疑問に、法然がやさしく答えたもの。浄土仏教や法然その人を理解するための、またとない入門書となっている。
  • 柄谷行人講演集成1985‐1988 言葉と悲劇
    -
    ソシュールからウィトゲンシュタインへ、西田幾多郎からスピノザへ──。1980年代後半の代表的講演を収録した本書で、柄谷は哲学、文学、宗教、言語学、経済学、数学など多様な領野を自在に行き来しつつ議論を繰り広げる。そこで執拗に追求されるのは、言語コミュニケーション(交換)における人間の悲劇的条件であり、他者との交通を可能にする普遍性がいかに生み出されうるかという問いである。いまなお多くの示唆に満ちたこれらの講演は、後の柄谷理論の展開を予感させるのみならず、批評という営み自体をも再審に付す魅力的な内容となっている。旧版の内容を再構成し、改稿を加えた決定版。
  • 哲学の誕生 ──ソクラテスとは何者か
    3.0
    哲学はソクラテスとともに始まったと見なされてきた。だが、何も著作を残さなかったソクラテスが、なぜ最初の哲学者とされるのか。それを、彼とその弟子のプラトン、アリストテレスという3人の天才による奇跡的な達成と考える従来の哲学史観では、致命的に見落とされたものがある。ソクラテスが何者だったかをめぐり、同時代の緊張のなかで多士済々の思想家たちが繰り広げた論争から、真に哲学が形成されていく動的なプロセスだ。圧倒的な量の文献を丹念に読み解き、2400年前、古代ギリシアで哲学が生まれるその有り様を浮き彫りにした『哲学者の誕生:ソクラテスをめぐる人々』の増補改訂版。
  • 読書の学
    5.0
    言語は、事実のコミュニケーションのための媒体であるばかりではない。言語自体がまた人間的事実であり、そこに集約されている著者の態度が精密に読み込まれてはじめて、読むことは十全な読書となる。論語・史記から契沖、宣長、徂徠にいたるまで、漢籍や和書を縦横にし、著者の内部に生起し蓄積する感情・思考・論理を通して内的事実に降り立つ実践を展開する。事実に触発される意識をたどり、読書論を超えて学問論にいたる。著者の悠然たる文学的逍遙につき随って、その思考の筋道をつぶさに経験する一巻。
  • 英米哲学史講義
    3.7
    英米哲学の諸潮流は、「経験」を基盤に据えるという発想に導かれている。それは、ロックやヒュームらの「経験論」を共通の源泉とするためだ──。ベンサム、J.S.ミルに発する「功利主義」。フレーゲとラッセルを先駆に、ウィトゲンシュタイン、クワインをへて現代に連なる「分析哲学」。パースが提唱しアメリカを体現する思想となった「プラグマティズム」。そして、ロールズやノージックらの「正義論」。本書は、こうした英語圏の哲学的系譜を、経験論を基点として一望のもとに描き出す。主要哲学のつながりを明快にとらえる、入門書決定版!
