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「我は天下の政務を摂する心なれば、深宮に手を拱せず」と、紀州徳川吉宗藩鎮より入りて八代将軍を襲職するや果断勇決、白石・詮房の徒を退け、幕政の京都化を阻止、万機を親裁し、頽廃糜爛せる人心を一新。大岡忠相を擢用し秩序を正し風俗を矯正、文教の普及を図るのみならず蘭学を奨励、もって広く知識を世界に求むるの端を啓く。後世の史家をして鎖国日本の後頸家光に比し、開国日本の先駆、徳川幕府中興の祖といわしむる善政を布く。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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百世子孫を魅了する英雄秀吉の天下経営への序幕篇。秀吉、本能寺変知るや疾風迅雷、中国攻めより返して光秀を討つ。時に勝家は越中上杉攻めより兵を率いて上洛途次、家康は堺より間道を逃れ岡崎にて陣容整え光秀討伐に進発、共に秀吉から光秀伏誅の報を受く。清洲会議を経て天下の大勢暗旋黙多、秀吉に赴く。勝家を亡ぼし、強敵家康と講和したる秀吉は南海四国北陸を平定、信長の定めた大経綸を継ぎ日本統一への加速を加える。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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九州役後、関白秀吉の威令全国に及ぶも、ひとり関東の北條氏これに服せず。秀吉の炯眼北條の平和的手段にて済度するべからざるを洞見、出師の名義を眞田氏居城紛争に得、大軍を擁して小田原城を包囲すれば、奥羽の伊達正宗もこれに来応、北條氏全くの孤立無援。世にいう「小田原評定」の末、北條氏遂に降伏。家康を関東に移封後、秀吉の政令、津軽より薩摩に及び、中央集権は名実共に実行され、太閣検地の丈景の縄は全国津々浦々に及ぶ。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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秀吉の大度量が優るか、家康の熟柿主義が勝つか。天下、秀吉に傾くも東顧の憂因家康あり。秀吉、妹を家康に娶わせ、母を質にしてこの猛虎を艦中に導かんとす。家康、その真率、その赤裸々にあい、この上の峻拒は亢竜の悔いを残すとして応諾。秀吉、時を移さず、信長が畢生の大経綸を継ぎ九州征伐を断行、島津を降す。凱旋の余威をもって聚楽第に天皇の行幸を仰ぎ、関白に累進、豊臣姓を称え、中外に向かって天下統一者たる名を実を示す。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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露と落ち露と消えぬる我身かな 浪華のことは夢のまた夢/慶長三年八月十五日、病床の秀吉は家康・利家・輝元・秀家の四大老を枕元に招き、秀頼の将来を依頼、十八日朝六十三歳を一期として不帰の客となるや、桃山文化もまた幕を閉じた。日本歴史ありて以来の全国統一された桃山時代は秀吉時代といってよく、この豪快児が舞躍を逞しくした晴れ舞台であり、活気と創造的空気に満ちた、日本的「近世」の道を準備した時代でもあった。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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黒船の来航は幕府封建制度崩壊を促し、中央統制系も頽弛は、雄藩の自主・独立的態度を明確にならしめ、対立、対抗、やがて対戦への趨勢を来すも、外間の風雨に打たれ、雪霜に晒された国民的自覚は、各藩連盟の機運を醸成、天下有志士の交通は次第に頻繁、隠然の裡に新組織へ胎動。かかる情勢下、中国西端の辺陬の地に、維新気分旁魄せる少年子弟が、松下村塾で先生と講習討論を始めたるごとく、日本各地に回天の原力が育ちつつあった。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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安政四年十二月十四日、幕府は日米通商条約締結に関する委曲の事情を朝廷に具申のため、林大学頭・津田半三郎を京都に特派。京都、諸藩有志家の入説ありて政治的に覚醒、両人擯斥を被り毫も要領を得ず。備中守は川路聖謨・岩瀬忠震を随行せしめ条約勅許の叡慮を請うべく急遽上京するも、今や朝議は幕議を圧し勅許下らず、堀田らは空手にて帰府。江戸と京都、条約締結で沸騰し、継嗣問題で暗闘。井伊直弼次第に頭角を現し、暗躍す。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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安政四年十月、ハリス江戸入府、堀田正睦と会見、懸河の弁を振って開国貿易の利を説く。他方、松平慶永はハリス問題を好機とし、一橋擁立を解決すべく橋本左内含めて京都を誘導。堀田は長崎で日蘭・日露の条約追加調印、江戸ではハリスの将軍謁見、国書捧呈の段取りを進めるなど対外施為に間然するなきも、ハリス出府に伴う水戸・尾張の反対は、江戸の不一致を暴露、京都の関東に対する姿勢は徐々に強化、朝幕背離の形勢を醸す。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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安政三年七月、米国総領事ハリス下田に入港、居催促の体をなして通商条約を迫る。外交すこぶる切迫、時の名宰相阿部正弘は開明派堀田正睦を老中首座に迎え、外国御用懸に任じこの難局に当たらしめ、自らはその力を専ら内国に用い、公武合体として国論統一を試みんとす。時に将軍継嗣問題起り、内外の政局蜂巣を突き破らんとする様相を呈し始むる折、阿部、不惑に達せずして逝き、堀田は一人にて内外の衝に当たらねばならなかった。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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堀田正睦はハリスと三次にわたり会見、鎖国の不可、開国の国是を脳裏に印象づけられ、一切ハリスの要求を容るる旨告げる。幕府は直ちに井上清直・岩瀬忠震を全権委員に任命、安政四年十二月十一日、九段下蕃所調所にて日米修好通商条約の談判を開始、彼我の懸隔を討論、十三次に及び漸く締結。本篇はその堀田、ハリス会見および条約談判記録であり、開国当時の最も困難な内外情勢下に、当局者がその最善を尽くしたのかの迫真篇である。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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時艱にして偉人を憶う。田沼時代の悪政改革の気運が、松平定信を推薦し、老中主座に就かしめ、彼を刺戟し、旧来の陋習を一新せしめた。が、彼は眇乎たる時代の一偶像にあらず。ひとたび相位に坐るや、かかる時勢を促進し、壊廃せんとする幕政を緊粛し、世にいう「寛政改革」を断行。次いで異学禁制を発し国内の思想統一を図る一方、尊号問題において、朝幕勢力の権衡を賭け、崩壊寸前の幕威を維持し、徳川政権中興の業を達成した。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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慶応二年七月将軍家茂薨去。十二月孝明天皇崩御、翌三年明治天皇の数え年十六歳で即位。時に慶喜十五代将軍職を継ぐや、狂瀾を既倒に廻らさんと、仏国公使ロッシュの進言を容れ、倒幕派の巨頭薩摩藩と対峙、日本の政権は儼乎として幕府に存在する事実を示威せんとす。既に洛北に幽蟄せる岩倉具視は入洛の公許を得、幕薩対立激化を促し、幕を滅ぼす者は幕、の策に暗躍。かくて朝幕両党の天王山、兵庫開港を廻る討幕前夜の暗闘は続く。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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慶応三年十月十三日、将軍慶喜は各派の重臣を二条城に召集、徳川二百六十余年間にわたる政権を朝廷に返上せんとの決意を告白、これを諮問。実に同じ日、薩・長・芸三藩士、岩倉具視の手により討幕密勅の消息を承領。かかる歴史的緊迫の折しも、維新回天の鴻業に己の総てを賭した先覚者坂本龍馬・中岡慎太郎の両雄、近江屋新助方二階にて刺客に襲われ、その尊き鮮血を大改革の祭壇に献ぐ。報に接し、岩倉潸然涙を流して痛嘆すという。