フランスでいただきますに当たる言葉がなくて戸惑ったな。
養老孟司が東南アジアの森が好きなのは分かるよ。日本の森より東南アジアの森の方が手付かず感が凄い。人間が手をつけると生態系崩れて生物が死ぬらしいね。ツーリズムって皮肉だよな。
日本の科学ノーベル賞受賞者とか、日本の優れたアーティストとかって長野県出身とか田舎が故郷の人多いよね。私は田舎で育つほうが子供は賢くなる気がする。都会に住んでても頻繁にアウトドア的な遊びをさせてあげてる親は賢いんだろうなと思う。
C.W.ニコル・アファン
1940年英国ウェールズ生まれ。作家、環境保護活動家、探検家。
カナダ水産調査局主任技官、エチオピア・シミエン山岳国立公園長などを歴任後、1980年長野県に居を定める。
1986年、荒れ果てた里山を購入し『アファンの森』と名付け、森の再生活動を始める。
2002年「一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団」を設立し、理事長となる。
著書に『勇魚』(文藝春秋)など多数。
2020年、79歳で逝去。
「ニコル 養老さんは口数が少ないですから、最初はちょっと怖い感じがしました。 ―――養老先生は以前にアファンの森に来られたこともあるんですよね?養老 花粉症の委員会のあと、「日本に健全な森をつくり直す委員会」という NPOにも、ニコルさんと一緒に参加するようになって、そこの活動で来ました。ニコル 今日は、また、アファンに来ていただいてありがとうございます。私は養老さんをすごく尊敬しています。今日は、こうやってお話しできるのが、光栄でうれしいです。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
『「身体」を忘れた日本人 JAPANESE, AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老孟司,C.W.ニコル
神対話だった。
何を大切に生きたいかだよな、きっと。
ニコルさんのことを、私は勝手に出会った人の中で一番強い人だと思っていたが、この対話でよくわかった。
#読書メーター
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【身体を忘れた日本人/養老孟司】の名言/格言
木は木目に沿って割れるから、板は割って作った方が合理的なんですよ。今は機械でビューっとまっすぐに着るから、あとで反り返ったりする。材料に合わせて仕事をするおことが手間だっていう時代になっちゃったんですね。
「限界集落をみんな「かわいそう」みたいに言うんだけど、全然違いますよ。若い人がいなくても年寄りが暮らせるくらいにいいところなんですよ。しかも、子どもたちが都会に来いって言ったって行かないんだから。ただ、そういうところは年寄りががんばっちゃって、若い人が入れないんですよ。年寄りが「後継者がいない」って嘆くんだけれど、そう言ってる年寄りがいるから、若い人が来ない。 だから、若い人は田舎のなかの田舎に行くといい。もともと人は少ないし、 20 ~ 30年待てば近所の年寄りは全部いなくなるから、好きなことができる。田舎を活用するいろいろなアイデアが実現してくると思いますね。それで、明治維新と言ったんです。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「養老 都会の生活は変化がないですからね。いつもエアコンで部屋の温度は同じ、風は一切来ない、明るさも一定。これじゃあ、感覚が完全に狂っちゃいますよ。
ニコル 都会の人は家畜化してると思う。
養老 都会の人は弱いですよね。僕は、それ一番よく象徴してるのが、第二次大戦のときにナチスに殺されたユダヤ人だと思う。ユダヤ人って結局都会の人なんですね。だから、抵抗しないで 300万人も殺されてる。普通なら、そんなことあり得ないよね。誰かが抵抗するでしょう?『ミヒャエル・コールハース』っていうドイツの古い小説があって、 16世紀に農民が王様と徹底的に戦ったという話なんだけど、農民ってそういうことやるんですよ。都会の人には、ああいう強さがなくなっちゃった。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル 最近、大きなゲーム会社の下請けをやってる会社が本社を東京から長野に変えたんです。社員が 60人ぐらいいて、若い人は東京に残ってるけど、子どものいる家族はみんな長野に引っ越し。 その会社の社長さんも、東京で自分の子どもを見て、こんなところで育てていいのかなって思ったみたい。社員の人も、創造力が弱くなって前のゲームをまねしたゲームしかつくれなくなったから、きっと自然の中に行けよって思ったんですね。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「養老 だから、何やっても「きれいごと」になってるんですよ。