「黒い匣(はこ)」とは、管理者側もその全容を理解できないほど巨大で多くの人に影響を多大に与える重要なシステムのこと。
金融工学者が複雑化し続けるデリバティブを隅々まで把握できないことや、グローバル銀行、グローバル企業のCEOが自身の所属組織の全容と影響力を把握しきれないなどが”「黒い匣」と権力者の
...続きを読む関係”にあたる。
「陰謀論」では「黒い匣」の中で権力者らが「お主も悪よのぉ」と不敵な笑みを浮かべながら公共善と弱者搾取のための悪巧みをしていると語られがちだが、政府関係者やIMF高級官僚たち、グローバル企業の幹部たちの多くは職務に真面目に取り組んでいるし、結果的に公共善を毀損し弱者搾取になっていたとしても自分たちがそれに加担しているという自覚がないのが現実だ。日本人の多くがペットボトル飲料を飲んで捨てることが中国やマレーシアにプラゴミの山を生んで環境破壊に拍車をかけているのを知らないのと同様だ。
ただ、「黒い匣」の中の人々は、インサイダーの一員である自覚はある。例えば政治家から偏向記事を依頼されたジャーナリストであれば、その仕事を拒否すればその政治家とのパイプが切れて「黒い匣」から追い出されてしまうことを知っている。こうして「踏み絵」や「毒まんじゅう」などでインサイダーかアウトサイダーかを常にテストされ、インサイダーとして認められる術も心得ている。一度アウトサイダーとして追い出されると、裏切り者としてインサイダーからの総攻撃のリスクにさらされることも知っている。
本書は、2013年のギリシャ金融危機の時に財務大臣を務めたヤニス・バルファキスが、インサイダー側のEUやIMF、欧州中央銀行、独仏政府を相手に、ギリシャ国民を守るためにアウトサイダー側に立って戦い抜いた回顧録だ。
一方こういう告発に対して、インサイダー側からはヤニス・バルファキス個人やギリシャの怠惰な国民性、当時の政権へのスキャンダラスな叩き記事で感情論に訴えて、彼らは信用に足りない、との印象操作が怒涛のごとく連打されることもコンテンツ消費者としては留意しておきたい。つまり、政治に関係のないスキャンダルや証明できない情緒的な叩き記事などで騒がれている政治家は、インサイダー側から総攻撃を受けるほど「仕事をしている(既得権益と戦っている)」というシグナルなのである。