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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慶応三年五、六月は、維新回天史上、最も重要な時期であった。上には四賢候が、将軍慶喜・摂政二条齊敬らと会同、評定を重ね、下には薩藩を中心として、一方には長藩の主戦論者がしきりに挙兵を迫り、他方には土藩の平和解決論者が藩を引き入れようと工作。中にあって、坂本龍馬・中岡慎太郎の徒は藩・長・土の間に従横の手腕を揮い、天下の大勢は、あたかも水盤に水を盛るが如く、いずれへ傾いても覆水の虞を蔵していたのだった。(講談社学術文庫)※※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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慶応三年十月十四日、徳川慶喜が将軍職辞職、政権返上以来、十二月九日の皇政復古の大号令渙発を経て、翌正月三日の鳥羽、伏見の開戦までは、いわゆる維新史の絶頂というべく、実にその刻一刻、瞬一瞬、我も人も手に汗を握る場面の連続劇であった。この間三ヵ月、我々は今あらためて、いかに個人が歴史の流域を左右するか、はた偶発・突発の事件が、いかに歴史の流勢に大なる関係を持つかを識るにおいて思い半ばに過ぎるであろう。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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大久保利通、参朝の途次紀尾井坂にて凶刃に斃る。時に明治十一年五月、木戸孝允病死後一ヶ年、西郷隆盛自刃より八ヵ月、共に手を携えて維新回天を成就したる後袂を分って朝野に分離し、互いに死闘を演じたる三人、年を隔てずして逝く。絶大の大史筆ここに至って明治の重大事件の綱領を口述せんと期すも既に齢に余裕なく多く三傑の回想感慨に耽ける状、恰も沖天の火炎燃えつくしてなお余燼を存するに似て、通史の興味まさに津々。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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◇暴走する独善的正義 その思想的起源を暴く!◇ 善意に基づく使命感。時としてテロリズムへと人を導いてしまう心性は、陽明学と水戸学が交錯しながらこの国の精神に組み込まれたものであった。 大塩平八郎にはじまり、井上哲次郎、三宅雪嶺、新渡戸稲造、そして山川菊栄と三島由紀夫へと至る系譜をたどりながら、日本の近代特有の屈折を読み解かんとする、新鮮にして驚くべき視点による思想史探究。 スマッシュヒットとなった選書メチエ版に、近代日本における朱子学・陽明学というより俯瞰的な視野による「増補」を加え待望の再刊なる! 【本書の内容】 学術文庫版序文 プロローグ―靖国「参観」の記 エピソードI 大塩中斎―やむにやまれぬ反乱者 1 「乱」と呼ばれて 2 陽明学ゆえの蜂起? 3 知己頼山陽 エピソードII 国体論の誕生―水戸から長州へ 1 藤田三代の功罪 2 『大日本史』の編集方針 3 自己陶酔する吉田松陰 エピソードIII 御一新のあと―敗者たちの陽明学 1 陽明学を宮中に入れた男 2 陽明学を普遍化させた男 3 陽明学をキリスト教にした男 エピソードIV 帝国を支えるもの―カント・武士道・陽明学 1 明治のカント漬け 2 武士道の顕彰 3 陽明学の復権 4 白い陽明学、赤い陽明学 エピソードV 日本精神―観念の暴走 1 ある国家社会主義者のこと 2 西洋思想で説く東洋の革命 3 碩学か幇間か エピソードVI 闘う女、散る男―水戸の残照 1 水戸の血と死への美学 2 「青山菊栄」の戦後 3 「その日」まで 4 その日 5 アポロンが演じたディオニュソス 6 それから エピローグ 増補 I 近代における朱子学・陽明学 II 亘理章三郎と西田幾多郎の陽明学発掘作業 III 中江兆民の自由論 IV 渋沢栄一の自由論 主要参考文献 あとがき 主要登場人物略伝 本書関連年表 索引 *本書の原本は、2006年に講談社選書メチエより刊行されました。
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今まで何の関係もないと思われていた2つのものが、1つであることを知ることこそ、魔術・マニエリスムの真諦である。そして、これこそが究極の「快」である。光学、辞典、哲学、テーブル、博物学、造園術、見世物、文字、貨幣、絵画、王立協会……。英国近代史を俯瞰し、歴史の裏に隠された知の水脈を、まるで名探偵ホームズのように解明する「脱領域の文化学」の試みである。(講談社学術文庫)
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「技術とは何か?」「技術といかに付き合うか?」ーー古代ギリシャからキリスト教的中世を経て、近代の科学革命、そして現代の最新テクノロジーーー生殖技術、原発、AI……ーーに至るまで、人類数千年の足跡を具体的な事象をベースに辿りながら、普遍かつ喫緊の問題の解答へと迫る、泰斗による決定版・入門書! 不確実で危険に満ちたこの世界を生き延びるための哲学が、ここにある! [目次] はじめに 序章 なぜ、現在、技術は哲学の根本問題となるのだろうか? 第一章 人間にとって技術とは何かーープロメテウス神話と哲学的人間学 第二章 宇宙の秩序に従って生きるーープラトンと価値の問題 第三章 自然の模倣ーー古代:アリストテレス 第四章 「無からの創造」の模倣ーー中世:キリスト教 第五章 自然の支配ーー近代:F・ベーコン 第六章 科学革命ーー近代科学の成立と技術の役割 第七章 イデオロギーとしての科学と技術ーー近代のパラドックス 第八章 技術は科学の応用かーー知識論の「技術論的」転回 第九章 技術と社会ーー技術決定論から社会構成主義へ 第一〇章 技術の解釈学ーー変革可能性のために 第一一章 技術の創造性と設計の原理 第一二章 フェミニスト技術論 第一三章 技術との新たな付きあい方を求めてーーJ・デューイとH・ヨナス 終章 技術・事故・環境ーー福島第一原子力発電所事故からの教訓 補論 日本における技術哲学ーー西田幾多郎、三木清、戸坂潤 引用・参考文献 索引
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■英雄たちが読み継いできた『孫子』は、曹操が定めたものだった!■ □1800年受け継がれた”スタンダード”□ 「三国志」の激戦を戦い抜いた「魏武」曹操が、自らの軍事思想を込めて全篇にわたって付した注とともに校勘したその全文が、いまここに明らかに! 読みやすい現代語訳に、懇切な語釈を付した全訳注。 曹操が実践の応用に足るように定本をつくったからこそ『孫子』は現代まで兵法の根本として重んじられてきたことが、よくわかる! さらに、曹操や諸葛亮ら英傑たちが、戦場において孫子の説く兵法をいかに具体化させたかを分析する「実戦事例」も掲載。 『孫子』の真髄がより具体的にわかるようになり、さらには「三国志」の世界もより深く理解することができる画期的全訳。 *本書は講談社学術文庫のための訳し下ろしです。 【本書より】 曹操は、『孫子』の本文が持つ意味を深め、自身の解釈に合うような校勘をしながら、そこに自己の軍事思想を込めたのである。『孫子』は、これ以降、曹操が定めた本文を基本とした。……曹操の存在無くして、現行の『孫子』を考えることはできない(本書「解題」) 【本書の内容】 始計篇 第一 【実戦事例一 白馬の戦い1】 【実戦事例二 烏桓遠征】 作戦篇 第二 【実戦事例三 官渡の戦い1】 謀攻篇 第三 【実戦事例四 赤壁の戦い1】 【実戦事例五 下ヒの戦い】 軍形篇 第四 【実戦事例六 官渡の戦い2】 兵勢篇 第五 【実戦事例七 白馬の戦い2】 【実戦事例八 合肥の戦い】 【実戦事例九 呉の平定】 虚実篇 第六 【実戦事例十 蜀漢滅亡】 軍争篇 第七 【実戦事例十一 諸葛亮の外交】 【実戦事例十二 夷陵の戦い】 【実戦事例十三 博望坡の戦い】 【実戦事例十四 穣城の戦い・ギョウ城の戦い】 九変篇 第八 【実戦事例十五 五丈原の戦い】 行軍篇 第九 【実戦事例十六 諸葛亮の信】 地形篇 第十 【実戦事例十七 泣いて馬謖を斬る】 九地篇 第十一 【実戦事例十八 第一次北伐】 火攻篇 第十二 【実戦事例十九 赤壁の戦い2】 用間篇 第十三 【実戦事例二十 孟達を誘う】 原文 解題 曹操の生涯 年表
