【感想・ネタバレ】風の歌を聴けのレビュー

あらすじ

「あらゆるものは通り過ぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風に生きている」1970年8月、帰省した海辺の街。大学生の〈僕〉は、行きつけのバーで地元の友人〈鼠〉と語り明かし、女の子と知り合い、そして夏の終わりを迎える。過ぎ去りつつある青春の残照を鋭敏にとらえ群像新人賞を受賞した、村上春樹のデビュー作にして「初期三部作」第一作。

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感情タグBEST3

Posted by ブクログ

解るようで解らない、そもそも「わかる」ものではないのかもしれない。
ただ、何となく雰囲気がいいなとか、この文章が好きだなとか、この登場人物には共感するなとか。
もしかしたら、小説ってそれでいいのかもしれない。
もちろん逆の感情も然りで、ここが嫌い、不快、意味が分からないなどもありだし。

小説を読み続けて30年以上になるけれど、この作品を再読しながらそんなことを考えた。考察とか、小説に限らずそういうのが楽しい物もあるけれど、ただ素直に作品から受け取るということ。誰にも評価されなくても、共感を得られなくても、自分だけの気持ち、感触を見つけられたらそれでいいんじゃないだろうか。

内容とは関係ない感想だけれど、これも私の現時点の「感想」ということで。

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2026年09月05日

Posted by ブクログ

作中時間とは少しズレてしまったけど、ギリギリ8月中に、夏の間に読めたことは満足
その後の村上春樹作品にも見られる会話のテンポの軽妙さや淡白さ、それと共存する深刻さが見られて、村上春樹らしさを感じながら読めた

過ぎ去っていくあらゆるものは再び捉えることができないし、それを諦めて受け入れようとしても、心の底では屈託してしまう人間のままならなさを感じた
「もう何も考えるな。終ったことじゃないか。」
色々と考えるべきことや示唆はあるんだろうけど、一先ずはリズムと情景に身を任せたいと思わされた

あと、個人的に驚いたのは、作中の「僕」が思う小説の評価基準の通りに、セックス・シーンが出てこないこと
村上春樹へのステレオタイプって最初期の作品には反映出来ないんだ

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2026年08月31日

Posted by ブクログ

数年ぶりに再読。面白すぎるし読みやすすぎる。流れるような美文。2026年の現在に読むと、「誰もが傷を抱えていたあの頃」のような物語は、語られ尽くしたクリシェという気もする。でも面白い。今、こういう物語をカッコいいと感じるのは憚られる気もするが、それでもカッコいいという気持ちが内から湧き上がる。
(多くの問題、批判点もあるような気がする。例えば、中国人のマスターに、誰もが傷ついていたというような台詞を言わせるのも、主人公側にとって都合良すぎないかと思う。)

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2026年08月23日

Posted by ブクログ

村上春樹の風の歌を聴け、第1章だけを何度も読み返してしまっている......主人公がこれから語る物語について、格好よく言い訳してるような文章。
ただ、もしここから先の話がとても退屈なものになったとしても、この冒頭の文章がもたらしてくれる響きは私が風の歌を聴けという本を再び開く理由になり得る。

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2026年08月11日

Posted by ブクログ

一夏中かけて、僕と鼠はまるで何かに取り憑かれたように25メートル・プール一杯分ばかりのビールを飲み干し、「ジェイズ・バー」の床いっぱいに5センチの厚さにピーナッツの殻をまきちらした。そしてそれは、そうでもしなければ生き残れないくらい退屈な夏であった。

この一節に、他の小説家と一線を画す何かを感じた。青年が裡にもつ青さの香りを凝縮した表現。

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2026年08月10日

購入済み

タイトルに惹かれて

タイトルに惹かれて読んでみました。
最後に伏線が回収されていたり、所々で(様々なことにおいての)正解のない問いがあるので、考えさせられるような気がした。
一気に一通り読み終えたが、もう一度読み返したいと思いました。
区分けされているので、描写が変わりがわりに描かれていてそれもまた読みやすかったです

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2020年09月06日

購入済み

何度でも

神戸の高校生が18でこの三部作を読んで、人生が変わった様に思います。この小説は何度も買い直して読んでます。ATGの映画も見たいです。小林薫、巻上公一、真行寺君江と震災前のあの町を撮ってくださった、大森一樹監督に哀悼の意を示します。

