【感想・ネタバレ】カウンセリングとは何か 変化するということのレビュー

あらすじ

「新書大賞2026」大賞受賞!

人生の変わる場所──。
カウンセリングが、いま社会へとひらかれる。臨床心理学の歴史に打ち立てられた、新たな金字塔。

■精神分析、ユング心理学、認知行動療法、家族療法、人間性心理学──
バラバラに乱立する心理学を俯瞰し、メタな原論が示される。
■身体を動かす、世界を動かす、からだを動かす、視点を動かす、心を揺らす──
カウンセリングは聞くだけじゃない。アクティブに5つの介入がなされる。
■いかに生き延びるか、いかに生きるか──
カウンセリングには二つのゴールがある。生活を守ることと、人生をちゃんと生きること。

「カウンセリングとは、近代の根源的なさみしさのなかで、人が可能な限り、正直に、率直に、ほんとうの話をすることを試み続ける場所である。」──「5章 カウンセリングとは何だったのか──終わりながら考える」より

【目次】
まえがき ふしぎの国のカウンセリング
第1章 カウンセリングとは何か──心に突き当たる
第2章 謎解きとしてのカウンセリング──不幸を解析する
第3章 作戦会議としてのカウンセリング──現実を動かす
第4章 冒険としてのカウンセリング──心を揺らす
第5章 カウンセリングとは何だったのか──終わりながら考える
あとがき 運命と勇気、そして聞いてもらうこと

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Posted by ブクログ

カウンセリングの教科書みたいな本。
生きづらさを解消する手段のひとつであるカウンセリングについて、概観と臨床的な手法を読みやすくまとめている。
カウンセラーの仕事って大変だなぁと「も」思った。

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2026年03月15日

Posted by ブクログ

まず、理解しやすく、面白かった。

話の構成が整然として頭に入りやすく、抽象的な概念に対応する具体例もリアリティがあり、納得しやすかった。

全体像を観ようとすると、様々なところが繋がっていて、結構大変でした。

心とは何か、日常会話とカウンセリングの差異と共通点とは、など非常に勉強になりました。

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2026年03月14日

Posted by ブクログ

ネタバレ

東畑さんの本って毎回面白いのだけど、今回は今まで読んだ中でも群を抜いて読みやすかった。それに今までの著作ではあまりそう感じたことはないのだけど、読んでいる途中にカウンセリングを受けているような?状態になったのか、夢見がすごいことになって、結構しんどかった笑。
自分としては冒険カウンセリングの方は、実存について向き合いたいと思っているので、カウンセリングルーム通って受けてみたいと思った。

以下、メモしたところ
…ヤングが面白いのは、エクスターナルな治療(問題を外在化する治療)はお互いが名前を知っているような狭い村落協働たいで機能しやすく、インターナルな治療(問題を内在化する治療)は互いを知らない大きな都市で機能しやすいと指摘していることです。…(近代になって)それぞれの人が自分の生活スタイルや人生コースを、習慣やしきたりによってではなく、自分で決めていかねばならない世界がやってくる。このとき、「私の心」という極小単位に問題や決定の根拠を見出し、それについて考えるための治療文化が必要になってくる。(p.68)

カウンセリングには二つのゴール・目的がある。「生存」と「実存」です。生存とは、困難な状況の中で、生き延びることを指します。…実存は、その人独自の生き方のことを指します。このままならない世界の中で、ままならない身体を抱えて、いかに生きるか。そこに価値観や人生観が関わってきますし、その人の歴史が反映される。カウンセイリングは実存に「も」取り組む。(p.167)

心のスキンケアですね。美容という意味ではなく、皮膚の感覚を取り戻すという意味でのスキンケア。ソマティックな介入もコグにティブな介入も自己や世界との接触面としての心を問題にしています。それはまさに、心の皮膚を整える作業だということです。(p.209)

実存は生存を前提とする。…だとすると、やはり実存の問題は「贅沢な悩み」だと言われてしまうのかもしれません。…にもかかわらず、やはり冒険としてのカウンセリングがどうしても必要になることがある。なぜか。
生活を守ることで、人生が死んでしまうことがある。
そう、生き延びるために、心の一部を殺さざるを得ないことがある。すると、自分の一部が死んだまま、生活が営まれることになる。そういうとき、生活は回っているけど、人生は行き詰まってしまいます。生きているけど、死んでいる。そこにはきわめて不自由にしか生きられない心がいる。
だから、臨床家として思う。これは「贅沢な悩み」なんかではなく、「切実な苦しみ」のはずだ、と。(p.245-6)

