内田樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2021年10月発行の書籍。内田樹が、ブログやその他の色々な媒体に書いたものをまとめ、加筆・修正したもの。「コロナ後の世界」という書名になっているが、ポストコロナについてのものばかりではなく、色々なテーマのについての論考を集めたもの。章立ても「コロナ後の世界」「ゆらぐ国際社会」「反知性主義と時間」「共同体と死者たち」という題名になっている。もとになっている原稿が書かれたのは、2020年から2021年にかけてのもの。
本書を読んだ後、あらためて世界のコロナウィルス感染状況がどうなっているのかをネットで調べてみた。
全世界での感染者数は4.8億人、これまでの死者数は6百万人強。世界人口は75億から80億人の間であり、全世界の感染率は6%弱。致死率は感染者数の約1.3%、人口の0.078%ということになる。
日本の感染者数は、おおよそ6.2百万人、これまでの死者数は27,000人強。日本の人口は約1.2億人なので、感染率は5%強、致死率は感染者数の0.45%程度、人口の0.022%ということになる。世界的な数字と比較すると、感染率は少し低く、また、致死率は世界の数値から比べると随分と低いということになる。
また、約100年前のパンデミックであるスペイン風邪について調べてみた。スペイン風邪には、全世界で約5億人が感染したと言われている。数自体はCovid-19と変わらないが、当時の世界人口が18-19億人であったので、感染率は27%、4人に1人は感染したと言われている。また、死者数は1億人を超えていたと言われており、致死率は感染者の約20%、人口の約5.6%なので、今回のパンデミックよりも感染率・致死率ともに高いものであった。
Covid-19について内田樹の2020年当時の論考をあらためて今回読んでみて思い出したのは、パンデミック発生直後は、Covid-19の感染率、致死率、あるいは重症化率は、もっと高いものである、Covid-19というのは、とても危険なものであるという認識が一般的であったということだ。実際に重症になられた方、実際に亡くなられた方もいらっしゃるので、軽々しいことは言えないが、現時点の実際の感染率・致死率よりも、もっとずっと高いもの、例えばスペイン風邪に近いものをイメージしていたと思う。もちろん、危険なものであるという認識のもとで対応したり、あるいは、比較的早くにワクチンが接種できたりしたことにより、結果的に感染率・致死率は上がらなかった、すなわち、世界の人たちの対応は、ある程度うまくいったということでもある。
内田樹の論考が、ということではなく、もう少し一般論的に言って、パンデミック発生直後に言われていた「コロナ後の世界」についての論考が現実のものと少しずれていることが多いように感じるのは、こういった実際の感染率や致死率についての予測が(良い方に)はずれていたから、とも言えるのではないか、とあらためて感じた。 -
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Callされたと分かるか?
相変わらず切れの良い内田先生の文章・言説を浴びて、気持ちも気分も良くなりながらも、ここで語られている霊性的な呼びかけに実際うまく応えることができるのか幾分不安になる事象は巷に溢れている気はしてます。
確かに不特定多数に向けられた心無く根拠ないアノニマスなメッセージを自分宛と勘違いし、暴走気味に行動するのは論外としても、例えば特定の人物が特定の個人にストーカー的にメッセージを送り続ける行為は果たして何なのか、そもそもたまたまメッセージ量が多すぎる意味のあるストーカー的行為というは存在可能なのか?