#癒やされる #深い

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2022年11月27日

Posted by ブクログ

ネタバレ

読みやすかった。最初、鼠が出てきてイマジナリーフレンドきちゃあって思ったら普通の人間でしたw東京の大学生が主人公のお話。現実であるようなないような話だ。楽しく読めた

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2026年09月10日

Posted by ブクログ

文字を読んでいるのに、映画を見ているかのような本だった。

読んで何かを得たかというより、純粋に文章から想像される風景を楽しんだ。

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2026年09月06日

Posted by ブクログ

多くの人は人生に特別な事件があるわけでもなく、なんてことない日常の繰り返しを生きている。思い出す人々、出来事。年月を生きて歳を重ね老いていく。そこに何か意味があるようでいて実はないのかもしれないと思うとき、村上春樹の小説の読後感とどことなく似ていると感じる。生きていくことそのものを描いているのではないか、。この呟きさえも、吹いて消えゆく風の歌のようである。

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2026年09月05日

Posted by ブクログ

すごい青春だなあ… 恋愛の一言では片付けられないような、彼女との一夏の思い出。お互いに惹かれてるはずなのに、一向にわからないし知ろうとしない彼女のバックボーン。そのくせして結婚してからも僕は彼女のことを時折思い出すんだろうな。ハヌマーンのハイカラさんが通るを聴きながら読みたいストーリーだった。 (鼠と彼女との関係を想像してしまうが考えすぎ?)

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2026年08月30日

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【村上春樹の出発点】
当時村上春樹が住んでいた街と同じ街に住んでいることでこの本を知った。
なんというか、ずっとアメリカの西海岸の風景を浮かべながら読み進めた。
どこか日本ぽくない、海外の風景を想像しながら読み進めたのはなんでなのか。

主人公と鼠、彼女との掛け合いは、村上春樹自身の自然体のやりとりなのかな。

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2026年08月27日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ひと夏の出来事の切り取りだけれども、なんだか重くて気怠くてぬめぬめした感じ。
だけど、読み進めててさっぱりした感じなのは、舞台が夏の神戸?辺りだからかな。
主人公たちの後ろ向きな暗さと裏腹に、神戸辺りにある港町の爽やかな夏が対比的だった。

あとは個人メモへ

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2026年08月14日

Posted by ブクログ

作品全体に漂うのは、失われてしまったものへの静かな哀愁です。主人公の「僕」は、過去に自殺した3人のガールフレンドの記憶や、かつて存在していたはずの何かを喪失した感覚を抱えている。登場人物たちは一見、バーでビールを飲みながら軽妙に過ごしているように見えるが、その根底には埋めようのない孤独が横たわっている。

「僕」は架空の小説家デレク・ハートフィールドの「文章を書くことによって生じる苦痛」について語り、冒頭でも「完璧な文章などといったものは存在しない」と述べる。自分の心の内や真実を他者と共有することの難しさ、言葉が持つ限界や脆さが作品の重要な軸となっている。指が4本しかない女性との交流においても、心の核心には触れきれないもどかしさが描かれている。

1970年の夏という時代背景(学園紛争の熱気が冷め始めた時期)も重なり、かつての情熱や理想が去った後の「無力感」や「あきらめ」を受け入れるプロセスの物語でもある。重いテーマを直接的に叫ぶのではなく、アメリカ文学的な軽快でドライな文体を通すことで、虚無感をポップに表現している。

「取り戻せない喪失を抱えながらも、静かに現実を受け入れて生き抜いていく姿勢」を描いた作品。

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2026年08月11日

Posted by ブクログ

何十年ぶりかの再読(何回目?)。こうしてみると、ヴォネガットとチャンドラーと片岡義男と庄司薫だということがよくわかる。そしてもちろんフィツジェラルドと、今回特に感じたのはサリンジャーの影響。

こんな女はいない〜という女性の描けなさは現在に至るまで言われているが、この作品では、その描けなさが、女性との距離感を出すことにうまく寄与しているのでは。

まあビールは飲みたくなるね。そういうことだ。

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2026年08月04日

Posted by ブクログ

初村上春樹!
すごく好きだった...
映画でいうとフランス映画のような感じでもあり、パルプフィクションみたいな感じでもあった。
淡々と交わされる会話と断片的なエピソードや回想の積み重ねが良いテンポ感を築いていて心地の良い読書の時間でした。
音楽、映画、ラジオなど作品を構成する小道具やカルチャーへの愛着も作品の質感に大きく影響しているように感じました。

