あらすじ
いまここの向こうの「その世」に目を凝らす詩人と,「この世」の地べたから世界を見つめるライターが,1年半にわたり詩と手紙を交わした.東京とブライトン,老いや介護,各々の暮らしを背景に,言葉のほとりで文字を探る.奥村門土(モンドくん)描きおろしイラストを加えての,三世代異種表現コラボレーション.
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
対話というよりは、お互いにセレンディピティを取りに行っているような、交差するようでしないような感じが良い。
冒頭の谷川さんのブリティッシュ・ユーモアの返しがセンスあり過ぎる。
Posted by ブクログ
谷川俊太郎さんとブレイディみかこさんの一年半に及ぶ往復書簡
みかこさんの散文に、谷川さんが短めの文章と詩でお返事する。
といったスタイルでしょうか?
とは言え、みかこさんからの問いはあまり気にせず、好きに返事を書く谷川さん。
自由で軽快なやりとりのおかげで、こちらも肩の力を抜いて文章を楽しめる。
しかし、あくまでも〝手紙〟なので当然だが相手に向けて書かれた文章で、そこには敬意が感じ取れるのが素敵。
谷川さんの詩より
「この世とあの世のあわいに
その世はある」
──【その世】より一部抜粋──
「この世は他人だらけである
他人でないのは自分だけだと思うと
寂しい」
──【自分だけ】より一部抜粋──
Posted by ブクログ
とっても軽快で面白かった。
谷川俊太郎はもう言わずと知れたレジェンドで
ブレイディみかこは両手にトカレフをいつか読みたいと思ったまま..この作品が初めましてな作品になった。
谷川俊太郎へ手紙を書く...
って凄いなって単純にとっても俗な感情で。
もちろんそれがファンレターでどこの誰とも分からない面識もない読者がただ個人的に宛てるものなら簡単かもしれないけど
作家として仕事として書くっていうのはスゲー!
のっけからの谷川さんの「あるとない」の詩から
ユーモアは正しく無邪気なものでないといけないという世界的な風潮や
みかこさんの住む英国のブリティッシュユーモアについての説明でもうぐいぐいみかこワールドにのめり込んでしまった
その後の谷川さんの返信文もキレッキレで!
とか書く自分の言葉の乱暴さにげんなり..してしまうくらいに
手紙のやりとりはとても丁寧で無邪気なおふたりがとっても新鮮に感じられました
その後もみかこワールドはセックス・ピストルズやビートルズなんとドストエフスキーまで登場する...
そのあとのちょっと内容についていけなかった感じの谷川さんの返信「その世」が完璧にこの本の核になっているから不思議でしょうがない!
少なくとも私にとって「その世」は音楽を浴びたあとの気持ちにビタ沿いしてくるものだった
そして初めて聞いた「トランスヒューマン」
もうここまでいくと映画化してほしいレベルの
イヤ、映画化されているような気もするけど
体があることの不自由さから解放された世界のこととかデータとして生きること
内と外からデータと幽霊という独特な世界観(みかこワールド)
でもエネルギー不足で停電したらデータより幽霊が強くね?って相手に思わせる前に書いてしまう人間性にも思わずニヤつく。
ページをめくるとバッと描いてある絵も
久々に好きな感じだなーと思いました。
谷川さんの「好き嫌いの判断を、知的な善し悪しの判断よりも信用している気配が私にはあるんです。」というところがとっても好きです。
私もあーだこーだより好き!でいいんだって思って生きていきたい。
そして最後にこの本に掲載されている谷川さんのたくさんの詩...最後の1行がどの詩もとってもステキ!!!
