ブレイディみかこのレビュー一覧
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イギリスと日本の空気感、暮らし、教育の違いが分かりやすく興味深かった。
プレイディーさんの著書を読んでいたので、解像度上がった気がする。
幸福論という点では明文化されているわけではないけれど、政府や世間の目を気にしてただ流されて生きていくことは幸福ではないと改めて感じた。
当たり前に行われてきたことに疑問を持ち、自分なりの考えを持ち、できれば発信もしていく、そうありたいと感じた。
結末にも記載があったけれど、コロナは大変なパンデミックであるけれど、情報に疑問を持ち自分たちで考え行動するキッカケになったのは感じる。
劇的に良くならなくとも少しずつ社会が良くなるよう小さな一歩を踏み出していくことが、幸福論なのかも? -
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本書は、「図書」連載「言葉のほとり」(2022年3月号~2023年8月号、岩波書店)に、奥村門土さん描きおろしの挿画を加えて書籍化した、谷川俊太郎さんとブレイディみかこさん、お二人の往復書簡を収録したものになります。
とは書いたものの、私、ブレイディみかこさんの著書を読むのは初めてで、タイトルはよくお見かけするから知っているのですが、中々、読んでみようという気にまでならなくて、本書については、猫丸さんのおすすめがあったことと、谷川さんと往復書簡するのだから、さぞ凄い方なのだろうなと思っていたら、その通りでした(笑)。
ということで、まずはブレイディさんについて、書いていこうと思いますが、何度も実感させられたのは、27年間英国生活をされている、ご自身の実体験に基づいた多種多様な知識や視野の広さで、それは『ブリティッシュ・ユーモア』から端を発した、世界に於ける、様々な表と裏が存在することの正常性であり、中でも私の心にいちばん刺さったのは、『正邪の双方あってこそ人間』のフレーズで、それは、お母さんを亡くされた彼女が、気分を変えるためのウィーン旅行で初めて知った、若かりし頃のヒトラーの面影からも感じられて、ヒトラーも生まれた瞬間からヒトラーでは無かったことを、何となく予想出来たのではなく、史実で知ることによって(ウィーン美術アカデミーでの、エゴン・シーレとは対照的な顛末)、初めて腑に落ちた、この説得力も伴ったスッキリ感が、なんかいいなと思わせる感覚に、改めて彼女が保育士をされていたことを実感いたしました。
また、それとは別に、今度は表と裏のような対照的ではあるけれども、それを問題視した彼女ならではの独自の考察も印象的で、それは、ドバイの実情から地球温暖化の未来へと思考を広げた結果、社会の貧富の差は『上と下』ではなく『内と外』に分かれるのかもといった点や、皮肉や風刺も感じさせる『忘れられない幽霊とすぐに忘れてしまう人間』、更には、『常軌と常机』といった言葉遊びの巧みさまで、そこには文筆業を生業としている彼女ならではの視点の面白さが、とても新鮮でした。
そして、谷川さんの詩が元となった、タイトルの『その世とこの世』について、この世は、まさに今生きている世界だけれども、その世に関して、谷川さんの詩の内容は勿論ですが、ブレイディさんの『音楽の「これだ」って感じる瞬間』や、『自分が本来いるべき場所っていうか、行ったこともないのになぜか知っている場所』に、特に共感を覚えて、音楽を聴いている時に、ふと感じる「これだ」感というのは不思議なもので、根拠も無いのに、なぜ「これだ」と思えるのか、おそらくそこには、この世ではない別の世界の入り口があって、一度入り込んでしまうと、そこから現実に帰りたくないと感じてしまう、なぜならば、そここそが自分が本来いるべき場所だからであり、しかも、なぜか知っている場所にもなり得る、そんな神秘的な要素が人間にはあるということが、不思議でありながらも魅力なんだと思わせた、それは谷川さんがよく仰られる、詩と音楽との密接な結びつきがあるからこそ、このタイトルなんだろうなとも感じられた、そこには、まるで世界の謎を一つ解いてくれたかのような、大きな歓びを感じました。
