無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
日本史ちゃんと勉強しなかった民なので楽しめるか不安な思いで読み始めたけど、、、そんな心配は杞憂に終わりました、はい、とっても面白かったです。一気に飲み進める事ができました。
たまたま大河ドラマ『軍師官兵衛』を当時リアタイで観てたので、主要な登場人物(と言っても村重や官兵衛、おだしさんくらいだけど)を頭の中に思い浮かべながら読めたのも良かった。
これ以上に面白い歴史小説ってあるのかな?
他にも歴史小説読んでみよう!その前にまずは日本史を学び直そう!と思い立ち、大人の学び直し用の参考書を買いました。
そんなきっかけを与えてくれたこの本に感謝です。
Posted by ブクログ
おもしろい。
歴史に明るくない私がこの本を手に取ったのは米澤穂信先生の本だから。
黒田官兵衛の智慧の凄まじさが伝わる。最後の最後で出てきた子息、松寿丸がのちの黒田長政で福岡を栄えさせた人。
織田信長に反旗を翻して有岡城に立て籠もる将、摂津守荒木村重が毛利の助けが来ない局面で起こる様々な難事件に翻弄される話。もうだめだ、開城するしかない、という絶体絶命のタイミングで、土牢の囚人である知将、黒田官兵衛に謎を解くように請う。
“武士の中の武士“ばかりの登場人物たちが交わすヒリヒリするやり取りのなかに、殿への忠誠や家臣への慮りが交錯し、深い尊敬の念も芽生えた。
Posted by ブクログ
読み終えて、強く残ったのは、主人公・荒木村重の「孤独」だった。
村重は有岡城の城主である。殿様であり、多くの家臣を率いるリーダーである。当然、周囲にはたくさんの人間がいる。命を懸けて戦ってくれる家臣もいる。
それなのに、村重は孤独である。
読みながら考えていたのは、「一人で決める」ということの重さだった。
第一章「雪夜灯籠」では、人質である安部自念をめぐる事件が起きる。
村重は自念を殺さないと決めた。しかし、その下知に背き、自念を殺した者がいる。
命令違反ならば処罰すればよい。だが、それほど単純ではない。
敵を殺した味方を処罰すれば、家臣たちはどう思うのか。処罰される者をかばう人間が現れれば、家中に亀裂が生まれるかもしれない。
正しいと思うことを命令すれば、それで終わりではない。
その決断によって、人がどう感じ、どう動き、組織がどう変わっていくのか。そこまで考えなければならない。
第二章「花影手柄」は、高槻衆と雑賀衆の話だった。
城にいるのに、武士として働く機会がない。
すると高槻衆は、自分たちは「無駄飯食い」ではないかと思い始める。周囲にも、彼らをなんとなく疎む空気が生まれてくる。
村重はそれを放置できない。
彼らに手柄を立てさせなければならないと考える。
私は、仕事はやっぱり必要なんだ、と思った。
もちろん、ただ忙しくしていればよいということではない。
人には「自分はここで役に立っている」「自分にはここにいる意味がある」と感じられる何かが必要なのだろう。
ところが『黒牢城』は、そこで話を終わらせない。
仕事を与え、実際に手柄が生まれると、今度は「その手柄は誰のものなのか」が問題になる。
仕事がなければ不満が生まれる。
仕事をすれば評価をめぐって妬みが生まれる。
村重は仕事を与えるだけでなく、人の誇りや嫉妬、評価まで考えなければならない。
組織を率いるとは、ずいぶん難しいことなのだと思わされた。
第三章「遠雷念仏」では、
黒田官兵衛が村重に、村重の命令に命を懸ける勇者も、忠義を尽くす者もいるだろうと言う。
しかし、天下の軍について村重と存分に語れる者は、ほとんどいないとも。
そして官兵衛は、この有岡城で村重の言葉を本当に理解できるのは、自分以外には誰もいないのだと言う。
ここで、村重の孤独がわかった気がした。
孤独とは、周囲に人がいないことではない。
自分のために命を懸けてくれる人がいても、孤独になることがある。
自分が見ているものを、同じ高さから一緒に見てくれる人がいない。
それもまた孤独なのだ。
