哲学・宗教・心理 - 筑摩書房の検索結果

  • シュラクサイの誘惑 ――現代思想にみる無謀な精神
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    哲学者はなぜ政治でつまずくのか 20世紀哲学の暗部からそのもつれを解きほぐす ハイデガーやシュミットら20世紀の哲学者はなぜ専制政治を擁護したのか。思想と政治の複雑なもつれを解きほぐす。増補版あとがきを新たに訳出。 === 20世紀の哲学を語るうえで決して無視してはならないのが、ハイデガーやシュミットらのナチズムへの加担である。なぜ哲学者たちは現実政治を見誤り、ときに専制的な政治体制さえも擁護してしまうのか。哲学は、その政治との関わり合いにおいて、いかなる役割を果たしたのか。本書では、アメリカの政治哲学者マーク・リラが、20世紀の名だたる哲学者たち──ハイデガー、アーレント、ヤスパース、シュミット、ベンヤミン、コジェーヴ、フーコー、デリダ──を取り上げ、政治と哲学との複雑なもつれを丹念に解きほぐしていく。文庫化にあたり、原著改訂版より新たに「あとがき 信仰のみ」を訳出した決定版。 【目次】 日本の読者のために まえがき 第1章 マルティン・ハイデガー、ハンナ・アーレント、カール・ヤスパース 第2章 カール・シュミット 第3章 ヴァルター・ベンヤミン 第4章 アレクサンドル・コジェーヴ 第5章 ミシェル・フーコー 第6章 ジャック・デリダ 終章 シュラクサイの誘惑 あとがき 信仰のみ(SOLA FIDE) 謝辞/旧版訳者あとがき/文庫版訳者あとがき
  • 虚偽論入門
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    まやかしの議論を見破る 練習問題満載! 切れ味抜群のトレーニングブック 詭弁にも「型」がある。様々な虚偽のパターンを豊富な練習問題を交えて紹介した、まやかしの言説を見破る格好のトレーニング書! 解説 植原亮 === 説得力があるようでいて何かがおかしい──。そうした虚偽的な言説は誰にでも聞き覚えがあるはずだ。本書は論理学の基礎知識を押さえた上で、不当な内容で聞き手を幻惑するさまざまな虚偽を紹介する。支持者の数だけを根拠に正しさを主張する「多数派の強弁」、歪曲した論点を攻めたてる「藁人形攻撃」、確率事象への誤解に基づく「賭博師の錯誤」など、本書で挙げたパターンを理解し(覚えなくても大丈夫!)、具体性に富んだ練習問題の数々に当たれば、詭弁を見破る論理的思考力を着実に養えるだろう。政治的議論から日常会話まで、幅広い場面に応用可能な実践的トレーニングブック。 【目次】 緒言/凡例 1 論証とは? 演繹と帰納/妥当性/重要な論証型:三段論法/その他の重要な論証型 2 不当予断 ――論点の先取り―― 自明の教唆/予断冠飾句/循環論法/循環定義/不当予断の問/全称的予断/特称的予断/詐術等値表現 3 権威詐称 ――論点の虚飾―― 詐術阿世/詐術威風/虚偽儀式/専門僭称法/格言詐術/権威転写法/称号詐術/長老主義/多数派の強弁/利益誘導法/筋違いの権威/先験主義/偶像詐術/妄信の強要/権威の僭称/権威の捏造 4 すり替え詐術 ――論点の転嫁―― 威力強弁術/憐憫導引法/歪曲論証法/人身攻撃/素姓攻撃/劣類攻撃/不純動機/変節攻撃/しがらみ錯誤/畏怖導引術/不当理由/当為の現実への転移/現実の当為への転移/瑣末事例の攻撃/藁人形攻撃/誇りのくすぐり/純真主義の虚偽/証文詐術/弁解詐術/可能世界錯誤/術詐はぐらかし 5 幻法攪乱 ――論点の混濁―― 意味論詐術/構文論詐術/強調詐術/詐術洒落のめし/予断矛盾/偽計怒りの演出/詐術トボケ/末梢攻撃/妖術情動語法/論証もどき/語源詐術/例外の誤用/不当反問/意昧の私物化 6 弁別錯誤 ――論点の歪曲―― 観念的連続性/凡庸主義/虚偽択一法/合成錯誤/分解錯誤/虚偽快刀乱麻/本質的に曖昧な語句/不当対比 7 権謀術 ――論点の捏造―― 目的は手段の免罪符か?/後塵拝戴主義/新奇マニア/旧式嫌い/詐称語句/御都合主義/詭計反復主張/黙認の曲解/詐術劣等比較/僭越性の誇称/奸計引き延ばし戦術/杞憂の逆用/幻法水煙/理想主義的誤謬/詐術諸行無常/根性主義者の錯誤/凶法愚民政策 8 帰納錯誤 ――論点の飛躍―― 短絡帰納/偶有性/不当原因/賭博師の錯誤/類推錯誤/統計詐術/百分率詐術/総数詐術 参考文献 訳者あとがき 解説と読書案内(植原亮) 索引/練習問題解答
  • ウィトゲンシュタイン〔増補新版〕 ――言語の限界
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    理論への誘惑を退け、思考の悪癖を断ち切る── 現代哲学を方向づけた天才の思考をたどる最良の入門書! 哲学とは、言語の限界に突き当たってできた思考の瘤を取り除くことである。ウィトゲンシュタイン哲学の核心にふれる、定評ある入門書の増補完全版! === 哲学とは、言語の限界に突き当たってできた思考の瘤を取り除くことだ。哲学者のつとめは、自らがこうした瘤や病気をもっていることを自覚しながら、それを治療することにある。ウィトゲンシュタインの哲学は、著述の特異なスタイル、そして彼の人柄と切り離すことができない。本書は、理論への誘惑を退け、思考の陥る悪癖を断ち切ろうとするウィトゲンシュタインの粘りづよい思考を、主著『論理哲学論考』や『哲学探究』のみならず、膨大な遺稿や講義録にも分け入り、その数奇な生涯をたどりながら一望する試みである。その後の解釈論争や最新研究を踏まえ、増補を施した入門書の決定版! 【目次】 まえがき 第1章 一九二九年 第2章 『論理哲学論考』とはどんな書物か(一) 第3章 『論理哲学論考』とはどんな書物か(二) 第4章 ウィーンからケンブリッジへ 第5章 否定の謎 第6章 像としての命題 第7章 語りえぬ事柄 第8章 再出発と破局 第9章 復帰までの道のり 第10章 ふたたびケンブリッジにて 第11章 現象言語 第12章 意味と検証 第13章 哲学とは何か 第14章 『哲学探究』まで(一) 第15章 『哲学探究』まで(二) 第16章 意味と理解 第17章 私的言語 第18章 数学の哲学 第19章 心理学の哲学 第20章 最期の日々 第21章 科学主義に抗して 補章 二一世紀のウィトゲンシュタイン ウィトゲンシュタイン略年譜 主要著作ダイジェスト キーワード解説 読書案内 あとがき ちくま学芸文庫版あとがき 参考文献一覧 索引
  • 現代世界における日常生活
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    消費を制度化させる社会に抗して 〈日常〉を疑え! 資本主義のもと、我々の〈日常〉はどのように方向づけられているか。大量消費と官僚主義の問題を、日常生活批判が暴きだす。 解説:山本千寛 === われわれの〈日常〉は、資本主義のもと、知らぬまに支配関係の再生産のために構築され、方向づけられてしまっている。1960年代のフランスでルフェーヴルはそう告発し、「日常生活批判」を展開した。エリート層によって欲望が〈指導〉された大量消費社会は、語りの権利と日常を自らの手に取り戻すことができるのか? 五月革命へ向かう熱気のなかで書かれた本書は、その後の展開を含めた著者の理論的支柱を、あますところなく提示する。資本主義や消費社会への非難が拡大する現代の日本社会において、再注目に値する一冊。 解説 山本千寛 【目次】 第一章 探求と若干の発見物の提示 1 半世紀のうちに…… 2 哲学と日常的なるものの認識 3 第一の行程、第一の契機 4 第二の階程、第二の時期 5 現在の社会をどのように名づけるべきか 6 いったい何が起ったのか(フランスにおいて、一九五〇年と一九六〇年のあいだに) 7 第三の時期。一九六〇年以後 第二章 指導される消費の官僚主義的社会 1 統一と矛盾 2 不安の基盤 3 想像的なるもののなかへの四歩 4 いくつかの下次=体系について 第三章 言語的現象 1 座標軸の脱落 2 超言語 3 滑稽さ 第四章 テロリズムと日常性 1 テロリズムの概念 2 文章とテロリズム 3 形式の理論(再論) 4 抜け道 5 短い対話 第五章 永続文化革命に向かって 1 最初の諸結論 2 拘束の哲学と哲学の拘束 3 われわれの文化革命
  • 「がんばれない」 心で何が起きているか
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    無理そうなのに、あきらめられない。 「がんばれ」が重くのしかかる。 なぜか、手を抜いてしまう。 それ全部、心のクセのせい! 「もうがんばれない」は心の正常な反応です。 「あきらめられない」は思考の仕組みがそうさせます。 「努力は報われる」というけれど、簡単にはいかない。 心理学で「がんばる」の考え方を一新しよう。 【これも心のクセのせい】 ・ふとした瞬間に「もう無理」と投げ出したくなる ・失敗した人に「自業自得」と思ってしまう ・努力にわかりやすい見返りを求める ・「本気じゃなかった」と言い訳しがち ・報われるまでは、絶対やめない ・努力が恥ずかしいことにみえる ・チャレンジせずに簡単なほうに流れる ・「まだできたのに」と未練を口にしがち === 【目次】 第一章 努力ってなんだ? 第二章 「がんばれば報われる」は本当か?――努力と結果をつなぐ“見えないルール” 第三章 「がんばる」を制御する心のメカニズム 第四章 「あきらめない」というリスク――過剰な粘りが奪うもの 第五章 別の道を見つける力 第六章 「やり抜く力」を“更新”する ===
  • ほんとうの法華経
