小説・文芸の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
ネタバレこれはすごい小説だね。600ページ以上あるけど、ここまであっという間に読み終えたのは久々かもしれない。
全体的な物語としてはそこまで難しいものではなく、最初の方でその後に起こりうる展開を予想することも比較的できた。たとえば、闇医師と麻薬密売人の結託ははじめから根本的に矛盾を抱えていたこと。それとは、お互いの目的が全く異なること。かたや復讐、かたや外科医への復帰。
また、物語が進む中で抱く大きな疑問も小説を読む楽しさを喚起してくれる。たとえば、そもそもテスカトリポカとは何なのか。あるいは、バルミロはいったい何様なのか、言葉を換えていうと、バルミロは心臓密売のビジネス組織=家族を作り出したわけで、各構成員にアステカの世界観を重ね合わせながら役割を与えたわけだが、バルミロ本人はいったいどういう位置付けになるのか。
状況の描写もすごく丹念になされていて、参考文献を読み込んだからこそ、アステカの世界をここまで文字に表現できたのだと思う。その素晴らしさは、小川哲『地図と拳』と同様の素晴らしさがあった。
最後に、ちょっとした感想。
最後の矢鈴は情けないね。警察署には行けないし、コカインの作用からかコシモが考えついた策をまるで自分が考えついたかのように錯覚して「私はコカインをやめられる」なんて思ってしまうのだから。あれだと、順太は助かっても、矢鈴はどうしようもないだろうね。まぁ、そんな調子だから、心臓密売に関わってることに作品の最後まで気づきもしなかったんだろうけどね。
最後の短い2つの物語は、矢鈴の後味の悪さを少しでも軽減してくれる効果を持ってたし、アステカの世界観を最後まで残してくれてた気がする。 -
Posted by ブクログ
自分も芦川さんのような人にとてもイライラするけど、押尾さんほどいじめようという行動を起こす気にはならず、どちらかと言えば二谷のように言いたいことも言わず流してしまうタイプなので、押尾・二谷の組み合わせがまるで自分のように感じられてのめり込んで一気読みしてしまいました笑
解説部分で小説の中だけの人でいて欲しいと言われてますが、芦川さんのような方は実際に結構いるなと個人的には思います。か弱さと愛嬌を武器に守ってあげたくなる、どこか空気が読めなくて矛盾した行動をしても許される人。
そしてそんな人を侮蔑したくなる気持ち。
自分も観光学部出身でチアをしていたので押尾さんと同じようなややハードな環境で人生を送ってきたのかもしれません。だからか、芦川さんにはとにかくイラつきましたね。
他の方の感想もいくつか拝見しましたが、"これ私かも…?"と照らし合わせられる登場人物を見つけられれば、共感しながらどんどん読み進められる作品となってると思います。 -
Posted by ブクログ
自分の内面や考え方を見つめ直させられる作品だった。「自己評価」と「自己愛」は似ていて全く異なるもの。今までこんなこと考えたこともなかったが、なるほどな、と思った。読み進めるうち、自分自身、自己評価が低いくせに自己愛の高い人間であるということに気付かされた。私も「傲慢」な人間だったと、これまでの自分の行いを恥ずかしくも感じた。
かと言って、傲慢さを完全になくすことなどできないと思う。傲慢さと上手く付き合う、傲慢さを自覚しながら選択するべきなのだろう。恋活、婚活は身近な事柄で、これからそのなかで、自分の傲慢さと向き合っていかなければならないと思った。 -
Posted by ブクログ
10月が到来しました。「◯◯の秋」で、とりあえずスポーツに注目し本作を手にしました。それは、間もなく本作の連続TVドラマが始まり、本作文庫化の商業戦略の波に乗せられたからに他なりません。
何だかんだ言って、箱根駅伝は毎年観ています。過剰な演出はちょっとなぁと思いながらも、選手や家族、チームの背景を知ることで心揺さぶられるのも事実です。本作は、箱根駅伝学生連合チームの選手・監督等と、中継に関わるテレビ局スタッフの両サイドの奮闘ドラマを並行して進む展開です。
