ブレイディみかこのレビュー一覧
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高校生の頃の私はイギリスの上流階級に憧れて、紅茶を嗜んだりしていたけど、歳をとるにつれて自分はワーキングクラスなんだなと嫌でも自覚している。
多くの日本人にとってイギリスは歴史と文化のある国で、旅行にしても住むにしてもいいんじゃないかな〜と漠然と思う場所になっているはずだ。
ブレイディみかこの本を読むと、イギリスには階級意識というものがしっかり根付いていて、地べたの人たちはそれは酷い暮らしをしてると言うことが思い知らされる。
でもその中でみんななんとかやっていて、毎日絶望しているわけではないけど、でもそんなに夢見る場所でもないという感じ
Bread and rosesってどこかで聞いたことがあったな。どこだったかな -
Posted by ブクログ
現在2023年4月末。先日、まもなく新型コロナが5類になることが正式決定されたとニュースで流れた。
この本に掲載されているインタビューや手記は2020年。コロナ禍がいよいよ始まり、おそらく世界中の誰もが、今まで非日常と思ってきたことを日常的なものとしなくてはならないという不安に覆われはじめてきた、そんな時期の発言だ。そのような意味では、更に数年後、コロナ禍を振り返るための格好の史料となりうると思った。
この本の中で多くの識者たちが言及していたと思うが、人間にとって一番厄介なのは、人間の心の中に生じる差別、偏見、批判なのだ。どのような状況下にあっても生じるこの心の動きに、私たちはどのように打ち勝っていけばいいのだろうか? -
Posted by ブクログ
買って2年ほど本棚で眠っていだ本。コロナ禍真っ最中の時に書かれたものだ。
どの国でも新自由主義のヤバさに気づき始めた現代に、日本だけが、自助が大事と言う。日本社会の遅れ具合がよくわかる。
イギリスと日本との違いが浮き彫りになる本。何が違うって、まずは市民の力。しかも演劇力が違うらしい。
若い黒人の男の子が酔って「フェミニズムはナンセンスだ、ファック・フェミニズム」とか叫んでいる時に、黒人のウーピー・ゴールドバーグみたいな恰幅のいい女性が腰に手を当てて、「黒人の命は大切だが、女性の命も大切」と説教した話で、イギリスには必ずそういう人が登場する、それは国民に演劇教育が下地にあるのではないか、とブレイディさんは言う。
コロナ禍でも家の壁に「自分は水道業者だから、何か困っていたら電話してくれ」などと書いて貼っている人も多いという。このシチズンシップの違いなのかな。
日本で道徳が教科として導入されるにあたって、道徳教育も他の国でもあるんだという説得の仕方を政府はしているが、イギリスでは実はシチズンシップ(政治的な人間を作ろうとする教科)だったり、ライフスキルズ(性教育わLGBTQ、お金について)だったりして、日本の道徳とは中身が違うという…。いろんなカラクリが2人の対話でまた自明のものとなっていく。
ブレイディみかこの息子さんが言ったこと。
「本当に個人として自分のことを考えたら、そこで誰かの生命に対して責任を負うなんてことはしないはずだ」
周囲の人たちがきっと嫌だっていうに違いないから拒否するということの多さに、彼は「日本はあまりにも社会への信頼が足りない」と。
ブレイディみかこがなぜイギリスに行ったのか、とてもよくわかる。こういう国で子どもを育てたい。そう思うのは当然だなと。
水筒のお茶を飲む時に、「誰が飲んでいいと言った!飲みたかったら飲んでもいいのか!」と叱られる教育現場に子どもを入れたくない、ということだ。 -
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前編『ジンセイハ、オンガクデアル』よりも政治・音楽の話がさらにひとつながりのように感じられて、それだけ音楽と政治は切っても切れないというか、良くも悪くもお互いの要素を含んでいるんだなと感じた。
この作品に限ったことではないし、宣伝で謳われてもいることだけど、著者の作品を読むたびに日本と英国の共通点が増してきて、時代の前後が違うだけで対岸の火事ではないような感覚が芽生えてくる。
英国の音楽や政治のバックボーンを詳しく知らないから理解の深さや繋がりへの鮮烈さを十分に感じられていないところもあるけれども、それらを抜きにしても伝わってくる、音楽と政治を飛び越えた人生や人間に対する普遍性が存分にある。