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    法華経の画期的翻訳を完成させた植木雅俊と、宗教社会学者橋爪大三郎が、ブッダ本来の教えと法華経の正しい読み方を説き明かす。最高の仏教入門書。
  • 啓蒙主義
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    時代背景と精神に迫った画期的入門書 「理性の時代」 その真の相貌を描く 理性による人類の進歩を確信した18世紀ヨーロッパ。啓蒙主義はいかなる変革を社会にもたらしたのか。時代の精神とその背景を追う格好の入門書。 === ヴォルテール、モンテスキュー、ルソーら、18世紀ヨーロッパの思想家たちは、伝統的な宗教教義を離れて人間と自然を理解することにより世界は進歩しうると信じ、知的活動を繰り広げていく。自由な理念が人類を明るい未来へと導くと確信していたその時代、啓蒙主義は本当に社会を変革できたのか、それとも批判した当の社会に吸収されてしまったのか。啓蒙主義に対する近年の批判も含め、「理性の時代」の背景とその精神に多角的な光をあてた画期的入門書。文庫版では、最新の研究動向まで総括する訳者解説と、日本語文献案内を完備する。 【目次】 第1章 啓蒙主義とはなにか 第2章 目標は人間科学 第3章 啓蒙主義の政治学 第4章 理性による宗教改革 第5章 誰が啓蒙主義者か 第6章 統一性か多様性か 第7章 運動か、それとも心性か 第8章 結論――啓蒙主義は重要であったのか 訳者解説 文庫版訳者解説 参考文献/日本語文献案内/文庫版・日本語文献案内
  • 英語のルーツ
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    三単現の-sは「最後の名残り」、be動詞は「保守的」?! ルーツをたどればルールがわかる! 印欧祖語からゲルマン祖語、古英語を経て現代英語へ──。波乱万丈の歴史を知れば、複雑な規則も腑に落ちる! 読めば英語の見え方が変わる快著。 === いわゆる「三単現」の場合にだけ、なぜ一般動詞は末尾に-sが付くのだろう。be動詞はam, are, isなど色々な形をなぜ使い分けなければならないのだろう。英語には一見不可解なルールがあふれている。本書は古英語、ゲルマン祖語、果てはインド・ヨーロッパ祖語にまでルーツをさかのぼり、それらと比較しながら現代英語の特徴を解明する。完成されたインド・ヨーロッパ祖語が時代と共に崩れ、新たな形の言語に再構成されてゆく──。その波乱万丈の歴史を知れば、動詞の変化や厳格な語順、仮定法の感覚、綴りと発音のずれなど、難しいルールも腑に落ちるはずだ。読めば英語の見方が一変する快著。 【目次】 はじめに─英語の3つのルーツ 序章 英語発達史概観 第1章 インド・ヨーロッパ祖語民族の言語・文化・神話 第2章 英語の語源と印欧語比較言語学 第3章 印欧諸語の中の英語 第4章 古英語から現代英語まで 第5章 文字と綴りのルーツ あとがき/文庫版あとがき/参考文献/索引
  • 信頼
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    本能を呼び覚ませ 旅のなかで遭遇した事物がもたらす情動と思考 読む者の心を深い地点から揺さぶる20篇 旅のなかで遭遇した信頼のかたち。湧きあがり、おのずから増大する点で信頼は勇気に似ている。洞察と情動に満ちた哲学的旅行記。 === 跳躍とともにおのずから増大していく点で、他者への信頼は勇気に似ている──。トンブクトゥからリマ、シドニー、ラサ、カイロへ。旅先での邂逅がもたらす衝撃と驚きと発見、そして溢れ出る情動。ある地では、現代における聖性への問いが、また別の地では、正義を求めた情熱の残響があった。未知なるもののなかへ身を投じることで、人ははじめて生の力が何であるかを知る。その瞬間に際しては、精神を空にし、自我を消し、言葉を黙らせるのだ。理性を超えた感情のほとばしりやうごめきを研ぎ澄まされたまなざしでとらえた20篇の記録。 【目次】 はじめに I アラワーヌ ノーリアの歌 ファサード 知りえぬ知性 リング II 古い病院 III タイフーン サンパウロ 男 手紙 無心の歌 アディス・アベバ ラブ・ジャンキーズ IV 理解 恐ろしい神秘の晩餐 絶滅した宗教の復活 ラリベラ ヴードゥ 湧きあがる V 寡黙 注記 訳者あとがき 解説(管啓次郎)
  • 〈生命〉とは何か ――科学的生命観、2600年の歴史とその超克
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    人類にとって永遠の問いであり続ける「生命とは何か」。その核心に迫るべく、紀元前7世紀の古代ギリシアから現代までの2600年にわたり、西洋の科学が生命をどう理解してきたかをたどり直し、根本的な限界を明らかにする。その上で、存在論哲学の最高峰たるハイデガーの生命論を取り上げ、批判的に検討。これらの生命観を超克すべく、植物の生命に着目して独自の議論を展開した、渾身の書! 【目次】はじめに/第一章 古代ギリシアからデカルトまでの科学的生命観/第二章 デカルト没後から一八世紀末までの科学的生命観/第三章 一八世紀末から現代までの科学的生命観/第四章 科学的生命観の歴史的総括/第五章 ハイデガーの生命論、その批判的検討/終章 〈生命〉とは……──植物の探究をとおして/おわりに/文献注/文献一覧/あとがき/人名索引
  • 歩くと心が軽くなるのはなぜか ――散歩の心理学
    4.2
    受験生から哲学者まで。 頭を使う人ほど、歩いてる。 散歩とは、心の世界を耕しながら、世界と私のあいだにある微妙な“間(あわい)”を感じさせる営みです。公認心理師・臨床心理士という立場で、“心の回復”の場面に身を置いてきた著者は、さまざまな心の支援の局面において、散歩の要素が関係していることに気がつきます。散歩と心の関係をひもとく、稀有な一冊。 この本は、散歩に関心のある皆さんに、その豊かな人間回復の世界を見出していただければという願いのもとに書かれた本でもあります。いろんな時空を散歩するような気軽な気持ちで、読んでいただけると幸いです。 === 【目次】 第1章 散歩という営み 第2章 散歩は時空を超える 第3章 散歩は交配する 第4章 散歩は世界と私を接続する 第5章 散歩は世界と私のあわいにある ===
  • 鈴木大拙 ――世界の禅を生んだ男
    3.0
    西洋と東洋を繫ぎ 禅ブームを巻き起こした 異色すぎる宗教者── 重層的な思想、屈折した生涯 仏教は こうして世界を 魅了した! 世界的「禅」ブームを巻き起こした鈴木大拙は、近代仏教においてひときわ異彩を放つ存在だった。大学を中退して単身渡米。既存の宗派を疑い、西洋と東洋、神秘と伝統を大胆に往還しながら自らの思想を形成した。ハイデガー、ユング、フロムら世界的知識人と交流し、日本人の生き方とは何かを問い続けながら、アメリカで仏教を講じ時代の寵児となる。「禅」はいかにして世界を魅了したのか? 型破りな仏教者の重層的な思想と屈折した生涯を、最新の研究成果と共に描く決定版。 === 【目次】 序章 近代仏教と大拙 1 世界宗教としての仏教 2 俗人たちの仏教 第一章 悟りと進化論 1 貞太郎の成長 2 大拙の悟り 3 『新宗教論』 第二章 世界宗教としての大乗 1 ケーラスと科学の宗教 2 西洋人の仏教観 3 『大乗仏教概論』 第三章 神秘から伝統へ 1 学習院、ビアトリス、神智学 2 『スエデンボルグ』 3 「伝統」の再発見 第四章 戦時下の日本的霊性 1 日本仏教のマイノリティ 2 『日本的霊性』 3 戦争、敗戦、復興 第五章 禅とアメリカ文化 1 アメリカとの再会 2 『禅と日本文化』 3 禅ブームの実相 第六章 未完の東西対話 1 キリスト教と仏教 2 『禅と精神分析』 3 東洋的「自由」を求めて 終章 大拙の逆説 1 大拙批判は何を語るか 2 人に固有の霊性 あとがき 鈴木大拙略年譜 参考文献 ===
  • 入門 記号論 ――自然と文化を読み解く
    3.5
    出色の講義・全15講 世界のすべては〈記号〉である 自然(自然科学)も文化(人文科学)も、記号論をつかえば、あらゆる事象を横断的に捉えることができるようになる。いちから深く学べる入門書。 === 記号論とは、私たちの身の回りの事象を横断的に捉えようとする分析手法である。対立する概念のように扱われがちな〈自然科学=自然〉も〈人文科学=文化〉も、この手法によって統一的に読み解くことができる。本書は、その分析の基本を網羅した明快な入門書である。記号の根幹にある「ことば/意味」から発して、ことば以外で「ことばらしいもの」としてのイメージ・絵画、衣食住・広告宣伝、動植物の「ことば」、生命体の遺伝情報に至るまで、記号論を用いた読解を豊富な事例をつかって見ていく。全15講でわかりやすく手ほどきする一冊。 ===
  • 禅に生きる 鈴木大拙コレクション
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    困難な時代を生きた仏教者の真摯な肉声 静的なイメージで語られることの多い大拙。しかし彼の仏教は、この世をよりよく生きていく力を与えるアクティブなものだった。その全貌に迫る著作選。 === 日本が生んだ世界で一番有名な仏教者・鈴木大拙。禅に関する書物を数多く英語で出版し、たびたび海外に招かれ講演を行った大拙の仏教は、日本の仏教徒のみならず、ユングやハイデガーといった西洋の思想家をはじめ、ビート・ジェネレーションと呼ばれる人々をも魅了した。本書では、今では読むことが難しい、雑誌への投稿論文や、西田幾多郎ら近しい人たちへ宛てた書簡を、編年体で収録。すべてを知ることのできる仏の智慧=「般若」と、すべての生きとし生けるものを救う仏の慈悲心=「大悲」が融合する大拙特有の「禅」がどのように作り上げられていったのか、その思想の道すじが分かる、学芸文庫オリジナル編集。 ===
