あらすじ
人はいかなる時に、人を捨てて畜生に成り下がるのか。中国の古典に想を得て、人間の心の深奥を描き出した「山月記」。母国に忠誠を誓う李陵、孤独な文人・司馬遷、不屈の行動人・蘇武、三者三様の苦難と運命を描く「李陵」など、三十三歳の若さでなくなるまで、わずか二編の中編と十数編の短編しか残さなかった著者の、短かった生を凝縮させたような緊張感がみなぎる名作四編を収める。
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目次
山月記
名人伝
弟子
李陵
写経するなら、中島敦の文章写経したい。
人生経験をして自分が変わると名作文学の味わいが変わるから年取るの楽しい。
中島敦の『悟浄出世』に出てくる妖怪の言葉への懐疑心超わかる。でも、言葉を軽蔑するのは化け物という皮肉も込められてるのかな?中島敦の多層的アイロニー?
中島敦が比喩的にロンドンの中心のチャリング・クロスから半径3マイルにのみ文学は在り得るって言ってるけど、そうだよね。赤道に近づくに連れて文学が無くなっていく傾向あるし、ヨーロッパでもスペイン・ポルトガルとかは何故か文学が極端に少ない傾向ある。
中島敦めちゃくちゃ好きな作家だと確信した。今まで山月記しか読んだこと無くて、山月記も凄すぎてずっと印象に残ってたけど、他の作品もこんな良いんだな。全集読みたいレベル。
中島敦
ナカジマ・アツシ
著者プロフィール
(1909-1942)東京に生れる。東京帝国大学国文科卒。横浜高女で教壇に立つ。宿痾の喘息と闘いながら習作を重ね、1934年、「虎狩」が雑誌の新人特集号の佳作に入る。1941年、南洋庁国語教科書編集書記としてパラオに赴任中「山月記」を収めた『古譚』を刊行、次いで「光と風と夢」が芥川賞候補となった。1942年、南洋庁を辞し、創作に専念しようとしたが、急逝。「弟子」「李陵」等の代表作の多くは死後に発表され、その格調高い芸術性が遅まきながら脚光を浴びた。享年33。
漢学者を祖父にもち、漢学の教養と広い読書に支えられた知性と感性を身に付けた中島敦は、前人未到の高い芸術性をもった作品群を残して夭折した。ここには「李陵」「弟子」「名人伝」「山月記」「文字禍」「悟浄出世」「悟浄歎異」「牛人」「光と風と夢」の代表作9編をおさめた。
「分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きものの「さだめ」だ。」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を灼かれるような悔を感じる。己には最早人間としての生活は出来ない。たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「彼は、ひどい近眼である。余り眼を近づけて書物ばかり読んでいるので、彼の鷲形の鼻の先は、粘土板と擦れ合って固い胼胝が出来ている。文字の精は、また、彼の脊骨をも蝕み、彼は、臍に顎のくっつきそうな傴僂である。しかし、彼は、恐らく自分が傴僂であることを知らないであろう。」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「いつのころから、また、何が因でこんな病気になったか、悟浄はそのどちらをも知らぬ。ただ、気がついたらそのときはもう、このような厭わしいものが、周囲に重々しく立罩めておった。渠は何をするのもいやになり、見るもの聞くものがすべて渠の気を沈ませ、何事につけても自分が厭わしく、自分に信用がおけぬようになってしもうた。何日も何日も洞穴に籠って、食を摂らず、ギョロリと眼ばかり光らせて、渠は物思いに沈んだ。不意に立上がってその辺を歩き廻り、何かブツブツ独り言をいいまた突然すわる。その動作の一つ一つを自分では意識しておらぬのである。どんな点がはっきりすれば、自分の不安が去るのか。それさえ渠には解らなんだ。ただ、今まで当然として受取ってきたすべてが、不可解な疑わしいものに見えてきた。今まで纏まった一つのことと思われたものが、バラバラに分解された姿で受取られ、その一つの部分部分について考えているうちに、全体の意味が解らなくなってくるといったふうだった。」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「次に悟浄が行ったのは、沙虹隠士のところだった。