ブレイディみかこのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
民主主義の国と思われがちな英国が、とんでもない階級国家であることを日常の暮らしから抉り出すブレイディさん。コロナは「シット・ジョブ」をエッセンシャル・ワーカー」と耳触りの良い言葉に置き換えて「大事な仕事」だとしたが残念ながら一過性で終わりつつある。英国ほどではないものの日本も貧富の差は広がるばかり。日々の暮らしでは目を逸らしているけど、ブレイディさんの赤裸々な指摘にハッとさせられる。「悪い人間ほどいいことをしたがるもの」「人間をケアする仕事は人間にしかできない。…双方の人間がいてポジティブな精神的電波が生まれる。この電波こそが、人間が今日まで生き延びてきた原動力になった」「タモリ・山中伸弥の!?」でみた「AIは人間を超えるか。汎用型人工知能AGI」とシンクロ。AGIが5年後に生まれても「精神的電波」は発せられないだろう。
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Posted by ブクログ
ブレイディみかこさん、「僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー」が読みかけのまま積読…でも、グローバルな視点満載なエッセイの様なので手に。
「地べたから考える」という表題は、彼女が幼少の頃もイギリスに住んでいる現在も下層の人間だからなのだそうで、地べたから考えたことを書き記したそうだ。
彼女は環境としては確かに地べたに暮らしていたのかもしれない。けれども地べたに住む人だからといって彼女の周りの住人のように、生きることに投げやりだったり、保護された暮らしではなく、しっかりと地に足を着けて生活されている。
そんな彼女が地べたから見た世界…
「キャピタリズムは悪い意味でのアナキズムだ」という言葉を引用しつつ、下層にアナーキーを感じると言っている。つまり、どんなに頑張っても決して上層には行くことのできない世界。
それでも彼女はエンパシーという「他人の靴を履いてみる」能力、つまり「他人の感情や経験などを理解する能力」をイギリスではきちんと学んでいることを強調する。
しかし、日本は他人どころか自分の靴さえ履けずに絨毯の上にいると彼女は言う。
他人に迷惑をかけないように、みんなで一緒に靴を脱いでいればよいという考え方だ。
自分の靴を形作るのは、自分の足元に立ち上がってくる問い。それを探求することで自分の靴が履けるのだ、とも…
他人の靴を履く前に自分の靴も履けていない日本…
自分の足元にどんな問いが立っているのか。
多くの日本人はそれに気づこうともしていない。
センス・オブ・ワンダーの概念こそが、まず自分自身の靴を履くことであり、他人の靴を履けるようになることに繋がる。
暗記や計算をこなし、関心のない教科も満遍なく点数を取れるようにするための勉強。
それでは、自分の足元の問いさえ浮かばない。
自然やリアルな社会に触れ、新たな発見をする機会こそが子ども達に必要だ。
それこそが、日本の教育の課題なのだろう。 -
Posted by ブクログ
谷川さんがブレイディさんの手紙に応えていないという指摘を第三者から受けていたのはちょっと笑った。
あと人間は体があるから飢えや貧困が発生して苦しい、体を無くしてデータ化することで争いを無くししあわせになれるという考え方が英国の若者の間で流行っているとのことで、かなり極端で宗教っぽいな…と驚きました。
音楽を聴いている時など、自分がこの世から少し離れた感覚になるのを「その世」と表現している。
「あの」「この」は英訳できないけど「その」はできない(あのと同じthatになるか、別の表現になる)。
日本語の複雑さ、寛容さ…言葉について考えさせられました。
普段詩に触れることが無いのでよい感覚を味わえました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ金子文子さんの少女時代と、現代のイギリスを生きるミアの生活が絶妙にリンクして、時代や国が変わっても、貧困や無責任な大人の下で苦しむのはいつも子供達であるということは変わらないのだとあらためて思う。
ふたりの少女の話が交互に進むのでミアの感情が分かりやすかった。
逃げ惑いながらも弟を守ろうとするミアの姿に胸が苦しくなった。
それは驚くべきことだった。そこにあるのはNOではなく、YESだったからだ。
ここにあった世界には存在しなかった言葉が、ここにある世界には存在し始めている。
ミアはゆっくりとあたりを見回した。
私の、私たちの、世界はここにある。 -
Posted by ブクログ
どのエッセイも4ページ前後で書かれており、内容もすごく読みやすい。
コロナ禍での英国の様子がよく分かる。
コロナ禍の英国のロックダウンは日本よりも、厳しくてしんどかったんだろうなと思った。ただ、私もコロナの引きこもり生活が身体に合わず、仕事ばっかりして鬱病を発症したのがまだ記憶に新しいので、個人的に他人のコロナしんどい体験を楽しく読めるようになるには、もう少し時間がかかりそうだなと思った。
特に今の自分に刺さったのは、『「そんなものだ」ホラー』というエッセイ。
「「そんなものだ」がホラーである所以は、状況を前向きに捉えて自分を納得させているうち、その状況を前向きに捉えられない人々の声を押さえつける側に回っていることが往々にしてあるということだ。」
「「そんなものだ」が怖いのは、そう考えるようにしているうちに本気でそう考えるようになっているということである。」
ブレイディみかこさんは、コロナ禍や戦争による影響、物価高等に対して、上記のような文章を書いているが、仕事や日常生活でも本当に今の自分に当てはまると感じた。
自分の周りに「そんなものだ」と理屈で考えることを放棄して自分を納得させないと、どう考えても納得できないことが多すぎて、最近の自分は考えることを放棄してはいないか…?と、はっとさせられた。周りに説明するときも理屈よりも先に「それがルールだから」で押し切っていたことを反省した。
「そうじゃなくない…?」と思える感覚を大事にしたいということと、すぐに納得や説明できないことでも自分の頭で考えることを辞めてはいけないよなあと思った。 -
Posted by ブクログ
2025年3冊目。
去年12月に買ってた本。インスタの書評に惹かれて買ってみた。
にしてもこれ難しいな笑
「他者の靴を履く」ってフレーズ、どこかで聞き覚えあるなておもてたけど読んで思い出した。同じ著者ブレイディみかこさんの、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の中で使われてたわ。
相手の立場に立って考える 的な意味やと捉えてるんやけど、その、「エンパシー」について丸々1冊書いた本。
理解出来へんところが多かったという意味で☆は3つ。
ワガママに自分の靴だけ履いてってことをせず、分かるかどうかは置いといて一旦他人の靴も履いて、それで判断する(judge)みたいなプロセス。
頭では分かっても実践できるかはまた別で意識してこって思いました。