  • アガンベンの思想圏 ――越境する哲学
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    20世紀を代表する哲学者・ジョルジョ・アガンベンは言う、「わたしはエピゴーネン(亜流)である」と。ハイデガー、ベンヤミン、フーコー、デリダ、ネグリ、そして道化プルチネッラ……他者という「鏡」の中に自己の哲学を見出すこの思想家の概念の起源と展開を著作群に読み解く。デビュー作『中身のない人間』から最新刊『クアデルニ』までを射程に収め、認識と無知、聖と俗、アナーキーとデモクラシー、悲劇と喜劇など、両極間を宙吊り状態のまま渡っていく、そのスリリングな思考はどこに向かうのか? 【目次】I アテンション・プリーズ――序に代えて/II 「エピゴーネン」という身振り/III アートと抵抗/IV ハイデガーを読むデリダを読むアガンベン/V ネグリVSアガンベン、あるいはオルター・エゴの応答/VI ドン・キホーテの存在論/VII 「アナーキーはデモクラシーよりも興味深い」/VIII 精神分析について彼が知っている二、三の事柄/IX 瀆聖と異端の神学/X 喜劇に始まり喜劇に終わる――結びに代えて
  • フロイトの灯 ――現代精神分析入門
    5.0
    はじめに、トラウマがあった――。 精神分析の誕生とその後を、かつてない語りで。 「誘惑理論の放棄」を主題に、明晰かつ柔らかな筆致で、フロイトのトラウマ論を現代へと接続する。精神分析のイメージを刷新する、新たな入門書 「精神分析は性愛なしには語ることはできない。精神分析の成立からその核心である性愛を取り上げるという意味で、本書は精神分析の入門書である。けれども、ただフロイトの論を紹介したものでもない。 先に述べたとおり、フロイトとの一致と相違という2本の手綱が示す、進むべき道に沿って作られたものである。本書におけるフロイトとの相違というもうひとつの手綱は、女性という視点である。その意味では本書は精神分析における女性の問題を扱ったものでもある。」(「はじめに」より) ◎フロイトとの一致と、フロイトとの相違。本書は、まさにこうした二つの喜びに基づく思索を追い続けたものである。 ◎フロイトはどこまでも生物学者であった、と私は思う。精神分析は人間に対する精緻な観察の積み重ねを基本とする学問であることも、それを裏付けている。 ◎フロイトはケアする女性たちにいつも囲まれていた。……フロイトの灯りをともしていたのは彼女たちだった。 ―――――― 「「女性からの視点」がほとばしる激しさを感じた。あの偉大なフロイトが、人生の出発から終焉まで、どれほど周囲の女性たちのケアによって支えられてきたのかを初めて知る思いだった。」――信田さよ子 ―――――― 【目次】 はじめに 第1章 フロイト 第2章 ヒステリー 第3章 誘惑理論の放棄 第4章 エディプスコンプレックス 第5章 精神分析とケア おわりに
  • なぜ人は挨拶するのか
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    おはようございます。こんにちは。 大きな声で挨拶をすることが気恥ずかしいものになっていませんか? ・形式的な「おつかれさまです」が面倒 ・先輩に挨拶したのに無視された…… ・新しい環境で挨拶をするのに勇気がいる “スマートな能力主義”が浸透した現代で挨拶をする意味はどこにあるのでしょうか。 日常に溶け込んだ「挨拶」を多方面から見つめ直し、その言語以前にある「気持ち」を探る一冊です。 ◆本書より 「いないいないバァ」や「アルプス一万尺」で友達と対面して、声を出し、手を動かして楽しむ生き生きとした生活を送っている子どもさんには、本書は必要ありません。成長する中で、いつしか自分以外の人間の顔色をうかがうようになり、互いにジッと見つめ合うと気まずくなる大人になった人、スマホや電子機器に触ったとしても、自分以外の誰かの手に触れることが少なくなった人、そのような人と人との触れ合いが下手な大人になった、あるいは大人になるかもしれない「〈私〉のための挨拶」をこれから考えていきましょう。 === 【目次】 はじめの挨拶 第一章 現代における挨拶の意味──クマさんの「こんにちは」 第二章 挨拶の源にある親しみ──腹の底から「おかあさん」 第三章 はらわたの共鳴と挨拶──いのちを「いただきます」 第四章 無関心な人間のどうしようもなさ──〈私〉の「そばにいて」 第五章 悲しい優しさを贈る──〈私〉が「ここにいるよ」 おわりの挨拶 あとがき ===
  • 「わたし」が死ぬということの哲学
    3.0
    体、こころ、そして「自分」がなくなるとはどういうことか──「死」とは一体どのような事態なのか? 死ぬのは怖い──しかし、「体」が死ぬことと「こころ」が死ぬことは重なり合っていないのならいったい「死」とはどのような事態なのだろうか? 今ここにいて物事を感じている「自分」とは何か。生物学、意識科学、哲学を横断し、根源的な問いに迫る。 生きていることの根源に迫り、人間観が刷新される。 === 【目次】 第一章 体が死ぬということ 1 生物の「死」の科学 2 体のあいまいな境界 3 関係の連なりとしての体 第二章 こころが死ぬということ 1 動物意識──起きていること 2 他動詞的意識──体験し、知覚する 3 通時的意識──一続きの「自分」 第三章 自分が死ぬということ 1 計ることのできる「快」と「死」 2 何が「私」を一続きにするのか 3 社会的死──ホモ・サケルであること 第四章 死への処方箋 1 尊厳療法と辞世の句 2 やってくるものと正岡子規 3 平気で死ぬことと平気で生きること おわりに 文献一覧 ===
  • 新版 日本の思想とは何か ――現存の倫理学
    -
    日本人はいかに「よく」生きようとしてきたのか 倫理思想史の大家による遺著にして最終到達点 日本人はいかなる思想を持って生きてきたのか。この問いを生涯をかけて追究した日本倫理思想史家による、遺著にして最終到達点。 === 日本人とはいかなる思想を持って生きてきた人々なのだろうか――。その探究は「今・此処」を生きる「現存」としての日本人が、どのようにして「無窮・無辺な「時・空」」を志向し、いかなる「形而上の存在」を「夢想」して生の「究極の拠りどころ」を求めてきたのかを、過去にさかのぼって解明することに他ならない。本書は、倫理学者・哲学者として「よい「生」」とは何かを問い続けてきた佐藤正英の研究の最終到達点とも言える傑作。全面改訂版をほぼ書き終えたところで亡くなった著者の遺志を継いだ研究者による校訂を経た完全版。解説 上原雅文
  • 日本仏教のこころ
    -
    源流インドから中国をへて日本へ―― 厳正な眼差しで追う 独自の精神形成史 源流たる仏陀の教えから、時代とともに遠ざかってきた日本仏教。〈日本的霊性〉称揚に警鐘を鳴らし、原典研究の厳正な立場から、その精神形成史として追う。 === 共通の聖典をもつこともなく、数多くの宗派に分離した日本の仏教。キリスト教など、ほかの多くの宗教では、開祖の教えに立ち戻る宗教改革が起こったのに対して、日本仏教は実際問題として仏陀をそのように重要視してはこなかった。著者は「大陸からの伝来以来、順々と磨かれ、鎌倉期の仏教成立をもって〈日本的霊性〉を発揮する真正な宗教となったという自画自賛は間違いである」と述べる。原典研究者としての厳しい視点から、日本仏教独自の道筋に迫る不朽の名著、待望の文庫化。
  • スクールカウンセラーは何を見ているのか
    4.5
    「こころの発達」を見極め、支援する。子どもたちの成熟を促し、こころの発達を目指すために。スクールカウンセラーはどこを見て、何を考え、どう対応しているのか。 ◎こんな本です ・カウンセリングは本当に子どもたちのためになる? ・学校のカウンセリング室では何が行われている? 基本的な仕事内容から、こころの発達を見る視点まで、現役スクールカウンセラーが広く解説します。 【目次】第1章 スクールカウンセラーとはどんな職業か/第2章 スクールカウンセラーがしている幅広い仕事/第3章 成熟を促すために「こころの発達」を理解する/第4章 子どもが示す「心理的不調」に関する覚書
  • 自由民主主義とは何か
    4.8
    経済格差の拡大、排外主義や権威主義の広がり、極右ポピュリズムの台頭――。西洋で生まれ、二〇世紀に日本を含め世界中に広がった自由民主主義の理念が、大きく揺らいでいる。選挙で代表を選び、法や議会の下、個人の自由や多様性を尊重するこの原理は、はたして普遍的か。リベラリズムとデモクラシーの起源から、世界大戦による破局を経て、新自由主義、代表制民主主義、フェミニズム、ケアの倫理まで。ときに矛盾を孕みながら世界を覆い、いま大きな苦境に陥る思想の系譜を問う。
  • 『100万回生きたねこ』のナゾを解く ――とらねこはなぜ100万と1回目で死んだのか?
    4.0
    世界中で読まれ、感動を呼び起こしてきた、佐野洋子さんの大ロングセラー絵本。 この名作にひそむ深いナゾを解き、 生きること、愛すること、死ぬことを深く見つめなおす。 ・主人公の「とらねこ」はなぜ延々と生まれ変わり、死に変わってきたのか? ・100万と1回目の死ではなぜ、二度と生まれ変わらなかったのか? ・こうして「真の死」を迎えたとき、私たちはなぜ、ハッピーエンドと感じてしまうのか? NHK「100分de名著」、『100万回生きたねこ』講師が贈る、 いまだかつてない解読本にして感動の書!
