内田樹のレビュー一覧

  • 街場の共同体論

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    内田樹は、本書を「人と人との結びつきのありかたについて、あれこれと論じ」たものと説明している。その具体的な対象は、家族・学校・地域などの、いわゆる「共同体」である。。

    私が「なるほど」と思ったのは、「第4講 格差社会の実相」だ(他の話ももちろん面白いのだが、特に興味をひかれたという意味)。
    「格差社会というのは、成員たちが単一の度量衡で格付けされる社会のこと」であり、現代の日本で用いられている、その単一の度量衡は「年収」であると内田樹は述べている。
    そして、高い収入を得ている人間と低い収入に甘んじている人間は、同じ条件で競争して、その才能と勤労努力の差によって差別化されている、すなわち、年収の差は、フェアな競争を経た結果であり、低い年収に甘んじていることは「自己責任」であるという話になっており、何らかの理由で競争に負けて、あるいは、参加できずに生活が立ち行かなくなった人々を公的システムが救済すること、例えば、生活保護手当を支給することを、「アンフェア」であると言い募る人たちがいることを語っている。確かに、そのような言説をネット上で見かけることがある。
    また、公的な救済システムを支持する人たちは、逆に年収が低い人たちが、「オレは貧乏だけれど、愉快に暮らしているよ」ということを許さない。なぜなら、生活保護システムをはじめとする公的救済システムを支持している人たちも、同じ価値観、すなわち「人間の価値は年収で決まる」という考え方には同意しているからである。「貧乏なのだから絶望的に苦しんでいるからこそ救済が必要」というのが彼らのロジックであり、「貧乏だけれども、それなりに愉快に暮らしている」という話には、(生活保護システム自体に賛成している限り)同意できないのだと内田樹は語っている。日本の伝統文化の文脈にある「清貧を楽しむ風儀を知っている人間」というのは、その人たちからは評価されないというか、そういう人がいることは許されないのである。
    そして、「競争」が「どちらが年収が高いのか、どちらがお金を儲けているのか」という競争である以上(そして、それが社会的に認められている、というか、それこそがフェアな競争であると考えられている限りは)、人々は共同体のことよりも、自分自身のことを優先してしまうと、内田樹は更に話を進める。「成員みんなが、勝者が総取りし、敗者には何もやらないというルールで、フェアな競争を続けていれば、そのような社会では、自己利益以外の価値、つまり公共的な価値、例えば"自然環境の保全"や"社会インフラの整備"や、最終的には"国を護る"義務さえ人々は感じなくなる」と述べている。
    そして、それが国家目標(お金を効率的に設けること)となり、政策決定の基本的なベースとなっていることを嘆く。「どうして、国家目標が"スピーディな政策決定と効率的な金儲け"に縮減されなければならないのか。そのためには、国土が汚されても、自然が失われても、階層格差が拡がって、社会的弱者が切り捨てられても、集会結社の自由や言論の自由が制約されてもしかたがない」というのが、今の日本の基本的な考え方ではないかと述べている。

    上記のような内田樹の考えは、ある程度、「なるほど」と思う。しかし、実態はそこまではひどくないのでは、とも一方で思う。
    私はこの感想文を2023年11月に書いているが、この時期は、岸田首相の支持率が就任以来最低の30%まで下がった時期である。30%という数字は、岸田政権として最低数字であるばかりではなく、過去の首相の支持率の末期に近い数字である。支持率が下がったのは、閣僚に不祥事が相次いだこともあるが、それよりも、岸田首相が「減税」を打ち出したことが大きな理由だと思う。「減税」を打ち出して、なぜ支持率が下がるのか、ということであるが、私自身はこのように思うというか、下記のように感じた。
    ■「減税により、経済的メリットを与えておきさえすれば、国民は満足するのだ、国民は結局は金が欲しいのだ」と岸田首相に言われたと感じたから。「どうせ金でしょ?」と、軽く見られたわけである。
    ■「本当に減税が、今の日本にとって最も重要な政策なの?」という疑問を多くの人が感じたから。日本にとっての重要な問題は他にもある、例えば、少子高齢化、経済格差、人手不足等。その中で、何が重要なのかということについては、人によって意見が異なるだろうが、1年限りの減税で、これらの問題が解決し、日本が良くなるとは思えないと感じる人が多かったのだと思う。というか、どう考えても解決しない。