人生の脚本は反復される。
これこそが生育歴インタビューで謎解きすべきものであり、古傷が埋められしところです。…心の深いところに沁みついた人間関係のプロトタイプがあり、それが心そのものを構造化し、人生を不自由にしている。精神分析ではそのように考える。ですから、この脚本の詳細を明らかにし、いつもの反復とは違う展開を可能にすることが冒険としてのカウンセリングのミッションとなります。(p.283-4)

「精神分析は、セックスしないと決めた二人が、たがいに何をはなすことが可能なのかを問うものである」精神分析についての美しい定義です(レオ・ベルサーニ & アダム・フィリップス『親密性』) (p.299)

冒険としてのカウンセリングとは物語的営みであり、そこで生じるのは文学的変化である。(p.303)

たとえば、長く付き合った恋人との痛烈な別れは、古い自分が死に、新しい自分が生まれることにほかならないし、子どもの高校の卒業式でおいおいと泣くことは、中年だった自分が終わり、初老としての自分のはじまることかもしれません。
ちゃんと生きるとは、ときどき死んで、その都度新しく生まれることです。僕らの人生は節目節目で「死と再生」が挟み込まれています。…ここにあるものを「文学的変化」と呼びたい。なぜなら、そこで問題になっているのは物語であるからです。青年から中年になるとき、僕らの実存は変わります。それは物語が変わるということにほかなりません。ひとつの物語が終わり、別の物語がはじまる。…そして、どうしても古い物語を手放せず、古い物語が終わらないときに、僕らの人生は行き詰まり、ひどく不自由になるのでしょう。(p.337)

カウンセリングの帰り道には、ユーザーとカウンセラーは他人である、という根源的なさみしさがあります。
他人であることの根源的なさみしさ。
人はこのさみしさに極めて弱い、ということを真面目に考えてきたのが精神分析です。「分離」とか「離乳」という言葉を使って、このさみしさが人間の宿命的な苦しみであり、これをいかに受け入れたり、飲み込んだりしていくかに心の発達があることを見出しました。(p.349)

「終わりたい」とユーザーが言ってくれたことによって、密やかに進行していた危機が明るみに出て、ちゃんと取り組まれるものになる。(p.366)

重要な人との別れは、その人を喪失することだけを意味せず、その人と結びついている自分を喪失することでもあります。
古い物語を終わらせること。古い自分を喪失すること。小さく死ぬこと。これが心にとって一番難しいことです。古い物語は心にこびりついていて、何度も何度も反復し続けます。転移がまさにそれです。人生の古い脚本に、僕らは執着する。そこにかつての恐れがあり、そしてかつて渇望し、諦めきれない何かがあるからでしょう。(p.408)

僕らは古い物語を背負っていて、それに執着することで、行き詰まってしまう。そこには古い夢があり、古い幻想があります。そこには過去の大切な誰かからもらったものであったり、植え付けられたものだったり、一緒に作り上げたものだったりします。
だからこそ、古い物語を終わらせることには痛みがある。古い物語から離れるためには、その過去の誰かとの心理的な別れを経験しないといけないからです。そこには喪失があり、孤独がある。その痛みに持ちこたえるためには、他者とのつながりが必要です。(p.418)

神がいなくなり、王も貴族もいなくなる。僕らは自由な個人になった。その分、成果はひどく不確実になり、流動的になった。だからこそ、人は身分でも、宗教でもなく、自分の物語によって自分を証明することになり、人生行路を決めていくことになる。これが個人です。…この近代におけるありふれた、しかし必須の人間的営みが不全に陥ったときに、カウンセリングは姿を表す。僕はカウンセリングをそのような役割を背負った社会的営みだと考えています。(p.423)

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2026年03月13日

Posted by ブクログ

カウンセリングを構造的に示した本。世界、心、自己のフレームワークがわかりやすい。
新しい物語を見つけるのではなく、過去の物語を終わらせることで、生き延びる。人はそれぞれ自分の人生の脚本があり、同じ反応、言動が繰り返されている。はるかさんのカウンセリングが自分の人生に近いものを感じて、涙してしまった。幼少期の経験から怒りや寂しさ、諦めを感じるなんでも自分でやらないと怖いと思ってしまう自分。頑張らないと、評価されないと自分には価値がないと感じ、評価やお金を鎧にしている。周囲に敬意を示したいと思いながら値踏みしている。自分なりに定義した役に立たないもの、無駄なものを認められない。そんな思いが自分を縛っているなと気づいた

