あらすじ
誰とも比べなくていい。
そう囁かれたはずの世界は
こんなにも苦しい――
毎日の繰り返しに倦んだ看護師、クラスで浮かないよう立ち回る転校生、注目を浴びようともがく大学生、時代に取り残された中年TVディレクター。交わるはずのない彼らの痛みが、植物状態の青年・智也と、彼を見守る友人・雄介に重なるとき、歪な真実が露わになる。自滅へひた走る若者たちが抱えた、見えない傷と祈りに触れる物語。
文庫版特典:特別付録/本作と螺旋プロジェクトに寄せて
解説/清田隆之
【電子版巻末に特典QRコード付き。〈螺旋プロジェクト〉全8作品の試し読みを読むことができます】
※〈螺旋プロジェクト〉とは――
「共通ルールを決めて、原始から未来までの歴史物語をみんなでいっせいに書きませんか?」伊坂幸太郎の呼びかけで始まった8作家朝井リョウ、伊坂幸太郎、大森兄弟、薬丸岳、吉田篤弘、天野純希、乾ルカ、澤田瞳子による前代未聞の競作企画
〈螺旋〉作品一覧
朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』(本作)
天野純希『もののふの国』
伊坂幸太郎『シーソーモンスター』
乾ルカ『コイコワレ』
大森兄弟『ウナノハテノガタ』
澤田瞳子『月人壮士』
薬丸岳『蒼色の大地』
吉田篤弘『天使も怪物も眠る夜』
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
ずっと読みたいと思っていた本を、今年中に読みたい目標冊数達成のために大急ぎで読んだ。
ところどころ内容や表現にくらった。
絶対にまた読み直したい本。
死にがい、生きがい、今生きている意味を見出してしまいがちなのは私もそうで、それが良い悪いは言語化できていない。
私も、この期間は何をやり抜きたい、何かを成し遂げたい、何もやっていない期間は嫌だ、という気持ちがある。
目の前の対立に目を向けるのではなく、どうしても繋がってしまう今のために背負っている歴史に目を向けるという考えは納得した。
雄介の、「ドリンクバーくらいすぐ命注ぐ」性格は、私は持ち合わせていないため見習いたいと思った。
メモ
「自滅」=目に見えない毒素=自分なんてこの世界に存在していたって意味がないと思い込むこと
世界に一つだけの花-SMAP
Posted by ブクログ
いるいる〜こういう人!小学生の時からめちゃくちゃ存在感出してる人!って人の物語。最後まで、とことん期待を裏切らなくて良かった。そして、いるいる〜こういう人!なんでココとココ仲いいかわかんないよね〜なんか達観してるよねーって人。実はこっちの人もその状況を楽しんでたりして。あー面白かった。最後までページをめくる手が止められず。なしてこうも心情を書くのが上手いんかね。すごいわ。
Posted by ブクログ
読み終わった後に、もう一度序盤のページを開いて読み直した。
p22の雄介のセリフ
「小さなころからずっとずっと一緒で、二人でいろんなことを助け合ってきたのに、あの瞬間だけ、助けることができなかったんです。二十年間の中で、あの一瞬だけ、俺はどうすることもできなかったんです。そのことがずっとずっと許せなくて…こいつの人生が止まった瞬間に何もできなかったから、せめて、こいつの人生がもう一度始まる瞬間には、絶対に立ち会いたいって、そう思ったんです」
この言葉の背景を知ってしまった今、もちろん素直には受け止められない。
自分本位過ぎるほどの裏面を知ってしまった今、
ここに純粋な友情は見えない。
オンリーワンになりたくて痛々しい若者たち。
自分の若かりしころや周りにいたエネルギッシュな友人たちを思い出して雄介や智也に投影してしまう。
対話をする覚悟が決まる智也も、
未熟で凡庸な選択をし続けてしまう雄介も、
自滅的でしんどかった
正解のない終わり方に、
正解がなくて当たり前なんだけど
重いものがのしかかったような読後感。