  • 悲しみから立ち直りたかったら悲しみを忘れてはいけない ――マインドフルネスと心理療法ACTで新しい人生をみつける
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    ACT(アクト)をはじめとする認知行動療法が提案するグリーフケア 死別、別離、離職、失恋、ペットロス……悲しみと向きあう過程では、しばしば強い苦痛の感情に襲われる。この感情を解消するためには、コンパッション、つまり慈悲の心が不可欠になる。喪失は人生の本質のひとつであり、上手に対処すればそこに大きな意味を見いだせる。自分に残された人生をいかに生きるべきかを明確にしてくれるのだ。注意深く、自分に優しく接していこう。 悲嘆にくれることは決して悪いことではない。 悲しみの居場所を作り、嘆くことを通して自分を見つめる方法を学ぶ。 悲しみによる痛みを上手に受け止めよう。
  • 子は親を救うために「心の病」になる
    4.1
    「泣きながら一気にページをめくったあの日を忘れることはできません」。 ひとりの読者の感想から広がり、子育てに悩む女性たちの間で話題に。 子は、親が大好きだ。 かつて子どもだったあなたへ、子育て中のあなたへ。 どの子も親が大好きで、「自分が役に立っているだろうか」「必要とされているだろうか」と考えている。しかし思春期になり、親から逃れようとする心と、従おうとする心の葛藤に悩み「心の病」になってしまう。真の解決は、親が子を救い出すのではなく、子に親が救われるのだと分かった時に訪れる。「引きこもり」や「拒食症」で悩む多くの子どもたちに向き合い、心の声に耳を傾けてきた著者が綴る、あなたの子どもと、かつて子どもだった親を救う本。
  • 日本政治思想史講義 ――『丸山眞男講義録 第四冊』を精読する
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    1964年の『丸山眞男講義録』をサブテキストにした法政大学法学部における本講義は、日本神話や古代天皇のあり方に日本の思想的伝統の「原型」を探る丸山の講義をわかりやすく精読。とくに丸山が力点を置いていた鎌倉新仏教の革新性について、その中にヨーロッパの宗教改革に匹敵する世俗化・脱宗教化の動きを見つつ、呪術的な心性も残り続けていくという特徴と、日本独自の政治思想の展開を見る。丸山の直接の教えを受け、その研究を引き継ぎ掘り下げた碩学による名講義。 【目次】はじめに/第1講 日本とは何か/第2講 日本思想における「古層」/第3講 天皇制神話の形成とその諸相/第4講 伝統とは何か/第5講 日本における古代国家成立と日本神話/第6講 日本神話における道徳意識──「心情の純粋性」と「集団的エゴイズム」の結合/第7講 記紀神話における出雲神話の位置/第8講 天皇制の正統性/第9講 国体とは何か/第10講 カリスマ的支配の諸相/第11講 血縁共同体の擬制/第12講 日本政治思想における仏教思想の萌芽/第13講 鎮護国家のための仏教/第14講 平安仏教がもたらしたもの/第15講 末法思想と慈円の歴史哲学/第16講 プレリュードとしての「隠遁」の思想/第17講 親鸞の思想の革新性/第18講 親鸞の思想と政治/第19講 孤高の哲学者・道元/第20講 闘う宗教改革者・日蓮/第21講 鎌倉新仏教のその後──屈折と挫折の諸相/第22講 あらためて「日本」とは何か/あとがき/人名・神名索引
  • 自他の境界線を育てる ――「私」を守るバウンダリー
    4.3
    ◆こんな「モヤモヤ」ありませんか? ・断りたかったけどNOと言えなかった。 ・嫌だと言ったけど「あなたのため」と言われた。 ・意見が他人と違った時に自分が間違えていると感じる。 ・スマホを勝手に見られるのが嫌だけどやめてくれない。 ・好きなものを否定されると自分まで拒否されたように感じる。 これらは「境界線(バウンダリー)」で起きている問題です。日常の「モヤモヤ」や「しんどさ」から心と体を守るために、傷ついた自他の境界線を引き直そう。 【目次】はじめに──私の「生きづらさ」とバウンダリー/第1章 「バウンダリー」は「私は私」の境界線/第2章 もやもや、イライラの正体はバウンダリーの侵害かも?/第3章 こころの境界線を育む言葉と行動を知ろう/第4章 バウンダリーの侵害がひきおこす「生きづらさ」/第5章 傷ついたバウンダリーを引き直す/第6章 バウンダリーという視点で世の中を見てみよう/おわりに
  • 変な心理学 ――バズっているアレの正体
    3.8
    誤謬の温床か、現代の神話か。 「いけねえ癖」をもつ心理学者が、「変」を解剖する。 いまの日本の「心理学」は、奇妙な状況にあります。そこにあるのは、アカデミックな心理学と大衆的な心理学の混乱です。この本では、この状況を整理し、今後の共存のための考え方を示します。読み終わると、きっと心理学が好きになる。そんな本です。 「私は心理学というもの自体が大好きなのです。私は、海外の学会サイトや学術誌の著者欄をはじめとするあらゆるプロフィール欄に「I like dogs」と書くくらいに犬も好きなのですが、それに匹敵するレベルの心理学好きと言っても過言ではないでしょう」 イラスト:たにあいこ
  • 自由は進化する
    5.0
    自由はちゃんと存在する。でもそれは、生物としての進化の過程で生まれてきたものだ──。人間の本質は〈魂〉にあるとする伝統的な発想が、説得力の弱いものになった現代。世界は決定論的に定まっているものではないのか、生物の行為は遺伝子やミームに操られているだけなのではないか等々、新たな反対意見を丁寧に検証しつつ、徹底した自然主義の立場から、自由意志の存在を導き出す。心の哲学の隆盛のなかにあってマイルストーンともなった一冊を、明快な訳者解説とともに文庫化。
  • 仏教土着 ――その歴史と民俗
    -
    我が国古来の民俗信仰の上にやってきた外来の仏教は、どのようにして土着化したのか。この問いに、宗教学ではなく民俗学と歴史学の手法によってアプローチした本書は、今も日本人の信仰を考えるうえで多くの示唆を与えてくれる。日本仏教の異端である薩摩のカヤカベ教が伝える親鸞のミイラ言説や、湯殿山の即身仏ミイラ信仰などに注目。そこから逆に照射される日本仏教の「正統」と、その正統に同化されなかった日本仏教の「影」の信仰とを対比させることで、仏教土着の一方で日本人が持ち続けた民俗信仰の問題を掘り下げて考察する。解説 阿満利麿
  • 目撃証言
    4.5
    犯行現場や犯人らしき人物を見たという証言や当事者の記憶。それは犯人を特定し、事件の全容を解明するうえで最も確実なものと思われがちだ。だが、実際には間違いなくその瞬間を見たはずでも、あるいは自身が当事者であったとしても、その記憶は驚くほど不確かで当てにならない。ロフタスは、偽りの記憶が生成される過程を明らかにした心理学者であり、多くの法廷で長年、専門家として証言してきた。実際の裁判例に基づき、人々の記憶がときに無意識的に、ときに捜査手法に誘導されることで、いかに書き換えられていくかを克明に描き出した傑作ノンフィクション。 解説 笹倉香奈
  • 「気が利く」とはどういうことか ――対人関係の心理学
    3.1
    できることなら「気が利く」人になってみたい。でも、どうしたら良いのかわからないし、上手いコメントのセンスもない。自分も相手も不快にならずに人間関係を築くことがこんなにも難しいなんて……。心をすり減らしてしまうまえに、心理学で問題を整理してみませんか。ネットや書籍のハウツーの一歩手前には、理論があります。私とあなたの心がどう働いたら「気が利く」になるのか。そもそも、誰のための「気が利く」なのか。生きづらい世の中をうまくやりすごすための入門書。
  • 全てと無 ――世界の存在をめぐる哲学
    -
    あらゆる対象を丸ごと含む全体としての「世界」なるものは存在しない。存在するのは「意味の場」に現れる何者かだけである――新しい実在論を展開するマルクス・ガブリエルと、これを真っ向から退けるグレアム・プリースト。「世界は存在しない」とはどういうことか。当代一の哲学者が、「全て(everything)」と「無(nothing)」をめぐって交わした論考と討議を収めたスリリングなドキュメント。大陸哲学と分析哲学の垣根を越え、現代思想の新地平を切り拓く、最高レベルの知の格闘を目撃せよ。
  • エロティシズム
    3.9
    労働の発生と組織化、欲望の無制限な発露に対する禁止の体系の成立、そして死をめぐる禁忌……。エロティシズムの衝動は、それらを侵犯して、至高の生へ行き着く。人間が自己の存続を欲している限り、禁止はなくならない。しかしまた人間は、生命の過剰を抑え難く内に抱えてもいる。禁止と侵犯の終りなき相克にバタイユは人間の本質を見ていった。内的体験と普遍経済論の長い思考の渦から生まれ、1957年に刊行された本書によって、エロティシズムは最初にして決定的な光を当てられる。バタイユ新世代の明快な新訳で送る、待望の文庫版バタイユの核心。
  • 法然の手紙を読む
    -
    浄土宗の開祖・法然は様々な人から教えを乞われていた。本書では、法然が熊谷直実のような武士から式子内親王、北条政子に至る人々に宛てた手紙を平易な訳文とともに紹介する。仏教を専門としない相手に書かれた手紙には、称名念仏による極楽往生こそ救いの道であることが、わかりやすくかつ論理的に説かれている。また文面からは、身分や年齢にかかわらず相手を尊重し、権力とは正面から対峙しない、優しくも強かな法然の人柄が窺える。本書はそうした手紙の読解を通じて、現実から逃げるのではなく往生を見据えて現実を強く生きるという、本願念仏の持つ実践的な力を提示する。文庫オリジナル。
  • 人間の条件
    4.0
    「私たちが実際に行っていること」とは何か――。 労働(labor)、仕事(work)、活動(action)という三つの行為様式によって人間の条件を考察した著者の代表作にして、20世紀の古典を達意の新訳でおくる。古代から現代に至るまで、それぞれの行為様式がどのように発展し、互いに関係してきたかを西欧思想史への豊かで卓抜な目配りとともに分析。科学やテクノロジーによる経験の変容と政治的思考の救済という本書が追求したテーマは、今やいっそうの緊急性を増し、新たな思想と討議を喚起してやまない。 原書第2版(2018年)に基づき、ダニエル・アレン(ハーヴァード大学教授)の序文とマーガレット・カノヴァン(キール大学名誉教授)のイントロダクションを付した決定版。
  • 新左翼と天皇 ――炎と爆弾の時代
    3.5
    六〇年安保闘争、六〇年代末の全共闘運動、七〇年安保、七〇年代から八〇年代の成田空港反対の三里塚闘争では、反天皇制が主要なテーマになることはなかった。ところが昭和から平成の天皇代替わりに、新左翼の各セクトは封印を解き、反天皇制を最大のテーマに掲げて、炎と爆弾によるゲリラ闘争を展開した。内ゲバと市民を巻き込むテロに突き進んだ彼らの無謀な作戦、それに対する警備・公安警察。本書は暴力闘争の徒花を、現代史の一側面としてまとめる試みである。
  • 哲学は何ではないのか ――差異のエチカ
    4.5
    西洋哲学のメインストリームは、古代ギリシアから近現代にいたるまで、基本的に形而上学的な領域に依拠して展開されてきた。しかし、こうした〈フィジック/メタフィジック〉に代表されるようなに古い階層的な哲学的思考、超越主義は、もはや静かに消尽していかなくてはならない。脱‐超越主義としての内在性の哲学が多様に形成され配慮される必要がある。本書からこの哲学の根本と核心をつかみ取ること。反時代的思考をとめるな!
