多崎礼のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
作品紹介・あらすじ
こんなことになるなんて!
1行目は全員一緒、25編の「大騒ぎ」。
早起きした朝、昼の休憩、眠れない夜ーー。
ここではないどこか、今ではないいつかへ、あなたを連れ出す7分半の物語。
『黒猫を飼い始めた』『嘘をついたのは、初めてだった』『これが最後の仕事になる』に続く、会員制読書倶楽部:Mephisto Readers Club(MRC)で配信(公開)された大人気ショートショート集第四弾。
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25編からなるショートショート集。
Mephisto Readers Club(MRC)が贈る大好評シリーズ第4弾とのこと。既に第3弾と第6弾は読み終えた。
最初の一文は必ず「だから捨ててと言ったのに」で始めなければならない、という括りがある。
他のシリーズと同様に玉石混交。ただ他のシリーズよりも本書の方が面白い作者が多かった。ただ、飛び抜けて面白いというわけではなかった。
以下が面白かった作者。
須藤古都離
黒澤いづみ
岡崎隼人
砥上裕將
清志まれ
舞城王太郎
高田崇史
背筋
多崎 礼
谷絹茉優
夕木春央
最果タヒ
このうち清志まれはいきものがかりの水野良樹のペンネーム。谷絹茉優はChevonというバンドのヴォーカリスト。ミュージシャンが二人参加している。
上記の中では砥上裕將と夕木春央が特に良かった。歳を取ると、こうした小さな感動話に思わずウルっとしてしまう。そして最果タヒの文章。詩人だからなのかもしれないけれど、とても心に響いてきた。 -
Posted by ブクログ
最新巻までたどり着いてしまった。結構なクリフハンガーで終わったので次巻が待ち遠しい(がまだ発刊予定がないとのこと…(泣))。
レーエンデの革命の物語4冊目は、前巻からさらに100年以上経った時代。我々の現実の世界と同じく、産業革命があり資本主義が台頭しているような時代。それでもなおレーエンデの民は奴隷のような扱いを受けている。不当な扱いに慣れると人はそこで諦めてしまう。人間の順応力の良し悪しはときと場合による。とにもかくにもシリーズのなかで最もドラマチックな巻だった。
前巻で誕生した戯曲「月と太陽」も効いている。レ・ミゼラブルの「民衆の歌」が私の頭のなかでBGMとしてこだました場面がいくつもあった。しかし本格的にその名曲が想起されるのは次巻なのだろう。
本巻の主人公は、恵まれたイジョルニ人側の新世代の若者と、異母兄妹の娘。領家の跡継ぎのレオナルドは、民族平等を標榜し、自らビジネスを起こす。新しい価値観の持ち主だ。しかし暴君の父親が無理やりに法皇王に君臨し、嗜虐の統治を進めることで起こる悲劇的展開。
兄妹はレーエンデの自由のため、別々の方向に進む。妹ルクレツィアはその頭脳を持って暴君の父を操り、レーエンデをさらに苦しめることでレーエンデ人の革命欲を呼び覚まそうとする。兄レオナルドは身分を捨て市井の民となり、レーエンデ人と共に苦しみながら革命を起こそうとするが、民衆のレジスタンス意識はなかなか広まらない。
二人の運命が再び交差するのは物語のラスト近く。次巻で兄が民草の太陽になりそうな予感を感じさせながら、物語は幕を閉じる。なお本巻でようやく、一巻目のラストで生まれたとされる神の子の存在が登場。なんとまあ予想外の存在。そう来るかと。
革命が成功するには、ヒエラルキーのボトムの人たちの抵抗ではなく、トップ近くにいる人たちによる抵抗なのだ、という考えがある登場人物から唱えられたが、なるほどと思った。
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レーエンデ国の革命の歴史第3巻。だんだん、巻頭にある地図を丹念に見るのが楽しみになってきた。地図って面白いんだな。土地の使われ方の変遷には、歴史が反映されている。古地図好きってこういう楽しみ方をしてるのか。
さて、3巻目は、前巻よりもさらに100年以上時代が進んでいる。レーエンデの民族は、すっかり下級市民として生きることが定着している。利用できる施設、就ける仕事、住む場所がはっきりと上級市民イジョルニ人とは別れている。レーエンデの民には法も公平ではない。アパルトヘイトか。
本巻の主役は、そんな下級市民のレーエンデの双子、天才脚本家とその作品を上演する演出家兼俳優のふたり。歴史は勝者の物語、2巻目で主役だったテッサ・ダールの抵抗の話は悲しいかな語り継がれておらず、歴史は改ざんされ、忘れ去られていた。そんな歴史の隙間に落っこち消えかけたレーエンデの英雄とその矜持の話を見つけ出し、掘り返し、舞台作品にしてこの世に放つ形で抵抗しようとする二人の話。
そう、3巻目の革命は、ペンによるものだ。力による革命を果たそうとした2巻目の主役テッサ・ダール、その姉は、自由を勝ち取るには知識や教育が必要だと話していた。そのとおり、100年たち、知識が力になりペンと文化で戦う時代がやってきたというわけだ。
本作は、忘れられたテッサ・ダールの伝説を巡る謎解きのような側面もあり、楽しい。読者はもちろんテッサの話はよく知っていながら、本作の主人公たちがそれを見つけ出し理解しようとする過程を物語の外から見届けるという構造になっている。
革命にはいつの時代も悲しい被害者がいて、革新は名も無き者の上に立つ。本書もまた切ないエンディングだが、レーエンデは少しずつ自由への道を歩み始めただろうか。次巻で見届けよう。 -
Posted by ブクログ
レーエンデ国の革命の物語第2巻。主人公テッサ・ダールはレーエンデのダール村の娘。やがて戦士になり、レーエンデに自由を、を胸に英雄になる娘。シリーズ全体が、ある国の革命の歴史の話であることが強く印象づく本巻。かなり読み応えあり。
前巻から100年以上たっている時代が舞台。レーエンデの民は、帝国のイジョルニ人から不当な扱いを受けている。レーエンデ人は兵役があり、テッサは村の幼馴染の男二人と共に帝国軍に駆り出され、訓練や戦闘の日々を送る。
しかし村を離れているその間、帝国側に村を蹂躙され愛する家族をすべて失う。その理不尽さに目覚め、レジスタンスの義勇軍を立ち上げ、帝国に立ち向かう。レーエンデに自由を、という矜持を胸に持って。
さまざまな葛藤が描かれ、信頼や裏切りがある。敵側のイジョルニ人の名家の息子だった子供を拾い家族として温かい関係性を築くという要素が、来たる不穏の予感を物語にずっと漂わせる(なんせ物語の冒頭で、この子供がやがて残虐王と呼ばれる男になることが予告されているのだ)。また、娼館の娘たちの暮らしが描かれ、市井の人の受ける搾取の描写にもページが割かれる。物語に奥行きがあり、なぜテッサやレーエンデは革命が必要なのか(そしてなぜ失敗するのか)が丁寧に描かれた。
エピローグの短い文章の中で、その後歴史はどう動いたかが軽く触れられる。ひとりの人間の半生は濃い物語であるが、歴史の中では豆粒のような存在だ。前巻の英雄だったビクトルやユリアも忘れ去られ、歴史の中の悪役のような認識にもなっていることがわかる。歴史は勝者の物語。大河のなかのズームイン・ズームアウトの演出が憎い。