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2026年03月11日

Posted by ブクログ

最初の1章・2章こそ、カウンセリングの歴史や学派など、大分読みやすいように端折って説明しているのだろうということは分かるが、専門的な話なので3章以降と比較すると読むのに時間がかかる。
逆に、3章以降は具体的な相談者の悩みやそのやりとり(アプローチの仕方など)が書かれるため、共感したり、カウンセラーの大変さを感じたり、わかりやすいのでサクサク。

海外ドラマなどでよく寝椅子(カウチ)に横たわってカウンセリングを受ける姿など見かけるし、日本より英語圏の方が特定の宗教の信仰と同様に、専属のカウンセラーがいても当たり前のような感覚がある。
日本では、心療内科の受診こそ近年は需要が増す一方だが、純粋にカウンセリング単体をサービスとして提供する場所へ契約している話はあまり聞かない。
もっとカウンセリング場所が世の中に増えて欲しい反面、自分の考えを押し付けたり変に偏った考え方をするカウンセラーもいそうなので、元々心がやられている時にそのような人が担当になったらたまったものじゃないし、カウンセラーという仕事の難しいところである。
この本にも登場するが、相談者といっても皆がしんみり心の内を吐露するわけではなく、カウンセラーの発言が琴線に触れたのか、理解が及ばなかったかなどであなたは何も分かってない!!と怒鳴り散らす相談者も珍しくない。
心のケアにはいくらか曝け出すことも必要だから、そういう意味では良い傾向とも言えるのかもしれない反面、逆にカウンセラーのメンタルが心配になる。(素人が何言ってんだというところだが)

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2026年03月12日

Posted by ブクログ

●学派について(p34)
①力動学派 
無意識という心の深いところを扱うフロイトの精神分析の子孫たち。精神分析の中にも、自我心理学、対象関係論、ラカン派精神分析、自己心理学などさまざまな展開を生みましたし、アドラーやユングのように分派して自分の学派を作った人たちもいます。
②認知行動学派
③人間性心理学派
④システム論学派

臨床心理学第4世代(p44)
■第1世代(戦後) 
ロジャーズ導入 カウンセリング=素人と専門家の端境期
■第2世代(1970年代以降) 
河合隼雄 専門家の仕事としての草創期
■第3世代(1995年以降)
理論や技法の専門性向上 原論の喪失
■第4世代
共通基盤、再度原論を作り出す

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2026年03月09日

Posted by ブクログ

カウンセリングとは何かというタイトルは、カウンセラーが問題提起として立てているのかな、とイメージしていた。
実際そういう側面が強いし、読み進めるうちにカウンセリングという場所で行われている、とてつもなく丁寧で大胆な対話の様子に驚きもあった。
でも、このタイトルにある問いかけは、カウンセラーや読者だけのものではない。カウンセリングを受けるユーザー自身が、カウンセリングを振り返るとき、この問いが重要になる。
つまり、”意味づけ”である。カウンセリングそのものをストーリー化し、カウンセリングで自分自身がどのように変化したのか、それを振り返るという最終段階が、タイトルに込められている。

この本の中で印象的だった言葉は多い。
とくに、破局を生き延びる経験によって、生き方の変化が起こる、といった言葉が心に残っている。
カウンセリングを受けること自体、病気の人、不安定な人だというイメージがあるが、何も特別なことではなく、わたしたちは日常生活の中で誰かとの関係に苛立ったり、自分に自信がなかったり、うまくいかない一つ一つのことに対しても、心が傷いてしまう。その積み重ねが1人で抱えきれなくなったとき、カウンセリングにいく、という選択肢が生まれるのだろう。
この本で繰り返し述べられている、カウンセリングは日常生活の延長という言葉は、わかったような、わからないような感覚に陥ったが、誰しも日常の積み重ねによって、あるときカウンセリングという場所を訪れる可能性はあるのだと思う。

この本は、ほかの新書とは違い、筆者の人柄が前面にでている点が非常に面白い。それでいて理論的に、戦略的に、カウンセリングが行われていることを、カウンセリングの始まりから終わりまでを事例を上げることで、私たちに伝えてくれる。
独特の味わいがあって、この前に読んだ『エピクロスの処方箋』を読んでいるときの感覚に似ていた。
誰かの大切な部分、1人では整理しきれないけれど、一緒に助走してくれる人がいれば見つめ直せる自分自身の意外な部分。人の心の奥行きに触れられる、そんな経験を読書を通してできたことが印象に残った。
謎かけがあり、謎解きがあるのも面白かった。
自分自身の心ですらわからないもの。そして、カウンセリングは、そんな自分の心を理解するための冒険で、その冒険は思った以上に苦しく、面白い。