  • 増補 性と呪殺の密教 ──怪僧ドルジェタクの闇と光
    5.0
    性行為の歓喜が心身の力を極限まで高め、究極の智恵をもたらすという理論を根拠に、修行に導入された「性的ヨーガ」。不正義の人が悪事を成す前に、浄土に送り届けることは救済にほかならないという思想に基づく「呪殺」。チベット密教には、いまだ秘匿された教義が数多く存在する。なぜそうした奥義がチベットで歓迎されるに至ったのか。その背景を解き明かしつつ、知られざる神秘に迫る。国や地域と時代を問わず、宗教にあまねく内在する暴力とエロティシズムの原理にまで鋭く切り込んだ一章を増補。宗教の本質を抉り出す驚異の密教入門書。
  • 大乗とは何か
    -
    幅広く衆生の救済を目指す大乗仏教運動は、西暦紀元前後にインドで胎動し始め、東アジアを覆うほどの伝播をなして今日に至る。「釈尊の初期仏教に立ち返れ」と説く般若経を先駆経典とし、その中心思想「空」はナーガールジュナ(龍樹)によって基礎づけられた。「大乗諸仏と私」「大乗の展開」「大乗の諸相」の三部からなる本書は、「菩薩」という言葉の来歴、空の考え方、経典成立の問題など、大乗の諸側面に迫った、仏教学の泰斗最後の論考集である。仏教入門としてもまたとない書。
  • 親鸞からの手紙
    -
    親鸞が、もっとも信頼する人びとや、最愛の弟子たちと交わした、胸を打つ手紙の集成。その現存する手紙全42通の現代語訳と解説で親鸞の心中に迫る。最新の親鸞研究の成果にもとづき、全書簡を書かれた順に構成。これにより、子息善鸞の義絶事件などの人間的苦悩と、煩悩具足の凡夫であることの自覚から、ひたすら阿弥陀仏の本願(専修念仏)に帰命する姿が、より鮮明に立ち現れる。それは、仏教を貴族や支配階級のもとから解放し、真に民衆のものとして、多くの衆生を獨世から救おうとする姿にほかならない。現代にも脈々と生きる、親鸞の力強い実践思想へのこのうえない入門書。
  • 親鸞・普遍への道 ──中世の真実
    -
    親鸞はいかなる人物か。その思想はどのような今日的意義をもっているのか。親鸞に親しむほどに既成教団を否定せざるをえず、浄土真宗の末寺に生まれながらあえて寺院を離れた著者が、一市民として全存在をかけて親鸞の求道に分け入る。自己の無力を知り弥陀の本願に依ることでどのような者も救われるという「絶対他力」の教えは、ケガレを忌み、占い、苦行や作善、祖先崇拝に救いを求めた中世人に、いかばかりの衝撃をもたらしたか。中世の「聖なる世界」の構造をトータルに把握し、そのなかで親鸞が切り開いた「絶対他力」という「普遍への回路」を明らかにする、渾身の著。
  • 読む聖書事典
    3.3
    天地創造、アダムとエバの楽園追放、モーセの十戒、イエスの誕生、最後の晩餐──聖書には有名なエピソードは多いが、その全容はあまり知られていない。本書では多くの人名、地名、用語をとりあげ、物語のつながりや深層がわかるように説く。豊富な図版とともに読めば、西洋・中東文化にいまも色濃く影を落とす歴史の背景が目に見えるように浮かんでくる。巻末には旧約・新約聖書の内容や成り立ちをはじめ、ユダヤ・キリスト教の基礎を押さえられる解説、年表、関連地図などを収録。用語事典としてはもちろん、読み物としても楽しい、聖書入門書の決定版。
  • 禅のこころ ――その詩と哲学
    -
    禅とは何だろうか。古来、仏の悟りの真髄をこころからこころへと伝えてきたため、その世界に参入するのはなかなか難しい。本書はこの難問に応える。禅の世界は、坐禅修行を通して真実の自己とは何かを究明し、同時に現実世界において平常心に生きる道であることを解き明かす。そこに開かれる、自然や他者との不二の境地は、まさに詩となり、味わいに富む言葉に結晶する。その禅的境涯にひそむ理路は、「言語」「時間」「身心」「行為」などの哲学的探究の展開ともなる。禅を、今を生きるための思想として、多くの人の身近なものとすべく意図された、他に類例のない入門書。
  • いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか
    4.4
