歴史・時代小説作品一覧
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4.0江戸時代多くの命を救った男を描く傑作小説。 元禄十三年、二百石取りの彦根藩士の家に生まれた玄悦は母に厳しくされ、自分が実の子ではないと感じていた。下働きの八重が突然いなくなり、やがてその後呼ばれて八重を訪ねていくと、八重はおなかの子が出てこられずに苦しんでいた。八重が生みの親とわかった玄悦だったが、八重は亡くなってしまう。医者を志したが許されず、玄悦は独力で鍼や按摩の技術を習得し京都に出る。 そして同じ長屋の女性が八重と同じくお産で苦しんでいるのを見て、自らの技術で女性の命を救った。玄悦の技術は評判となり、自ら回生術と名付けた。また夜鷹など行き場のない女性が滞在するための家を借りた。一方、亡くなった胎児を時に傷つけ引きずり出すことを批判され、子供は苛められた。 ある日、商家の妾が難産でひどい扱いをされているのに激怒した玄悦は、その女性・お糸を引き取った。玄悦は、お糸にこれまでの女たちにはない感情を抱くようになる…。 上手くいかない三人の子供との関わりや妻のお信やお糸とのことに悩みながらも、多くの命を救った。山脇東洋を始めとする一流の医者たちからも、その技術を認められるようになった男の熱き生涯を描いた傑作小説。
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4.0龍に導かれた平賀源内の時空を超えた冒険譚。 物語の発端は、明和八年(1771)。平賀源内がゑれきてるを世に送り出す5年前のことである。時に源内44歳。高松藩を脱藩し自由の身となっていた源内は、大嵐のなか、肥後で巨大な龍骨化石に遭遇。その存在を暴こうと野心に燃える。 同じ頃、遠州沖で一隻の船が遭難した。船頭たちは、漂流してやっとたどりついた島で、見たこともない巨大な爬虫類に襲われてしまう――。 その後、大坂で円山応挙とともに龍の掌を見に行った源内は、それを祭る寺の法主から、その昔、龍の掌を龍宮から持ち帰ったという男の話を聴くことになる。 京で若き日の鬼平・長谷川平蔵や上田秋成にで会い、この頃から、源内は龍に導かれるように、不思議な事件に巻き込まれていくのであった。 構想から完結まで20年の超大作。全六巻の一、二を同時刊行。
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-「たとえどのような御方からの下され物であれ、茶碗は茶碗ではないか…」体面ばかりが重んじられる、武家勤めに不満を持っていた美濃恵那藩士朽木三四郎は、藩主、長山影綱の催した茶会で、神君徳川家康公から、下賜された茶碗が割れていた罪を自ら負い、藩を離れた。そして、日光街道、水戸街道への江戸から最初の宿場である。千住宿にやって来た。新たに寺子屋を始めた朽木は、縄暖簾『小春』のおはるや娘おさと、そこに集う岡っ引の治平、新吉親子らの人情あふれる市井での生活に、本当の人生を感じ始めていた。そんなある日、教え子が水死体となって発見されるという事件が起こった。
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-山本小四郎は元火付盗賊改方の同心であったが、御家人株を売り、今では孫と野菜作りに精を出す悠々自適の隠居の身である。その一方で、「養生道」を本分とし、医者や奉行所に相談できない心身の悩み事を聞く『不老長寿庵』なる相談所を開いていた。ある日、小四郎は不治の病に冒された浪人・田代から、仇討ちの場での死に様を見届けて欲しいと依頼される。しかし、余命を覚り、斬られてやる覚悟だった田代が、手術で命をとりとめて事態は思わぬ方向に…。ある時は心を、ある時は身体を癒してやり、人々の難題を解決していく小四郎。そして、いざとなれば隠された剣の腕を見せる!気鋭が放つ新鮮なる書き下ろし時代小説登場。
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5.0ふしぎな力にみちびかれ、戦国時代にタイムスリップした歴史好きの少年・タカシが、その知識を武器に、真田幸村・昌幸親子と武田家の再興を目指す! 迫りくる徳川、北条軍を防ぎきり、信濃を領土にすることはできるのか!?
