小説・文芸の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
ネタバレ桐島が「装置」に徹底している点に感銘を受けた。
同じクラスで、異なるカーストに属する登場人物たちのエピソードが展開する中、最終盤で「桐島」を主人公とした章が当然あるのだろう、そこで桐島の心情が事細かに露わにされ、それまでの物語の見え方が大きく転換するのだろうと予想していた。
しかし、桐島は本を閉じるまで登場せず、それどころか彼の人物像の全貌が浮き上がることはなかった。
与えられた情報は、クラスの一軍で、バレー部のキャプテンで、不動のリベロで、だけど部内で軋轢が生まれ去ったという客観的事実のみ。彼が日々何を思い、どのような葛藤を抱え、部活を辞めた後どのような学生生活を送っているのか、桐島の心の内はすべてが読者の想像に委ねられた。
究極、この物語は桐島がいなくとも成り立ちうる。
自分の置かれたカーストにより相手を見下し見下され、優越感に浸ったり劣等感を抱いたり、という手触りのある青春時代のほろ苦さがよく描かれていた。
群像劇として読みながら、かつての自分が受けた痛みや知らず知らずのうちに放っていたであろう「ひかり」に思いを馳せた。19歳で書いたと知り、「だからこんなに瑞々しい表現、胸がざらりとする表現ができるのか」と感心した。
この物語は、桐島がいなくとも完成度の高い群像劇として成り立ちうる。
しかし、あえてこの本の主軸に「桐島」という輪郭の見えきらない存在を置き、またタイトルに据えた点が、朝井リョウの意匠の光る点だと思う。世に溢れかえる数々の「青春群像劇」に埋もれず、『桐島』として多くの読者を惹き付けたのは、桐島を終始「装置」として描き切った点にあるのではないか。
自身の高校時代を振り返って、いわゆる「一軍」の中にも本当に浅いやつと、実は仲間の外を見て手を差し伸べようとする者がいたりとグラデーションがあったのかということに今更ながら気付かされた。
当時の私は、「一軍」は「外見やスポーツの得手不得手等で一方的に線を引き、「そうでない者」を理不尽に見下してくる者たち」と一括りにして遮断していた。実際に、映画部が受けたような冷笑にも身に覚えがある。
しかし、「一軍」と一括りにして視野の外に捨てた群れの中にも、個々の関係であれば仲良くなれる人もいたのかもしれないと考えさせられた。
また、「カオリ」のように、周りから見れば何でも持っていて恵まれた存在でも、実は周りが持っているものを持っていない、ということもあったのかもしれないと思わされた。
皆が何かを持っていなくて、代わりに人にない何かを持っている。本当は皆どこかでお互いに同じなのかもしれない。学生時代のカーストは絶対的なものに見えるが、大人になると自然と取り払われていく。あれはなぜだろう。 -
Posted by ブクログ
母親が結婚した年齢になった娘は、婚活を始めてみた。
主人公は化学メーカーの研究員。アプリで婚活を始めたばかり。論理的に自己分析しているのになかなか上手く行かない。
令和でも男性に無意識に残る母性信仰、公平と平等を履き違えた家計折半希望。
主人公の奥底に残る忙しい母親の姿。
二章、家計折半男の話。「出産の痛みは僕には関係ないので出産費用は自分で出して下さい」と言える男のどこが駄目なのか気づいてからの主人公がとても良い。
共働き家事家計折半の自立した女性を求める男性の本音は、自立しているから世話をしてやらなくても済んで、かつ女性には母性があるはずなので子どもや親や自分の世話をしてくれるだろうという無責任幼児思考で気持ち悪い。
この物語に出てくるのは男女共に高学歴で高収入。『高学歴男子を育てたのは専業主婦』で、『高学歴女子を育てたのはバリキャリ』考えてみれば、ひと昔前の専業主婦は娘の学歴には否定的だったし、バリキャリだと息子は寂しさでグレそう。
ちゃんと良い方向に向かうから、婚活に悩む女性は安心して読んでほしい。
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Posted by ブクログ
ネタバレ『あだ討ち』に至る物語の真相を主軸に、それを取り巻く芝居小屋の面々の来し方に心打たれた。
このところ、存在のすべてを〜熟柿と親子愛に涙する小説が続いていたが、今回も久蔵の段で胸が締め付けられた。まあ坊を想って打ち首を作り上げた久蔵の心情はいかばかりか。ただひとり、死にゆく幼な子を抱きしめるしか出来なかった母のお与根の悲しみは、いかばかりであったか。
そこかしこに不条理が存在する江戸の世。元大工の年寄りが無惨に斬り殺されても奉行所は動かない。殺した当人は士官先まで手に入れる。自身の来し方行く末に悩む与三郎に、お三津が働く飯屋「つるや」の親父が言う。『しかし、まずは御身を大切に。腹を満たして笑うこと。それでも割り切れぬ恨みつらみもありましょうが、そいつは仏にお任せするのも、手前どもの処世術というもので』。
現代よりも神や仏が身近だった時代。不条理をしなやかに受け止めて生きる人々。白黒ハッキリさせなければ気のすまない風潮が蔓延している現代で、今ここで生きる自分も見習うべきと感じた。(頭の中では、つるやの親父は鬼平に登場する相模の彦十(江戸家猫八)であった)
『己の想いを貫くことの難しさも、道理のままに行かぬ割り切れなさも、この世には幾多ある』。そんな時代だからこそ、菊之助の想いを貫くために芝居小屋の面々が力を合わせ、あの『あだ討ち』を成し遂げる。大団円の気持ちのいい結末だった。
アマプラで映像化作品を見た。いつものことだけど、小説の方が何倍もいい。小さい画面のせいもあるんだろうけど。その人にそんなに大活躍させなくても…。
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