あらすじ
2025年度(第35回)
Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞作
みんな、なに食べて、どう生きてるんだろ?
福島第一原発事故から14年、国道六号線(ロッコク)を旅して綴った
温かくておいしい記憶
再生と希望に出会うノンフィクションエッセイ
「福島第一原発事故後を描くのにこんな方法があるのかと驚き、
最後まで見届けなければと思った。(中略)
川内さんが聞き取った孤独な語りも、積み重ねてみれば深い場所でみんな手を繋いでいる。
孤独だけど、孤立してはいない。
川内版の新しい「ロッコク地図」を頼りに、私も旅に出てみたい」 選評より
……最相葉月(ノンフィクションライター/選考委員)
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あの日あの時思った考えたこと、忘れかけていたあのことを思い出す。
国道6号線、ロッコク沿いの街にいま住む人たちの生活。しっかりと言葉として織られていた。
ロッコクプロジェクトの映画、見たい。
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川内さんは本当に「えっ! そこに気が付いてくれたの?」ってくらい人の潜在的にしかなかった(本人も気が付いていない)心模様を描く視点と、表現力に満ちている。
※ 自分は川内さんの過去作の大ファンだ。
「ロッコク」は地元の人達に通じる方言ならぬ、地元語だ。
ロッコク沿いの住民はメディアから、いや世界中から原発事故のあった現場であり、「被災者」として扱われる。
毎年3月になると世界中から記者が訪れて「被災者としての記憶」をえぐられる。
ロッコク沿いに住む人には「原発事故への恨み」が無いと世の中的には「つまらないやつだな~」ってなってしまうんだ、、(悲しい話だよ、)
でも、川内さんの視点は違っている。
「後悔や怨み」ではなく、今を、そして未来に視点を置きながらそこで生きている(原発事故後に住み着いた人もいる)日常を切り取ってくれた。
本当に知って欲しかった事、を描いてくれているように感じて心が震えた。
本書の中で楢葉町に住む、元原発職員のエピソードは特に異色だ、
東電の職員も地元の住民と触れ合っているんだ、心を寄せているんだ、と言うことに改めて気づかされた。
まさに壮絶な経験があった事に心が痛む。
ロッコク沿いの住民の未来が明るく照らされますように、
そう願うばかりだ。
今度、自分もロッコクを訪れてみようと決意した。
川内さんに感謝だ!
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川内有緒さんの人類学をされてたバックボーンと好奇心、ひとへのリスペクト、食がもたらす時間やカルチャーが好きなんだなあと感じる作品。ロッコクは光を生み出し光を送り、だけどそのおおもとに光がなくなったっていうのは皮肉すぎて悲しい。人間の欲が詰まりすぎ。p.236「常に自分の心はいろんな方角に揺れ動いている。」っていうのは川内さんのいろんなひとに話を丁寧に聞いてきたからこその素直な感想なのかなと。
たぶん映画を観に行ったらボロボロ泣くんだろうなと思いながらでも絶対観に行きたい。
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本書は、福島県浜通り周辺の住人に「何を食べ、どう生きているのか」のエッセイを公募し、話を聴きまとめたもの(「群像」連載の書籍化)です。原発事故その後を「食」を通して伝える秀作でした。
福島県沿岸部を縦断する国道6号(ロッコク)。原発事故から11年を経て全線通行可能になるも、ロッコク沿いの町では、現在も浪江町、双葉町、大熊町に帰還困難区域が残っています。
川内さんは、何度もロッコクに通いながら、あの時のままの廃墟や全く別物に変わってしまった景観の移り変わりを見て、ふと思います。「みんな、何を食べ、どう生きてるんだろ?」‥‥本書の始まりです。
単に震災前の暮らしや食を懐かしむ姿勢でなく、今の生活の断片を集め、その地に生きる人たちの生の姿・声を掬い取っています。戻って来た人、移住して来た人など、様々な事情を抱えた人の声からは、確かな血の通った息遣いが感じられます。
住人への距離感の近さや積極的なコミュニケーションの取り方は、野次馬とか不謹慎と批判する向きもあるかもしれませんが、この川内さんの姿勢こそが、被災者へのよそよそしさの壁を取り払い、距離を縮めている気がします。
実際にお邪魔してご馳走になるところまで関わって初めて、その人の食の裏にあるこれまでの、そしてこれからの人生を聴き取れたのではと感じました。
川内有緒さん4冊目でしたが、いずれも著作テーマへ迫る視点が独特で、その発想と前向きな姿勢に感心します。好奇心がその原動力になっているのでしょうか? 本作は、2025年度 Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞しています。
15回目の3.11がやってきます。圧倒的な震災の爪痕の闇を消すことはできませんが、ロッコク周辺の再生・未来の小さな光を描いた本書は、新たな人同士のつながりと食の滋味の温かさをもたらしてくれました。いつか訪れてみたいと思います。
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「目の見えない白鳥さん、アートを見にいく」の著者の有緒さん。目の見えない〜が好きだったのでこちらも読んでみようと手に取りましたが、なんと!素晴らしい本です。
福島での原子力発電所の事故の後、なおもその近くで今現在も生活されている方々の様子、そして「ロッコク・キッチン」のタイトルからも分かる通り、そこでの食事が綴られています。
福島は行ったことがなくて(函館新幹線で通過だけ)原発っていうものもどこか遠い世界、言ったら申し訳ないけれど関係ないことのようだった。けれど、この本を読んで少し考えが変わりました。福島(大熊町、浪江町)で起きたこと(原発の事故の跡)は自分の目で見てみたいと思いました。あと、電気を当たり前のように無駄遣いしたくないと思いました。その犠牲になった人を初めて知ったから。
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川内有緒さん「この人!」を捉える(出逢う)感性には本当に脱帽であります。
「この先帰還困難区域」の周辺に、
これほどしなやかに
これほど軽やかに
暮らしているお人が
こんなにもたくさんおられるのだ!