上巻は、本戦出場を逃したチームから選抜される「連合チーム」の現実離れした目標への挑戦と、テレビプロデューサーを中心とした中継プロジェクト成功への挑戦の、土台が整うまでが描かれます。
この両軸には共通点があり、組織の体制や方針に不平・不満をもつ反対勢力の存在があるのです。これらの組織の中での逆風や葛藤、苦悩や克服の描き方は池井戸さんの得意とするところですね。
箱根駅伝や報道の歴史も含めた裏側の知識も散りばめ、専門知識がなくても興味を引かれ、とても読みやすいです。本戦に向けてリアルな緊迫感・臨場感が徐々に高揚していく構造に胸を熱くします。
いよいよ箱根駅伝本戦の号砲が近づき、下巻にはどんな展開が待つのか、気が逸ります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ◾️record memo
世の中にはいろんなママがいて、どれが最高ってことはないと分かってるけど、十歳くらいの頃にママと自分が人としてものすごく「違う」ことに気づいてから、どんなに彼女に優しくされ抱きしめられ褒められても、どことなく私とママとの間には越えられない壁があるような気がしてきた。
「そっか、親が喧嘩してる時は嵐が過ぎ去るのを待つしかないよね」
実感を込めてそう言う。ママが不倫を始めた頃、ママとパパは毎日喧嘩をしていた。離婚、信頼、家庭、子供、浮気、毎夜毎夜受験勉強をしている私の耳にはそんな言葉が聞こえてきて、朝起きるとテーブルの上にたくさんのお酒の空き缶や空き瓶が残されていた。パパが担当していたゴミ捨てや洗い物が放置されていたため家中がどこかゴミ臭く、ママが担当していた買い物や料理がずさんになり、大概冷蔵庫は空っぽ、おかずが一品とかデリバリーという日がどっと増えた。でも私の知らないところで彼らは協定でも結んだのか、不意に平和が戻ってきた。大人、そして恋愛っていうのは不思議なものだ。離婚するのかなと思ってた時は不安で泣いたこともあったけど、公然とママの不倫が継続する内、何となく離婚はないような気がするし、したとしても自分は大丈夫なような気になっていた。
「私たちが帰国した後、お父さんが別の女の人といるのを見たって、友達がメールしてきたの。一緒に暮らしてた時から、私も、多分お母さんもおかしいって思ってた。信じられないから、全部がチクチクしてる。家族を信じられないなんて、地獄だよ」
「確かにその子にとっては大変な時だね。バッドタイミングだよ。でも誰でも良い時があれば悪い時がある。それは当たり前のこと」
「私は心が泣いてても顔で笑う。そうしないと耐えられないんだよ。それに差別されてるって、レナレナに知られたくない。恥ずかしいし、悔しい。それに差別なんてしないレナレナに、差別の話なんてしたくない。本当は世界中の人が差別のことを知るべきかもしれない。でもね、差別された人がそれを話せるようになるまでは時間がかかる」
「大変な時はみんなあるよ。そういう時、周りの人が支えるのも大事。でも最後は自分の心が戦わないと。勝たなくても、戦う、だよ。あ、ヤバい。もう行かないと」
イーイーはそう言って立ち上がる。じゃあねと呟くと、頑張れと弾むように言ってイーイーはコンビニのバックヤードに戻って行った。
私は、ママと言語を共有していないと感じる。使ってる言葉が違う。特にママが饒舌になる時ほど、私はママの言っていることが分からない。ママが私に伝えたいことがある時ほど、理解できない。同じ日本人なのに、親子なのに、私たちは大切なものが違いすぎる。
何だか結局パパともあんまり理解し合える感じじゃない。でも何でだろう。パパに理解してもらえないのと、ママに理解してもらえないのはちょっと違う。パパに理解してもらえないのは「へー」て感じだけど、ママに理解してもらえないのは「心が半分焼け焦げた」みたいな感じだ。この感じを、ママも持ってるんだろうか。私のことを理解できなくて、自分のことを理解してもらえなくて心が半分焼け焦げた感じを、持っているんだろうか。
