小説・文芸の高評価レビュー
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村上春樹の文章は不思議なくらい読書が進む。寝る間を惜しんで、日常の隙間時間を少しでも捻出して食い入るように読んだ本に出会うのは何年ぶりだろうか。文章体や語彙が特別なわけでもないと思うのだが、とにかく切なくて、広がりを感じる文章だと思う。結果的に綿谷ノボルという存在が示した意味とはなんだったろだろうか。それは、何か大きくて機械的なものへの果てしない嫌悪感、村上春樹が近代の日本や物質主義に対して抱く率直な嫌悪感の象徴的な存在だったのではないだろうか。自分から大切な情愛を奪う、残酷で冷酷、機械的な存在としてのヴィヴァン。そこに対の存在として強調されたのが、社会の評価や合理性から離れた笠原メイ、加納ク
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ネタバレよかった。
もっと続きを読み進めたくなる読みやすさだった。
令和の作品とは思えない雰囲気。
竹久夢二の美人や、カフェーの女給の文化、女給の衣装や髪型の描写、谷根千・上野の下町文化の描写は、谷崎を感じさせる表現で、好きでした。
知識が浅く、戦前のカフェーは性風俗に近い文化だったことを知らず、今のイメージとはかなり乖離しているけど、確かに日本文化を作ってきた過去なんだと認識しました。
カフェーの女給を中心に、当時の時代を感じられる長閑でレトロな小説と思って読み進めていると、戦時中になり、切実に大切な人の帰りを待つ、戦争文学的な様相になり、戦後の回復を国民の目線から辿る。
こういう作品は映像化 -
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新聞の書評欄で知った本。
最初は、厚さに躊躇したけれど、無用な心配だった。写真家として活動を始めた筆者が、内戦前のシリアで出会った家族。その12男と恋に落ち結婚。筆者の目から見たシリアの14年間を描く。
しっかりした文章、丁寧な背景の説明、時にユーモアを感じさせる夫とのやりとりに、シリアについて無知だった私でも読み切ることができた。そして、今までニュースでしか知らなかった単語(シリア、アサド政権、アレッポ、ヒズボラ、IS)が何を示していたのか理解できた。
70年幸せに生きてきたガーセムの様なことが、もし自分におきたら‥と考えると本当に怖いと思う。理不尽だと思う。
退避勧告を受けながらパルミラに -
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北海道と馬の話。第1話が相当に凄まじい。河崎秋子さん味が深い。
第1話 世は明治。祖母の家の最奥の部屋に母はいる。手折った野菊を渡す。母が妊娠期に病んだので、捨造は小作農家に養子に出された。養父母は困窮の中でも養ってくれた。養父母が亡くなったが、嫁取りなどは望めそうもない。ある日見かけた新聞記事に開拓民募集とあった。馬を買い、北海道に渡る。母から別れ際に手紙を渡される。捨造が産まれるまでの記録だった。
第2話 昭和で戦後。北海道根室地方。捨造の孫和子。馬を育てている。いくらくらいの値がつくか楽しみでいる。捨造は妻を第二子出産時に亡くした。
ワカと名づけられた手のかかる馬が、帰厩の時刻になっ -
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小学生時代に読んでよくわからないなぁと思って、大人になってから読むと、なんて綺麗な表現なんだと思った本。クラムボンは笑ったよのやまなしに似てる表現。
「僕はおっかさんが本当に幸になるなら、どんなことでもする。でもいったいどんなことがおっかさんの1番の幸せなんだろう。」なんだか泣きだしたいのを一生懸命堪えているようでした。
「僕わからない。けれども誰だって本当にいいことをしたら1番幸なんだねえ。だからおっかさんは僕を許して下さると思う。」カムパネルラは、何か本当に決心しているように見えました。
「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」
ジョバンニが云いながら振り返って見ましたら今まで座ってい -
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フロイトのエディプス・コンプレックスから原点であるソフォクレスの『オイディプス王』をずっと読みたいと思いながらも後回しにしていたが、日本の近代小説において、フロイトのエディプス・コンプレックスのテーマ受容が進んでいるのではないかと最近思ったために手を伸ばしたが、ギリシア古典の中でも短く、読みやすく、もっと早く読めばよかったと思う。
実際、フロイトや他の文学の参考とする意味でも、原著を知れたことは後学のためになったと思うが、それ以上にソフォクレスとしての『オイディプス王』単体での魅力も大きかった。父殺し、母親に対する姦通というオイディプスの二つの罪は悲劇として完成していた上、真相が徐々に明らか