塩野七生の作品一覧
「塩野七生」の「ローマ人の物語[電子版]」「皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上下)合本版(新潮文庫)」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
歴史、レシキ、rekishiいやちゃうhistory…
いいくにつくろう鎌倉幕府とか
なくようぐいす平安京とかいや平城京?!
中学の時、歴史の教科書に載ってた肖像画の人物達の眉毛は全部繋がっていたし、髭があるヤツにはさらなる増毛を施術してやったし時には鼻毛には飽きたらず耳毛うなじ毛肩毛まで、アデランス超えの増毛キャンペーンを常に開催している有様だった
私にとって歴史は常に増毛キャンペーンを開催している そんな感じだった
だが、時を超え時代を超えいくつもの人生の困難を乗り越えた私にとって そのアデランスが今超絶面白い…
塩野七生が史実の羅列ではなく、英雄や王様や兵士や政治家達個人の感情を想像して、歴史を一人の人間の物語の連綿に仕立てあげてくれてるおかげなのかと感じている
アレクサンダー大王が死んでしまった時の喪失感と言ったらもう… … しばらく心がからっぽになってしまい、、クウキョコクウシキソクゼクウ自分自身も本の中のアレクサンドロスの部下である兵士の様な気持ちで
「王!」「王!」「おうさまああ」と嘆いており
これが真のアレクサンド・ロス って言うとか言わないだとか
過去に同じ喪失感をあげるならば
吾輩は猫であるの猫が死んじゃった時も猫ロスった
アレクサンド・ロスを味わってみたい方は読んでみるとよさげ
Posted by ブクログ
塩野七生のライフワークとも言える15年をかけたローマ人の物語シリーズの15巻にして最終巻となるのが、この「ローマ世界の終焉」になる。取り上げるのは、テオドシウス帝の死去により、ローマ帝国は東西に分裂したところから、西ローマ帝国の滅亡と8世紀中盤までの西ローマ世界を描く。
巻末に彼女がこのローマ人の物語を描き続けた理由が書かれているのだが、その理由を読むと本作のタイトルが「ローマ帝国の終焉」ではなく、「ローマ世界の終焉」であるということの理由がよくわかる。そもそも帝国の終焉としてしまうと、共和制時代のローマが描かれなくなってしまうのだが。
彼女が描きたかったのは国家としてのローマ帝国、あるいはローマではなく、地中海を”内なる海”と呼び、彼女を魅了する男たちが生きていた時代であるローマ世界なのだろう。
この数巻は、そのローマの国力が低下することにまるで比例するかのように、アンニュイな雰囲気をずっと漂わせていた彼女の筆だが、本作ではまるでローマの興隆期で合ったかと同じように生き生きと戦いを描いていく。
それは一面においては、ローマ世界が終焉して時代を描きつつ、一方では新たな世界と時代の始まりを描くということが理由だろう。
たとえその先に向かうのが暗黒の中世だったとしても、ローマという巨大な帝国が静かに幕を閉じるにあたっては、複数の英雄たちがその生き方を歴史に刻んだのだ。
Posted by ブクログ
2011年に読んだ本書をいままた再読して、チェーザレよりも年をとったからこそ、より一層彼のたった31年の人生を深く鮮烈に読む事ができた。
彼は強靭な精神と肉体を持ち、時の法王の息子であった。17才にして緋の衣・枢機卿の座にあり前途洋々。だが人々は彼の手段を選ばず非道な面に戦慄するようになっていく。
現代でいえばテックギャングのCEOの様な暴虐武人さ。伝統的な支配者層から警戒され、遂には部下達からも裏切られるが、徹底的に叩き潰す。
病を得た時、彼が何を考えていたか知るすべはない。部屋の中に2年も幽閉されていてなお、のこっているエピソードは城代の首を絞め殺しかけた話と、綱一本、身体一つで脱出し左腕を骨折しながら自由を得た話であるが、おそらく父である法王の死から彼は加護を失った。
悪魔の子と罵られる庶子の子に戻ってしまったのだ。どんな思いであっただろうか。しかも、塩野七生がすごいのは彼の最期をどこか愛情を込めて描写するものの、そこできっぱりと幕を引いたことである。
私であればその時の年代記作家や各国の反応を長々と書き連ねてしまいそうだが、始まった時の鮮烈さを思い出すかのように終わりもまた鮮烈であった。