    言いたいのは、為政者が、「明らかに」変なことを言い始めたり、「明らかに」変なことをやり始めた場合(今回の「減税」政策)には、それに対してビビッドに反応する人がまだ日本には多いのではないか、と私は感じたということである。

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    2023年11月29日
  • 新しい戦前 この国の“いま”を読み解く

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    某所読書会課題図書: 安保関連3文書を閣議決定で制定することへの危機感が、一般の国民の中に見られないという事実がある.メディア自体の検証力も弱体化させられてきていることは明白だが、メディア側にその意識がないことも問題である.二人の討論が文書化されることは非常に重要だと感じている.周辺国、特に中国では政府批判は全くできない状態に置かれていることを再認識したい.

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    2023年11月28日
  • 気はやさしくて力持ち

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    親はたいへんなんだぞ、なんて話はよく聞くものだ。子育ての困難というのは、少子化をいわれる世の中にあっては、考えざるを得ない問題だろう。でも、子どもの立場に立って見たらどうか。自分の存在が親にとっての困難だといわれたら?そのあたり、不倫関係になぞらえて考えさせる冒頭のやりとりは、なかなか楽しく、同時にとても考えさせられる。

     ナナメの関係、失われるものへの哀惜、親を許すということ、没入する体験、必ずしも子育ての話に限らないけど、どこかでつながりも感じられる。なにか答えを与えられるというよりも、問題提起されて自分なりに考えを進めたくなる本だった。

     親が成熟していると、子どもはイノセントになれる。

     つい先日、内田氏の『待場の成熟論』を読んだばかりだし、成熟というのは自分自身の中でも大切な課題として存在する。

     俺自身、親であるわけなんだけど、どこまで成熟しているものやら。

     考えていきたいね。

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    2023年11月26日
  • 身体の言い分

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    わかる人には
    たまらなく 気持ちよく
    すんなり 入ってくる

    わからない人には
    まったく 取っつきようがない

    それで 全くいいのだと思います

    本を読む というのは
    本来 そんなものであると
    思っています

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    2023年11月16日
  • 新しい戦前 この国の“いま”を読み解く

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    タイトルから、安全保障の話か、平和論かと思っていたが時事放談のようなものだった。でも面白かった。
    加速主義という言葉を知った。やけくそ主義だ。堕ちるなら早いとこ堕ちてしまおうってことか。
    ポリティ・インデックスという指標も初めて知った。こういう指標で表されるとわかりやすいな。
    希望はどこにもないなあ、と思いながら読んでいたが、希望は地方にあると。地方政治に希望はある。
    やけくそ主義に陥らずに地方でコツコツやっていくか。

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    2023年11月13日
  • 村上春樹にご用心

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    f.③2023/10/03
    f.②2017/5/6
    f.2007/12/22
    p.2007/9/25

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    2023年11月11日
  • 気はやさしくて力持ち

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    子育て本ではないですが、子ども論の部類に入るエッセイ的な本。
    レヴィが子どもには甘やかす人と厳しい人が必要といったよう。今の日本の親は甘やかしすぎだと思う。

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    2023年11月09日
  • 新しい戦前 この国の“いま”を読み解く

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    面白かった。

    まず前提として平成世代の自分としては日本が米国の従属国だという認識が乏しい。確かに学校でも現代史はざっと流されて学んだ記憶がある。
    また中国との有事が起きた際に無防備だという現実感がない。日米安全保障条約があり、在日米軍があるから大丈夫と思っていたが、儚く崩れさる。

    そしてリベラル層を中心に盛んに叫ばれているジェンダーについても興味深かった。

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    2023年10月24日
  • 夜明け前(が一番暗い)

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    あとがきに書かれた“多くの人が強く願うことは実現する”社会、そして「僕らがやっていること、とりあえず世界標準ですから」と言える社会、その「僕ら」の中に自分が少しでも関わっているこれからの残りの人生が送れたら、幸せだろうな…