  • 経験する機械 ――心はいかにして現実を予測し構成するか
    4.7
    現実はわたしたちの外側にただ在るのではない。心は外界を受け取るだけの装置ではない。人間の能動的な予測によって、世界は絶えず構成されている――。心と身体、世界はどうつながっているのか。意識をめぐる最大の謎が、ここに解明される! 「拡張された心」理論によって認知科学・心の哲学をアップデートしつづけてきた世界的第一人者による理論的集大成。
  • アナキズムQ&A ――やっちゃう、やっちゃえ、やっちゃった
    4.3
    アナキズムとは何にも支配されないこと。ビギナーからマニアまで。QさんAさんの軽快なトークで、自分の中の固定観念から解放され、人を縛る社会の仕組みから逃れ、統治から自由に生きる! ブレイディみかこ氏、角幡唯介氏推薦。/・税金、政府、議会制民主主義、警察、監獄、統治。どうして全部いらないか?(第1章)/・アナキストは「労働からの自由」を求め、資本主義に浸かった「魂」を自分たちの手に取り戻す。(第2章)/・直接行動とは? 権力を取らずに世界を変えるには?(第3章)/・別の世界は存在しない、別の生き方があるだけ。「他律」も「自律」もなく生きる(第4章)
  • マンダラの密教儀礼
    -
    インド・チベット密教や日本密教の世界観が凝縮されたマンダラ。日本には主に掛図の形で伝えられたため、神秘的な美術品として鑑賞されがちだが、本来それは、宗教儀礼のなかで具体的に用いられてきたものである。さらに、ヨーガ・瞑想における「悟りのための手段」としてだけでなく、秘儀を授ける入門儀礼「灌頂(かんじょう)」や本尊を決める「投華得仏(とうけとくぶつ)」など、僧院の集団儀式のなかで使われるという特徴がある。どのように制作され、どのように用いられるのか。数々のマンダラ作品やサンスクリット文献を軸に、密教儀礼の核心に迫る。仏教図像学の第一人者による貴重な書。
  • 日本哲学 ――世界哲学への貢献
    -
    西洋哲学の概念や思考法のみが純粋なものであるという特権的な意識は、いまや世界的に大きな批判に晒されている。西洋独占主義的な哲学観を輸入した日本が、「日本哲学」を再び検討すべき時期がやってきた。アメリカ、日本、ドイツでハイデガーの哲学、現象学・解釈学から仏教思想・京都学派までを幅広く研究し、日本の哲学史を専攻の一つとしてきた著者が、日本哲学とは何かを、定義・内容から深く問い直し、世界規模の対話に開かれた日本哲学がもつ可能性を総合的に考察する。 【目次】まえがき/序 章 日本哲学の定義と範囲を再考する/第一章 日本・哲学・とは何か/第二章 西洋独占主義的な哲学観を問い直す/第三章 日本哲学の定義を問い直す/第四章 日本哲学の内容を問い直す/終章 世界における日本哲学、日本における世界哲学/参考文献/解説 世界の思考資源としての日本哲学 中島隆博
  • 倫理思考トレーニング
    4.0
    物事の善し悪しを判断するのは難しい。社会のあるべき姿や幸せの形も人それぞれ。ならば意見のすれ違う人と対話するのは不毛なのだろうか。それでも私たちは他者と共に社会をつくるため、答えの出ない問題について話し合わなければいけないことがある。そんなとき、小手先の論理で相手を説き伏せようとする前に、対立の根本に遡って「そもそも倫理とは何か」と考えてみることがとても役に立つ。「価値観の壁」を越え、生産的に議論するためのクリティカル・ディスカッション入門。
  • インド哲学 七つの難問
    -
    「有る」あるいは「無い」とは何か? 本当の「自己」とは何か? 何かが何かの原因になるとはどのようなことか? インド哲学の長大な歴史のなかで追究されてきた数々の疑問。本書は、西洋哲学における存在論・認識論・自我論・因果論などの議論展開も参照しながら、古典文献学・インド思想史の枠をこえてそれらの難問に接近する、野心的な試みである。ことば、存在、自己、名付け、因果、知識、無我──もっとも根源的な七つの問いを軸に、明快かつ刺激的な筆致に導かれつつ、インド哲学の深部に迫る一冊。
  • 古代ギリシア哲学講義 ――生きるヒントを求めて
    -
    ソクラテスは言う――「いちばん大切なのは、単に生きることではなく、よく生きることだ」。では「よく生きる」とはどのようなことか。「単に生きること」だけでも容易ではない状況を、人はいかに生きるべきなのか。本書はそうした根源的な問いについて、『ソクラテスの弁明』『オイディプス王』『国家』をはじめとする古代ギリシアの哲学、文学の名作を手引きに、深く掘り下げて考える。2400年のはるかな時を超えて現代の我々に生きるヒントを示してくれる古代の叡智の数々を、ギリシア哲学研究の碩学が縦横に論じ、わかりやすく読み解いて伝える連続講義。
  • 新哲学対話 ――ソクラテスならどう考える?
    4.0
    「よい/悪い」に客観的な基準はあるか?人工知能は人間と同じように思考することができるのか?言葉の「意味」とはいったい何か?「知っている」とはどういうことか?そのための条件が不可避的にはらむパラドックスとは―「価値」「人工知能」「意味」「知識」をめぐる問いは現代哲学の超難問だ。もしも、ソクラテスとその素晴らしい仲間たちが今に甦って、こうした問いをめぐり侃侃諤諤議論を始めたら、どのような「対話篇」が生まれるだろうか。甦った古代の賢人たちが哲学的難問をめぐり繰り広げる知の饗宴。
  • 現実性の問題
    -
    現実は何処に繋がっている?離別と死別の比較から始まり、現実性という力が、神へと至るプロセスを活写した希代の哲学書。入不二哲学の最高到達点がここにある。
  • 形而上学とは何か
    4.0
    形而上学は既存のルールや秩序を疑い、世界の見取り図を丸ごと描きなおすメソッドだ。時間は存在するか。私たちに自由はあるか。物事の因果はどうやって決まるのか。同一性とは何か。この世界とまったく別の世界は存在するか――。論理学、認識論、倫理学と並び、古代ギリシア以来哲学の中心問題でありつづけてきた形而上学。その基本から最新論点までをわかりやすく解説。読んだ後には世界ががらりと違って見えてくる! 俯瞰的に、明晰に考え、メタ思考力を鍛える最良の入門書。
  • 斜め論 ――空間の病理学
    4.2
    ケアは、どうひらかれたのか? 「生き延び」と「当事者」の時代へと至る「心」の議論の変遷を跡付ける。垂直から水平、そして斜めへ。時代を画する、著者の新たな代表作! 自己実現や乗り越えること、あるいは精神分析による自己の掘り下げを特徴とする「垂直」方向と、自助グループや居場所型デイケアなど、隣人とかかわっていくことを重視する「水平」方向。 20世紀が「垂直」の世紀だとすれば、今世紀は「水平」、そしてそこに「ちょっとした垂直性」を加えた「斜め」へと、パラダイムがシフトしていく時代と言える。本書は、ビンスワンガー、中井久夫、上野千鶴子、信田さよ子、当事者研究、ガタリ、ウリ、ラカン、ハイデガーらの議論をもとに、精神病理学とそれにかかわる人間観の変遷を跡付け、「斜め」の理論をひらいていこうとする試みである。著者は、2015年のデビュー作『人はみな妄想する』でラカン像を刷新し、國分功一郎、千葉雅也の両氏に絶賛された気鋭の精神医学者。デビューから10年、新たな代表作がここに誕生する。
  • 人間の本性を考える 上 ――心は「空白の石版」か
    -
    人間を決めるのは「生まれ」か、それとも「育ち」なのか。いまだに議論の応酬がやまないこの論争に介入し、世界中で大反響を巻き起こした認知心理学者スティーブン・ピンカーの代表作。本書でピンカーは、人間の心は「空白の石版(ブランク・スレート)」であってすべては環境により決定されるという議論に対し、性差など「生まれつき」の要素を無視することはできないとして徹底的な反証を繰り広げる。現代科学の膨大な研究蓄積を武器に、「人間らしさ」の根源を問う、現代の古典というべき一冊。上巻は、人間本性の存在を否定することの危うさを論じた「第III部 四つの恐怖を克服する」まで。
  • 崩壊概論
    -
    透徹した懐疑が矛盾の総体たる世界を熾烈なまでに問いただす。信念は解体され、拠って立つ基盤は崩壊する――。幻影の破棄と新たな幻影を希求した本書は、シオランが母語であるルーマニア語ではなくフランス語で初めて著した作品。未来に倦み、同時に言いようのない渇きに襲われながら、思想家は敗滅へと向かう人間の宿命を凝視する。繊細と皮肉、陶酔と幻滅、憤怒と倦怠、明視と錯乱……。不眠の夜々に咲いた断章群、それは、まぎれもなく現代の黙示録としてわれわれの精神に浸潤し、揺さぶりをかけるだろう。解説 大谷崇
  • 対話と論争で読む哲学史入門
    -
    哲学は「驚き」から始まる――とプラトンは言った。古代ギリシアに端を発し、連綿と現代までつながる思索の歴史を、かつてない方法で辿ろう。哲学は、ある時は二者の議論と吟味により、またある時は別の視点からもたらされる対立関係により展開してきた。この本では、その流れを「存在論」、「倫理学」、「政治学」の3つに分け、さまざま問題を哲学者たちがどのような考え、その思索がいかに鍛えてきたかをわかりやすく解き明かす。今、新しい「哲学史入門」の扉が開く!