内容に関しては、主題を掴みづらい作品ではあったけど、頭ではこの世への限界を理解しているけど心は何かに期待をして想いを馳せたりするのが若者って感じがして素敵やった。life goes onがテーマな作品はとても好きなので「風の歌を聴け」って題名なだけで好きなのはほぼ確定してたって感じですわ。

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2026年08月04日

Posted by ブクログ

西洋映画の吹き替え的な言い回しが面白くて好き。
やっぱり村上春樹はおしゃれな空気感を描くのが本当にうまいから、なんとなく僕や鼠と3人で一緒に座ってる気分になる。

村上春樹は物語の面白さというより、そのおしゃな空気感を楽しむ作品。

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2026年07月29日

Posted by ブクログ

恥ずかしながらダンス・ダンス・ダンスを読んだ後にこの三部作の続編?スピンオフ?と気付きました。表現が難解な部分が多いけど物語としては単純明快。デビュー作とは思えないクオリティ。ただダンス・ダンス・ダンスの軽快さ、面白さ、には一歩及ばずでした
!

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2026年07月25日

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あらすじを問われても答えられない。
この本からは、なるようになるっということを感じた。
友達とビールを飲んで、女のことで頭を悩ませて、でも女に振り回されずに、自由に生きてく。結果その女性とは2度と会うことはなく、別の女性と結婚した。
他人のよく分からない夢をのぞいているような小説。
————————————
村上春樹さんの小説は、電子ではなく紙で読むのがおすすめ。

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2026年08月07日

匿名

ネタバレ 購入済み

 図書館の本で一度読んだことがある。電子書籍で2回目を読む。
 村上春樹の処女作である。物語は「1970年の8月8日に始まり、18日後、つまり同じ年の8月26日に終る。」
 その後の村上作品に受け継がれていく、遠回しで比喩に富んだ翻訳調の語り口はもうこの作品で完成している。受ける印象は都会的で、若々しく、病的になりそうなところでぎりぎり健全さを保っている。
 鼠が食べるホットケーキにコーラをかけて食べる食事はノーベル週間にハルキストが恒例行事のように再現している。
 この作品で後のすべての作品を代表していると感じる。

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2019年11月27日

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村上春樹のデビュー作らしい、そして僕の村上春樹のデビュー作
海外かぶれで時間軸、誰が話してるのかも理解するのが難しかったけど、そこを理解することに重きをおかず書いてる内容を楽しんで読んだ(楽しかったかは別)
村上春樹が僕には合わないとは思ったけど(太宰治の後だったからかも)村上春樹を読むのをやめるのは勿体ないと思わせる何かがあった

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2026年09月20日

Posted by ブクログ

ノルウェーの森読んだので次の村上春樹本として。
最後まで不思議な本だった。掴みどころがないような話の中で、ときどきハッとさせられるようなセリフが混じっていたりする。
自分の人生っていうのは、この地球の歴史の中ではそっと吹いた風みたいなもんなのかな、みたいな気持ちになった

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2026年09月15日

Posted by ブクログ

フランス映画のような作品。
物語の展開よりもノスタルジックな雰囲気を楽しむもの。個人的にちょうど全てに意味と効率を求められるような現代に疲れていたので、明確なメッセージを押し付けられない作品には心地よかった。責任に縛られず掴みどころなく漂うのも若物の特権かもしれない。

直接関係はないが、今とは違う時代背景にも思いを馳せた。便利すぎず思考する時間のある学生は今より随分と大人びているし、現代の方が社会的な自由度を得ているはずの女性が、この時代の方が自立しているように感じる。これはおそらく小説の中の話だけでは無いはず。

村上春樹のデビュー作と知らずに急いで手に取った一冊。何度か挫折して敬遠していた村上春樹デビューとなった。

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2026年09月11日

Posted by ブクログ

ネタバレ

青春を描いてるはずなのに、どこか孤独や、虚無感が漂う作品だった。
諦めにも近いものを感じた。
「宇宙の複雑さに比べれば」「この我々の世界などミミズの脳味噌のようなものだ。」

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2026年09月07日

Posted by ブクログ

村上春樹のデビュー作、
短そうだったので軽い気持ちで。

大学生の主人公が夏休みに帰省した数週間の出来事が描かれる。

海が近くにある港町、
近所のバーで旧友とビールを飲んで、
夜は父親の靴を磨き、
レコード屋で働く女性と出会い、
何の事件もない一夏が淡々と描かれる、ノスタルジーを感じるような小説だった。