    霊学研究の諸成果に関心を寄せる人々の中には、そのような人生の高次の謎を口にする者が一体どこからその知識を得たのか、という点に疑問をもたざるをえない人もいるであろう。本書はまず第一にこのような人のために役立ちたいと望んでいる。霊学は人生の高次の謎の本質に深く係わろうとする。この霊学からの発言の根底にある諸事実を吟味しようとする人は自力で超感覚的な認識を獲得しなければならない。本書はそのための道を記述しようとしている。四大主著の一冊。
  • 自発的隷従論
    4.3
    なぜみずから屈し圧政を支えるのか。圧制は、支配される側の自発的な隷従によって永続する――支配・被支配構造の本質を喝破した古典的名著。シモーヌ・ヴェイユが本作と重ねて20世紀の全体主義について論じた小論を併録する。
  • モーセと一神教
    4.5
    フロイトはその最晩年、自身の民族文化の淵源たるユダヤ教に感じてきた居心地の悪さに対峙する。それは、〈エス論者〉として自らが構築してきた精神分析理論を揺るがしかねない試みであり、「生命と歴史」という巨大な謎と正面から格闘することでもあった。「もはや失うものがない者に固有の大胆さでもって、……これまで差し控えておいた結末部を付け加えることにする」――ファシズムの嵐が吹き荒れる第二次世界大戦直前のヨーロッパで、万感の思いを込めて書き上げられた、巨人の恐るべき遺書。
  • 重力と恩寵
    4.4
    「重力」に似たものから、どうして免れればよいのか? ――ただ「恩寵」によって、である。「恩寵は満たすものである。だが、恩寵をむかえ入れる真空のあるところにしか入っていけない」「そのまえに、すべてをもぎ取られることが必要である。何かしら絶望的なことが生じなければならない」。真空状態にまで、すべてをはぎとられて神を待つ。苛烈な自己無化の意思に貫かれた独自の思索と、自らに妥協をゆるさぬ実践行為で知られる著者が第二次大戦下に流浪の地で書きとめた断想集。歿後に刊行され、世界に大反響を巻き起こした処女作。
  • ジンメル・コレクション
  • 社会思想史講義
    4.5
    社会思想は、その時代の社会がかかえる問題を解決しようと、思想家が格闘しつつ生みだすものである。本書はルネサンス以降の歴史を、3つの流れで捉える。すなわち、民主主義・資本主義社会はいかなる思想的過程で形成されたか、近代社会に顕在化した問題を解決するためどのような社会思想が生み出されたか、そして20世紀以降どのような問題が発生したか。著者が指摘する「現代社会の問題」とは、個人の自立性を押しつぶす官僚制化・大衆社会化・管理社会化であり、さらに資本主義社会の矛盾・弊害の克服を目指したはずの社会主義諸国の行き詰まりまでを含む。長らく読み継がれてきた簡潔で定評ある入門書。
  • アイデンティティが人を殺す
    3.9
    集団への帰属の欲求とは何を意味するのか。この欲求が他者に対する恐怖や殺戮へとつながってしまうのはなぜなのか――。グローバル化の進展は、さまざまな文化の保持者たちの基盤を揺るがし、時に偏狭で排他的な帰属意識を生み出してしまう。複数の国と言語、そして文化伝統の境界で生きてきた著者は、本書のなかで新しい時代にふさわしいアイデンティティのあり方を模索する。鍵となるのは、「言語」だ。言語を自由に使う権利を守ること、言語の多様性を強固にし、生活習慣のなかに定着させること、そこに世界の調和への可能性を見る。刊行後、大きな反響を呼んだ名エッセイ、ついに邦訳。文庫オリジナル。
  • 新・建築入門 ──思想と歴史
    4.0
    建築は、一見すると哲学とも思想とも関係のない即物的なもので、定義など簡単にできそうである。ところが、建築ほど定義しづらいものはない――。20世紀末、構築的なものへの批判に晒され混乱をきわめた「建築とは何か」という問いに、著者は建築史と思想史を縒り合わせながら、真正面から立ち向かう。一本の柱が原野に立てられた太古から、ゴシック、古典主義、ポストモダニズム建築まで。建築様式の歴史的変遷の背後にはどのような思想があったのか。本書は、ひとつひとつ思考を重ねつつ、歴史的視座を与えようとした意欲的主著である。著者自身による自著解説を付した、待望の文庫版。
  • 科学と仮説
    4.5
