講談社学術文庫作品一覧
-
-中世アジアの海の世界を鮮烈に描いた書籍の決定版! 苛烈な略奪を繰り返し諸国を悩ませた前期倭寇。その結果生まれた倭人居留地「三浦(さんぽ)」は、朝鮮に巣食う「腫瘍(しゅよう)」とまで呼ばれ、後期倭寇は、アジアに進出してきたヨーロッパ勢力をも巻き込み、銀をめぐる密貿易で世界史に躍り出る……。彼ら倭寇・倭人は日本のものとは明らかに異なる「倭服」に身をつつみ「倭語」を操る、国籍や民族を超えた集団だった。14世紀から16世紀にかけて東アジアの海を舞台に、国家や民族集団からドロップアウトし、しばしば暴力をともないながら、自由に、どこまでもしたたかに生きた人々を描き出す。 「倭人は帯方の東南、大海の中に在り」。邪馬台国の史料としてよく知られる『魏志倭人伝』。ここからおよそ1200年後の朝鮮王朝の記録に、再び「倭人」は現れる―― 14世紀後半、女性や子供にも容赦ない前期倭寇の略奪が『朝鮮王朝実録』に恐怖の記録として生々しく克明に記された。倭寇に苦しむ朝鮮王朝がとった懐柔策によって15世紀に誕生したのが、倭人居留地の三浦である。エネルギッシュで、自由奔放で、論理を越えた倭人がひしめく三浦は、猫のひたいほどの場所でありながら、周辺の朝鮮社会に巨大な経済的影響をあたえ、やがてソウルの政財界まで巻きこんだスキャンダルを引き起こしていく――。 三浦を中心に、倭寇王の後継者として豊臣秀吉が登場するに至る中世東アジアの海域世界を描いた『中世倭人伝』。文庫化にあたって、原本には入れられなかったソウルの倭人たち、江南沿海域を中心とする後期倭寇の猖獗、石見銀山の爆発的増産によって世界を駆け巡った日本銀、さらに16世紀ヨーロッパの古地図に描かれた、銀と海賊に特徴づけられる日本像などの論考を増補し、倭人たちが躍動する海の世界を大きく広げた決定版登場!(原本:岩波書店、1993年) 【本書の内容】 学術文庫版はしがき I 中世倭人伝 「魏志倭人伝」によるプロローグ 一 国境をまたぐ地域 二 「三浦」──異国のなかの中世 三 密貿易の構造 中華の崩壊によるエピローグ 文献案内 あとがき 『中世倭人伝』韓国語版刊行によせて II 倭人群像 一 三浦の鎮城と関限――薺浦を中心に 二 倭人たちのソウル 三 三浦の乱時のソウル倭館 四 石見銀山と倭人ネットワーク 五 海賊、銀山、ザビエル――ヨーロッパ製古地図を読む 六 琉球王国と「倭寇」 七 中世日朝貿易における経典の輸入 学術文庫版あとがき
-
4.2ギリシアの枠を飛び越えた「犬哲学者」の実像 甕(かめ)の中に住まい、頭陀袋(ずたぶくろ)を下げ、襤褸(ぼろ)をまとって犬のようにアテナイの町をうろつき、教説を説いたシノペのディオゲネス。おびただしい数の逸話で知られる「犬哲学者」の思想とは、いったいどのようなものだったのか。アリストテレス的人間観や当時の伝統・習慣を全否定し、「世界市民」という新しい理念を唱導・実践した思想家の実像を探り出し、われわれ現代人の生き方を模索する。 「犬」と呼ばれたシノペのディオゲネス。ひとは彼についてどれほどのことを知っているだろうか。(略)昼日中にランプを灯してアテナイの雑踏を往来しつつ「わしは『人間』を探している」と言い放ったとか、なにかそういう類の奇抜な逸話が知られているだけではあるまいか。だが、知るべきはこの男の生き方、その根底にあった「世界市民」思想だ。――<「序章」より>
-
4.0
-
-
-
4.7
-
-地球は動いている――。プトレマイオスからおよそ1400年続く天文学を覆したコペルニクス(1473-1543年)。ケプラー、ガリレオ、そしてニュートンへと続く「科学革命」は、この発見に始まる。それは「革命」という言葉の華々しさとは裏腹に静かに、本人さえその帰趨を自覚しないままに始まった。 コペルニクスはいかにして地動説に至ったのか。『天球回転論』全6巻のうち、地球の運動について記された第1巻と、『天球回転論』の公刊に先立ってコペルニクスの地動説を初めて世に知らしめた弟子ゲオルク・ヨアキム・レティクス(1514-74年)の『第一解説』の本邦初訳をあわせて収録。 コペルニクスが生涯をかけた書物『天球回転論』が、ニュルンベルクの出版社から届けられた1543年5月24日、それを待っていたかのように同日コペルニクスは他界する。「プトレマイオスを模倣しようとした」、「天文学の再興者」と言われるほどに、その構成や研究に対する姿勢は、プトレマイオスの『アルマゲスト』に倣ったものだった。ただ一点、「地球が動いている」ということを除いては――。 1400年の長きにわたって支配的であったプトレマイオスの天文学およびアリストテレスの自然学体系に、『天球回転論』がうがった小さな穴は、やがて大きなひび割れとなって従来の伝統的宇宙観を根本から打ち破り、人間の世界に対する認識を大きく変容させることになった。 神学者や世間の反応をおそれて長らく原稿の公開をためらっていたコペルニクスに、出版を強く勧め最終的に承諾させたのが唯一の弟子レティクスである。かたくなに出版を渋るコペルニクスは、レティクスがまず『天球回転論』を簡潔にまとめたものを世に出すことで妥協した。この『第一解説』の好評に力を得て、コペルニクスはついに公開を決意する。『第一解説』は、その後もコペルニクス説の入門的概説として版を重ねることになった。 コペルニクスはいかにして地動説を導き出し、前代未聞の「地球の運動」をどのように語ったのか。文字通り「世界を動かした」書物の最重要部分と本邦初訳となる『第一解説』を収録! (『完訳 天球回転論』みすず書房、2017年より第一巻を収録、レティクス『第一解説』は新訳) 【本書の内容】 『天球回転論』第1巻目次より 宇宙は球形であること/大地もまた球形であること/地球の大きさに対する天の広大性について/地球が、いわば中心として、宇宙の真中に静止しているとなぜ古代の人たちは考えたのか/地球に複数の運動が付与されうるか、および宇宙の中心について/地球の三重運動についての論証……など。 レティクス『第一解説』目次より 恒星の運動について/古代の天文学者たちの仮説が廃棄されねばならない主な理由/天文学全体の新仮説……など。
-
3.0
-
5.0
-