虫採りに行っても、とにかく犬の死骸でもなんでもひっくり返して、虫を集めるっていうようなしつこさっていうか、泥臭さがなくなって、スマートな人ばかりになっちゃった。 顔つきも変わりましたね。僕、ブータンに行くと、それをしみじみ感じるんです。ブータンはまだ国中が田舎みたいなもんだけど、日本人とそっくりな人がいるなって思うと、その人は首都ティンプーの役人なんですよ。都会人っていうか、日本人は、みんな役人みたいな顔になっちゃったんです。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル 養老さんは、前から、都会と田舎を行き来する参勤交代のような仕組みをつくったらいいとおっしゃってますけど、僕はほんとうにいいじゃないかと思ってますよ。 僕は、ここに住んで 33年経ちますけど、親のお金はなかったし、「カブ」は野菜のカブしか知らない。でも、ここには自分の家も、畑もある。銀行にお金はないけど、赤字はない。財団もつくった。物書きで、元は外人です。こんなこと、ずっと東京か大阪にいたらできたと思う? 〝 Absolutely impossible !〟(絶対無理)」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「僕は、ラオスに虫を採りに行くけど、向こうの人は買った虫を食べてますよ。それに、カニクイザルは虫が好きで、クモの巣を全部はらって虫を食べてますから。カニと虫は食感が似てるのかもしれない。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「子どもたちはだんだん外で遊ばなくなってしまったんです。だから、トラウマを持った子どもたちが生きた森に来れば、心の窓が開くんじゃないかと思ってやりだしたんです。今は、障害のある子どもたちに来てもらっています。盲学校とか、養護学校とか。東日本大震災で被災した子どもたちも呼びました。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「養老 そう。僕は何もしない。子どもたちが虫を採ってきて「これなあに?」って聞いたら、名前を教える。福島虫の会の「プロ」も一緒に行ってるから、ちゃんと答えてくれるしね。子どもたちにすれば、名前がわかるのが、結構励みになるんですよ。 でも、それだけ。よけいなことはしないほうがいいんです。自然の中に行って、何が面白いかなんて口で説明してもしょうがない。虫採りもそうですけど、アファンの森みたいなところに来て得るものって、実は言葉にならないんですよね。だからそれを説明しろっていうのが一番困る。だから、「何でもいいから、ともかく自然の中に行け」と言うんです。「気分が変わるだろう?」「おなかすくだろう?」って。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル 養老さんはきっとご存じでしょうけど、最近、西洋では、学級崩壊を起こすような子どもたちは、〝 Nature Deficiency Syndrome〟、つまり「自然欠乏症候群」ではないかと言われて、問題になっています。子どもたちが、集中できない。我慢できない。すぐキレる。友達がつくれない。それは、自然の中でちゃんと遊んでないからじゃないかというんです。 デヴィッド・スズキ先生(カナダの生物学者)が書いたものを読んだら、カナダの子どもは平均 1日に 8分しか外で遊ばないのに、テレビやゲームの画面を見ている時間は 6時間!養老 ほう。ニコル これじゃ、脳のバランスがおかしくなる。聴覚や嗅覚がだんだんと退化して、コンピューターの一部分になっちゃうんじゃないかなと心配になりますよ。 別の本にも、子どもたちに「どうしてこの公園で遊ばないの?」と聞いたら、「だってこの公園にはコンセントがないから」って言ったという話が書いてあった。公園に行っても、遊び方がわからないから、遊べないんですね。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「養老 だから、オスはいらないんですよ。インドネシアに行ったときに、男はみんなたばこ吸ってブラブラしてるから、「あなたは、いつ働くの?」って聞いたら、「たとえばコーヒーの取り入れとか」って言ってました。そういうとき働くんですよ、男は。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「養老 キイロネクイハムシといって、昭和 30年代に、兵庫県宝塚市の池で採れたのが最後です。恐らく田んぼとか、近くの古い池にはいたんだと思いますけど。最初に発見したのは、明治の初め頃に日本に来たジョージ・ルイスっていうイギリス人なんです。横浜の豊顕寺っていうお寺の池で。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル もうどこにもいないんですか。