  • 賽の河原 ――供養の宗教学
    3.7
    死別した、愛する人はどこにいってしまったのか。人間はその答えを求めて、死後の世界についてあれこれ考えを巡らせる。日本では、亡くなった子どもの行先として、独自の「賽の河原」が考えられた。著者は、10年以上にわたって、死者の口寄せなどで知られる津軽地方の「シャーマン」たちの調査をしてきた。本書は、「和製の地獄」とも言われる賽の河原を中心に、日本の供養を考えるものである。
  • 増補 古典としての旧約聖書
    3.0
    旧約聖書とはいかなる書物なのか。古代ユダヤの人びとはそこに何を読み込み、何を託してきたのか。本書は、半世紀にわたって旧約聖書と取り組み、古代オリエント学者としても豊かな学識をあわせもつ著者が、複雑で多層的な性格をもつ旧約聖書をさまざまな角度から読み解いていく珠玉の講演集である。文庫化にあたっては、定評ある旧版に、物語構造論の観点から聖書を分析する「旧約聖書における物語文学の構造と主題」など、5本の講演を大幅増補。その言葉は今を生きる私たちに何を投げかけるのか。旧約聖書の魅力を、第一人者が余すところなく語りつくす。
  • 時間と自由意志 ――自由は存在するか
    4.0
    これまで自由意志/決定論の対立として論じられてきた難問を、自由とは何かという議論からいったん離れ、「分岐問題」の枠組みのもとで考察しなおす。従来の哲学が依拠してきた対立図式を根底から揺さぶり、自由をめぐる議論に新たな境地をひらく圧倒的論考。
  • 戦争と西洋 ――西側の「正義」とは何か
    4.0
    20世紀に世界は二度の全面戦争を経験した。主権国家が並び立つ国際秩序を確立した〈西洋〉が、外部を征服し「世界化」したそのとき、世界中を巻き込む大戦争が起こったのだ。総力戦と化した戦争は核兵器を生み、戦争は人類破滅を招きかねない「不可能」なものとなった。にも拘わらず、世界大戦終結から80年、世界はふたたび全面戦争への傾斜の上に立っている。冷戦終結が世界の平和をもたらすはずではなかったのか? なぜこうなったのかを西洋精神史を参照項に検証する。
  • アラン ――戦争と幸福の哲学
    5.0
    アランは思想の体系化や理論化を嫌い、具体的なものを目の前にして語り、ノートを毎日持ち歩き、プロポ(哲学断片)を綴り続けた。名著『幸福論』を通じて広く親しまれてきた彼の哲学には、二度の世界大戦が影を落としている。戦争の愚劣さを体験するため、自らすすんで従軍し、危険な前線に立ったアラン。その言葉は、暗い現代を生きる私たちに何を投げかけているだろう。生涯と思想の断片をつなぎ、「考えるとは否と言うこと」というアランの声に〈いま〉耳を傾ける、第一級の評伝。
  • 日本群島文明史
    3.0
    日本は群島であり、日本文明は群島文明である。大陸文明的な実体系思考よりも群島文明的な非実体系思考が優勢で、そうした世界観から生命は偶発的なものという感覚や共同主観の構造、革新性をもたらす美意識などが展開され、日本文明が創り出されてきたのだ。そうした日本の歴史的動態を描きつつ、日本の群島文明を形成する東アジアの哲学を「通底哲学」として世界哲学の中に置き直し、より深い文明論として展開する。日本の知の歴史を総合的に理解する、著者独自の日本思想大全。
  • 日本精神史 ――自然宗教の逆襲
    4.0
    1945年の敗戦後、主体性をもたず権力や多数者にいとも簡単につき従う日本人の傾向をどう克服するか、が大きな課題として論じられた。だが、今もこの問題はなんら解決されていない。これほど根深く、空気のようにわれわれの精神を規定しているものは何なのか―それこそが、日本の「自然宗教」である。われわれの心性の背景をなす「自然宗教」とは、どのように生まれ、いかなる特徴をもつものか? なにゆえそれは、この国に「普遍的思想」が根づくことを阻害するのか? 民俗学、歴史学、宗教史、思想史など幅広い知見を渉猟してその淵源を探り、克服へのかすかな道筋を問う。渾身の書き下ろし。
  • 踊念仏
    -
    民衆が歓喜のさまを表わす、素朴な感情表現としての踊り。そこに神事や仏教が融合し、発生したものが踊念仏である。一遍・法然研究の第一人者であった著者が、踊念仏という活動にスポットを当てることで、開祖の大きさを日本仏教史や民間信仰の体系の中で捉えなおしたのが本書である。古代における踊りの意味から掘りおこし、空也・一遍ほかの聖たちと踊念仏の盛興、他宗派からの批判、念仏踊や阿国歌舞伎など芸能に与えた影響、さらに後世の各地に継承された習俗にまで、幅広く目を配る。
  • 剣の法
    3.5
    近世剣術「新陰流」の優れた術理を、批評家であり「新陰流・武術探求会」を主宰する著者が、明解かつ詳細に説き明かす。身体論、日本人論としても秀逸な一書。
  • スピノザ ――「変性の哲学者」の思想世界
    -
    スピノザは、17世紀の他の思想家に比し、人間像と思想像において際立つほど多面的に受けとめられてきた。ユダヤ教会からの「破門」によって始まった「思考する実存」としての生。著作や書簡の読解から浮かび上がる固有の「精神の運動」。それらはどのような思想世界を形づくったのか。本書は、従来のイメージにとらわれることなく、スピノザにおける倫理学と政治学、そして聖書批判の内的連関を見定め、その思想を統一的に描き出す。
  • 禅の時代 ――栄西・夢窓・大灯・白隠
    -
    日本における中世から近世は、今日までのこる伝統文化が数多く創造された時代であるが、その重要な母胎となったのが禅の思想である。鎌倉仏教の祖師たちによって示された改革がその基本線を貫ききれず、中国で爛熟した大陸仏教の足跡を追うしかなかったところに、室町・南北朝時代を経て徐々に影響を脱して日本禅は完成していく。中国禅研究の第一人者であった著者が、純粋に「日本の仏教」とよべる信仰が生まれるまでを、とりわけ日本臨済禅の系譜に沿って辿り、平明な筆致でその本質を追究した一冊。
  • 近代日本の中国認識 ――徳川期儒学から東亜協同体論まで
    -
    近代日本の思想史に映し出された中国像とはどのようなものだったのか。本書は、江戸時代の儒者や国学者らの中国観から、明治維新・日清戦争を経て、民族を超えた全体を目指す東亜協同体論が構想されるまで、代表的人物に寄り添いながら、中国理解の変遷や思考のありかたを追う。畏敬や脅威、軽侮という感情の振幅のなか、他国を正しく認識しようと苦闘した日本人の足跡。そこから、われわれは何を学べるだろうか。国家を超えた理念を呈示することはできるだろうか。日中関係史の精緻な考察は、いまもって喫緊の課題である〈他者理解〉に向けて読者の再考を促す。学殖溢れる渾身の思想史講義。
  • ギリシア哲学史
    4.3
    全てはここから始まる――古代ギリシアで哲学はどのように始まったのか。人間と社会と自然を根源から問い、わたしたちの生き方・考え方を形作った知の原点。近年の研究成果を踏まえギリシア哲学史の枠組みを見直し、哲学者たちの思索を新たな視座から一望する記念碑的通史!