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3.9花を生ける、人を生かす。 まだ悲しみも喜びも知らぬ少年僧の、四季折々の花に彩られた成長物語。 物語の舞台は文政13(1830)年の京都。 年若くして活花の名手と評判の高い少年僧・胤舜(いんしゅん)は、ある理由から父母と別れ、大覚寺で修行に励む。 「昔を忘れる花を活けてほしい」 「亡くなった弟のような花を」 「闇の中で花を活けよ」 次から次へと出される難題に、胤舜は、少年のまっすぐな心で挑んでいく。 繊細な感受性を持つ少年僧が、母を想い、父と対決していくうちに成長をとげていく、美しい物語。 解説・澤田瞳子 ※この電子書籍は2017年7月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
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3.8建仁寺の「雲龍図」を描いたことで知られる海北友松(かいほう・ゆうしょう)は遅咲きの絵師だが、山水図屏風、竹林七賢図、花卉図屏風、寒山拾得・三酸図屏風など、すばらしい作品を遺している。しかしそこに至る道は、決して平坦ではなかった。近江の浅井家に仕えていた実家・海北家が滅亡。武士に戻りたくとも戻れず、葛藤を抱きつつ絵師の道を選び取った友松は、明智光秀の片腕・斎藤利三と出会い、友情を育んでいく。その利三が仕える光秀が信長に叛旗を翻す。本能寺の変――。しかしその天下は長く続かなかった。利三の運命は……。武人の魂を捨てきれなかった友松は、そのとき何を考え、どんな行動をしたのか。苦悩の末、晩年にその才能を花開かせ、安土・桃山時代の巨匠・狩野永徳と並び称されるまでになった男の生涯を描く傑作歴史小説。著者・葉室麟が、デビュー前から書きたかった人物を、円熟の筆で描き上げている。解説は、作家の澤田瞳子氏。
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3.5織田信長にその剛毅な質を認められ、「鬼武蔵」の異名をとった猛将・森長可。初陣以来の功、さらには天正十年(1582)の武田攻めの活躍により、長可は信濃四郡を与えられて川中島に入り、上杉勢への備えの任を負った。しかし、本能寺の変が起こったことで、前途洋々だった人生に転機が訪れる。信長の死を知った敵対勢力が勢いを増し、窮地に陥った長可は、弟の森蘭丸らの死を悼む暇もなく、手勢三千を率いて川中島を発つと、一揆勢の包囲を突破して信濃を縦断、旧領の美濃金山への帰還を果たした。その後、織田家支配が崩れはじめた東美濃を、金山城に拠って瞬く間に平定した長可だったが、このことが天下人をめざす羽柴秀吉に与することにつながり、さらには徳川家康と秀吉との決戦――運命の小牧・長久手の戦い――へと引きずり込まれてゆく……。歴史の表舞台に立った期間はわずかながらも、鮮烈な光芒を放った若き武辺者の人生を力強く描いた長編小説。
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-実収年貢の7年間分という膨大な負債を抱え、財政破綻の危機にあった播州姫路藩を、27年をかけて再建した河合道臣(寸翁)。本書はこの経世済民の名家老の生き方を感動的に描く長編小説である。元禄バブルのツケにより負債がかさむ一方の姫路藩では、経済の疲弊とともに人心も傷ついていた。代々の勝手向き(財政担当)家老が対策を講じるも効果なく、万策も尽きたと思われたとき、藩主は突然、「本のムシ」のような文人派家老の河合に勝手向きを命じるのである。いきなり修羅場に投げ込まれた河合は、だが周囲の危ぶむ声をよそに、文人派ゆえの懐深い人間味と冷静な頭脳によって、従来の倹約やリストラといった定番政策は避け、民間主導型の特産品の開発やユニークな金融システムを設けるなど、藩と領民が一体となった改革を推進していくのである。さらに負債完済後の次世代の育成も怠らなかった。まさに今日に呼び戻したい人物だったのである。
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4.0「地黄八幡」の旗印の下、数々の合戦でその名を轟かした北条綱成。彼の存在なくして、北条氏の関東制覇はありえなかった――。駿河今川氏の猛将・福島正成の嫡男として誕生した北条綱成は、天文五年に起きた今川家の内紛「花倉の乱」を機に、関東北条氏二代目の氏綱の信頼を受けて北条一門に迎えられる。綱成は闘将の資質を遺憾なく発揮し、「北条の楔」として関東の要衝を押さえ、甲斐武田、越後上杉など数多の強敵と激戦を繰り広げる。日本三大夜戦の一つとして知られる「河越夜戦」では、八万にもおよぶ上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏連合軍を寡勢で迎え撃ち、北条方の大逆転勝利に大きな役割を果たした。また、晩年には三代目・氏康の名代として外交手腕を発揮。綱成がもう少し長生きをしていたならば、豊臣秀吉による小田原征伐の行方も違っていたのではないか……。北条軍の先鋒として無類の強さを誇った「地黄八幡の闘将」の生涯を描く力作歴史小説。