養老 ダメですね。池も年中いじるから。 あと、いま、猛烈な勢いで減ってるのはトンボなんですよ。その原因として、一番疑われてるのはネオニコチノイドという農薬です。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「養老 そうです。生き物は甘くない。だって、我々は、 1個の細胞ですら、化学的にきちんと記述できないんですよ。 1個の細胞の中には、遺伝子が 2万個近くもあって、タンパク質が数えきれないほど入っている。しかも、それぞれ立体的な形が違う。それを全部書き出されても、誰も読めませんよ。つまり、細胞の正体は、厳密な意味では不明なんです。それをいじって何かできたといっても、「正体不明のものをいじったら、別の正体不明のものができた」というのと同じなんですよ。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル 日本には野生の熊が生存している。それだけで、自慢するべきことだと思うんです。英国で絶滅したのは 1000年前ですよ。ですから、ヨーロッパの国に行くと、まず僕は「山に住んでいる」と言っただけで尊敬される。そして、「熊のいる森がある」と言ったら、もうそれが勲章です。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル だいたいにおいだけでお互いにわかってますから、「僕ですよ」と。カナダではしょっちゅう会っていて、そのときも挨拶をしていました。カナダでは熊をいじめないから、よく人の前に出てくるんです。 養老さんも行かれたというプリンセス・ロイヤル・アイランドにはアメリカクロクマが住んでいますが、その 10%が白いんです。シムシャン族という先住民がそれを「スピリット・ベア」と呼んですごく大事にしています。だから、人間を怖がらないし、襲ってもこない。 シムシャン族の伝説では、「昔地球が氷河で覆われたときに、生き物はみんな困った。人間も困った。それで、人間が神様の使いのワタリガラスにお願いしたら、神様が氷を解かして緑を戻してくれた。そのとき、また生き物たちが勝手なことをしないように、神様が残したのがスピリット・ベアだ」というんですね。
―――その熊はアルビノなんですか?
ニコル そうじゃないです。目は黒いですから。遺伝子の組み合わせで白くなっていると思います。たぶん、氷河期にはこの島も氷で白くて、体が白いほうが目立たなくて有利だった。そのあと、氷河が解けて森ができたら、今度は白いと目立って、黒いほうが目立たない。でも、この島では、白くて目立っても不利じゃなかったから、体が白くなる遺伝子が生き残ってきたんでしょう。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「日本語では、言葉と気持ちの関係性が固いんです。だから、自分の気持ちが言葉に直接いっちゃうんです。ところが英語だと、言葉と対象の関係性が固くて、自分がどう思っていても、言葉を変えることができない。これを客観的と言うんです。逆に言うと、英語はうそがつきにくい。うそをつくときは「真っ赤なうそ」になるんです。 日本語は気持ちと結びついていて、対象との関係は自由だから、すぐ「私は悪くありません」とか「すいません」となってしまう。だから日本語は「語るに落ちる」んです。しゃべっていればすぐ本音がバレちゃう。それをやらないためには、官僚答弁をすればいいんだけど、今度は、そういう言い方をしてごまかしているんだっていうことがバレちゃう。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「じゃあ、英語で書くときに、そういう事実を省略すればいいじゃないかっていうんだけど、そこを省略すると英語の文章にならないんですよ。言葉とものとが固着してるから、何も言ったことにならない。だから、裁判制度も全然違ってきて、英語は証拠主義で証言主義になっちゃう。ものとの関係が非常にきついので、もし自分の都合のいいようにものを言おうとすると、真っ赤なうそをつかざるを得なくなる。だから、証拠とか証言に当たっていくとうそがバレるんですよ。一方、日本の場合は自白主義になるんです。しゃべらせていけば、ひとりでに悪いと思っているかどうかバレちゃう。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル 「いただきます」とか「もったいない」とか「ごちそうさま」とか、そういう丁寧な、感謝を表す言葉が日本語は実にきれいですね。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「僕が書いているものはかなり例外的じゃないかと思う。