続きまして、谷川さんですが、ブレイディさんとはまた異なる広い視点の中にもあった、確固たる自己的存在感の印象が強く、それは、ディーリアスやビートルズを挙げながらの、『好き嫌いの判断を、知的な良し悪しの判断よりも信用している気配』での、その世への前触れとも思える感覚や、「漱石調」の詩の、『時に先立つものはと考えて そんなものは何であれ 言葉の上にしかないと思った』に於ける、言葉への多大な信用性を示しながら、未だ変わらず、それを拠り所にしているところに、彼の生涯現役の精神性が宿るのを感じながらも、後半の詩に見られた、日常のすぐ目の前にあるものをそのまま掬い取ったかのような、生々しくもあっさりとした臨場感には、老後の未知なる世界を垣間見たようでもあり、そこに却って、私は心強く感じられるものがありましたが、高橋源一郎さんの『ブレイディさんのお便りに、ちっとも応えていない』には、確かにと、私も思わず笑ってしまった親しみやすさも、さすがのお人柄だと感じました。
そんなお二人の対照性として、谷川さんが現場に擬えたものを掲載すると、谷川さんは『言葉にしかないような気がする』、ブレイディさんは『言葉の上だけでなく、具体的事実として存在している』がありますが、実は共通性も二つありまして、一つは『自分と他者を明確にされていること』、もう一つは『自然の成り行き任せ』といった、これまた対照的であるのが、人間の複雑さを表しているようで面白いですよね。
前者について、谷川さんは『自分以外は全て他人である』ことを、元奥さんにも感じ取ったことによって、一抹の寂しさも醸し出しているように思われたのが、私にとっては痛みとも思え、ブレイディさんは、母の介護で初めて、母であっても別の体をした人間に過ぎないことを実感させられたことから、『自分は他者じゃないという認識の基盤になると思う』へと辿り着いたことが印象的でした。
また後者について、谷川さんは、その年になって初めて体験することであっても、それが『自然の成り行き』に感じられた点に見られた、そこまでの長き人生の歩みを経ることで、ようやく訪れた人間の神々しさとも思え、ブレイディさんは、生きる為の原動力となっている言葉、『なんとかなる精神』で、一見、運任せのような言葉にも思えますが、彼女の場合、これまた実体験にとても説得力があり、その空港での二つのエピソードには、確かになんとかなるものだね、と驚かされた、実際にやろうとは中々思えない、逼迫感の伴った破天荒ぶりも魅力と感じ、このように対照的でありながら似通った共通点もある、お二人の往復書簡には、独自の視点による新たな世界の姿や、人生にとっての大切な一欠片を、そっと見せてくれた、まさにお手紙ならではのプライベート感がありながら、今の世界を生きていくために大切なこともたくさん教えてくれて、下手な自己啓発本よりも、きっと得るものが多いと思います。
それから、最後に奥村門土さんの絵については、本編の谷川さんの詩の世界を、独自のタッチで描いている点に惹き付けられて、「まどろみから」の、海とも宇宙とも見える魚たちの絵も印象的でしたが、「これ」の、老練さを感じさせるタッチには、この若さでこんな風に描けるんだなといった、ここにもあった、まるで『自然の成り行き』で、そうなりましたみたいな印象に驚いたと思ったら、もしかして、表紙のこれも・・・最初は写真だと思い込み、読んでいる間もそう思っていたのが、読み終えて、改めてよくよく見ると、なんと、これも絵だったことに仰天し、モンドくん凄いなーと、感嘆せずにはいられなかった、まさに三世代の異種表現コラボレーションでございました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレページの余白や行間が多くとってあるため文量は少なく、かつ、非常に読みやすい日本語なので、サッと読める。
ブレイディさんが書いた手紙を谷川さんが受け取り、谷川さんは受け取った手紙の一部からとあるテーマへと話題が広がる返信&詩を送る。
それを受け取ってブレイディさんがまた別の話題へと展開する手紙を書く、といったやりとりで、往復書簡だけれども、明確に返事しあってないところが興味深い。
詩というものは私にはあいまいで、メッセージを伝えたいのか、情景を描いているのか、それとも気持ちの吐露なのか、よくわからない(谷川俊太郎さんは好き。PEANUTSの翻訳が最高)。
にも関わらず、この書籍を読んでいると、なぜだか心が落ち着く。
数ページ読むだけでも、心が落ち着く。
家事、双子育児、ささやかな仕事でバタバタしている私にとって、日々この数ページを読むことで、私の心を落ち着かせてくれたことに感謝。 -
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同著者ベストセラー『ぼくイエ』と表裏をなすおっさん達のペーソス。
ブレイディみかこさんの周りの悲しくも愛すべきおっさんのドラマ+αで構成されています。