私の実家の近くには夜にいったら必ず旧友がいてしっぽり飲めるようなバーはないし海もないけど、少しだけ帰省したくなった。

旧友が、この夏が終わったら主人公は東京に戻っていってしまうことに、自分だけ地元に取り残されている感覚を味わっている所に寂しさを感じた。

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2026年09月06日

Posted by ブクログ

何も起きない。ただ、それでいい。
起承転結もなく、ただただ村上春樹の文体に浸れる作品。
親友とビールを飲み、行きずりの女と寝るだけという突飛な設定や展開がないため親近感を持って読むことができる。
ノスタルジーなあの頃の夏を感じることができる。

登場人物同士の会話はユーモアに富んでおり思わず鼻で笑ってしまうようなシーンが多々ある。

「どんなに惨めなことからでも人は何かを学べるし、だからこそ少しずつでも生き続けることができる」というセリフにはどんな出来事も前向きに捉えられるようなメッセージが込められているように感じた。

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2026年08月26日

Posted by ブクログ

切ないナツノオワリに副鼻腔炎に魘されながら読み切った。処女作だと聞いて興味を持った作品、他はあまり知らないが抽象的でパッとは意味がわからない。
ただ咀嚼すればそういうことなのかなみたいなことはわかる。きっと絶妙にわかりにくいこの感覚が村上春樹のオシャレなんだろう。
切ないけど、20代って夏みたいなもんだなって思う。アツくてエモい。そして敏感。まだ、敏感でいられるのかもしれない。記憶の一コマ一コマ、非日常を選んでしまう勇敢さ。そして自分を顧みることの繰り返し...大人になりきれなかった夏の物語。

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2026年08月26日

Posted by ブクログ

読後感が爽やかで、サクッと読めた。オシャレで文学的な会話が印象的で、文もすごく読みやすかった。話がめっちゃおもろいっていうより、なにか起こりそうで起こらないけどなんか心地いいみたいな感じの本

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2026年08月21日

Posted by ブクログ

この作品の雰囲気を他のものに端的に例えるなら、『三ツ矢サイダー』だと僕は思う。そう、あの透明に澄んだ炭酸水だ。

その口当たりはピリピリと酸味の効いた中に、ほんのりと懐かしくも淡く儚い甘さがあって、過ぎ去りし昭和の香気に満ちている。

晴れた夏の夕暮れの公園で、はるか東の空へ飛び去る鳥の群れを眺めながら、静かに揺れる滑り台に腰掛けて飲んだような、あの懐かしい味。

読者はある種の清涼感と、一抹の寂しさを感じながら、しかし満ち足りた気持ちで本を閉じることができるのではないだろうか。

彼のすべての作品の主題である、あのほろ苦さと取り返しのつかない寂しさを感じさせる、『喪失と再生の物語』としての軸は、すでにこの作品でもハッキリと輪郭を形に現している。

薄暗いジェイズ・バーの店内で、気のいいマスターを相手に、飲みながらかつて付き合っていた(が今はもういない)恋人たちについて静かに語った『僕』。

彼は心中にピリリと痛みを感じながらも、次なる再生への道を模索し始めていたのではなかっただろうか。

ここからは読んでいた時に書いていた感想を皆さんにお見せしよう。雑文ではあるが、皆さんの読書の肴になれば幸いである。


2026.8.7

村上春樹を読む時、僕はいつも同郷の者として親近感を得るが、同時になぜか幾許かの危機感を催す。

その危機感が何なのかはわからないし、考えたこともない。だけど今なら少しは言語化できそうだ。
つまり、村上春樹はいわば何者かになったが、僕は未だ何者にもなっていないのである。

表現について考えることは僕にもよくある。
つまり文学でも理学でも応用工学でもなんでもいいから、何らかの表現行為を成して永く名を残さなければ、後世には自分の生きた証など何も残らないのだ、だから何かを残さなければならない、と言う強迫観念である。

これがちょうど僕の言う『何者かになる』ことの定義でもある。それゆえに、僕らは焦るのだ。
だけどこういう焦りを抱えている人も、きっと多いはずだ。

そしてそのような僕らの大半は、たとえば山月記にも出てくるあの『臆病な自尊心と尊大な羞恥心』に支配されている。
このいわば凡人の鎖を断ち切らない限り、遠い視座での未来は、僕らにはない。