これは、年を経た蝦の精で、すでに腰が弓のように曲がり、半ば河底の砂に埋もれて生きておった。悟浄はまた、三月の間、この老隠士に侍して、身の廻りの世話を焼きながら、その深奥な哲学に触れることができた。老いたる蝦の精は曲がった腰を悟浄にさすらせ、深刻な顔つきで次のように言うた。「世はなべて空しい。この世に何か一つでも善きことがあるか。もしありとせば、それは、この世の終わりがいずれは来るであろうことだけじゃ。別にむずかしい理窟を考えるまでもない。我々の身の廻りを見るがよい。絶えざる変転、不安、懊悩、恐怖、幻滅、闘争、倦怠。まさに昏々昧々紛々若々として帰するところを知らぬ。我々は現在という瞬間の上にだけ立って生きている。しかもその脚下の現在は、ただちに消えて過去となる。次の瞬間もまた次の瞬間もそのとおり。ちょうど崩れやすい砂の斜面に立つ旅人の足もとが一足ごとに崩れ去るようだ。我々はどこに安んじたらよいのだ。停まろうとすれば倒れぬわけにいかぬゆえ、やむを得ず走り下り続けているのが我々の生じゃ。幸福だと? そんなものは空想の概念だけで、けっして、ある現実的な状態をいうものではない。果敢ない希望が、名前を得ただけのものじゃ」」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「「心を深く潜ませて自然をごらんなさい。雲、空、風、雪、うす碧い氷、紅藻の揺れ、夜水中でこまかくきらめく珪藻類の光、鸚鵡貝の螺旋、紫水晶の結晶、柘榴石の紅、螢石の青。なんと美しくそれらが自然の秘密を語っているように見えることでしょう」彼の言うことは、まるで詩人の言葉のようだった。「それだのに、自然の暗号文字を解くのも今一歩というところで、突然、幸福な予感は消去り、私どもは、またしても、美しいけれども冷たい自然の横顔を見なければならないのです」と、また、別の弟子が続けた。「これも、まだ私どもの感覚の鍛錬が足りないからであり、心が深く潜んでいないからなのです。私どもはまだまだ努めなければなりません。やがては、師のいわれるように『観ることが愛することであり、愛することが創造ることである』ような瞬間をもつことができるでしょうから」」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「しかし、一概に考えることが悪いとは言えないのであって、考えない者の幸福は、船酔いを知らぬ豚のようなものだが、ただ考えることについて考えることだけは禁物であるということについて」」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「愛するとは、より高貴な理解のしかた。行なうとは、より明確な思索のしかたであると知れ。何事も意識の毒汁の中に浸さずにはいられぬ憐れな悟浄よ。我々の運命を決定する大きな変化は、みんな我々の意識を伴わずに行なわれるのだぞ。考えてもみよ。お前が生まれたとき、お前はそれを意識しておったか?」」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「た。「誰も彼も、えらそうに見えたって、実は何一つ解ってやしないんだな」と悟浄は独言を言いながら帰途についた。「『お互いに解ってる「ふり」をしようぜ。解ってやしないんだってことは、お互いに解り切ってるんだから』という約束のもとにみんな生きているらしいぞ。こういう約束がすでに在るのだとすれば、それをいまさら、解らない解らないと言って騒ぎ立てる俺は、なんという気の利かない困りものだろう。まったく」」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「俺は、悟空の文盲なことを知っている。かつて天上で弼馬温なる馬方の役に任ぜられながら、弼馬温の字も知らなければ、役目の内容も知らないでいたほど、無学なことをよく知っている。しかし、俺は、悟空の(力と調和された)智慧と判断の高さとを何ものにも優して高く買う。悟空は教養が高いとさえ思うこともある。少なくとも、動物・植物・天文に関するかぎり、彼の知識は相当なものだ。彼は、たいていの動物なら一見してその性質、強さの程度、その主要な武器の特徴などを見抜いてしまう。雑草についても、どれが薬草で、どれが毒草かを、実によく心得ている。そのくせ、その動物や植物の名称(世間一般に通用している名前)は、まるで知らないのだ。