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2026年03月09日

Posted by ブクログ

心理学は割と興味があるけれど、カウンセリングはそれほど…というか、「患者の悩みを聞いて癒す(?)」っていう漠然としたイメージしか持っていなかった。
この本はSNSで知った。新書で分厚いし読み切れるだろうか…と読み始めるまでに結構寝かせてしまったけど、とても読み易く、こんなに読み易い新書があるのか!と驚いた。
専門的な雰囲気は感じるが今ひとつ実態が掴めない「カウンセリング」という不思議な世界が、さすがはカウンセラー、こちらにわかり易く語りかけるような文体で心地よく、うまい具合にこちらの好奇心を刺激しながら教えてくれる。そして、全方位への配慮が感じられて、とても好感を持ってしまう。
また、具体的な他者のカウンセリング例を交えて、カウンセリングを知るだけではなく、こちらもカウンセリングされているような、癒しや励まし、勇気ももらえた。揺さぶりはあまりなかった(それはそう)。

あと、とても下世話だが、読後にカウンセリング料金を調べてみたら、まあやっぱり安くはない…。何年も毎週通うのはなかなかだ。

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2026年03月08日

Posted by ブクログ

■読みたかった理由
一番はタイトルを見た際に、自分の中でわかるようでわからない問いだったためです。

・カウンセリングとは具体的に何をしているのか
・精神科との違いは何なのか
・そもそも医者なのか

分かるようでわからない「カウンセリング」という世界を見たいと思ったのがきっかけです。

■感想
カウンセリングとそれ以外の精神的処方(精神科、霊的・呪術的・宗教的アプローチ、友達に話を聞いてもらう)とは何が違うのか、またカウンセリングを通してどのようなアプローチをしているのかが、とても体系的にまとめられておりわかりやすいです。

■印象的なところ・理由
作戦会議のアプローチです。
ユーザ(患者)の精神的な症状を面接で分析したうえで、外部または内部からアプローチする手法が分類しながらまとめられており、自分自身でも活かせそうです。

例えば、家族や友人が悩んでいるときに、自身の経験則やうわべの共感をするだけでなく、適切な接し方を理解することができました。

■全体を通して
カウンセリングという分かるようで分からない世界に対して、全体感を掴みながら理解でき、また内容もとても読みやすいためお勧めです。

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2026年03月06日

Posted by ブクログ

1.カウンセリングとは何か一心に突き当たる
カウンセリングとは心の問題で苦しんでいる人に対して、心理学的に理解して、それに即して必要な心理学的な介入を行う専門的な営みである。
誰でもやっていること、宗教や占いみたいなもの、という批判がある。
カウンセリングとは、日常の会話で解決されない心の非常時を扱うテクノロジー。
大きく悩みの4分類がある、
①症状の悩み(例:疲労感が抜けない)
②不適応の悩み(例:不登校)
③人間関係の悩み(例:相続問題)
④生き方の悩み(例:偽りの人生)
自己(自分の体調など自分の中にあって自分でコントロールできないもの)のせいでも、世界(環境)のせいでもない。あるいは自己も世界も現実的に変えられる余地が乏しいときに、心という問題に突き当たり、それを変えるテクノロジーがカウンセリング。自己や世界のせいなのにそれを心のせいにするとカウンセリングは暴力に変わる。

2.謎解きとしてのカウンセリング一不幸を解析する
カウンセリングで話を聞くのは、究極的には「理解」するため。なぜその不幸が起こったのか、それは何をすれば回復するのかを説明する物語が「説明モデル」。あらゆる治療は治療者とユーザーが同じ説明モデルを共有する時に上手くいく。
解明→説明→提案の3フェーズ
このフェーズを遂行するため行う面接がインテーク面接、筆者は次のような順番で質問する。(解明フェーズ)
①問題歴(過去を遡る)
②モチベーション(未来とつながる)
③リソース(現在を確認する)
説明フェーズでは、質問から得た情報を組み立て、物語を作る。この時に示した物語が的外れだったりピンと来ないとうまく進まない。
提案フェーズでは、筆者は二つのプラン(作戦会議or冒険、現実的な問題解決を図るか、内面的な探求を行うか)・リスク・お金と時間の3点を提示している。

