萱野稔人の一覧
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ユーザーレビュー
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大前提として、こういう解説書は初学者には非常に良いと考えている。なぜなら、原文を読んでも意味がわからないことが多いからです。
そういう意味では、私のような初学者には非常に心強い内容でした。
カントは理想主義者ではなく、人間の暴力性を理解した上で、法によって政治をコントロールする必要があると考えてい
...続きを読むる。
また世界国家のようなものはうまく行かないと考えているような非常にリアリズムを持った哲学者でした。
ロシアがウクライナを攻めている今、改めて世界のあり方を考えるための基本的な一冊になると思います。
他方でカントの時代と大きく異なる点は、核兵器の存在で、カントの考えを引き継いだ哲学者たちが、核をどのように捉えているのか知りたいと思いました。
Posted by ブクログ
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萱野 完全に居場所がないという状態だったんですね。で、その後、右翼団体にいくわけですね? 雨宮 はい。こういう言い方は変かもしれませんが、右翼はすごく居心地がよかったですね。ある意味、いまかかわっている労働組合と似た感じがあります。労働組合に入ってくる人たちも、ここではじめて人間に対す
...続きを読むる信頼感を取り戻せたというんです。「この人を蹴落とさなきゃ」とか「競争しなきゃ」とかいう感情ぬきで、はじめて人と話すことができた、と。私にとっては、そういう体験をしたのは右翼団体がはじめてだったん
右翼にいったのは、いまから分析すると、「誰にもどこにも必要とされてない」という心情とすごく関係があったと思い
学歴のある人や上の世代の人なんかは、若者が「大いなるものと結びつきたい欲求」によってナショナリズムや愛国に走るんじゃないかと指摘したりします。それもあるとは思うんですが、実際に最底辺の現場で、アジアの人や他の貧しい国の人と働いていると――なぜか日本でそういう「外人部隊」にぶち込まれて働いていると――、日本人であるということしか拠り所がなくなって
フランスに、ジャン=マリー・ル・ペンという有名な政治家がいます。「移民はフランスからでていけ」ということを公然と主張している人で、フロン・ナショナル(国民戦線)という極右政党の党首をしてい
左翼はどうしても「こっちが正しいんだ」という態度で、相手のいうことを否定し、説得することに向かってしまいがちですから。で、相手が直面している実存的な問題やリアリティを見落として
無条件に認めてくれる
コミュニケーション重視型の
たとえばイケメンだったりキレイだったり、トークが冴えていたり、あるいは他人にアピールできるような特別な能力や資格、ステイタスをもっていないといけませ
共同体というのは、人びとに安定的な承認をもたらしてはくれますが、同時に排他的だったり、ややこしい共同体のルールやしがらみを押し付けたりもし
ただ、確実にいえるのは、まったく共同体的な承認なしにコミュニケーション重視型の社会を生きていくのは相当キツイということ
それから、コミュニケーション重視型の社会では、承認される人とされない人のあいだの格差も広がっていきます
そういう状況なので、フリーターをやればやるほど承認に飢えるという逆説的な部分がある。それがキツかったです
格差の問題って、経済だけじゃなくて顔面格差やコミュニケーション格差など、いろいろあるんですよね。それによって生き延びられるか、生き延びられないかが決まる。お金がなくても人間関係で生き延びられることってありますよね。 萱野 そうなんですよね。たとえば早い段階で学校教育からドロップアウトしても、コミュニケーション能力があれば、なんだかんだやっていけたりする。たとえばヤンキーとかで、地元の先輩・後輩の 絆 が強い人は、それほど職能的なものを身につけていなくても生きていけたりするんです
私も、右翼団体に入る二一歳ぐらいまでは、何でも自分のせいにしていました。自分のせいにして、死のうと思ってリストカットばかりしていたし、バイトをクビになるたびに「おまえはこの社会に必要とされていない」といわれてる気がして、ダメな自分を責めて、オーバードーズして救急車で運ばれたりしていました。でも、右翼団体に入って、全部アメリカと戦後民主主義が悪いんだ、とアメリカのせいにしたら治ったんです。ある意味、つねにクスリが効いてる状態というか、一発決めているような状態だったんですね。でも、その過程は自分に必要だったし、必要だったからこそそっちにいったわけで、そのおかげで生きやすくなった部分は確実にありまし