彼はまた、星によって方角や時刻や季節を知るのを得意としているが、角宿という名も心宿という名も知りはしない。二十八宿の名をことごとくそらんじていながら実物を見分けることのできぬ俺と比べて、なんという相異だろう! 目に一丁字のないこの猴の前にいるときほど、文字による教養の哀れさを感じさせられることはない。」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「あの弱い師父の中にある・この貴い強さには、まったく驚嘆のほかはない。内なる貴さが外の弱さに包まれているところに、師父の魅力があるのだと、俺は考える。もっとも、あの不埒な八戒の解釈によれば、俺たちの――少なくとも悟空の師父に対する敬愛の中には、多分に男色的要素が含まれているというのだが。」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「金剛石と炭とは同じ物質からでき上がっているのだそうだが、その金剛石と炭よりももっと違い方のはなはだしいこの二人の生き方が、ともにこうした現実の受取り方の上に立っているのはおもしろい。そして、この「必然と自由の等置」こそ、彼らが天才であることの徴でなくてなんであろうか?」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「星というやつは、以前から、永遠だの無限だのということを考えさせるので、どうも苦手だ。それでも、仰向いているものだから、いやでも星を見ないわけにいかない。」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「斯くて、若くして自分の寿命の短かいであろうことを覚悟させられた時、当然、一つの安易な将来の途が思浮かべられた。ディレッタントとして生きること。骨身を削る制作から退いて、何か楽な生業に就き、(彼の父は相当に富裕だったのだから)知能や教養は凡て鑑賞と享受とに用いること。何と美しく楽しい生き方であろう! 事実、彼は鑑賞家としても第二流には堕ちない自信があった。」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「私の今の人気(?)が何時迄続くものか、私は知らない。私は未だに大衆を信ずることが出来ない。彼等の批判は賢明なのか、愚かしいのか? 混沌の中からイリアッドやエネイドを選び残した彼等は、賢いといわねばなるまい。しかも、現実の彼等が義理にも賢明といえるだろうか? 正直な所、私は彼等を信用していないのだ。しかし、それなら私は一体誰の為に書く? 矢張、彼等の為に、彼等に読んで貰う為に書くのだ。その中の優れた少数者の為に、などというのは、明らかに嘘だ。少数の批評家にのみ褒められ、その代り大衆に顧みられなくなったとしたら、私は明らかに不幸であろう。私は彼等を軽蔑し、しかも全身的に彼等に凭りかかっている。我が儘息子と、無知で寛容な其の父親?」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「此の地の生活の齎した利益の一つは、ヨーロッパ文明を外部から捉われない眼で観ることを学んだ点だ。ゴスが言っているそうだ。「チャリング・クロスの周囲三哩以内の地にのみ、文学は在り得る。サモアは健康地かも知れないが、創作には適さない所らしい」と。或る種の文学に就いては、之は本当かも知れぬ。が、何という狭い捉われた文学観であろう!」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「真の芸術は(仮令、ルソーのそれの如きものではなくとも、何等かの形で)自己告白でなければならぬという議論を、雑誌で読んだ。色々な事を言う人があるものだ。自分の恋人ののろけ話と、自分の子供の自慢話と、(もう一つ、昨夜見た夢の話と)――当人には面白かろうが、他人にとって之くらい詰まらぬ莫迦げたものがあるだろうか?」
—『李陵―中島敦名作集』中島敦著
「全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。」
—『李陵・山月記(新潮文庫)』中島敦著