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すべての西洋文化の源泉である傑作の数々を、その時代背景とともに概説する決定版ガイド! 年表付。 叙事詩人ホメロス、勝利歌のピンダロス、悲劇詩人エウリピデス、雄弁術のキケロ、弁辞学のセネカ、ローマ最大の詩人ウェルギリウス……。この時代の文学は、何よりもまず音の技芸だった。ホメロスやサッポーは歌であり、プラトンの対話編は巧みな話術である。今日の西欧でも、この音声による文学の伝統は根強く残っている。 二千年以上読み継がれてきた西洋の古典は、どのような背景から生まれたのか。膨大な作品と共に、歴史上の傑作を時系列で、鮮やかに解説し、文学史を一望する。 われわれ日本人にとって、いちばんわかりにくいのは、ギリシア・ローマの文学が何よりも先に、音声による文学であったことであろう。詩はギリシアでは歌うものとして発達した。ホメーロスの叙事詩も古くは竪琴の伴奏による歌だったし、サッポーの叙情詩も歌であった。エレゲイアは笛を伴った。ピンダロスのあの壮大な複雑極まる詩は音楽と踊りと歌との複合体であった。劇が音声によるものであるのはいうまでもない。散文もまた同じである。たんに事実を記すための覚え書きではなくて、文学として公表されたものは、すべて音声を伴うことを前提としていたといってよい。(本書「はしがき」より) [本書の内容] はしがき ギリシアの文学 ギリシア英雄叙事詩 激動の時代・叙情詩 完成の時代――劇文学 完成の時代――散文学 ヘレニズム時代 ローマ時代 ローマの文学 共和政時代 帝政時代 ギリシア・ローマ文学年表 索引
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初期般若経典に、初めて論理的学説を与えた古代インドの名僧・龍樹(150-250、あるいは100-200)。主著『中論』は約450の偈、27の章から、あらゆるものの存在を否定しつくし、反対論者への反駁も執拗にして圧倒的だった。その非常に難解で、さまざまな解釈や誤解を生む古典的名著を、「聖なるもの」「俗なるもの」という2方向のヴェクトル概念を用いて、根気強く考察。インド哲学の泰斗が若かりし頃に記した、エネルギー溢れる筆致が、「俗」から「空」、「悟り」「聖なる世界」へ解脱の境地へと誘う! はじめに、より 現代に生きるわれわれにとって『中論』が何を教えるのか? 千数百年後のわれわれにまで、直截に伝わるほどの気迫を込めて、龍樹が追求したものはなんだったのか。 さまざまな領域、次元でさまざまな見解があり得るであろう。 しかし、どのような場合においても龍樹が言わんとしたところをできる限り正確に受けとめることから出発しなければならない。 (巻頭言要約) 目次 はじめに 第1章 『中論』における「聖なるもの」と「俗なるもの」 1 『中論』の歴史的位置 2 『中論』の思想的位置 3 『中論』における世俗と最高真理 第2章 「空」の構造 1 「俗なるもの」の構造 2 「俗なるもの」の否定(一) 3 「俗なるもの」の否定(二) 4 「俗なるもの」の否定(三) 5 「俗なるもの」の否定(四) 6 「俗なるもの」から「聖なるもの」へ 7 「聖なるもの」から「俗なるもの」へ 8 「俗なるもの」の聖化(一) 9 「俗なるもの」の聖化(二) むすび あとがき 学術文庫版あとがき 索 引 本書の原本は1986年11月、「空」の構造 『中論』の論理 として、第三文明社 レグルス文庫より刊行されました。
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「運命よ 私はお前と踊るのだ。」 理性と感情、男と女、東洋と西洋、二人の父、偶然と必然……幾多の対立に引き裂かれ、安定を許されなかった生のただなかで、日本哲学の巨星は何を探究しつづけたのか。その生い立ちから、留学、主著『「いき」の構造』『偶然性の問題』、最晩年の『文芸論』まで、その思索の全過程を、第一回中村元賞受賞の著者が明解かつ艶やかな筆致で辿る。九鬼哲学への決定版・入門書。 [目次] はじめに 第一章 出会いと別れ 第二章 「いき」の現象学 第三章 永遠を求めて 第四章 偶然性の哲学 第五章 偶然から自然へ 第六章 形而上学としての詩学 あとがき 学術文庫版へのあとがき
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院政期の上皇が、鎌倉時代の武士が、そして名もなき多くの民衆が、救済を求めて歩いた「死の国」熊野。記紀神話と仏教説話、修験思想の融合が織りなす謎と幻想に満ちた聖なる空間は、日本人の思想とこころの源流にほかならない。仏教民俗学の巨人が熊野三山を踏査し、豊かな自然に育まれた信仰と文化の全貌を活写した歴史的名著が、待望の文庫化。
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「ヘンゼルとグレーテル」や「赤ずきん」を伝えた勤勉な学者肌のグリム兄弟と、「人魚ひめ」や「マッチ売りの少女」を生んだ奔放な旅人アンデルセン。対照的な人生を送った童話の巨星たちのあいだには、しかし実際の接触のみならず、意外な共通点もあって……。 童話の最高峰と並び称される両者の著作と生涯を突き合わることで見えてくる、童話に秘められた深層、そしてそこに表れる深い人間理解とは? 全集の翻訳も手掛けたドイツ文学の第一人者による、共感溢れる、忘れがたい一冊。 [本書の内容] まえがき 1 アンデルセンとグリム兄弟との出会い 2 グリム兄弟の生涯 3 アンデルセンの生涯 4 学究者と作家――著作の比較 5 生の軌跡――愛と孤独 6 メルヒェンの語り手 7 グリム兄弟と私 8 アンデルセンと私 9 結び グリム兄弟とアンデルセンの年表
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格差拡大、雇用不安、デフレ、グローバリズムの停滞……。「構造改革」以降、実感なき好景気と乱高下する日本経済。過剰な貨幣発行がもたらす問題、「複雑な“経済現象”」と「理論重視の“経済学”」の乖離など、現代資本主義が直面する困難を徹底的に検証。 アダム・スミスから金融理論、リーマンショックからアベノミクスまで、経済学の限界と誤謬を提示する。 内容抜粋 「経済学」がひとつの思想でありイデオロギーであるとすれば、今日の支配的な経済学の考え方とは異なった「経済」についての見方はできないか。「稀少な資源の配分をめぐる科学」というような経済学の典型的な思考方法ではない、別の思考様式はないのか、ということだ。―――学術文庫版「はじめに」より 目次 学術文庫版「はじめに」 第1章 失われた二〇年――構造改革はなぜ失敗したのか 学術文庫付論 第2章 グローバル資本主義の危機――リーマン・ショックからEU危機へ 学術文庫付論 第3章 変容する資本主義――リスクを管理できない金融経済 第4章 「経済学」の犯罪――グローバル危機をもたらした市場中心主義 第5章 アダム・スミスを再考する――市場主義の源流にあるもの 第6章 「国力」をめぐる経済学の争い――金融グローバリズムをめぐって 第7章 ケインズ経済学の真の意味――「貨幣」の経済学へ向けて 第8章 「貨幣」という過剰なるもの――「稀少性」の経済から「過剰性」の経済へ 第9章 「脱成長主義」へ向けて――現代文明の転換の試み あとがき――ひとつの回想 学術文庫版あとがき 2012年刊行、講談社現代新書『経済学の犯罪』を改題、 大幅加筆修正したものです
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本書は、古代ローマの建築家マルクス・ウィトルーウィウス・ポッリオーによる著作であり、現存する最古の建築書として知られる。 ローマ初代皇帝アウグストゥス(在位前27-後14年)の時代に活動したウィトルーウィウスは、『建築書(De architectura libri decem)』(『建築について』または『建築十書』とも)の著者であること以外、その出自や生涯は何も知られていない。本書は、建築に関する包括的な著作であると同時に、当時の技術を幅広く記録した百科事典的なものでもある。その内容は、以下のようになっている。 第一書 建築の原理 第二書 建築の歴史と材料 第三書 イオーニア式神殿 第四書 コリント式神殿とドーリア式神殿 第五書 劇場とその音響、および浴場 第六書 町の家屋と田園の家屋 第七書 内部装飾 第八書 給水 第九書 時計 第一〇書 機械技術と軍事技術 このように、本書は古代ギリシア・ローマの建築(建築家の教育、材料、構法、建築の計画法など)のみならず、当時の都市計画、天文学、気象学、土木、軍事技術、絵画、音楽、演劇の実態を後世に伝える、きわめて貴重な史料にほかならない。ローマ時代にも引用されたが、中世になると修道院を中心に研究され、カール大帝の時代にはローマ帝国再建のための技術的な手引きとされたことが知られる。続くルネサンス期には、人文主義の重要な文献として研究され、アルベルティをはじめ多くの注釈書や訳書が出現したほか、レオナルド・ダ・ヴィンチは第三書で示される、神殿建築は人体と同様に調和したものであるべき、という記述に依拠して1485-90年頃に《ウィトルーウィウス的人体図》を描いた。 西洋建築に関する古典中の古典として流通してきた本書の唯一の日本語訳を、初めて文庫版としてお届けする。 [本書の内容] 第一書 第二書 第三書 第四書 第五書 第六書 第七書 第八書 第九書 第一〇書 文献一覧 訳者あとがき 解 説(田路貴浩) 建築用語索引