3.作戦会議としてのカウンセリング一現実を動かす
作戦会議としてのカウンセリングは生活を問題にし、冒険としてのカウンセリングは人生を問題にする。互いに重視することが違うためこの二つは相容れないことが多い。インテーク面接でユーザーの問題を見極める必要がある。
作戦会議は現実を動かすためにあり、生活の破局度が高い人に向けて行われる。
一つ目の会議「現実を整える」
そのためのバイオロジカルな介入として「身体を動かす」①医療の使い方 ②休養のススメ ③運動と生活リズムがある。
信頼「ラポール」とは人柄とか人徳から生まれる訳ではなく、的確なアセスメントと具体的な対応から役に立つと思われることで生まれる。
二つ目の会議「現実と付き合う」
現実の見方を変える=世界を変える。
破局を生き延びる経験によって、生き方の核の部分に変化が生じる。

4.冒険としてのカウンセリング一心を揺らす
生存は時に、実存を犠牲にする。人生を死なせないためのカウンセリング。作戦会議のカウンセリングから移行することもある。作戦会議はマイナスから0、これは0からプラスのもの。
心には鎧と中身がある、どちらのバランスも大切。冒険としてのカウンセリングとは鎧を緩めて中身を再起動する試み。
悩みを見つけるため、生育歴インタビューがある。産まれてから今の間までに何が問題であったか見つけるため。人生の脚本は反復される、現在の問題が過去のいつの反復なのか調べる。

5.カウンセリングとは何だったのか一終わりながら考える
カウンセリングには中断という終わり方と納得した上での自然な終わり方がある。
カウンセリングとは何か。
それは生活を回復するための科学的営みでもあり、人生のある時期を過去にするための文学的営みでもある。
近代の根源的なさみしさの中で、人が可能な限り、正直に、率直に、ほんとうの話をすることを試み続ける場所である。

ただ聞くことの大切さが分かった。
相手が何を求めてるのか、何が問題なのか見極めてそれに沿って解決を図ったり心の奥底を覗かせたりするような関わりをできるようになりたいと思った。

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2026年03月04日

Posted by ブクログ

著者は、臨床心理学者であり、精神分析や医療人類学を専門とする。
本書では「カウンセリングとは何か」を問い直し、その本質と変化のメカニズムを幅広く解明しようとする試みが展開される。単一の理論を掲げるのではなく、心理学的営みとしてのカウンセリングの核心を、理論・歴史・実践の両面から問い直していく。カウンセリング行為そのものを哲学的に見つめ直すそのアプローチは示唆に富み、エキサイティングな読書体験を得ることができた。



著者は、カウンセリングを三つの比喩で描き出す。
それは「謎解き」「作戦会議」「冒険」である。著者自身が経験してきたカウンセリング事例を詳らかに振り返りながら、最後に、それらを貫く「終わり」というテーマへと収束させていく。

<謎解きとしてのカウンセリング>

カウンセリングの本質は「話を聞くこと」ではなく、「理解すること」にある。
理解とは、ただ共感的に頷くことではない。カウンセラーは知性を総動員して語り、ユーザーが自らの経験に意味を見いだせるように導く。
「一緒にこの問題を扱っていこう」と思ってもらうところまで持っていくことが、専門職としての仕事である。

つまり、カウンセリングは受動的な傾聴ではない。
人生という難解な物語を共に読み解く、知的で能動的な営みである。

<作戦会議としてのカウンセリング>

カウンセリングには二つのゴールがある。
「生存」と「実存」である。

作戦会議は前者に関わる。
生活を破局から守ること。現実を動かし、生き延びる条件を整えること。

ここで重要なのは、現代のカウンセラーは内面だけを扱う存在ではないという点である。
ユーザーの周囲の人々に働きかけ、環境そのものを調整する。現実を変えるために動く。