Posted by ブクログ
内容もとても面白いのだけど、谷川俊太郎さんの詩が読めたのが何よりも良かった。
「この世とあの世のあわいにあるその世」というものがどこか知っている、と誰もが思うのではないかと感じた。
「ここではない世界で、行ったこともないのになぜか知っている場所」とか、なんとなく懐かしいものが詰まっている。
消費の現代の我々には幽霊になる体力はない、という部分に笑いながら深く頷き、イギリスの若者の「人類は少しずつ体を失っていく途上にあるのだから」というトランスヒューマニズムのポジティブさににやりとしたり。世の中どうなるのでしょうね。
人は、どうなるのでしょうね。
トランスヒューマニズム、その世の生き物なのかな、人の形を必要としないことは私にもとても便利で素敵なことのように感じる。「体がなければ病気も怪我も老いもない。人間が体を持っていることは人間に苦しみしかもたらさない」。
でも、「ぬくもりや体感に対する郷愁をどうするのか、必要なくなるのか」、とプレイディさんも仰っていた。どうやって生まれてどうやって育つんだろう。面白い。
プレイディさんのお母様の予期せぬ遺し物もかわいらしい悪戯好きの少女のようで、私も是非そうなりたい、と強く拳を握ったのでした。
Posted by ブクログ
【目次】
邪気の「あるとない」(ブレイディみかこ)
萎れた花束(谷川俊太郎)
Flowers in the Dustbin(ブレイディみかこ)
その世(谷川俊太郎)
青空(ブレイディみかこ)
座標(谷川俊太郎)
詩とビスケット(ブレイディみかこ)
現場(谷川俊太郎)
淫らな未来(ブレイディみかこ)
気楽な現場(谷川俊太郎)
秋には幽霊がよく似合う(ブレイディみかこ)
幽霊とお化け(谷川俊太郎)
ダンスも孤独もない世界(ブレイディみかこ)
父母の書棚から(谷川俊太郎)
謎の散りばめ方(ブレイディみかこ)
笑いと臍の緒(谷川俊太郎)
ウィーンと奈良(ブレイディみかこ)
Brief Encounter(谷川俊太郎)
Posted by ブクログ
こんな風に文章のやり取りができたら素敵だなぁ,と素直に思った.
大好きな二人の手紙のやり取り.
・・・「鋼鉄爺さんvsパンク姐さん」笑
僕の中では谷川俊太郎さんは「鋼鉄爺さん」だし,ブレイディみかこさんは「パンク姐さん」なのだ.
谷川俊太郎という人は,本当に不思議だ.
とても優しく,含みを多分に持ち,いくらでも解釈できる余白を残した詩を書く.
なのにその奥には,社会を見通す鋭さと,人間への冷静な観察がある.
人間という生き物を,どこか冷徹に捉えている.
そして最後には必ず,「それでも生きろ」と言う.
ただ漂って生きていればいいわけじゃない.
しなやかに,鋼の魂で生きろ.
そんな檄を飛ばしてくる.
だから僕の中ではどうしてもメタルな感覚になってしまう.
優しい言葉の奥に,鋼の芯が通っている.
一方のブレイディみかこさんは,相変わらずパンクだ.
地べたを這う生活者としての怒りや違和感を,力強く言葉に紡ぐ.
思想を語るときでも,必ず生きる者の感覚を手放さない.
現実の泥の中から,言葉を引きずり出してくるような強さがある.
そんな二人が語る「あの世とこの世」.
音楽,人生観,死生観・・・
あの世の代表=谷川俊太郎?
この世の代表=ブレイディみかこ?
え?なんて大変失礼かつ不謹慎なことを思って,ちょっとニヤニヤしながら手に取った一冊だったけど・・・
読んで良かったなぁ.
ますますお二人が好きになりました!
人を思い,自分を思い,言葉にする.
出来そうで出来ないこのシンプルな難題に,二人はまったく違う方法で答えてくれている.
メタルとパンク.
方法論は違うけれど,どちらも同じ方向を向いている音楽だ.
お二人のやりとりは,言葉という楽器でセッションしているのを見ている気分だった.
この往復書簡は,論争でも対話でもなく,
生きることについての熱い共同戦線のように僕には映った.