『バカの壁』みたいなものを書いているときでも、日本語的に書いていない。それは、解剖とか昆虫などでニュートラルに書くことを訓練されたからです。どちらも人間世界があまり関係ないので、それをどういうふうに人間世界と論理的に関係づけるかということですから、情緒的じゃない。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「養老 わからないことがあるということを、必ず留保としておいていないと謙虚にならないんです。学問をするためには自分がものを知らないって前提がある。いまは本当の意味で学問をする人はいないと思いますね。「ネットで調べればわかる」「俺はバカじゃない」というのが裏にあって、説明されればわかると言うんです。 自然に接したらそれは消えます。たとえば、これから雨が降るのかどうかは、山の中では命にかかわるかもしれない。でも、わからない。そのとき、説明されればわかると思っている人の答えは「危ないところに行かなければいい」でしょう? そうすると、世界はどんどん狭くなる。それで今度は退屈だと言って、極端な場合は自殺する。自分の命を自分のものと勝手に思ってるんです。自分でつくったわけでもないのに。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「養老 「自然に触れてほしい」というのは僕も言いたい。免疫系をちゃんとコントロールできるようにするためにも、それが必要ですね。いま、若い人の 1割がうつ病だと言われますけど、それも人工物にばっかり囲まれているせいでしょうし。
ニコル 子どもの骨が弱くなって、折れやすくなっているのも問題です。 おととし、英国のナショナルトラストの人が僕に話を聞きに来ました。日本で、子どもたちが外で遊んでいるかとか、木に登ってるかとか、質問した。ナショナルトラストは国立公園より土地が広いですけど、向こうでは、何十年もの間、子どもが木に登っていいかどうかって議論があったそうです。毎年、何人かケガをしたから。でも、 2年くらい前からそれを議論しなくなった。なぜなら、誰も登ろうとしなくなったから。その代わりに、自分のべッドから落ちて大ケガする子が 3倍に増えたそうです。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「養老 ニコルさんもそうだけど、僕は武道をやっている人と比較的仲がいいんです。武道をやるといっても、プロとして競技をやっている人じゃない人です。そういう人は、自分で考えている人が多いんです。 古武術家の甲野善紀さんは、もともと東京農大に行かれていて、日本人の食環境のことを考えているうちに、自分の身体がテーマになった。フランス思想が専門の内田樹さんは、大学で教えると同時に合気道をやっていていた。定年になってから凱風館という道場をつくって、子どもを集めて正座から教えていますよ。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル 「一番怖いところに行く」って武道ですよね、養老さん。怖くなかったかといったら、とんでもない、怖かった。でも人に、「あいつは臆病だ」とか、「できなかったな、ざまあみろ」って言われるほうが僕は怖いですね。僕は強かったと言いたいわけじゃない。養老さんの言う覚悟、僕の言葉では〝 dignity〟、威厳があったと言いたいんです。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル 僕からは、「日本の森と川と海岸を美しく豊かにする方法いくらでもあるから、それをやってみませんか?」ということです。 私は、 50年前の日本の自然を見て、素晴らしいと思ったから日本に住み着いた。もし、いま日本に来たら、日本人にはならなかったでしょう。日本はずいぶん変わってしまった。日本人は迷子の「ジャパン人」になって、何をしたらいいかわからなくなっています。だから僕は、自然も、子どもたちも 50年前の姿に戻したい。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコル 私は、 50年前の日本の自然を見て、素晴らしいと思ったから日本に住み着いた。もし、いま日本に来たら、日本人にはならなかったでしょう。日本はずいぶん変わってしまった。日本人は迷子の「ジャパン人」になって、何をしたらいいかわからなくなっています。だから僕は、自然も、子どもたちも 50年前の姿に戻したい。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「ニコルさんと対談しないか。そう言われて、二つ返事で引き受けた。これまでに何度かお会いしているけど、好きな人ですからね。 自称ウェールズ系日本人。体格が良くて、酒飲みで、率直で、勇敢で男らしい。いうなれば昔風。私は年寄りだから、本当は昔風の男が好きなのである。 