という些末な心配はさておき、この歳になっても何かから呼びかけられているは気づきもしない鈍感力を発揮し続けている私には大拙先生の言われる大地からの直覚は望むべくもないとは思いますが。 -
Posted by ブクログ
とっても良かった。
内田樹さんと、その娘のるんさんのお手紙のやりとり。
わたしも親を持つ娘として読んだ。
娘が親に思うことに共感し、親が娘に思うことに意外に思ったりした。
20代の頃までは、親はスーパーマンであり、絶対的な存在だと考えてた。
その強さに反発したり苛立ったりしたけれど、自分も親の年齢になってみて、親の不安さがようわかる。
とにかく必死に子育てしてるのに、かっこつけることがフォーマット化されていることがよくわかる。
親はこうゆうものだとか、子どもはこう振る舞うものだとか。
娘のるんさんは、内田樹さんに育てられたためか、豊かな量の語彙を持っていて、それを柔らかく指摘する。
るんさんの政治や社会に対する熱い思いと、内田樹さんの(熱い思いはきっとありながらも)討論しない。サラリとかわす温度差にクスリとする。
私がこの年齢だから納得して読めるのかはよくわからないけど、今読めてよかったね。 -
Posted by ブクログ
何度も思うが、やはりこの人の考え方は面白い。だから面白く思えば思うほど、この人はもっと表に出ていくというか、もっと周りがこの人の言うことを取り上げて(もしかしたら自分が思う以上に取り上げているのかも?)、広く知られていてもいいのにと思うのだが。それこそ養老先生や、小林秀雄にだって引けを取らないのではないだろうか。
本の最後に、内田樹という人が敬愛していたのだなと思われる、大瀧詠一、橋本治、鹿島茂の諸氏がいずれも2019年に亡くなっていて、その追悼の意味合いで各氏の著者の書評をしたものが収められているのだが、自分にはなぜこれらが収められているのかわからず、でも本人の後書きでこの本で言いたいことはここに収められているとあったので、俺は何を読んでいたのだろうと、愕然としてしまった… -
Posted by ブクログ
内田樹先生が多様なメディアで発表してきた文章を、民主主義、政治、憲法、教育のテーマごとにまとめた一冊。一番最後に収められた文章と帯に書かれた内容からも、全体的にポストコロナを睨んだ論考であると思われる。
どの文章も非常に示唆に富むもので面白く読めた。個人的には、憲法と教育の章には深く頷けるものがあった。なぜここまで日本の大学がダメになってしまったのか。教育の現場に長くいた著者だからこそ書けるものだろう。
本書を通して内田先生は、現実を見なさい、と言い続けている。日本はすでに長い後退戦に入っている。ならば、いかに資源を温存し、後進に手渡せるかが肝である。今は一発逆転のようなことをいう指導者にはついていくべきではない。
内田先生の発言はSNSやブログでも一貫している。ご本人は「反時代的」な発言と自嘲する。おそらく、あまり好きではないという人も多いだろう。しかし、気骨ある知識人がどんどん鬼籍に入るなか、このようにひたすらに警鐘を叩き続ける知識人の存在は貴重である。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ尊敬できるような先生に出会えないのは、先生が悪いのではなく、漫然とえらい先生の出現を待っている自分が悪いのだと内田センセイはおっしゃる。
それはまあ、そうかもしれない。
どんなに先生が素晴らしいことをおっしゃっても、聞く気のない人の耳にその言葉は届かない。
逆に先生が何の気なしに言ったことが、人生を変えることだってある(かもしれない)。
そもそも、万人向けの言葉の中に大切な言葉はない。
たった一人の自分のために言われた言葉だから価値があるのだ。
わかりやすくある必要はない。
この人の言う言葉がわかるのは自分だけだ!くらいの勘違いが、尊敬できる先生との出会いのきっかけになるのだそうだ。
恋愛しかり。
「わかりやすい=誰にでもわかる」よりも「自分にしかわからない良さ」が、ポイントなんだって。
”わからないけれど、何か心に響く。「たしかに、そうだ」と腑に落ちるのだけれど、どこがどう腑に落ちたのかをはっきりと言うことができない。
だから、繰り返し読む。
そういう文章が読者の中に強く深く浸透する文章なのです。”
この文章を読んだとき、なぜ村上春樹が人気あるのかわかった気がしました。
私はわからないうえに腑に落ちないから、村上春樹にハマれないんだということも。