「楚が呉を伐った時、工尹商陽という者が呉の師を追うたが、同乗の王子棄疾に「王事なり。子、弓を手にして可なり。」といわれて始めて弓を執り、「子、之を射よ。」と勧められて漸く一人を射斃した。しかし直ぐに又弓を に収めて了った。再び促されて又弓を取出し、あと二人を斃したが、一人を射る毎に目を掩うた。さて三人を斃すと、「自分の今の身分ではこの位で充分反命するに足るだろう。」とて、車を返した。 この話を孔子が伝え聞き、「人を殺すの中、又礼あり。」と感心した。子路に言わせれば、しかし、こんなとんでもない話はない。殊に、「自分としては三人斃した位で充分だ。」などという言葉の中に、彼の大嫌いな・一身の行動を国家の休戚より上に置く考え方が余りにハッキリしているので、腹が立つのである。彼は怫然として孔子に喰って掛かる。「人臣の節、君の大事に当りては、唯力の及ぶ所を尽くし、死して而して後に已む。夫子何ぞ彼を善しとする?」孔子もさすがにこれには一言も無い。笑いながら答える。「然り。汝の言の如し。吾、ただ其の、人を殺すに忍びざるの心あるを取るのみ。」」
—『李陵・山月記(新潮文庫)』中島敦著
「当座の盲目的な獣の苦しみに代って、より意識的な・人間の苦しみが始まった。困ったことに、自殺できないことが明らかになるにつれ、自殺によっての外に苦悩と恥辱とから逃れる途の無いことが益々明らかになってきた。一個の丈夫たる太史令司馬遷は天漢三年の春に死んだ、そして、その後に、彼の書残した史をつづける者は、知覚も意識もない一つの書写機械に過ぎぬ、――自らそう思い込む以外に途は無かった。無理でも、彼はそう思おうとした。修史の仕事は必ず続けられねばならぬ。これは彼にとって絶対であった。修史の仕事のつづけられるためには、如何にたえがたくとも生きながらえねばならぬ。生きながらえるためには、どうしても、完全に身を亡きものと思い込む必要があったのである。 五月の後、司馬遷は再び筆を執った。歓びも昂奮も無い・ただ仕事の完成への意志だけに鞭打たれて、傷いた脚を引摺りながら目的地へ向う旅人のように、とぼとぼと稿を継いで行く。最早太史令の役は免ぜられていた。些か後悔した武帝が、暫く後に彼を中書令に取立てたが、官職の黜陟の如きは、彼にとってもう何の意味もない。以前の論客司馬遷は、一切口を開かずなった。笑うことも怒ることも無い。しかし、決して悄然たる姿ではなかった。寧ろ、何か悪霊にでも取り憑かれているようなすさまじさを、人々は緘黙せる彼の風貌の中に見て取った。夜眠る時間をも惜しんで彼は仕事をつづけた。一刻も早く仕事を完成し、その上で早く自殺の自由を得たいとあせっているもののように、家人等には思われた。」
—『李陵・山月記(新潮文庫)』中島敦著
Posted by ブクログ
人間の本質とは何か、人としてどう生きるべきかを考えさせられました。中島敦の4作品がおさめられています。漢語が多く使われているため、とっつきにくく思われますが、4作品いずれも内容が濃く、印象に残る作品ばかりです。
「山月記」
詩人に成りそこなって虎になった男、李徴のお話。高校生のとき授業で出会った作品。恐怖を覚え、自分の日頃の行いを振り返らざるを得ない気持ちに駆られた記憶。今読んでもゾクっとする。
「名人伝」
射術を極める男、紀晶のお話。本物の人物とはいかなる人物か、一芸に秀でるとはどういうことか考えさせられる。書も同様で初めは技巧の上達にばかりにとらわれる。“よく拙を蔵す”という言葉があるが、精神面を疎かにしてはいけない。素心を求めて徹底して学ぶことが書学の第一義。共通点を感じた。
「弟子」
孔子とその弟子の関わり。主要人物は子路。子路の孔子へのリスペクトは最上級。彼の最期は、いたましい。
「李陵」
李陵、司馬遷、蘇武3人が対比されることで、1人ひとりの心理や生き方が鮮明になっている。李陵の“天は見ている”という言葉が突き刺さる。司馬遷は『史記』執筆中に李陵をかばったため、去勢される刑に処せられた。彼の辛さがひしひしと伝わる。
Posted by ブクログ
「山月記」を高校生の頃に初めて読んだとき、格調高い文体や比喩の妙に心を奪われた。しかし再読した今、最も胸を打ったのは李徴の内面である。彼が味わった孤絶、人としての道を踏み外した悔恨、理想と現実の乖離から生じる自己否定、そのすべてが痛切に迫ってきた。特に「己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。」という一文に宿る、言葉にならない悲しみが深く響いた。夜露では覆いきれない涙や苦悩、誰にも理解されないまま時だけが過ぎていく空虚さが、その短い表現に凝縮されているように感じた。当時は気づけなかった“距離”―人間関係の中にある微細な断絶、孤独の輪郭、そして胸を灼く後悔。それらを今では読み取れるようになった。李徴の絶望は悲劇ではなく、人間が陥りうる普遍的な罠なのだと気づき、胸が締めつけられた。