Posted by ブクログ
私が生きてて疑問に思ってたことを言語化してくれて、スカッとした。人助けはその人のため、その人の生きがい、死にがい、生きてるための理由。人助けされてる人はそれに利用されているだけ。でもこんなことに気付かずに人助けしたり、されたりする人生がよかったなあと思ったり。ここで終わっちゃうの!ってなったり、逮捕されちゃったり、報われなかったり、続きが気になるけど、それでこそその人の人生ってことなのかなあ。私は生きがいも死にがいもないから、雄介みたいに無理矢理でも見つける熱量があるのは羨ましい。地味に礼香の職場体験の時の一言一言が核心をついてて、読んでいて辛かった。
Posted by ブクログ
平成という時代ならではの生きづらさをテーマにした作品。初めは章ごとに全然関係ない話のように見えて、徐々にいろんな繋がりが見えてくる構成は見事。全部読み終わってから初めの章を読み返すと、見え方が全然違ってこわいくらい。
競争や順位づけをやめ、ナンバーワンではなくオンリーワンであることの良さが押し出されるようになった平成。むしろそれは「自己責任社会」の始まりで、自分らしさや夢中になれるものが見つけられない人は自己否定に苦しむようになる。
自分も人生の大半を平成で過ごしてきて、好きなことで生きる人が社会的に目立つようになってきたり、生き方の多様さもどんどん増していったりする中で、「自分の好きなことを選んで、生きる道を自分で選んでいるんだからもし失敗したら自己責任だな」と不安に思うことが何度もあったから、この作品の中で「生きがい」を必死に探している登場人物たちの焦りもよくわかるなあと思った。
深すぎる
雄介を見て存在意義とは、生きがいとは、といった難しいことだけど、少しは誰もが考えたことはあるようなことになんとも言えない気持ちになった。生きがいとはなんだろう、読み進めていくほど考えさせられる本だった。
Posted by ブクログ
全部持っていかれた。著者の現代の生きづらさを言語化する明瞭さがハンパない。自分の人生に投写してしまうぐらい共感した。正論と個人主義と死にがいと人間の性みたいな抽象的な概念が、温度感を持ちそのまま人になり群像劇になっている。生きがいを求めないと自分の存在確認ができない、他者との好善なつながりを担保できないのは、育ってきた生育環境を省いても、そういう葛藤はあるのだろうと思った。人間の性として著者は、弱さに重きを置いてる気がする。ダメだけどやってしまう、不安でたまらない、求めてしまう、人間の土台は弱いからこそ、その上時代の変化になんなく影響されてしまったり。そういうところを取り出して保存してるのが好き
Posted by ブクログ
大学生の時、私も死にがいを求める症候群になっていたことを思い出した。今思えば、周りの人とは違うと自分を肯定してあげたかったことが理由だと思う。
そんな私を変えてくれたのは夫で、社会問題は考え出したらキリがないし、誰かがかならず全力で解決してくれるのだから、自分の好きなように生きたらいいという、ある意味生殖記的な考えを持っていた。
今は彼の言葉で楽に生きられているし、生活や趣味を大切にしている自分(むしろ、仕事のように、よく見えない誰かのためにすることの重要度を下げている自分)に満足している。
…と書いていてふと思ったのだが、令和の時代は、他者との分断、自己責任論を超えて、それを放棄する「無責任論」が主流になっているのではないか?AIも発展して、誰かのために頑張らなくても、そこそこの努力があれば仕事はできるようになったし、他者に気遣わなくても生活ができるようになった。他者との対話なんて重要じゃなくなってる気もする。好きなことをしていて、好きなタイミングで他者と交わればいい、みたいな。争いは減ったし、熱くなる場面も減ったけど、より個人間の分断が進んでる気がする。どうだろうか?
