あらすじ
ある出来事がきっかけで他人が作った料理を受け付けなくなってしまった高校生の冬真は、同級生の時枝くんに「難病を抱えた美少女」の妹がいるという噂をきく。友達にそそのかされ、時枝くんの家まで行ったことがきっかけで、冬真は時枝くんと仲良くなっていくが――。一方、国際交流プラザで働く紗里は、「きれいなものが好き」なあまり、太ることへの嫌悪感を抱えていた。自分が撮影した写真が原因で時枝くんを傷つけたことを知った紗里は、“罰”としてマッチングアプリを始めて……。それぞれの理由で世界への信頼が薄くなった彼らが、大切な人と歩いていくために一歩を踏み出す感動作。
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やっぱりよかった。
寺地はるなさんの言葉はどうしてこう染みるのだろう。
最後の3人でピクニックシートの上での言葉はどれも素敵だった。
親の気持ちも子供の気持ちも少し世間からはみ出た人の気持ちもすべてを綺麗に包み込んでくれるような言葉が溢れていて静かに泣けた。
BL好きの私にはめちゃくちゃ刺さる小説だった。
親としてこうありたいと思わせてもらった作品だった。
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繊細な男の子たちを見守る優しい世界。
第1話 僕と茅島と村中はなんとなくつるんでいる。時枝くんの妹が美少女だから見てきてと頼まれ、時枝くんは裏の家に住んでいるから見にいったら、たまたま見つかって家に連れ込まれた。妹の弓歌さんは顔立ちだけは美人だった。
冬真は他人の作ったものが食べられない。父の愛人が作った菓子を食べさせられてからだ。母の料理と、コンビニやスーパーの惣菜は大丈夫。
次の日時枝くんとお弁当を一緒に食べることになった。弓歌さんは難病らしい。時枝くんは世界中を旅して回ったシェフのレシピ本でお弁当を作っているらしい。いつか世界中を旅したいらしい。
第2話 国際交流プラザに勤めている。元木さんはいつも紗里のお弁当をみて、それだけなの?と聞く。紗里は自分の気に入った体型でいたい。国際交流フェスで世界の民族衣装を着るイベントがあり、時枝絋くんのドレス姿を撮った。彼は友達とSNSに写真を載せられたことに抗議しにきた。本当はSNSに載せていない。従姉妹の美月に盗まれたのだ。
第3話 冬真と時枝くんは今日パウンドケーキを作る。ともに焼き菓子を極めようではないかと言われたのだ。あかりちゃんはお母さんが亡くなってから、夕食も父のお弁当も作っている。時枝くんは病気のお母さんと離れて暮らしている。一緒にいる菜子さんは叔母さんらしい。
第4話 水田さんは500円を消すマジックをみせてくれた。紗里と水田さんは今度ほたるいしマジカルランドに行くことになった。
第5話 時枝くんは進路のことで親に呼ばれて、冬真は同行することになった。直前になって、家を見つけてから時枝くんは行きたくないと言ったが、結局父親にみつかってしまう。
第6話 紗里と冬真は買い物に出かける。冬真に誘われたのだ。紗里は冬真たちが付き合っているのを知っている。東京の大学に行って、同じ学生アパートに住むらしく、お弁当箱を購入したいらしい。
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1 オムレツ、あるいは
2 木曜日のサンデー
3 プウンドケーキ
4 恋とレモネード
5 チョコレートサンドイッチと未来
6 ピクニックバスケットの歌
各章にはいずれも食べ物の名前(らしきものもあるけど)がついています。
それぞれ登場人物のこれまでだったりこれからだったりに深い関係がある食べ物です。
それは、この小説が食べ物を通して登場人物たちのトラウマとそこからの解放を描いているからです。
ぜひとも、最終章の「6 ピクニックバスケットの歌」まで読んで欲しいと思います。
そこには、登場人物(や作者)が心から言いたかったことが、まとまって語られているからです。
読者はそこで人生での大切なことを聞くことができます。途中で読むのをやめるのはもったいないです。
1度最後まで読み通したら、もう1度初めから読み直して欲しいと思います。
そうすれば、この小説がかなり緻密に組み立てられていることに気づくと思います。
好みはあると思いますが、わたしは良く出来上がっている小説だと思います。
作者が登場人物と同じ思いを抱きながら育ってきた人なのかどうかは分かりません。
作者が登場人物と同じような環境にいる若い人たちを励ますために書いたのかどうかも分かりません。
でも、読めば、あなたは共感したり勇気づけられたりするかもしれません。
もしかしたら、同じ境遇で育ってこなければピンとこないかもしれませんが、
でも、わたしはこの小説は良い小説だと思います♡
以下は私見ですが、
世の中には、人の親になって良い人となってはいけない人とがいるのではないでしょうか?