うーん、と言葉を濁して黙り込む。ママの不倫のことは小学生の頃からの親友のヒナにしか話したことがない。ヒナも何と言って良いのか分からないようだったし、私もどんな反応を期待していたのか自分でも分からなかったし、ちょっと微妙だった。もちろん話して楽になった部分もあったけど、誰かにバラされたら嫌だなと、一番信頼しているヒナに対してもどこかで少し不安になるところがあったし、やっぱりもう二度と誰にも話すまいと心に決めたのだ。
「そこまでに色々あったんだって、私にも分かるよ。お母さんと娘はいつでもすれ違い。好きに嫌い、嫌いに好きが混ざってる。いつでも話は聞く。でも今日は駄目。もう十時半。日本は安全だけど、絶対に安全じゃないよ。あなたたちを見たら分かる、いいものを食べさせてもらって、いいものを身につけさせてもらって、いい学校、いい友達を作る環境をもらってる。それだけで、あなたたちが家出をする理由なんてなくなるよ」
「もし私がいなかったら、ママとパパはもう離婚してた?」
「もし玲奈がいなかったら、ママはもうとっくに死んでたかもしれないし、俺は今頃モロッコとかに住んでたかもしれないよ」
「何それ。意味わかんない」
パパはもう答えず、自分の言ったことにウケているのかニヤニヤしていた。
「私にとって外に出ることは硫酸の海に飛び込むようなことで、一瞬でも外に出たら身体中が炎症を起こして死にかけた。もちろん、外っていうのは抽象的な意味での外だし、死っていうのも抽象的な意味での死だよ」
中学に上がってすぐの頃、何となくクラスで孤立してるように見えたから、お弁当とか帰り道とかあれこれ誘ったりしていた子にやはりやんわりと拒絶された時、こんな子がいてと話したら、ママはそんな話をした。それ以来、大人しめな子を誘おうとするたび、硫酸に飛び込む想像が浮かんで躊躇するようになった。ママはいつも大げさな言い方をすると呆れたけど、彼女たちにとっては、本当にそれくらい辛いことなのかもしれなかった。実感としては分からないけど、私が楽しいこと嬉しいことを、彼女たちは一ミリも楽しくも嬉しくもないかもしれないのだ。
「今は大丈夫。なんかちょっと変な人たちだから、変な形で落ち着いてる」
「変な形って?」
ママが不倫しててパパは不倫を容認してて、ママは週に二、三回彼氏のところに泊まってくる生活で、まあそれは親の人生だし文句はないけど何となくそれでいいのかなとかやっぱちょっと複雑だなって思うけどまあ家庭としては一応回ってるかなって形?と思うけどそんなこと言えるわけもなくて、うーんまあ変だけどうまくいってる形、と答えになってない答えを口にする。
結局のところだから、私たちは無い物ねだりで、自分が持っていない両親やきょうだいや友達や物やルックスとか性格までをも欲しがってしまうのだ。フィーリングで絶対牛カルビって思ったけど、やっぱりとんかつを目の前にしたら食べたいのは当たり前だし、チャーハンと中華スープのセットだって目の当たりにすれば一口はもらいたくなるよねってこと。
「人は変わっていく生き物だよ。今玲奈がこれが正しいと思ってることは、一年後にはどうしてそんなことを正しいと思っていたのか分からなくなってるかもしれない。人は常に今の自分を否定し続けアップデートし続けていく生き物だよ。逆に言えば、常に自分を疑い続け、理想を追求し続けられる存在とも言えるわけだけど、人間には一貫性があると思い込んでる人が一定数いるこの社会では、過去の発言や行動を覆しようのない証拠として押さえられ、リンチされる可能性を極力軽減した方がいいに決まってる」
何なんだろうあの感じ。ママとパパのあの普通な感じを目にすると、もやもやする。もちろんママが不倫を始めた頃の、毎日喧嘩してた頃に戻って欲しいなんて思わない。あれは地獄だった。でも不倫が日常にある生活だってある意味地獄で、それでいてなんか二人ともそれはそれで納得してる、感が嫌だ。それはなんか、私のためにこの家庭を成り立たせようと二人がそれぞれ我慢している気がするからかもしれない。私がいなかったらもうとっくに別れてたのかなと、ママとパパが和やかな雰囲気で話しているところを見るとたまに思うのだ。
「人の考え方、価値観、生き方はそれぞれ違う。だから人が良かれと思ってしたことが相手を苦しめたり、傷つけたりするのはよくあることだよ。玲奈が思ってるよりも人と人とは違うし、人と人とは理解し合えない。まずはその前提に立たないとね」
