西加奈子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「私の身体」を「生きる」とは何だろう。いや、「私の身体」とは何だろう。そもそも、「私」とは何だろう。
各作家たちの切り口は様々だが、みな共通しているのが、己という存在を不可欠に構築するこの肉体というものの生物的な役割にも社会からの眼差しにもかなり戸惑い、苦しみ、受け入れたり受け入れられなかったりしながらどうにか生きている点で、強く連帯感を持ちながら読んだ。
痛ましさを感じたのが、執筆陣の女性たちはほぼほぼみな性被害の経験がある点。私にもあるし、私の友人たちもほとんどあると思う(学生の頃、痴漢が話題になったとき、その場にいた10人ぐらいのなかで痴漢に遭ったことがない子は1人しかいなかったことを覚えている)。この社会で、そうやって女性は、否応がなしに「私の身体」は本当に私のものなのかと、「私」がモノとして扱われ得るということに向き合わされてしまう。時には、まだ第二次性徴も迎えていないうちに。だからこそ、このようなアンソロジーが興味深い。
とはいえ男性視点の「身体」やその社会的表象については私にはわからない部分なのだが(この辺りのアンコンシャスバイアスについて、鳥飼茜さんとパートナーの方との会話が面白かった)。男性作家たちに、同じテーマでアンソロジーを書いてもらったらどのようなものが生まれるのだろう?と好奇心を抱く。 -
Posted by ブクログ
西さんの中ではかなり純文学よりな一冊だと思う。派手な何かが起きるわけじゃなく(起きるっちゃ起きるのだけど)、静かに温泉旅館での一泊二日が過ぎていく。その間の登場人物それぞれの心の動きと独白をかなり濃密に描写した物語は、ボタンのかけ違いのよう。修復しようにも歩み寄らないと実現できない。修復不可能なまま、凸凹な四人の現在地を炙り出している。
チューニングをミスした楽器が奏でる不協和音を聞いているような不穏な読み心地なんだけど、うわー、人生ってこんなことあるよなーって共感してしまう場面が幾つももあった。
物語は章ごとにナツ、トウヤマ、ハルナ、アキオの一人称独白で展開されるのだけれど、その書き分けがすごい。文体が微妙に全部違っていて、本当にキャラクターそれぞれが綴っているようで、明るくない話なのだけれど心情描写が生きいきとしている。同じ一泊二日が描かれているから「あの時、こいつこんなこと思っていたんだ!」って答え合わせになっているのも面白い。
実は読んだのは二回目。最後のアキオパートのあるシーンがとても印象に残っていて、そこに辿り着いた時、ああ!これこれ!ってなった。褒められるシーンじゃないんだけれど、ある種の鮮やかさがあって爽快。芥川龍之介『蜜柑』や梶井基次郎『檸檬』のような、どんよりした世界から解放される感覚で脳が痺れた。
あらすじ。
温泉宿で一夜を過ごす、2組の恋人たち。静かなナツ、優しいアキオ、可愛いハルナ、無関心なトウヤマ。それぞれ過去に引っ張られ、深刻な欠落を隠し合っている彼らは決して交わることない。食事をし、温泉に入ってもどこか満たされないまま夜は更けていく。そして翌朝、宿には一体の死体が残される──。 -
Posted by ブクログ
妙に刺さって一気読みしてしまった。
読み始めて共感性羞恥の一種なのか、ヴーーーと唸り声をあげそうになった。若い頃ならそのまま本を閉じていたかもしれない…
でも歳をとると言うのは悪いことではないようで、自分は今はもうその痛さの先に居て昔より格段に生きやすくなったな、なんて素直に喜びながら読んだりしていたのだけど。
半分過ぎたあたりから少し様変わりしてきて真顔になっちゃったよね…
自分らしく生きるって結局なんなんだろ。
理想を演じていれば真実になると信じて知らない間にガチガチに固めちゃってた鎧を少しずつ脱いでいくのは途方もなくて勇気のいる作業だけど、柔らかい部分を剥き出しのままでいられるような素直さに憧れているのなら、少しずつ痛みに顔をしかめながらも剥がしていくしかない。
歳をとると麻痺して痛みに気づきにくくなることだし、甘いだけの世界では生きられないことが嫌でもわかってくる。自分を覆う膜の形が、硬くなくても自分を守れるんだと思えるようになる。
自分のまだ知らない広い世界のどこかに、無防備な箇所に触れられても痛みを感じないくらい自分に優しい世界があるんだって信じて剥がしてみてもいいんじゃない?と思った。