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    2023年10月23日
  • サル化する世界

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    こういう本を読むとなんだか自分が賢くなった気がする。この感じは嫌いじゃない。
    もちろん全ての話を理解できたわけでもないし、自分の考えと違う部分もあるんだけど、それでいい。
    ひとつの考え以外認められない社会なんて気持ち悪いんだよ。
    ちゃんと自分の頭で考えて、自分の言葉で意見を言える大人になりたい、そしてそのためには知らなきゃいけないことがまだまだたくさんあるらしい、と年齢的にはいい大人のおっさんは思ったのでした。

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    2023年10月23日
  • 生きづらさについて考える【毎日文庫】

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    内田樹先生の本をやっと初めて読んだ!納得いくものが多かったし、何よりあとがきが良かった! 
    他の本も読んでみたい。

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    2023年10月02日
  • 先生はえらい

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    「学び」は「教わる」ものだと、つい考えがちであるけれども、学ぶ者に視点を置いてみると、結局は「教わったつもり」になったものなのだ。学ぶ側には、解釈の自由がある。だからこそ「学び」が成立するのだ。

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    2023年09月26日
  • 新しい戦前 この国の“いま”を読み解く

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    少し偏った考えではと思う部分もあったが、米国依存で日本固有の意見がでにくい日本の状況を憂う指摘は、納得できた。

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    2023年09月18日
  • こんな日本でよかったね 構造主義的日本論

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    pp.24-5
    発話の起点は、発話の起点にあるのではなく、発話が終わった後に訴求的に定位される以外には存在しないものなのである。
    ……
    発話主体がまず存在して、それが何かを発語するわけではない。発話主体は発話という行為の事後的効果なのである。
    ……
    「言いたいこと」は「言葉」のあと存在し始める。「私」は、「私が発した言葉」の事後的効果として存在し始める。

    p.155
    人生はミスマッチである。
    私たちは学校の選択を間違え、就職先を間違え、配偶者の選択を間違う。
    それでも結構幸福に生きることができる。

    pp272
    愚かしい幻想が合理的な分析よりも強い力を持つことがある。そして、「本当のリアリスト」は、この「愚かしい幻想」の持つ政治的なポテンシャルを決して過小評価しない。「愚かしい幻想」を鼻で笑うのは「三流のリアリスト」 だけである。
    例えば、マルクスはそういう意味で「本当のリアリスト」だったと私は思う。マルクスは「幻想」の力について、次のようなみごとな文章を書き起こしている。
    (以下『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』からの引用)

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    2023年08月30日
  • 街場の親子論 父と娘の困難なものがたり

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    樹ファンとしては、最高の本です。きっと大変なんだろうけど、こんな人がお父さんだったらな〜って思いました。微妙にかみあってないと思うだろうって書かれてたけど、確かにそうだった。でも、親子の許容範囲内、他人同士だからそういうもんだよねぇ。

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    2023年08月07日
  • 街場の読書論

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    感想が長くなりすぎないように、最も印象的だった記事をひとつだけ取り上げる。その名も「日本語壊滅」。2007年5月のブログを元にしている。

    携帯メールのコミュニケーションでは、早く返信することを重視するため、丁寧な言い回しや配慮表現が絵文字や記号に取って代わられ、語彙力の低下や「短文化」が加速しているという。
    ある研究によると、「メール送受信の回数が多い学生ほど日本語テストの点数が低いという結果が出た」そうだ。

    このブログから15年。今や、メールは長すぎるツールであり、LINEやTwitterが主流、いや、もはや写真や動画がメインで言葉は「添える」だけのものになっている。いずれ、「複文以上の論理階層をもつ文章を書くことができない」人間だらけになるのではないか。
    というか、もう、そうなっている。新入社員の書く文書は、すでに論理構成が滅茶苦茶で、いつ単文を使い、いつ複文を使うべきかすらわかっていないように感じる。
    文章だけの問題なら良い。だけど、文章で論理を構成できないということは、脳内の論理構成力をも示している。だから、話していてもちんぷんかんぷんである。どうでも良いことばかり繰り返し言うが、大事なことは最後まで言ってくれないのだ。