こんな会話を続けながら歳をとれたら,きっと悪くない人生だと思う.
Posted by ブクログ
谷川さんの関わるものは、詩集以外にもいくつか、触れたことがある。
エッセイや対談等々、それぞれに発見があり面白い。
ブレイディみかこさんの作品も、読んだことがある。この取り合わせはちょっと不思議で、どんな化学変化が起こるのかと興味があった。
往復書簡の体裁を取るやりとりで、谷川さんからの返信にはいつも、詩が入っている。詩という形が、彼にはきっと一番、自分を表現できるツールなんだろう、というよりも、彼自体が詩の一部のような感じなのかも、と想像してしまうようなやりとりだった。
何かを論じるというのでもなく、と言ってブレイディさんが無理に合わせるというのでもなく、それぞれの発したものにそれぞれが、それぞれの感性で受け取ったものをそのまま、反射して跳ね返したら、また違う光が予想もしないところから当たって違う色を見せてくれるような。
ブレイディさんのエピソードは、なんとなく、うんうん、そうだろうなぁ、という感想。対する谷川さんの反応は、これまで読んできたものから私が勝手にイメージしていたものとはちょっと違って、意外で、面白かった。
ゆるやかなちぐはぐさが却って、2人をそれぞれに際立たせているような気がする。
なんだか、新たな谷川さんに出会えたような気がして、これまで出会ってきた作品とも出会い直せるような気がして、嬉しくなった。
Posted by ブクログ
不思議なリズム感に引き込まれてあっという間に読んでしまった。
ブレイディさんが書かれていた
「ケアとは他者と一緒にダンスを踊ることかもしれない。」「体に沈む」という言葉と谷川さんの「その世」という詩が、自分の体に深く沈んだ。
自分に重なりつつも、すっと離れていく感覚が楽しい一冊だった。
Posted by ブクログ
時間、空間を超えてさまざまな現場を自由に飛び回る、おしゃべりで“しなやかな黒猫”のようなブレイディさん。それを温かな眼差しで「言葉にしか現場のないわたしは劣等感を抱いてる」と子どものような素直さで机上で紡いだ詩で応える好々爺、谷川さん。本質に迫るアプローチもアウトプットも異なるけど、表現の奥にある魂は一緒で、その“あわい”の世に引き込まれそうになるのをもんど君の挿絵が“この世」に引き戻してくれる。「うりゃ〜なんとかなる」が個人的な座標としては好きかな…。先日、再放送で観たETV特集「ぼくは死んだ」も感動したが、谷川さんのリクエストに応えたもんど君、大変だったろうなあ。
Posted by ブクログ
先月逝去された谷川俊太郎さんと、個人的に大ファンなブレイディみかこさんの往復書簡。
ジャンルは異なれど物書きとして一流であるお二人、ただの読書好きである私との次元の違いを思い知らされました。
谷川さんはご自身で散文が苦手と仰っており、なるほどブレイディさんへのお返事もかみあっているのかいないのか凡人には判断が難しい部分もありますが、添えてある詩は当然ながら素晴らしいものでした。
タイトルにある「その世」とは谷川さんの詩によると
「この世とあの世のあわいに」あり
「騒々しいこの世と違ってその世は静かだが あの世の沈黙に与していない」そうです。
「その世のつかの間に人はこの世を忘れ 知らないあの世を懐かしむ」とのこと。
これに対する返信でブレイディさんが彼女の言葉で「その世」を表現しており、ここまで読むと私にもははぁ、なるほどあの感覚かと理解できたような気になれました。
老いや介護、音楽などお互いの暮らしを背景にやり取りされる手紙たち。
私が彼らの意図するところを全て読み解けているか自信がありませんが、何とも面白く良いものを読んだなという満足感があります。
他の作品からは窺い知れない側面を垣間見られたようで幸せでもありました。
また、谷川さんの晩年の思いや様子も少し知ることができるのですがそれは何とも切ないものでした。
特に印象に残ったのは