例えば、結婚しているのに他の異性と恋愛関係になり家庭を壊してしまうような人とか。そんな親を持った子どもはたまったものではありません。と思います。
と言うよりも、わたしたちは子どもたちにとって良い親、良い大人であるように学び続けていくのが良いように思うのです。
この小説の主人公 香川 冬馬(かがわ とうま)くんは、他の人が作った食べ物は食べられない人です。そのきっかけは彼の父親の行為に関わるものでした。
子どもが成長する環境は子ども自身ではつくれません。
夫婦のことは夫婦にしか分かりませんが、親には家庭を維持する、子どもを成人させる責任があるのではないでしょうか?
この小説のタイトル「世界はきみが思うより」に続ける言葉は、みなさんなら何を入れるでしょうか?
作中に出てくる2つの家庭と1組のカップルを見ながら答えを考えてみていただければと思います♡
〔作品紹介・あらすじ〕
ある出来事がきっかけで他人が作った料理を受け付けなくなってしまった高校生の冬真は、同級生の時枝くんに「難病を抱えた美少女」の妹がいるという噂をきく。友達にそそのかされ、時枝くんの家まで行ったことがきっかけで、冬真は時枝くんと仲良くなっていくが――。
一方、国際交流プラザで働く紗里は、「きれいなものが好き」なあまり、太ることへの嫌悪感を抱えていた。自分が撮影した写真が原因で時枝くんを傷つけたことを知った紗里は、“罰”としてマッチングアプリを始めて……。
それぞれの理由で世界への信頼が薄くなった彼らが、大切な人と歩いていくために一歩を踏み出す感動作。
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自分にも他人にも汚い部分はあるし、偏った考えや見方をしてしまう事があるし、そう思われてしまっている事があるかもしれない。
だけど、少しだけでも理由を付けてでも世界を信用してみれば違う考え方ができるかもしれないし、相手の気持ちを汲んであげる事ができるかもしれない。
そういう事の繰り返しで人は成長していくのかもしれないですね!