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本書は、建築家・建築研究者である森田慶一(1895-1983年)が、自身の建築理論を包括的に論じたものです。 東京帝国大学工学部で建築を学んだ著者は、京都帝国大学で教鞭を執るようになり、1934年から36年にはフランス、ギリシアに留学して、古典建築を学びました。教育活動に加え、建築家としては、京都帝国大学楽友会館(1924年)、京都大学基礎物理学研究所湯川記念館(1952年)などの設計で知られる著者は、博士論文の主題でもあった古代ローマの建築家ウィトルーウィウスの『建築書』の研究を続け、唯一となる日本語訳を刊行しています(講談社学術文庫より近刊予定)。 京都大学退官後に東海大学教授を務めた著者は、古典建築の研究に裏打ちされた思想を理論化し、多くの学者を育てた日本の建築学・建築理論の創始者にほかなりません。 本書は、東海大学での講義を基にした「建築論概説」、「建築論の特殊問題」、「西洋建築思潮史」の三編に、ポール・ヴァレリーの建築論的な対話篇である『エウパリノス』(1923年)の日本語訳を加えて構成されています。物体性、効用性、芸術性、超越性を軸にした総論である「概説」から始まり、様式、法則、造形をめぐる各論である「特殊問題」を扱った上で、古代ギリシアからロマン主義に至る歴史を一望する「建築思潮史」に至る構成は、講義ならではの明快さも相俟って、類を見ない建築論概説となっています。末尾に配置されたヴァレリーの『エウパリノス』は、他の訳書も知られている作品ですが、建築家であるからこそ可能な妙味をもつ貴重な訳業だと言えるでしょう。 著者が生涯を賭して研究したウィトルーウィウスの訳書とともに、その主著をも合わせて学術文庫に収録されることで、この大家の仕事が長きにわたって受け継がれることを願っています。 [本書の内容] 建築論概説 序 章 一 物体性の問題 二 効用性の問題 三 芸術性の問題 四 超越性の問題 五 建築の各存在様態相互間の相関 むすび 建築論の特殊問題 一 様式の問題 二 法則と自由 三 建築造形における表現の諸相 西洋建築思潮史 一 古代ギリシアの建築思想 二 ウィトルーウィウスの建築論 三 中世の建築観 四 ルネサンスの建築思想 五 近世フランスの建築思想 六 古典主義とロマン主義 ポール・ヴァレリー「エウパリノスまたは建築家」 解 説(田路貴浩)
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偉大なる憲法学者・清宮四郎(1898-1989年)、初の文庫版にして、重要論文を収録したアンソロジー。 宮沢俊義(1899-1976年)とともに戦後日本の憲法学を主導し、その屋台骨を作った清宮四郎は、東京帝国大学を卒業したあとヨーロッパに留学し、オーストリアの公法学者ハンス・ケルゼン(1881-1973年)の講義に接しました。これを機に、広い領域に及ぶ関心と深い学識に裏打ちされた独自の理論を紡ぎ始めた清宮は、京城帝国大学、東北帝国大学などで教鞭を執ったほか、1958年には我妻榮、宮沢俊義、大内兵衛らと憲法問題研究会を組織し、憲法に関する啓蒙活動に注力したことでも知られています。 しかし、宮沢とは異なり、一般向けの著作を多く残さなかった清宮の名は、専門家を除けば、ケルゼンの『一般国家学』(1925年)の訳者として知られているのが実情でしょう。日本の憲法学の厚みと深みに接する機会がない現状は、理想とは程遠いと言わざるをえません。 本書は、そうした状況を打破するべく、東北大学で清宮の薫陶を受けた樋口陽一氏が、清宮が残した二冊の論文集『国家作用の理論』(1968年)と『憲法の理論』(1969年)から重要な論文を精選し、刊行するものです。憲法とは何か、国家とは何か――その重要な問いに答えるために、過去の思想家に遡り、最先端の知見と照らし合わせつつ根源に迫っていく筆致は、他の誰にも真似できない凄みを感じさせます。美濃部達吉(1873-1948年)とケルゼンという二人の師、そして宮沢という友の思い出を語った貴重な記録「私の憲法学の二師・一友」を併載し、樋口氏による懇切な「解説」を収録しました。 文字どおり「決定版」となるアンソロジーを、佐々木惣一『立憲非立憲』、尾高朝雄『国民主権と天皇制』、恒藤恭『憲法問題』に続く、学術文庫・憲法シリーズの1冊として、満を持してお届けいたします。 [本書の内容] I 日本国憲法の思想と原理 権力分立制序説 日本国憲法とロックの政治思想 憲法の法的特質 憲法の前文 国民主権と天皇制 天皇の行為の性質 数と理 多数決の前提条件 わが憲法上の解散 憲法の変遷について II 憲法理論の基礎 法の定立、適用、執行 違法の後法 憲法改正作用 ブルクハルトの組織法・行態法論 III 憲法学の二師・一友 私の憲法学の二師・一友 解 説(樋口陽一)
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本書は、一流の法哲学者である著者が死の3年前となる1964年に世に問うたものです。恒藤恭(1888-1967年)は、何よりもまず第一高等学校で同期だった芥川龍之介の親友として、旧姓の「井川恭」の名で知られており、1927年に35歳の若さで自害した親友のために、『旧友芥川龍之介』(1949年)という著作を発表しています。 恒藤自身は、京都帝国大学に進んで法学を修め、1929年には同大学法学部の教授に就任します。ところが、1933年に法学部の同僚である刑法学者の滝川幸辰に文部省が休職処分を下し、これに大学も従うという「滝川事件」が勃発すると、抗議のために辞表を提出した教授の一人に恒藤も名を連ねました。退官後は大阪商科大学(現在の大阪市立大学)に移った著者は、新カント派の法哲学を基礎にしつつ、社会科学・人文科学の成果を取り入れた独自の法哲学を築き上げます。その成果は、『法の基本問題』(1936年)や『法の精神』(1969年)などに結実しました。 本書は、こうした不世出の法学者が、1949(昭和24)年から1960(昭和35)年のあいだに雑誌に寄稿した文章を新書として刊行したものです。言うまでもなく、本書収録の最も古い文章が書かれた1949年の時点では、日本はまだ占領下にありました。日本が主権を回復すると同時に日米安全保障条約(旧安保条約)を締結するのは1951年、それが現在に至る新安保条約に改定されるのは1960年のことです。その間、国内では1947年に施行された日本国憲法に対して「押しつけられたもの」という評価を下し、改正を求める声があがります。その動向を見てきた著者は、確かに主権回復後日本は憲法を改正する資格を手にしているが、それは「法的条件」にすぎないと言います。 「日米新安保条約のために、わが国が米国に対して高度の従属関係に立っているかぎりは、日本国民の真実の総意に合致するようなしかたで憲法改正が行われ得るための十分な条件が欠けている状態が持続する」。そして、著者はこう続けています──「だから、日本国民が真に自主的な立場から日本国憲法を再検討し、その改正に着手すべき時期は、現在未だ到来していない、という認識こそは、憲法問題、とりわけ改憲問題を解決するための基準である、と考えられるのである」。 本書が刊行されてから半世紀以上を経た現在、この言葉に私たちはどう答えられるでしょうか。恒藤恭の著作初の文庫化となる本書は、今こそ私たちに問いを投げかけています。 [本書の内容] 一 戦争放棄の問題 二 日本民族の更生の途 三 憲法と新しい道徳基準 四 平和憲法と日本の運命 五 平和憲法と国民の真情 六 憲法問題解決の基準 七 平和憲法と最高裁の使命 解 説(角田猛之)
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「明治」は10回も元号候補になっていた――。「大化」にはじまり「大正」に至るまでおよそ1300年、240を超える元号をすべて網羅しています。『書経』や『文選』などの出典や改元の理由はもとより、候補に挙がった元号も出典とともに示した本書は、まさに日本の元号が一望できる、元号の辞典といえるものです。 世にも稀なこの一冊を執筆した人物こそ、文豪森鴎外(1862-1922年)でした。森鴎外、本名森林太郎は、陸軍軍医の最高位にあたる陸軍軍医総監、陸軍省医務局長を辞したのち、1917年に帝室博物館総長兼宮内省図書頭として再び官職につきました。歴代天皇の諡号(おくりな)の出典を考証した『帝謚考』(1921年)を刊行したあと、文字通り最後の命を燃やしながら取り組んだ仕事が本書(原題『元号考』、文庫化にあたって改題)です。実に病没する数日前まで手を入れ続けたものの未完に終わりますが、晩年に歴史小説さらに史伝に転じた鴎外の考証学的執念もうかがえます。 本書をひもとけば「明治」同様、「大正」も採用までに3回、候補になっていることがわかります。また15世紀に初めて候補になった「明治」に対し、江戸時代の元号「天明」や「天保」は古代から繰り返し提案されていることもうかがえます。人気の元号候補はなにか、それはどの典籍からの引用なのか。あるいは時代によって典拠の流行りすたりがあるのか。即位以外に大災害や飢饉、疫病などでも改元されますが、いつどんな理由で改元されたのか……。『天皇の影法師』(1983年)で本書に光を当てた猪瀬直樹氏による解説とあわせて、元号をめぐる知的好奇心を存分に満たしてくれる一冊です!
