本書は、「入門」と銘打っているが、内容は非常に中身の濃い優れた概説となっている。それゆえに「入門」よりはレベルがやや高かろう。ハイエクという名前を聞いたことがある程度ではなかなか読み通すのは難しいかもしれないが、ちくま新書に手を出す読者層(少なくとも自由主義って何?くらいは自分の頭で考え、悩んだことがある人。あるいはケインズとの論争くらいは知っているよという読者)ならば大丈夫かも?
第1章で若き日のハイエクを辿ったあと、第2章に有名なケインズとの論戦が取り上げられているので、このあたりまではサクサク読める。もちろん著者の語り口が全体を通じて平易でわかりやすいこともある。
第3章の社会主義経済計算論争あたりから難しくなってくるのだが、あえて言えば一番重要な部分でもある。つまりオスカル・ランゲら「市場社会主義者」との論争を経て、ハイエクが主流派経済理論とは異なる「新たな競争や市場についての独創的な考え方」(p.152)を展開した画期だからである。また同章ではフランク・ナイトとの論争も紹介・解説されており、私のような門外漢にとっては勉強になり、ありがたかった。
第4章「関係性」の心理学―感覚秩序論とその思想連関」は、ハイエクの思想の中でもっとも異質だと思われている(?)部分で、私も、正直、心理学とか脳科学とか言い出したらヤバい感じだと思っていたが、著者のpp.198-208あたりの解説は読んでいて目から鱗であった。完全に理解できているかどうかは心許ないが。
第5章「自由の条件」は意外とあっさり。フリードマンという比較的わかりやすい経済学者との対比も交えながらの解説だからか? そして、本書の白眉をなす第6章「自生的秩序論へ」が展開される。「コスモス」とか「タクシス」とか……そして、極めつけの「カタラクシー」!!! その昔、古賀勝次郎先生が出されたばかりの『ハイエクと新自由主義 ― ハイエクの政治経済学研究』を使ってアツく講義されていたのを面白く聞いたことが甦ってくると同時に、太子堂版解釈によって理解がより一層深まった(と思う)。
終章「ハイエクの自由論」で興味深かったのは、ハイエクによるサン=シモン主義批判のくだり。日本資本主義の父・渋沢栄一が思想的にはサン=シモン主義の影響を受けていたという見方が鹿島さんの研究以来強いように思うが(本当のところは未解明)、ハイエクが指摘するサン=シモン主義の「陥穽」について腑に落ちる部分があった。