そして、回復とは「元に戻ること」ではない。
成功した作戦会議の先にあるのは、以前と同じ生活ではなく、新しい生き方の開始である。

<冒険としてのカウンセリング>

しかし、生存だけでは人は生ききれない。

生き延びるために、心の一部を切り捨ててきた人がいる。
その結果、死んだ部分を抱えたまま生活している。
それは「贅沢な悩み」などではなく、切実な苦しみである。

心は防衛によって守られる。
だがその防衛が過剰になると、鎧のように硬化し、世界と自己を拒絶する。

冒険とは、その鎧を内側から揺らす営みである。
そこに隙間が生まれると、形の定まらない、生々しい「スライムの心」が姿を現す。

このプロセスを支えるのが、カウンセラーとの高頻度・長期的な対話である。
心を揺らすのは他者であり、他者に慣れることで鎧は緩む。

やがてユーザーは、愛や憎しみ、嫉妬や依存といった感情をカウンセラーに向ける。
これが転移である。

心の歴史とは、「どの関係で傷つき、どの関係で救われたか」の集積である。
人生の脚本は反復される。
転移を通じて、その脚本が目の前で再演される。

カウンセラーはそれを引き受け、否定せず、率直に語り合う。
その苦しい作業を経て、今まで生きられなかった心の部分が再発達する。

カウンセリングは破局を避ける営みではない。
あえて破局に踏みとどまり、それを生き延びることで、古い自分が死に、新しい自分が生まれる。

「ちゃんと生きる」とは、何度も小さく死に、その都度生まれ直すことなのである。

<「終わり」の意義>

毎回の面接の終わりには、必ず孤立の痛みがある。
しかし同時に、会っていない時間に「つながっている」という体験もある。

実は、本質的な変化は面接時間内ではなく、面接と面接の間に起こる。

カウンセリングとは孤立との戦いでもある。
終わりを「見捨てられること」ではなく「自立」として経験できるとき、カウンセラーの存在は内面化される。

別れの場面では、人生の脚本が再び反復されやすい。
だからこそ「終わりたい」という気持ちを話し合うことが重要になる。

古い物語を終わらせること。
古い自分を喪失すること。
小さく死ぬこと。

これが最も難しい。

人は古い脚本に執着する。そこには恐れと渇望があるからだ。
だが過去の誰かとの心理的な別れを経験しなければ、新しい物語は始まらない。

話すことは、離すことでもある。
過去を現在から引きはがし、過去形にする営みである。

<結論―カウンセリングとは何か>

著者は最終的にこう位置づける。

カウンセリングとは、
生活を回復するための科学的営みであり、
人生のある時期を過去にするための文学的営みである。

そしてそれは、近代の根源的な孤独の中で、
人が可能な限り正直に、率直に、本当の話をすることを試み続ける場所なのである。


驚かされたのは、カウンセリングという営みの射程の広さ。カウンセラーとは「話を聞き、助言する人」という漠然としたイメージを持っていた。しかし本書が描き出す現場は、そんな穏やかなものではない。そこには、知性も胆力も、そして人間としての覚悟も求められる、きわめて緊張感の高い仕事の姿があった。

「古い物語を終わらせる」というテーマは、カウンセリングに駆け込むほどの危機にある人だけの話ではないだろう。誰もが多かれ少なかれ、過去の脚本に執着する。苦しくても、慣れ親しんだ物語は安心を与える。しかし、それに留まり続ければ、新しい章は始まらない。

「人はひとりで生まれて、ひとりで死ぬ」。
小津安二郎が数々の映画作品で描き続けたテーマだ。人は根源的に孤独である。しかし、その孤独に耐えるためには他者が必要だという逆説。本書はまさにその地点を掘り下げている。

自分自身、「古い物語」に執着して捨てきれなかった経験と、そこに残る後悔をいくつも思い出す。やはり、苦しくとも手放すことを選ぶべきなのだ。それは孤独でさみしい決断かもしれないが、そうすることで新たなステージが開けるのではないかという希望がある。

読後に残るのは、静かな覚悟である。
『人は何度も小さく死に、その都度生まれ直す。』
その営みを引き受けることこそが、変化するということなのだと、本書は改めて教えてくれた。

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2026年03月02日

Posted by ブクログ

2026年新書大賞受賞作。
大上段なタイトルに少し及び腰で今まで手が出なかったが、新書大賞惹かれ購入。

400P超と新書の中では大部であるが、著者の手腕により読みつまずくこともほぼなく、カウンセリングの本質へと迫る。その道程に著者の集大成的野心が潜んでいる。

本書の結論は、ぜひ自分で読んでみて一緒に冒険を楽しんでほしい。なので、個人的な学びを述べるにとどめる。

カウンセリングに対する一般的な偏見(うさんくさいとか専門性の疑義)は、私も恥ずかしながら持っていた。本書の分類によって、「心のか科学的変化」と「心の文学的変化」という二種のアプローチがあることを知る。カウンセリングのイメージで捉えていたののは後者だけであった。火急性の高い生存に関わる問題も取り扱うのだなと新しい発見である。私のカウンセリングのイメージは精神分析のみに偏っていたのだ。

さらに、心を扱う職業という理解であったが取り扱う範囲は想像より広範に渡る。必要であるのならば身体的な面や社会・環境的な面の改善を試みる。こちらも新しい側面を知ることができた。