さてこの小説の冒頭、つまり1の部分を書いていた時、村上春樹もまさにちょうどこういった強迫観念を抱えていたはずだ。その証拠に、文体が少しぎこちない。

だけど彼はそのぎこちない文章を、見事に彼自身の予言書にしてみせた。他の誰でもなく、彼自身の。

架空の作家、デレク・ハートフィールドを語り始める前までに彼が書いた、彼の『何者かになる』ための最初の第一歩を読んでみるといい。
どこか自虐的ともとれる、決して踏ん切りの良いと言えない文章の中に、その秀逸な予言は潜んでいる。

彼はこのプロローグによって、僕らがちょうど今ここで囚われているような、凡人のしがらみを乗り越えたと言っても過言ではないだろう。

そう、『臆病な自尊心と尊大な羞恥心』の鳥籠から、彼は見事に飛び立ったと言える。その現場を間近で見ることのできる本作は、貴重なものであるはずだ。
そして観衆は、そんな彼に惜しみない拍手を送らなければならないだろう。

誰かの台詞ではないが、何かを成し遂げたければ、まさに今やるしかないのだ。


2026.8.8

村上春樹の作品が難解と言われるのは、そもそも理解することが、水を両手で掬って保持するようなナンセンスな行為だからだろう。

そこに必死に意味を求めようとすればするほど、その意味は指間からするりと抜け落ちていく。考えるな感じろを体現している作家なのだ。

難しく考えることをやめて、ただ感じることに意識を集中すれば、作品を読み終えた先には、きっと切ない感動と明日への希望が待ってくれているはずだ。

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2026年08月20日

Posted by ブクログ

この本の良さを誰かに伝えようとして、どのように伝えればいいか、すごく悩む。
文章が全体的にオシャレで、少し臭い言い回しだが全体的に詩的な雰囲気で、文章の気持ちよさに溺れていける感じ。
嫌いな人は嫌いなキザっぽいところがあるので、そこは好みの問題かもしれない。

あとは主人公や周りの人間に対し、特定の名前を付けないところもこの本ならではの特徴である。
親友と言える相手に対しても"鼠"という呼称をつけて、ある程度人との距離を取ろうとする姿が伺える。

人との距離感がうまく掴めないという悩みを抱える主人公であるが、たしかに自分に置き換えても、
そのような人間関係に悩む大学時代があったなと共感した。

最後の方はよりファンタジーな作風になり、規模感が大きくて混乱する部分があったが、何度でも読みたいと思わせる中毒性があった。

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2026年08月11日

Posted by ブクログ

『1Q84』から村上春樹作品を読み始め、その原点を知りたくてデビュー作である本作を手に取りました。
デビューの時点でこの洗練された文体と言葉のチョイスを確立していたことに、あらためて天才的なセンスを感じさせられます。
不思議だったのは、舞台は間違いなく日本であるはずなのに、読んでいる間ずっとアメリカの風景や空気が頭に浮かんでくること。乾いた風が吹き抜けるような独特の雰囲気に包まれながら、心地よい余韻とともに読み終えました。
初期の短くも鮮烈な言葉たちが、のちの大作へと繋がっていくルーツを感じられる一冊です。

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2026年08月03日

Posted by ブクログ

無性にビールが飲みたくなった。

誰かに自分史を書いてもらえるならば、村上春樹にお願いしたいと思った。自分の考えていることをまるで深い思考かのように描いてくれそう。自分のことをこんな風に考えられたことがなかった。

登場する曲のことは少ししか知らなかった。そのため、それがどんな雰囲気の曲なのか、あるいはどんな風な人であるのかというのはさっぱりだったゆえの不思議な雰囲気を感じた。

最後の時間を風に喩えた表現が好きだった。

淡い夏に読みたい本

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2026年08月01日

Posted by ブクログ

すごい短いのに何度もページを開き何度も挫折した。
物語はそんなに面白くなかったけど、どこの文も切り取ったらそれが名文みたいに見えるからそれはすごいなと思った。村上春樹なんだから名文なんだけど

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2026年08月26日

購入済み

ものを書くヒントには

ものを書くヒントにはなった。内容は派手なセクシーンーンはないが恵まれた生活をしているお坊ちゃん大学生の遊びが中心、ひけらかす西洋文化の知識、若者向きの書籍としておこう。中年にはノスタジックな作品かも。風の歌を聴けのタイトルから期待したが残念、今後は試し読みしてから購入する。

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2020年02月23日

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