自分の生きている世界は舞台なんかじゃなくて、自分はただの誰にも見られていない物語の主人公なんだと思えたなら、その後の人生は最高な気がする。
心は体のおもちゃ。
その意味を吟味して噛み締めながら、ニーチェを少し齧ったりなんかしてまた少し体と心が歳を重ねたらもう一度読みたいと思う。 -
Posted by ブクログ
どの短編も、発想が大胆で視点が斜め上。現代社会の矛盾を軽くひねって見せるような、ちょっと刺さるテーマばかりだった。
なかでも表題作は特別で、2回読み、3回目は10歳の娘に音読した。恋愛ドラマを見れば「オエッ気持ち悪い」と言い、クラスの女子たちの会話にもあまり興味を示さない、まっすぐなタイプの娘。20分以上かかったけれど、「面白い」と笑ってくれて、どこか共感する部分があったようだ。今は同じ空気を持つ友達が身近にいないけれど、いつか自然に分かり合える人に出会えるといいと思う。
短編は、魅力的な世界ほど唐突に終わってしまう。その“あっさり”がさみしくて、もっとこの奇妙で楽しい世界に浸っていたかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ途中までは、読みにくい本だな、と思った。
途中から、色々考えた。ジャンルを問わず、本当に、いろいろ。
子どもを産むか産まないか。
子どもは大好きだし、私は自分にとって自分が1番の親友だと思ってるくらいには自己愛あるから自分遺伝子の入った人間がどんなものか見たい気持ちもある。
でも、そんなほぼ期待に満ち溢れただけの気持ちで子を持つと、万が一何か障害を抱えていたりした時に生活の中でその子を憎んでしまうと思う。
だから、例えどんな子が産まれてもこの人との子どもが欲しいとか、この人となら乗り越えられるし乗り越えたいとか、そんな人と出会わない限り子どもを持とうとはしないと思う。
思いがけずに授かったりしたら話は別だけど。
責任の伴う行動となると途端に優柔不断になって二の足どころか百の足ぐらい踏んでしまう。この人でいいのかなというのが永遠に続く未来しか今は見えないゾ、、
子どもが欲しい、という気持ちはあるからもはや思いがけない出来事がドンと私を押してくれた方がいいのかもしれない、、?
"つよしよわし。漫才師を目指して大阪に行って、辛かったり悲しかったり恥ずかしかったり、それでも夢をかなえるために頑張って、敗れて、裏切られて、それでも懲りず、また誰かを笑わそうとしてる。"
"ツマさん言ったでしょ、大人になると、恥ずかしいことがたくさん起こる、て。今まではそれが嫌だったけど、僕ね、それを受け入れて行こうと思うんだ。恥ずかしいことって、かっこ悪いこととは全然違うんだね。僕、知らなかった。"
大人になるにつれて恥ずかしいことが増えるのはできて当たり前のハードルがあがって、こうするのが当たり前のレッテルが増えていくからだと思う。
それを恥ずかしいことだと感じないためには、もしくは恥ずかしいと感じても堂々といるためには、人に従ったハードルとレッテルではなく自分の中でのハードルとレッテルを作っては壊す作業が必要で、むしろそれで十分なのだと思った。
恋愛、恋慕、愛情、執着、依存、
混ざり合ってフクザツな味が出てくる、でもそういうものだよな
見てる世界が違うツマの世界を垣間見て悲しさに押しつぶされそうになるムコさん。支えきれない未来が脳裏をよぎり怖い、と感じるムコさん。
悲しい、怒り、悔やみ、喜び、
私は感情が数時間後、時には数日後に押し寄せる
それは一度は飲み込んで心のどこかで気づいてるのに気づかないフリ
泣くことができるのは安心できる場所でだけ。
泣けなくなったツマでまた気づいた。
大人になるにつれて、うまい"かわし方"を覚えるんだ。その場をキレイに流していくための。キレイな言葉を言ってキレイに笑う。
ふと疲れた時に、子どもに戻りたくなる。
ツマは大人になんてなりたくないのに、大人への道に強制修正されているような冬だったのだ。
水道屋さんを探すムコさんを見て腹を立てたツマは、きっとそんなムコさんに何もできない自分に腹を立てていたように感じた。
体は所詮、入れ物である。
私が初めて人間の死体(祖父)を見た時に1番に浮かんだ感想。
細部において著者と感性が似ているのだろうなと思った。
密集した東京、だからみな他人に無関心で過ごさないと心がもたない
じゃあなぜインドはそうじゃないの?