もう少し微視的な内容について。
「ラポール」って自己啓発や恋愛指南書のような大衆向け書籍にも表れる用語である。私と他者間に架かる信頼関係のことであるが、著者は人柄や人徳で獲得するものではないと言及する。「このカウンセラーは使える」という実利的な実感を与えることで獲得するものなのだ。
信頼関係って感性的で精神的な営みだと思っていたが、他者との信頼関係を築くには自分の有用性を示さねばならないという。これはカウンセリングにとどまらず、実社会でも肝に銘じねば、と気が引き締まる思いである。

職業柄なのか、文体が読者に寄り添う優しさで溢れる。
内に秘めた情熱とのコントラストが読み手を引き込む魅力の一つを生み出しているだろう。
本書の魅力によって、新書大賞への信頼がまた高まった。他のラインクイン作品も読んでみるのだ。

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2026年03月01日

Posted by ブクログ

カウンセリングさえ受ければ自分のこの孤独感、苦しむ気持ちは治るんじゃないか、わたしは心の病気なのだと思い、メンタルクリニックの門戸をたたいたときがあった。
泣きながら話をしたものの先生は解決策を提示することはなく、薬も処方されず、話を聞いて、その感想を述べただけ。
魔法は使ってもらえなかったと虚しくなって中断してしまったけれど、この本を読んであの時間はカウンセリングのひとつであり、自分の感じ方を考え方を変化させるには鍾乳洞が出来上がるがごとく少しずつなのだなと理解した。
この理解が正しいかはわからないけれど、わたしはそう思った。
カウンセラーは並走して、転移して、でも他人で。
心を扱うのは怖い。
託すのはもっと怖い。
自分は自分でしかなく、これからも付き合っていかないといけないけれど、自己は変わることができること。言葉では納得したけれど、自分に当てはめることができるかは難しいなと思った。

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2026年02月28日

Posted by ブクログ

かなり読み応えがあったなぁ。カウンセリングは奥深い。ふたつのゴールの話はかなり興味深かった。人間にとって孤独ほど恐ろしいものは無いんやな。話を聞くとか繋がるとかの大切さ。勉強になりました。

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2026年02月27日

Posted by ブクログ

ネタバレ

買った時に、分厚いなと思っていたが、
サクッと読み終えてしまった。

自分としては難しいはずの内容が、
理解しやすく、衝撃を受けつつもすらすら読めたのは、
正直驚きだった。

カウンセリングは受けたことがあるし、
それに近い自己啓発セミナーにも参加したことがある。
受けたカウンセリングは、認知行動療法で、対処療法というか、
とりあえず今の問題解決を目指すものだったのだなと経験を分類できた。

そして、自己啓発セミナーでやっていたことは、
この本でいう冒険としてのカウンセリングに近かった。
面白かったが、内容が難しいのと、続けることの困難で中断している。
この本でも、頻度多くやり続け、どこをゴールにするか、
カウンセラー自身も迷うことがあると正直に書かれていて、
あらためて、この分野の難しさを感じた。

この冒険をやってみたい感というより欲がある。
この門戸をたたいてみようか。

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2026年02月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

・最近仕事でこれはカウンセリングをしているな…と思い始めていて、でも手探りでそのカウンセリング的対応をしていて不安がかなりあり、ヒントが欲しく思い手に取った。パラパラーと読んで、カウンセリングの歴史背景(近代化に伴う個の孤独さの発生など)や臨床心理学やカウンセリングの異ジャンルとの比較が丁寧になされており、入門書として良さそうで購入。たのしく「不思議の国への入出国」ができました。さらなる解釈を必要としない分かりやすい比喩が満載でした。

・1章2章は専門的な話が多く、読むのに時間を要し、3章めくらいから2,3日で一気読み。計3ヶ月くらいかかった。

・冒険のカウンセリングを受けたくなる。

・自身の別れのパターン、同じパターンが繰り返されてきたかもなと古傷が痛む。とともに、目の前の人に向き合う勇気が私には欠けていたのかもしれないと内省。(内省で思い出したけど、内省できる余裕がないと内省できないから、状況に応じてまず身体的や社会的にアプローチする作戦会議のカウンセリングという説明が非常に分かりやすかったし仕事に即活かせる…)向き合おうと自分ではしてるつもりやったけど、自分勝手に不安をぶつけてただけで、変化を受け入れる覚悟(本書で言うところの勇気)が欠けてたんやろなと気づきつつあるような気がする。未熟やな〜と気付く。生涯成長期。4章あたりから読んでるだけでだいぶ心揺らされてた。

・5章かな、孤立と自立、終わりと始まりのところ、引っ越しをしようかと考え始めた自分に対応させて読んでた。孤立しながら自立して、終わらせて始めていきたい気持ち。占いで引っ越しを決める自分からの脱却のためにも引っ越しをしたいというパラドクス的決意。生活(生存)と人生(実存)とはつながっているんだ!

