小説・文芸の高評価レビュー
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ネタバレ憲雄は恃照に戒閻という人生の張り合いを持たせたのだと思う。憎んでいる人間の一挙手一投足というものは、好きな人間のそれと同じくらい視界に入るものである。だが作中でも恃照が言うように、憎むべき存在の戒閻に、心のどこかでは羨望の眼差しを持ち、彼の行く末を見届けたいと言う思いがあったとも考えられる。戒閻がいなければ、恃照は早い段階で自死していたかもしれない。
戒閻は恃照を嫌い、また憎んでいたけれども、それは彼に己を重ねていたから。同じ血を流しながら、阿闍梨になれず、また死ぬこともできず、ただ残りの人生を消費しているだけの人間に、己の運命を重ねて見てしまった。故にこれまで途絶していた恵光坊流を復活させ -
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ネタバレ夜行が好きすぎて、森見登美彦ホラー3作品のうちの1つであるこの話を待望していました。年末に時間ある時に読めてよかった。
まるで万華鏡が創り出す、幻想的で、どこか懐かしくて淡く寂しい、その中に自分が取り残されたような気持ちになりました。無限に続く宵山の世界、幾人にも増える赤い着物を着た女の子たちはまさに万華鏡が作り出す世界をよく体現していたなって思いました。(休日なら同じ毎日を繰り返してもいいかも笑)
ギャグテイストの方向で書かれていた「宵山劇場」も実はこの話全体にしっかりと関係していたのがあとになって分かって驚きでした。「偽祇園祭」を企画した乙川の目的はただの悪ふざけじゃなくて、意外にしっ -
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本書を読み進めるうちに、清原和博という人物そのものに強く惹きつけられていった。まるで自分自身が甲子園を夢見て青春を過ごす高校球児であったかのような気持ちになり、ページをめくる手が自然と熱を帯びたことを覚えている。
ドラフト会議での苦い経験、栄光の裏に潜む葛藤、そして引退後に訪れる寂しさ――。華やかな世界の象徴である清原の姿が、むしろ人間らしい弱さや空虚さを通して描かれている点が印象的だった。
挑戦する場を失い「空白が生まれる」という描写には、スポットライトから遠ざかった人間が抱える孤独や心の揺れがにじんでいた。
また、本人だけではなく周囲の人々もまたその寂しさに触れ、寄り添い、傷つきながら関わ -
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どうしよ、想像以上にとっっても良かった!
冒頭の湯気の話、すごくストンときた
湯気を気にしたことなくて、ある程度あったかかったらヨシ!
湯気が出てようが出ていなかろうがかまわなかったけど、この本を読んでからやたら気にするようになった
ちょっとぬるいぐらいでも食べられるけど、湯気が出てるぐらいのあちあちが1番おいしいよねそりゃ。
素材に注目した記事が多くて、私にはそれがぶっ刺さりました
わかめ鍋作ってみたいし、せり鍋は食べたことないから食べてみたい
旬のものをもっと料理したいと思うと同時に、そういうものを毎日扱っていた前職時代を思い出した
もうずっと忘れてた
ハードな仕事だったけど、そういう -
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言葉にできないと思った。この小説を。
押し付けるような感じがないのに、風にページがめくられていって、読み終わるころには私は全くちがうものになっていた。
この小説に漂っているものを感じとれる人間でよかった。でもきっと、一般的には、こういうものを知らずに送る人生のほうが幸福なのかもしれない。私は主人公のような人生を送るつもりはないし、もっと晴々しいかんじに生きてやろうと思っている。でも私は彼を忘れない。この本に出会えてよかったと思っているのはほんとうだ。
年の瀬に良いものに出会えました。著者の木野寿彦さんに大きな感謝を伝えたいです。ほんとうにありがとうございました。 -
Posted by ブクログ
組織を崩壊の危機に陥れる背景には、独裁的な権力を握るトップが存在する絶対君主型、制度化された権限の序列構造がある官僚制型、伝統の継承を大義名分として堅固な上下関係が受け継がれる伝統墨守型がある。3つのタイプとも、内部に厳格な命令・服従の関係が存在することが共通している。
マックス・ウェーバーは正統的支配の方法として、ある人物に対する帰依に基づくカリスマ的支配、成文化された秩序による合法的支配、伝統や日常的信念に基づく伝統的支配の3つをあげている。
本来、企業は目的集団だが、崩壊したか崩壊する危機に瀕した組織には、利害を共有する仲間である共同体としての側面が色濃く現れている。目的集団と共同体