Posted by ブクログ
新潮文庫2024プレミアムカバー。レモンイエローに金の箔押し。30年前以上前の版より字が大きくて読みやすい。
漢文調の文章が格調高くて心地よい。
学生時代に読んだ時とはまた違う感じがする。
Posted by ブクログ
秀作と思います。
学問、芸術、スポーツ、芸能、政治、ビジネス。人が何かを志すときに時として精神の強さが肉体の強度を超越してしまうほどのことが起こりうる、そういった人間の精神性が端正な文章で表現されているように感じました。
星5つです。
Posted by ブクログ
やっぱりすごいすね
山月記が、「臆病な自尊心」を持った自分に刺さりまくるのはわかってたことなんだけど、
それ以外の作品も、難解な言葉遣いでありながら生々しさを失わず、内面の葛藤や懊悩がグッと心を揺さぶってくる読み直してよかった
Posted by ブクログ
人の生き方や自己の選択が強調されている。良いこと、悪いことの教えも与えてくれる。この本を通じて、自分の成長や生き方について深く考えさせられました。
Posted by ブクログ
昔教科書で読んだ山月記を久しぶりに読みたいなと思ってた時にタイミングよくプレミアムカバーで購入。山月記はもちろんのこと李陵が素晴らしく良かった。三人の人物の生き様が描かれるが三人それぞれに「自分が思い描いていた人生からは意図せず外れた状況」の中での葛藤や生き方の違いが描かれる。三者三様に身につまされる。太平洋戦争中に書かれた作品であることや、夭折してしまった著者の遺作であることも含めて色々と考えさせる力を持った作品。夭折の作家にはもれなく思うことだけど長生きして戦後の社会を生きていたらどんな作品を描いていたんだろうなと残念でなりません。
Posted by ブクログ
山月記
「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」
「しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然と次のように感じていた。なるほど、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処か(非常に微妙な点に於いて)欠けるところがあるのではないか、と。」
「己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢えて刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。」
「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。」
「本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕とすのだ。」
李陵
「それは殆ど、如何にいとわしくとも最後までその関係を絶つことの許されない人間同志のような宿命的な因縁に近かいものと、彼自身には感じられた。とにかくこの仕事のために自分は自らを殺すことができぬのだ(それも義務感からではなく、もっと肉体的な、この仕事との繋がりによってである)ということだけはハッキリしてきた。」「五月の後、司馬遷は再び筆を執った。歓びも昂奮も無い・ただ仕事の完成への意思だけにむちうたれて、傷ついた脚を引摺りながら目的地へ向かう旅人のように、とぼとぼと稿を継いで行く。」
「彼は粛然として懼れた。今でも己の過去を決して非なりとは思わないけれども、尚ここに蘇武という男があって、無理ではなかった筈の己の過去をも恥ずかしく思わせる事を堂々とやってのけ、しかも、その跡が今や天下に顕彰されることになったという事実は、何としても李陵にはこたえた。胸をかきむしられるさような女々しい己の気持ちが羨望ではないかと、李陵は極度に惧た。」
Posted by ブクログ
物語としてめちゃくちゃ面白いだけでなく、非常に勉強になる。中国古典を掘り返して、このように小説として昇華するとは、とんでもない人だな。特に、李陵が泣ける!