「この世は他人だらけである
他人ではないのは自分だけだと思うと
寂しい」
という谷川さんの詩の一部。
改めてご冥福をお祈りします。
Posted by ブクログ
谷川俊太郎さん、2024年11月に亡くなられました。
作家のブレイディ・みかこさんとの往復書簡を収録したもの。両者の感性の違い、性別や年齢の違いが浮き彫りにされる。
あの世、この世の間に、「その世」があるのでは、というのが斬新だった。
Posted by ブクログ
谷川俊太郎さんも旅立たれました。
偶然、このタイミングで手元にあったこの本。
何かの縁かな。
きっと「その世」にいらっしゃる頃だろうと思いながら読んだ。
谷川さんとブレイディさんとの手紙のやり取りで出来ている本。タイムラグがかなりあるようで、噛み合っているような、いないような…
でも、そこがいい味わいになっている。
お互いの言葉にインスピレーションを得ながら、自分の言葉を紡いでいく。
ジャンルは違えど、言葉に関わる人ならではの感性で、面白いなと思った。
谷川さんの詩集も改めて読んでみようと思う。
Posted by ブクログ
言葉のセンスに秀でた(というのもヘンだけど)おふたりだけに、このやりとり、なんだかすごくよかった。読んだだけで自分もお二人と同じような目線までいけたかのような気がしてしまった。
あと、表紙もとても良い。
Posted by ブクログ
特に前半、谷川さんが誰と話しているのかわからなくて不安になったけど、現場の話くらいからこの世に戻ってきてくれて良かった。文章はもちろんお二人ともとても面白いです。
ブレイディみかこさんのお話は、他者とのやりとりを具体的に想像できるので、自分ならどう考えるのか、どう答えるのかと考えながら読めました。
Posted by ブクログ
二人の著者による手紙のやり取りが、繋がっているようで、ずれているようで、相手のことを話しているようで、自分の内面だけを曝け出しているようで、不思議なやり取りだった。
Posted by ブクログ
韻文と散文、年齢も性別も違う、生きてる場所も大きく違う二人の手紙のやり取り。言葉のキャッチボールが気持ちよくされているというよりは、何事も否定しない大きな他者に対して独り言を投げかけているような、そんな感じ。とくにみかこさんは、人生の大先輩を前に持論を語り、深めていったようだ。
「その世」あの世でもこの世でもない不思議なところ。あの世のこともこの世のことも考えたくないときにさまよいたくなる場所。肉体を失った未来の人間トランスヒューマン、ヒトラーの生まれた時代と場所、・・・・いろいろなことを考えさせられた。
Posted by ブクログ
ところどころに刺さる言葉が。そしてそこはかとないユーモアが。二人のお人柄なのでしょうか。
p93プレイデイさんの「幽霊って元気ですよね」に吹き出しました。しかしその理由(?)言われてみると確かに。
生きてる人間は日々起きてくるアレヤコレヤに対処するだけでだんだん一杯になって行き、余程のことでなければそんなにねちねちじっとりと恨んだり妬んだりを持続できなくなってくるように思います。特に年取ってきたら(笑)
何事にも体力がいるというのは本当に実感しかない今日この頃で。それどころじゃない、からそんなことどうでもいいになってくるというか。
p132谷川さん「生きる上で意味のない笑いがもしかすると訳ありの涙より強力である証」という言葉もこの一遍の中では流れるように読めてしまう一節ですが、なかなか大事な真理のような気がしてならない箇所です。
奥村門土さんという絵描きさんを知りませんでしたが本書で知ることができたのも良かった。上手い下手より感性で描いていると感じます。お若い人なのですね。
谷川さんの最後の詩に絶対的な個というようなものを感じます。孤独ともちょっと違う。孤独には感情が入る余地を感じますがこの詩には乾いたものを感じます。(ビールとか妻とかウェットを感じさせる言葉は出てきますが)
