作者の著作は初めてになるが、歴史小説を数多く手がけている人らしい。昭和10年生まれだから、書き下ろしの本書出版時点で74歳だろうか。かなりのベテランである。刊行時期のタイミングから、NHK大河ドラマ『龍馬伝』に合わせたものだろう。作風は奇をてらったところもなく、弥太郎の出生から死去まで、史実に沿って
...続きを読む小説化している。副題は「国家の有事に際して、私利を顧みず」。弥太郎の言葉だ。彼については三菱財閥の創業者であることくらいしか知らなかったが、その人生は波乱に満ちて面白い。
幕末史と彼の人生がリンクしており、あまたの幕末の英傑が登場する。決して劇的な筆致ではなく、淡々と史実を追っているので歴史の勉強にもなる。勉強嫌いから学問好きになり、漢詩に才能を発揮する。吉田東洋の弟子になり、後藤象二郎との知己を得て、そこから土佐藩の商務組織・開成館の運営をまかされ、商才を発揮するようになる。"政商"と影で言われもしたが、海運は新国家の大事業と信じて邁進した過程で政府の信頼を得たというのが実際のところなのだろう。旧社会の身分や門地にこだわらず人材を登用し、我が国の経済の礎を築いた男の人生には触発されるものがある。