あらすじ
「これは性的だ!」という批判がある。「性的ではない!」という擁護もある。自治体のポスターに。食品のCMに。公園の裸婦像に。なぜ人は「何が性的か」ですれ違うのか? そもそも「性的」とは何なのだろうか? 私たちは、「性的」なものをめぐって議論するわりには、「性的」というものが何かよく分かっていない。私たちは、こう問うところから始めなければならない。「性的であるとはどのようなことか?」
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Posted by ブクログ
まず「性的である」というものを三つに分けて考え、それを使いながら性的雰囲気や性的ペルソナの性質を考察。言語行為論などを用いてそれらが「性的である」ことによりどう悪さをしているかを解説している。
その次はえっちさについての考察と「性的である」ことと「えっちさ」の比較が行われ、大胆にもえっちさを用いて他人との分かり合えなさを味わう方法を模索している。
内容は面白いが、一つ一つのテーマがざっくりとした印象で、まだまだ議論の余白がたくさんありそうな一冊。それ故これから先の哲学の中でどんどんと枝葉のように発展していきそうな感じがする。特に最後のえっちさを用いた世界との関わり方に関してはかなり大胆な印象を受けたが、加速度的に分断が進む現代に生きている我々こそ、分かり合えないことを味わうことの可能性については特に考えるべき事柄だと思う。
Posted by ブクログ
私はむしろ、私が惹かれる存在の前で停止することが、その存在に対して真にえっちなモードで接することであり、素敵なことではないか、と考える。
という部分から、恋愛においても同じことが言えるのではないかと感じた。
Posted by ブクログ
美学の方からの切り口はおもしろいと思う。「えっちさ」はふつうは「エロチック」なわけだけどあえて「えっち」を選ぶ理由もわかる。倫理的・社会的な判断についてはつっこみどころはけっこうある気はする。細かいコメントいずれ書くかも。