あなたは、亡くなった人にこんな思いを抱えていないでしょうか?
“生前にこんなことを言ってあげればよかった、彼からの問いかけにこう答えればよかった”
死は突然人を襲います。それは、結果として亡くなった本人だけでなく、残された家族にも言えることでもあります。特に不慮の事故により大切な家族と突然引き
...続きを読む離されてしまった場合には気持ちの整理をつけることは容易なことではありません。
昨今、一定の時間をかけてこの世に別れを告げることができ、家族もその間に心づもりができる、”がん”によって死ぬことが見直されてきてもいます。とは言え、人は自死でもない限り自分の死に方を選ぶことはできません。まさかの事故で突然にこの世を後にする瞬間の到来。それは本人にも受け入れ難いものでしょうし、残された家族にだって容易に踏ん切りをつけることができるものでもないでしょう。普段、縁起が悪いという言葉の先に私たちは死について触れることはありません。しかし、それがいつ何時誰の元に訪れるかわからない以上、普段から心残りのない人生を日々生きていく、その姿勢は大切なのだと思います。
さてここに、葬儀社で働く一人の大学生を描いた作品があります。就職活動に苦戦するその女性。そんな女性に隠された力の存在を感じるこの作品。お見送りまでの残された時間に悔いなき別れをサポートしていく女性の姿を見るこの作品。そしてそれは、『どんな人でも、生まれてきたからには、いつかは死んでいく』という現実を前に奔走する女性の姿を見る物語です。
『私、清水美空(しみず みそら)は、葬儀場でホールスタッフのバイトをしている大学生だ』と、『東京スカイツリーのすぐ近く』の葬儀社『坂東会館(ばんどうかいかん)』に『就職活動のための半年の休職期間を経て』訪れたのは主人公の美空。『不動産業界の会社』を志望する美空ですが、不採用続きであとがない美空。そんな中に『そろそろバイトに来ない?明日なんてどうかな』と社員の赤坂陽子から電話を受けた美空は葬儀場へと足を運びます。父親と『坂東会館』の社長が『親しい釣り仲間』ということをきっかけに『人手不足』もあって始めたバイト。気軽な気持ちで始めたバイトでしたが実際には『まさに戦場』とも言える忙しさでした。到着して早々に『さっさと椅子を並べちゃおう』と指示する陽子は『急に四階でもお通夜が入った』、『密葬で、とにかく早くやりたい』、『きっと何かある』と美空に伝えます。詳細については担当の『ガードが堅』くてよくわからないという陽子は担当が漆原であることを伝えます。そして、準備を終えたところに僧侶と一緒にいる漆原の姿を見つけ挨拶する美空。そんなところに戻ってきた陽子は『四階の式』が『焼身自殺した人』であることを『声を落として』美空に伝えます。それを聞いて『頭の中に』『警戒のサイレンが鳴り響』く美空は、『あまり口外することではないが、私にはちょっとした能力がある。”気”に敏感なのだ』と自身のことを思います。『その場に残っている思念を感じ』るという美空はそれが『一般的に霊感と呼ばれるものだ』と認識しています。『ただ見えて、感じるだけ』、『実害があるわけでもない』と思う美空。そして、『二階の式』が順調に進む中、『四階を手伝ってきてくれるかな』と陽子に言われた美空は、『あとはお料理のかたづけだけ』という四階へと向かいます。『お疲れ様です。かたづけに来ました』と襖を開けると、そこには先ほどの僧侶の姿がありました。そして『担当の漆原です』と、話し始めた漆原は『こちらは里見。今夜の式を勤めた僧侶です』と紹介します。真言宗の光照寺から来たという里見のことを『たいていは里見の父親』、『兄上たちが来ること』もあるが、『こいつはめったに来ない』とニヤリと説明する漆原に『そういう言い方をすると、もう手伝わないよ』と言う里見。そんな中に片付けを始めた美空ですが、『ご遺体の代わりに』置かれた『小さな骨壺』を見て、『いっそう凝縮された思いが詰まっている気がして、とっさに目を逸らし』ます。そんな美空に、『大丈夫。怖くないよ』と『いつの間にか、すぐそばに』立っていた里見は『この人は大丈夫だよ』、『過激なやり方で、周りを驚かせたかったみたいだよ。痛快だって笑っている』と話す里見。『そんなことが分かるんですか』と訊く美空に『分かるよ』と『自信たっぷりに頷』く里見は『何か感じているとしたら、それはご遺族のものだ』、『身内にこんな死に方をされたら、残された家族の苦しみのほうが大きい』と説明します。そんな話の中に『たとえ身内でも、亡くなった方にはもう何もしてあげられない。