『勤労しない理由ーオールドパンクとニューパンク』
『ザ・ワーストマザー・イン・ザ・UK』
『Atrocityについて。しかも、まじで』
『Never Mind The Fu**ers』
なんかは特に好きだった。
本筋ではないけれども、著者が『街のものがたり 新世代ラッパーたちの証言』について述べていて、OMSBやMARIAに触れていたのはアツかったし、そのような英国との共通項は日本や自分の好きな文化の近くにも当たり前にあるんだと再認識した。
また、あとがきにもあるように、なぜ著者が文章を綴り続けるのか、その根源が「階級」への強い想いだということにも改めて思い知らされた。
”なぜなら、世襲のものを価値あるものと崇めることは、伝統を愛することではなく、生まれ落ちたコンディションで人間を判断し、縛ることを肯定することだからだ。”
”政治というものは、本来、この「打たれるもの」がコアにあるべきではないのか。それは古い言葉で言えば「思想」でもいいし、「社会は、そして人間はこうあったほうがクールだ」という個人的な美意識でもいい。” -
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知らなかった一面とより鋭い切れ味。
自分にあまり馴染みがないってのもあるけど、第2章の海外を中心とした映画・本・音楽の評は、今までの作品では深く知ることはできなかった、著者のそれらの分野に対する造詣の深さというか、作品の深掘りの仕方や他の事象へとの結びつけ方が見事だった。むしろ本来はこっちが本当の姿なのかもしれないけど。
順番逆になったけど、第1章の「底辺託児所」編は、昔の文章ってこともあるけど、さらに遠慮のない文章というか、何も着せなず抜き身のまま綴っている感じがして面白かった。それは著者の日常世界に、オブラートに包めないハードさが至る所にあるからだろうけど。
そしてその紛れもない現実から鋭い洞察力で得る見識は読み応えがある。『BROKEN BRITAINーその先にあるもの』『ガキどもに告ぐ。こいのぼりを破壊せよ』『さらば、底辺託児所』は特に好きだった。
そして、あとがきに書かれているように、この頃の文章に嫉妬を覚えているというところに著者の熱量をとても感じた。
”「餅は餅屋に」とよく言われます。
が、ティーンの頃にパンクのDIYスピリットにやられてしまったわたしにとっては、餅屋が焼かない餅こそすべてだったはずなのです。”
続編の『オンガクハ、セイジデアル』も早く読まなければ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前半のエッセイがとにかく良かった。
英国ブライトンの空気感まで伝わってきそうなディテール。人々がどんな風に生活しているのか頭に描いて楽しんだ。
特に「底辺託児所」と著者が呼んでいる無料託児所で働く日々は、自由すぎて暴力的な個性を持った幼児たちにどんどん愛着が湧いていった。良くも悪くも日本でこんな光景は見ないか、例が少ないのではないかな。
著者は子ども嫌いだったとのことだが、一人の人間対人間として接しているように見える。まだ危なっかしい幼児ばかりではあるが、あくまで一人の人間として尊重する姿勢が正しいと思う。著者に預けられた子どもたちが、どんな風に成長していったのか。その後もきっと強く生きているだろうと信じたい。
英国社会の階級において、排除されている意識のある者たちが旗を掲げて他者を排除しようとする話も興味深かった。
エネルギーを随所に感じるエッセイだった。
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Posted by ブクログ
音楽と政治の関連性については古くから言及されている。そもそも音楽、特にロックとは政治的なモノであるからだ。
著者は特にパンク以降のイギリスのロックから強く影響を受けており、音楽のみならず思想も濃く反映されている。その切り口が素晴らしい。
階級に対して疑問を唱えることはパンクの根源的意義であり、脈々と受け継がれてきた強い意志である。
リアルタイムでイギリスとイギリスの音楽を観てきた著者が放つ言葉はユーモアかつシニックで小気味いい。