あと、脈絡ないけどこの本は幼少期時代の描き方がとてもリアルだった。小学校時代の「その人の背景が変わるだけで、その人の所属している場所が変わるだけで、その人まで変わってしまったように見える」は大共感だった。いまだに同じことを感じる。
Posted by ブクログ
雄介のイタいかんじ、めちゃめちゃ伝わってきた。友達にいたら引いちゃうと思うけど、じゃなんでコロコロ生きがいを変えちゃダメなのかはわからない。
でも、人から感じる胡散臭さとか信用できない感じって、雄介みたいに自分の見栄とか理想を優先して追求しまくって、周りの人を自分を輝かせる照明的な存在としてしか見れてない人から醸し出されるものなのかなって思った。
自分が何をしたいか、どうなりたいのか、何が好きか、みたいに自分の考えを感じられるようにならないと生きがい地獄からは逃れられないような気がする。人を勝手にランクづけして、負けた勝ったを無意識に判断するの心当たりありすぎてキツかった。今もやっちゃってるかも。
智也も生きがいに囚われてるって言ってるけど、智也は生きがいと自分の考えがちゃんと一致してるんじゃないかな?あと、山族vs海族の件は、名前が付いて概念があることを知ってしまったから争いが生まれる的なことじゃない?海族山族はあまり話の本筋とは関係ないと思う。
Posted by ブクログ
最近イン・ザ・メガチャーチの宣伝で色々なところで目にするので、積読していた本を読んだ。
やっぱり朝井リョウさんの書く暗くて重い世界観がとても好き。
自分の中の雄介が顔を出してしまうことあるなと、ふと思った時にすごく嫌な気持ちになった。周りからどう思われてたんだろうと不安になったし、反省した。
でも、誰かと自分を比べて自分の方が優位に立ってるアピールをしたくなることってある。自分だけを見つめて、自分に向き合うのはすごく胆力がいるから。
Posted by ブクログ
ある人物を中心に、関わりのある人たちの視点で幼少期からの様子を描写していく。
生きがいがないと生きている意味がないという考えにとりつかれた彼にとって周りの人々は翻弄される。生きがいとはなにか、生きがいがないとダメなのかを問う。
こーゆー人いたよね、という感じの人物。側から見ると痛いやつだが、本人はいたって真剣で自分に酔っている面もあったりする。だんだんと暴走していく感じが面白い。
一目置かれるのが気持ち良いのは心当たりがあったりするからこそ先が気になる。
Posted by ブクログ
最後の最後で全てが繋がった感じが爽快でした
現代の問題の根元をシンプルに表すな〜と
これは何回も読む価値あり
朝井リョウにハマっちゃいました笑
Posted by ブクログ
「これからの時代はナンバーワンじゃなくてオンリーワンだから」大学の受験期に差し掛かる直前、中学のときに尊敬していた先輩にそう言われた。
ナンバーワンよりもオンリーワン、SMAPと全く同じ言葉に私はストンと納得し先輩に感謝の言葉を伝えた記憶がある。
(歌詞を書いたのは槇原敬之)
当時の私は受験期を前にして何もしていなかった。
何もしていなかった、くせに自分は周囲の人間とは違う、と信じて疑わないような能天気さと愚鈍さがあった。
それからしばらくして生まれついて運が良い私は運良く自分の行きたい大学を見つけ、運良く周りの人間に受験のサポートをしてもらい、運良く合格し、運良く親に消して安くはない(高い)学費を払ってもらい、運良く楽しく大学に通っている。
所謂、美大と言われる場所に通っていると度々「ここには普通の人はいないから」「みんな変わり者だし」「美大に通ってるウチらってヤバいよね」といった言葉を聞く。
確かに、先輩からSMAPの名曲と全く同じ言葉をもらった頃の私と似たような境遇を歩んできた人が大学には少し多くいる、ように感じる。
(歌詞を書いたのは槇原敬之)
けど、それだけだ。
美大に属しているからアナーキー、役所で働いているから社会適合者、とかそんな単純な話は無い。
あってたまるか、と思う。
人はそれぞれちがう形をしていて、それぞれの思想がある。
全ては"ここ"に存在しているだけなのに。
全てが、ただ曖昧に存在していて響きあって存在しているだけの世界で私は比較をしてしまうし少しでも自分が優位でありたいと願ってしまう。