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どんな価値観であれど、許容できる世界を。
弓歌のように、すれ違えれば誰もが振り向く美貌にジロジロ観られる視線の痛さ。
そういう人が羨ましいと常感じていた思春期の自分を思い出す。
可愛い子はいた。でもそんな風に観られていたと客観的に見ると、申し訳ない気持ちが心に広がる。
また自分も紗里と同じ考え方を持っていた時期があったなと思った。
自分の身体は太りやすいし、ガツガツ食べると太るからあまり食べないようにと。
人から観られるのがちょっと怖い(紗里もそんな感じだったのだろうか)。
ルッキズム。見た目が違うことでの『差別』って、こんなにも苦しい。
冬真と時枝との感情。好きになる子は男でも女でも関係ないと私は思う。
性的マイノリティで悩む人は後を絶たない。
それは当たり前のように男と女はくっつくような価値観が「押しつけ」のように感じるから。
偏見な目で観てしまう人間の性。そうやって刷り込まれてきてしまった自分たちにも課題感がある。
押し付けとなると、吉良さん親子のお弁当も同じかもしれない。
子どもは子どもらしく自由に生かせるべきであり大人が子どもの未来を押し付けないでほしいが願いもある。
さまざまな人が価値観や環境下で育ったか当たり前だけど違う。
そういった彼らがそういった窮屈な世界から新たな世界へ踏み込んだ時に許容できるようになれたらいいな。
それは自分たちも同じ目線で立つことにもつながり
向き合い方も考えなければいけないのかもしれませんね。
Posted by ブクログ
誰しも汚い部分はあるかもしれない。恋愛にも家族にも様々な形はあると思うが、共感できない部分もあった。おかずシェア会が楽しそうで、そこから色んな人と繋がれるのは素敵だと思った。
Posted by ブクログ
色々な愛の形を優しく紡いでいく物語。
家族愛、親子愛、同性愛、普通のカップルに見えるけど実はそうではない二人の愛、兄弟愛など。
短編小説だと思って読み進めていたらそうではなかった。章ごとに登場人物と視点が変わっていく。時々、同じ過去の出来事が別人物の視点で描かれている。それぞれの人生観や感じ方の違いにより物語が何層にも広がっていく。
一人一人の人物の個性は際立っているけど、どこか一本の線で繋がっているようでもあった。
多様性がテーマなのかな。
最近は、多様性に過度に配慮しすぎてしまうことや、その配慮自体に苦しんでしまう人が居たりと、優しくも難しい時代だと感じる。
特に、多様性が重視される時代だからこそのコミュニケーションの取り方が本当に難しい。
レッテルを貼らないこと、「配慮してます」という顔をしないこと。
周囲の人たちに対しての過去の自分の発言などを思い返して軽率だったな、と反省する場面がたくさんあった。コミュニケーションって本当に高度だ。
コミュニケーション技術や雑談力の自己啓発本よりも勉強になる一冊だった。
《印象に残ったところ》
・冬真、早熟すぎんか
高校生の冬真。他人と会話をするとき、その一瞬一瞬でそんなに深く相手のことを考えられる人がいるんだ、と感心の連続。高校生でこの境地にいるの…凄。
でもよく考えれば、高校生だからどうとかではないのかも。コミュニケーションは大人になるにつれて上手になるわけではない。
関わる人が増えるとか、社会に出て一般常識を身につけることもコミュニケーションのステップアップの大きなきっかけだとは思う。
でも実際はそんなことよりも、他人を傷つけてしまった経験、傷つけられた経験が、その人の、人との関わり方を変えるのかなと思った。
ただ、自分にとって嫌なことを言われたとき、大半の人は本人にいちいち嫌だったとか伝えないし、そっとその人と距離を置くだけ。
無意識に、諸々の理由で関わらなくなった人たちのことを考えてしまった。本当は理由をつけて安心していただけだ。
理由なんて分かっているじゃん。私のあの一言が。あぁ言えば良かったのか…。
(でもこの思考時代が私の中の決めつけでもある。哲学みたいになってきた。)
あぁ自己嫌悪とネガティブが止まらないです。
冬真、30代を刺さないで…。
人と関わるときに"何を言うか"よりも"何を言わないか"が大切なのだと何度も感じた。
これが本当に難しい。
・紗里のルッキズムはどこから来た?