他人ではないのは自分だけ、というのは言葉にすれば当たり前なのだけど誰とも取替えのきかない、どんなに親しくても愛していても信頼していても成り代わることは不可能な絶対の一つと考えたらなかなか壮絶なものがあります。(かけがえのないという言葉はありますが、その言葉はここではウェットに感じられます)
アタマで意識することはあっても、実感としてそう感じることは日常ではなかなか稀なのではないでしょうか。日々そんなふうに感じていたら生きるのがしんどくなってしまいます。
この詩を読んで、谷川さんはまさに本書でいう「その世」へ向かいつつあるのかもと感じました。
トランスヒューマンなどという考え方が若い人の中に生まれているんですね。
驚きました。肉体が存在することの苦しみ、身に沁みるというよりは体に沈むと表すほうが馴染むと感じること、幽霊は足がないけどおばけは足があることなどの本書の考察(?)を通じて体がなくなって心と思考だけの存在になるというトランスヒューマンについて考えてみたけれども、自分にはとりとめなさすぎて想像できませんでした。
逆に死なないことの苦しみもあるのではと思いましたがどうしたっていつか死ぬ生身の私では想像できなかった。
自分の生きてる間には多分実現しないだろうなと安心して思考停止しようと思いました。
Posted by ブクログ
本書は、「図書」連載「言葉のほとり」(2022年3月号~2023年8月号、岩波書店)に、奥村門土さん描きおろしの挿画を加えて書籍化した、谷川俊太郎さんとブレイディみかこさん、お二人の往復書簡を収録したものになります。
とは書いたものの、私、ブレイディみかこさんの著書を読むのは初めてで、タイトルはよくお見かけするから知っているのですが、中々、読んでみようという気にまでならなくて、本書については、猫丸さんのおすすめがあったことと、谷川さんと往復書簡するのだから、さぞ凄い方なのだろうなと思っていたら、その通りでした(笑)。
ということで、まずはブレイディさんについて、書いていこうと思いますが、何度も実感させられたのは、27年間英国生活をされている、ご自身の実体験に基づいた多種多様な知識や視野の広さで、それは『ブリティッシュ・ユーモア』から端を発した、世界に於ける、様々な表と裏が存在することの正常性であり、中でも私の心にいちばん刺さったのは、『正邪の双方あってこそ人間』のフレーズで、それは、お母さんを亡くされた彼女が、気分を変えるためのウィーン旅行で初めて知った、若かりし頃のヒトラーの面影からも感じられて、ヒトラーも生まれた瞬間からヒトラーでは無かったことを、何となく予想出来たのではなく、史実で知ることによって(ウィーン美術アカデミーでの、エゴン・シーレとは対照的な顛末)、初めて腑に落ちた、この説得力も伴ったスッキリ感が、なんかいいなと思わせる感覚に、改めて彼女が保育士をされていたことを実感いたしました。
また、それとは別に、今度は表と裏のような対照的ではあるけれども、それを問題視した彼女ならではの独自の考察も印象的で、それは、ドバイの実情から地球温暖化の未来へと思考を広げた結果、社会の貧富の差は『上と下』ではなく『内と外』に分かれるのかもといった点や、皮肉や風刺も感じさせる『忘れられない幽霊とすぐに忘れてしまう人間』、更には、『常軌と常机』といった言葉遊びの巧みさまで、そこには文筆業を生業としている彼女ならではの視点の面白さが、とても新鮮でした。