こうやって、後悔の念を少しでも昇華させるしかない。葬儀とはそういう場でもある』と会話に入ってきた漆原。そんな会話に、『どうして「笑っている」なんて言ったんですか?』と訊かれ『僕には色々見えるんだよ』と里見に返され『自分と同じような能力を持つ者が、すぐ目の前にいるなんて信じられなかった』と『予想もしなかった言葉に衝撃を受け』る美空。そんな美空は『私よりもよほど感度がいい』と思うも『初対面の相手に「私もです」などと言えるほど、自分の能力に確固たる自信があるわけでもない』と思い困惑します。そんな中に『里見、仕事の邪魔をするな』という漆原の『式場関係者らしいもっともな言葉に』ほっとする美空。そんな美空が自らに隠された能力の下、『坂東会館』でさまざまな葬儀を担当していく姿が描かれていきます。
“この葬儀場では、奇蹟が起きる。夫の五年にわたる闘病生活を支え、死別から二年の歳月をかけて書き上げた「3+1回泣ける」お葬式小説”と内容紹介にうたわれるこの作品。そんな内容紹介にある通り作者の長月天音さんはこんなことを語られています。
“私が「ほどなく、お別れです」を書いたきっかけは、三年前(二〇一六年)に主人を看取ったことでした”。
自らに一番近い近親者を亡くされた長月さんは、こんな風に続けられます。
“亡くなった主人に対して、生前にこんなことを言ってあげればよかった、彼からの問いかけにこう答えればよかったという思いが強く残っていました”
そんな後悔を少しでも薄めるために、大学時代に実際にアルバイトをされていたという葬儀屋を舞台にこの作品を執筆した…とその経緯を語る長月さん。このレビューを読んでくださっている方の年齢、属性はマチマチです。しかし、今までの人生の中で少なくとも誰かしら一度は近親者を送る場面に接してこられたことがあるのではないかと思います。この作品はそんな思いをされた方のど真ん中に響いてくるものがある作品だと思います。では、ここでまず大切なことをお伝えしておきたいと思います。
“この本はヤバイやつや!電車で読んだらあかんやつや!”
そもそも「ほどなく、お別れです」という書名からして怪しい雰囲気が漂っているこの作品。その予想通りこの作品は読者の心のど真ん中を射抜きます。この作品は上記した冒頭の概略から予想できる通り、ファンタジー作品です。『私にはちょっとした能力がある。”気”に敏感なのだ…』と説明もされるその力が発揮された先にどんな世界が描かれていくのか。同じように死者の思いに寄り添うファンタジー作品としては辻村深月さん「ツナグ」と続編の「ツナグ 想い人の心得」があまりにも有名です。あの作品でも大泣きが止まらなくなった私ですが、この作品の感覚も基本的には同じ地平線上にあります。残念ながら「ツナグ」にはこれ以上続編が刊行される雰囲気がないこともあり、あの世界観をもう一度!と思われる方がいらしたとしたら、この作品をおすすめしたいと思います。方法論こそ違えど、同じ温度感の涙の読中・読後がそこに待っていると思います。
さて、そんなこの作品は「ツナグ」と異なり、表紙にも象徴的に描かれている『東京スカイツリーのすぐ近く』にある葬儀社が舞台となります。『不動産業界の会社』を志望するもあとがなくなった主人公の美空。そんな美空は作者の長月さん同様に葬儀社でアルバイトをしています。物語は結果的に葬儀社の舞台裏を描くことともなり、葬儀社の”お仕事小説”の側面も垣間見せます。
『坂東会館は、二階と三階の式場のほか、四階の座敷も合わせると一度に三つの式を行うことができる。その他にも、お寺やご自宅などの外現場もある』。
規模感が語られていく『坂東会館』の葬儀社としての”お仕事”はこんな風に語られます。
『たとえ真夜中だろうと、どこかで人が亡くなれば連絡が入る。ドライアイスを持って駆け付けたり、病院までご遺体を引き取りに行ったりしなければならない。葬儀屋というのもなかなかに大変な仕事だ』。
これは朧げながらに類推できることですが、この作品では、そんな葬儀社で働く感覚をこんな風に
に説明します。
・『葬儀という仕事では、失敗が許されない緊張感に常にさらされているため、終わった後の和やかに緩んだ空気が、何よりも心地よく感じられるのだ。それは私以上に彼らのほうが感じていることだと思う』。
・『決して安くはないその費用に見合うかどうかは、式がいかにスムーズに行われたかは言うまでもなく、細やかな気遣いができているかなど、働きぶりによって厳しく評価されてしまう』。