何事も、すべてはフクザツに入り混じってる
ムコが彼女に会いに行ったのはツマヘの愛を最終確認するため。
常に心の隅にあった悔やみを愛情と混同して今を見る目に翳りを加えてきた、それを取り払うために。
ツマにしてはたまったものじゃない工程だけれど、これこそ人と人が一緒に生きていく上での醍醐味だと思う。
たまには、前しか向かないことがいかに大事か。たまには、後ろにしっかり目を向けて向き合うことがいかに大事か。
自由に空をはばたくことをやめて、地で他の象とともに生きていくことを決めたきいろいゾウ
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Posted by ブクログ
(あなたのなかから感想)
「がん」が一人称で語り部をやっていたと判明するのがいい。自分は今まで自分の身体も「私」という一人称に含まれると考えていたが、この話では「がん」という自分と呼べるかグレーな存在が体の中から自分のことを二人称呼びしてくる。大腸菌とかミトコンドリアとかの共生生物(?)からしたら「私」も「あなた」なんだなと思った。人間の生命を蝕む悪というのが人間から見た「がん」だが、「がん」はただそこに存在するだけで、その善悪は人類が勝手にラベル付けしたものだという当たり前のことに気付く。
自分はまだ「がん」を意識せずに生きているが、死にたいほど辛いのに死ぬのが怖いというのが自分がやがて味わう苦痛なのかと思うと恐ろしくてかなわない。
(あらわ感想)
ホルマリン漬けにしておいた自分の乳首を乾燥させて樹脂固めしてピアスにするの最高だ。恥など露には元々無かったが、偽りの恥を演じるのに辟易して恥とされているものを両耳にぶら下げるのかっこよすぎる。
(掌感想)
「表参道にあるパンケーキ屋、めっちゃ美味しいらしいで!」、「甘酒って飲む点滴と言われてるんやって。」、←これを「知識」として送ってくる人は本当に居て自分はとても対応に困る。こういうどうでもいい雑談が出来るというのはスキルの一つなのだろうが、自分はその人は休日の過ごし方がとてもつまらない人間だと感じてしまう。視野は広げれば偉いということでは無いが、なんて浅薄な情報を選び取って、かつそれを何故容量の限られた脳みそに埋めようと思えるのだろうと感じてしまう。
(ママと戦う感想)
親の善意が間違ってる時が一番苦しいのは本当にそう思う。そして自分が将来子供を育てることになった時に自分の苦しみなぞとうに忘れて同じことをしてしまいそうなのが怖い。親に間違った善意を向けられると、孝行しないことは悪であるという価値観が染み付いてるゆえ、感謝を期待されているのだろうという義務感から「ありがとう」を絞り出す。これが本当に苦しい。こんなに誰も幸せにならない間違いは減れば減るほどこの世が良くなる。
(チェンジ)
毒を吐くパートが読んでいて気持ちいい。 -
Posted by ブクログ
1番心にのこったのは、孫係かなあ
自分の感情に真っ直ぐに生きられずに相手の期待に応えようとするけどそれって中々難しい
そして相手に対してマイナスな感情が出始めるとそう思うことすらいけないんじゃないかと考えてしまう
けど、係だと思えば、よくできたら係の仕事だと思えば全て楽になる
マタニティも心に残った
周りからどう思われるかなとか弱いままって良くないと思いつう上手く生きていけない
今日会社の帰り道に、車椅子のおばさんを引いて駅まで送った。
その時、周りから偽善と思われるかなとか、私は車椅子を引いてる自分にいい事したって満足してるんじゃないかとか考えすぎちゃった。
けどよくよく考えてみると偽善でも弱くてもそれをみ止めてどうするか考えればいいんだと思った
あと、あねごもよかった
夜やってたからトイレでおしぼりの時のあの感情すごくよく分かったし、共感できた。
周りと一緒に人を馬鹿にする人間になりたくない
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