    数学はなぜ科学といえるのか、連続体や幾何学空間の概念はどこから生まれたか、仮説にはどういう役割と種類があるか、科学は自然に対してどういうスタンスをとるべきか――。「ポアンカレ予想」の提唱者としても名高い科学者が、数学・物理学を題材に、関連しあう多様な哲学的問題を論じる。「幾何学の公理や物理学の原理は、人間が自由に決めた定義、あるいは人間の精神が創った規約である」という「規約主義」の立場を打ち出した。科学の要件に迫り、刊行時大反響を呼び、アインシュタインら若き科学者たちを「何週間か呪文をかけられたように」高揚させたという科学哲学の古典。オリジナル新訳。
  • ほとけの姿
    -
    ほとけとは何か。ほとけとは、どんな姿でどこにいるのか。著者は生涯をかけこのテーマを追い求めた。三十三間堂の千手観音立像千一躯や広隆寺弥勒菩薩半跏像ほか1300体を超える国宝仏の修復家であり、仏像彫刻家にして天台宗の僧侶でもある著者が、伝え遺したかった渾身の著書。挿絵70点以上を添え、やさしい言葉で語りかけるように綴った滋味深い仏教入門書。
  • 文語訳聖書を読む ──名句と用例
    4.0
    明治期に出来上がって以来、一世紀以上にわたり愛読されてきた文語訳聖書。格調が高く、歯切れのよい翻訳は、文学はもとより、日常の日本語にいたるまで強い影響を与えた。本書は、キリシタン時代にさかのぼって文語訳成立の経緯をたどった後、名著をはじめ、多岐にわたる作品のなかで聖句や名句がどのように用いられてきたのか、言語文化へのはたらきを見ていく。日本人の精神生活と表現世界を豊かにした源泉へと読者をいざない、いまだ色あせることのない言葉の輝きを伝える。
  • 人知原理論
    5.0
    事物が存在するということは、それが知覚されているということである──。ジョン・ロックの経験論哲学の批判的継承者たるジョージ・バークリー(1685-1753)は本書『人知原理論』において、こう断言する。それは裏返せば、知覚されないものは存在しない、つまり私たちの心から切り離された「物質」なるものなど存在しない、ということだ。様々な批判にさらされながらも、ヒュームやカント、ドイツ観念論など後の哲学思想に多大な影響を与えたバークリーの思想とはいかなるものか。その透徹した論理にひめられた核心が、平明このうえない訳文と懇切丁寧な注釈により明らかになる。主著、待望の新訳。
  • ニーチェ入門
    3.7
    現代思想に多大な影響を与え、今なお多くの著作が読み継がれているニーチェ。しかしアフォリズム的に書かれたその文章は、他の哲学者にはない魅力である一方で彼の思想の核心を捉えにくくもしている。ニーチェは終生何について考えていたのか? 実はそこには「健康と病気」をめぐる洞察がある、と著者は述べる。みずからも病に苦しみつつ、その経験の中から「身体の健康とは何か、精神の健康とは何か」という身近な問題意識への思索を深めていったのだ。ニーチェの生涯や思想、キーワードを平明に解説し、その思想のもつアクチュアリティを浮かび上がらせる入門書。
  • 中国の知恵 ──孔子について
    3.5
    孔子の生きた時代(前551?‐前479)、世は戦乱にあけくれ、殺戮と陰謀にみちていた。そのような状況下、孔子は、人間にとって重要なのは相互に愛情をもつことだとして「仁」の思想を唱え、政治はその実践であるとした『論語』を生みだす。その後『論語』は儒教の教典として崇拝され、文学的香気にあふれた含蓄深い名句の数々は、人間讃歌、人類永遠の古典として、現代に至るまで多くの人々に読みつがれている。本書は、表題作ほか、孔子と『論語』に関する初心者向けの論考六篇で構成。中国文学最高権威の著者が、人間孔子の精神と『論語』の思想を明らかにした入門書の名著。
  • 宗教以前
    3.5
    われわれの祖先の素朴な宗教的感覚は、仏教が輸入されてもなお生き続け、ついには仏教そのものを日本的なものへと変容させる根強さを持っていた。近代に入り、科学との出合いや共同体の崩壊を経ても、その感覚は人々の心から完全に消え去ることはなく、今日にいたっている。とりわけ「死」といった日常を超える問題に対する時には、この素朴な感覚が、当然のように顔を出す。本書では、民俗学・歴史学の手法により、日本人の伝統的な宗教意識の諸相を明らかにする。そしてそこを起点に、日本人を救う普遍的な宗教のあり方を探る。民俗学者と宗教家、二人の碩学の出逢いによって生まれた伝説の名著。

最近チェックした本