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わが子への怯え、親への嫌悪。誰も感じたことがある「親子の困難」に対し、名文家・内田樹さんが原因を解きほぐし、解決のヒントを提示します。それにしても、親子はむずかしい。その謎に答えるため、1年かけて内田親子は往復書簡を交わします。「お父さん自身の“家族”への愛憎や、恨み、思い出を拾い集めて文字に残したい」「るんちゃんに、心の奥に秘めていたことを語ります」。微妙に噛み合っていないが、ところどころで弾ける父娘が往復書簡をとおして、見つけた「もの」とは?
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Posted by ブクログ
待望の内田家物語。樹先生の愛娘るんちゃんとの往復書簡集。内田親子のここでしか知れないエピソードが満載。自分語りをスパイの用意する「第二層の告白」や「自分の個展」に例えるウチダ節には唸らせられるが、いつかるんちゃんのお母さんの話も聞いてみたいものです。
内田先生が父子家庭で娘さんを育てたというのは知っていましたが、普通は(何が普通かという基準は?…というところですが)離婚すると子どもは母親の方に引き取られるので、それは何故?と思っていたのでこの本の内容を知って、内田家の事情を理解するのに絶好の機会と思って読みました。この往復書簡により、二人の親だか...続きを読むら子どもだからという縛りに囚われない、お互い一個の独立した人格同士の結びつきが感じられて読んでいて心地よいものでした。 娘のるんちゃんの小学校入学前に離婚した先生は、絶望にうちひしがれていて、るんちゃんの言葉を借りれば「死にかけのウサギのように弱っていた…」そうですから、誰でも人生にはそういう時ってあるんだなあと思ってしまいました。そして、この状況を冷静に(るんちゃん的にはカッコつけで)「自分のことは自分でできる」と両親の離婚を受け入れたと分析しているのですから、すごい!この子どもの意思を尊重した両親の決意も(母親はどんな気持ちだったんだろうか)またすごいねえ。 こんな経緯を踏まえてこの書簡は、過去の思い出の感傷に浸るだけではなく、共有する体験を基に家族論、教育論や経済や世相について述べていて、興味深いものがあります。人間はみんな「ほんとうのところは誰にもわからない/決められない」という共通認識があれば、お互い優しくなれる。…というるんちゃんの言葉はさすが内田先生のお子さんと思ってしまいます。
子どもの成長と家族の絆はトレードオフであり、家族は常に口では成長しろというが、心の奥底では未熟であることを願っている。家族の呪いから解放されなければ成長はない。子どもをこうしたいという親のエゴは害であり、衣食住を提供する支援者ぐらいの気持ちじゃないと子育てはうまくいかない。
何げなく手にとった本だったけど、 最初の方から泣けてしまった。 お互い言葉づかいが丁寧で優しい。 この往復書簡で、あのときききたかった こととか思っていたこととか、 自分の想いや考えなんかを 整理していってるような感じ。 でも共有した出来事でも、お互い 思ってたことは違っていたりする という。 最...続きを読む近あきらめとかではなく個人的に 他人でも身内でもやっぱり自分以外と わかりあえるなんてことは ないなと思っていたところだったので この本を読んで安堵するような気持ちに なったりもした。 とはいっても、そんななかでも わかりあえたって 思うような一瞬もあるってようなことを るんちゃんが書いていて、それもよかった。
離婚はしていないけど、ひとり娘を持つ父という意味では立場が同じなので、どうしても感情移入が強くなってしまう。かの内田樹だからこその部分もあろうけど、娘から父親に向けられた感謝・敬意の念に、思わずほろりとさせられてしまった。
樹ファンとしては、最高の本です。きっと大変なんだろうけど、こんな人がお父さんだったらな〜って思いました。微妙にかみあってないと思うだろうって書かれてたけど、確かにそうだった。でも、親子の許容範囲内、他人同士だからそういうもんだよねぇ。
もはや自分の師匠と勝手に思っているウチダ先生と、娘さんとの往復書簡。 回を重ねるごとに自分の主義主張の色を少し強めていく娘さんに対して、「自分語りとは、何を言わないか」と諭す?ウチダ先生が対比的で(それこそ大きな母のようで)興味深かった。
るんちゃんとの関係をこれまでは父親サイドからのみ眺めてた。るんちゃんからはどう見えているのかいつも非常に興味があったのだ。えへへ。 プロローグ(内田樹) のっけから「家族の間に秘密があるなんて当たり前だろう」と至極当たり前の言挙げがされ、「骨肉相食む泥仕合」に陥っているのは例外なく「遠慮のない間...続きを読む柄」だと喝破されています。この人の機嫌の良さと幸福は「親しき仲にも礼儀あり」というよそよそしさから導かれている。 自分の父親との関係、娘との関係を他人事のように語る内田先生にすでに涙腺のゆるむにしもりです。 8 「パブリックドメイン」はおすすめ(内田樹) 「ことさら同意や共感をしてしてみせる必要のない友人関係」について語られます。まったく賛同します。「共感できないけど一緒にいて楽しい」ってわたしにはよくあるのだけど、高い確率で相手は楽しくない思いをしてるんじゃないかという疑念がにしもりにはあります。その辺が悩みといえば悩みですかね。