「手段と目的が逆転してる」
大学デビュー(のようなもの)を果たし承認欲求を得るためにサークルを利用する安藤与志樹。
俺らと違って他の大学生はこんなこと考えていないと悦に浸る革命家飲みのメンバー。
「常識から外れて見える決断さえすれば、その常識の中で競争してきた人たちに対して一矢報いることができるとでも思ったんでしょうね。常識に縛られすぎた人間がする、典型的な行動ですよね。」
過去の成功が己のクリエイティビティを信じ続ける呪いに変わり生産性の無い日々に切迫感や焦燥感を感じる弓削晃久。
総合大学を目指さずに美大に入る選択をした私は手段と目的が逆転していないだろうか。
自分は周囲とは違う、という根拠のない幼さ故の進路選択では無いと言い切れるだろうか。
当時の私に少しでも周囲と違っていたいという欲が無かったと言い切れるだろうか。
「資格が取れるから」という理由で総合大学を選んだ友人と「潰しが効かない」と言われがちな美大を選んだ自分を比較して自分の方に物語性を感じて酔いしれていなかったと言い切れるだろうか。
私は私の愛する人の背景に見えるもので愛を判断していないだろうか。
将来、周りに比べて自分だけが幼い顔をしていたらどうしよう、とか、また比較して怖くなった。
安藤と弓削には特に自分を重ね合わせて苦い気持ちになった。
晃久から見た晃子のように大学には活き活きと創作に励む人たちがいる。彼ら彼女らは自分たちにはこれしかないと言わんばかりに目を輝かせて創作に励んでいる。
そんな彼らの姿を見て私はまた比較をしてしまう。
果たして私は彼らと同じように夢中になれているだろうか。
自分の存在を疑ってしまう、呪いたくなってしまう。
資格を取る為に好きではない分野の勉強をすること、親の都合で行きたい大学にいけないこと、そっちの道の方が楽だと思ってしまう、最低だ。
そう思ってしまう自分が醜くて大嫌いだ。
比較をして自分の居場所を確認しなくても私は私を許せるはず、けどそれって何よりも難しい。
私は私を客観視出来ない。
生きることは許すこと。
自分とは相反する人やものを少しずつ許す、じんわりと境界線を滲ませていく。
自分がしていること学んでいることを好きだと胸を張って言うことが出来る(気がする)
比較をしても、しなくても苦しい。
生活は私が思うよりも、きっと、ずっと苦しい。
生産性が無くても死ぬまで淡々と丁寧に生きるしか無い。
自分や世界の曖昧さを許したいし、日々を実直にこなしたいと思った。
平成時代が過ぎ冷笑(笑)蔓延る令和の時代では雄介のような存在を自分が常に客観視する側だと思っもてしまいがちな気がする。
いつどこで自分が自分に都合の良い正義という名の暴力を振りかざすのかは分からない。
ときに雄介のような命注ぎパワーも必要なのかも、と思ったり。
けど命を注ぐなら慎重にならなくては。
舞台の北海道にはとても馴染みがあったので頭の中で鮮明に情景が思い浮かんだ。
螺旋プロジェクトによってSFじみた(?)雰囲気になってるのも面白い。
坂本亜矢奈の章とかは青春小説らしさも感じられて面白かった。
付録の解説で平成の犯罪者のインタビューに対して著者の朝井リョウさんが言及していて、その深いリサーチ力に驚いた。
Posted by ブクログ
明確に時間を示す言及はないものの、場面や時が移り変わったことが自然に理解できて面白い。どの登場人物も少しずつ自分に当てはまるところがあり、引き込まれた
p235「集団の中にあるグラデーションを見逃さないようにしたいなと思う」 これは対立の文脈とは思うが、智也のどんな考えに基づく発言だったのだろう。最後に言及あるかと思ったが無かった
Posted by ブクログ
SNSに流れてくる人を見て、この人イタイな、このノリずっと続けてるな、って感じていた違和感の正体を事細かく言語化された。そしてその要素、自分も持っているのでは??と気付かされて耳が痛い。
自分も雄介みたいな発言してないかな?痛くないかな?けど、それって本当に悪いことなのかな?と反面教師的な目線で読んでいた。
世間が良いものとして掲げているものの、裏にある闇を突きつけられた感じ。でもそれがやみつきになる。