ブレイディさんのベストセラー『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』と背中合わせ・表裏一体のような作品です。イギリスの階級社会を、学校の子どもたちを通して見つめるか、ストリートのおっさんたちを通して見るかという視点の違いがおもしろい両作ですが、今作のおっさん目線のほうが「老い」をイメージさせたり、悩みの質がより現実的だったり深刻度が高いため(子どもも子どもなりに深刻ですけど)、胸に堪えるコク深い内容になっています。『ぼくイエ』の子どもたちの瑞々しさもいいですが、おっさんたちのしょぼくれた姿がなんとも愛らしいんだよな〜。
前半のおっさんエッセイ集は気軽に読める英国おっさんよもやま話。笑ったり、怒ったり、傷ついたり、色気づいたり、冗談を言ったり、諦めたり、黙々と働いたり、酔っ払ったり、笑ったりするおっさん・おじさん・オヤジがこれでもかと登場します。推しの英国オジを見つけられるくらい、おっさんに親しみを抱きました。後半は世代・階級についての著者目線の解説。階級闘争や世代間闘争、英国の社会についてストリート感覚(著者が言うところの「地べた」)を通して考える第一歩にもなります。特にブレグジット、緊縮財政、NHS(英国の医療制度。作中のおっさんたちのイデオロギーの拠り所)は作中にも解説にも頻繁に出てくるので、それらを通じて英国の社会について知ることができるし、ひるがえって日本は…と考えるきっかけになりました。当たり前っちゃ当たり前なのかもだけど、どこの国にも保守と革新って分かれるもんなんだなと不思議に思ったり。先進国だからかな?発展途上国だと、まだ宗教や信仰の力が大きいから、保守的だったりするのかな?とか考えたりしました。
エッセイでも叔父と甥の関係が書かれたり、解説パートでも詳細に書かれている世代間の相違、世代論。世代論は手軽に世の中が分かったような気分になれる、あくまで話のネタだと個人的には思います。日本でも「団塊」「バブル」「ゆとり」「Z世代」などが話題にあがりますが、ある世代の人間を「こういう傾向にある」と雑にひとまとめにすることが、より断絶を生むと思うし、本当のところは考え方は十人十色人それぞれなはずだし。けれど、世代論が無視できるほどまったくの無価値というわけでもないんじゃないかというジレンマもあるのです。なぜなら、世代というのはその時々の社会、経済、制度、テクノロジー、インフラ、etcの影響を受けるからです。戦時中に飢えていた世代とスマホを操ってウーバーで届いた食事にありつける世代では考え方は変わるでしょう。世代論で雑に分けられることへの抵抗と、世代論でひとまとめにできてしまう便利さのあいだでいつも揺れています。
英国内では階級意識に世代意識、さらに移民へ向けられる目線もあり、複雑な様相を見せています。読後、日本における移民についての議論を調べるきっかけになりました。
本作のオリジナルはコロナ前に書かれたのですが、今回コロナ後に追加された文庫版あとがきでは、本編よりも事態は深刻になっていることが著者から告げられます。本編に登場した人物が文字どおりコロナに殺されたり、英国の厳しいロックダウンでメンタルがやられたり、不安から陰謀論を信じてしまったりしたというのです。同情しつつ時にくすっと笑えた本作ですが、文庫版あとがきが笑えないという、現実の厳しさ。不安に飲み込まれず、極論を声高に語る者に頼らず、かつ健康的に世の中をサヴァイブするって、今の世の中ではハードル高いですよね。「ペーソス」という言葉では済まされない状況のなかだから、各々ユーモアを持ち寄ろうよ、と思います。 -
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英国で保育士として働く日本人の視点、ていうだけですごく特別で面白かった。こうゆう経験からブレイディみかこさんの考え方が出来上がってるんだなぁと感じた。
ケリーのコスプレの話、バス遠足の話、日本の保育園児との差の話が印象的だった。
大変な家庭の子が早熟だったりするのって、必然なんだなぁと感じた。託児所に行く年齢の子達が、如何に親の考え方や生活に左右されるかを考えると切なくなる。
外国人のお母さん達の生活保護受給英国人に対する態度の話も、そりゃそうだろうなと思った。海外で働いて生活して子ども育ててくメンタリティ持つ女性たちだものねぇ。
色々思うことはあったけど、内容が2000年代、2010年代後半の話なので、第一部からも大分日が経ってる。良くなってる気は全くしないし、悪くなり続けてる気が…悲しい。ほんと、政治って大事だ。勿論ミドルクラスやアッパークラスの人の方が政策が変わることで払う税金額が変わったり影響金額は多いかもしれないけど、どれだけ生活に影響があるかで見ると労働者階級およびアンダークラスのほうが影響受けるんだよなぁ。だからこそ、政治を考えるべきだし携わるべきなんだけど、生きることに精一杯だとそれすら考えることがないのは、なんだかなぁだわ。もっと義務教育時代に如何に政治が私たちの生活に関わっているものかを勉強するべきだと思う。 -
