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目次
須磨すま
明石あかし
澪標みおつくし
蓬生よもぎう
関屋せきや
絵合えあわせ
松風まつかぜ
薄雲うすぐも
朝顔
乙女
玉鬘たまがつら
★初音はつね
胡蝶こちょう
源氏物語、源氏パートより、薫パートの方が好きなんだけど。源氏パートは宮廷スケールだから親しみを感じづらい。
与謝野源氏は原文にほぼ近い訳らしい
「当帝の外戚の大臣一派が極端な圧迫をして源氏に不愉快な目を見せることが多くなって行く。つとめて冷静にはしていても、このままで置けば今以上な禍いが起こって来るかもしれぬと源氏は思うようになった。源氏が隠栖の地に擬している須磨という所は、昔は相当に家などもあったが、近ごろはさびれて人口も稀薄になり、漁夫の住んでいる数もわずかであると源氏は聞いていたが、田舎といっても人の多い所で、引き締まりのない隠栖になってしまってはいやであるし、そうかといって、京にあまり遠くては、人には言えぬことではあるが夫人のことが気がかりでならぬであろうしと、煩悶した結果須磨へ行こうと決心した。この際は源氏の心に上ってくる過去も未来も皆悲しかった。いとわしく思った都も、いよいよ遠くへ離れて行こうとする時になっては、捨て去りがたい気のするものの多いことを源氏は感じていた。その中でも若い夫人が、近づく別れを日々に悲しんでいる様子の哀れさは何にもまさっていたましかった。この人とはどんなことがあっても再会を遂げようという覚悟はあっても、考えてみれば、一日二日の外泊をしていても恋しさに堪えられなかったし、女王もその間は同じように心細がっていたそんな間柄であるから、幾年と期間の定まった別居でもなし、無常の人世では、仮の別れが永久の別れになるやも計られないのであると、源氏は悲しくて、そっといっしょに伴って行こうという気持ちになることもあるのであるが、そうした寂しい須磨のような所に、海岸へ波の寄ってくるほかは、人の来訪することもない住居に、この華麗な貴女と同棲していることは、あまりに不似合いなことではあるし、自身としても妻のいたましさに苦しまねばならぬであろうと源氏は思って、それはやめることにしたのを、夫人は、「どんなひどい所だって、ごいっしょでさえあれば私はいい」 と言って、行きたい希望のこばまれるのを恨めしく思っていた。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「私は子供の時代から学問を熱心にしていましたが、詩文の方面に進む傾向があると御覧になったのですか、院がこうおっしゃいました、文学というものは世間から重んぜられるせいか、そのほうのことを専門的にまでやる人の長寿と幸福を二つともそろって得ている人は少ない。不足のない身分は持っているのであるから、あながちに文学で名誉を得る必要はない。その心得でやらねばならないって。以来私に本格的な学問をいろいろとおさせになりましたが、できが悪い課目もなく、またすぐれた深い研究のできたこともありませんでした。絵を描くことだけは、それは大きいことではありませんが、満足のできるほど精神を集中させて描いて見たいという希望がおりおり起こったものですが、思いがけなく放浪者になりました時に、はじめて大自然の美しさにも接する機会を得まして、描くべき物は十分に与えられたのですが、技巧がまずくて、思いどおりの物を紙上に表現することはできませんでした。そんなものですからこれだけをお目にかけることは恥ずかしくていたされませんから、今度のような機会に持ち出しただけなのですが、私の行為が突飛なように評されないかと心配しております」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「何の芸でも頭がなくては習えませんが、それでもどの芸にも皆師匠があって、導く道ができているものですから、深さ浅さは別問題として、師匠の真似をして一通りにやるだけのことはだれにもまずできるでしょう。ただ字を書くことと囲碁だけは芸を熱心に習ったとも思われない者からもひょっくりりっぱな書を書く者、碁の名人が出ているものの、やはり貴族の子の中からどんな芸も出抜けてできる人が出るように思われます。院が御自身の親王、内親王たちに皆何かの芸はお仕込みになったわけですが、その中でもあなたへは特別に御熱心に御教授あそばしましたし、熱心にもお習いになったのですから、詩文のほうはむろんごりっぱだし、そのほかでは琴をお弾きになることが第一の芸で、次は横笛、琵琶、十三絃という順によくおできになる芸があると院も仰せになりました。世間もそう信じているのですが、絵などはほんのお道楽だと私も今までは思っていましたのに、あまりにお上手過ぎて墨絵描きの画家が恥じて死んでしまう恐れがある傑作をお見せになるのは、けしからんことかもしれません」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「東の院が美々しく落成したので、花散里といわれていた夫人を源氏は移らせた。西の対から渡殿へかけてをその居所に取って、事務の扱い所、家司の詰め所なども備わった、源氏の夫人の一人としての体面を損じないような住居にしてあった。