筆者こと主人公は「七帝柔道」という寝技中心の柔道に憧れ、2浪の末にその一角を占める北海道大学に入学した。そこから物語ははじまります。『寝技中心の柔道』に己の全てを賭ける男たちの青春を描いた小説です。
実をいうと僕は、大学時代に1度だけ、七帝戦、もしくは七大柔道大会というものを見たことがあるんです。ここで行われる柔道は、講道館ルールと呼ばれるオリンピック等で見られるものではなく、現在で似た様なものはブラジリアン柔術のように(ルーツが同じだから当然といえば当然)ひたすら寝技で戦うというもので、さらにいうなれば関節を極められてもギブアップはせず、締め技が入れば落ちる(意識を失って気絶する)という本当に壮絶な試合であったことを思い出します。
僕が見ていたときは女子の試合があり、彼女等も必死になって試合をしていたことを本書を読みながら思い出しました。確か、そのときは記憶によると主催校だった北海道大学が優勝し、選手はもちろんのこと、OBとおぼしき年配の男性も男泣きに泣いていたことを思い出しました。さらに僕は、物語の舞台である北海道大学のキャンパスおよび北大の界隈は様々な業者として北大キャンパス内に入って仕事をし、さらには精神的な彷徨を重ね続けた場所であるために、読みながら書かれている地名や北大の学部。さらにはキャンパス内の施設や彼等が酒を酌み交わしたり、食事をしたりしていた店も『あぁ、あそこか』と思いながら、あの無為を極めた歳月はこの小説を理解するためにあったのかと、そんなことを錯覚しながら最後まで読んでおりました。
この小説は旧帝国大学系大学のひとつといわれる北海道大学を舞台にそこで華やかなキャンパスライフをすべてかなぐり捨てて『高専柔道』と呼ばれる特殊な柔道の流れをくむ『七帝柔道(もしくは七大柔道)』に明け暮れる若者たちを描いた青春群像劇となっております。最初の話に戻るかもしれませんが、ですので、これを読みながらきっと僕は試合会場で現在はOBとなったであろう本書に出てくる学生たちの誰かとすれ違ったことがあったのではあるまいか? そんなことを考えておりました(ここでは名前を伏せますがDVDまでリリースしている師範の一人とはすれ違っています)。
主人公こと筆者は名古屋での高校時代に、寝技で相手を圧倒し続ける名大選手の柔道を見て、『大学に入ったらこの柔道をやろう』と青雲の志を持って2浪の末に北海道大学に入学します。読み始めて『だったら地元の名大や京大、阪大でもできたのになぜ流れ流れて北大へ?』という疑問があったのですが、地元を離れて暮らしたかったと書かれていて、納得がいきました。先に入学していた高校の同級生である鷹山氏に柔道をやめたことを筆者は打ち明けられます。しかし『柔道をやるためにここにきた』という決意のもと、入学式にも出ない。授業にもほとんど顔を出さないというバンカラな学生生活を送りながら、柔道部の門をたたくことになります。
そこで展開されるのはひたすら延々と寝技ばかりを繰り返す光景と道場全体を包む異様なまでの熱気でした。同期と共に入部し、先輩たちにメチャクチャなまでに押さえ込まれ、関節技を極められ、締められては落とされる…。そんな日々の中で彼と共に入った同期は次々と去っていくのです。筆者を鍛えた主将の金澤氏は勉強もすさまじい努力を重ね、国家公務員一種キャリア試験をパスし、建設省に入省するのです。この顛末を読むとあまりの壮絶な展開にため息が出ました。
1年目の七帝戦は惨敗に終わり、OBたちもほとんど来ない中、男泣きに泣く部員たち、これは読んでいて胸が詰まりました。そこで後任の主将に任命されたのは和泉唯信氏という広島出身の男でした。和泉体制になってから柔道部の練習はさらに過酷を極めます。満身創痍で寝技の練習を限界までするのはもちろんのこと、さらには道警の特錬という柔道エリートたちのいるところへ行っての出稽古をはじめ、北海道の柔道で有名な大学や高校の柔道部を招いて稽古をする場面は呼んでいて涙が出そうになりました。
彼等に叩きつけられ、極められ、締め落とされながらも徐々に自分の強さを実感する筆者こと主人公たち、それに加えてウエイトトレーニングなどの過酷な練習メニューを黙々とこなしていくのです。そんな中で迎えた2年目の七大戦を迎えることになります。そこでのくじ引きで対戦相手となった阪大の態度に業を煮やした和泉氏をはじめとする北大メンバー。阪大に敗れ、それでも一縷の望みをかけて挑んだ敗者復活戦の対東大戦。最下位を脱出するために壮絶な覚悟を持って試合に臨むも立ち技主体の彼らに寝技で敗れるという悲劇的な結末に。またしても去年と同じ結果になってしまったことに筆者同様、『努力は報われないのか…。』と読みかけのページを閉じて天を仰いでしまいました。
本書はテーマとなっている七大柔道のように、われわれ読者をぐいぐいと物語世界にひきこみ(七大柔道の寝技に引き込むテクニック)一気に読み進めることのできる青春群像劇の極北であることを、ここに確信いたしました。
※追記
本書は2017年2月25日、KADOKAWAより『七帝柔道記 (角川文庫)』として文庫化されました。