ビートルズを始め、ピストルズ、スミス、ローゼズ、オアシス全てアイルランド移民のフロントマンが率いていることはイギリスという国の素晴らしさであり同時に闇でもある。 -
Posted by ブクログ
2010年代の英国のリアルがわかる書。音楽事情や詳細な政治事情と絡めて書いてあるので、疎い私には少し難しい部分も多かったが、日本と似通った部分もあって皮肉的だ。
p.49 ロンドン北部の公営住宅で育ったAは、「彼は人を幸福にはしないが、人生における選択肢を与える。その選択肢の有無が、階級と呼ばれているものの本質だ」と言ったことがある。同じような境遇から出てきて、世界のありとあらゆるものを呪詛したジョニー・ロットンに若き日のAは強い共感を覚えたらしい。
p.96 が、唐突に、しかしさりげなく「Never mind the idiots」と言うだみ声が降車する彼女の背後から聞こえてきた。
p.118 彼女たちの歌声には、どうしようもない温かみがある。すぐ男とか愛とかに負けてしまう女の、ぬくもりがあるのだ。
p.127 「ポリティクスと言うより、ピープルなのよ。自分でものを考えられる人間を作るのは、インフォメーションとエディケーションだ。私の国では、一方を遮断されてもう一方は腐っている」
p.160 やはりあの「死ね」は、「I hope you are dead」や「I wish you were dead」に1番近いのかもしれない。というのも、風船はディズニーワールドに似合うからだ。が、いくら色とりどりの風船に描かれた「I hope you are dead」でも、そんなものをフワフワさせられたら、英国では警察に捕まる。
この国でその方面の方が確立されているのは、「人として」とか「恥ずかしい」みたいなセンチメンタルなことではない。そうではなく、レイシズムやヘイトスピーチによって、実際に人が刺されたり、死んだりしてきた歴史があるからだ。ディズニーソングだって、あまり執拗に繰り返されれば、ミッキーマウスの頭をかちわりたくなる人が出てこないとは限らないし、ミッキーマウス軍団の中に突然変異が現れ、「氏ね」から「I will kill you」に転じる人が出てくる可能性もある。
実際に人が刺されたり、死んだりしてきた英国のレイシズムの歴史にしたって、今でも続いているのだ。ロンドン暴動のボタンを思い出してみると良い。「シネー」、「シネー」の風船を軽視してはいけない。私、個人は、わが国も、わが祖国のやり方で、ついにこの獣の道を歩き始めたのだと思っている。
p.187 実際、音楽界やジャーナリズムなどの、昔は「ワーキングクラスの賢い子供たち」が貧民街から脱出できるルートを提供していた業界が、現代では中流・上流階級のエリートたちや、業界人の2世たちに占領されていると言う。「パパやママがいなかったら、コラムニストになんてなれたはずもない。退屈な二世ライターたちの台頭は、現代社会の深い極まりない犯罪の1つだ。そういうライターの親に限って、「仮想の子供たちが一生懸命に勉強して、“きちんとした仕事“につきなさい」などと新聞に書いている」と、バーチルはこの状況を売れる。
つまり、この説で行けば、英国のソーシャルクラスは、昔よりもいっそう強固になっていると言うことであり、階級間の流動性がなくなっていると言うことだ。おぎゃあと生まれ落ちる環境や階級によって、人間がつく仕事(あるいはつかずに生活保護をもらう)と言うものは既に決定されており、貧者のサクセスストーリーがありえない世の中になったと言うことだ。自らworking-classの出身であり、17歳で「NME」のライター募集に応募したことから、かけてとしてキャリアをスタートさせたバーチルは、「世襲の法則が、私たちの生活のあらゆる部分で勢力を伸ばしている」と書く。言うまでもなく、「世襲の法則」の最たるものが王室であるので、王室をCelebrateする事は、世襲の概念をCelebrateすることだと言えるだろう。
p.190 それ故、PRだのスピンだのといった醜い手練手管を尽くしてトップまで登っていく政治的指導者より、世襲の法則によって、最初からそこにいる王室のメンバーの方が美しい。国が栄えている時も、苦しい時も、彼らの1族は、時代を超えて国民と共にいた。などと言う心境に国民が落ちているとすれば、それは大変に不健康であり、危険も言えるだろう。