-日本人にとって「軍隊」とはなんだったのか。大日本帝国軍隊は、天皇に直隷するまさに「天皇の軍隊」であった。天皇は軍人の「頭首」として、斃れた将兵の魂魄を守る者としても存在した。しかし、天皇の名による軍隊生活の実態とは…。徴兵の恐怖感、凄惨な私的制裁、兵士たちの性生活と花柳病、遺された家族の貞操…。戦争が長期化するなかで、軍隊は大衆化し、軍官僚は肥大化して「天皇の軍隊」は大きく変質していった。(講談社学術文庫)
-
-今年7月、大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」が日本で23件目のユネスコ世界遺産に指定された。しかし、この世界遺産を構成する古墳の多くは、その被葬者さえ特定されていない。最大規模を誇る仁徳天皇陵や、履中天皇陵、允恭天皇陵などには、本当にその天皇が眠っているのだろうか。天皇陵は、いつ、どのように定められ、管理されているのか、近世・近代史を専門とする著者が、「天皇陵の歴史」と問題点を解き明かす。江戸時代中期、各地の古墳を独自に探査した蒲生君平。幕末期、尊王思想の高まりの中で、陵墓の比定と修補を願い出た宇都宮の藩主・戸田忠至。こうした近世の研究成果の上で、明治政府は、全天皇と皇族の陵墓を決定していった。神話に語られる天皇の実在を「証明」するためにも、墓の確定は欠かせなかったからである。神武天皇陵や仁徳天皇陵はどのように決められたのか、明治天皇陵はなぜ京都にあるのか、大正天皇陵の参拝に大混雑した鉄道と町、昭和初年に新たに皇統に列せられた南朝第3代の長慶天皇の陵はどう探したのか、さらに天皇陵の祭祀の場としての意味、著者が発見した資料「陵墓参考地一覧」からわかること――など、あらゆる論点から天皇陵を検証し、今後の科学的・考古学的調査の必要性を訴える。〔原本:『天皇陵論―聖域か文化財か―』 新人物往来社、2007年刊〕
-
-
-
4.0
-
3.0本書は、現象学を土台にして幾多の哲学者や思想家を扱ってきた第一人者が「近代哲学の祖」ルネ・デカルト(1596-1650年)との「対話」に挑んだ記念碑的な1冊です。 よく知られているように、デカルトはあらゆる学問を修めた末、そこに自分が求める「真理」はないことを悟りました。そうして「世界という大きな書物」と向き合うために旅人として生きることを選んだものの、やはりそこにも「真理」を見出すことはできませんでした。そうしてたどりついたオランダの地で、まさに生死を賭けた思索に取り組むことになります。それが、少しでも疑いうるものはすべて斥けて「絶対に疑いえない」ものを目指す「方法的懐疑」と呼ばれる思索でした。 その過程でたどりついたのが「われ思う、ゆえにわれあり(私は考える、ゆえに私は存在する)」という、よく知られた命題にほかなりません。しかし、それは決してデカルトが到達した最終結論でもなければ、デカルトが求めた「真理」でもありませんでした――本書は、そのことを哲学者との真摯な「対話」の中で明らかにしていきます。この命題はデカルトにとっては通過点にすぎず、方法的懐疑が導き出したのも「近代的自我」とされる「私」では決してなかった。ならば、その思索はいったいどこに進み、何を明らかにしたのでしょう? 本書は『方法叙説』(1637年)と『省察』(1641年)という二つの主著をていねいに読み解きながら、驚愕すべき結論に向かっていきます。著者とともに歩んでいくことで、「哲学」とはいかなる営みなのか、そして本当に「考える」とはどういうことなのかを実際に体験することができるでしょう。 [本書の内容] 序 章 哲学とは何か 1 死んだものとの対話 2 「よき生」のために 第一章 「われ思う」のは誰か 1 夢 2 狂 気 3 「私」とは何か 第二章 「われ思う」に他者はいるか 1 観念の起源へ 2 「無限」ということ デカルト小伝 読書案内
-
4.7
-
-
-
-地球をおおいつくそうとするひとつの世界システムに「地域の論理」たちは繊細なたたかいを挑む。閉ざされつつある世界に、新しい超空間への通路を開く。ボストーク――東の方。人間を乗せた最初の宇宙船の名前である。偉大なる叡智=ソフィアは、科学技術文明と近代資本主義が世界を覆い尽くす時こそが、真実の危機だと告げる。バルトーク、四次元、熊楠、マンダラ、シャーマニズム、製鉄技術、方言、映画とイヨマンテ……。多様なテーマで通底する「無意識」に、豊饒な叡智を探求する。/『東方的』は、……西欧的な知のあり方の行き詰まりを踏まえて、「東方的」な「ソフィア」(叡智)の方向に新たな可能性を見出そうとした、美しい希望の書物である。(略)その「明確なモチーフ」は……、「第四次元、あるいは日常的なリアリティを超えた高次元の霊的な世界が、われわれが普段住んでいる物質的な世界と接触した時、何が起こるか」ということに帰すのではないかと思う。――<沼野充義「解説」より抜粋>
-
-花のみやこか、懐かしきふるさとか――。日本列島の文化の歴史は、海の外からやってきた最新の情報があつまる都会への憧れと、生まれ育った郷土への思い入れのはざまで紡がれてきた。奈良、京都、のちには江戸・東京という「みやこ」に対する「地方」の憧れと反発、さらに中国大陸や欧米という「中央」に対する「辺境」日本の憧れと反発という二重の交錯を見据え、そこに織りなされる綾を丹念に描き出した唯一無二の列島文化史。 夷なる日本が華なる中国に劣らないと主張した京都生まれの伊藤仁斎と、関東出身で田舎固有の文化に価値を見出し江戸学芸を京から自立させた荻生徂徠。日本文化や日本的なるものの一貫性を否定した内藤湖南と「国史」の範囲に苦悩した黒板勝美。日本文化が基底のところで一体のものであることを前提にしたことで「郷土を捨象した」と批判された、民俗学の父・柳田国男が敬意をいだいていたのは、田舎に「いにしえのみやび」を見出した本居宣長だった。 古代の青銅鏡が示す畿内王権や記紀神話にはじまり現代にいたるまで時代を縦横無尽に扱いながら、独自の視点で日本文化の形を照らし出す。(原本:平凡社、1991年) 【本書の内容】 はじめに 第一章 都市の論理――先進・後進論の背景 第二章 反都市文明――「地方」主張の論理と背理 第三章 国家という単位――単一の「国」と「くに」の複合 第四章 民衆知と文字文化――ひとつの試み あとがき 解 説(長﨑健吾)
-
3.0
-
-
-
