中江有里の一覧
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ユーザーレビュー
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周りがどんどん結婚していく中で、自分の結婚について嫌でも考えさせられるようになり、その度にやるせなくなるこの頃。
結婚願望があるかと言われればあるし、ないと言われればない。「するか、しないか、するならいつか。」そんなことを呪文のように唱えていた頃に届いた、友人からの結婚式の招待状。
「幸せな人たちが
...続きを読む集まる場に行ったって、自分の惨めさを実感するだけだ」と、欠席にしようかとも思ってた時にふと出会った一冊。
結婚式の参列者には、それぞれの過去があり、未来がある。
結婚することがゴールでもなければ、結婚がその先の絶対的な永久の幸せを保証するものでもないし、早いことが勝ちなわけでもない。
でも、少なからず新しい門出のその瞬間は、周囲に祝われて然るべきなのかもしれない。
そう思うと結婚を、結婚式を祝ってあげたい気がしてきた。
Posted by ブクログ
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本に向き合うことは、個人的な体験となる。自分で読んで、自分で想像する。こんな風に、本当の出会いを語ることができる著者がスゴイ。言葉の選び方が優れている。人生の変わり目の中で、本があったことをさりげなく語る。本が、まさに、著者の伴走者のように書かれている。
子供の時から、「おとなの私」になるまでに、出
...続きを読む会った本たち。成長する時には本があった。
両親の離婚。父親につくのか、母親につくのか?その時に、屋根のない家を選ぶのか、壁のない家を選ぶのかの選択だったという。そして、たくさんのきらめく言葉が浮かび上がる。
わたしは捨て子だった。家なき子。
倚りかからず。しかし、椅子にある背にもたれていいんだよ。
大阪人は、アホを演じることができる。
愛を引っ掛ける釘があり、サヨナラにサヨナラする。
生きていく上では、笑いという自家発電を持つことだ。
変わらない過去ではなく、刻々と変わる不安定な現在に向き合う。
今という時代は、あらゆる時間が積み重なったもの。
生きることは切実なことだ。
砂糖の効いたあんのしっかりした甘さ。あんぱんは今日のわたしを励ます。
絶望して初めて欲望を自覚した。
何が正しいかわからなかった。赦しがたいほどの嫌悪感。
わたしはわたし以外になれません。
ひとりでいたいのに、ひとりでいることはとてつもなくさびしい。
帰るところがない。自立心が芽生える。
そろそろ夕飯だから、降りておいで。
一つの道を選ぶことは、他の道を捨てることだ。
何の夢も希望もない現状から逃げたかった。
本は自分をはかるものさしだ。
愛することは技術である。
どんな大きな画も、白いカンバスに最初の筆をおくことから始まる。
ぼくにとって、あきらめきれない人だから。
本は逃げるための手段で道具だ。使い方は、自分次第でいつだってページを開いた人の味方になってくれる。
ふーむ。言葉の切れ味が実にいい。言葉を感情という研磨機で磨いている。素敵だ。
Posted by ブクログ
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彼女を初めて知ったのは、NHKの『週刊ブックレビュー』という番組でだった。
当初アシスタントだった彼女は、毎週、紹介される本を全部読んでから撮影に臨んでいて、その姿勢に感心したものだった。
毎週3人のゲストが3冊の本を持参し、その中から1冊を紹介する。
つまり毎週3冊は読まねばならない。
その他、特
...続きを読む集される作家の本もそれなりの量があるので、一日何時間読んでいるのだろう、一年に何冊読んでいるのだろうと不思議だった。
どう頑張っても私にはそんな時間が捻出できなかったから。
彼女のすごいのは、興味を持ったことがない分野の本も、苦手分野の本も、きちんと咀嚼して自分のものにしていることだ。
「無理」って投げ出さない。
仕事だから当たり前か。
でも、本を読むことが義務になったら、私は本を読まなくなるんじゃないだろうか。
だって、義務になったら楽しくなさそうだもの。
小説を書き、ドラマの脚本を書き、女優としてもコメンテーターとしてもパネリストとしても活躍する彼女は、それでも年間300冊(それ以上と私は睨んでいるけど)の本を読む。
