個人的まとめ
〇日本人が民主主義を理解しづらい理由
日本人が「民主主義」に持っているイメージ
多数決、人権擁護、弱者保護、自治、自由など
このように意見が分かれること自体民主主義が根付いてない証拠
〇多数決の危険
「多数決= 民主主義ではない(ルソー)」。
しかし、どちらを選んでも誰の利益も損ねることがない時は多数決で決めても良い
〇ヘーゲルは「なぜ人間だけが戦争を無くせないのか?」その根本的な理由を人間だけが「生きたいように生きたい」という欲望があるから。と言っている
〇憲法解釈の誤解
憲法は国家権力から国民への命令ではなく、その反対の「国民から国家権力への命令」
〇民主主義では何を考えても自由だが、唯一してはいけないことは「民主主義の否定」
〇「みんな違ってみんないい」??
素敵な言葉だが、これは過激思想なども肯定する危険性をはらんでいる。
「他者の自由を侵害しない限りみんな違ってみんないい」と言うべき
〇学校は何のためにある?
1平和のためにある
自分だけのためだったら勉強は家でもできる。学校がなかったら絶対に世界に平和はやってこない。
2持続可能な社会を作るためにある
〇質問のやり方のマジック
A と B どちらかが正しいか?、という二者択一的な問いを突きつけられると、人はどちらかが正しくてどちらかが間違っている、という思考のマジックに引っかかる
〇戦争と民主主義
専制国家や独裁国家は特定の人物の意思でいとも簡単に戦争を起こすことができる。民主主義国家はある程度のシビリアンコントロールが効くのでその中でしか 軍隊を動かせない
大多数の国民は戦争をしたくないから戦争を抑止できる可能性が高い。
〇日本は校長経験者が新人教員に対して同質性、従順さ、規律をひたすら求める。
教員も子供たちに同質性、従順さ、規律、を求める
〇体罰は学校教育法という法律でそもそも禁止されている
〇飛び抜けて人気のある教員がいる学年は学級崩壊が起きやすい
〇子供は基本的に自分が信頼している人からしか価値観を学ばない
〇「べき」論と「ありたい」論
教育をめぐる議論はすぐに「何々すべきだ」とべき論が交わされている。しかしべき論 はどこにも行き着かない。「○○したい、○○でありたい」という風に考えると相互理解が生まれやすい。
〇勉強とは?
分からないものを分かるようにすることが目的
〇スピーチコンテストは英語ではなく、まず日本語でやろう
〇誰かのこだわり
日本の学校が子供たちにとって非常に窮屈な空間になっている原因のほとんどが「誰かの変なこだわり」 例:理不尽な校則
〇高校野球の甲子園大会
日本の学校に民主主義が浸透したかを示す 1つのバロメーターは、「高校野球の甲子園大会がなくなる時」。どう考えても夏の炎天下にフラフラになったエースが連投するっていうのは人権的に大問題である。それに一度負けたら試合ができなくなるトーナメント方式も大問題である
以上