ブックライブでは、JavaScriptがOFFになっているとご利用いただけない機能があります。JavaScriptを有効にしてご利用ください。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで100万冊以上配信中!
来店pt
閲覧履歴
My本棚
カート
フォロー
クーポン
Myページ
3pt
大災厄に見舞われ、外来語も自動車もインターネットもなくなり鎖国状態の日本。老人は百歳を過ぎても健康だが子どもは学校に通う体力もない。義郎は身体が弱い曾孫の無名が心配でならない。無名は「献灯使」として日本から旅立つ運命に。大きな反響を呼んだ表題作のほか、震災後文学の頂点とも言える全5編を収録。
アプリ試し読みはこちら
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
海外で話題となった日本の小説を読もう週間。多和田さんの作品は上質感と大衆的さのバランスが好きなのですが、こちらはかなり社会派なカラーも。その未来予想、まさに同感だなと思わされる部分がたくさん。結末は私にはよくわからなくて、思わず考察記事を探してしまいました。 ディストピア文学といえば、終末のフールと...続きを読むか読み返したいかもとふと思い出した。ここまで絶望的ではない終末の表現。
日本から海外に出て、新たな風をもたらすというストーリーが歴史上の遣唐使的である、だけでなく、歴史上の遣唐使が持ち帰った仏教文化のモチーフが所々現れているのが面白いと思った。 まず献灯とは、仏像や仏塔、仏典などに灯明を捧げる仏教の儀式のこと。(今でもお仏壇にロウソク挙げる習慣ありますよね)また、ロウソ...続きを読むクに火を灯すというイメージは、東日本大震災の追悼を思わせる。 また、主人公「無名(むめい)」は、仏教用語「無明」(目が見えないこと、仏教の真理に開けていないこと)と言い換えられそう。後は、「私が海の向こうへ行くといったら着いてくる?」と無名を導く謎の少女の名前は「睡蓮」。睡蓮って、「蓮華」と呼ばれて、仏様の台座になってるお花ですよね。 あと決定的なのは、献灯使の本部が四国の88箇所に散らばっているということ。四国で88箇所と言えば、弘法大師(空海)の霊場を巡る四国遍路のことやん!! このように、ストーリーとタイトルに遣唐使っぽさを含んでるだけではなくて、実際の遣唐使が持ち込んだ文化のモチーフを登場させている工夫がすごい。 あと私が考察したのは、変な感じの使われ方について。「刃の叔母」(ハノーバー)、「ぶれ麺」(ブレーメン)、「露天風呂区」(ローテンブルク)「亜阿片」(アーヘン)など、ドイツ在住の多和田さんはドイツの地名にヤンキーみたいな当て字をしている笑 それだけじゃなくて、オフラインを「御婦裸淫」、クリーニングを「栗人具」など、変な当て字がいっぱい。漢字って、1文字1文字にしっかりと意味が込められているのに、その意味をフル無視してただの当て字として使うのって、かなり贅沢な使い方というか、漢字に対する侮辱のようにも思われる笑 それに、無名の友達の名前もなんか変。賀露(かろ)ちゃん、窯(かま)ちゃんなど、「この漢字にはこういう意味があるから、こういう子に育ってほしいな」という今の名付けとは様子が違う。 なぜこんなことになるのか?可能性 3つ。 ①私のように漢字は意味が込められて使われていると思いこみ、「刃のようなパン、ドイツ」「露天風呂で食べるパン」などと検索する読者をからかうため(漢字に対する固定観念を取り払い、漢字は自由に使えるんだよと示すため) ②外来語禁止、言語は輸出入される商品という世界線に即した理解。 そもそも、漢字って中国から来た外来語では? 外来語が禁止されて、言語が商品になった世界。「他言語を使わない」を徹底していくと、漢字って使えなくなるんじゃないか…?1文字1文字が意味を持っている漢字、その意味に即して言葉を理解するという漢字の使い方が中国から来たものだとしたら、それも外来語として否定される。その結果、ひらがなのひらがなというか、単にひらがなの音の当て字として漢字を使うようになったんじゃないだろうか? 実際に「診断」は「死んだ」と響きが似てるから使われなくなった、など、この世界の住人はどうも読み言葉よりも聞いた言葉の方を重視しているようである。 ③ロシア文学をやり、現在はドイツに住んでいる作者が、他言語圏から日本語を俯瞰している。 海外の人の変な漢字Tシャツを思い出してほしい。彼らにとって漢字が持つ意味はあまり関係ない。海外の人が漢字を使うとこういう使い方になりますよ、ということかもしれない。
