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槐多の歌へる 村山槐多詩文集
夭折の天才画家の迸(ほとばし)る詩魂 個性主義芸術の時代あるいは生命主義芸術の時代と呼ばれた一九一〇年代に、彗星のごとく画壇にデビューし、二十二歳で早世した天才画家・村山槐多。彼は生得の詩的才能にも恵まれていた。人生と社会の矛盾に打ち拉(ひし)がれながらも、野生の生命力の回復を希求する詩魂は、鮮烈な色彩感覚と結びつき独自の世界を構築した。放浪、デカダンスのうちに肺患により短い生を駆け抜けた槐多の詩、散文詩、短歌、小説、日記を精選収録。 酒井忠康 時代の一隅を、嵐のなかで哮(たけ)り狂ったように、その野性的ともおぼしき詩魂の光を放って、彼は疾走した。そして燃え尽きたのである。――〈「解説」より〉 -
償いの流儀
正義の鉄槌? なんて柄じゃないけど オレオレ詐欺に遭った「角のおばちゃん」の仇を取ろうと 証拠をつかんだ詐欺集団を匿名で警察に通報したつもりが、 逆に逮捕を逃れた残党に居場所を知られ、復讐の標的に。 背後の組織をつかみ切れない奈美が選んだ窮余の策とは? 企業のトラブル請負という仕事をめぐって最愛の恋人・雪江と師を続けて亡くした西澤奈美は心の整理がつかず空虚な日々を送っていた。そんな彼女が親しみを寄せるタバコ屋の上井久子がオレオレ詐欺に遭う。 久子を慰める術を持たない奈美だったが、自分が入居する雑居ビルのオーナーから隣のビルに入った怪しげな会社が詐欺集団ではないかという見立てを聞き、密かに証拠をつかみ匿名で警察に通報する。しかしその後、逮捕を逃れた残党の影がちらつき、たびたび襲撃を受けるように。 奈美は、彼女が育った児童養護施設の後輩で雪江を慕っていたという松井の協力を得て久子を騙した犯人を突き止め、ついには自ら拉致されて敵地に辿り着くという無謀な賭けに出る……。 満身創痍の西澤奈美、絶体絶命! -
マス・イメージ論
カフカ、小島信夫、中島みゆき、山岸涼子ら、文学・漫画・CM・歌謡曲などを全体的な概念として捉え、「現在」を読み解く斬新な評論。新しい時代を予見した格闘の書! ――文学、少女漫画、現代詩、歌謡曲、テレビCM……。マスメディアを通して現れた言葉やイメージを産み出している「現代」という名の作者をめぐって、果敢に挑んだ評論集。小島信夫、高橋源一郎、萩尾望都、糸井重里、中島みゆきらの諸制作品を、個別の批評方法から離れて解析・論述し、「戦後思想界の巨人」の新たな側面を示して反響を呼んだ。来るべき時代を予見し、今さらに輝きを増す画期的論考。 -
万葉集原論
「おそらく、私は「万葉集原論」を生涯の課題としていくことだろう」。 本書は日本を代表する文学者、中西進の真骨頂である。 現存する最古の歌集『万葉集』。七、八世紀の歌、四千五百首余が二十巻に収められ、額田王、柿本人麻呂などの著名な歌人、天皇、皇族から、防人、遊女に及ぶ作者と作品の豊かさは、世界的にみても異彩を放っている。 この『万葉集』研究の第一人者であり、幅広い文学活動でも知られる著者は、古代日本文学の本質に迫ると同時に、世界のなかの日本文化を問う視座を持ち続けてきた。 『万葉集』とは何か。真摯にそれを見極めんとした本書が示すのは、学問とは何か、その方法はいかにあるべきかという切実な問題意識に裏打ちされた、著者だからこそ到達しえた比類なき『万葉集』の姿である。(原本:『万葉集原論』桜楓社、1976年) 【主な内容】 学術文庫版まえがき 一 万葉集研究の方法 文学史の方法――その「歴史」について 文学研究の方法 万葉集研究の方法 研究と批評 二 万葉集の構造 万葉集の構造 万葉集の生成 万葉集の原点 万葉集の集団性 三 万葉集の表現 万葉歌の形式 万葉歌の方法 古代的知覚――「見る」をめぐって 古代文学の言語 万葉集の漢語 桜楓社版後記 解題 犬飼公之 -
わたしは誰も看たくない
埼玉でサラリーマンの夫、大学生の一人息子と暮らしている神崎穂乃果は、群馬の温泉街が故郷であり、実家は両親と妹が切り盛りしている小さな温泉宿だった。ある日、大動脈弁狭窄症で倒れた父はそのまま人工呼吸器をつけて意識不明の寝たきりとなる。パートで働いている穂乃果は父の介護を母と妹に任せるが、入院の期限で父を自宅に引き取るか施設に入れるよう病院から迫られた妹は、経管栄養を止めて父を餓死させる決断をする。妹の暴挙を止めるため実家へ帰った穂乃果だったが、姉妹の間には過去のある出来事に起因する深い確執があった。さらに、穂乃果の夫の母の自宅がゴミだらけの汚部屋になっていることが分かり、それぞれの家族はどのような決断を下すのか。現役ナースが現代の家族の問題に鋭く切り込む、書き下ろし長篇小説。 -
自伝の世紀