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20世紀的思考を乗り越え、21世紀哲学の開幕を告げた、画期の書。 デリダやウィトゲンシュタインによってかえって「謎」と化してしまった言語の本質を、現象学的方法によって取り戻す著者オリジナルの試み。 「原理」を提示し、認識の「普遍洞察性」(共通了解の普遍性)に近づいていくという哲学的思考のエッセンスは、こうして再興される! * * * [目次] 1章 現代の反形而上学――『声と現象』のマニフェスト (ヨーロッパ思想の自己克服/脱構築的マニフェスト/根源概念の禁止/エクリチュールと主体の死) 2章 デリダ的脱構築と懐疑論 (「純粋自我」の逆説/懐疑論の本質/差延と超越性) 3章 「現象学的」言語理論について (形而上学の解体/言語ゲーム/「言語」の現象学/ハイデガーの言語意味論) 4章 エクリチュールと「作者の死」 (言語の信憑構造/言語の「意味」とは何か/エクリチュールの構造/文学テクストの本質) 5章 一般言語表象 (一般言語表象と言語の多義性/指示理論について) 6章 「意味」の現象学 (「意味」の存在論/「発語」の現象学/規則のパラドクス) 7章 「正義」のパラドクスと「否定神学」 (否定神学/正義のパラドクス/倫理の現象学) 終章 現代的「超越項」 (「語りえないもの」の複数性/現代的「超越項」について) あとがき 学術文庫版へのあとがき
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「言語行為論」は、ここから始まった。寡作で知られる哲学者ジョン・ラングショー・オースティン(1911-60年)がハーヴァード大学で行った歴史的講義の記録。言葉は事実を記述するだけではない。言葉を語ることがそのまま行為をすることになるケースの存在に着目し、「確認的(コンスタティヴ)」と「遂行的(パフォーマティヴ)」の区別を提唱した本書によって、哲学は決定的な変化を受けた。初の文庫版での新訳!
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香りで読みとく『源氏物語』──薫物から源氏香まで、平安王朝の雅びへと誘う一冊 平安の宮廷に漂う、ほのかな香の余韻。仏教の隆盛とともに渡来した薫香は、平安初期には宮廷や貴族の邸宅へと浸透し、王朝文化の一端として定着していきました。『源氏物語』が生まれたのは、まさにその文化がもっとも成熟した平安中期。文字、絵画、音楽、建築、造園といった芸術が形式美の極みに達し、「雅び」という美意識が時代を彩っていた頃です。 香りは、そうした「雅び」を構成する、もっともとらえ難く、それゆえもっとも重要な要素のひとつでした。衣にたきしめる「衣香」、紙にうつす香り、室内にただよわせる「空薫物」、仏前にそなえる「名香」など、香りは日常の中に息づき、身分や教養、個性を表現する手段でもありました。後年、こうした香りの文化は、香道において「源氏香」に結実していきます。 『源氏物語』において、香りは登場人物の心の揺らぎや人間関係の機微を伝える鍵として巧みに用いられています―― ふと漂う香りから光源氏の訪れを察し、動揺する藤壺。 落ちぶれてもなお、稀有な香木の香りをまとう末摘花の高貴さ。 薫君の移り香を中君がまとっていることに気づき、ふたりの関係を疑う匂宮。 護摩の芥子の香りから、自らが生霊となっていたことを悟る六条御息所。 「光る君」の二つの面をそれぞれ継承した「匂宮」と「薫君」のまとう香りの違い。 本書は、香りの描写から『源氏物語』の奥深い世界を繙いていきます。『源氏の恋文』『新訳源氏物語』全四巻など源氏関連の著作を多数執筆し、香道研究に従事して『香道蘭之園』の校訂・解題も手がけた著者による、珠玉の一冊。(解題:毬矢まりえ、森山恵) [本書の内容] 序にかえて――源氏物語と薫香 源氏の世界と香り 薫香への道程 六種の薫物 たきもの拾遺 匂宮と薫君 「源氏香」について 朝日選書版あとがき 『薫集類抄』(群書類従版)より 参考文献一覧 解題 毬矢まりえ、森山恵 本書の初版は、1986年に求龍堂から出版されました。文庫化にあたっては、1992年に朝日選書として朝日新聞出版より刊行されたものを底本としました。
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本書は『源氏物語』の時代からますます遠ざかりゆく現代に生きているわれわれが、この第一級の古典を原文によって味読するための、唯一のしかも最高の伴侶である。読者は、この一書によって、万巻の注釈書をたよりに『源氏』を読むに等しい満足感を味わえるであろう。上巻には『源氏』の考証を行った首巻と、本文桐壷の巻から明石の巻までを、中巻には澪標の巻から柏木の巻までを、下巻には横笛の巻から夢浮橋の巻までを収載する。(講談社学術文庫)※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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「むだで横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある」。ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899-1986年)は、『幻獣辞典』の序でそう語る。 マルコ・ポーロがスマトラで目にした一角獣、フランスの教会の壁面に刻まれた大耳人間、日光東照宮を彩る幾多の霊獣に、目まぐるしく姿を変える千変万化のバルトアンデルス.......。古今東西の書物に記された、不思議で興味深い生きものたちをめぐるエッセイは、まさにボルヘスが語る「喜び」に満ちている。 龍のように、洋の東西を超えて同じような想像上の生きものが生み出されるのはなぜか。人間はなぜ、くり返し、異様なもの、奇妙なもの、ときにはグロテスクなものを生み出したがるのか――。軽妙洒脱な語り口で繰り広げられる世界に引き込まれていくにつれて、私たちの意識に、あるいは無意識のうちにこそひそむ「幻の獣」の姿が浮かび上がる。 古代中国の『山海経』から、二十世紀にカレル・チャペックが生み出したロボットに至るまで、書物を広く深く愛した著者ならではの幻獣奇譚集。 1 一角獣――マルコ・ポーロが見たもの 2 アジアとヨーロッパ――幻獣という知の遺産 3 不思議な生きもの、不思議な人――狂気と文学のあいだ 4 幻獣紳士録1 5 幻獣紳士録2 6 百鬼の奇――日本の幻獣 7 霊獣たちの饗宴――日光東照宮の場合 8 中国の宝の書――『山海経』入門 9 私という幻の獣――寺山修司の夢 10 ゴーレムからロボットへ――二十世紀の幻獣
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シリーズ『現代思想の冒険者たち』(全31巻)の月報に連載された好評4コマに、大幅に増補して刊行、ベストセラーとなった傑作が、ついに文庫化。マルクス、ニーチェから、フーコー、デリダ、エーコ、ハンナ・アレントまで、34人の思想家を笑い飛ばす! 思想のエッセンスを直観的に汲み取り、笑いに変えてしまう「いしいワールド」のエネルギーに、哲学者たちも毀誉褒貶。これは現代思想の「脱構築」か?哲学に対する冒涜か?※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。
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「平家物語史観」を乗りこえ 内乱が生んだ異形の権力 鎌倉幕府の成立にせまる 屍を乗り越え進む坂東武者と文弱の平家公達――。我々がイメージする源平の角逐は、どこまで真実だったのか? 「平家物語史観」に基づく通説に対し、テクストの精緻な読みと実証的な探究によって、鋭く修正をせまる。さらに、源平合戦の実像や中世民衆の動向、内乱の歴史的所産としての鎌倉幕府の成立過程までを鮮やかに解明した、中世史研究の名品。 現在でも、武士を暴力団にたとえ、その武力を超歴史的に批判するような見解は目についても、肝心の武士が「戦士」として行動する「戦争」や「武力」の在りかたについては、まだまだ未解明な部分が多い。……「源平合戦」にロマンを感じておられた方は、少々失望されることになるかもしれないが、本書としてはできるだけ現実的・冷静に、治承・寿永内乱期の戦争の実態を復元し、そのうえで、たんに戦乱の被害者にとどまらない中世民衆の動向や、内乱の歴史的所産としての鎌倉幕府の成立を、検討していきたいと考えている。――<本書「はじめに」より>