忠実な部下であることと、よい相談相手であることは同じではない。
むしろ忠実であればあるほど、「殿の御意向は」と考えてしまうかもしれない。
だからこそ、村重は敵である黒田官兵衛のもとへ行く。
なぜ、敵である官兵衛なのか
なぜ村重は、地下牢に幽閉している敵の官兵衛に助言を求めるのだろう。
村重は官兵衛に「答え」を求めていたのではない、
官兵衛に決めてもらいたいわけでもない。
官兵衛は村重に忖度しない。
村重の考えを疑い、ときには嘲弄し、村重自身が気づいていなかった矛盾まで突いてくる。
だから村重は、腹が立つ。
殺してしまおうとさえ思う。
それでも村重は、また官兵衛のところへ行く。
おそらく村重には、自分の考えを自分の外に出して、本気でぶつけられる相手が必要だったのではないか。
「殿のお考えのとおりです」と言ってくれる人ではない。
「本当にそうなのか」と返してくれる人。
官兵衛は、村重にとって、考えるために必要な他者だったのだろう。
若い者が異見を突きつければ、どうなるかわからない。「出すぎた杭は斬られる」という感覚がある。
村重は、
「なぜ誰も本当のことを言ってくれないのか」
と孤独になる。
しかし
「本当のことを言ったら、自分がどうなるかわからない」
と思っている。
上は孤独になり、下は沈黙する。
こうして組織の中から言葉が失われていく。
戦国時代の籠城戦を描いた小説から、現代の組織にも通じるところがある。
第四章「落日孤影」に入ると、村重の立場はさらに苦しくなっていく。
村重が家臣を叱責しても、その意図が伝わらない。
命令する権限はある。
しかし、「殿がそう言うなら」と人を納得させる力が失われつつある。
兵も民も苦しみに投げ込み、当てになるかわからない毛利を待ちながら戦を長引かせている。
最も罰を受けるにふさわしいのは、自分ではないか。
それまで村重は、誰が殺したのか、誰が命令に背いたのか、誰の手柄なのか、誰を罰するべきなのかを考え続けてきた。
つまり、判断する側にいた。
しかし最後には、
「そもそも、この状況を作った責任は誰にあるのか」
という問いが、自分自身に返ってくる。
決める権限を持つということは、結果についても引き受けなければならないということなのだろう。
そして終章で、もう一つ心に残ったものがある。
この物語の人々は、ずっと「進め」と言われ続けているように見える。
武士なら戦え。
手柄を立てろ。
役に立て。
城主なら決めろ。
迷うな。
城を守れ。
前へ進め。
しかし最後に、「進まなくても極楽はある」という考えが現れる。
これを読んで、第二章で感じた「仕事はやっぱり必要なんだ」という思いと、どこかでつながった。
人には、自分が役に立っているという実感が必要なのだと思う。
けれど、
「役に立たなければ、自分には価値がない」
となってしまってはいけない。
仕事があることによって居場所を感じることと、仕事をしていなくても自分の存在を認められること。
その両方が必要なのかもしれない。
決断は、最後には一人でする
一人で決めるというのは、大変なことなんだろう。
村重には家臣がいる。
意見を言う人間もいる。
そして官兵衛という、自分の考えを本気でぶつけられる相手もできた。
それでも最後の決断を官兵衛に委ねることはできない。
自分がどうするのかは、自分で決めなければならない。
相談することはできる。
違う見方を教えてもらうこともできる。
自分の間違いを指摘してもらうこともできる。
しかし、最後の決断と、その結果だけは、誰かに代わってもらうことができない。
それが「決める者の孤独」なのだと思う。
官兵衛は地下牢に閉じ込められている。
考えてみれば、村重も、「城主」「殿」「決める者」という牢に閉じ込められていたのではないだろうか。
なぜ荒木村重は黒田官兵衛の牢へ何度も通ったのか。
ミステリーとしての面白さとは別に、その問いを考え続けさせてくれる読書だった。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。