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ある出来事がきっかけで他人が作った料理を受け付けなくなってしまった高校生の冬真は、同級生の時枝くんに「難病を抱えた美少女」の妹がいるという噂をきく。友達にそそのかされ、時枝くんの家まで行ったことがきっかけで、冬真は時枝くんと仲良くなっていくが――。一方、国際交流プラザで働く紗里は、「きれいなものが好き」なあまり、太ることへの嫌悪感を抱えていた。自分が撮影した写真が原因で時枝くんを傷つけたことを知った紗里は、“罰”としてマッチングアプリを始めて……。それぞれの理由で世界への信頼が薄くなった彼らが、大切な人と歩いていくために一歩を踏み出す感動作。
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Posted by ブクログ
繊細な男の子たちを見守る優しい世界。
第1話 僕と茅島と村中はなんとなくつるんでいる。時枝くんの妹が美少女だから見てきてと頼まれ、時枝くんは裏の家に住んでいるから見にいったら、たまたま見つかって家に連れ込まれた。妹の弓歌さんは顔立ちだけは美人だった。
冬真は他人の作ったものが食べられない。父の愛人が作った菓子を食べさせられてからだ。母の料理と、コンビニやスーパーの惣菜は大丈夫。
次の日時枝くんとお弁当を一緒に食べることになった。弓歌さんは難病らしい。時枝くんは世界中を旅して回ったシェフのレシピ本でお弁当を作っているらしい。いつか世界中を旅したいらしい。
第2話 国際交流プラザに勤めている。元木さんはいつも紗里のお弁当をみて、それだけなの?と聞く。紗里は自分の気に入った体型でいたい。国際交流フェスで世界の民族衣装を着るイベントがあり、時枝絋くんのドレス姿を撮った。彼は友達とSNSに写真を載せられたことに抗議しにきた。本当はSNSに載せていない。従姉妹の美月に盗まれたのだ。
第3話 冬真と時枝くんは今日パウンドケーキを作る。ともに焼き菓子を極めようではないかと言われたのだ。あかりちゃんはお母さんが亡くなってから、夕食も父のお弁当も作っている。時枝くんは病気のお母さんと離れて暮らしている。一緒にいる菜子さんは叔母さんらしい。
第4話 水田さんは500円を消すマジックをみせてくれた。紗里と水田さんは今度ほたるいしマジカルランドに行くことになった。
第5話 時枝くんは進路のことで親に呼ばれて、冬真は同行することになった。直前になって、家を見つけてから時枝くんは行きたくないと言ったが、結局父親にみつかってしまう。
第6話 紗里と冬真は買い物に出かける。冬真に誘われたのだ。紗里は冬真たちが付き合っているのを知っている。東京の大学に行って、同じ学生アパートに住むらしく、お弁当箱を購入したいらしい。
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1 オムレツ、あるいは
2 木曜日のサンデー
3 プウンドケーキ
4 恋とレモネード
5 チョコレートサンドイッチと未来
6 ピクニックバスケットの歌
各章にはいずれも食べ物の名前(らしきものもあるけど)がついています。
それぞれ登場人物のこれまでだったりこれからだったりに深い関係がある食べ物です。
それは、この小説が食べ物を通して登場人物たちのトラウマとそこからの解放を描いているからです。
ぜひとも、最終章の「6 ピクニックバスケットの歌」まで読んで欲しいと思います。
そこには、登場人物(や作者)が心から言いたかったことが、まとまって語られているからです。
読者はそこで人生での大切なことを聞くことができます。途中で読むのをやめるのはもったいないです。
1度最後まで読み通したら、もう1度初めから読み直して欲しいと思います。
そうすれば、この小説がかなり緻密に組み立てられていることに気づくと思います。
好みはあると思いますが、わたしは良く出来上がっている小説だと思います。
作者が登場人物と同じ思いを抱きながら育ってきた人なのかどうかは分かりません。
作者が登場人物と同じような環境にいる若い人たちを励ますために書いたのかどうかも分かりません。
でも、読めば、あなたは共感したり勇気づけられたりするかもしれません。
もしかしたら、同じ境遇で育ってこなければピンとこないかもしれませんが、
でも、わたしはこの小説は良い小説だと思います♡
以下は私見ですが、
世の中には、人の親になって良い人となってはいけない人とがいるのではないでしょうか?