軽やかに。
楽しそうに。
私も負けていられないな。
読書は決して競争ではないし、自分のペースで自分の好きな本を読めばいいのだけれど、彼女の読書エッセイや書評を読むと、猛烈に読書欲がかき立てられて、鼻息荒く、そう思う。
先日ブログでちょこっと書いた星野博美の『コンニャク屋漂流記』が紹介されていて、びっくりした。
これは、その本に呼ばれているっていうことかしら。
そういう本との出会いも、読書本の楽しみ。
Posted by ブクログ
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彼女を初めて知ったのは、NHKの『週刊ブックレビュー』という番組でだった。
当初アシスタントだった彼女は、毎週、紹介される本を全部読んでから撮影に臨んでいて、その姿勢に感心したものだった。
毎週3人のゲストが3冊の本を持参し、その中から1冊を紹介する。
つまり毎週3冊は読まねばならない。
その他、特
...続きを読む集される作家の本もそれなりの量があるので、一日何時間読んでいるのだろう、一年に何冊読んでいるのだろうと不思議だった。
どう頑張っても私にはそんな時間が捻出できなかったから。
彼女のすごいのは、興味を持ったことがない分野の本も、苦手分野の本も、きちんと咀嚼して自分のものにしていることだ。
「無理」って投げ出さない。
仕事だから当たり前か。
でも、本を読むことが義務になったら、私は本を読まなくなるんじゃないだろうか。
だって、義務になったら楽しくなさそうだもの。
小説を書き、ドラマの脚本を書き、女優としてもコメンテーターとしてもパネリストとしても活躍する彼女は、それでも年間300冊(それ以上と私は睨んでいるけど)の本を読む。
軽やかに。
楽しそうに。
私も負けていられないな。
読書は決して競争ではないし、自分のペースで自分の好きな本を読めばいいのだけれど、彼女の読書エッセイや書評を読むと、猛烈に読書欲がかき立てられて、鼻息荒く、そう思う。
先日ブログでちょこっと書いた星野博美の『コンニャク屋漂流記』が紹介されていて、びっくりした。
これは、その本に呼ばれているっていうことかしら。
そういう本との出会いも、読書本の楽しみ。
Posted by ブクログ
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さらっと書いているように見える文章だけれど、すごい決意をもってこの本を書いたのではないだろうか。
なにしろ家庭の問題からコンプレックスまで、赤裸々に書かれているので、読んでいるこちらの心までざわざわしてしまうほどだった。
人と接するのが苦手で、本のなかに自分の居場所を求めること。
私は単純に物語
...続きを読むの世界に入り込むことが楽しかっただけで、居場所を求めて本を読んでいたわけではないけれど、思春期の、自意識過剰な時期はやはり本の中でだけ心が解放されるような気がしたものです。
”頼ったり甘えたりしないのは、我慢することにつながる。だけど極度の我慢は、自分が何を欲しているのかをわからなくしてしまう。我慢の加減は、とてもむずかしい。”
という文章のあとに紹介されているのは、茨木のり子の『倚(よ)りかからず』
児玉清さんとの交流も、大切な記憶と共に記されていて、『週刊ブックレビュー』を懐かしく思い出しました。
最初は司会の児玉清さんの読書量、幅、深さにただただ感服していたのですが、アシスタントだった著者が、毎週必ず、紹介される4冊を読んでいること、そのほかに自分の好きな本もきちんと読んでいることに驚いたものでした。
その週によって、専門書だったり分厚い本を紹介されることもありましたが、著者は必ず事前に読んで収録に臨んでいました。
読まずに番組に参加する自信がなかったから、と著者は書いていますが、その自信のなさ、自分の足りないものを知っているということが、その後大学の通信課程で日本文学を学び直すことに繋がるのです。
出来ないことを知ること。
出来ない自分をさらすこと。
出来るように努力すること。
きっと彼女はこうやって生きてきたのでしょう。
強くて、賢くて、誠実な人なのだということが、この本を通して伝わってきました。
Posted by ブクログ
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