-本書は、ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》で知られる「トリスタン伝説」の最古の姿を伝える書の本邦初となる全訳です。 ケルト起源のトリスタン伝説は、11世紀後半から12世紀初頭にウェールズとブルターニュに伝えられ、語り継がれていったと推測されます。多様に発展した物語を12世紀後半に古フランス語でまとめたものがトリスタン伝説の原典(エストワール)ですが、残念ながらこれは散逸しています。 しかし、この原典に基づいて物語を作る人たちが現れます。その一人が同じく12世紀後半に活躍したフランスの詩人ベルールでしたが、作品は断片しか残されていません。それと同じ時期、同じ原典に基づいてドイツ語で物語を書いたのがアイルハルトであり、その作品こそ本書にほかなりません。完全な姿で残されたこの作品によって、私たちは原典の内容を推測できます。ここにはトリスタン伝説の最古の姿があるのです。 韻文で書かれた本書は、その後「民衆本」と呼ばれる散文作品として流布し、16世紀にはハンス・ザックスによって戯曲『トリストラントと美しきイザルトの悲恋』に翻案されました。一方、ベルールと同様に原典(エストワール)を基にして12世紀後半にフランス語で『トリスタン物語』を書いたトマの系列としては、ドイツ語で叙事詩『トリスタンとイゾルデ』を書いたゴットフリートがおり、ワーグナーに着想を与えました。 複雑な経緯をたどって伝承されたトリスタン伝説は、現代でも小説にされたり(ローズマリー・サトクリフ)、映画にされたり(ジャン・ドラノワ)、多くの人を魅了し続けています。その最古の姿がようやく日本語で味わえるようになります。 [本書の内容] 1 聴衆への前置き 2 トリストラントの出生と養育 3 トリストラントのマルケ王宮廷への旅 4 トリストラントとモーロルトの闘い 5 トリストラントの傷を治すためのアイルランドへの旅 6 トリストラントのアイルランド求婚の旅 7 愛の媚薬 8 ブランゲーネ 9 トリストラントとイザルデの愛をめぐっての揉め事 10 有罪の判決と逃走 11 森での生活 12 アルトゥース騎士ヴァルヴァーンとトリストラント 13 追放後のトリストラントとイザルデの一度目の逢瀬 14 ハヴェリーン王のもとでのトリストラント 15 追放後のトリストラントとイザルデの二度目の逢瀬 16 追放後のトリストラントとイザルデの三度目の逢瀬 17 ケヘニスとガリオーレ(1) 18 追放後のトリストラントとイザルデの四度目の逢瀬 19 追放後のトリストラントとイザルデの五度目の逢瀬 20 ケヘニスとガリオーレ(2) 21 トリストラントとイザルデの愛の死
-
3.0明治中期、宮中近代化のために招聘され、新宮殿での憲法発布式典を見届けて帰国したお雇い外国人、モールの日本滞在記。威厳ある若き天皇への謁見、知性と品位を備えた皇后への賞讃、「宮中衣裳問題」での伊藤博文との衝突など、欧化を急ぐ立憲国家成立期の宮廷社会を知る必読文献。さらに関西、箱根、日光、磐梯山への旅など、各地の風物も豊かに描く。(講談社学術文庫)
-
-
-
4.7今日に至るまで絶大な影響を及ぼし、議論を引き起こし続けているフランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(1925-95年)は、デイヴィッド・ヒュームやアンリ・ベルクソンなどを対象とした哲学史研究から学問的経歴を開始し、主著『差異と反復』(1968年)、そして『意味の論理学』(1969年)を公刊して、その地位を確かなものとした。 飛躍を求めたドゥルーズは、精神科医フェリックス・ガタリ(1930-92年)との「二人で書く」企てに挑戦し、物議を醸した『アンチ・オイディプス』(1972年)、『千のプラトー』(1980年)を送り出す。さらに晩年には映画論や芸術論に取り組み、その全容は公刊が始まった講義録を通して、より明らかになりつつある。 こうした多彩な相貌を見せるドゥルーズの「哲学」全体を貫く「原理」はあるのか? あるとすれば、それはどのようなものだったのか? 「20世紀最後の哲学者」の方法と対象を精緻に分析し、その核心と実践的意義に迫った本書は、広く評価され、多くの読者を得てきた。生誕100年、没後30年を迎える2025年、改訂を施し、新稿を加えた決定版として、講談社学術文庫に登場する。 [本書の内容] 第I章 自由間接話法的ヴィジョン――方 法 1 自由間接話法 2 哲学研究の課題 3 哲学の課題 第II章 超越論的経験論――原 理 1 超越論哲学と経験論哲学 2 無人島 3 出来事 4 超越論的な原理 5 超越論的な原理の発生 第III章 思考と主体性――実 践 1 思考の強制 2 思考の習得と方法 3 物質に付け加わる主体性 第IV章 構造から機械へ――転 回 1 ガタリとの出会い 2 構造と機械 3 構造と構造主義 4 セリー、ファルス、原抑圧 5 『アンチ・オイディプス』と分裂分析 第V章 欲望と権力――政 治 1 ミシェル・フーコーの歴史研究 2 『監獄の誕生』における二つの編成 3 権力と二つの編成 4 一元論と二元論 5 欲望と権力 6 欲望のアレンジメントと権力装置 文献一覧 研究ノート I 自然主義について II 総合的方法 III 法/制度/契約 IV 個の心と衆の心 V 国家と考古学 追加された研究ノート I スピノザにおける個体の概念と微分法 II 類似的他者の概念 III ドゥルーズの政治的発言 IV 絵画とアナロジー V 目と手、ビジュアルとマニュアル、エジプトとギリシア
-
3.0
-
5.0没後20年を過ぎた今も世界中で多くの読者を獲得し続けている哲学者ジル・ドゥルーズ(1925-95年)。初の単著『経験論と主体性』(1953年)から『ニーチェと哲学』(1962年)、『カントの批判哲学』(1963年)を経て『ベルクソニスム』(1966年)に至る哲学者のモノグラフィーを発表したドゥルーズは、続いて『差異と反復』(1968年)と『意味の論理学』(1969年)を解き放ち、世界に衝撃を与えた。進化を続ける哲学者は、次に精神分析家フェリックス・ガタリ(1930-92年)との協働を始動させ、『アンチ・オイディプス』(1972年)と『千のプラトー』(1980年)という恐るべき著作を完成させる。その後、記念碑的な映画の哲学『シネマ』全2冊(1983年、85年)、ライプニッツ論『襞』(1988年)といった単著の執筆に戻ったドゥルーズは、最後にもう一度、ガタリとの共著『哲学とは何か』(1991年)を発表。そして、1995年11月4日、みずから命を絶った。 