Posted by ブクログ
病院以外それぞれの年代で雄介みたいな人が誰かしら思い浮かぶ。他の人物はそうでもないので世の中の雄介率が高いのかもしれない。
海山の話が苦手で退屈だったけれど、他がかなり面白く読めた。
Posted by ブクログ
生きる意味とは何か。そもそも生きる意味なんてないんだからナンバーワンになろうとせず、オンリーワンで自分なりの生き方や幸せを見つければいい。
でも、オンリーワンな生き方も結局、今の社会でどう生きるかという制限のなかの自由な生き方でしかない。つまり、どこまでいっても他人と比較されたり、相対的にこの人の生き方はよい、この人はよくないといった価値観のある社会で生きている。その価値観は資本主義社会、多数派が異性愛個体であること、教育現場のシステムなど、当たり前になっている今の社会の構造によって作られていると思う。
Posted by ブクログ
雄介が言う人間は3種類いるという話が印象に残った。とりあえず働くのは、三つ目の人間に堕ちたくないから。自分はたまたま家族がいるので、雄介のいう一つ目の人間に当てはまるのかもしれない。でも、三つ目の人間とも言えるような気がする。というか、三つ目の人間になりたくないと思いながらなってしまっているような感覚になり、焦燥感に駆られることがある。今後子供が巣立ってしまったら、自分に何もない気がする。この辺りの雄介に共感したが、それも何だか自分でショックだった。自分は雄介と同じなんだと思った。自分が見たくない部分を書かれて、何だか処理しきれずぼんやりしてしまう。朝井さんの本は大体こういう衝撃を受ける。
朝井さんの本はミステリーじゃないのに続きが気になる。今回は、人の秘密というか行動の動機となる心情の部分が巧妙に描かれないまま話が進んでいくので、気になって読んでしまった。でも最後までにはしっかり描かれる。知りたかったけれど見たくなかったもの。考えさせられる。
Posted by ブクログ
各登場人物の視点での物語進行のなかで、時々現れる海族山族という物語が不穏さを感じさせる。それもそのはず、この作品は「螺旋プロジェクト」という海族山族の対立の物語を8人の作家が描いた競作であり、この朝井リョウさんは対立という構図が表面上は消失した平成という時代を表現している。
学校では成績を提示したり、運動会での順位付けが行なわれなくなったゆとり教育が主流となり、テレビではSMAPが「ナンバーワンよりオンリーワン」と唄っていた時代、そのような競争や対立が失われていく状況を憂う一人の主人公として堀北雄介が登場する。彼はスポーツ万能で成績も良くクラスの人気者であったが、やりがい・生きがいを求めることに執念を燃やしている。
もう一人の主人公は南水智也、物静かで事を荒立てるのを好まない性質なのに、なぜか雄介と親友となって小学校から大学まで同じところに通うようになる。事故によって植物状態となり病院に入院している智也のもとに、毎日のように足繁く見舞いに通う雄介の姿は、看護師の目から見て美しい親友想いの青年と映るのだった。
しかし登場人物が増えるにしたがって、この二人の関係性に不穏な影が見え隠れするようになる。そしてところどころに注入される海族山族というキーワードに、この平成ゆとり世代の置かれる「やりがい探し」のような状況が明らかになっていく。個人としての物語を求める姿と、もっと俯瞰的な螺旋プロジェクトとしての物語に収斂されていく流れが交錯していく。なかなか難易度の高い構成を緩急をつけつつまとめ上げる技量はさすが朝井リョウさんといった印象だった。
Posted by ブクログ
人の細かな機微や言葉にまとまらない感情を言語化するのが、とてつもなく上手だなと感じました。初めは素敵だとまで感じた雄介と智也の関係性が、人物像がハッキリしていくにしたがって、ものすごくいびつであったことに気づきます。平成以降の対立をさせない教育方針に対する問題提起のようなテーマも含んでおり、個人の個性を伸ばしているようで、対立が見えにくく陰湿になったとも捉えることができるのではとも思いました。
Posted by ブクログ
作品名に惹かれて買った。ちょっと長かった。途中で少し飽きてしまったけど智也の顛末を知りたかったため最後まで読んだ。