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4.2信州・上田城に拠り、わずかな軍勢で徳川の大軍を散々に打ち破ること二度。大坂の陣においても家康の本陣に肉薄し、あと一歩のところまで追い詰めた「真田」。徳川家にとってまさに“天敵”ともいえるこの真田家が、信州の一大名として明治維新まで生き残ることができたのは、あまり知られていない。その最大の功労者が、真田信之である。織田・徳川・豊臣・上杉・北条といった大勢力の狭間にあって、父・昌幸とともに戦国の動乱を巧みに乗り切り、関ケ原の折には、決死の覚悟を見せることで西軍に味方した昌幸と弟・幸村の助命に成功、家康からは譜代大名と変わらない厚き信頼を勝ち取った信之。のちに、“天下を飾る者”としてその器量を称えられた彼こそが、真田の家を長久ならしめた「名将」にして「名君」だったのだ。戦国史上、燦然と輝きを放つ昌幸と幸村の武名に隠れて、これまでほとんど語られることのなかった真田信之の生涯を描いた力作長編小説。
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4.0源氏の貴種に生まれながら、わずか2歳で父を討たれ、母に抱えられて木曽の地に逃れてきた駒王丸。土地の実力者・中原兼遠の屋敷にかくまわれ、その子どもたちと兄弟同然に育った駒王丸だったが、自らの五体を流れる源氏の血を知り、平家全盛の世に何をなすべきかに目覚めていく。やがて義仲と名乗り、凛々しい青年武将となった彼のもとに、平家追討の令旨が下る。二十七歳の旗挙げである。その勇と武略で、横田河原の戦い、倶利伽羅峠の戦いを経て、わずか三年で平家を京から追い落とした義仲。だが上洛からわずか半年後、悲劇の運命が彼を待ち受けていた――。時代に風穴を開け、颯爽たる勇姿を歴史に刻んで散った稀代の英傑を活写する力作小説。樋口兼光、今井兼平、巴御前といった脇役たちの活躍も印象的な、魅力ある物語に仕上がっている。
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-今からちょうど四百年前の九月十五日、日本史上もっともドラマチックな合戦があった。全国の名だたる大名が豊臣方・徳川方の東西に分かれて激突、一日で天下の帰趨を決した関ヶ原の合戦である。戦端が開かれた当初、徳川家康率いる東軍を押しまくった西軍は、小早川秀秋の寝返りによって壊滅のやむなきに至った。だが、この寝返り劇、はたして戦場で突然起こったものだろうか。むしろ何者かによって事前に仕組まれていたのではないか。本書は、限られた歴史的事実をたくみにつなぎ合わせながら、東軍を勝利に導いた「闇の仕掛け人」の素顔とその活躍をいきいきと描き出している。合戦そのものは一日で終わったが、天下をめぐる徳川家康と石田三成の謀略戦は、戦場で対峙する以前から延々と続いていた。そこで力を発揮した男たちこそ、この物語の主人公である。秘められた人間ドラマを掘り起こし、新たな視点から「関ヶ原」を描いた注目の長編時代ミステリー。
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4.0幼くして母・常盤御前と別れて鞍馬に入った遮那王(義経)は、やがて平家打倒を志して鞍馬を脱出、奥州平泉の藤原秀衡のもとへ身を寄せる。幾年を経て凛々しい若武者となった義経は、挙兵した兄・源頼朝と黄瀬川で対面。その後は先に上洛した木曽義仲勢を宇治川に破り、一ノ谷の合戦では鵯越えの奇襲で平家を屋島に追い落とした。颯爽たる英雄となった義経が絶世の舞姫・静御前と出会ったのは、一ノ谷の後、京の警備を任されていたときである。静の舞に母の面影を見た義経は、急速に彼女に魅かれていった。だが、兄・頼朝との関係が悪化するなかで、屋島・壇ノ浦と戦勝を重ねながら勘気を蒙り、義経は静を伴っての逃避行を余儀なくされるのだった……。歌舞伎や講談などで広く日本人に知られ、伝説化されてきた二人の悲劇の物語を、生身の男女のドラマとして血肉を通わせて描ききった力作小説。2005年のNHK大河ドラマ「義経」の世界が楽しくわかる本。
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-徳川家康の六男でありながら、わずか25歳で流人の身となった松平忠輝。92歳で没するまで、67年という歳月を許されることなく配所生活を送った彼は、家康の息子のなかで最も不遇な生涯を強いられた人物だったといえる。生まれついての異相ゆえ、「この赤児を、直ぐに捨てよ!」と家康から遠ざけられた忠輝は、8歳まで自分の本当の父を知らずに育つ。11歳で父への目通りを許された彼だったが、もはや家康の存在を素直に受け入れることはなかった。4万石、14万石、60万石と加増転封が繰り返されて19歳で大大名になった忠輝は、それでも家康や兄の二代将軍・徳川秀忠への反発が募り、大坂夏の陣では意図的な遅参という大事件を起こしてしまう。本書は、宿命的な生い立ちによって徳川宗家を相手に「孤独な戦い」を続けた松平忠輝の生涯を、大久保長安、花井三九郎ら個性的な側近たちの生きざまとともに描ききった長編歴史小説である。