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日本史上、約700年にわたって権力の座にあった「武士」とは、いかなる存在だろうか。1970年代以降の中世史や社会史の研究の進展によって、「武士像」は大きく書きかえられてきた。王朝国家の中央「軍事貴族」として登場してきた武士は、必ずしも古代王朝の「貴族」と対立する存在ではないという。そうした武士の「闘う存在」としての側面だけではなく、「色恋模様」から、武士の本質と武家社会の裏面史に迫る異色作。 中世社会においては、「恋」は「権力」に直結する問題だった。その成就、ひいては婚姻関係、感情のもつれなどが、権力の失墜あるいは強化をもたらし、以後の家格にも影響を与えたのである。 多情多恨の女房歌人・和泉式部の最後の男性、藤原保昌。秀歌の褒美に鳥羽院の女房・菖蒲御前を賜った源頼政。分不相応の恋の切なさを断ち切って出家した佐藤憲清あらため西行。将軍源頼家に恋女房を横取りされて激昂した御家人・安達景盛。夫唱婦随の「権力の夢」に破れた北条時政と牧の方の陰謀事件。近世の歌舞伎の題材にもなった婆娑羅大名・高師直の無軌道な邪恋。『吾妻鏡』『太平記』などに語られる逸話の数々は虚実ともどもだが、まさに「恋は歴史を紡ぐリンケージとして作用した」ことを示している。 『恋する武士 闘う貴族』(山川出版社、2015年)の第1部を原本として文庫化。 目次 はしがき 第一章 王朝武士の色とりどり 1 王朝武者の恋の系譜 2 内乱期、武士の恋模様 第二章 鎌倉武士の懸想 1 懸想の顛末 2 色々の執心 第三章 動乱期南北朝と修羅の恋 1 「偕老の契り」と修羅の諸相 2 武将たちの恋の深淵 学術文庫版のあとがき
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中国思想史の第一人者が描く「公私」に潜む数奇なドラマ! 中国における「公」と「私」は、日本語における「オホヤケ」と「ワタクシ」と同じものを指すのか――。 社会における基本的な二つの位相や領域、政治的な場面における基本的な二つの態度は、中国と日本でいかに異なっているのかを、古代中国から近代にいたる、言葉の歴史を辿ることで、「公共性」をめぐる議論に一石を投じる。 本書の原本は、1996年に三省堂「一語の辞典」シリーズより刊行されました。 目次 はじめに オオヤケの語源 訓読と音読 オホヤケの原義 「ヤケ」の意味 国語辞典での定義 公の語源 中国語の公 甲骨・金文の世界での公 「私」のない世界 公の概念について おおやけ・わたくし概念の特徴 一人称としての「私」 公のなかの「私」 おおやけ領域とわたくし領域 公私概念の特徴 平分と姦邪(ルビ:かんじゃ) 中国の公と日本のおおやけ 公私と倫理 近代の公 日本と中国 近代日本の公 公平の原理 天下の公理 中国の「理」 公における日・中の共同性 領域の共同とつながりの共同 公と共同性 領域の公 つながりの公 公私のけじめ 中国人の公私観念 日本の私的所有と中国の共有制 日本人の私有意識 中国の宗族制 個と共同 公と公界(ルビ:くがい) 「領域の公」と公平 日常的な「私」と社会的な「私」 政治的わたくしと「おおやけ事」 解説(伊東貴之) 索引
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ビジネス・実用4.01巻1,518円 (税込)歴史を問うことは、現在を問うことである。大好評のシリーズ最終巻では、マクロな視点で世界の歴史を通観し、現代人が直面する問題へのヒントを探る。急増する人口と資源、人類の移動・定住と海、宗教がもたらす対立と共生、世界史のなかの日本、そして、人類誕生の地・アフリカの現状。新たな世界史像を日本から発信することをめざして、文明の来し方とこれからを「人類史」の視座から多角的に論じる。全21巻完結。
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病いに苦しむことと手を差しのべることは、同じ出来事の二つの現れである――。 パーキンソン病・統合失調症・小児・末期ガン・緩和ケア……〈ケア〉という営みは、病む人の苦しみに引き寄せられ、ときに痛みや辛さの表情に押し戻され、それでもその傍らにとどまり続ける態度のなかにすでに現れはじめている。看護学生と新人看護師の経験と語りを「鏡」として探る、来たるべき「ケア共同社会」への道しるべ。 [目次] 序 〈病い〉は患者のなかに閉じられているのか ■一 身体に耳をすます――看護学生の経験から 第1章 動かぬ身体との対話 第2章 押し戻す〈病い〉/引き寄せる〈病い〉 第3章 「患者の立場に立つ」ということ 第4章 〈病い〉の経験が更新されるとき ■二 二人でひとつの〈病い〉をつくる――新人看護師の経験から 第5章 看護がよくわからない 第6章 協働する身体 第7章 「気がかり」が促す実践 第8章 他者の痛みを感じとる――病名告知と〈病い〉経験 終章 〈ケア〉を捉えなおす 注および引用文献 あとがき 学術文庫版へのあとがき ケア共同社会への里程標 (*原本:『交流する身体――〈ケア〉を捉えなおす』NHKブックス、2007年)
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創立60周年を迎えるにあたって神戸新聞社は、兵庫県出身で82歳の柳田國男に回顧談を求めた。柳田はこれを快諾、25回にわたって聞き書きがおこなわれ、200回にわたる連載記事「故郷七十年」に結実した。一回の談話は3時間、長いときで5時間に及んだという。本書は近代日本の知識人の自己形成の物語、明治文学史の重要な一部、民俗学の誕生を語るもの。数ある自伝、回顧録のなかの白眉を文庫本でお届けする。
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『国富論』1776年に出版されたアダム・スミスの『道徳感情論』(講談社学術文庫)とならぶ主要二大著作のひとつです。近代経済学の嚆矢とされ、社会思想史上の最重要古典でもあります。『国富論』の取り扱う主題は、多岐にわたり、 分業の役割、 貨幣の特徴、 労働と利子についての考察、 国家間貿易の意味、 国家社会の発展段階とその特徴、 分業と製造業の発展の関係、 国家における軍隊の維持、 道路、港湾、運河などのインフラストラクチャーの整備と維持、 税金の種類と意味、 会社による独占の問題、 重商主義と重農主義の検討、 公債についての考え方、 などなどです。 かつては、市場という「神の見えざる手」に委ね「レッセフェール(自由放任主義)」で、経済は自然と最善へと向かうと主張した書物と受け取られてきました。 しかしそのような読み方は単純にすぎます。 昨今の研究ではスミス『道徳感情論』とあわせて読むことで、真に国家が豊かになることの哲学を探究しています。
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惜しまれながら急逝した不世出の法哲学者・尾高朝雄(1899-1956年)、初の文庫版。本書の原本は、1947(昭和22)年10月に国立書院から出版されました。その5ヵ月前には日本国憲法が施行されています。大日本帝国憲法から日本国憲法への移行は、前者の改正手続きに基づいてなされました。そうして「天皇主権」から「国民主権」への大転換を遂げた新しい戦後日本には「象徴天皇」が残されました。国民主権と天皇制ははたして両立可能なのか? もしそこに矛盾があるのなら、戦前から戦後の移行はいかにして根拠づけられるのか? これらの疑問は、単に憲法学の問題であるだけでなく、戦後の繁栄を支えた日本の新しい形は正当な根拠をもつものか、というすべての日本国民に関わる問題でもあります。本書は、この問題を解きほぐしてくれるものです。改正手続きの具体的な経緯をたどり、その過程で起きた「国体」をめぐる論争に触れつつ、「主権」とは何なのか、という問いを追求します。誰にでも理解できるよう、ていねいにたどられていった考察の末、「国民主権」と「天皇制」を両立させる「ノモス主権」が提示されます。本書が発表されたあと、憲法学者・宮沢俊義(1899-1976年)が異論を唱え、二人のあいだに論争が繰り広げられました。本書は、宮沢の批判に対する応答として書かれた二篇を増補して1954(昭和29)年に青林書院から刊行された版を底本とし、その内容を追えるようにしました。「ノモス主権」の概念は、長らく忘れられてきました。しかし、ここには今こそ考えるべき問いがあります。学術文庫『立憲非立憲』に続き、唯一無二の憲法学者・石川健治氏による渾身の「解説」を収録した本書は、新しい時代の日本にとって必須の一冊となることでしょう。[本書の内容]序 言/はしがき/第一章 新憲法をめぐる国体論議/第二章 主権概念の批判/第三章 国民主権の原理/第四章 天皇統治の伝統/第五章 新憲法における国民主権と天皇制/第六章 ノモスの主権について/第七章 事実としての主権と当為としての主権/解説(石川健治)
