西加奈子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
面白かった。
妻に自分の子ではない子供を妊娠されてしまう靖男があまりにも可哀想だった。なんだか自分では上手く立ち回っているつもりなのに結局は空回りしてて挙句自分がわからなくなっちゃう、多かれ少なかれそういう事って人生の中でよくあるよね。
この奥さんも大概変わった人だけど女の人ってだいたいこんな感じだよね。まさに膣で考えてるってかんじで。
でもそんな事よりもみどりのと合わせて読んでみるとなんの関係もないと思えるような人たちも物語の中でも外でも世界の人たちって結局はどこかで繋がっているんだなぁと思うとなんて壮大な物語なんだろって思ったしなんだか世界っておもしろいなぁと思った。
そしてなんとなくハッピーエンド?で良かったと思った。 -
Posted by ブクログ
夫の名前がムコで、妻の名前がツマという夫婦。
都会から田舎に移り住み、
その季節の移ろいの中での暮らしぶりを綴っていく小説。
やがて岐路に立つ、ムコとツマ。
著者・西加奈子さんの考える
「これがたぶん、いやきっと正しい生活」っていうのは、
僕にも「賛成!」と諸手をあげられるようなイメージです。
彼女の真正面性って本当に真正面だと僕は思う。
人それぞれに共通する「真正面への向き方」がここにあると思った。
複雑さを捨てて因数分解して出た「真正面へ向く姿勢」がある。
そういう精神が根底にあって描かれた世界のように僕は感じました。
ツマの文体、ムコの文体、
そしてクライマックスで盛り上がったときのそれぞれの文体とその密度。
書き分けと濃淡と。
総じて繊細ながらもあっけらかんとして、
そして著者の、
「エンタメとして、書き手の真剣さを感じさせないために用いた技巧や気遣いの中での、
読者の前から消し去って見せないでいる真剣さ」を感じました。
また、ちょっとネタバレになるかもしれないですが、
ツマさんの心が危うい感じになっていって、
でもクライマックスで起こる奇跡にシームレスに通ずるようにそれが繋がっていて、
あたかもそれは「もろ刃の刃」の負の面から見せられて、
そこから表にひる返して正の部分で終わるような感じがあって、
それでいてその紙一重さが出てるのがなお好かったです。
なかなかの長さの小説ですが、
読んでいると凝りがほぐれるようなところがありました。
好かったです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ39歳の中間管理職・靖男の、突然妻が他人の子を宿す話と、2039年、衰退しつつあるプロレスで、無敵の王者を誇るアムンゼン・スコットの物語が交錯するように進んでいく。
最後は二人の物語と、こうふくのみどりともすべてがつながり、ちょっとした快感を得ることができる。
靖男はシンプルに言うと嫌なやつだ。計算高くて、いつも周りを見下してて、自意識過剰。嫉妬に類される醜い感情が嫌いだから、いつも安全地帯から物事を見ている。嫌なやっちゃな〜と思ってふと考えると、「自分もこんなんやん。」と気付く。挫折を知らない友人にも、こういうタイプは多い。
そんな彼が、恥も外聞も捨てて、アムンゼンに挑む姿へ「俺の息子だ!」と叫ぶことになるまでに、どんな道があったのだろう。彼が世の中で最も嫌悪していた嫉妬という感情を乗り越えるまでの期間。そこに思いを馳せると、落涙を辞さない。
女は、膣で考えている。でも、その赤い道は、誰もが通る道だ。
アントニオ猪木対ストロング小林戦は観たことないけど、同じ瞬間を多くの人が共有し、そして前に進んでいく。それって、なんて美しいことなんやろう。本でも芸術でもスポーツでも景色でも、人の心を動かしてくれる存在は偉大だ。 -
Posted by ブクログ
今年100冊目の読書は、この本になりました。
直木賞作家で、なんとぼくと同い年の西加奈子さん。
すごいひと、いるじゃないかと気持ちが引き締まります。
男女四人が宿泊した旅館。
あくる日、ひとりの死体が池に浮かぶ。
いったい、誰が、どうしたのか。
そのような謎が大きくひとつありながら、
四人それぞれの、一人称で語られる四つの章で見られる細部から、
同じストーリーでも、いや、同じ日を過ごした四人でも、
そこで考えていること、感じていること、
話の中身や表情などの受けとめ方なども異なっている、ズレがあることで、
それぞれの人生を感じることができて、
それぞれの人としての重みを感じることができるようになっている。
そこには、たとえば交差点で行き交う人みんなに人生があってドラマがある、
というようなことの具体的な表出があります。
誰かひとりが死んだのだが、
いったい誰が死んで誰が殺したのか、
そもそも他殺なのか自殺なのか。
そこのところについていろいろと多方向へ読者の想像力をかきたてます。
これだけ殺意の契機や自殺の衝動の契機になりそうなものが日常には潜んでいるのかな、
と思わせられるつくりにもなっている。
日常の薄皮一枚の裏には危うさがひそんでいて、
みんなそうなんだよ、っていう感覚を感じる。
当時30歳くらいの西加奈子さんは最初にそういうことを描こうと思って、
これだけの物語を紡いだのだろうか。
だとすると、その企みも構築力も発想もすばらしい。
というか、そんなにみんな自分や他人に「死」を重ねあわせて見てるのか。
あまり意識的に把握できないか、つかんでは逃げていくタイプの感情として
「死」を重ねるものがあるのかなあなんて客観的に考えてみる。
自分はどうだろう、たしかに日によっては「死」を多く日常に重ねて見る日もある…。
にくたらしいことを言う友人にむかって胸の内で「こいつ、死ね!」と思うときもあれば、
もっと軽く、熱い風呂にはいったときに「あっつ!!死ぬ!!」とやるときもある。
それだけ、「死」のイメージというか言葉というかは身近で、
へんな言い方だけれどカジュアルなものなのかもしれない。
それだけ「死」に捉われているのは、
死の強迫観念なのかもしれない。
自分が死んだり近しい人が死ぬのが怖いし、
どれだけ苦しくて痛いのかもわからないし、ましてや最期だし。
「死」になれようとするから、
つまり「死ならし」のために日常の裏にいっぱい「死」への契機があるのかもしれない。
そんなところにまで考えが及んでいくような小説でした。
全章に通して出てくる、すなわち串刺しになっている味付けの猫の鳴き声の伏線などが、
不思議な感じで意味合いとしてわからないからぱーっと解放されるような感覚があって、
そういうのはわりと好きです。
ぼくがそういうのを書くとしたら、意味はあるんだけれど、
書き終わって時間が経つと忘れてしまう類のネタだと思う。
まあ、ぼくはいいです。
そういうわけで、年100冊の読書目標を達成しました。
ぼくの今の環境で100冊くらい読むと、ちょっと読み散らかすみたいな感覚もあります。
もうちょっと穏やかに暮せていたらそういうこともないのですけども。
また、フルタイムで働きだしたりしたら、もっと読めなくなるでしょう。
それでも、限界突破じゃないけれど、ぼくの読書に使う能力が伸びたとは思います。
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