東の対には明石の人を置こうと源氏はかねてから思っていた。北の対をばことに広く立てて、かりにも源氏が愛人と見て、将来のことまでも約束してある人たちのすべてをそこへ集めて住ませようという考えをもっていた源氏は、そこを幾つにも仕切って作らせた点で北の対は最もおもしろい建物になった。中央の寝殿はだれの住居にも使わせずに、時々源氏が来て休息をしたり、客を招いたりする座敷にしておいた。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「この時分に太政大臣が薨去した。国家の柱石であった人であるから帝もお惜しみになった。源氏も遺憾に思った。これまではすべてをその人に任せて閑暇のある地位にいられたわけであるから、死別の悲しみのほかに責任の重くなることを痛感した。帝は御年齢の割に大人びた聡明な方であって、御自身だけで政治をあそばすのに危げもないのであるが、だれか一人の御後見の者は必要であった。だれにそのことを譲って静かな生活から、やがては出家の志望も遂げえようと思われることで源氏は太政大臣の死によって打撃を受けた気がするのである。源氏は大臣の息子や孫以上に至誠をもってあとの仏事や法要を営んだ。今年はだいたい静かでない年であった。何かの前兆でないかと思われるようなことも頻々として起こる。日月星などの天象の上にも不思議が多く現われて世間に不安な気がみなぎっていた。天文の専門家や学者が研究して政府へ報告する文章の中にも、普通に見ては奇怪に思われることで、源氏の内大臣だけには解釈のついて、そして疚しく苦しく思われることが混じっていた。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「帝は王命婦にくわしいことを尋ねたく思召したが、今になって女院が秘密を秘密とすることに苦心されたことを、自分が知ったことは命婦にも思われたくない、ただ大臣にだけほのめかして、歴史の上にこうした例があるということを聞きたいと思召されるのであったが、そうしたお話をあそばす機会がお見つかりにならないためにいよいよ御学問に没頭あそばされて、いろいろの書物を御覧になったが、支那にはそうした事実が公然認められている天子も、隠れた事実として伝記に書かれてある天子も多かったが、この国の書物からはさらにこれにあたる例を御発見あそばすことはできなかった。皇子の源氏になった人が納言になり、大臣になり、さらに親王になり、即位される例は幾つもあった。りっぱな人格を尊敬することに託して、自分は源氏に位を譲ろうかとも思召すのであった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「私は過去の青年時代に、みずから求めて物思いの多い日を送りました。恋愛するのは苦しいものなのですよ。悪い結果を見ることもたくさんありましたが、とうとう終いまで自分の誠意がわかってもらえなかった二つのことがあるのですが、その一つはあなたのお母様のことです。お恨ませしたままお別れしてしまって、このことで未来までの煩いになることを私はしてしまったかと悲しんでいましたが、こうしてあなたにお尽くしすることのできることで私はみずから慰んでいるもののなおそれでもおかくれになったあなたのお母様のことを考えますと、私の心はいつも暗くなります」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「源氏の大臣から熱心に結婚が申し込まれていらっしゃるのだったら、いいじゃありませんかね、今はじめての話ではなし、ずっと以前からのことなのですからね、お亡くなりになった宮様もあなたが斎院におなりになった時に、結婚がせられなくなったことで失望をなすってね、以前宮様がそれを実行しようとなすった時に、あなたの気の進まなかったことで、話をそのままにしておいたのを御後悔してお話しになることがよくありましたよ。けれどもね、宮様がそうお思い立ちになったころは左大臣家の奥さんがいられたのですからね、そうしては三の宮がお気の毒だと思召して第二の結婚をこちらでおさせにはなりにくかったのですよ。あなたと従妹のその奥様が亡くなられたのだし、そうなすってもいいのにと私は思うし、一方ではまた新しく熱心にお申し込みがあるというのは、やはり前生の約束事だろうと思う」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「大学へ若君が寮試を受けに行く日は、寮門に顕官の車が無数に止まった。あらゆる廷臣が今日はここへ来ることかと思われる列席者の派手に並んだ所へ、人の介添えを受けながらはいって来た若君は、大学生の仲間とは見ることもできないような品のよい美しい顔をしていた。例の貧乏学生の多い席末の座につかねばならないことで、若君が迷惑そうな顔をしているのももっともに思われた。ここでもまた叱るもの威嚇するものがあって不愉快であったが、若君は少しも臆せずに進んで出て試験を受けた。昔学問の盛んだった時代にも劣らず大学の栄えるころで、上中下の各階級から学生が出ていたから、いよいよ学問と見識の備わった人が輩出するばかりであった。