文学の長い歴史のなかで成長を続けた小説ジャンルといえども、20世紀になるとその地位がゆらぎ、あたかも生命体のごとくに、老化衰退の様相を呈し始める。その間、自伝ジャンルは、「私」のイメージの拡大とともに、目ざましい急成長をとげる。本書は、自伝ジャンルこそ20世紀文学の中核的位置を占めるものである、という主張を基軸に執筆された、著者畢生の自伝論である。芸術選奨受賞作。 -
猛犬 忠犬 ただの犬
こよなく動物と自然を愛し続けた著者の自伝的小説。少年から青年へと成長していく過程でさまざまな犬との出会いと別れを綴った作品。……「動物文学」というカテゴリーを確立し、国民の支持を得た戸川幸夫の原点ともいうべき自伝的小説。もの心つく前から動物好きであったという著者が、さまざまな気質の犬と育った幼い頃から、運命的な犬との出会いをする旧制高校時代までを、愛情を持った動物への的確な観察眼で描き切る。それは犬への鎮魂歌であるとともに、おのれの成長の証であった。動物文学の第一人者が犬と語り続けた自伝的小説。 -
贈答のうた
「うたはあのようにも詠まれてきた。/ひとはあのようにも心を用いて生きてきた。」ーー歴代の勅撰和歌集、私家集、さらに物語や日記文学の中で、華やかな独詠の陰に埋もれがちな贈答のうた。詠み交す事で深化増幅する人の心と精妙に響き合う贈答歌に光をあて、自在な口語訳を付しつつ読み解く。王朝人の豊饒な言葉の贈物への密やかな答歌とも評された名著。野間文芸賞受賞作。 -
わが文学生活
編集者によるインタビュー、また「群像」および「小説現代」で長く担当した編集者との対談を、作家自らが構成した貴重な文学的自伝。高い芸術性と人気を備える小説家、洒脱な随筆や座談の名手、ヘンリー・ミラーや井原西鶴の作品の現代日本語への翻訳者、豪腕アンソロジスト……多彩な相貌が臨場感を湛えて語られる本書は、吉行淳之介を知るための必読書となろう。 -
新撰 小倉百人一首
「沖の石の讃岐以外は悉皆非代表歌、式子と定家とあと二、三人を除けば、他は一切凡作――」。定家の百人一首が「凡作」揃いだとの批判は多い。だがあえて定家と同じ人選で、まったく別の「百人一首」を編んだ強者はいない。本書は前衛歌人・豪腕アンソロジストが放つ、定家への挑戦状である。どちらが秀歌か。読者ひとりひとりの判断を待つ。※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 -
夏目漱石論
「則天去私」「低回趣味」などの符牒から離れ、神話的肖像を脱し、「きわめて物質的な言葉の実践家」へと捉えなおしてまったく新しい漱石像を提示した、画期的文芸評論。 -
シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー
人文地理学者で無類の親日家のE・R・シドモアは、ポトマック河畔の桜植樹の立役者でもあった。明治17年の来日以降、たびたび日本を訪れ、人力車で全国各地を駆け巡り、鋭い観察眼で明治中期の日本の世相と姿を生き生きと映し出す。自然と共に生きる日本の歳事伝統と日本人の優しい心。日本を愛したアメリカ女性の描く日本印象記の傑作。(講談社学術文庫) -
双頭の蜥蜴
ニューヨークで生まれ育ったシエラは、幼いころに兄を亡くし、母親との確執に苦しんでいる孤独な少女。唯一の友達だったアナベルも交通事故で失った彼女は、鬱々とした思いでマンハッタンの街を歩いていた。そこに不思議な老婆が現れ、トルコ石をシエラに渡す。シエラは石に導かれ、異世界・ヴェレに行き、そこで自分が世界を救いたる存在、<石の司>であることを知る。 -
伊東静雄
萩原朔太郎が「日本に尚一人の詩人がある」と激賞した伊東静雄の第一詩集『わがひとに与ふる哀歌』。その詩群に魅了された著者が伝記的通説を排除し、註釈に徹した画期的詩人論。『哀歌』全篇に用心深く隠された連繋を、「私」と「半身」というふたりの擬作者に割り振り、『古今和歌集』、ヘルダーリンの詩、セガンティーニの絵に範例を求めつつ詩人の「意識の暗黒部との必死な格闘」を読み解く。 -
王朝百首
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 百人一首に秀歌はない――かるた遊びを通して日本人に最も親しまれる「小倉百人一首」(藤原定家・撰)にあえて挑戦、前衛歌人にして“現代の定家”とも称されたアンソロジスト塚本邦雄が選び抜き、自由奔放な散文詞と鋭い評釈を対置した秀歌百。『定家百首』『百句燦燦』と並び塚本美学の中核であると同時に、日本の言葉の「さはやかさ」「あてやかさ」を現代に蘇らせんとする至情があふれる魂魄の詞華集である。
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