たまに学生時代の知人と話すと、こういう疑念なしに好きなことを話せるのでとても気が楽です。 9. 自分の姿を照らす「敵」(内田るん) 自分の愛する人がすべてこの世からいなくなってからが、私の本当の人生ではないか」とのるんちゃんの述懐は、わたしが感じている通りのものです。その人が安心していられる道、その人がイヤがらない生き方をどうしても選んでしまうのが、人間の弱さであり、良き資質なのではないでしょうか。 18. 「人間は壊れ易い」のを知っていた戦争世代(内田樹) この中で、5歳の内田樹さんが、保育園で何人かがいたずらをした場に居合わせて、先生から叱られ残されて反省を強要される話があります。「反省したら帰っていいです」と言われて他の子たちは「反省します」と言ったのに、内田樹さんだけ「反省することがありません」と答えて、みんなが「お前がさっさと謝ってしまえばはやく済んだのに、お前のせいで長引いた」と恨めしげな目をした、という話です。これを内田さんは「ぼくの病的傾向」だと書いてらっしゃいますが、わたしにもこの「病的傾向」があって、目先の利益(さっさと謝ってはやく帰る)ことより筋を通すほうを優先しないと気持ちが落ち着きません。内田さんは、このこと(自分が「周りとは考え方も、生き方も全然違う」子どもであること)はそんなにつらくなかったと語っていて、その理由を「変であることに対して許容度がゆるい時代だったから」だと書かれています。これはわたしもよくわかります。昔は変な人がいっぱいいましたし、今みたいにみんなが真面目で素直なわけではありませんでした。わたし自身がこの「病的傾向」をしんどいなと思い始めたのはこの10年くらいのもので、それ以前はなんとも思っていませんでした。たぶんこの10年くらいは世の中がみんな真面目で素直な人ばかりになったからだと思います。 もう一つ、アメリカのことが書かれています。 あの国には「予防」という発想があまりない。ことが起こる前に起こらないよう配慮をすることに高い価値を賦与しない。なぜならそれでは「何も起こらない」から。以心伝心に頼れない分、なんでも言葉にしてみる、まず言ってみてそれに対する反応を見て対処する。 ははは、にしもりはアメリカ人だわ、きっと。 続けて、アメリカの人は基本「孤立」、自分のことは自分で決める。内田さんがここで、「アメリカの人も結構きついなぁと思っているんじゃないかと想像します」と書かれているけど、実際30年ほど前にはじめてラダックに行った時、そこで長期滞在していたアメリカ人がそういうことを言ってたのを覚えています。 22. スパイが語る「嘘の告白」、冬の北京、仕上がりのいい「物語」 あははは。やっぱりそうやったんや。→ぼくの冷淡さというのは「にこやかで、礼儀正しく、でも人の話をぜんぜん聞いていない」という形態をとります。←対談なんかでそんな感じになってること頻繁にあるよね、この人。 続いてスパイが拷問にかけられた時に自白する「第二層の告白」(真実のみから構成されている物語であるにもかかわらず、いくつか重大な言い落としがあるせいで、必ずしも「ほんとうのこと」ではない。)について、僕たちが自分について語ることというのは、そういうものではないか、と。内田さんは、それでいいんじゃないか、それってなんだかやりがいのあることだよね?と問いかけてきます。いやホントそうだと思う。 内田さんは賢い人だから、そのことを「実害がなくていい」と言います。ほんとうのことを言うと相手が傷ついたり自分が傷ついたりするから。 ははぁ、そうなんだ〜。 「それについてうまく語ることができない」ということはある。「思い出す」ということは、「それについて語る言葉が見つかる」ことであり、「それについて語る言葉を見つけた」ことであると内田さんは語る。なるほど。 エピローグーー思い出のおばあちゃん(内田るん) 亡くなった日の思い出は心を打つ。るんちゃん大人だね。 そして、るんちゃんも書いているように、内田樹さんがほとんど語らなかったこの昌子さんのこと、語らなかったということは語れなかった、語りたくなかったのでしょうから、ちょっと知りたくなりますね。 我が家とはだいぶ違った形の親子関係だな。ちょっとうやらましかったりするよ笑笑。
とっても良かった。 内田樹さんと、その娘のるんさんのお手紙のやりとり。 わたしも親を持つ娘として読んだ。 娘が親に思うことに共感し、親が娘に思うことに意外に思ったりした。 20代の頃までは、親はスーパーマンであり、絶対的な存在だと考えてた。 その強さに反発したり苛立ったりしたけれど、自分も親の年...続きを読む齢になってみて、親の不安さがようわかる。 とにかく必死に子育てしてるのに、かっこつけることがフォーマット化されていることがよくわかる。 親はこうゆうものだとか、子どもはこう振る舞うものだとか。 娘のるんさんは、内田樹さんに育てられたためか、豊かな量の語彙を持っていて、それを柔らかく指摘する。 るんさんの政治や社会に対する熱い思いと、内田樹さんの(熱い思いはきっとありながらも)討論しない。サラリとかわす温度差にクスリとする。 私がこの年齢だから納得して読めるのかはよくわからないけど、今読めてよかったね。
本当は仲の良さを感じました。 3割噛み合えばよいというのに共感します。 完璧を求めすぎてもダメで、時期によってはこの割合がわかるものと思って、子どもに接します。
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