文人と擬生の試験も若君は成績よく通ったため、師も弟子もいっそう励みが出て学業を熱心にするようになった。源氏の家でも始終詩会が催されなどして、博士や文士の得意な時代が来たように見えた。何の道でも優秀な者の認められないのはないのが当代であった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「学問を深くした人であるから韻塞ぎの遊戯には負けたが公務を処理することに賢かった。幾人かの腹から生まれた子息は十人ほどあって、大人になって役人になっているのは次々に昇進するばかりであったが、女は女御のほかに一人よりない。それは親王家の姫君から生まれた人で、尊貴なことは嫡妻の子にも劣らないわけであるが、その母君が今は按察使大納言の夫人になっていて、今の良人との間に幾人かの子女が生まれている中において継父の世話を受けさせておくことはかわいそうであるといって、大臣は引き取ってわが母君の大宮に姫君をお託ししてあった。大臣は女御を愛するほどには決してこの娘を愛してはいないのであるが、性質も容貌も美しい少女であった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「そうしたわけで源氏の若君とこの人は同じ家で成長したのであるが、双方とも十歳を越えたころからは、別な場所に置かれて、どんなに親しい人でも男性には用心をしなければならぬと、大臣は娘を訓えて睦ませないのを、若君の心に物足らぬ気持ちがあって、花や紅葉を贈ること、雛遊びの材料を提供することなどに真心を見せて、なお遊び相手である地位だけは保留していたから、姫君もこの従弟を愛して、男に顔を見せぬというような、普通の慎みなどは無視されていた。乳母などという後見役の者も、この少年少女には幼い日からついた習慣があるのであるから、にわかに厳格に二人の間を隔てることはできないと大目に見ていたが、姫君は無邪気一方であっても、少年のほうの感情は進んでいて、いつの間にか情人の関係にまで到ったらしい。東の院へ学問のために閉じこめ同様になったことは、このことがあるために若君を懊悩させた。まだ子供らしい、そして未来の上達の思われる字で、二人の恋人が書きかわしている手紙が、幼稚な人たちのすることであるから、抜け目があって、そこらに落ち散らされてもあるのを、姫君付きの女房が見て、二人の交情がどの程度にまでなっているかを合点する者もあったが、そんなことは人に訴えてよいことでもないから、だれも秘密はそっとそのまま秘密にしておいた。后の宮、両大臣家の大饗宴なども済んで、ほかの催し事が続いて仕度されねばならぬということもなくて、世間の静かなころ、秋の通り雨が過ぎて、荻の上風も寂しい日の夕方に、大宮のお住居へ内大臣が御訪問に来た。大臣は姫君を宮のお居間に呼んで琴などを弾かせていた。宮はいろいろな芸のおできになる方で、姫君にもよく教えておありになった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「あまり学問のできすぎることは不幸を招くことだと大臣も御体験なすったことなのだけれど、あなたをまたそうおしつけになるのだね、」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「と源氏は言うのであった。すなおな性質のこの人は、源氏の言葉に絶対の服従をする習慣から、若君を愛して優しく世話をした。若君は養母の夫人の顔をほのかに見ることもあった。よくないお顔である。こんな人を父は妻としていることができるのである、自分が恨めしい人の顔に執着を絶つことのできないのも、自分の心ができ上がっていないからであろう、こうした優しい性質の婦人と夫婦になりえたら幸福であろうと、こんなことを若君は思ったが、しかしあまりに美しくない顔の妻は向かい合った時に気の毒になってしまうであろう、こんなに長い関係になっていながら、容貌の醜なる点、性質の美な点を認めた父君は、夫婦生活などは疎にして、妻としての待遇にできるかぎりの好意を尽くしていられるらしい。それが合理的なようであるとも若君は思った。そんなことまでもこの少年は観察しえたのである。大宮は尼姿になっておいでになるがまだお美しかったし、そのほかどこでこの人の見るのも相当な容貌が集められている女房たちであったから、女の顔は皆きれいなものであると思っていたのが、若い時から美しい人でなかった花散里が、女の盛りも過ぎて衰えた顔は、瘦せた貧弱なものになり、髪も少なくなっていたりするのを見て、こんなふうに思うのである。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
与謝野源氏は原文にほぼ近い訳らしい
