あらすじ
読めば身も心も軽くなる、現代人必読の「読むサプリ」待望の文庫を電子書籍化。飛ぶ鳥を落とす勢いの人気哲学者・内田樹と、話を聞いただけで悪いところを直してしまう革命的治療家・池上六朗が、頭より体を使った「正しい」生き方について本音で語り合う。「肩肘張ってる人は生きるのに肩肘を張っている」「取り越し苦労は傲慢である」(内田氏)、「元気も病気も自分で決めるもの」(池上氏)と両者から飛び出す辛口発言のいっぽうで、「今の自分を肯定しよう」(内田氏)と呼びかける。
「ライト・タイム、ライト・プレイス(正しい時、正しい場所に、正しい仕方で存在すること)」をキーワードに、不安や悩みを抱える人たちへ「あなたのための場所はあるんだよ」とエールを送る。
※こちらの作品は過去に他出版社より配信していた内容と同様となります。重複購入にはお気を付けください
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
非常に面白かった!
私の癖で気になったところに付箋を貼っていくのだが、これを読み切った後付箋まみれだったので相当面白かったのだと思う。ここまで多いと付箋が最早面白かった本という目印と再読の際のポイントにしかならない笑
対談系の本はそれぞれの人の意見を読める上にさらに、2人の意見が昇華されていくのでとっても面白いと感じる傾向にある。
繰り返し読みたい本。
Posted by ブクログ
おもしろかった。三軸自在、というのは残念ながら分からなかったが。一番いいタイミングでくるんだから向こうからやってくるまで待っとけ、というのはなるほどと思った。
Posted by ブクログ
わかる人には
たまらなく 気持ちよく
すんなり 入ってくる
わからない人には
まったく 取っつきようがない
それで 全くいいのだと思います
本を読む というのは
本来 そんなものであると
思っています
Posted by ブクログ
三軸修正法の池上先生との対談本。いつも通りの内田老師のトーン。
・哲学は複雑な学問であると思われがちだが、世の中の方がよっぽど複雑であり、その点ではかなり正直な学問である。
・頭で感じる快不快と、身体で感じる快不快は異なっている。それを識別できない人が多い。頭で感じる快というのは幻想的なもの多い。政治的陶酔やイデオロギー、はたまた身体毀損によるもので、おおむね幻想的な快楽であるが、身体的な快はじっくり、ゆっくり感じるもの。多くの人が、幻想に惑わされやすい。過度なダイエットやピアスなどは明らかな身体毀損であり、身体的には不快であるにもかかわらず、頭で感じる快の強さに押し負けて、快楽と誤認しがち。もっと、身体的な快に耳を傾ける必要がある。
・目の前にあるものの価値を構成しているのは、先取りされた未来の喪失感。実は、今の目の前のもののかけがえのなさを担保しているのは未来の喪失感であるというワードはとてもしっくりきた。その考え方を推し進めると、今を生きていてつまらないという人は、自分が死んだときに人生を回顧してどう感じるかということの想像をする習慣がない人である。常に自分の死について考えることが今のかけがえのなさをヴィヴィットに感じられる秘訣。
Posted by ブクログ
今月3冊目
★★★
いや、深いです。池上先生達は野口先生に近い感じかな。
治療家というか哲学、人格者というか、どこまでも考えてるんだなと。
治療家でなくてもなにしてもやってけそうな頭脳。
ちなみに池上先生の息子さんは知り合い
Posted by ブクログ
哲学者で武道家の内田樹と、「三軸修正法」という治療法の提唱者である池上六朗の対談です。
「文庫版のためのまえがき」で内田が、二人の著者たちの出会いが不思議な「ご縁」にみちびかれたものだったということを語っていますが、本編でも身体知にもとづく共感の重要性が指摘されるとともに、そうした原初的なコミュニケーションの回路がうしなわれてしまっている現代の状況に対する批判が展開されています。
内田の身体論・武道論にかんする本はこれまで何冊か読んだことがあるのですが、もはや言説のレヴェルで説得を試みることを放棄してしまっているように感じられて、どうしてもついていけないと感じてしまいます。フランス現代思想に造詣の深い著者なので、「知」に対する批判もそうした文脈で読んでしまうのは、こちらの悪い癖なのかもしれませんが、近代的な「知」のありかたに対する批判から、「身体」や「自然」へと一気に飛躍してしまう著者の身振りそのものも、著者自身の意図を離れて「反復」されるものであり、そうした問題への警戒心のなさが気になってしかたがありません。
もっとも著者は、言説のレヴェルでの「差異」と「反復」といった問題にはもはや興味がなく、それこそ身体を通して「わかるひとにはわかる」真理を語っているつもりなのかもしれません。
Posted by ブクログ
豊かに生きるということはどういうことかを考えた一冊。真剣に何かに取り組んでいれば、自ずからつながるべき人につながって、豊かな人生を築いていけるのではないかと思いました。
Posted by ブクログ
身体と哲学。私たちは祖先が創り出した最新ヴァージョンという言葉が印象的。
私たちは両親から生まれ、その両親もふた親から生まれ、と一代、二代と遡っていくと膨大な数の祖先が現れてきます。十代遡れば1024人、二十代遡れば52万4288人。わずか二十代を遡っただけで50万人を超え、二十一代では百万人をはるかに超える祖先が居たことになります。
もう、今生きているだけど奇跡。アレコレ頭で考えなくても身体がよりよい方向に導いてくれる。複雑に考えるのをいったん手放してみてもいいのかもしれません。