Posted by ブクログ
「山月記」
虎だね。
「名人伝」
主人公の紀昌が天下一の弓の名人を目指す話。往年の少年漫画のような展開が多く、思わずニヤリとしてしまう。特に、紀昌が山奥の老名人のもとへ赴く件が面白い。
長年の研鑽により師匠と同等の腕になった紀昌は、師匠から山奥に住む老名人の話を聞く。「老師の技に比べれば、我々の射の如きは殆ど児戯に類する。」自分の技量に自信を持つ紀昌は、これを聞いてすぐに老師の住む山へ赴く。やはり、真の名人は山奥に住む老人でなければならない。老師に出会った紀昌は、自分の弓の技量を見せつけるため、挨拶も早々に、空高く飛んでいる鳥を打ち落とす。これを見た老師の発言が秀逸。「一通りできるようじゃな、・・・だが、それは所詮射之射というもの。好漢未だ不射之射を知らぬと見える。」老名人には、こういうことを言ってほしいと思っていることそのままのセリフ。素晴らしい。
紀昌はこの老名人のもとで修業を行う。長年の修業により遂に天下の名人となった紀昌は、表情のないでくの坊のような容貌になって、街に帰ってくる。「枯淡虚静の域」に入った彼は一向に弓を手に取ろうとしない。彼は言う。「至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし。」遂には弓という道具の存在すらも忘れてしまう。「ああ、夫子が、-古今無双の射の名人たる夫子が、弓を忘れ果てたとや?ああ、弓という名も、その使い途も!」こういう展開がたまらない。
「弟子」
孔子の弟子のひとり、子路の視点から、孔子との関係を描いた話。
師と弟子という関係は、人間関係の中でも、特異なもののように感じる。血でもなく、友情でもなく、親愛でもなく、ビジネスでもなく、信仰でもなく、ただ、人格によって繋がっている関係。この作品内では、そんな不思議な関係の雰囲気を感じ取ることができる挿話が多数語られている。なかでも、特に印象に残っている話がある。
世間からなかなか認められず放浪の旅をしている途中、孔子達一行から遅れて歩いていた子路が、ひとりの隠者に出会う。子路は隠者に招かれ、彼の家で隠者の生活を体験する。「明らかに貧しい生活なのにも拘わらず、眞に融々たる裕かさが家中に溢れている。」また、隠者は子路を孔子の弟子と知ったうえでこのように言う。「楽しみ全くして始めて志を得たといえる。志を得るとは軒冕の謂ではない。」子路は初めて経験する隠者の生活に幾分かの羨望を感じた。翌朝、隠者の家を出た子路は、昨夜のことを振り返る。欲を捨て道のため放浪の旅を続ける孔子のことを思うと、隠者に対して憎悪の感情が湧いてくる。昼下がり、ようやく孔子の集団の影が見え始めた。「その中で特に際立って丈の高い孔子の姿を認め得た時、子路は突然、何か胸を締め付けられるような苦しさを感じた。」
師弟関係とは一体なんぞや。
「李陵」
李陵、司馬遷、蘇武の人生の話。
運命、というと少々陳腐な表現になってしまうが、この作品を読むと、人生には運命としか称しようのないことが部分があるということを強く感じる。
李陵は漢の武将。匈奴を討つため辺境に派遣されるが、敗北し捕虜となってしまう。単于に従いつつ、すきを見て討ち取る機会を窺うも、匈奴の生活に触れ、溶け込んでいく。ある時、漢の武帝から匈奴に寝返ったと疑われ、家族を皆殺しにされる。李陵は漢に対して憤怒を抱き、漢へ帰る意思を完全に失くしてしまう。
李陵の苦悩は、蘇武の存在によってさらに深まる。李陵が匈奴に下るより先に、匈奴の国に引き留められていた蘇武は降伏することを肯ぜず、へき地で孤独と困窮の中生きていた。
忠節を守り続けたところで、誰にも知られなければ意味はないではないかと李陵は思っていたが、偶然にも蘇武の存在が漢に知られ、遂に蘇武は帰国することになる。
そんな蘇武と匈奴に降伏した自分を比較し、李陵は煩悶する。
一方、司馬遷は李陵を非難する宮廷の中で彼を擁護したことによって、宮刑に処される。絶望し自殺しようとするが、父から引き継いだ史記を完成させるという使命を果たすため、死人のように生き続ける。
憤怒と煩悶と諦観が混じった、李陵の複雑な心中。運命を笑殺しつづけた蘇武。絶望するも使命という一点にのみ生き続けた司馬遷。
3者3様の苦悩と運命を前に茫然としてしまう。この感覚を捉えて言語化できるようになるまで、何度も読みたい。
Posted by ブクログ
教科書に載る理由がしっかりとある。
難しいけれど、とても読み入ってしまいました。
「おれの毛皮のぬれたのは、夜露のためばかりでない。」の言葉が1番刺さりました。