本書は、1976年から83年――『千のプラトー』から『シネマ』へと至る時期にドゥルーズ本人の薫陶を受け、その指導の下で博士論文を書いた著者が、主要著作の読解を通して師の歩んだ道のりをたどり直し、初めて1冊にまとめたものである。2001年に講談社選書メチエとして出された原著は、20世紀最大の哲学者の全容に触れたい人の「最初の一冊」として広く親しまれてきたが、このたび、大幅な加筆・訂正を経た決定版をお送りする。 ひたすら愚直に、そして誠実に主要著作を読み解いていった約20年前の作業を現在のまなざしで見直した著者は、「いまはドゥルーズについて書くべきことを書き終えなければ、と思う。量ではなく、質の問題、いやまさに強度の問題である」と書いている。こうして生まれ変わった本書は、今後も新たな輝きを放ち続けるだろう。 [本書の内容] この本にいたるまで――学術文庫版に寄せて プロローグ――異人としてのドゥルーズ 第一章 ある哲学の始まり――『差異と反復』以前 第二章 世紀はドゥルーズ的なものへ――『差異と反復』の誕生 第三章 欲望の哲学――『アンチ・オイディプス』の世界 第四章 微粒子の哲学――『千のプラトー』を読み解く 第五章 映画としての世界――イマージュの記号論 第六章 哲学の完成 エピローグ――喜びの哲学 文献一覧 あとがき 学術文庫版あとがき ジル・ドゥルーズの生涯と主要著作
-
-
-
-
-
4.7
-
4.0日本人はなぜ、いつ、「読者」になったのか? そして何を、どのように、読んできたのか? 出版資本と鉄道による中央活字メディアの全国流通、旅行読者の全国移動、新聞縦覧所と図書館という読書装置の全国普及――官・民による、これら三つの全国的要素の融合から、明治期に活字メディアを日常的に読む習慣を身につけた国民、すなわち「読書国民」が誕生してくる過程を、出版文化研究の第一人者が活写。私たちの読書生活の起源がここにある! [目次] はじめに ■第一部 流通する活字メディア 第一章 全国読書圏の誕生 第二章 「中央帝都の新知識」を地方読者へ――新聞社・出版社による地方読者支援活動の展開 ■第二部 移動する読者 第三章 車中読者の誕生 第四章 「旅中無聊」の産業化 ■第三部 普及する読書装置 第五章 読書装置の政治学――新聞縦覧所と図書館 第六章 図書館利用者公衆の誕生 あとがき 学術文庫版へのあとがき [主なトピック] ○暴力沙汰まで! 「東京vs.大阪」新聞市場争奪戦争 ○過疎地域を開拓せよ! 新聞社・出版社による地方読者支援活動 ○駅は戦場! 漫画雑誌の隆盛はここから始まった ○お部屋訪問! 温泉地の貸本屋 ○「情報にお金を払う」習慣を生んだ新聞縦覧所 ○自由民権運動は下からの「読書国民」の創出 ○読書の価値を再発見した日清戦後の一等国意識 ○まるで監獄……帝国図書館の規律空間 ○樋口一葉も友人と……女性が一人で行けない図書館
-
3.5speechを「演説」と訳したのは福沢だった。 そして福沢自身、抜きん出た名演説家だった。 日本の近代化・文明化のためには、独立した個人が自らの思想を大いに論じ合わなければならない。 明治という時代が大きく動き出す中で、日本のよりよき未来を、熱く巧みな弁論で語り尽くした、その記録。 著作で見せるのとはひと味違う、福沢のライブ感溢れる言葉が、時代を超えて日本人の心を撃つ! 今日における福沢の思想史的再検討をリードする編者が、残されている速記録や原稿から「名演説」を厳選し、わかりやすい解説を付して編集した、画期的演説集。 【本書より】 日本世界をもっとわいわいとアジテーションをさせて、そうして進歩するように致したいと思う。それが私の道楽、死ぬまでの道楽。何卒皆さんも御同意下さるように。 【主な内容】 第一章 「演説」と「交際」の創始 演説はなぜ必要か/政府の専制から人民の政府 など 第二章 実業界へ出でよ 智識交換・世務諮詢に不景気なし/道徳は説くのではなく示せ など 第三章 立憲国家の国民へ向けて 経済学芸への注意を怠るな/学問に凝る勿れ など 第四章 個人の独立、国家の独立 銭は「人生独立の母」なり/政論の下戸となるな/学者は飼い殺せ など 第五章 次世代へのメッセージ 老却せる老生からの勧告/排外主義と自尊自大の戒め など 編者解説
-
5.0
-
3.7急成長を遂げた周辺国からの侵略恐怖、増加する貧窮移民の不安、友好国へのぬぐいがたい不信、新たな感染症の脅威……「ドラキュラ」の恐怖と魅力の源泉には、黄昏を迎えた大英帝国の外国恐怖症があった。ゴシック・ホラーの金字塔に織り込まれた、ヴィクトリア朝イギリス社会の闇を描き出す! 世界でもっとも有名な吸血鬼「ドラキュラ」。 数ある吸血鬼作品のなかでも特権的な地位を得て、現代に至るまで映像化が繰り返され、日本では吸血鬼の代名詞にもなっています。 そのドラキュラの恐怖と魅力の源泉には、19世紀末イギリス社会に蔓延する深刻な外国恐怖症がありました。 「太陽の沈まぬ帝国」、「世界の工場」と謳われた栄光は過ぎ去り、軍事・経済ともに急成長を遂げつつある周辺国からの侵略恐怖、増え続けるユダヤ人など貧窮移民への不安、搾取してきたアジアの植民地から入ってくる新たな感染症の脅威……。 落日の大英帝国に生きる人々は心の奥底で何を恐れ、そしてドラキュラは生みだされたのか。 『パンチ』などに掲載された風刺画をふんだんに使いながら、ゴシック・ホラーの金字塔から読み解く世紀末ヴィクトリア朝の社会! イントロダクション 第1章 ドラキュラの謎 第2章 ドラキュラの年は西暦何年か 帝国主義の世紀末 第3章 侵略恐怖と海峡トンネル計画の挫折 第4章 アメリカ恐怖と「栄光ある孤立」の終焉 反ユダヤ主義の世紀末 第5章 ユダヤ人恐怖と外国人法の成立 第6章 混血恐怖とホロコースト パストゥール革命の世紀末 第7章 コレラ恐怖と衛生改革 第8章 瘴気恐怖と細菌恐怖 おわりに――ヴィクトリア朝外国恐怖症の文化研究 増補 もうひとつの外国恐怖症――エミール・ゾラの〈猥褻〉小説と検閲 学術文庫版あとがき 引用史料一覧 コラム 吸血鬼の系譜/シャルコーの催眠術/一八九三年一〇月二日のピカディリ・サーカス/ダイヤモンド・ジュビリー/火星人/海峡トンネル・パニック/ベアリング銀行の投機失敗/ロスチャイルド一族の結婚/ロンドンとテムズ川の汚染……ほか
-
3.0
-
4.6
-