他の言語から、日本語の外から日本語を捉えないと 見つけられない言葉遊びが随所に見られた。 今後の日本、超高齢化社会の行く末を過度に強調することで多少のポップさ、滑稽さを交えつつと将来の日本に危機感を覚えさせられた一作。 名作。
大災害が起こった後の日本。 「無名」という名の首が細く身体がグニャグニャして、膝から下が鳥のように内側に曲がって上手く歩けず、食べ物もなかなか咀嚼出来ず、栄養も上手く吸収出来ない弱々しい子供を曽祖父である「義郎」が世話している。 大災害の後、子供はみんな「無名」のように弱い老人のようになり、逆...続きを読むに老人は死ぬことが出来なくなり、義郎のように100歳を超えた老人がピンピンしていた。 野生動物は殆ど見かけなくなり、本州では安全な食べ物は殆ど無くなってしまった。義郎は運良く1万円で手に入れることが出来た四国産の一個のみかんを無名がなんとか食べられるように包丁で切り刻んでジュースにするのだが、無名はなかなか飲み込めないのだった。そんな無名を見て義郎は悲しくなってしまうのだが、無名は義郎を不思議そうに見て「僕たちの世代は「悲しい」とかあんまり感じないんだよ」と笑顔で言う。「僕たちは美味しいとかもあまり関係ないから」とも。 政府は民営化され、外来語が禁止され、例えばジョギングのことは「駆け落ち」と呼ばれるようになっている。「駆ければ血圧が落ちる」と冗談で使われていた言葉が定着したらしい。 ピクニックの出来る野原も無ければ、自動車も走らなくなり、都心にもビルや信号だけが残り、人はいない。国会議事堂などの建物も空っぽ。民営化された政府が「鎖国政治」をしているので、飛行機も飛ばない。作家である義郎は「閉鎖された空港に国家機密が隠されている」ことを想像し、小説として出版したいが、かりにその創造が現実と一致した場合、逮捕されるかもしれないので、無名の唯一の保護者である以上、危険な橋は渡れない。 沖縄には果樹園があるので、沖縄に職を求めて移住する人が殺到している。けれど保育園などが整備されておらず、子供が出来ると困るので、「女性は55歳以上」という年齢条件がある。顔に皺を描いて、髪を白く染めて若い女性が紛れて移住しても、耕運機のスイッチの「on」「off」の意味をわからないことで英語教育を受けていない若者とバレてしまう。義郎の娘も張り切って沖縄に移住したが、便りでは果樹園のことしか書いていない。何となく「果樹園」と言う名の楽園ではなく「工場」で「強制労働」させられていることが想像される。 ジョージ・オーウェルの「1984年」を彷彿とさせる見事なデストピア小説。 南海トラフのことを念頭に置いているのだろう。首都直下型地震が起きたら、建物だけでなく機能としての政府も壊れ、今までのことを覆すような政治あるいは政治とも言えないことが行われるようになることを想像しているのだろうと思って読んでいた。そして地震だけではなく、終わらない戦争やインフラの老朽化、世界のあちこちにケンカを売っているトランプによる株の大暴落やインフレなどそんなあらゆるマイナス要素が近々一気に押し寄せて、想像出来る日本の未来を小説にしているのだと思って読んでいた。 「老人が死ねない」というのは科学的な思考ではなく、経済成長期に子供時代を過ごし、甘い蜜を吸って生きてきた私の世代への揶揄だと思って読んでいた。 だけど、ここで言われている「大災害」というのは自然災害ではなく「人災」だと「遣灯使」の中盤以降で書かれている。それが何であるかは別の短編「不死の島」に書かれている。そして、「老人が死ねなくなった」のは何故かが分かる。ああ、この災害のことをここしばらく忘れていた。バカだった。災害と言えば「南海トラフ」のことしか思い浮かばないように政府に仕向けられているのかもしれないが南海トラフのような大地震が起こったらこのことはまさしく生態系を変えるくらいの大問題になるはずだ。 紙が不足していて、トイレットペーパーも紙おむつも無くなっていたり、洗濯機は海の底に沈んでしまい、手洗い生活になっていたり、お金の価値が殆どないので、沖縄の果物は魚と物物交換出来る東北か北海道に優先的に運ばれたり、インターネットが無くなった日を祝う「御婦裸淫の日」という祝日が出来ていたり…一々時代が逆行している。 だが、逆行ではないこともある。例えば、乳児には母乳は絶対飲ませない。母乳は汚染されているからだ。全ての乳児は粉ミルクを飲む。だけど、牛のミルクは使われていない。はっきり何が含まれているかは分からないがコウモリのミルクは混ざっているのだそう?? 発想が一つ一つ面白い。ニヤリと笑ってしまう箇所も沢山。だけど、決して冗談ではない小説。現代人必読のデストピア小説。