「きれいなものが好き」な紗里は、太った体型の家族の" 遺伝"を危惧して、日々食事制限も運動もストイックに取り組んでいる。
自分を綺麗にする努力が出来ることは本当に格好良いけど、半ば強迫観念のようなものを感じる。そのルッキズムはどこから来たのかな、とすごく疑問に思った。
幼い頃、安いファミリーパックのアイスにトッピングをしてウキウキした気持ちって永遠だと思ったのだけど、そんな温かい思い出をも紗里の記憶の片隅に追いやってしまったのは何だったのか。
もしそれが誰かからのヘイトだったりしたら、そのヘイトは本当に罪深い。
そしてここでも、他人の一言や一瞬の出来事は、人の人生や性格を変えるほど影響力があることを感じて、人間関係の難しさを感じる。
後半、少し痩せたお母さんが、なんでも美味しく食べられる期間って意外と少ないのよ、というような言葉を言っていて、それを聞いて泣いてしまう紗里が切なかった。
・冬真の母から学ぶ、本当の親心
-『冬真が大事、でも冬真の存在を唯一の生きがいにしたらあかんって』
-『母親から「わたしの生きがい」と思われてる人生って、なんかしんどそうやん?』
-『ごはんつくる時もさ、愛情の記みたいになったらあかんと思ってた。』
大切だからこそ、子供を自分の生き甲斐にしない。
そうか、そんな考えが。
私も、無数の未来が広がっている自分の子供たちの選択肢を狭めたり、足枷になるような親になりたくない。
子供を信頼して、何も言わず背中を押す。
この場面に立たされるのは意外とすぐなのかもしれない。
今から少しずつでも、その心の準備をしておこう。
私は私の生き甲斐を、そんなに大袈裟なものじゃなくても良いから探す。
《メモ》
この物語は、色々な形の愛を語ったもの。
だからそのことにフォーカスした感想を書く人が大半だと思うけど、私はそれよりも何よりも、とにかく登場人物たちの思慮深さや会話を丁寧にすすめていくところに圧倒された。
冬真と時枝くんが少しずつ仲良くなってきた場面での会話。
時枝くん「ぼくも香川くんと友だちになりたい」
冬真「…もう、なってると思ってた」
こんな何気ない会話の一節にも
『時枝くんは思っていたよりずっと遠慮がちな人なのかもしれない。あるいは、ぼくが自覚していたより馴れ馴れしい性格なのかもしれない。でも「そっか。よかった」と笑う顔を見たら、そんなことはどっちでもいいと思えてきた』と、続く。
時枝くんの性格を決めつけるのではなく、「あるいは、自分がこうなのかも」と全ての会話の中に色んな可能性を考えて、それに応じた言葉を紡いでいく。
会話劇というようなものではないかもしれないけど、こういう繊細な一つ一つの描写が総じて心地良かった。
多様性という言葉は便利だけど、何でもかんでも多様性で片付けようとする、その多用性には眩暈がしそうになる。
こういう発言はダメ、こういうときはこう言うべき、というタブーに怯えてしまって最近の私はコミュニケーションが少し怖くなっている。
でも、人間関係って絶対にゼロにはできない。人間関係でしか得られない温かさも知っているからね。
すぐに冬真のようになることは難しくても、「みんな色々抱えているんだな」ということだけは忘れない。分からないことは発言しない。イメージで語らない。
過去に私が無意識に傷つけてしまった人たちには、もう会うことができないけど、今現在やこれから先縁あって関わってくれる人たちと、温かい関係を築けるように、私ももっと視座を高めていきたい。
Posted by ブクログ
目には見えない、でもそれぞれの事情が人にはある、そんななかで、お互い尊重し合いながら生きる。
あたりまえっちゃぁあたりまえなんだけど、それが難しいから、この当たり前に心が響く。
現実にこんなことあったら多分もっと殺伐してそうなことを、特に少年2人はしっかり受け止めている。
私はこのタイトルのあとに、悪くはない、ってつけるかなぁ、今回のストーリー展開なら
2026.9.14
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世界はきみが思うより、その後にぱっと思いついたのはネガティブな言葉でした。私自身の経験がそういう発想になっているとしたら寂しいことだなって思います。世界はきみが思うより、優しい世界であって欲しい、私は読後にそう思いました。
Posted by ブクログ
題名に惹かれて・・・Audibleで。
寺地さんならきっと。「世界はきみが思うより」の後は「悪くない」っておちにしてくれるはずと、ちょっと心がバテて居たときに聞き始めた・・・ら、「悪くない」じゃなくて「すごくいい」でした。
みんなちょっとずつなんらかの事情を持っててなかなか表には出せないけど、少しずつ話せる人が出来ていたり、その中で混じり合って影響して、すこし変わって、離れていく、、ともすれば一部分の人の生活の営みのある時期をゆっつくり、やさしく進んでいく。親子の関係も友人?の関係とか、男女の関係とかすごくよくて。こういうのあるかも。でも、世界はきっと解ってくれないんだろうなとハスに見てる感じが最後には、いや、解っても解らなくてもまあ、ええやんって(笑)
大阪弁がなんとも心地いい。好き〜
Posted by ブクログ
高校生の冬真は、父の不倫がきっかけでひとの作る料理を食べられない。家の裏に住む同級生・綱と、その妹の難病の美少女・弓歌と、ある日のやりとりをきっかけに仲良くなる。
それぞれ世界に息苦しさを感じる登場人物たちが、大切なひとと出会い関わり、世界への信頼をほんの少し取り戻していくお話。
Posted by ブクログ
登場人物がどこかで繋がっていて、伏線回収みたいで面白かった!