    どうしたら良いのだろう。
    あんまり説教くさい人だと思われると、もうそこから僕の言葉は届かなくなるしなあ。
    メッセージの宛先はあなたです、と、なんとかして届けなきゃ。

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    2023年07月22日
  • 下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち

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    ネタバレ

    本書は、筆者の娘の中学校での学級崩壊の様子から、話が始まります。

    学ぶという行為をなぜ子供たちはやめ、あまつさえ努力してまで学ぶ・働くことから遠ざかるのか、という疑問です。

    その原因を端的に言えば、幼年期からの消費者としての商取引の蔓延、と解しました。

    ・・・
    筆者は労働と消費の二項を導入します。

    かつては子どもは労働に従事させられた。それは家庭内の小さな手伝いであったり、兄弟の面倒などの家族のサポートであったりした。その結果、家庭内がよりうまく回ったり、時に小遣いがもらえることがあったりもしたと。その労働の世界では搾取されるのが当然の世界で、子どもはその世界で自らの社会化を始めた(その搾取された労働のおかげで家庭であったり社会であったりがうまく回り、再配分が行われるということのよう)。

    対して、現在の子供たちは労働の世界に馴れ初める前から、消費者としてマーケットに参入していると。ここでは原則は等価交換・無時間性です。

    つまり交換は受領するサービスとその対価は等価であり、かつ瞬時に交換されなくてはならない。もちろんマーケットメーカーですから、値段に納得がいかなければ交換しないし、交換するならば今すぐそのサービスやバリューが提供しなければ納得しません。値切ったり交渉があったりするかもしれません。

    ・・・
    ところが、教育というものが、そうした消費という概念におそよ馴染まない世界であることから、教育という世界と消費者たる学生との間で齟齬をきたすことになります。

    まずもって教育とは時間がかかる。今日受けた授業で、生徒が成長を明日にでも実感できるものではありません。また教育がそもそも功利のみで語られるものばかりでもありません。しかも教育を受けたとて、それで将来の成功が保証されるわけでもありません。

    このような教育の本質は、消費者として等価交換を考える学生のメンタリティとは合致しないことになります。

    ・・・
    ここで、等価交換という消費の原則に、「不機嫌」という貨幣が導入されます。

    交換される財とサービスは等価でなくてはならない。

    では学校では何が交換されるか。そう、授業というサービスです。学生にとって意味を見出せない授業とは自分が交換している時間に大いに見合わない。そこで交換を等価にするために支払われるのが「不機嫌」です。

    「不機嫌」という通貨。なんだそれ? ほら、振り返ってみてください。昭和世代の「父親」が歯を食いしばって宮仕えをし、給金を家庭へと持ち帰ってきた様子を。いやな仕事もお金の代償とばかりに、家出は不機嫌顔で録に家族と話もせず寝てしまう。子どもたちは、親のこの態度を学習したと。

    授業という意味を見出せない(無時間的に価値ありげなものも提供してくれない)ものに対して時間を(強制的に)交換させられている。でもこれは子どもたちとって等価ではない。この交換を等価にするべ、生徒たちは「努力して」授業を妨害している、と。

    つまり学級崩壊は、生徒の等価交換の実現であると言えます。

    ・・・
    しかも、「自分らしさ」「内発的動機」「自己決定」などを称揚する潮流が事態を悪化させたとしています。

    例えば「自己決定」。これは、自分が価値を置くものを自ら選択・決定するってことですね。逆に言えば、他人や世間がこれをやりなさいって言っても、強制されないわけです。パターナリズムの否定です。
    生徒の立場で「自己決定」を言われると、授業や教育とは、生徒が意味を見出すもので、先生が一方的に授与するものではない、ということになります。意にそぐわない授業を聞くことは「自分らしく」ない。

    塾で習う方がコスパ・タイパよくね? てか歴史なんか勉強して意味なくね?俺達将来を生きるんだし。 暗記とか時間の無駄だし。ネットで検索でオッケーじゃね?…すべて等価交換を念頭に置いた自己実現・自己決定であります。