虎になってしまい、詩人としても人としても
もう分かってくれる人がいない。孤独さが痛い程伝わりますよね。
人は誰しも心の中に獣を飼っている。
Posted by ブクログ
2024.03.24〜04.07
いつの時代にも、忖度する奴がいる。
自分に真っ直ぐな人が損をする。
「李陵」の人間臭さとは異なる「山月記」の人間臭さ、どちらも良かった。
Posted by ブクログ
『山月記』についての記述。
高校の授業で初めて接した作品です。
冒頭で主人公の李徴に親近感を抱いたので、発狂して虎になる展開はショックでした。
何となく自分の事が書かれている様な気持ちになるのです。
以来、何十年も経ちますが、何故か『山月記』は私の心にずっと存在しています。
現在では、YouTubeで多くの方が朗読されているので、時おり聴いて李徴に憐れみを覚えるのです。
決して読んで楽しくなる作品ではないのに、つい紐解いてしまう不思議な魅力が『山月記』には有りますね。
強いて言えば、李徴の不幸を芸術の域にまで昇華させてしまう、中島敦の才能に触れたくなるのでしょう。
本文から抜粋。
「己は堪らなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って吼えた。誰かにこの苦しみが分かって貰えないかと。」
(『李陵・山月記』新潮文庫 P.17)
「しかし、···(中略)···天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持ちを分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。」
(同 P.17)
Posted by ブクログ
『山月記』は虎になった男の話として知ってはいたが読んだことはなかった。『李陵』は前漢頃の話でこちらも運命と自己の忠義や正義との葛藤が良かった。
Posted by ブクログ
『山月記』、『名人伝』、『弟子』、『李陵』の4作品が収められた短編集。
中国伝記や古伝説に取材した著者のどの作品も、常に「自己のあり方」を見つめ続けている。
詩作、弓、儒家の道、軍師。それぞれが抱える苦悩や葛藤や孤独感は、現代人が抱えるアイデンティティクライシスに異としない。
自分の弱さや克服できないこと、曲げられずに意地を張ってしまうことは誰しもある。
作中の登場人物達は、それを自らが明確に自覚し、どう向き合うかを自分が考えることが大切であることを教えてくれているような気がした。
複雑な人間関係や自己実現性への挑戦を諦めず、悩みながら曲がりなりにでも、なるべくまっすぐに、「自分を生きる」ことを目指してゆく主人公達の姿は、本当にかっこいい。
高貴で美麗な人物描写の中に、運命の儚さや虚しさを絶妙にしまい込み、読者の胸に言葉の深みを染み込ませてくれる感覚を覚える。
元史料に基づき中島敦氏の言葉によって、繊細で明瞭で丁寧に描き出された懐疑的自我は、どの読者もが自己のあり方を見つめるきっかけとなるに違いないだろう。
Posted by ブクログ
表題作の一つ、山月記は教科書にも載っていたような…自らを恃むことの強い天才の孤独と後悔は、大人になった今こそ心に響く。
もう一方の李陵も孤独を扱った作品。祖国に裏切られた主人公・李陵と、それと対比されるように描かれる蘇武。李陵が祖国・漢を捨てて匈奴の土地で暮らすことを決意したのに対し、蘇武は純粋な祖国への愛を貫き通す。蘇武の姿を見た李陵の心の葛藤は程度の差はあれど、誰にでも感じたらことのあるものと思われる。
Posted by ブクログ
大人になって読む、山月記。
多分、高校の教科書に載っていた山月記。
当時は虎になった人間の話。くらいの印象しかなかったけど、これ、自意識を拗らせたが故の。。。がわかると、一気に、なんというか親近感が湧く。。
Posted by ブクログ
学生時代には苦手意識の強かった「漢文」であるが、中島敦氏の本作は漢詩の風体を持ち、深い教訓とともに純文学的な味わい深さも兼ね備えている。一文字一文字推敲に推敲を重ねたであろう文章には一切の無駄がなく、研ぎ澄まされていながらも懐の深い柔らかさがある。200ページほどの本だが、うち50ページが注解という中島氏の凄まじい意気込みと迫力を感じさせられる。4つの収録作品はいずれも示唆に富み、甲乙つけがたし。
Posted by ブクログ
早逝の著述家、中島敦の短編集。
昭和の時代には珍しく中国古典を紐解いて、我々にも読みやすく再編している。
内容は詩人が虎になる山月記、
弓の達人が武の極限に達する名人伝、