福島みずほさんや森達也さん、若松孝二さん、鎌田 慧 さん、斎藤貴男さんなど、いわゆる「左派」系の著名人たち
でも私は靖国にいったり、右翼の団体に入ったりしたとたんに、リストカットが治ったんですよ。うーん、靖国とリストカットのつながりって言語化するのが難しいですが、靖国参拝する人のなかにはメンヘラーの女の子なんかも多いんです
さらにいえば、どんなギャンブルや宝くじでも、一番儲けるのは、賭けをしているプレーヤーではなく、それを開帳してテラ銭(賭け金のなかに含まれる参加料、主催者の開催手数料)を手にする主催者です。つまり賭博をすればするほど、労働者は――誰が勝とうが――トータルとしてどんどんお金を吸い上げられていく。飯場で稼いだお金よりも、借金のほうが膨らんでしまうことだって珍しくありませ
Posted by ブクログ
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この本を読んで最も学びになったことは、「死刑制度の是非は道徳的に確立することはできない」ということ。そして、公権力が冤罪をしてしまう可能性がある以上、死刑は取り返しのつかないものとなってしまう。だから死刑はやめるべきだということがよく理解できた。
もう一つ!p35「『それはあなたの意見にすぎない』『
...続きを読む考え方は人それぞれ』というかたちで相対主義に逃げる人がいる。(…)徹底的に普遍主義の次元にとどまって議論する意志がなければ、他者をせっとくすることなどできないのだ。」という意見にはハッとさせられた。私も話してる相手に「それも考え方の一つだよね」と言われるとそこで違う次元に持って行かれてしまったような、一種の思考停止感を味わっていた。
冤罪は単なるミスではない。公権力自体の権威や信頼を維持するために、構造的に冤罪の危険性を含んでいる。
理由として↓
・重犯罪の犯人を捕まえなければならない使命感
・再犯にて誤りを認めることによる信頼度の低下
道徳的に死刑の是非を議論できないことの証明として、カントの定言命法の説明があった。道徳の性質として、それに理由づけをすると全て仮言命法になってしまうことがある。
「人を殺してはいけない」の根拠には、「同等性の原理」(応報的な規範原理)があって、
★道徳的に正しいかは二つのものごとの「価値」が釣り合うかにあるかで決まるという。
↓しかし!
何と何が釣り合うか、は個々人の考えや文化的背景、時代、その時の状況によってもことなってくる。だから、道徳的な判断は相対的になる。
↓
相対的だと何がいけないかというと、個人の自己正当化の主張として、どんな「価値の釣り合い」も実現可能になってしまうから。
(感想)
残酷かもしれないが、私は安易に死刑にするのではなく、犯人は被害者と同じ方法で処罰されるべきだと思っていた。しかし、その方法でも同時に冤罪だった場合取り返しがつかず、冤罪の疑いがかけられた人がたとえ死ななかったとしても、身体的・肉体的苦痛を伴うことになる。
でもそしたら牢屋にいれられることも程度は低いが
身体的・肉体的苦痛になるよなぁ。しかし、容疑者を社会に野放しにしておくこともできない。難しい。
Posted by ブクログ
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哲学の一通りのテーマが学べて面白かった。
特に連載物のため、1つ1つの著書に対して数ページ程度であるのが読みやすく、入門書にはピッタリ。
哲学書では難解な言葉で書かれてイメージしにくい部分を噛み砕いて解説してくれてるので理解しやすくてとても良かったです。
Posted by ブクログ
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靖国神社に参拝したらリストカットがやんだ。
という言葉が印象的でした。
右翼活動や靖国参拝で自己肯定ができたのだと思います。
自己肯定感は自分で培うものですが、初期の頃は他人からの肯定が必要です。
それなのに世間も親も否定ばかり…
自己否定感がなければ行動を起こしやすいのだけど。
元日本
...続きを読む一のニートphaさんは自己責任は50%と言っています。
残り50%は誰の責任かを知れば自分を責めて生きづらくなることもないのではないでしょうか。
残り50%を責めること=右翼活動やアメリカ批判でもアリだと思いました。
Posted by ブクログ
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