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2021年10月、落語家・柳家小三治が亡くなった。 古今亭志ん朝、立川談志と並ぶ、日本が誇る話芸の名人は、生涯、寄席を活動の場とし、TVやCMなどでの露出はなかったものの、落語ファンからの圧倒的かつ、熱狂的な支持を集めていた。 それほどまでに人を虜にした、人間国宝「小三治の落語」とはいったい、何だったのか。 小三治の芸論、哲学、技術は? 彼は過去から何を受けとり、何を後に遺したのか。 50年来の落語ファンにして、30年に亘り小三治の高座を追い続けた著者による『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』(2014年に単行本、16年に+α文庫化)を改題、増補改訂。 底本に収録した「小三治の高座」は、追悼番組までの映像・音源発売をすべて拾い上げた91席を、丹念に採取・検証。 また、新章「近代落語史における小三治の存在」も書き下ろし収録。 「柳家小三治」という落語家人生を総括しながら、現代落語史を解読する! 目次 はじめに 第1章 小三治から見た近代落語史 第2章 「小三治落語」の演目 第3章 小三治インタビュー 落語協会会長就任について 小三治「茶話会」会見 あとがき 参考文献および参考映像 演目索引 *本書は、『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』(2014年単行刊刊、2016年 講談社+α文庫刊)を改題、新章を加えて加筆修正された、増補改訂版です。
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生前にはアメリカの医学界を陰で支配しているとまで言われながら、没後はその名さえ忌み嫌われたハリー・スタック・サリヴァン(1892―1949)。1970年代にアメリカ精神医学の源流として再評価され、さらに近年、人間社会と精神疾患の関係を論じた先駆者として再注目される精神医学者の、本邦未訳の論考を中心とした著作集。 サリヴァンが生涯をかけて訴えたのは、人間同士の差異よりも、互いを結び付けているものに着目することの重要性だった。患者一人ひとりを診るのではなく、「人間集団に対する精神医学」を唱えたのである。しかし、「個性とは幻想である」という見解は当時、あまりにラディカルでほとんど危険思想のように受け取られた。今世紀になり、「トラウマ理論」や「発達病理学」といった学際的研究領域が確立してようやく、サリヴァンの提出した課題に科学として取り組めるようになったのである。 本書は、初出出典に基づいて訳出した日本語版オリジナルの論集で、徴兵選抜、戦時プロパガンダ、反ユダヤ主義、国際政治など、実社会に関する特に重要なものを選んだ。収録した12編のうち11編は、日本で唯一未訳の著書“The Fusion of Psychiatry and SocialSciences” にも収められている。 なお、編訳者の阿部大樹氏は、サリヴァン『精神病理学私記』で日本翻訳大賞を受賞。今年10月に京都で開催される「サリヴァン・フォーラム」にも登壇する予定。 目次 編訳者まえがき 第一部 精神医学とは何か 精神医学入門三講 社会科学百科事典『精神医学』 黒人青年についての予備調査 症例ウォレン・ウォール 個性という幻想 不安の意味 第二部 精神医学の応用 プロパガンダと検閲 反ユダヤ主義 精神医療と国防 戦意の取扱いについて リーダーシップの機動化 緊張――対人関係と国際関係 索引
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「あの世の闇」すら光り照らす猫の目を敬い、蛇の脱皮する姿に「復活」を想起し、糞玉を押す黄金虫に太陽を運ぶ神を想う……。ナイルの恵みで農業国として繁栄したエジプト中王国ー新王国時代。時に神と崇め、時に恐れ敵対した動物たちとエジプト人との関係や、動物ミイラの作り方、当時の社会や宗教観まで活写した、異色歴史書! 内容一部紹介 ◎古代エジプト人と猫の暮らし◎ *夢に大きな猫が出たら吉兆。大豊作になる。 *猫女神バステトは出産の神。新婚夫婦は欲しい子供の数だけ、護符に猫の絵を描く。 *火事になったら火を消すよりも猫を助けよ。 *飼い猫が死んだら家族全員、眉を剃って喪に服す…等 序 文 第一章 猫 世界最古の家猫図/オシリス神話/女神バステト/猫の聖地ベニ・ハッサン/パケト信仰/猫のミイラと棺/闇を退治する目/ネフルよ、ネフルよ/ブバスチスの「猫王」/バステトの祭り/猫の墓/エジプト人の愛猫心 第二章 犬 アヌビス信仰/西方の者/絵画と彫像/『二人の兄弟の物語』/エジプト犬のミイラ 第三章 蛇 二つのエジプト/『難破船水夫の物語』/悪蛇アポピス/翼ある蛇 第四章 ライオン 大スフィンクス/王たちとライオン/ライオン狩り 第五章 黄金虫 スカラベと太陽神/『死者の書』の図像/記念スカラベと印章スカラベ/護符スカラベ 第六章 鰐 ナイルの暴れん坊/ソベク神殿/オシリスを救う神 第七章 ハゲワシ 白い女神ネクベト/王冠飾りと棺の飾り/ハヤブサとトキ 第八章 牛 雄牛の神/雌牛の神 第九章 驢馬、馬、駱駝 砂漠と不毛の神/夷狄のもたらしたもの/洗浄の主役/奉仕のみの動物 学術文庫版解説・・・・・・・ 河合 望(金沢大学古代文明・文化資源学研究所所長 金沢大学新学術創成研究機構教) 古代エジプト略年表 本書は『古代エジプト動物記』(文藝春 1984年刊)を改題したものです。 現在では差別的とされる表現が含まれていますが、本書が執筆された時代環境を考え、また著者が故人であることから、そのままにしてあります。差別の助長を意図するものではありません。
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「日本的」世界は、こうして生まれることになった。 大陸の統一帝国出現は、倭と呼ばれる小国を政治変革へと突き動かす。 彼らは緊迫する東アジアを生き抜くべく、律令という先進的統治システムを必死に学び、土着的な氏族制社会の上に接合させた。 「日本的」な国制と文化は、なぜ、いかにして生まれたのかを深く問い、大化の改新からの二五〇年の骨格を鮮やかに描き出す、 不朽の歴史像。 解説:大隅清陽 【本書より】 大宝律令は、当時の日本の社会から隔絶した高度な統治技術をふくんでいた……支配層による統治技術の「先取り」は……早熟的な国家を生みだした……律令国家には、中国的な律令制と、大和王権に由来する氏族制とが重層しており、あえて図式化すれば、律令国家は「律令制」と「氏族制」の二重構造としてとらえることができる…… 【解説より】 本書において吉田は、概説書ならではの試みや冒険も随所でおこなっている。それは主に、日本の古代国家と近代の国民国家や天皇制との関係を問うもので、端的に言えば「日本とは何か」「天皇とは何か」という二つの問いに集約される。 【本書の内容】 はじめに 宮中のクーデター 新しい国制の模索 亡国の危機 内乱の勝者 律令国家の構想 平城京の建設 大仏開眼 天平びとの愛と死 ゆれ動く天皇観 平安京へ 古典的な国制と文化 おわりに 参考文献 解説 「日本」への果敢なる問い(大隅清陽) 年表 索引 *本書の原本は『大系日本の歴史』第3巻として1988年2月に小学館より刊行され、1992年に小学館ライブラ リーに収められました。今回の文庫化にあたり、副題「倭から日本へ」を新たに付しました。