例えば、結婚しているのに他の異性と恋愛関係になり家庭を壊してしまうような人とか。そんな親を持った子どもはたまったものではありません。と思います。
と言うよりも、わたしたちは子どもたちにとって良い親、良い大人であるように学び続けていくのが良いように思うのです。
この小説の主人公 香川 冬馬(かがわ とうま)くんは、他の人が作った食べ物は食べられない人です。そのきっかけは彼の父親の行為に関わるものでした。
子どもが成長する環境は子ども自身ではつくれません。
夫婦のことは夫婦にしか分かりませんが、親には家庭を維持する、子どもを成人させる責任があるのではないでしょうか?
この小説のタイトル「世界はきみが思うより」に続ける言葉は、みなさんなら何を入れるでしょうか?
作中に出てくる2つの家庭と1組のカップルを見ながら答えを考えてみていただければと思います♡
〔作品紹介・あらすじ〕
ある出来事がきっかけで他人が作った料理を受け付けなくなってしまった高校生の冬真は、同級生の時枝くんに「難病を抱えた美少女」の妹がいるという噂をきく。友達にそそのかされ、時枝くんの家まで行ったことがきっかけで、冬真は時枝くんと仲良くなっていくが――。
一方、国際交流プラザで働く紗里は、「きれいなものが好き」なあまり、太ることへの嫌悪感を抱えていた。自分が撮影した写真が原因で時枝くんを傷つけたことを知った紗里は、“罰”としてマッチングアプリを始めて……。
それぞれの理由で世界への信頼が薄くなった彼らが、大切な人と歩いていくために一歩を踏み出す感動作。
Posted by ブクログ
どんな価値観であれど、許容できる世界を。
弓歌のように、すれ違えれば誰もが振り向く美貌にジロジロ観られる視線の痛さ。
そういう人が羨ましいと常感じていた思春期の自分を思い出す。
可愛い子はいた。でもそんな風に観られていたと客観的に見ると、申し訳ない気持ちが心に広がる。
また自分も紗里と同じ考え方を持っていた時期があったなと思った。
自分の身体は太りやすいし、ガツガツ食べると太るからあまり食べないようにと。
人から観られるのがちょっと怖い(紗里もそんな感じだったのだろうか)。
ルッキズム。見た目が違うことでの『差別』って、こんなにも苦しい。
冬真と時枝との感情。好きになる子は男でも女でも関係ないと私は思う。
性的マイノリティで悩む人は後を絶たない。
それは当たり前のように男と女はくっつくような価値観が「押しつけ」のように感じるから。
偏見な目で観てしまう人間の性。そうやって刷り込まれてきてしまった自分たちにも課題感がある。
押し付けとなると、吉良さん親子のお弁当も同じかもしれない。
子どもは子どもらしく自由に生かせるべきであり大人が子どもの未来を押し付けないでほしいが願いもある。
さまざまな人が価値観や環境下で育ったか当たり前だけど違う。
そういった彼らがそういった窮屈な世界から新たな世界へ踏み込んだ時に許容できるようになれたらいいな。
それは自分たちも同じ目線で立つことにもつながり
向き合い方も考えなければいけないのかもしれませんね。
Posted by ブクログ
色々な愛の形を優しく紡いでいく物語。
家族愛、親子愛、同性愛、普通のカップルに見えるけど実はそうではない二人の愛、兄弟愛など。
短編小説だと思って読み進めていたらそうではなかった。章ごとに登場人物と視点が変わっていく。時々、同じ過去の出来事が別人物の視点で描かれている。それぞれの人生観や感じ方の違いにより物語が何層にも広がっていく。
一人一人の人物の個性は際立っているけど、どこか一本の線で繋がっているようでもあった。
多様性がテーマなのかな。
最近は、多様性に過度に配慮しすぎてしまうことや、その配慮自体に苦しんでしまう人が居たりと、優しくも難しい時代だと感じる。
特に、多様性が重視される時代だからこそのコミュニケーションの取り方が本当に難しい。
レッテルを貼らないこと、「配慮してます」という顔をしないこと。
周囲の人たちに対しての過去の自分の発言などを思い返して軽率だったな、と反省する場面がたくさんあった。コミュニケーションって本当に高度だ。
コミュニケーション技術や雑談力の自己啓発本よりも勉強になる一冊だった。
《印象に残ったところ》
・冬真、早熟すぎんか
高校生の冬真。他人と会話をするとき、その一瞬一瞬でそんなに深く相手のことを考えられる人がいるんだ、と感心の連続。高校生でこの境地にいるの…凄。
でもよく考えれば、高校生だからどうとかではないのかも。コミュニケーションは大人になるにつれて上手になるわけではない。
関わる人が増えるとか、社会に出て一般常識を身につけることもコミュニケーションのステップアップの大きなきっかけだとは思う。
でも実際はそんなことよりも、他人を傷つけてしまった経験、傷つけられた経験が、その人の、人との関わり方を変えるのかなと思った。
ただ、自分にとって嫌なことを言われたとき、大半の人は本人にいちいち嫌だったとか伝えないし、そっとその人と距離を置くだけ。
無意識に、諸々の理由で関わらなくなった人たちのことを考えてしまった。本当は理由をつけて安心していただけだ。
理由なんて分かっているじゃん。私のあの一言が。あぁ言えば良かったのか…。
(でもこの思考時代が私の中の決めつけでもある。哲学みたいになってきた。)
あぁ自己嫌悪とネガティブが止まらないです。
冬真、30代を刺さないで…。
人と関わるときに"何を言うか"よりも"何を言わないか"が大切なのだと何度も感じた。
これが本当に難しい。
・紗里のルッキズムはどこから来た?
