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時田翼32歳、農協勤務。九州の田舎町で、大酒呑みの父と二人で暮らしている。趣味は休日の菓子作りだが、父は「男のくせに」といつも不機嫌だ。そんな翼の日常が、真夜中の庭に現れた“ゆず泥棒”との出会いで動き出し……(「大人は泣かないと思っていた」)。恋愛や結婚、家族の「あるべき形」に傷つけられてきた大人たちが、もう一度、自分の足で歩き出す──色とりどりの涙が織りなす連作短編集。
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Posted by ブクログ
「小説は近代で死んだ」と思っている人にすすめたい。
文章のリズムに志賀直哉っぽさを感じるとこがある。無駄なく進みながら、人の内面を説明しすぎず、表情や台詞、振る舞いで見せていく。とくに時田翼の落ち着いた存在感が、逆に周囲の登場人物を鮮やかにしている感じがした。
家族や結婚という枠組みの中に、どこにもきれいに収まりきらない人たちが置かれているところには、夏目漱石の小説のようなものも感じた。男性たちは煮え切らなかったり、古い価値観に引っ張られたりする一方、女性たちは比較的はっきりと自分の意思を示す。その描き方が新鮮だった。玲子の態度にも、翼の振る舞いにも、読んでいてすっきりした。
ただ、読み終えてみると、かなり難しい小説だった。
ツルゲーネフの『初恋』、ゆず、レモン、マドレーヌ、アイス、チョコ。何気なく置かれているものが、離れた場面同士で響き合っているように見える。
特に気になったのが、本を盗んだ翼と、ゆずを盗んだレモンの対比だった。
翼は、読んでもいない『初恋』をなぜか持ち去る。父親の価値観や母親との記憶など、過去からなかなか逃れられない人物にも見える。一方、レモンも過去と無関係ではないけれど、誰かのためにゆずを取り、自分から動くことで新しい人間関係を生み出していく。
単純に「翼は過去、レモンは未来」とまでは言えない。ただ、過去に囚われて立ち止まりがちな翼と、過去を抱えたまま前へ動くレモン、という違いはあるように思った。そしてレモンとの出会いから、翼も少しずつ人に向かって動き始める。
そのとき何度も現れるのが甘いものだった。翼がお菓子を作って振る舞う場面や、アイスやチョコが出てくる場面では、何かが始まり、人間関係が少し動く。言葉で気持ちを説明するだけではなく、食べ物や小さな行動に、人物の内面や関係の変化を背負わせているように感じた。
ゆずやレモン、『初恋』、甘いものがそれぞれ何を意味しているのかは、まだよく分からない。ただ、こうした小道具が何気なく置かれているだけではなく、物語の中で何度も響き合っている感じがする。
「大人」「家族」「夫婦」「男らしさ」「女らしさ」といった言葉から想像するものと、実際の人間は一致しない。そのズレを、人物の配置や振る舞い、小道具の反復で描いたり玲子のようにダイナミックに描いたり本当にのびのび描く。
近代小説にあった家族、結婚、男女、人間関係の窮屈さや分からなさを、現代の人物と軽やかな文章で作り直したような小説だった。
読みやすいのに、実はかなり本格的で重厚。
近代小説を超えた小説だと思う。
一読では分からなかったことが多い。なんでレモンはカタカナなんだろう。外套はゴーゴリだろう。でもなぜか。ゆずは一体なんだったんだろう。
何度も再読するとおもう。
Posted by ブクログ
主人公や、主人公の友達のように、自分の弱さに気づき認め、考えを改めることのできる人間になりたいと思う。
また、物事って一方の視点から見ただけでは正しいとか間違っているとか判断できないと分かっていても、自分の経験だとどうしても主観が入って偏りがちなんだけど、この話を読んでいると、客観的に一つの事象に対していろんな目線で話が見えるので、改めて人の選択にいいとか悪いとか決めつけてはいけないと思った。
この作者さんの作るお話を読んだ後は、現実世界が少し明るく感じる。
最後の主人公が、小柳さんへの気持ちをこぼすところは、店員さんとしてその場にいたいと思うくらい尊い場面だった…。その場にいたら叫び出してたかも。鉄腕グッジョブ!
Posted by ブクログ
自分がなにかに悩んでいるとき、きまって、小説を手にとりたくなり、最初は気を紛らわすつもりで読み始めるのに、内容が次第に自分の悩みと重なっていく。おそらく勝手にこちらが重ねているだけなんだろうけれど、本作に登場する人物とは相性が良いのか悪いのか、気付けば自分が窘められていて、読みながらなんども謝ってしまった。ごめんなさい、私も先のことばかり考えて、今を蔑ろにするところある。大切な人へ気持ちを伝えることを恐れている。意地を張ることもある。それにより傷付けてしまった人々へ、ごめんなさい。
でも、大人ってだいたいそうじゃないか? 誰にも叱られなくなって、自分が確立されていって、他者を受け付けなくなって、気付けば孤立している。そうして殻に閉じこもりながらいっちょ前に寂しいって、そりゃ、誰も可愛がってくれないよな。
そうやって捻くれている自分への喝をもらったような気持ち。沈んでいたところを掬いあげてもらい、人と人との、正解のない関わりの中で藻掻く姿にこちらも同調し苦しみつつ、終末はあたたかく締めていただいて、まだまだ自分、やれます、やらせてください、と思えた。自分と関わる人や、関わることそのものを大切にしたい。良い内省の機会でした。ありがとうございました。
解説のこだま氏もおっしゃっているように、確実に背中を押してくれる作品です。
Posted by ブクログ
心の点滴になった。すらすらと読みやすい文体。田舎特有のなんともいえないあの感じを絶妙に表していて、自分もその場にいるかのような居心地の悪さを感じる。その場にいる人たちの多くは「そういうもの」と疑問も抱かないが、玲子はびしっと反撃。強い。
あとは心情の描写が自然で沁みる。このところ続く不眠、タバコを減らしたせいだろうと思おうとしていたが、認めざるを得ないのは肺に見つかった影。もし重い病気だったら…という不安が不眠の正体だったという。“(あなたとの)結婚生活で溜まった愚痴を聞いてもらうために、あなたには長生きしてもらわなくちゃね”という妻の寄り添い方。
祖父が亡くなったばかりの今、読むべくして読む本だったように思う。
大好きな作家さんです
寺地はるなさんの小説が好きでこちらも購入しました。
全て繋がった物語ですが、短編集のような形になっておりサクサク読み進めることが出来ました。
たくさんの人の目線で書かれており、それぞれの人生や価値観を考えては泣き、を繰り返していたのでとても読み応えを感じました。
寺地はるなさんの暖かいお話が大好きです。
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