「新春第一日の空の完全にうららかな光のもとには、どんな家の庭にも雪間の草が緑のけはいを示すし、春らしい霞の中では、芽を含んだ木の枝が生気を見せて煙っているし、それに引かれて人の心ものびやかになっていく。まして玉を敷いたと言ってよい六条院の庭の初春のながめには格別なおもしろさがあった。常に増してみがき渡された各夫人たちの住居を写すことに筆者は言葉の乏しさを感じる。春の女王の住居はとりわけすぐれていた。梅花の香も御簾の中の薫物の香と紛らわしく漂っていて、現世の極楽がここであるような気がした。さすがにゆったりと住みなしているのであった。女房たちも若いきれいな人たちは姫君付きに分けられて、少しそれより年の多い者ばかりが紫の女王のそばにいた。上品な重味のあるふうをして、あちらこちらに一団を作っているこうした女房らは歯固めの祝儀などを仲間どうしでしていた。鏡餅なども取り寄せて、今年じゅうの幸福を祈るのに興じ合っている所へ主人の源氏がちょっと顔を見せた。懐中手をしていた者が急に居ずまいを直したりしてきまりを悪がった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「引き分かれ年は経れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや 少女の作でありのままに過ぎた歌である。 夏の夫人の住居は時候違いのせいか非常に静かであった。わざと風流がった所もなく、品よく、貴女の家らしく住んでいた。源氏と夫人の二人の仲にはもう少しの隔てというものもなくなって、徹底した友情というものを持ち合っていた。現在では肉体の愛を超越した夫婦であった。しかも精神的には永久に離れまいと誓い合う愛人どうしである。几帳を隔てて花散里はすわっていたが、源氏がそれを手で押しやると、また花散里はそうするままになっていた。お納戸色という物は人をはなやかに見せないものであるが、その上この人は髪のぐあいなどももう盛りを通り過ぎた人になっていた。優美な物ではないが添え毛でもすればよいかもしれぬ。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「私がいろいろと考えたり、言ったりしていても、あなたにこうしたいと思っておいでになることがないのであろうかと、気づかわしい所もあります。内大臣に名のって行くことも、まだ結婚前のあなたが、長くいっしょにいられる夫人や子供たちの中へはいって行って幸福であるかどうかが疑問だと思って私は躊躇しているのです。女として普通に結婚をしてから出会う機会をとらえたほうがいいと思うのですが、その結婚相手ですね、兵部卿の宮は表面独身ではいられるが、女好きな方で、通ってお行きになる人の家も多いようだし、また邸には召人という女房の中の愛人が幾人もいるということですからね、そんな関係というものは、夫人になる人が嫉妬を見せないで自然に矯正させる努力さえすれば、世間へ醜態も見せずに穏やかに済みますが、そうした気持ちになれない性格の人は、そんなつまらぬことから夫婦仲がうまくゆかずに、良人の愛を失ってしまう結果にもなりますから、ある覚悟がいりますよ。右大将は若い時からいっしょにいた夫人が年上であることなどから、その人と別れるためにも、新たな結婚をしたがっているのですが、しかし、それも面倒の添った縁だと人の言うそれですからね、だから私も相手をだれとも仮定して考えて見ることができないのです。こんなことは親にもはっきりと意見の述べられない問題なのだが、あなたもひどくまだ若いというのではないから、自身の結婚する相手について判断のできない訳はないと思う。私をあなたのお母様だと思って、何でも相談してくだすったらいいと思う。あなたに不満足な思いをさせるような結婚はさせたくないと私は思っているのです」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「私がいろいろと考えたり、言ったりしていても、あなたにこうしたいと思っておいでになることがないのであろうかと、気づかわしい所もあります。内大臣に名のって行くことも、まだ結婚前のあなたが、長くいっしょにいられる夫人や子供たちの中へはいって行って幸福であるかどうかが疑問だと思って私は躊躇しているのです。女として普通に結婚をしてから出会う機会をとらえたほうがいいと思うのですが、その結婚相手ですね、兵部卿の宮は表面独身ではいられるが、女好きな方で、通ってお行きになる人の家も多いようだし、また邸には召人という女房の中の愛人が幾人もいるということですからね、そんな関係というものは、夫人になる人が嫉妬を見せないで自然に矯正させる努力さえすれば、世間へ醜態も見せずに穏やかに済みますが、そうした気持ちになれない性格の人は、そんなつまらぬことから夫婦仲がうまくゆかずに、良人の愛を失ってしまう結果にもなりますから、ある覚悟がいりますよ。右大将は若い時からいっしょにいた夫人が年上であることなどから、その人と別れるためにも、新たな結婚をしたがっているのですが、しかし、それも面倒の添った縁だと人の言うそれですからね、だから私も相手をだれとも仮定して考えて見ることができないのです。こんなことは親にもはっきりと意見の述べられない問題なのだが、あなたもひどくまだ若いというのではないから、自身の結婚する相手について判断のできない訳はないと思う。私をあなたのお母様だと思って、何でも相談してくだすったらいいと思う。あなたに不満足な思いをさせるような結婚はさせたくないと私は思っているのです」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著