これまで無自覚に、自分には見えないナイフで誰かのことを刺してきたのかもしれないと思うと、私は恐ろしくてもう外に出れないような気さえした。人を傷つけたいなんて思ったことはないのに、それでも私は色んな人を傷つけてきたんだろう。
何だか、嫌な気持ちになった。自分の親とか友達が誰かに敵意や憎しみを露わにする瞬間が、私は怖い。いつも見ているものを裏側から見るような、例えば公園に落ちている大きな石の裏っ側、排水口の裏っ側、電気シェードの裏っ側みたいに、見れば大抵、見なければ良かったという気持ちになる。
「つまり、世界は理解し合えない人、話し合っても無駄な人で満ちているっていうこと。そういう人たちの隣人として生きていくことの難しさに、私はこの年になっても定期的に直面して苦しんでる。物理的にも精神的にも独立していく年頃の玲奈が、友達らとの間にあるそういう差異に思い悩むのは当然だし、その差異を最大限の想像力を持ってやり過ごすなり、越えるなりしていかなければならないってことを伝えたいんだよ」
人間の世界ってめんどくさいな。ずっとこの世界で生きてきたはずなのに、今日初めて宇宙船で人間の世界に降り立った宇宙人みたいな気持ちだった。でも皆が私みたいだったら、「恋愛も友情もなくなって、自己愛と自己嫌悪しかなくなる」らしい。
「私は中国人だから、大変な思いをしてるだろうと思って、気を遣ってくれる人にたくさん会ってきたよ。コロナのことで中国人差別があったり、最初の頃は家族の心配してくれる人もいたけど、私はもっと普通に流してくれたらいいのにって思った。多分すごくナイーブになってた。自分が中国人だってこと、自分で考えすぎないようにしようとしてた。だから気を遣ってくる人が、ちょっと嫌だった。全然私なんとも思ってないよって、思おうとしてたから」
好きなのに好きだって言えない気持ちが、私には分からない。私がどんなに想像しても、今の駿くんの気持ちは、正確に理解できないだろう。こんなに自分には到底理解できないものに満ちている世界を、どうやって生きていったらいいのか分からない。分からないで切り捨てられないけど、分かりたいで分かるはずもない。
何でママはこんなふうに私を苦しめることをするんだろうどうして私がこんな思いをしなきゃいけないんだろうどうして私がこんな惨めで、哀れで、みすぼらしい思いをしなきゃいけないんだろうママのせいで!って怒りもあったけどママのこと最悪とかないわとかまじ信じらんないとか汚点とか言ったことのショックの方が大きかった。ママのことを罵倒した。汚らしいものを語るみたいに言った。でもああしなきゃ自分が保てなかった。
死ぬほど腹が立ってて、死ぬほど苦しくて、気持ちがぐっちゃぐちゃで、だんだん電車で彼氏と手を繋いでるママが頭に浮かんできて、うわーって恥ずかしくもなって、ママは彼氏といる時私とかパパとかといる時より楽しそうなのかなとか、家にいる時と違って甘えたりはしゃいだりするのかなとか、そういうことも画が浮かんできてまたうわーってなって、なんかよっちんの目で見た記憶がそのまま私に移植されたみたいに私はボストンバッグを持ってもらって電車を降りてくママを目撃して打ちひしがれてるみたいな気分でなんか訳の分からないものに煽られてるみたいに大声で泣き続けた。
ママなんか大嫌い!と声に出して言ってみる。は、私は小学生か。と心の中で突っ込む。いやママのこと好きだよ!長生きして欲しいし正直ずっと一緒に暮らしたい!と声に出すと、なんか彼氏といるママが浮かんできて二人に嘲笑われてる気がして怒りが湧いてくる。こんな複雑な気持ちを一度も持たないまま死にたい!私はそんな初めて抱く切実な欲望に気づく。
私はとにかく「複雑な感情に踊らされて泣いたり怒ったりすることのない人生を送りたい!」のだ。マジで信じらんないマジでママが信じらんないマジで本当にあの人何者?どうしてこんな気持ちにさせるの?ていうかどうしてママの不倫で私の気持ちはこんな感じにぐっちゃーってするの?これって結局ママのことじゃん。ママの人生じゃん。私に関係ないじゃん。こんなのおかしくない?私の気持ちがイカれてるってこと?