まだある。ニコルさんは、言わずと知れた森好き、生き物好き。これ以上、なにか言うことがあるか。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「昨日は島根県の匹見で虫採りをした。山道のわきに生えている草を掬って、ゾウムシを捕まえる。何種類か採れる。山道を歩いていくにつれて道端の草の種類が変わってくる。日当たりも違うし、尾根にだんだん近づいて、谷川からの距離が遠くなる。だから植物が変わり、虫の種類も違ってくる。ところで、何匹も採れるけど、この虫はどの草を食べているんだろうか。そう思って、確認しようとするけれど、なかなかわからない。一時間ほど経って、まだ一キロも進んでいない。ああ、これじゃあ寿命が終わっちまうよ。 でもこういう生活がしたかった。それができて嬉しい。昨日は津和野の地倉沼に行って子どもたちと虫採り。子どもなんてどうでもいい。私は虫を採りに来たんだからね。でも私がなにもしなくても、子どもたちは虫をどんどん見つけて、ワアワア言って、それで遊んでいる。なんだ、俺と同じじゃないか。 ニコルさんは熊が好きらしい。どこか似てるもんね。村長には人と熊と、どっちが大切か、と訊かれたらしい。昨年、大菩薩で虫採りをして、車で降りてきたら、村の道を熊が歩いていた。熊もいまでは藪漕ぎするより、道を歩く。そのほうが楽でしょ、どう考えたって。野生の草より栽培している作物のほうがおいしいに違いない。動物だってそう思うから、畑を荒らす。人家に近づく。 人は生き物と共存している。お腹の中には百兆の細菌が住んでいるという。それでも除菌! というのが現代人である。自分の口の中も見たことがないらしい。顕微鏡でちょっと見てみたら、微生物がたくさん、元気に泳ぎ回っていますよ。 ニコルさんはそんなことはよく知っている。日本人がひたすら壊している日本の自然を守っている偉い人である。どうして日本人が自分でやらないんだろうね、本当に。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「我々は何であるか。我々はなぜ存在するのか。我々は誰なのか。「我々は何であるか」という問いに関して、養老孟司先生ほど深い知識と洞察を持つ人は、どこを探してもいないでしょう。先生はありとあらゆる状態の人体を調べ、研究してこられました。人体のあらゆる部位の機能に精通していらっしゃいます。私のような人間は、彼の知識に及ぶべくもありません。 ですが、私も動物学を学び、その後、フィールドワーカーやハンターとして活動する中で、解剖したり、または単に食用とする目的で屠殺することもありました。そしてミミズからクジラまで、ありとあらゆる動物のデータを、現地で集めてきました。人間と哺乳類の間には、相違点よりも類似点の方が多いということに、私はいつも驚かされていました。「なぜ我々は存在するのか」という問いは、シンプルかつ複雑なものです。ですが、私には、考え方の根本的な指針がありました。それは、人間が地球上の他の全ての生物と DNAを共有している、という考えです。私たちの祖先は、海から現われ、地上のあらゆる環境を生き抜くよう適応しました。火の使い方を学ぶはるか前から、走ったり、跳んだり、登ったり、避けたり、隠れたり、追いかけたり、捕まえたり、戦ったりしていました。石を投げたり、棒で叩いたりできるようになりました。周囲の環境に注意を払うようになり、あらゆる身近な生物に関する深い知識を得ました。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著
「あらためて言うまでもないが、人間はこの地球という星の自然の中で育まれ進化してきた。今は様々なテクノロジーの進化で、およそ森などの自然環境とは隔絶した環境の中で多くの人が暮らしているが、そうした自然環境からの隔たりは、人間の心身両面に様々な形で問題を生じさせていると思う。 ただ、そこで起きた問題を医学やテクノロジーの発達で何とかしようという傾向が現代では主流となっている。そのため、人々の身体も感性もこれからますます瑞々しさを失い、機械の部品のような状態になっていくのではないかと危惧される。 それこそが文明の進歩だと漠然と考えている人が少なくないように思うが、これは見方を変えれば奴隷である。昔は鞭で叩いて奴隷を指図したが、これからの時代は「これは貴方達のためだから」という言葉で奴隷化が行なわれるようになると思う。そうした奴隷化されない方法の一つが、先ほど述べたように一日僅かでも人間が作ったものではない木々などを観、それに触れることなのだろう。そうした環境を通し、人間も育み、他の生き物も育んできた大きな自然の力に直に触れることが大切なのだと思う。」
—『ヤマケイ文庫 「身体」を忘れた日本人 JAPANESE,AND THE LOSS OF PHYSICAL SENSES』養老 孟司, C.W.ニコル著