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2025年度(第35回)
Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞作
みんな、なに食べて、どう生きてるんだろ?
福島第一原発事故から14年、国道六号線(ロッコク)を旅して綴った
温かくておいしい記憶
再生と希望に出会うノンフィクションエッセイ
「福島第一原発事故後を描くのにこんな方法があるのかと驚き、
最後まで見届けなければと思った。(中略)
川内さんが聞き取った孤独な語りも、積み重ねてみれば深い場所でみんな手を繋いでいる。
孤独だけど、孤立してはいない。
川内版の新しい「ロッコク地図」を頼りに、私も旅に出てみたい」 選評より
……最相葉月(ノンフィクションライター/選考委員)
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Posted by ブクログ
東日本大震災で大きな被害を受けた「国道6号線」、いやゆる浜通り沿いの町々で、人は何を食べて暮らしているのか。
話を聞き、映像に残していったそう。
映画にもなっている。
「避難っていうのは、自分のアイデンティティから強制的に離れてしまうことだと思うんです。でも、多くの人が、土地を離れたあとも、なんらかの方法で自分のアイデンティティを大切にしてきた。それを知って、なんというか、感動しました」というインドから来て双葉町で暮らすスワスティカさん。
大熊町で、小学校の特別聴講生として学び、手紙を書き続けている中国出身の大竹さん。
大熊町で「読書屋 息つぎ」という本屋を営む武内さん。
などなどなど。
「人類が光を求め続けた先にあったのが、この暗闇の地だ。」
「闇が深い分、小さな光でも見える。遠くの星を見るためには、私たちは灯りを消さなければならない」
私たちは、震災や戦争やジェノサイドにあっている人たちを見て、悶えているばかりだ。
「悶えてなりとも加勢(かせ)せんば」(石牟礼道子)
Posted by ブクログ
福島原発事故から14年
みんななに食べて、どう生きてるんだろう?
食べてるものから 今 どう生きてるか 考える本なんて いいなあ!
と思いました。
作者の有緒さんは ご主人と娘さんを置いて 福島に
取材に来ています。
なかなか子供を置いて しょっちゅう福島に行くのも 大変なんだろうなあ!
と思います。
このロッコク街道が取材の場所
最初は なんとインドの女の子
チャイを作ってくれました。
私は インドの人が いるなんて想像もしていませんでした。
東京電力と関連会社の人が多い
だから しっかり食べられる量の多いご飯を出すお店が多い
地元の人はまだ少ない
1人住まいで 大きなお家に住む渡辺さん
おばあさんです。
東京やカナダで暮らしていた。
一人暮らしをしていたお父さんが亡くなって帰ってきた。震災はその11年後
東京電力の副社長をしていて 震災後 福島に戻った人 原子力は大丈夫だと言ったので 住民の人たちに土下座した。
なんか読んでると
私は新潟に住んでいるので
最近 活動を始めた 柏崎原発は大丈夫なのかしら?
と思った。
おばあさんのうちの後に 本屋を作った若い男性
地元の人 外から来る人 外国の人
みんな文化の香りを運んでくる
みんなで 生きるエネルギーを作り出している。
乗り越えるエネルギーは素晴らしい
見上げる星空の美しさも素晴らしい
しっかりとご飯を食べて生きてってください。
いい街になりますように。
Posted by ブクログ
p198 「一ここには100人いたら100人の経験や現実がある一
その通りだった。考えれば考えるほど、誰かと話せば話すほど、それが身に迫ってきた。ひとつにまとめることなんかできない。とほうもない
現実に打ちのめされそうになる。結局のところ、私が見てきたもの、記録してきたものは地域の縮図なんかではなく、あくまでもモザイクの断片に過ぎない。それもよくわかっている。
断片、断片、断片。
だとしても、ひとつひとつが、大切な断片である。」
テレビで、毎年3月11日にニュースで、「震災から13年が経って、どんな気持ちか教えて下さい」みたいなインタビューをするのを見るけれど、それだけでは決して見えてこない一人ひとりの生活が確かにあるんだということを思った。
マイクを向けられたインタビューより、何か食べながらお喋りする方が、気持ちが緩んだり、本音がポロっと漏れたりするよな…と思う。その点でこの本のテーマは良かったと思う。
それでも、ちょっと読んだくらいじゃやっぱり何もわからない。わからないんだということがわかっただけでもよかった。映画も観たいし、住民の方から集めたエッセイ集の方も読んでみたい。
Posted by ブクログ
毎日、大熊町と広野町を往復する。ロッコク(国道6号)を通っている。