孔子の弟子で破天荒な子路の人生を描く弟子伝、
苛烈な漢の時代を生きた武将の数奇な人生を描く李陵
どの短編も現代にも生かせる教訓に満ちている。
中国古典も良いなと思わせる本だった。
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虎になってしまった詩人李徴がかつての親友と出会い、自分がなぜ虎になったのか気づく
「共に、わが臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である」「虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の叢に踊り入って、再びその姿を見なかった」
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【2026年57冊目】
虎になった友との邂逅――山月記、弓を極めんとする男の末路――名人伝、孔子の弟子である子路の一生――弟子、司馬遷と李陵の運命――李陵、中島敦の短編集。
「その声は、我が友、李徴子ではないか?」
有名な一文ですね。山月記を読んだことがない人でも、知っているのではないかと思います。ネットミーム的にもなってますね。私も山月記をちゃんと読んだことがなかったので、文中に出てきた時はちょっと感動しました。思ったよりも早く出てきましたが。文体も思ったよりわかりやすく、読みやすかったです。
ただ、「弟子」だけはちょっと難しかったです。注釈がついてますが、いちいちページをペラペラと確かめに行く気が起きず、なんとなくの流し読みでした。こういった思想的な話は漫画で読もうとして断念した記憶があるので、おそらく向いていないのでしょう。
「李陵」は、「史記」を漫画で読んだことがあったので、なんとなく司馬遷の記憶をたどりながら読めました。また漫画のほうを読みたくなりました。史記、三国志、項羽と劉邦など、売らなきゃ良かったなぁと今更ながらに後悔しています。
思ったより文体がとっつきやすくて良かったです。
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漢文っぽくて読みにくいなぁと思いながら読み進めると、たまに視界が開けたように現代文っぽく書かれてるから戸惑う...
「山月記」と「名人伝」はサクッと読めてわかりやすかったな。
虎になってしまったら...例えば末期癌になってしまったときのような状況にも当てはまるかもしれない。健康だったときに思いを馳せつつ、現状全てを受け入れて残りの人生を生きるのだろうか...なんてことを考えました。
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「山月記」は中学でも高校でも授業で読んだけど、中島敦の他の話はよく知らないなと思って読んでみた。表題作を含む4編を収録。
「読み進めるのが難しい本だな」と、まず感じた。話は全て中国の古典を題材に取っているので、人名、地名、役職名にとにかく馴染みが無く、ほぼ全てに注釈が入っているので本文と巻末の行ったり来たりを繰り返すことになった。
ただ、「山月記」が「芸術(というか人がそれぞれ持つ夢と言えるもの)への苦悩と後悔」を描いていることが分かりやすいように、それぞれの話のテーマや登場人物たちの心情はとても分かりやすく、ときにはとてもドラマチックに描写されている。
とにかく今回は内容を追うだけで精一杯だったので、他にも色々なレーベルで読んで、いつかもうちょっと楽しめるようになりたいなと思った。
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臆病な自尊心尊大や羞恥心
初めはなぜ虎になってしまったのかわからなかったが、後半にかけていくにつれ自身の冷酷さと孤独さを認めて虎となった自分を認めていく。山の李徴と月の袁さん、山の下から吠える李徴
李徴と袁さんの対比とともに、李徴の強い人間性を感じる作品のようです
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山月記が好きだったから読んでみたけど、他の作品は微妙だった
山月記は、やっぱり良い
短い割に、感慨深い。2回読んだ
エリートながら何も達成出来なかった李徴の哀愁が心にくる
李陵は司馬遷が出てきてへーっとはなったけど、名人伝なんかはトンデモ譚すぎて意味不明だった
全体的に暗すぎて、読んでいてどこか気分は悪くなる。山月記以外は微妙かなあ、、、