ママがママの不倫にキレてる私の望みを叶えようとしてることに、私は自分の気持ちが完全に元に戻らないんじゃないかって思うくらい心がバラバラになっていくのを感じる。ママは私を大切に思ってる。ママは私のことを愛してる。私にはその確信がある。でも同時にこれって虐待じゃないの?みたいな蔑ろにされてるみたいな惨めさがあるのはどうしてなんだろう。
いいと強めに答えて、回鍋肉に手を伸ばす。いつものママの味だ。不倫してるママの手で作られた回鍋肉は不倫が始まる前の味と変わらない。でも関西に行くと私に嘘をついて、すぐ二駅隣のところで今彼氏と一緒にいるママの作った回鍋肉だ。そんなの嫌だ。どんなに美味しくても私はそんなの、めちゃくちゃ嫌だ。
「環境があればできる、やる気になればできるって、そんなわけないじゃん。全部あってもできないやつはできないんだよ。勉強して報われた経験のある人には、やってもやっても報われたことのない人の気持ちなんか分からないよ。やる気がないんじゃないよ。やる気があったのに、何にも報われない。やる気がないだけ、やる気を出せばって周りからは言われ続けて、もう内側からも外側からも折られ続けて私のやる気は死んじゃったんだよ。で、なら別のことをやろうって、もう別の分野で頑張ろうって思い始めたんだよ。それを逃げとか怠慢とか言われる方の身にもなってみろよ」
「玲奈は自分が持ちたい関係を持ちたい相手と好きに構築していけばいいんだよ。一度にたくさんの恋人と付き合っても、一人の人と添い遂げてもいい。セックスをするしないも自由。子供を作る作らないも自由。もちろん手を繋ぐ繋がないも、何を優先させるかも自由。既存の恋愛の定型に無理して合わせる必要なんてない。恋人とか彼氏彼女とか妻とか夫とか、既存のカテゴライズができない存在であってもいい。自分で新しい名前を付けてもいいし、付けなくてもいい。そもそもそんな特別な人を人生に設定しなくてもいい」
「でもさ。なんかちょっとおかしくない?」
「……でも恋愛って、ちょっとおかしくなるってことなんじゃん?だってさ彼氏いるから男友達と遊びませんとか、生活が彼氏中心になっちゃったりするわけじゃん?そんなの普通に考えておかしいし、おかしくならないと受け入れられないことだよ」
確かにそうだ。私たちは基本自分の好きなことをして好きな人と仲良くして興味があるところには迷わず参上して面白そうな話があればなになにと吸い寄せられる、そういう生き物のはずだ。それを誰かが嫌がるからという理由で我慢したり自粛したりするなんて普通に耐えられない。でも世の中のお父さんお母さんたちは別に法律で禁止されているわけでもないのに年中夜通し遊んだりしないし、年中友達とダベってたりもしないし、年中グループ通話で友達らと話してたりもしない。仕事があるからっていうのも大きな理由だろう。でもだとしたら私は仕事も恋人も別にいらないなって思うしそもそも大人にだってなりたくない。もちろんそんなことを言ってられないのは分かってるんだけど、私にはまだ大人が魅力的に感じられないっていうのは事実で、彼氏彼女ができた友達らがなんか変な論理とかルールを持ち出してちょっと奇妙な、なんか宗教っぽいことを言ってるなと引くことも多いのだ。
「普通に考えてヤバい」という言葉に、でもその「普通」も「ヤバい」もこの人の感覚でしかないんだよなとも思う。
私にはまだよく分からないけど、ゴリゴリの束縛が二人にとっての「普通」で、その状況は決してヤバくなどなく二人にとって「快適」だったり「幸せ」だったりということだってあり得るんじゃないかと思うからだ。つまり、私は私の思う「普通」を、「その彼氏はヤバいんじゃないか」という疑問を、直球でミナミにぶつけていいのか悩んでいるのだ。 -
Posted by ブクログ
この小説はおたくの夢物語じゃないかと言われてしまうとそうですねと答えなくてはいけない。そういうところを差し引いても面白くて一気に読み終わってしまった。いわゆる推し活についての小説(推し、燃ゆやイン・ザ・メガチャーチなど)が色々あるけど私としてはかなり好きな作品でした。推し活だけではなく色んな側面から女性の生き方が描かれていて共感できるところがおおった。
話中に出てくるアイドルの子が所属するグループのメンバーとファンを大事にしている描写があったのもアイドルおたくの私としては嬉しかった。
私はこの主人公なら推しと付き合っていても許せると思った。むしろこういう人と付き合っていてほしい。 -
Posted by ブクログ
ここまで臭いを感じる小説読んだことないです。
煽る描写もなく、ただ淡々と、しかし深々と刺さる血の呪いのような鬱々とした情感を確かな生活感の中で描写される。圧巻でした。
他著者を引き合いに出すのも違うとは思いますが、強いて言うのであれば村上龍が好きな人は読んだ方がいいです。
感想というのも陳腐になる気がします。
各々が感じる獣性と人間性の狭間を楽しんでほしいです。これは各々が自己と向き合う瞬間にあったなにかしらの葛藤に合致する部分が必ずあると思います。
胸糞といえばそうなんですけど、それで片付けられないパワーが本作にはあります。
なんかこう本能的に煽られる感じがします。
本能と理性の間の善も悪もない混ぜこぜを主観視点のはずなのに観測者のように俯瞰してる感覚がありました。
物語という丁寧なものではなく、理性と本能の狭間でもがく人間を煽り立てるドラマ仕立てでなく、淡々と感じさせる。下手なホラー小説より怖い。
そう感じました。
傑作だと思います。
同時に狂気を感じます。
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