他作品とキャラクターや発言がリンクするなと思う節が何個かあった。
Posted by ブクログ
世の中でよく見かける違和感。
彼らは何に対し怯え、何に対し声をあげ
どうしてそこまで自分を卑下しながら要らないプライドを捨てられないのか。
そんな矛盾を上手く表現してくれた本だった。
自分が思い描く私という個体を他人に押し付け、理解させ受け入れて欲しいのかもしれないと感じた時全て腑に落ちた気がする。
他人なんてどうでもいい。
他人を気にしてる善人を演じ、私という個体を強調することだけに支配されてると考えると単純で頭の悪い思考のように感じてしまった。
でも、私含め皆そんなもんなんだなと思うと
とても肩の荷がおりた気がした。
結局、私を認めさせたい個体も私が認められない個体も自分の事しか考えられないのだから、もっと気楽にもっと素直に生きてもいいのかもしれない。
今息苦しさや世間の窮屈さに苦しんでるなら、息抜きとして現実を見るために読んでみて欲しいと思った。
Posted by ブクログ
「自由と言われて嬉しいのは、その中でお揃いにしたくなる友達がいるから」
今作のベスト・オブ・心に残ったワード
「ドリンクバーくらいすぐ命注ぐ」
人生で初めて、小説読みながら声出たワード
死ぬまでの時間に役割が欲しいだけ、死ぬまでの時間に意味がないと不安でたまらない、だからいつも何かと戦って命を燃やす。
私はこれまで、自分で自分の価値を築き上げないといけないこの時代に、勉強というわかりやすいかつ他人と比べることが正当化されているもので自分の存在価値を見出してきた人間なので、それ以外を求められる大学に突入し(というより勉強で得られる最強の肩書を手にした上で勉強を捨てることを選んだ)、ほんとうに気が狂いそうな四年間を過ごしたし狂い終わるより先に大学生活が終わりそうだし、この小説に書いてあることは「あぁ、わかるよ……」でしかなくて、それ以上のことを言葉にできない、まだ。
あなたはあなたのままでいいという励ましは無責任に感じられるし、その眩しさに目がつぶされることも大いにある、というか目潰ししかされていない。
解説にあった通り、こんなふうに光の眩しさに心地よさを感じられない、あるいはやたらと考えすぎてドブに着地してしまうような人間のために文学が存在しているのかも、ていうかそうであって欲しい。
Posted by ブクログ
作中に、女性が活躍していることを快く思わないシーンが出てくる。実際には女性だからではなく、その女性が社会のニーズをいち早くキャッチできたから評価されているんだと思うけれど、ひとではなく女性だからと思ってしまうほど男性性の特権の強さが脅かされることへの恐怖を感じた。仮にもしそれが女性故に評価されているのだとしても、それは女性が社会的弱者の立場だから気付きやすいということの影響がある。
あとなんかしんどいなと思ったのが、陰謀論に絡め取られていく過程がリアルだったこと。裏事情は何ごとにもあると思うけど、そんな重大な事案の裏事情がいとも簡単にSNSでわかると思えるのはどうしてなのか。昔から今の過激な動画サイトのような週刊誌はあったけど、どうも性質が違う気がする。
自分とは何ものかを模索している途中の、自他境界線が曖昧な年ごろに、より刺激の強い動画のみで情報収集していくことに何かがあるのかなと感じている。
全体的に有害な男性性が散りばめられていて、読んでるのがしんどい部分もあったけれど、この有害な男性性をよしと考えて絡め取られる女性の姿もよぎった。正直にいうとあまりのめり込めなかったんだけど、たぶんそれは自分もその有害な男性性を内面化してしまっていることに対する羞恥なのかもしれない。
Posted by ブクログ
少し主人公に対してストレスを感じた内容だった。
でも、おもしろかった。
この本を読む前は、伊坂幸太郎さんのを読んでいたので、
アイムマイマイのことが出てきて、テンションあがった笑
他の作家さんのやつも読もうかな。
Posted by ブクログ
自分の存在価値を周囲の人や環境によって定義するのは得策ではないと思った。なぜなら、周囲は変動するから。だけど、うっすらでも必ず人と繋がってしまっている世の中で、確固たる自分自身の物差しだけで生きていくというのは矛盾である。