みんなそれぞれの悩みや葛藤や優しさがあって、いろんな人の気持ちを覗き見ることができた気持ちになった。それぞれのキャラがはっきり分かれていて、連想しやすく読みやすかった。
読み終わった後に、題名の意味をゆっくり考えたいなと思った。
Posted by ブクログ
世界はきみが思うより、どうなんだろう。
それを考えながら読み進めた。
周りを信じすぎても、周りに無頓着すぎても、関わりすぎても、残念に思ったり、嬉しくなったり、感情は色々で。
それぞれが持つ価値観、固定概念。もちろん親と子供もそれぞれで違う。
そんな違う対象を愛する気持ちや、愛おしいと思える心持ちが、世界を、きみやわたしが思っているより、悪くなくしてくれるのかもしれない。
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寺地はるなさんの30作目だという本書。
とある出来事をきっかけに他人が作った料理を食べられなくなってしまった高校生の冬真。
そして、「美しいもの」へのこだわりから太ることに強い嫌悪感を抱く紗里。
それぞれに“食べること”に対して“難”を抱え、世界への信頼を失いかけていた彼らが、ある出会いや出来事を通じて少しずつ自分の足で歩み出す姿を描いた連作六編となっております。
高校生の冬真の視点と国際交流プラザで働く紗里の視点が交互に展開する構成。
主人公たちが抱える生きづらさや拒絶反応は、一見すると頑固だったり極端だったりするように見えるかもしれません。
でも読み進めるうちに、それは彼らが自分を守るために必死だったが故なのだと伝わってきます。
作中で、自己嫌悪が過ぎる紗里に水田さんが言う
「みんな汚ないんですよ。どっかしら汚ない部分、ありますよ。紗里さんだけじゃない」
という台詞が印象的で、言われた紗里は、
“この言葉は私をすくわない。心をほんのすこし軽くしてくれる効果すらない。”
なんてドライな反応しているのですけど(とはいえちょっぴり心が動いている模様?)、個人的には“それな~!”と思うところはありました。
人間って本当に面倒で、ややこしくて、ムズいんですよね・・。
誰しもが他人には言えない歪みや、ブラックな部分を抱えて生きているのだと思います。
なので、本作に登場する、悩みながらも日々を送っているキャラたちの姿に「こんなに生きづらい世界だけど、皆ようやってるよな・・」と、心がほぐれるように思いました。
世界は決して完璧ではなく、理不尽で、汚いものに満ちている。
それでも、自分が思うよりも少しだけ優しくて、温かい手が差し伸べられているかもしれない――。
読後には、周りの世界がほんの少しだけ愛おしく感じられた次第です。
ということで、寺地はるなさんらしい、繊細な心の揺れ動きが丁寧に描かれた物語を堪能させて頂きました。
寺地作品ではお馴染みの〈ほたるいしマジカルランド〉が何気に出てくるのもニヤリポイントですね~( ̄▽ ̄)
Posted by ブクログ
最近はジェンダーの話が多い。
ひたすら優しい。
相手を受け入れ、無理をせず、やさしい。
そして、自分が知らず知らず相手を傷つけないかと思い悩む。
いいのだけれど、いいのだけれど、
世の中はそんなに変わったのだろうか?