「きれいなものが好き」な紗里は、太った体型の家族の" 遺伝"を危惧して、日々食事制限も運動もストイックに取り組んでいる。
自分を綺麗にする努力が出来ることは本当に格好良いけど、半ば強迫観念のようなものを感じる。そのルッキズムはどこから来たのかな、とすごく疑問に思った。
幼い頃、安いファミリーパックのアイスにトッピングをしてウキウキした気持ちって永遠だと思ったのだけど、そんな温かい思い出をも紗里の記憶の片隅に追いやってしまったのは何だったのか。
もしそれが誰かからのヘイトだったりしたら、そのヘイトは本当に罪深い。
そしてここでも、他人の一言や一瞬の出来事は、人の人生や性格を変えるほど影響力があることを感じて、人間関係の難しさを感じる。
後半、少し痩せたお母さんが、なんでも美味しく食べられる期間って意外と少ないのよ、というような言葉を言っていて、それを聞いて泣いてしまう紗里が切なかった。
・冬真の母から学ぶ、本当の親心
-『冬真が大事、でも冬真の存在を唯一の生きがいにしたらあかんって』
-『母親から「わたしの生きがい」と思われてる人生って、なんかしんどそうやん?』
-『ごはんつくる時もさ、愛情の記みたいになったらあかんと思ってた。』
大切だからこそ、子供を自分の生き甲斐にしない。
そうか、そんな考えが。
私も、無数の未来が広がっている自分の子供たちの選択肢を狭めたり、足枷になるような親になりたくない。
子供を信頼して、何も言わず背中を押す。
この場面に立たされるのは意外とすぐなのかもしれない。
今から少しずつでも、その心の準備をしておこう。
私は私の生き甲斐を、そんなに大袈裟なものじゃなくても良いから探す。
《メモ》
この物語は、色々な形の愛を語ったもの。
だからそのことにフォーカスした感想を書く人が大半だと思うけど、私はそれよりも何よりも、とにかく登場人物たちの思慮深さや会話を丁寧にすすめていくところに圧倒された。
冬真と時枝くんが少しずつ仲良くなってきた場面での会話。
時枝くん「ぼくも香川くんと友だちになりたい」
冬真「…もう、なってると思ってた」
こんな何気ない会話の一節にも
『時枝くんは思っていたよりずっと遠慮がちな人なのかもしれない。あるいは、ぼくが自覚していたより馴れ馴れしい性格なのかもしれない。でも「そっか。よかった」と笑う顔を見たら、そんなことはどっちでもいいと思えてきた』と、続く。
時枝くんの性格を決めつけるのではなく、「あるいは、自分がこうなのかも」と全ての会話の中に色んな可能性を考えて、それに応じた言葉を紡いでいく。
会話劇というようなものではないかもしれないけど、こういう繊細な一つ一つの描写が総じて心地良かった。
多様性という言葉は便利だけど、何でもかんでも多様性で片付けようとする、その多用性には眩暈がしそうになる。
こういう発言はダメ、こういうときはこう言うべき、というタブーに怯えてしまって最近の私はコミュニケーションが少し怖くなっている。
でも、人間関係って絶対にゼロにはできない。人間関係でしか得られない温かさも知っているからね。
すぐに冬真のようになることは難しくても、「みんな色々抱えているんだな」ということだけは忘れない。分からないことは発言しない。イメージで語らない。
過去に私が無意識に傷つけてしまった人たちには、もう会うことができないけど、今現在やこれから先縁あって関わってくれる人たちと、温かい関係を築けるように、私ももっと視座を高めていきたい。
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小説・文芸
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