つまり、「受容」と「姿勢」に注力すべきだと思った。現実を受けいれ、現実から逃れようとする自分を受け入れ、自分を誤魔化すための行動を受け入れ、自分自身の変化・進化を答えとするのではなく進み続ける姿勢をゴールとすべきだと感じた。
Posted by ブクログ
螺旋プロジェクトそのものを知らずに、作家で選んで読んだ。
タイトルから暗い話かと思ったら、そうでもなくて。ここで終わるんだという感じもあった。
雄介みたいなタイプ、いるよね…。私も苦手だな…。対立を生んで優位に立ちたい、リーダーになりたい人。私は対立、順位付けが全くモチベにならないし、逆にモチベが削がれるけど、父は自ら対立は生まないにしても対立、順位付けのある環境の方が好転するタイプだろうなあと思ったりした。
生殖記を読んだあとに読んだから「生産性」をさらに感じた。自分の「生きがい」「死にがい」ってなんだろう。何も思いつかない。本当にそれってなきゃダメなものなの?と思っている。
最初の雄介の献身さにそんな唯一無二の友達ってできるもんだなあと思ってたのに、読んでる途中からあれはエゴだ…と思ってしまって。
怖い。と思った。当事者じゃないのに寮の伝統行事で旗振るのとかとても怖い。この怖さを言葉にするの難しい。
生きる理由ってそんな見つけられないよね。私は見つけようとして、そんなものなくていいかと諦めたような気がする。だから今死んでもいいように「生きている」より「過ごしている」感覚の方が合ってる。
最後の会社の火災はどういう理由で起きたんだろう。私見落としてるのかな…。
智也の言う「グラデーション」って大事だよね。
Posted by ブクログ
・螺旋プロジェクトの一冊
・客観的に見る、小さい頃からどこか歪みながら成長していく雄介の人生をみて、なんて過酷な人生だろうと思うと同時に、形は違うけど、自分もそうやって歪んだ成長をしてきているよなあと考えさせられた。
・主人公として自分から見る人生と、客観的に見たときの自分の人生って、相手の数だけまったく違ったように見えているはず。だとしたら本当の自分ってどこにあるのだろうとも思う。
・生きがいと死にがいって表裏一体で、客観的にみた自分の生きがいと死にがい、自分の目から見た生きがいと死にがい。人生を積み重ねるほどにどんどんと移り変わっていく生きがいと死にがい。何のために生きているのか。死んでいくことを正当化するためにどう生きるのか。死にがいってどこにあるのか。
・人はだれでもいつか死ぬ。だれもが死にがいを求めて生きているとも言えるし、そのためにはどう生きるのかを考えないといけない。
・自分って今、どうやって、生きているのだっけ。
Posted by ブクログ
他作品との競作作品で、海族と山族の争いというベースを置きながら、平成を生きる人間を描く物語。軸は雄介という何かへの争いを求め現場への反発を繰り返す人物と、その幼馴染で雄介を見守る智也という人物で、それらの周りの視点から物語が進む。(最終章は智也視点)
少し競作の軸である海族、山族との紐付けが朝井リョウらしくないファンタジーさを出していたが、その中でも現代のリアルを描く非常に面白い作品だった。
ナンバーワンからオンリーワンが重視されるようになり、競争から調和へと学校教育など社会が変わった。競争の時代では、他社から明確に優劣を定められることに苦しんだが、調和の時代は自らで自らの優劣を決める必要があり、それに苦しめられるという著者からのメッセージ。
人より優れている点が顕著な人間は、人に僻みもせず優劣も特に意識せず生きていけるのかもしれない。(本当にそんな人がいるのかは些か怪しいが)少なくとも自分は、特に優れている点はないと自認しているため、少しでも優れている点を見つけ出そうと人を見下したり人に負けていると落ち込んだり、自分で自分を評価している。自覚はないが結構自己肯定感が高いので、そこまで落ち込むことは少ないが、これで自己肯定感が低ければ確かに追い込まれていくのだろう。ダメな自分をそれでも愛そう。その中でも、頑張ってナンバーワンを目指して好循環のサイクルを作り出そう。頑張ろう。