そんなに優しいのだろうか、と危惧するけれど、
物語の世界ぐらいそれでもいいよ。
そして、そのことが世の中を変えていくことにつながったら嬉しい。
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多様性が世間でも広まっていて、今どきの話だなーと感じた。生きづらいと思われる世界でも、自分が思っているより生きやすく出来るという考え方の持ち方や、大切な人への信頼とか、温かく力強くなれる作品だった。
Posted by ブクログ
高校生・冬真と、外国人支援の仕事をする沙里の視点から描かれています。
野百合市に住んでいる設定。この街は『水を縫う』一つ隣の駅なのかな、と思います。
寺地さんの小説は『それ、私も感じたことある』ということが書かれていて、すごく身近に感じます。
『そんなことないよというのは無責任だし、そうだねと言うのは無神経だ』
「明日のパンない」「香川家は『超熟』派?」(ええ、私も超熟派です)
「そうなん?」(そうなん?って気が付いたらよく口にしている)
など、ちょっとしたセリフから大切な言葉まで、気に入ったところに付箋をつけていたら、いっぱい付いていました。
好きになる対象にもいろいろあって、どうにもならないものがある。それをどう受け止めていくか。人に話して理解を求めるのかどうか…難しい問題です。
沙里の水田に対する積極的な言い方は、ここまで激しくぶつけられたら、スッキリするだろうな、と思う。沙里なりの幸せが見つかればいいな、と思いました。
最後の冬真が沙里に語る内容は、冷静すぎるというか、切なすぎるというか、行く末を応援したくなります。
Posted by ブクログ
えーとか瞬発的に思うのは、想像力の放棄やなぁとと思う。でもやけんって分かったふりをして、受け入れますよみたいな顔するのはもっと最悪やし、私は結局何もしない選択を取りがち。でもそれはそれで違うんよなぁ。普段考えるからこそ、いざという時に考えすぎずに行動できるのかもしれない。
Posted by ブクログ
ある出来事がきっかけで他人が作った料理を受け付けなくなってしまった高校生の冬真は、同級生の時枝くんに「難病を抱えた美少女」の妹がいるという噂をきく。友達にそそのかされ、時枝くんの家まで行ったことがきっかけで、冬真は時枝くんと仲良くなっていくが――。
一方、国際交流プラザで働く紗里は、「きれいなものが好き」なあまり、太ることへの嫌悪感を抱えていた。自分が撮影した写真が原因で時枝くんを傷つけたことを知った紗里は、“罰”としてマッチングアプリを始めて……。
それぞれの理由で世界への信頼が薄くなった彼らが、大切な人と歩いていくために一歩を踏み出す感動作。(紹介文より)
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登場人物がそれぞれの事情や思いを重ねていくオムニバス方式。
料理あり親子関係あり人の愚かさあり、
いろいろな要素が含まれていながらも、
正解や正義を押し付けてこない内容が
とても好みだった。
ネタバレでいうと、
高校生の二人は恋人になるんだけども、
それも「そういうこともあるよね」と受け止められる。
それが特別ではなく、
普通の男女のカップルでも悩みを抱えていて
それらを比べるものでもない。
軽く読めるのに
人生で大切な要素が随所に小さくちりばめられている、
読後、ふむっと腑に落ちる1冊。
Posted by ブクログ
2025年出版、216ページ。筆者の作品中に割と多い?マイノリティ的な設定が散りばめられ。何が普通なのか?は、結構曖昧だし、それにどれだけの意味が有るのか?って疑問は有る。それぞれ自分の認識や価値観を大切にしないと生き辛いってのも確かで。ただ、自身の価値観とか高らかに宣言するような必要も無く、敢えて周囲との対立やゴタゴタを起こさなくたって良いじゃないの、と。そんな作品なのかなと感じた。
Posted by ブクログ
連作短編集。