震災後文学の頂点とはよく言ったもので、川上弘美が書ききれなかった、何か大切なものが剥ぎ取られてしまった世界を不思議な文体で描写しているように思われた。表題作も面白かったのだけど、「韋駄天どこまでも」は技法的にもクィア的にも面白かった。あと装丁の堀江栞って堀江敏幸と関係あったっけ。
厄災のあと体が変わってしまった日本人。 とても脆い子どもと、その子の世話をする元気な高齢者。脆い子供たちは、自分たちを不幸だとも思っておらず、弱い身体を受け入れている(転び方が上手なので倒れても怪我をしない、というところなど、面白い)。そして、国を出て新たな働きをするかもしれないのも彼等。 善悪を言...続きを読むわないところ、私(たち)の基準だと悲観しそうなことでも、新たな展開があるところが好き。
完全に打ちのめされてしまった。 震災後のいつかの日本という設定はフィクションだけどフィクションじゃない。 物語から漂うやるせなさを私は知っている。 これからの日本のことを考えながら読んだ。 表題作は勿論、「彼岸」が凄かった。 どうして原子力発電所の上に飛行機が落ちてこないと言い切れる? 鈍器で殴ら...続きを読むれたような衝撃があった。
多和田葉子氏の著作は初めてです。「震災後文学の頂点」という売り文句に惹かれ、そのまま読過していました。 著者はノーベル賞の時期になると村上春樹氏と共に名前が挙がる程、海外では評価されている方。私はかなりハードルを上げていましたが、それを容易く超える作品でした。1つ1つの美しい表現の洪水に感動し、そ...続きを読むの度に友人にその文を送りつけるほどです。 私のお気に入りは大厄災に見舞われた日本列島に暮らす家族を描いた表題作『献灯使』と、人類滅亡後の世界を戯曲で描いた『動物たちのバベル』です。 「当たり前」は「当たり前でない」ということが認識されつつある現代で、両作品は輝きを増してゆくでしょう。
どうして歳をとっているのにそんなに元気なんだろう、どうして幼い子がこんなに身体の自由がきかないんだろう、どうしてお母さんやお父さんがいないんだろう。読んでいく中で湧き出てくるいくつものはてなマークが明らかになる時、この物語の舞台が形を見せてくる。その柔らかな文体で表現された何気ない日常から、急に姿を...続きを読む見せた冷酷な現実にどうしようもない気持ちになった。
物語の日本はどんな世界なのだろうと 不思議な気持ちで読み進めていました 老人がとても元気 子供たちは虚弱 精神は老成している 鎖国政策をとる日本 民営化される政府 ありがとう の言葉が死語になっている 仮設住宅や汚染という言葉から どうやら大災害後の日本で社会の仕組みや価値観が 大きく...続きを読む変革したらしいことがわかってきます 日本の今の社会に見え隠れしている不穏さに 得体の知れない漠然とした不安を 抱くことがあるけれど 物語の世界に触れたことで不穏さの輪郭がくっきり見えてきました 今 自分が馴染んでいる価値観や世の中が 本当に正しいの? それで良いの? このままで良いの? 真っ直ぐこちらを見据えている表紙の ハシビロコウの眼差しに 問い詰められている気がして 居た堪れなくなりました せめて怒りだけは忘れないように 主人公の老人 義郎のように
レビューをもっと見る
新刊やセール情報をお知らせします。
献灯使
新刊情報をお知らせします。
多和田葉子
フォロー機能について
「講談社文庫」の最新刊一覧へ
「SF・ファンタジー」無料一覧へ
「SF・ファンタジー」ランキングの一覧へ
飛魂
穴あきエフの初恋祭り
犬婿入り
海に落とした名前
試し読み
エクソフォニー 母語の外へ出る旅
かかとを失くして 三人関係 文字移植
球形時間
雲をつかむ話/ボルドーの義兄
「多和田葉子」のこれもおすすめ一覧へ
みんなの公開リストをもっと見る
一覧 >>
▲献灯使 ページトップヘ