ところで「反面教師」ってことば、中国の文化大革命の頃の用語なんですって。
「資本主義に毒された反革命的な先生」という意味だったそうです。
単純に「ああいう人になってはいけない」ような人ってことではないんですね。
勉強になりました。 -
Posted by ブクログ
著者が,いろいろなところで書いた論文を集めたもの。いつも通り,内田さんの筆はよく動く。視点が面白くて,しかも難しくないので読みやすい。本のタイトルにある「コロナ後の世界」は,本の4分の1くらいで,あとは,違う話題が多い。最終の第Ⅳ章では,4人への弔辞?がまとめられていて,ちょっと変わった編集となっている(これは編集者の工夫らしい)。内田さん本人は,「この本を通じて僕が一番言いたかったことは,(吉本隆明を含めた)4人の死者たちに向けて書かれたこれらの言葉の中に表現されていたように思います」と言っていて,ここだけでももう一度読んでみようかな。
気に入ったところに付箋を付けながら読んでいたら,付箋紙が30枚近くになった。この付箋の部分をこれから抜きだして,どっかに書き留めておくことにする。これがわたしの本の読み方の一方法である。
一カ所だけ,引用しておく。これを意識してくれれば,おそらく,ネトウヨ・ネトサヨなんていなくなるんだがなあ。これもわたしの加害責任がついて回るんだよな。
僕はものごとの適否を「それをすることによって、集団として生きる知恵と力が高まるか?」ということを基準にして判断しています。もちろん、その言明が「正しいか正しくないか」ということを知るのも大切ですけれど、僕はそれ以上に「それを言うことによって、あなたはどのような『よきもの」をもたらしたいのか?」ということが気になるのです。言っている言葉の内容は非の打ち所がないけれど、その言葉が口にされ、耳にされ、皮膚の中に浸み込むことによって、周りの人たちの生きる意欲が失せ、知恵が回らなくなるのだとしたら、その言葉を発する人にはそれについての「加害責任」を感じて欲しい。(p.2) -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者の鋭い洞察は、現在の日本社会の成り立ちについて改めて眼を見開かされる思いがする。例えば、日本国憲法について、「本来は存在 しない 9条と自衛隊の葛藤を苦しむという不思議な病態を演じることを通じて、日本人はその疾病利得として世界史上 例外的な平和と繁栄を手に入れた」と喝破し、兵隊にとられた我々の親世代が「子供たちには戦争犯罪について何の責任もないのだから、戦争の醜い部分は自分たちの心に封印して墓場まで持って行くのが戦後生まれの子供たちへの贈り物」と考えていたとの推察も、良い悪いは別として強く同感する。また、大学については、91 年の大学設置基準大綱の目的は18歳人口の減少の結果、増えやしすぎた大学を淘汰する必要にせまられた政策の一環で、「グローバル化度」という一方的な基準によって大学の格付けを行って市場原理による淘汰を期するという見方も、「なるほどそうだったのか」と妙に納得するとともに、改めて怒りが湧いてきた。
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三軸修正法の池上先生との対談本。いつも通りの内田老師のトーン。
・哲学は複雑な学問であると思われがちだが、世の中の方がよっぽど複雑であり、その点ではかなり正直な学問である。
・頭で感じる快不快と、身体で感じる快不快は異なっている。それを識別できない人が多い。頭で感じる快というのは幻想的なもの多い。政治的陶酔やイデオロギー、はたまた身体毀損によるもので、おおむね幻想的な快楽であるが、身体的な快はじっくり、ゆっくり感じるもの。多くの人が、幻想に惑わされやすい。過度なダイエットやピアスなどは明らかな身体毀損であり、身体的には不快であるにもかかわらず、頭で感じる快の強さに押し負けて、快楽と誤認しがち。もっと、身体的な快に耳を傾ける必要がある。
・目の前にあるものの価値を構成しているのは、先取りされた未来の喪失感。実は、今の目の前のもののかけがえのなさを担保しているのは未来の喪失感であるというワードはとてもしっくりきた。その考え方を推し進めると、今を生きていてつまらないという人は、自分が死んだときに人生を回顧してどう感じるかということの想像をする習慣がない人である。常に自分の死について考えることが今のかけがえのなさをヴィヴィットに感じられる秘訣。