なかなかに大変な裏事情が垣間見えます。私も父親の葬儀を経験し葬儀社の方と散々にやりとりしました。気持ちがとても敏感になってるが故にスタッフの一言ひと言に冷静さを欠いて反応してしまうこともあったように思います。
『結局は、人間が好きでないと務まらない仕事なのです』。
大切な人の最期をお任せする存在だからこその大変さがそこにあることがわかります。同じように葬儀社が舞台となる作品としては、町田そのこさん「ぎょらん」、宮木あや子さん「セレモニー黒真珠」、そして、村山由佳さん「花酔ひ」などがありますが、葬儀に真摯に向き合うスタッフの姿が一番よく描かれているのがこの長月さんの作品だと思いました。
そんなこの作品は『私にはちょっとした能力がある。”気”に敏感なのだ…』という先に『ただ見えて、感じるだけ』という主人公・美空が持つ特別な能力に光が当たります。「ツナグ」には、”使者”として、主人公の歩美が死者と生者を引き合わせる役割を果たします。この作品では生者に死者を引き合わせるという展開があるわけではありませんが、死者の思いを感じる存在として主人公の美空が物語を引っ張っていきます。そんな美空には〈プロローグ〉冒頭に記される通り、
『姉が美鳥、私が美空…けれど、姉と私が出会うことはなかった。姉は私に出会う前に、飛び立ってしまったのだ』。
と記されています。物語はそんな姉妹に隠された謎を伏線にして展開していきます。それこそが、こんな風に説明されていく姉の存在です。
『姉は今も幼い姿のまま、私の夢に現れる。これはもう、私に霊感があることと無関係とは思えなかった。むしろ、姉が付いているから霊感があるのかもしれなかった』。
この作品は〈プロローグ〉と〈エピローグ〉に挟まれた三つの短編から構成されています。それぞれの短編には美空が見ることになる死者の存在があり、ある意味でその死者が主人公とも言えますが「ツナグ」ほどにはハッキリした存在ではありません。どこまでいっても美空が主人公として物語を引っ張っていく構図に変化はありません。ここに、短編タイトルをご紹介しておきたいと思います。”→”の後は私の感涙レベルです。
・〈プロローグ〉
・〈第一話 見送りの場所〉→ 大号泣
・〈第二話 降誕祭のプレゼント〉→ 号泣
・〈第三話 紫陽花の季節〉→ 衝撃
・〈エピローグ〉→ しんみり
どうでしょうか?短編タイトルからはその内容を想像することは不可能だと思います。また、ここでそれぞれの短編の内容にこれ以上触れることも敢えてやめておきたいと思います。「ツナグ」と大きく異なるところはこの作品は葬儀社が舞台であり、ある意味で物語のエンドが決まっているところです。つまり、『坂東会館』に連絡が入り、ご遺体のお引き取り、お通夜、そして告別式、そして火葬場へのお見送りの段まで。それがこの作品が展開できるある意味でのタイムリミットです。その限られた時間の中に心を込めたお見送りをする、それが美空たち葬儀社のスタッフに課せられた使命です。物語では、美空と同じ力を持った存在として僧侶の里見が描かれます。そして、力は持たないまでも美空と里見を繋いでいく漆原の存在が物語にどこかミステリーっぽさを生みながら展開してもいきます。人によってどの短編に心打たれるかは変化すると思います。これは、亡くなった人の属性とその背景にあるものによって何に感じ入るかという違いだと思います。この視点から私は上記したような感想を抱きました。特に〈第二話…〉については心の準備ができていなかったこともあって、あまりの衝撃の大きさに涙が止まらなくなってしまって、もうどうなることかと思いました(汗)。そう、もう一度大切なことを書きますね。
“この本はヤバイやつや!電車で読んだらあかんやつや!”
この言葉を決して軽んじられませんように。誰もいない自宅で思う存分、物語に浸りましょう!この作品世界に没入しましょう。その先には、この作品が宝もののように思える読後があなたを待っていると思います。
『結局はね、生きている人の心の中の問題なのですよ。どう死を認めるか。どう諦めるか。ご遺族の気持ちに区切りがつくことで、たいていは死者も納得するものです』。
『東京スカイツリーのすぐ近く』の葬儀社で働く主人公の美空。そんな美空には『あまり口外することではないが、私にはちょっとした能力がある。”気”に敏感なのだ』という力の存在が隠されていました。葬儀社の”お仕事小説”の側面も垣間見せるこの作品。ほんのり漂うファンタジーの香りに心地よく涙できるこの作品。
「ほどなく、お別れです」という言葉に思いを馳せてもしまう素晴らしい作品でした。