そして、谷川さんの詩が元となった、タイトルの『その世とこの世』について、この世は、まさに今生きている世界だけれども、その世に関して、谷川さんの詩の内容は勿論ですが、ブレイディさんの『音楽の「これだ」って感じる瞬間』や、『自分が本来いるべき場所っていうか、行ったこともないのになぜか知っている場所』に、特に共感を覚えて、音楽を聴いている時に、ふと感じる「これだ」感というのは不思議なもので、根拠も無いのに、なぜ「これだ」と思えるのか、おそらくそこには、この世ではない別の世界の入り口があって、一度入り込んでしまうと、そこから現実に帰りたくないと感じてしまう、なぜならば、そここそが自分が本来いるべき場所だからであり、しかも、なぜか知っている場所にもなり得る、そんな神秘的な要素が人間にはあるということが、不思議でありながらも魅力なんだと思わせた、それは谷川さんがよく仰られる、詩と音楽との密接な結びつきがあるからこそ、このタイトルなんだろうなとも感じられた、そこには、まるで世界の謎を一つ解いてくれたかのような、大きな歓びを感じました。
続きまして、谷川さんですが、ブレイディさんとはまた異なる広い視点の中にもあった、確固たる自己的存在感の印象が強く、それは、ディーリアスやビートルズを挙げながらの、『好き嫌いの判断を、知的な良し悪しの判断よりも信用している気配』での、その世への前触れとも思える感覚や、「漱石調」の詩の、『時に先立つものはと考えて そんなものは何であれ 言葉の上にしかないと思った』に於ける、言葉への多大な信用性を示しながら、未だ変わらず、それを拠り所にしているところに、彼の生涯現役の精神性が宿るのを感じながらも、後半の詩に見られた、日常のすぐ目の前にあるものをそのまま掬い取ったかのような、生々しくもあっさりとした臨場感には、老後の未知なる世界を垣間見たようでもあり、そこに却って、私は心強く感じられるものがありましたが、高橋源一郎さんの『ブレイディさんのお便りに、ちっとも応えていない』には、確かにと、私も思わず笑ってしまった親しみやすさも、さすがのお人柄だと感じました。
そんなお二人の対照性として、谷川さんが現場に擬えたものを掲載すると、谷川さんは『言葉にしかないような気がする』、ブレイディさんは『言葉の上だけでなく、具体的事実として存在している』がありますが、実は共通性も二つありまして、一つは『自分と他者を明確にされていること』、もう一つは『自然の成り行き任せ』といった、これまた対照的であるのが、人間の複雑さを表しているようで面白いですよね。
前者について、谷川さんは『自分以外は全て他人である』ことを、元奥さんにも感じ取ったことによって、一抹の寂しさも醸し出しているように思われたのが、私にとっては痛みとも思え、ブレイディさんは、母の介護で初めて、母であっても別の体をした人間に過ぎないことを実感させられたことから、『自分は他者じゃないという認識の基盤になると思う』へと辿り着いたことが印象的でした。
また後者について、谷川さんは、その年になって初めて体験することであっても、それが『自然の成り行き』に感じられた点に見られた、そこまでの長き人生の歩みを経ることで、ようやく訪れた人間の神々しさとも思え、ブレイディさんは、生きる為の原動力となっている言葉、『なんとかなる精神』で、一見、運任せのような言葉にも思えますが、彼女の場合、これまた実体験にとても説得力があり、その空港での二つのエピソードには、確かになんとかなるものだね、と驚かされた、実際にやろうとは中々思えない、逼迫感の伴った破天荒ぶりも魅力と感じ、このように対照的でありながら似通った共通点もある、お二人の往復書簡には、独自の視点による新たな世界の姿や、人生にとっての大切な一欠片を、そっと見せてくれた、まさにお手紙ならではのプライベート感がありながら、今の世界を生きていくために大切なこともたくさん教えてくれて、下手な自己啓発本よりも、きっと得るものが多いと思います。
それから、最後に奥村門土さんの絵については、本編の谷川さんの詩の世界を、独自のタッチで描いている点に惹き付けられて、「まどろみから」の、海とも宇宙とも見える魚たちの絵も印象的でしたが、「これ」の、老練さを感じさせるタッチには、この若さでこんな風に描けるんだなといった、ここにもあった、まるで『自然の成り行き』で、そうなりましたみたいな印象に驚いたと思ったら、もしかして、表紙のこれも・・・最初は写真だと思い込み、読んでいる間もそう思っていたのが、読み終えて、改めてよくよく見ると、なんと、これも絵だったことに仰天し、モンドくん凄いなーと、感嘆せずにはいられなかった、まさに三世代の異種表現コラボレーションでございました。