    ・・・
    さて、この「自己決定」ですが、その決断の正しさを担保するのは何でしょうか。

    もちろん、将来の自分です。でも将来の自分が正しくなかったとき、どうなるでしょうか。もちろん、将来の自分が毀損します。

    しかし学ばない子、働かない子は、安全網を破棄していることが多いと言います。

    基礎教育を得ていない(「俺的に授業はイけてなかった」「人からやらされることは嫌い」)、労働経験が少ない(「チョー面倒なことをやらされるんだったら、収入なしの方がマシ」(無労働と定収入の等価交換・自己実現))、などです。

    もちろん、勉強なんて何の意味があるか分からないことも多いです。そして何に役に立つのかも分かりません。また、そうした努力が必ずしも実を結ぶとも限りません。

    しかし、生きる力がない・生きられないというリスクをヘッジするという観点から言うと、たとえ努力が実を結ぶと信じなくても、こうした努力・勉学を続けることこそがリスクヘッジとなるのです。

    そして「内発的動機」を重視しまくり「自己決定」した人がこうしたリスクヘッジをできず、ニートになり得る、と結論づけているように見えます。

    ・・・
    ということで内田さんの著作でした。

    問題は複合的であり、一概に原因を特定したり、断定できるものではないかもしれません。内田氏もニートの統計が少なく、状況について断言しかねる旨、仰っています。

    なお、こうしたニート達については、特効薬もなく、労働や勉学にも価値があるということを少しずつ理解してもらう、彼らを受け入れるような共同体を回復させる、等々を簡便に仰っていました。このあたりは宮台真司氏の考えに似ているかもしれません。

    とうことで、本作、日本の教育事情、日本現代文化、社会学、思想系に興味がある方には興味深く読んでいただける作品かと思います。

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    2023年06月29日
  • 君たちのための自由論 ゲリラ的な学びのすすめ

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    バックグラウンドが違う学生同士で研究を進めることは、空気を読むだけではできず、良い「共感と理解」以外で付き合う練習になると思う。

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    2023年06月26日
  • 街場の大学論 ウチダ式教育再生

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    普段から内田老師の文章に慣れ親しんでいる私にとっては、目新しいものはなく、基本的には星3つの評価にしているのだが、この本は星4つ。
    知識ではなく学歴でもなく、知性を重視する内田老師の筆は、やはり知性をテーマにした時にこそ、走りに走っている。

    元大学教員であり、文部科学省の政策を大批判している内田氏と、文部科学省国立大学法人支援課長杉野氏との2度にわたる対談は見もの。杉野氏の知性に、内田氏も(その政策の是非はさておき)楽しい時間を過ごしていると思う。2つの知性のなせる、良し悪しや損得を超えたレベルの高い対話。

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    2023年06月21日
  • 戦後民主主義に僕から一票

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    民主主義、政治、憲法、教育という四つのテーマについて書かれた著者の文章を収録しています。

    著者の憲法をめぐっての発言は、わたくし自身もこれまでいくつかの本で目にしてきましたが、本書ではとくに、戦中派がなぜ日本国憲法の制定過程について沈黙してきたのかということについて著者独特の議論が展開されており、おもしろく読みました。著者は、日本国憲法は「押しつけ憲法」であるという改憲派の問題提起を受けて、「ある日「お前たちが信じているものは人工物だ」と言われて仰天している「年取った子ども」に過ぎない」といい、戦中派の沈黙の意味がいったいなんであったのかということに、あらためて目を向けようとしています。

    著者が「まえがき」で「変な話」であると自認するように、はたして戦中派の意図が著者の考察するようなものであったのかどうかということについては、正直なところ疑問を感じましたが、著者はかならずしも歴史的な事実をつきとめようとしているのではないのでしょう。むしろ著者は、その沈黙を先行世代からの「贈り物」として受けとっており、レヴィナスに呼びかけられたように感じた経験をみずからの思想的営為の出発点に置いている著者らしい考察であるように思います。

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    2023年06月20日