4.0謎多き南朝。その実像は、政治・文化的実体をともなった本格政権だった! 大動乱の時代として日本史に深く刻まれた南北朝時代。しかし南朝の実像は謎に包まれてきた。 室町幕府に対し劣勢に立ちながら、吉野山中に長きにわたり存続できたのはなぜか。 厖大な史料を博捜し、政治・文化的実体をもつ本格政権としての南朝に光を当て、 起源である鎌倉時代の大覚寺統から後南朝まで「もうひとつの朝廷」二百年を描き切る決定版。 【本書より】 本書は、こうした南朝研究の課題と研究手法上の特殊性をふまえて、南朝の前史から説き始め、ピークというべき建武の新政、その後身としての南朝をへて、北朝に吸収された後の抵抗運動としての後南朝の段階をふくめた、いわば南朝の全部をひっくるめた総合的な叙述をすることを目指している。そうすることによって、南朝をつらぬく原理というか、真っすぐ通った一本の柱のようなものの存在を明らかにすることができる。 【本書の内容】 第一章 鎌倉時代の大覚寺統 大覚寺統の成立 両統対立の開始 両統対立の展開 両統の相剋 第二章 建武の新政 綸旨万能の成果と限界 軍事指揮と恩賞宛行 王統からみた建武の新政 第三章 南朝の時代 南北朝の併立 後村上天皇の時代 長慶天皇の時代 後亀山天皇と南北朝の合体 第四章 南朝を読みとく 南朝史料としての『新葉和歌集』 南朝の組織と制度 南朝と地方との関係 大覚寺統傍流の末路 ※本書の原本は2005年に講談社選書メチエより刊行されました。
-
4.7ソウラヴァ(首飾り)とムワリ(腕輪)をそれぞれ逆方向に贈与していく不思議な交易「クラ」。「未開社会の経済人」は、浅ましい利得の動機に衝き動かされる存在なのか? 物々交換とは異なる原理がクラを駆動する。クラ交易は、魔術であり、芸術であり、人生の冒険なのだ。人類学の金字塔が示唆する「贈与する人」の知恵を探求する。(解説・中沢新一)
-
3.0
-
-日常は哲学的な問いに満ちている――日常的観点からは当然のように思われることでも、哲学の歴史をひもとけば、これをめぐって多くの紛糾した議論がなされてきた。 何の変哲もない代わり映えしない風景。昨日も今日も変わらない出来事の繰り返し。それらを見て聞いて普段通りと感じる〈私〉の繰り返し。私たちの日常は、日々繰り返している物の知覚と出来事の理解から成り立っている。 本書は、このように私たちの日常の秩序を支える純然たる物としての物の知覚と、物の世界での出来事の理解を、哲学史にでてくる概念や専門用語を使わず、日常の言葉で哲学的に省察する。世界の見え方を刷新する画期的論考。 *『知覚する私・理解する私』(勁草書房、1993年)を改題・増補して文庫化。 [主な内容] はしがき 第一章 知覚における対象性成立の論理 第二章 知覚的質と本当に在るもの 第三章 因果的理解と行為 第四章 法則の概念と出来事の始まり 本文の哲学史的背景についての注解 注 あとがき 学術文庫版あとがき
-
-
-
-
-
4.8日本が緒戦の勝利に酔っている頃、アメリカはすでに対日占領政策の立案を始めていた! 「真珠湾」から半年余、わが国が緒戦の戦勝気分に酔っていた頃、米国ではすでに対日占領政策の検討に着手していた。そして終戦。3年の歳月を要した米国による戦後日本再建の見取り図はどう描かれ、それを日本はどう受け止めたか。またそれを通じ、どう変わっていったか。米国の占領政策が戦後日本の歴史に占める意味を鳥瞰する。吉田茂賞受賞作。
-
4.0
-
5.0
-
-
-
5.0これぞ、梅棹の学問のありかたの神髄! 「なんにもしらないことはよいことだ。自分の足であるき、自分の目でみて、その経験から、自由にかんがえを発展させることができるからだ。知識はあるきながらえられる。歩きながら本をよみ、よみながらかんがえ、かんがえながらあるく。これは、いちばんよい勉強の方法だと、わたしはかんがえている」(「福山誠之館」より) (講談社学術文庫)
-
-本書の中心は太地五郎作氏の著作『熊野太地浦捕鯨乃話』です。古式捕鯨とそれを行った人々の思考と感情を、内部から正確に観察し繊細に表現した驚異的な著作です。国際社会からの深刻な問い「日本人はなぜ捕鯨をあきらめないのか」という問いに対して、答えるための必読書です。 捕鯨には二つの側面があります。 一つは海中を泳ぐ「富」=鯨を捕らえた後、その富を貨幣へと変えるマニファクチュアの原初形態があったことです。鯨を、肉、油、髭、骨、皮などに分けて、利用しつくすための加工過程のすべてが集合し緊密に組み合わされています。 そして、二つめが鯨を捕るという行為に、組み込まれた「戦争機械」において、人間は媒介を通さず、直接的に自然の力と戦うことです。物理的な力では鯨に劣る人間が、知力をもって集団で鯨に対峙し、執拗な攻撃を加え、鯨を弱らせ、最後に羽刺と呼ばれる若者が海中に飛び込み、一騎打ちをおこないます。その戦いで鯨を仕留めることが、この戦争機械の活動の終了地点となります。 この古式捕鯨の二重構造は、とても日本的と言えるでしょう。非農業的マニファクチュアと農業型ものづくりマニファクチュアは、「半農半漁」を営んでいた海民の生活形態の二重構造と関係が深いと思われます。 以前の輝きを失った日本のものづくりは、農業的マニファクチュアを基礎として発達をとげてきたが、その方法論は、非物質的情報産業が中心の現代では通用しなくなっているのかもしれない。 日本はものづくり、産業の根本に立ち返った自己認識を必要としている。そのとき「異形のマニファクチュア」としてそのレガシーを今日に伝える、太地古式捕鯨の本質を再考することは、未来の文化再生に向けて重要な意義を持つ。本書は、過去を追慕するだけにとどまらない、未来的な意味を持っています。 【目次より】 学術文庫版序文(中沢新一) 太地五郎作『熊野太地浦捕鯨乃話』について 原本口絵より 熊野太地浦捕鯨乃話(太地五郎作) ・太地捕鯨の起源 ・徐福来熊の批判 ・事務所の事 ・大納屋の事 ・山見の事 ・沖合の事 ・勢子船の事 ・六鯨の事 ・鯨切り捌きの事 ・明治十一年の大惨事 和田金右衛門「明治十一年寅十二月二十四日 旧十二月朔日也 背美流れの扣へ」 追 記 ・太地にて初めて洋式にて鯨を捕りたる ・きおいの式 鯨潮を吹く吹かぬの説に就いて実例を説明して置く 熊野太地浦捕鯨の談 昔の鯨の捕り方 ・捕鯨の起源 ・熊野捕鯨の終末の原因 ・太地にて初めて洋式捕鯨の事 鯨肉の料理に就いて 原本あとがき 鯨を捕るということ(サイモン・ワーン) 解 説 中沢新一
-