Posted by ブクログ
ページの余白や行間が多くとってあるため文量は少なく、かつ、非常に読みやすい日本語なので、サッと読める。
ブレイディさんが書いた手紙を谷川さんが受け取り、谷川さんは受け取った手紙の一部からとあるテーマへと話題が広がる返信&詩を送る。
それを受け取ってブレイディさんがまた別の話題へと展開する手紙を書く、といったやりとりで、往復書簡だけれども、明確に返事しあってないところが興味深い。
詩というものは私にはあいまいで、メッセージを伝えたいのか、情景を描いているのか、それとも気持ちの吐露なのか、よくわからない(谷川俊太郎さんは好き。PEANUTSの翻訳が最高)。
にも関わらず、この書籍を読んでいると、なぜだか心が落ち着く。
数ページ読むだけでも、心が落ち着く。
家事、双子育児、ささやかな仕事でバタバタしている私にとって、日々この数ページを読むことで、私の心を落ち着かせてくれたことに感謝。
Posted by ブクログ
「静かだが、沈黙に与していない」…日々過ごしていることは命の果てに近づくことでもある。寿命が尽きたその後は、「この世」に自分はいなくなる。「あの世」に行きつくその前に、”That”でも”This”でもなく、「その世」がある。とどまることのできない、つかの間の時間。視覚も触覚も使えない。聴覚だけが働く。音楽が大気に包まれて統治している。…半世紀と少し生きてきた「散文の人」が問いかけると、一世紀近く生きてる「詩人」が詩を送る。ウィーンのヒトラーの話を持ち掛けると、「他人だらけ」と応答し、二人は書簡を終える。
Posted by ブクログ
谷川俊太郎さん×ブレディみかさんの対談ではなく、文通という形式が密やかな感じでよかったです。
2人の話題は時に絡まり、時にそれぞれの方向へと向かいながら、自由に進んで行きます。
どちらも好きな作家さんなのに、同じ日本語なのに、こんなにも違う二人の紡ぎ出す言葉を噛み締めました。
Posted by ブクログ
「その世」という言葉に惹かれ書店で手に取った
谷川俊太郎さん、ブレイディみかこさん
お二人とも大好きだし
往復書簡であるがそれにこだわりなく
手紙を綴っているのが とてもいいなあ
返信のようでもっと自由で
それでいて相手への敬意が伝わってくる
とてもいいなあ
出会わず、それぞれの暮らしを背景に重ねた
詩と文による言葉の逢瀬
とある
はさまれた絵がグッとくる
≪ 時々は あわいの世界を 訪ねたい ≫
Posted by ブクログ
谷川さんがブレイディさんの手紙に応えていないという指摘を第三者から受けていたのはちょっと笑った。
あと人間は体があるから飢えや貧困が発生して苦しい、体を無くしてデータ化することで争いを無くししあわせになれるという考え方が英国の若者の間で流行っているとのことで、かなり極端で宗教っぽいな…と驚きました。
音楽を聴いている時など、自分がこの世から少し離れた感覚になるのを「その世」と表現している。
「あの」「この」は英訳できないけど「その」はできない(あのと同じthatになるか、別の表現になる)。
日本語の複雑さ、寛容さ…言葉について考えさせられました。
普段詩に触れることが無いのでよい感覚を味わえました。
Posted by ブクログ
みかこさんが谷川さんのお手紙をしりとりしながら繋いでいるような
不思議な手紙のやり取り
お互いの感性や知識力は素晴らしく
でも詩が苦手な私は
声に出して読んでみても時としては置いてきぼりに。
それでもその世のありかや
トランスヒューマンの考え方を知ったり
老いや母親との関係にハッとさせられたり
有意義な時間を持てました。