国道6号線近くにお住まいの
お一人お一人の「食べること」を
通してのそれぞれのインタビューが
素晴らしい哲学対話として
綴られている
人間って とんでもないことも
引き起こしてしまう
けれども
気負うこともなく
しなやかに 素敵に
暮らす力を取り戻すことも
できるのだ
と 改めて!
気持ちの洗濯ができる 一冊です。
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福島浜通りの現在の「食」がこの本の背骨ではあるけれど、それだけでは済ませられないいろいろなことが渦巻いている。いつか訪れなくてはならない。夜空の下の本屋さんに行ってみなくてはならない。
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仕事になるかならないかまだわからないような段階だったけど、福島の復興に関する仕事をすることになるかもしれなかったので、実際に浜通りに行ってみた。
この本は、その浜通りエリアをタテに走る国道6号線こと、ロッコクを舞台に、今浜通りに住む人が何を食べているのかを取材した本だ。
読み終わって、明るいとも暗いともちがう、強いて何か言葉を当てはめるなら切ない、というような気持ちになっている。
実際にみた光景もいくつか描かれていて、そこの空気感もなんとなく想像できて、余計に胸に迫る。色々な想いを抱えた人が当たり前に存在していて、何かを一つに決めきれないことの難しさを、そして決め切らないでいいと、それをゆったりと受け入れることの難しさを感じる。でもどこまでいってもそれが事実で、私たちは浜通りにいようがどこにいようが、そういういろんな想いを持ったもの同士が同じ時代に同じ地球で暮らしてるのだ。そういうことに尊さと切なさとだからこその強さみたいなことを思った。
もうすでに懐かしい。本を読んで、懐かしさがもっと、来る。また行きたいな、浜通り。
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いつか浜通りを訪れてみたい。
私にできることは、福島で何があったのか知ることしかできないかもしれないけれど。
同じような気持ちで、いろんな人が訪れてくれたらいいなと思った。
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食べるということは命に直結すること
この当たり前なのだが日常に埋もれてしまうこと
その「食事」を通して、また出来事の間を繋ぐものとして書かれている。
食べ物が出てくるとほっとする。
どんなに内容がハードでも、「味噌汁」とかでてくると気が抜ける。
なんだろうこれ。
食事にはアイデンティティの確認という要素もあるだろう。
しかし、チャイの話には突っ込まずにはいられなかった。そういうこともあるんだ、と。
読み進めて気づく、だから「食事」なんだと。
川内有緒さん。
ノンフィクション作家として、日常に起きるすぐ隣の出来事を書いてくれる。
その視点がありがたい。
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ロッコクとは国道6号線。福島県は浜通り、太平洋沿に続く国道。東日本大震災では福島第一原子力発電所の被災により長期間の避難を余儀なくされた土地。
地元に戻りまたはIターンして暮らす人々を、食という視点から訪ねていく。人と人の出会い、つながりが情緒豊かに描かれる。
再生を目指す人びとの心の交流。なんとも言えぬ暖かい気持ちになれる作品でした。
Posted by ブクログ
「大事なのはチョコじゃなくて、分かち合う人たちよ」について、理解する部分もあるけれど一人旅を愛する私にとって一人で食事をすることは割と当たり前で、一人で食事をしていて孤独を感じることってあんまりなかったよなぁ?と思いながら読み進めると、「町は家族」であるとのフレーズに出会い腑に落ちた。私は愛するリスボン、リヨン、松陰神社前(正確には、これらの町に存在する愛する店のシェフや店員さん)といった”家族”と食事をしていたので寂しくなかったのかもしれない。生きることと食べることは同義で、震災や戦争といった起こってしまった悲劇を前にそれでも食べていく人たちの強さに勇気づけられるだけでなく、気丈に振る舞う彼らの中の「見えないからといって存在しないわけではない」悲しみを忘れないでいたいと思った。
Posted by ブクログ
川内有緒さんのお書きになったものが大好きだ。ただこの作品はなかなかちょっと違和感というか、何かザラッとした気持ちのまま読み進んだ。簡単に言うと、わたしの大好きな川内さんの、元気さ、明るさ、前向きな感じがちょっと逆に嫌だったのだと思う。
ところが15章くらいから、ちょっと気持ちが収まってきた。
なんだかなと思っていた自分自身のこともイヤだったので、読み終わりが悪くなくて良かった。