4.0河童、鬼、天狗、人魚、龍、雷獣、そして予言獣。異界からやってきた”不可思議な生き物“は、多くの日本人を魅きつけ、ある時は恐れられ、ある時は敬われながら伝承されてきた。江戸時代から明治時代を中心に、各地の絵図・ミイラ・報道記事を通して、妖怪という名前には収まらない奇想天外な生き物たちのめくるめく世界に迫る。絵図を多数収録! 【目次】 1章 幻獣名鑑 河童 鬼 天狗 人魚 龍 雷獣 その他の幻獣たち 2章 予言する幻獣 件 アマビコ アマビコの系譜 予言獣の共通性 吉祥の幻獣たち 異形の幻獣 3章 記録のなかの幻獣 メディアと幻獣 江戸の幻獣文献 幻獣のデザイン 4章 幻獣の背景 予言獣の創造 諷刺としての幻獣 ミイラの伝承
-
4.0
-
-
-
3.8
-
3.0「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」(川端康成)は英語で「The train came out of the long tunnel into the snow countory」(サイデンステッカー)。世界を表現する際の「視点」 の違い。英語は「神の視点」を得ることによって主語の誕生を準備したが、「虫の視点」を持つ日本語にはそれは必要なかった。英語の歴史を踏まえ両言語と文化の違いを考察。
-
4.0
-
-サルの社会に分け入り、文化を見出し、人間性の起源に迫る―― 世界をリードした日本の霊長類学(サル学)の原点がここにある! 今西錦司・伊谷純一郎らとともに日本の霊長類学のオリジネーターの一人として活躍した河合雅雄。意匠を凝らした筆致でもって生き生きと描かれる、サルの群れのリーダー交代劇、メスの巧みな繁殖戦略、イモ洗い行動の伝播などのありさまに、読者はきっと「息をのみ、眉をひそめ、思わず膝を打って微笑むことになる」(山極壽一氏解説より)でしょう。 加えて強調すべきは、何より研究者本人たちが実に生き生きと、楽しそうに研究に没頭している様子が紙面からありありと伝わること。ゆえに本書は、日本の学問が一番元気だった時代の「生きられた記録」でもあるのです。 解説:山極壽一 [目次] ○ニホンザルの生態 1 ニホンザル/2 ニホンザルの生活/3 ポピュレーションの動態 ○社会構造 1 社会構造/2 群れ社会の諸形態/3 社会構造の変容 ○社会構造を支えるもの 1 幸島の群れ/2 順位制/3 社会関係の調整機構/4 駆け落ちしたリーダー候補 ○クラスとグループ 1 リーダークラス/2 サブリーダー/3 ナミオス/4 ヒトリザル/5 メス/6 母と子/7 社会的成長 ○性 1 その生理/2 性行動 ○ニホンザルの文化[カルチュア] 1 一般に見られるカルチュア的現象/2 幸島の群れのカルチュア/3 知能とカルチュア ○コミュニケーション 1 音声によるコミュニケーション/2 行動による伝達 ○日本のサル学 ○あとがき ○再版にあたって ○解説 ニホンザル研究の一里塚――河合さんのやり方 山極壽一
-
3.5日本人とは何か。われわれは一体何を望み、何でありたいのか。長い西欧体験にみがきぬかれた知性が、鋭い洞察力を駆使して日本人のありように迫り、将来のあるべき方向を模索した日本人論八編を収録。十数年前に書かれたこれら諸論文は、その歳月を忘れさせる先見の明に貫ぬかれていて、今日の私たちが直面している諸問題をあざやかに浮彫りにしており、日本人と日本文化について思索するすべての人に知的興奮を与えずにはおかない。
-
4.3
-
3.0山に富み、森林に覆われ、海に囲まれた列島。そこに棲む日本人は自然の恵みを享受し、生計を立て、カミに礼を尽くしては人生の節目とした。また、参詣・巡礼に言寄せた遊山や漂白・旅の渡世は、楽も苦も味わう深さをもたらした。 近世に固まったそうしたスタイルは、しかし高度経済成長期を境に変容を余儀なくされる。見失われた日本人の暮らしと人生の豊穣はどんな形だったのか。民俗学者がフィールド観察と研究の蓄積をもとに語る。
-
3.3仏教学に民俗学の方法を接続し、日本人の宗教を深く掘り下げた五来重。本書は、厖大な著作を遺した宗教民俗学の巨人の「庶民宗教論」のエッセンスを知るのに最適な1冊である。 日本人の死生観とは、すぐに連想される「ハラキリ」や殉死など、武士道的なものだけではない。貴族や武士の死生観、いわば「菊と刀」ばかりでなく、「鍬」を持つ庶民の死生観は、一体どんなものだったのか。本書では、教祖・教理・教団から成る西洋起源の宗教や、文献研究と哲学的思弁にこだわる仏教学ではなく、仏教伝来以前からの霊魂観や世界観が息づく根源的な「庶民の死生観」を明らかにしていく。 著者によれば、庶民にとってあらゆる死者は一度は怨霊となる。それは鎮魂によって「恩寵をもたらす祖霊」に変えなくてはならない。そのための信仰習俗や儀礼の有様を探索し、日本列島を歩きに歩いた著者の視線は、各地に残る風葬や水葬の風習、恐山のイタコと円空仏、熊野の補陀落渡海、京都の御霊会、沖縄のイザイホウ、遠州大念仏、靖国神社などに注がれる。 巻末解説を、『聖地巡礼』『宗教と日本人』の著者・岡本亮輔氏(北海道大学准教授)が執筆。〔原本:角川書店、1994年刊〕
-
-
-
4.4
-
3.7明治以降、夥しい数の日本人論が刊行されてきた。『武士道』『菊と刀』『「甘え」の構造』などの本はなぜ書かれ、読まれ、そして好評を博すのか。そこには、私たちを繰り返し襲う「不安」がある。欧米文明に遭遇し、戸惑う近代日本人のアイデンティティの不安の在処を抉り出す。本書は、日本人論の総決算であり、150年間の近代日本の物語でもある。(講談社学術文庫)
-
-長くヨーロッパの文化と思想を研究対象としてきた著者は、ここ20年ほど、日本の文化と思想の研究にとりくみ、その流れを歴史的に追跡してきました。その成果がついに一書にまとまったのが、本書です。題して、『日本精神史』。 「精神」とはなにか。 ヘーゲル研究者としてスタートした著者は言う。「あえて定義づければ、人間が自然とともに生き、社会のなかに生きていく、その生きる力と生きるすがたが精神だ」。 テキストとして残された思想はもとより、土器や銅鐸、仏像、建築、絵巻、庭園など、あらゆる文化を渉猟し、縄文時代から江戸時代の終わりまでを、一望のもとに描く、まさに畢生の大作です。 ただし、著者は、難解であることを潔しとしません。ヘーゲルのわかりやすい翻訳で脚光をあびたように、あくまでも流麗な文体で、明解に描いていきます。 思想も絵画も仏像も、ひとしく日本の精神の歴史としてとらえ、あらためて、日本とはなにかを問いかける清新な傑作と言えます。 待望の文庫化! 【目次より】 第一章 三内丸山の巨大建造物 第二章 火炎土器と土偶 第三章 銅鐸 第四章 古墳 第五章 仏教の受容 第六章 『古事記』 第七章 写経 第八章 『万葉集』 第九章 阿修羅像と鑑真和上像 第十章 最澄と空海と『日本霊異記』 第十一章 『古今和歌集』と『伊勢物語』 第十二章 浄土思想の形成 第十三章 『枕草子』と『源氏物語』 第十四章 『今昔物語』と絵巻物 第十五章 東大寺の焼失と再建 第十六章 運慶の新しい造形意識 第十七章 法然と親鸞 第十八章 『正法眼蔵』