  • ハイエク入門
    5.0
    20世紀に屹立する偉大な思想家F・ハイエク。その思想は、経済学、政治思想、心理学など、幅広い領域に大きな影響をあたえた。本書では、縦横無尽に往還するハイエクの思考を複眼的にとらえ、「法の支配」「自生的秩序」などの概念のもとに展開したハイエク思想の全体像を提示する。ケインズ、マッハ、M・ポランニー、F・ナイト、ロールズなどと対比することで、ハイエクの独創性と先見性を浮かび上がらせ、日本では短絡的に語られることが多かったハイエクの自由主義思想を更新する画期的な入門書。
  • 色彩について
    3.0
    色の概念の論理は見かけ以上に複雑だ──。病床にあった晩年のウィトゲンシュタインは、ゲーテの『色彩論』に触発され、死の直前まで「色彩」の問題を考察し続けた。透明で白いガラスはなぜ想像できないのか、「赤っぽい緑」というような色はありうるか、全員が色盲である民族を想像してみよ……。『哲学探究』で示された「言語ゲーム」などの視点を採り入れた「色の論理学」ともいうべき思考実験は、われわれが自明視しがちな色彩概念を根本から揺さぶり、深い探究へと読者を誘う。同時期の遺稿『確実性の問題』にも通底する点がみとめられる、晩期の思想が端的に表れた断片集。
  • カルメル山登攀
    -
    神との合一に到るための階梯を詳述したカトリック神秘思想を代表する作品。ヨハネは自らの詩に註解を施すかたちで神学的思索を行い、魂の浄化に向かう道を指し示す。「この山にはただ神の誉れと栄光だけが住まう」とされるカルメル山。すべてが闇の内へと沈む「暗夜」を通り抜け、山の頂きへ達するには、この世のあらゆることどもから──自分自身からさえも──逃れなければならない。魂の全き赤裸と神的一致をめぐる教説は、キリスト教徒を超えて人々に多大な影響を与えた。スペイン文学の至宝でもある古典を名訳でおくる。 解説 鶴岡賀雄
  • 子どものおしゃれにどう向き合う? ――装いの心理学
    3.8
    「ちょっとぽっちゃりしてきた?」「最近は小学生でも脱毛するんだって」「ほら、クラスのあのかわいい子」……大人の何気ない声かけ・言葉が、子どもたちの身体への意識に影響を与えます。子どもたちにとっておしゃれとは、社会と向き合い、そして自分を知るための大切なツールなのです。イメージで語る前に、まずはその実態を探ってみましょう。 【目次】はじめに/第1章 おしゃれと装いの心理学/第2章 見た目を意識する子どもたち/第3章 メイクアップ・体毛処理/第4章 瘦身体型とダイエット/第5章 おしゃれによる心身のトラブル/第6章 メディアの影響/第7章 (母)親の影響/第8章 親が本当に困っていること/第9章 大人は子どものおしゃれにどう向き合っていくか/第10章 子どもにとってのおしゃれの意味や意義/おわりに
  • なぜ人は自分を責めてしまうのか
    4.1
    「すべて自分が悪い」というふうに自分の存在を否定することで、世界の合理性を獲得する。この感覚を、自責感といいます。臨床心理学では、自責の問題はほとんど扱われてきませんでした。この本では当事者の言葉を辞書として、自責感だけでなく、母と娘、共依存、育児といったものにまつわる問題を考えていきます。講座の語り口を活かした、やさしい一冊です。
  • 自分にやさしくする生き方
    4.0
    セルフケアは「一人で頑張る」ものではありません。日常のストレスに気づき、心の根っこにあるもやもやを解消し、自分にやさしくする技術を身につける一冊です。こんな人におすすめ:寝る前も勉強や仕事が気になってリラックスできない/休むと自分を甘やかしているようで罪悪感がある/人に迷惑をかけるのが怖くてSOSを出せない/みんなはもっと頑張っているのに……と落ち込む 【目次】第I部 自分にやさしく気づきを向ける/第1章 ストレスに気づいて観察する/第2章 ストレスを感じる自分にやさしさを向ける/第II部 周囲からのサポートを受けることで自分にやさしくする/第3章 孤立せずに人とつながることの重要性/第4章 サポート資源を確認したり調べたりする/第5章 サポートネットワークを作成し、積極的に活用する/第III部 「自分にやさしくする」スキルを身につける/第6章 安心安全を自分に与える/第7章 中核的感情欲求に気づいて、満たす/第8章 セルフ・コンパッションを理解し、実践する
  • フッサール入門
    4.3
    現象学は、世界とかかわる私の経験の仕組みを解明し、日常の事柄に新しい視点を与え、身近な他者ともう一度出会いなおす試みだ。一生をかけて愚直に著述を重ね、認識をめぐる哲学の根本問題と対峙し、現代哲学を切り拓いたフッサール。超越論的還元、エポケー、直観、志向性、ノエシス/ノエマ、知覚、生活世界、エンパシーといったエッセンスを平易に解きほぐしながら、誰も踏み入れたことのない場所で孤独に探究しつづけたフッサールの哲学的思考を追いかける、決定版入門書。
  • 文読む月日(上)
    5.0
    1日を1章とし、1年366日、古今東西の聖賢の名言を、日々の心の糧となるよう、結集・結晶させた、一大「アンソロジー」。最晩年のトルストイが、序文だけでも100回以上の推敲を重ね、6年の歳月を費やし、心血を注いで完成させた。総勢170名にものぼる聖賢の名言の数々は、まさに「壮観」。トルストイ自身、「自分の著述は忘れ去られても、この書物だけは、きっと人びとの記憶に残るに違いない」と語り、臨終の数日前にも、娘タチヤーナに10月28日の章を読ませて、「みんないい、みんな簡潔でいい……、そうだ、そうだ……」と呟いたという。トルストイを敬愛してやまない訳者の「心訳」による、わが国初の完全訳。上巻は1月から5月までを収録。
  • 経済思想入門
    -
    驚異的な経済成長をもたらし豊かな社会を実現する一方で、格差を常態化し、深刻な不況をくり返す資本主義。その原因はどこにあるのか――。ヒュームやスミスにはじまり、マルクスそして新古典派の登場をへて、ケインズ、ハイエク、ヴェブレンまで。経済学の巨人たちは、自らが生きた時代の課題にとりくみ、その思想を形成した。本書は、そうした現実的背景に照らしながら、かれらの理論の核心を平明に説く。さらに後半では、貨幣や消費などの重要テーマごとに経済分析のあり方を問うことで、経済思想の今日的意義を浮き彫りにする。経済という人間の営みを根底からとらえなおす、決定版入門書。
  • 終末論の系譜 ――初期ユダヤ教からグノーシスまで
    -
    この世の終わりには何が起こるのか――誰もが一度は夢想し、不安を覚えたことがあるに違いない。聖書の世界では、紀元前2世紀のユダヤ教のなかでこの不安が深まり、そして独特な終末論が生み出された。終末思想はいかにしてイエスに継承されていったのか。聖書正典のみならず外典・偽典その他の史料を渉猟し、さらにはベンヤミン、ガダマー、アガンベンなど現代思想家との対話も試みる。これまでの著者の思索を集大成した渾身の書き下ろし。
  • 観無量寿経
    -
    漢文・古文の知識が必要な仏典を独学で読むのはほぼ不可能に等しい。しかし日本を代表する大作家・佐藤春夫はその筆力により、一人で経典を理解し、味わうことのできる訳を用意した。『観無量寿経』は『無量寿経』、『阿弥陀経』とともに「三部経」と称される浄土仏教の根本経典。仏や仏のいる世界を「観る」方法を説くとともに、自分の力ではいかんともしがたい人生を俯瞰し、切り抜ける方法を教えてくれる。経典の主人公はわが子アジャセに命狙われる古代インドの王妃イダイケ。なぜこのような悲劇が起こるのか説明を迫るイダイケに、シャカは因・縁・果の物語を説く。 文庫解説 阿満利麿
  • 新編 意味の変容
    -
    <全体=内部+境界+外部>であり、境界は内部→外部、また外部→内部と意味を変容し得る──。他に類を見ない数学的・哲学的スタイルで近代日本文学の常識を覆した『意味の変容』。若き日を放浪のうちに過ごした異能の作家・森敦が、光学工場やダム建設現場での思索を結晶させた究極の私小説であり、その理論を代表作『月山』などにおいて具現化した文学論でもある。新編にあたり、空海の足跡を辿りつつ真言密教を独創的に読み解いた『マンダラ紀行』、京城で過ごした幼少期に始まる豊饒な半生をユーモラスに語り尽した『十二夜』を併録。森敦の思想の全貌を明らかにした決定版。
  • ほんとうのフロイト ――精神分析の本質を読む
    3.5
    フロイトの慧眼は人間論にある。人間の欲望と不安に関するフロイトの深い洞察にこそ、普遍的な人間性の本質がある。人間性に関するフロイトの理論――幼児性欲論やエディプス・コンプレックス、リビドー論、去勢不安など――は独特な仮説で、科学的に証明できない。だがその理論が指し示す現象の意味を吟味し、仮説の裏側にある本質を考察するという「本質学の観点」から諸理論を捉えなおせば、現代的な意義が明らかになり、見過ごされてきたほんとうのフロイト像が見えてくる。
  • 読めば分かるは当たり前? ――読解力の認知心理学
    4.2
    読解力は一朝一夕で身につくものではなく、絶えず鍛えていかなくてはならないものです。まずは、自分の読解力の現状や、自分が望んでいるような「読解力がある状態」にどうやったらたどり着けるのか、その道筋を考えます。そして、自分の読解のクセやつまずきを知って、読解力を高めるためにもっともよい練習方法は何か選べるようになる事が重要です。この本を通して、皆さん自身で練習方法を見つけたり、練習方法を編み出すことができるようになってほしいと思います。 【目次】第一章 三つの読解/第二章  読んで理解するための心の「道具」/第三章 文字を読むのは簡単か/第四章 単語を知っているということ――ボキャブラリー/第五章 文の意味を読み解く/第六章 文章全体を把握する/第七章  表象構築のために何ができるか/第八章 心を動かす読解/第九章 状況モデルの批判とアップデート/第一〇章 おわりにーー読解力の地図は描けたか
  • 「嘘をつく」とはどういうことか ――哲学から考える
    4.0
    「噓をついてはいけない」と言われるけれど、噓をつくとは何をすることで、どう悪いのか。それでもなぜ噓をついてしまうのだろうか。「自分自身であること」を選び取るために、ごまかすことなく噓を真面目に考えてみよう。 【目次】第一章 噓をつくとは何をすることか/第二章 噓をつくことはどう悪いのか/第三章 それでもなぜ噓をつくのか
  • 中国の思想
    -
    孔子・老荘ほかの諸子百家や先賢の思想を伝える漢籍は、日本では客観的知識という以上に、「尊い教えを学ぶための古典」として信奉されてきた。また、近代人文学の対象となってからは、専門化・細分化がすすみ、ときに西洋哲学の概念が安易に転用されることもあった。本書はそうした伝統や枠をこえて、各々が形成された時代背景を踏まえつつ、民族の社会・生活に根差した「総合的な知」として中国思想を描きなおす。上代から現代までの巨大な潮流を時系列で追い、この一冊で中国思想史を読みきることができる名著。
  • 比較文明学の50人
    -
    古くから、日本の思想や宗教はつねに自己を他者と熱心に比較してきた。そうした知的伝統から、きわめて独創的な比較文明論が数多く産み出されてきた。本書では、本居宣長、岡倉天心、鈴木大拙、賀川豊彦らを経て、現代の梅棹忠夫、伊東俊太郎、石牟礼道子、緒方貞子に至る鋭敏な比較文明的感覚を持っていた日本の50人を選出。比較文明学会に所属する17人の研究者が、日本の比較文明学とはなにかを問いつつ、50人が繰り広げる豊かな知の世界を縦横無尽に論じる。