なぜなら、世襲のものを価値あるものと崇める事は、伝統を愛することではなく、生まれ落ちたコンディションで人間を判断し、縛ることを肯定することだからだ。「モナキストであること、つまり、ある少数の人間のグループが、生まれながらにして、他の人々より尊敬される資格を持っていると信じる事は、レイシストであることと、同じ位歪んでいて、異様だ」とバーチルを書いている。ある人間が、なぜモナキストに反対するのかと言う理由を、これほど鮮やかに書いた文章を、私は他に読んだことがない。
p.209 私の祖国には、日本人離れしたものを、妙に崇める風潮がある一方で、本当に身近に存在する日本人離れしたものを凝視し、排他する傾向がある。
p.219 確かに、「お金持ちが天国に入るのは、駱駝(らくだ)が針の穴を通るより難しい」と言った時ジーザスいきなり市場を破壊したこともある位だから、キャピタリズムは大嫌いだっただろう。
しかし、キリスト教だけではない。「どんどん強力になることを生きる目的にしなさい」とか「勝つことが人間の神の存在意義です」とか言う教義を唱える、殺伐とした宗教はまずないだろうから、本来、宗教と言うものは反キャピタリズムだ。
社会主義や宗教には、政府や神といった号令をかける人がいて、「みんなで分け合いましょう」とか「止めるものは貧しい者を助けましょう」と叫ぶ。私は保育園に勤めているが、大人が幼児に最初に教え込まなければならないのは、排泄と「シェアリング」である。英国の保育施設に行くと、保育士が「you must share」と5分おきに叫んでいるのを聞くだろう。つまり、人間と言うものは、本質的に分け合うことが大嫌いなのであり、独り占めしたいと言う本能を持って生まれてくるのだ。そう思えば、キャピタリズムと言うのは、人間の本質に最も忠実な思想である。本能に任せて、生きる人間の社会が「you must share」と叫ぶ。保育士がいなくなった。保育園のように、ANARCHYになるのは当然のことだ。
p.256 サバイブするのは、必ずしも幸運なことではない。だからこそ、別れ際に為替挨拶は幸運を祈る言葉なのかもしれない。
p.323 グリッドグリット(Brut Grit)と言う私の好きな言葉がある。ネットで見つけたある写真にこのタイトルが付いていて、それは野外でピクニックコンサートを楽しんでいる。英国人の群れを背後から撮ったものなのだが、全員が傘をさして、足元はびしょ濡れ。と言う構図に思わず笑ったが、「英国人の逆光を生き抜く気概」を意味する。この言葉は、UKの真骨頂である。どんなに状況がひどくても、腐っていようと、救いが無かろうも、彼らは生きている。クソのような逆境をクソと罵りながらたくましく生き抜いている。私が英国について書くのやめられないのは、多分このブリットグリットに魅せられているからで、そこに何か懐かしいものを感じるからだ。
ジャパニーズグリットと言うのもないようでいて、ある。身近なところで言えば、うちの親父のような日本人の生のスタンスがそうであるし、劇的に変わっていく時代には、そのグリッドが再び光を話し始めるだろう。アナーキーな社会というのが、ロマンチックな革命家が夢見たような世界ではなく、すべてのコンセプトや枠組みが風化した後の無秩序& 無方向のカオスだったとすれば、そのアナキーを生き抜く人間に必要なのはグリットだ。ファッキン・ノー・フューチャーと罵りながら、先に踏み出せる、グリットだ。そんなことを考えている。
私の前に広がっている9月の空は、どんより沈み、吉田は曇天である。ざわざわ雨が降り出してもおかしくない。そしてお約束のように、暴風も。 -
Posted by ブクログ
2014年〜2021年にかけての混迷するイギリスの状況を、労働者の生活から鮮明に捉えた鋭い考察と社会批評。
この時期のイギリス国内を表す事柄として、ブレグジットをはじめ、緊縮財政下における広がる格差や子どもの貧困、徹底的な自由市場化で能力主義礼賛による社会の屋台骨を支える労働者の軽視など、日本のメディアではあまり知ることができない現状が、著者のブレディみかこ氏が普段の生活で直面するリアルなものとして書かれている。
もちろんこういった流れはイギリスだけではなく他の先進国でも見られる問題で、日本でも少なからず同じような現象は起こりつつあると思った。
緊縮財政がイギリスの社会にもたらした多くの問題を見ると、自由な市場における競争は格差を助長させるがままとなり、良い方向にはいかないのではないかと考えるようになった。