-
3.8
-
3.7近代に染まる寸前の日本を科学者の目が見つめていた―― 菓子屋の看板、人力車、屋敷の屋根瓦、和服の装い、そして、穏やかに暮らす人々。 大森貝塚の発見で知られるモース、その鋭敏な眼差し惹きつけられたのは、明治最初期日本の何気ない日常の営みだった。 東京大学教授として滞在する2年間にのこした、膨大なスケッチと日記には、卓越した科学者ならではの観察眼と、異文化を楽しむ喜びが満ちている。 彼が日本で出喰わした愉快な経験の数と新奇さは、ジャーナリストも汗をかくほどのものだ。 人通りの町を一列縦隊で勢よく人力車を走らせると、一秒ごとに新しい光景、新しい物音、新しい香り…… 明治十年代のまだ近代に出会ったばかりの列島の生活を、モースは驚きと敬意をもって見つめていた。 当時の生活文化を記録した重要資料であり、なおかつ読んで見て楽しめる明治日本見聞記。(解説・牧野陽子) ※本書の原本は1939年に創元社より刊行された抄訳本です。
-
-12世紀末に臨済宗開祖・栄西が中国から持ち帰って以降、 日本人に欠かせない飲み物となった日本茶。 その味と製法はどのように変わり、私たちに受け継がれたのか? 茶畑の日光状態とうまみの関係、番茶・煎茶が誕生した理由、 幕末の海外輸出秘話から、多彩な茶葉の特徴と製法、淹れ方や茶器選びまで――。 長く深く愛された、日本の「心」を味わい尽くす! *本書は2006年に刊行された『お茶は世界をかけめぐる』(筑摩書房)を改題したものです。 内容 プロローグ 日本茶セミナー 第一章 村上の春 第二章 煎茶以前のこと 第三章 煎茶の発明 第四章 世界に旅立つ日本茶 第五章 世界をめぐる日本茶 第六章 日本茶故郷へ帰る ーー台湾から見た日本茶の高度成長 第七章 日本茶の現在 エピローグ 釡炒り茶の復権 内容紹介) 三代将軍家光の時代には、宇治から江戸まで碾茶の新茶を運ぶ、お茶壺道中が定例化されます。(中略)あの、「♪ズイズイズッコロバシ……」という戯れ唄にある「♪茶壺に追われてトッピンシャン、抜けたらドンドコショ……」という一節は、十万石の大名行列と同等の格式をもって旧暦六月前後の農繁期に行われたお茶壺道中に対する、沿道からの怨えん嗟さ の反応でした。「またあの面倒なお茶壺が来るなあ」―――第二章「煎茶以前のこと」より あとがき コラム〈日本茶データファイル〉 1 碾茶 2 煎茶 3 玉露 4 釡炒り茶 5 蒸し製玉緑茶 6 お茶の葉の選び方
-
4.4世界に孤立して国運を誤るなかれ──日露戦争後の祖国日本の動きを憂え、遠くアメリカからエール大学教授・朝河貫一が訴えかける。歴史学者としての明解な分析に立って、祖国への熱い思いが格調高く述べられ、読む者の心に迫る。彼の忠告も空しく、軍国主義への道をつき進んだ日本は、戦争、敗戦へと不幸な歴史を辿った。日米の迫間(はざま)で、日本への批判と進言を続けた朝河。彼の予見の確かさと祖国愛には、今もなお学ぶべきものが多い。 目次 ●前篇 日本に関する世情の変遷 日本に対する世評の変化 満州における日本に対する世の疑惑の由来 反動説──感情的反対者──利害的反対者 東洋における世界の要求 一八九九年以前 一八九九年以後 日露戦争以後 ●後篇 日本国運の危機 ・第1章 戦後の日本国民多数の態度に危険の分子あることを論ず 国権説は機に後れたり 国勢は劇変して国民の態度はこれに副わず 国民の危険なる態度、国運の危機 ・第2章 日本と米国との関係に危険の分子少なからざることを論ず 米国人の日本に関する感情の変遷 日本人の米国に関する思想の浅薄 日、清、米の重大なる関係 米国と新外交、清国の信頼 米国人民の東洋に関する輿論 米国為政者の東洋に関する思想 ローズヴェルト氏、タフト氏 結論 日本国民の愛国心
-
-イザナギ、イザナミ、アマテラス、そしてスサノヲ。一地方の霊格として独自の性格や尊崇を有していた神々は、どのようにして日本神話を代表する神格を獲得していったのか。歴史学と民族学・比較神話学という二つの潮流をふまえ、素朴な「原像」が宮廷神話へと発展していった過程を追い、信仰や祭祀の形成との関係を通して古代国家成立の実像に迫った日本神話学、不朽の一冊。
-
-「近代仏教」とはなにか? 「伝統(あるいは古典)仏教」とはなにか? 十九世紀以来の欧米やアジア各地の仏教をみると、共通する同時代的な特徴がある。仏教は近代になって、グローバル化したのである。その中で、日本の仏教も大きな変化を被った。 浄土系の思想を、清沢満之の思想を見直し、その弟子である曽我量深の初期思想の持つ可能性を検討した。また、近代日本の親鸞理解に大きな影響を与えた倉田百三の親鸞理解の特性を検証し、後年の倉田のファシズムへの傾倒の必然性を示した。 日蓮系の思想にもっとも影響力の強かった田中智学を検討し、一見国家主義的と見られるその国体論が、じつは仏教と国家の間の矛盾に揺れていたことを解明する。 また、戦後の創価学会の価値観を思想的に明確にしようとした松戸行雄の凡夫本仏論について検討し、世俗化の進む現代社会の中での仏教思想のあり方を考察した。 近代における禅思想を代表する鈴木大拙は、その評価が全面賛美か全面批判かの両極に分かれている。一批判すべきところと評価すべき点に検討を加えた。キーワードは、「日本的」と「中国的」との対比である。 そして、近代の仏教研究の問題点を、二点に絞って検討する。日本史学者として著名な家永三郎の日本仏教の扱い方を、批判的に検討してみた。また、日本では大乗仏教が優れているということが常識のように考えられているが、そこに問題がないかということを、宮本正尊という一学者の説の展開を中心に追ってみた。 