この道で困ることは、食べるところがないことだ。2011年以前にはあったのだと思うが、現在はあまりにも食べるところがない。なぜか、コンビニばかりが目立つ。
テレビでも報道されたことがある、夜だけの本屋さん。その撮影が、実にいいなぁと思ったら、この本が、ネタ元なんだね。いい企画だ。
故郷を追われ、そして、故郷を想い、そして故郷に戻る。しかし、故郷は記憶の中でしかない。自分の故郷は、消されてしまった。そして、再び故郷をつくる。それを淡々と、ありのままに伝える。
故郷を、食で綴り、食の記憶を思い出しながら、おばあちゃんの味、母親の味、そして、自分の味につなげていく。
わずかな文章だけなのに、心に引っかかる言葉が、濃縮されて存在する。
2011年のことを風化させないというけれど、決して風化しない現実がある。
ロッコクには、物語が、通る人の数だけある。
Posted by ブクログ
福島、第一原発事故後を描く、映画も作っているらしい。
イベントに合わせ急いで読み進める。
深い… 東京では忘れ去られたように都庁でのプロジェクションマッピング… 確かに…電力の無駄遣い
ロッコク、と呼ばれる国道6号線
そこに戻ってきた方々は何を食べて、どう過ごしているのだろう?そこからインタビューがはじまる
またしても知らない事ばり
川内さんの率直な感想、驚きが言葉にされていて読みすむうちに、葛藤もあり、身を削るような撮影、試行錯誤の日々だったのだろうと思いつつも楽しみを見つけている姿勢が素晴らしい。
いつも思う、読めてよかった。
コジラは、古代恐竜をルーツに持ち、水藤薬物の影響で突然変異して生まれた「水爆怪獣」とのこと。水場は、核融合大なエネルギーを放出する兵器で、放射能による甚大な影響を環境に及ぼす。
莫大なエネルギーを爆弾に転用したのが、広島と長崎に落とされた原爆「リトルボーイ」(ウラン型)と「ファットマン」(プルトニウム型)だ。
ウランは一八世紀に発見された元素で、同時期発見の惑星、天王星(ウラヌス)が名前の由来である。そのあとで発見されたプルトニウムは、天王星の外側をまわる惑星、冥王星(プルートー)にちなんで名付け
中筋さんが言っていた「もやい展」の「もやい」とは船をロープで繋ぐこと(舫い)や共同で物事を行うこと(催合い)を意味する
「もやい直し」とは水俣病の社会運動の理念で、分断された地域社会、人と人との関係、自然と人との関係を繋ぎ直すという意味がこめられている。
たとえ人類が地球の奥深くに眠るエネルギー資源を取り尽くし争いや戦争を続けても、地球という惑星は簡単には死なないだろう。逆に先に滅亡するのは人類の方だ。地球資源や豊かな自然環境を必要としているのは、いつだって人間の方なのに、それを忘れてしまっているような気がする。
- 思い出すきっかけがない
- 懐かしめるはずのものが懐かしめない
「ロッコク・キッチン」では、楽しくたくましく暮らす人たちの話も多く聞いてきた。しかし、そういうポジティブなストーリーや状況を描きだすことは、今この瞬間にも存在する大きな苦しみや悲しみ、そして、帰りたくても帰れない人たちの思いを見えなくしてしまうのではないか?それが、自分が感じてきた大きなジレンマだった。
Posted by ブクログ
川内さんは本当に「えっ! そこに気が付いてくれたの?」ってくらい人の潜在的にしかなかった(本人も気が付いていない)心模様を描く視点と、表現力に満ちている。
※ 自分は川内さんの過去作の大ファンだ。
「ロッコク」は地元の人達に通じる方言ならぬ、地元語だ。
ロッコク沿いの住民はメディアから、いや世界中から原発事故のあった現場であり、「被災者」として扱われる。
毎年3月になると世界中から記者が訪れて「被災者としての記憶」をえぐられる。
ロッコク沿いに住む人には「原発事故への恨み」が無いと世の中的には「つまらないやつだな~」ってなってしまうんだ、、(悲しい話だよ、)
でも、川内さんの視点は違っている。
「後悔や怨み」ではなく、今を、そして未来に視点を置きながらそこで生きている(原発事故後に住み着いた人もいる)日常を切り取ってくれた。
本当に知って欲しかった事、を描いてくれているように感じて心が震えた。
本書の中で楢葉町に住む、元原発職員のエピソードは特に異色だ、
東電の職員も地元の住民と触れ合っているんだ、心を寄せているんだ、と言うことに改めて気づかされた。
まさに壮絶な経験があった事に心が痛む。
ロッコク沿いの住民の未来が明るく照らされますように、
そう願うばかりだ。
今度、自分もロッコクを訪れてみようと決意した。
川内さんに感謝だ!
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小説・文芸
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