高校生の冬真くんは、母親と二人暮らし。彼はお母さん以外の他人の作った料理はたべられない。仲良くなった時枝君は、精神が不安定な母親を支えるために、両親とは別居して、今は叔母さんと妹の3人で暮らしていて、妹は難病で学校には通っていない。
一方で、国際交流プラザで働いてる紗里は、自分が撮影した写真で時枝君を傷つけてしまい、すごく後悔する。
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「世界はきみが思うより生きづらい」なのか
「世界はきみが思うよりやさしい」なのか、読む前はどっちだろうなと思っていた。でも実際はやさしさの中に悪意のない棘やいらん一言が紛れていて「気を悪くしないで」「今こんなこと言っちゃいけないんだっけ」とか無意味な(言った側の自分への)フォローが溢れてて、まじりっけのない、さりげない優しい世界は無いんだよなあと切なくなった。
Posted by ブクログ
読み終えたあと、胸の奥がじんわりと温かくなり、自分の周りの世界がいつもより少しだけ柔らかく見えてくるような作品だった。
誰もが完璧ではなく、順風満帆に見える人だって、人には言えない悩みや自分の中での葛藤を抱えて生きている。
みんな、目には見えない「何か」を背負いながら、今日という日を懸命に重ねているのだと思う。
そして印象的だったのは、登場人物たちの距離感だ。
周りの人もまた、相手の抱える不完全さや事情を知りながらも、余計な口を出さずに黙って見守っている。すべてを暴こうとせず、ただそこに居ることを許すような静かな温もり。
無理にすべてを明かす必要はないけれど、ほんの少しだけ心を開いて、自分の言葉で話してみる。
そして、お互いを少しずつ知っていく。
「完璧じゃない者同士が、お互いの存在を尊重し、そっと寄り添う」
そうした不器用で静かな営みこそが、本当の意味での思いやりであり、愛なのかもしれない。
日々の暮らしの中で、自分や誰かの不完全さに落ち込みそうになったとき、またそっと開きたくなる一冊に出会えた。
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少しだけ生きづらいと感じている人達が、少しずつ前向きに直向きに生きていく過程を丁寧に描かれている。そう、とりあえず真面目に生きてさえいれば、未来は明るい方に向かうはずだから。主人公の冬真の父親と不倫相手が最低過ぎる。
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多様性という耳障りの良い言葉にひっそり傷つけられる人たちは、声があげられなかったり気づかれなかったりする。
寺地さんは今作でも、そんな声を丁寧に大切に表現されていてうれしくなる。
だけど、連作短編にする必要ってあるのかな。
いろいろな生きづらさが描かれていて、それぞれ別の話でもよかったんじゃないかという気がする。
連作短編の形になることで、いやいやそんな偶然ないやろって思ってしまう瞬間が何度かあった。
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「世界は、きみやわたしが思っているより、悪くないかもしれない」というテーマを 食べ物に託して、優しく綴ったお話だった。同性愛の高校生男子カップルと、マッチングアプリで出会ったセックスレスのカップル。2組のうちの一方がかわりばんこに、主人公として話が進む。登場人物も魅力的だし、それぞれの背景も興味深いし、読後感も悪くない。けど、食べ物と組み合わせるあたり、ちょっとあざとく感じてしまった。いかにも、心優しい誰も傷つけない小説ですよ、って感じをアピールしてるのかなって。
Posted by ブクログ
世代や性別に関係なく、知り合いを通して繋がったコミュニティの中で何気なく言葉を交わすうちに、それぞれの悩みが少しずつ小さくなっていくのが良かった。
自分1人では解決できない問題でも、他人の力を借りることにより、やはり色んな人の話を聞いて解決策のヒントになるようなものを複数持っておくことが心の安定に繋がると思った。