私たちの仏教のイメージが、明治以降にどのようなプロセスを経てきたのかを解明し、昨今の仏教研究の基礎を知るための一冊でもある。 *本書は、『思想としての近代仏教』(中公選書)を底本にし、「仏教方法論と研究史」「近代における仏教辞典の編纂」「大乗仏教の実践--研究状況をめぐって」を割愛し、改題をした。 【目次より】 序章 伝統と近代 I 浄土思想の近代 第一章 清沢満之研究の今――「近代仏教」を超えられるか? 第二章 宗派の壁は超えられるか 第三章 迷走する親鸞 第四章 愛の求道者――倉田百三 II 日蓮思想の展開 第五章 国家・国体・天皇と日蓮思想――田中智学を中心に 第六章 世俗化と日蓮仏教――松戸行雄の「凡夫本仏論」をめぐって III 鈴木大拙と霊性論 第七章 大拙批判再考 第八章 鈴木大拙における「日本的」と「中国的」――『日本的霊性』を中心に IV 日本仏教と大乗仏教 第九章 家永三郎と戦後仏教史学 第十章 大乗非仏説論から大乗仏教成立論へ――近代日本の大乗仏教言説 終章 今、近代仏教を問う
-
-東京は京都より敬語が多い? 「ご遠慮ください」は失礼? 「お前」は敬語だった? 貴人は「する」より「なる」? 「敬語は日本語の美しさである。しかし、度をすぎるとうんざりする。」敬語はなぜ生まれたのか。尊敬と相殺される親愛の感情は、どう表現したらいいのか。原日本語、上代から奈良、平安、そして現代へ。敬語の起原と変遷をたどり、情況にふさわしい使い方を考える。一級の言語学者がじっくり向き合う、敬語の歴史と実用。(解説・滝浦真人) 底本:『日本の敬語』角川新書、1959年 【本書の内容】 第一章 序説 一 英語と日本語 二 日本の敬語は文法的 三 日本の敬語は相対性敬語 四 敬語の起原と階級 五 敬語の起原とタブー 六 アイヌの妻女 七 アイヌの婦人語と敬語 八 アイヌ代名詞の構造 九 日本代名詞の構造 一〇 名詞の敬称 一一 結 論 第二章 起原:どうして日本の敬語が起ったか 一 原日本語と敬語法 二 上代日本語の敬語法1 「ます」考 三 上代日本語の敬語法2 「せす・けす・めす・をす・なす・こやす」考 四 上代日本語の敬語法3 「たまふ」考 五 上代日本語の謙称動詞1 「たぶ・たばる・まつる」考 六 上代日本語の謙称動詞2 「まをす(申)」考 第三章 変遷:奈良から平安への敬語のずれ 一 上代敬語と古代敬語の対比 二 平安時代の敬語助動詞の起原 三 奈良・平安の相違 四 万葉語における「頂戴す」について 五 「見めす」の忘却 六 「せす」のまちがい 七 御立為之の誤訓 八 物語文学と敬語 九 後代の敬語 第四章 現代の敬語:どうあり、どうなるべきものか 一 序 論 二 名詞・代名詞 三 動詞 四 地方別 五 現代敬語の無軌道さについて 第五章 結論 一 敬語のとどかない名歌 二 歌から見た敬語の本質 三 結びの言葉 付録 これからの敬語 解説 滝浦真人
-
-珈琲は、いつ、どのようにして日本に伝わり、広まったのか。世界の珈琲発見伝説・珈琲の異名熟字一覧・日本初の珈琲店の話から、江戸時代の長崎での交流、海外渡航者、はたまた海外漂流者の体験まで――膨大な史料を渉猟し、驚きに満ちた珈琲の歴史を明らかにする。生活文化史の古典である幻の名著、待望の復刊!(序・古波蔵保好/解説・旦部幸博) [本書の内容] 序によせて 古波蔵保好 一、珈琲の始まり 二、世界の珈琲 三、日本の珈琲の始まり 四、珈琲研究に手掛かりを与えた人々 五、日本の珈琲文献 六、珈琲異名熟字ほか 七、日本への渡航者と珈琲 八、海外漂流者の珈琲記事 九、海外渡航者の珈琲記事 十、新日本と珈琲 十一、その後の日本の珈琲 十二、珈琲の栽培 あとがき 解説 旦部幸博
-
4.0
-
4.0現存する最古の歴史書『古事記』、『日本書紀』にはじまり、『大鏡』などの「鏡物」、『平家物語』などの軍記物語、鎌倉幕府による『吾妻鏡』や江戸幕府の『本朝通鑑』、『徳川実紀』、水戸藩が編纂した『大日本史』、そして『大日本史料』をはじめ現在まで続くものもある明治政府の歴史編纂事業にいたるまで、この国では1300年以上にわたってそれぞれの時代に、さまざまな人々の手で歴史書が編まれてきました。これらの編纂にあたった人々は、どのような目で歴史を眺め、そしていかなる態度で歴史を書いたのでしょうか。歴史に向き合う姿勢はどのような変遷を遂げてきたのでしょうか。 本書は、古代から現代にいたる歴史書を、時代を追って50以上にわたって取り上げ、それぞれの成立事情や特色を平易に解説したものです。歴史叙述の変遷の軌跡から、この国の歴史そのものが照らし出されます。 六国史研究の大家であるとともに、東京大学史料編纂所所長をも務め自身も史料の編纂に携わった、戦後の日本史学の礎を築いた著者が贈る、第一級の史学入門! (原本:至文堂、1966年) 【本書で取り上げられている主な歴史書】 『帝紀』、『旧辞』、『古事記』、『日本書紀』、『日本後紀』、『続日本後紀』、『類聚国史』、『日本紀略』、『本朝世紀』、『扶桑略記』、『栄花物語』、『大鏡』、『今鏡』、『水鏡』、『増鏡』、『愚管抄』、『将門記』、『陸奥話記』、『平家物語』、『保元物語』、『平治物語』、『太平記』、『梅松論』、『釈日本紀』、『神皇正統記』、『吾妻鏡』、『百錬抄』、『六代勝事記』、『五代帝王物語』、『元亨釈書』、『善隣国宝記』、『本朝通鑑』、『寛永諸家系図伝』、『武徳大成記』、『東武実録』、『武徳編年集成』、『御撰大坂軍記』、『寛政重修諸家譜』、『徳川実紀』、『続徳川実紀』、『続徳川実紀』、『後鑑』、『大日本史』、『中朝事実』、『武家事紀』、『藩翰譜』、『読史余論』、『古史通』、『史疑』、『折焚く柴の記』、『続史愚抄』、『野史』、『大勢三転考』、『古事類苑』、『大日本史料』など。
-
3.0日本人は何を食べていたのか。本書は京都・山科家の日記や奈良・興福寺の文書をひもとくことで、中世の公家と僧侶の食生活を再現し、その背景をなす製法の歴史へと接近する。中世から近世にかけて日本酒としてのかたちを整えていく酒。醤(醤油)、味噌、納豆といった大豆発酵食品……。日本の食文化を最も特徴付ける発酵技術と発酵文化の歴史を追い、その原点に迫る。これが日本食の原型だ! (講談社学術文庫)
表示されていない作品があります
セーフサーチが「中・強」になっているため、一部の作品が表示されていません。お探しの作品がない場合は、セーフサーチをOFFに変更してください。