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ぼくイエを読んだからミアがどういうところにいるのか、何を考えているのかを考えると苦しくなった。ウィルが言っていたような「聞いた側も無傷ではいられない」というような感じ。
大人を頼れない、信用できないと世界も心も閉ざされてしまうというの、よくわかる。子どもの頃に頼れる相手がいるかどうかってかなり重要だと思うし、他の道を示してくれる大人がいたら…と少しだけ自分の子どもの頃と重なった。
恥ずかしながら金子文子のことは知らなかった。女性のアナキストは伊藤野枝なら知っていたけど、共通して若くして亡くなっているんだね。
ミアの物語と並行して文子の物語も進んでいったけど、あそこから刑務所に収容されるまでは少女時代以上に波瀾万丈だったのだろうな。
ミアを取り巻く人たちもそれぞれの事情やミアへの思いがあったのだろうけど、ゾーイの心配もイーヴィの気持ちも(人によっては賛否あるだろうけど)ちょっとわかる。
仲の良かった友達がいきなり荒れたら(しかも自分の母親が噛んでることを知らないだろうし)距離置きたくなるよね。今の素敵な友達といるのが楽しいし自分もやや貧困家庭とは言え、そこから出ていけるであろう未来が待っているんだから、ちょっと貶むように、もしくは哀れむように見えてしまう傲慢さが芽生えてしまってもあの年頃なら仕方ないのかな。(仕方ないか?)
終わりの方がかなり駆け込みだったように感じて、続きは!?という感じで終わってしまった。
なんでミアがいきなり具合悪そうになったのかという原因が後半明かされたけど、あの後ミアはそれをソーシャル・ワーカー達に言えたんだろうか。
トラウマになってるしすぐには言えないかもしれないけど、またあの男を視界に入れてしまったらまたぶり返してしまうんじゃないだろうか。
ただ、その時は今度は助けてくれる人がいると信じられるようになっているだろうから、ゾーイかレイチェルに伝えてほしいな。
恋愛で救われることもあるというのは承知の上で、こういう本に恋愛要素いらねェ〜と思ってたので、ミアとウィルがそこまでならなくてよかった…ウィルは惹かれてるんだろうけど。
彼のいいところは育ちの良さから来る無知を自覚した時、自分を恥じて理解しようと歩み寄るところだ。貧困の中にいる人からすれば「どうせ理解されない」「腫れ物扱いされたくない」「放っておいてほしい」ということだろうし、その気持ちはとてもわかるのだが、拒絶したままだとずっと世界が閉ざされているんだよね。だから理解したい、わからないから教えて欲しい、と考えられるウィルとはきっと友達になれるんじゃないかな…同情や哀れみを越えたら少しずつでも近づけるんじゃないかと思う。
ブレイディみかこさん、また小説書いてほしいな。 -
Posted by ブクログ
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』とはコインの裏表のような作品だった。階級社会・英国のリアルなおじさん世代の声・生活が映し出された作品。
・君が僕を知っている(ブレイディさんの親父さんと母を失ったスティーヴが犬で救われ、結局わんこにはかなわないという話)、
・ときめきトゥナイト(失業したサイモンがコンマリメソッドにハマって片付けに没頭する話)、
・Hear Me Roarーこの雄叫びを聞け(ジャッキーが1人でDI Yに励み、家を売りに出すが売れず、躁鬱状態になり、とんでも無い絵を描く話)、
・Killing Me Softlyー俺たちのNHS( NHSの待ち時間がとんでもなく長く、予約できない話)が心に残っている。
p.224 もう二年になるんだし、彼女はベトナムで新たな人生を歩んでいるのだ。時間が進めば、人も進む。それがライフの法則である。
p.230 それともあれか。英国人は、稼いで遺したカネを外国人が使うのは、けしからんと言う、遺産排外主義が高齢化UKにはびこっているのだろうか。しかし、そんな主義は時間の無駄である。資本や労働力の移動よりも早く、人は恋に落ちる。よしんば国境を閉ざしたとしてもだ。FaceTimeだのSkypeだので、人は語り合い、恋落ち、そうなったら、もうベトナムだろうが、トンブクトゥだろうが飛んでいくのだ。恋は狂気だ。それは排外主義を撃ち抜く最終兵器である。
p.235 人間って、こんなに変わるんだ。というか、こんなに変わりながら何十年も、ことによったら百年ぐらいとか生き続ける生き物なのだ。