  • ストリートの思想 増補新版
    4.0
    イデオロギーによる旧来の党派的「動員」とは異なる、自律性を帯びた資本/権力への抵抗運動はどのように現れたのか? パンクやニューウェイヴなど80年代のインディーズ文化を源流とし、90年代のサウンドデモや「素人の乱」を経て、3.11後の反原発・反政府・反グローバル資本主義デモへといたる地下水脈を読み解くオルタナティヴ思想史。2010~20年代の動きを増補して文庫化。
  • 時間と死 ――不在と無のあいだで
    -
    過去・現在・未来という時間の様相は、言語によって作られた概念である。世界はそのつど湧き出しては消えていく“いま”の連鎖なのであり、客観的世界も客観的時間も仮象にすぎない。ならば、「私」が死ぬとは、少なくとも、私が客観的世界から消滅することではなくなる。若き日から「自分がいずれ死ぬとしたら人生には何の意味もない」という呪縛に捉われてきた著者が、本書でついに「死」という問題そのものに対峙する。そして「私の死」の裏側にはりつく過酷な意味から脱却し、「私」は単に人間として死んで終わりであるような存在ではないという地点に達する。著者の哲学的思考の到達点。
  • 「信教の自由」の思想史 ――明治維新から旧統一教会問題まで
    3.5
    欧米のように血みどろの戦争と迫害の中から生み出されたのではなく、いわば上から降ってきた「信教の自由」を、日本人はいかに受け止め、その法規定の解釈・運用や改正をめぐり議論してきたのか。宗教者・知識人らの論争から、その底流にある「信教の自由」をめぐる思想の変転を跡づける。さらに、オウム真理教事件を契機とする宗教法人法改正にあたって論議となった創価学会と政治との関係、安倍晋三元首相銃撃事件後の旧統一教会の被害者救済などの政策動向などを踏まえて、今後の「信教の自由」のあるべき姿について提言する。
  • ポパー〔第2版〕
    4.7
    ウィーン出身の哲学者カール・ポパー(1902‐1994)。その思想は「批判的合理主義」として知られ、主として科学哲学や政治哲学の領域でこれまでに大きな影響を与えてきた。だが、この「知の巨人」の反証主義などの思想はたびたび誤解され、批判にもさらされてきた。本書は、ポパーを最も深く、かつ正確に理解する著者がそうした誤解を正し、ポパーの明晰さそのままに知の体系を解説するものである。『開かれた社会とその敵』の新訳も担当した著者による、いちばん信頼できる伝記として、また専門的見地に基づいたポパー哲学全体を俯瞰できる最良の入門書としても広く読まれてきた定番書、待望の改訂版。
  • 戦場のカント ――加害の自覚と永遠平和
    -
    哲学者カントが訴えた〈永遠平和〉の眼目は、敵意が終わることにある。しかし、それは人間に可能なのか――。「撫順戦犯管理所」。中国で非道を為した日本兵たちがいた場所である。ここで中国人と日本人の間で起きた事態は、カントの理念の現実性を鮮烈なまでに突きつける。撫順を経た人々に加え、本書はアウシュヴィッツ収容所の帰還者やパレスチナ紛争の被害者の声にも耳を澄ませ、人が人を赦すことの意味を問う。人間の根底に光をあてた哲学的考察。
  • 増補 聖典クルアーンの思想 ――イスラームの世界観
    4.0
    クルアーンにはモーセやイエスといったユダヤ教・キリスト教の重要人物たちも預言者として登場する。いったい彼らとイスラームとはどういう関係なのか? なぜ同じ預言者同士でありながらムハンマドに下されたクルアーンが最も正しい聖典とされるのか? 本書ではまずシーア派とスンナ派の違いなどの基礎知識を紹介しながらムハンマドの生涯を概観し、イスラームの成立過程をたどる。その上で天から下されては更新されていく「啓示」の基本構造を説明し「ジハード」などの聖句の意味をクルアーンを読みながら解説する。イスラームの考え方や行動の意味が根本からわかる格好の入門書。
  • 哲学の問い
    -
    「世界は物質だけでできているという考えは、科学的だと言えるのか」「犯罪者は、非難の対象ではなく治療の対象として扱われるべきか」「何かが本当に存在しているとは、いったいどういう意味なのか」……。哲学をすることの中心には、世界の隙間に目を向けて、自分自身の頭と言葉で問いを育てていくことがある。バラエティ豊かな24の問いを通じて、〈哲学をするとはどのようなことか〉を読者が一気につかみ取るための、生きた哲学の入門書。
  • 「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学
    3.3
    ダークな性格として、典型的なものは「マキャベリアニズム」「サイコパシー」「ナルシシズム」「サディズム」の四つである。それぞれの特性、測定方法を紹介、また仕事の相性、職場での行動、人間関係、異性との付き合い方等を分析し、どんな問題に結びつきやすいか、さらにその気質は遺伝なのか、環境なのかにも迫る。「悪い」性格が社会に残っていることには理由があり、どんな人にもダークな面はあることも明らかにする。
  • アフリカ哲学全史
    4.0
    アフリカ哲学は、北アフリカのイスラム文化に基づく哲学、サハラ以南地域の哲学、アフリカ大陸の外で発展したアフリカーナ哲学に分けられ、アフリカーナ哲学はカリブ海の島々で発展した哲学も含む。本書は日本初のアフリカ哲学の入門書として、サハラ以南のアフリカ、カリブ海諸国で展開された哲学、アフリカ大陸における哲学に影響を及ぼしたアメリカやヨーロッパでのアフリカ人の哲学を解説。これまでの哲学を相対化し、複数の世界に共通する人間の思考のあり方を解明する試み。
  • 日蓮の思想 ――『御義口伝』を読む
    4.0
    『御義口伝』は、日蓮が身延山で口述した法華経についての講義を、弟子の日興が筆録したものとされるが、その難解さ故に解説書は少ない。そこに展開されている日蓮の法華経解釈、ひいてはその底流にある仏教思想を、NHK「100分de名著」の名講義でも知られる著者が懇切丁寧に解説する。南無妙法蓮華経と唱えるのは、失われた自己を回復し、真の自己に目覚め、人格を完成させるためだと日蓮は説く。そうした日蓮の人間主義の思想を、『御義口伝』をテーマ別に再編成しつつ読み解く。
  • 絵画空間の哲学 ――思想史の中の遠近法
    -
    “遠近法”という表現様式は自明のものではなく、ルネッサンス期に確立したひとつの世界観である。パノフスキーらも論じてきた遠近法の成立や発展の背景を、本書は思想史的観点から深く掘り起こし、水墨画や日本絵画における表現法も引きくらべつつ、絵画の一技法という枠を越えて文化全体の文脈のなかで、その真の世界観的意義を捉えなおす。さらに、カントやヘーゲルなどのドイツ観念論における芸術理論、近代日本絵画における格闘を追いながら、美術と哲学の関わりを掬いだす。ユニークな切り口で美術史学の重要論点に切り込んだ名著。
  • ニッポンの思想 増補新版
    4.8
    80年代の浅田彰・中沢新一・柄谷行人・蓮實重彦がもたらした知の衝撃、90年代における福田和也・大塚英志・宮台真司の存在感、ゼロ年代を牽引した東浩紀、テン年代と切り結ぶ國分功一郎と千葉雅也―。およそ半世紀にわたるこの国の思想と批評の奔流を一望したベストセラーに、二つの新章を加え更新して文庫化。
  • イエスは四度笑った
    4.5
    キリスト教において正典とされる四つの福音書のどこにも、イエスの笑いは出てこない。だがナイル川流域の土中から1970年代に発見された『ユダの福音書』では、イエスは四度笑っている。一人のグノーシス主義者によって書かれたこの笑いはいったい何を意味するのか。じつは四度ならず、イエスは大いに笑ったのだ――『寅さんとイエス』で、イエスが寅さんのようなユーモアに満ちた存在だったことを描き出したカトリック神父が、聖書のミステリーに挑む。 【目次】はじめに/第一章 イスカリオテのユダと『ユダの福音書』/第二章 イエスを四度笑わせた『ユダの福音書』/第三章 正典福音書におけるイエスの〈怒り・苦しみ・悲しみ・喜び〉/第四章 正典福音書におけるイエスの〈ユーモア〉/第五章 正典福音書におけるイエスの〈笑い〉/追記1 聖夜を前に聖書ひもといて/追記2 ガザの「壁」/おわりに
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ
    3.9
    自分とは何か。なぜ宗教は生まれたのか。人を殺してはいけない理由は何か。何となく幸福じゃないと感じるのはなぜなのか……。読めば聡明になる、悩みや疑問に対する哲学的考え方。
  • 論語
    -
    春秋時代の魯国、周王朝の復興を唱え、政治へのあくなき情熱とともに理想を追求した人、孔子。その言行録『論語』は、古来、多くの人々に人生の指針を与えてきた。孔子が弟子たちに教えたもの、それは学問、礼の実践、徳の涵養である。中心にあるのは徳であり、わけても「仁」を至上とした。仁とは、日常生活において状況に相応しい価値を適切に選び取れることを指し、それを体得した者が君子となる。本書は、「『論語』をして『論語』を語らしめること」を主眼に置き、何晏、朱子、仁斎、徂徠など、数多の解釈を比較考量。新たな書き下し文と明快な現代語訳、詳細な注と補説を付した決定版訳注書である。
  • 唯信鈔文意
    -
    南無阿弥陀仏と唱えれば来世で仏になれる。このシンプル極まりない法然の教えは庶民層から大歓迎された。しかし同時に「なぜ念仏だけでいいのか」という問いも浮上する。その問いに答えるべく、親鸞は当時よく読まれていた仏教書『唯信鈔』を解説する形で本書を執筆した。親鸞の答えはこうだ。念仏は修行などかなわない我々のために阿弥陀が用意した「行」であり、阿弥陀のはたらきそのものである。そして念仏すると阿弥陀の心が無意識下に入り込み、それが将来我々を浄土に連れていく。だから念仏の他は必要ない。『教行信証』と並ぶ代表作にして親鸞思想のエッセンスが詰まった最高の念仏入門。
  • 新版 プラトン 理想国の現在
    4.5
    「理想」という語は、明治の時代、プラトンの「イデア」の訳語として造られ、定着した。そしてプラトンの最高傑作『ポリテイア』(『国家』)が『理想国』の標題で出版され、近代国家建設をめざす多くの日本人の希望の拠りどころとなる。だが、新たな理想社会を創らんとするその熱情は、やがて全体主義に利用される運命を辿った――。かくも激しく人々の魂を突き動かしたプラトンの理想主義哲学とは、果たしていかなるものか。『ポリテイア』の核心を読み解くことで、哲学という営みが切りひらく最良の地平を描き出す。初学者への案内として「プラトン『ポリテイア』を読むために」を付した決定版。
  • 国家とはなにか
    -
    国家とはなにか、国家が存在しているとはどういうことか。こうした根本問題を透徹した思考で解き明かす。まず、国家を存立させ、その諸活動を生み出している根本要因とは何かが考察され、暴力をめぐる運動の中にそれがあることが見極められる。その上で、その根本要因からいかなる歴史的条件の下で現在のような国家のあり方が生み出されていったのかが論じられる。主権とはなにか、国民国家はいかにして形成されたのか、国家と資本主義はどのような関係にあるのか。こうした問題を一貫した視座から論じ切った記念碑的論考。

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