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「一夜で十人と愛を交わすべし」―― 性愛とは〈道(タオ)〉であり、男性および女性の原理の均衡こそ生命力の源である――。性のマニュアル、後宮への務めから、纏足の風習、妓女との付き合い方まで。儒教・道教・仏教がせめぎ合うなかで出来しためくるめくエピソードを渉猟しつつ、先史より貫く中国文化不変の根幹を抉り出す。鬼才による中国性愛史研究「最初の完成」の書! カラー口絵つき。 解説は『古代中国の24時間』の柿沼陽平氏。 【目次】 序文 ■第一部 封建王国――殷・周時代 前一五〇〇年~前二二二年 性と社会についての中国人の基本的な考え方 第一章 創始期と西周王朝――前一五〇〇年頃~前七七一年頃 第二章 東周王朝――前七七〇年~前二二二年 ■第二部 帝国伸長期――秦・漢・六朝時代 前二二一年~後五八九年 性と儒・道・仏三教 第三章 秦と前漢王朝――前二二一年~後二四年 第四章 後漢王朝――二五年~二二〇年 第五章 三国と六朝――二二一年~五九〇年 ■第三部 帝国の最盛期――隋・唐・宋時代 五九〇年~一二七九年 性の手引書、その盛行と衰勢 第六章 隋王朝――五九〇年~六一八年 第七章 唐王朝――六一八年~九〇七年 第八章 五代と宋王朝――九〇八年~一二七九年 ■第四部 モンゴル支配と明の再興――元・明時代 一二八〇年~一六四四年 文学・芸術のなかの性 第九章 モンゴルもしくは元王朝――一二七九年~一三六七年 第十章 明王朝――一三六八~一六四四年 ■補遺 インドおよび中国の性的神秘主義 原注 図版一覧 ファン・フーリック学術関係主要著作目録一覧 訳者あとがき 解説 中国性愛史研究の先駆者 柿沼陽平 【本書の主なトピック】 [周]女性は寝所の偉大な導師、性の秘密の護持者である [前漢]儒教の厳格な教義の裏で、諸侯も皇帝も性のモラル崩壊! [後漢]挿絵入り「性の手引書」が教える"究極の技法" [六朝]妻妾を満足させられなければ、家長の信望失墜・地位喪失 [唐]家での肉体的愛から逃れ、娼妓とのプラトニックな交際へ [元]「性愛画を秘蔵」-10点、「女性の面前で猥談」-20点……家長の「道徳成績計算表」 [明]性が抑圧されず、すこやかな歓楽だった最後の時代 (*本書の原本は1998年にせりか書房より刊行されたものです。)
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本書は、20世紀の日本を代表する哲学者・田中美知太郎(1902-85年)による生前最後の単行本です。 古代ギリシア哲学の専門家として、数々の著作や翻訳を送り出すとともに、日本西洋古典学会の設立に携わるなど、日本の哲学界の大きな礎を築いた著者が最後に残したのは、「古代哲学史」という単刀直入なタイトルを冠した1冊でした。全三部から成る本書の第I部では、万物の始源は「水」だと説いたタレス(前585年頃)に始まり、アナクシマンドロス、アナクシメネス、ヘラクレイトス、エンペドクレス、アナクサゴラスなどを経て、ソクラテス、プラトン、アリストテレスに至る哲学史の流れを大づかみにしてみせる「西洋古代哲学史」が収録されています。文庫版で100頁にも満たない分量で要点を的確に押さえた思想史を描く力量は、まさに出色です。 第II部では、古代哲学をより深く知りたいと願う読者のために碩学がアドバイスをする、という趣きを帯びています。残された哲学者たちの著作に触れる時に注意すべきこと、そして参考書や研究書を含めた読書案内まで、実践的な哲学ガイドとして役立つことでしょう。 そして、第III部には、著者が何度も改訂を繰り返してきたヘラクレイトスの残された断片の日本語訳が収録されています。ここに読むことのできる言葉は、時に謎めき、時に不思議な魅力を放つ、古来、多くの人たちを惹きつけてきたものです。 著者がその最期に読者に向けて贈った本書には、長年月にわたる研鑽の果実が惜しみなく凝縮されています。近年は政治論や文明論などに光をあてられることの多い偉大な学者の神髄に触れられる絶好の1冊です。学術文庫版には、田中美知太郎に思い入れを抱いてきた國分功一郎氏の解説を収録し、文字どおりの決定版となります。 [本書の内容] I 西洋古代哲学史 古代アトム論の成立 II 古代哲学 一 古代哲学 二 III ヘラクレイトスの言葉 あとがき 解 題(國分功一郎)
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発音も不明な謎に満ちた文様――エジプト聖刻文字、楔形文字、ヒッタイト文書、ウガリット文書、ミュケーナイ文書。主要古代文字が解読されるまで推理、仮説、検証を重ねた、気の遠くなるような忍耐と興奮の軌跡を、言語学と旧約聖書研究の泰斗が、平易かつ正確に描写。数千年を超えた過去との交流を先人とともに体感できる、心躍る書!(解説・永井正勝) まえがき 第一章 言語と文字 高津春繁 第二章 エジプト聖刻文字の解読 関根正雄 第三章 楔形文字の解読 関根正雄 第四章 ヒッタイト文書の解読 高津春繁 第五章 ウガリット文書の解読 関根正雄 第六章 ミュケーナイ文書の解読 高津春繁 学術文庫版解説 永井正勝(人間文化研究機構人間文化研究創発センター特任教授) 索引 地図 内容紹介 両者の解く古代文字解読の世界は、解読当時の学者達や社会の常識を踏まえつつ、解読者の心境を代弁するかのような語り口でなされている。そこに時折加えられる古代社会の記述も相まって、読者は解読当時の様子をこの目で見ているかの如く本書を読み進めていくことができる。(略)本書の魅力は、文化に対する深い理解と愛を持った卓越した研究者の手になる部分が大きい。 ――――――「解説」より *本書の底本は『古代文字の解読』(岩波書店 1964年10月刊)です。文庫化にあたり読みやすさに配慮して、旧字を随時、常用漢字に置き換え、送り仮名も新字対応とし、ルビの追加を行い、明らかな誤植は訂しています。 経年などにより説明が必要と思われた箇所は、編集部註として[ ]で補足いたしました。「最近」「現在」などの表記につきましては、原本が出版された一九六四年時点の時制といたします。 本書には現在では差別的とされる表現も含まれていますが、著者が故人であることと差別を助長する意図はないことを考慮し、原本刊行字の文章のままとしております。
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本書に収録された二篇は、共和政ローマで活動した著作家にして政治家・弁論家マルクス・トゥッリウス・キケロー(前106-前43年)がプラトーンの『国家』と『法律』の衣鉢を継ぐ著作として構想・執筆した対話篇です。 前51年に刊行された『国家について』は、前129年に小スキーピオーを中心に行われた討論を再現する形で書かれています。前129年前後といえば、グラックス兄弟を中心とする改革派とこれに対抗する保守派によって国民が二分され、国家が混乱の極みにあった時期でした。それはキケローが目前にしていたポンペイウスとカエサルが激しく対立する状況に酷似し、国家の危機のただなかでローマ国民にみずからの国家の偉大さを自覚させ、その安定と確立のために奮起を促すことを目的としています。 この著作は、後代の国家思想はもちろん、テルトゥッリアーヌス、ラクタンティウス、アウグスティーヌスなど、キリスト教徒の著作家にも多大な影響を与えましたが、ルネサンス期には写本が発見されず、独立した著作として伝えられていた第6巻の「スキーピオーの夢」以外は失われたと考えられていました。ところが、1819年にヴァティカン図書館で写本が発見され、全体の約四分の一が復元されました。こうしてキケローの国家思想のほぼ全容を知ることができるようになったわけです。 『法律について』は、『国家について』執筆中に続篇として構想されたと考えられています。しかし、前51年の夏からキリキア総督として多忙な日々を過ごし、その任務を終えてローマに帰国してまもなく、前49年初頭にはカエサルとポンペイウスの対立から勃発した内乱に巻き込まれることになったため、未完に終わりました。全5巻以上の規模をもつものとして執筆されましたが、現存する写本に含まれるのは第3巻の途中までです。 本書では、過去から現在に至る法律が吟味され、それらは本当に法律の名に値するものなのかが検討されます。キケローが定めようとする法律は第一義的にはローマ国家の改革を目的とするものでしたが、それが自然本性に基づく法律であるかぎり、いかなる時代にも、いかなる場所でも普遍性を失わないものとして提示されています。 こうして、激動の時代に生きたキケローは、理想的な国家と、その礎をなす理想的な法律を今日のわれわれに伝えてくれています。国家への信頼が揺らぐ今、碩学が残した偉大な訳業を初の文庫版でお届けいたします。 [本書の内容] 国家について 第一巻 第二巻 第三巻 第四巻 第五巻 第六巻 スキーピオーの夢 個所不明の断片 法律について 第一巻 第二巻 第三巻 個所不明の断片 訳者解説 人名索引 解 題(山下太郎)
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