・メモメモ
「心の変化には科学的な次元もあるし、文学的な次元もある。この両方を生きるのが人間である。」p.421
「ちゃんと生きるとは、ときどき死んで、その都度新しく生まれることです。僕らの人生には節目節目で「死と再生」が挟み込まれています。
赤ちゃんは子供になり、青年になり、中年になり、老人になる。それらはシームレスな変化ではなく、切断が刻み込まれている。小さく死ぬことで、小さく生まれる。そうやって、僕らの人生は次の段階に進むということです。
ここにあるものを「文学的変化」と呼びたい。(中略)青年から中年になるとき、僕らの実存は変わります。それは物語が変わるということにほかなりません。ひとつの物語が終わり、別の物語がはじまる。」
p.337

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2026年02月23日

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孤独の殻を勇気によって打ち砕くとき、人は自立し、解放される。孤独や疎外感に悩んだ時は再読しようと思う。

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2026年02月22日

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カウンセリングに関して体系的に整理している本。ケース事例もあり、わかりやすい。カウンセリングや人の心、悩みについて関心がある人には一番にこの本を薦めたい!

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2026年02月22日

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とても読み応えのある作品でした。カウンセリングがどのように展開されるのか、架空の事例をもとに丁寧に書かれていて、とても勉強になりました。私自身、カウンセリングに通っているので、これからどう話そうか参考にもなりました。長編大作を読み終わったような読後感でした!おもしろかった!

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2026年02月22日

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おもろーい!!!!
4章5章から怒涛のおもしろさ
1章を読むのに時間がかかってしまったけど最後まで読めてほんとうによかった…

カウンセリングを理論的かつ著者なりの文学的な語り口で説明してくれるから、新発見としての感動と言葉の美しさへの感動が定期的にやってきて最後まで面白かった。

カウンセリングの実際の例では、人はこんな風になるんだ!という物語的おもしろさもあった。

読み終わったあと、自分の過ごしてきた人生についても意味づけをしたくなり、しみじみと考えてしまった。

すごくいい読書体験だった〜!冒険としてのカウンセリング受けてみたい!

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2026年02月19日

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序盤カウンセリングの学術的背景から入り、そこから具体的なカウンセリング例を挙げて深掘りしていくという内容。気づけば時間を忘れて読み耽っていました。壮大な小説を読んだような達成感と、カウンセリングを受けたあとのような爽快感がありました。

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2026年02月18日

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読み終わった後、「東畑先生のカウンセリング、受けてみたい、、、話してみたい、、、」と思った。どの分野でもやっぱりプロって凄い

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2026年02月18日

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新書大賞2026受賞をきっかけに購入、いままで勝手な想像で解釈していたやカウンセリングについて、その奥深さカウンセラーの仕事の流儀を著者の体験を元に追っていく筋立てに引き込まれました。様々あるカウンセリングの学派の解説ではなく原論を書きたいという著者の気迫が伝わってきてカウンセリングというものの全体像を理解できました。文章も読みやすく登場するエピソードも引き込まれてあっという間に読んでしまいました。「 カウンセリングとは何か。それは生活を回復するための科学的な営みでもあり、人生のある時期を過去にするための文学的な営みでもある。」最後に登場するこの一文がこの一冊を表していると感じました。

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2026年02月15日

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ネタバレ

カウンセリングをホームズの謎解きになぞらえ、専門家としてユーザーの変化に資するのがカウンセラーとしての役割だと東畑さんは論じる。
ふぐ料理の例えも、とても腹落ちした。
実存と生存の関係性。
それでもカウンセリングに可能性を見い出す東畑さんの矜持を感じる。
この充実の内容。コスパが良すぎる一冊だと思う
訳注がすぐ隣に書かれているのも読みやすい構成だった。

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2026年02月14日

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昔カウンセリングを受けたことがあって、あれはなんだったんだろう振り返りたい思いもあって読みました。納得できる部分や気付かされる部分があり、とても興味深かったです。私は中断してしまったけど、もし続けていたらもっと早く楽になれたのかなと思う反面、それも自分にとって必要なことだったのかと思うことができました。また時間が経ったら読み返したいと思います。

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2026年03月14日

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(現代の)カウンセリングは心の問題(「実存」)の前に、生活環境や身体の状態のような「生存」に関わる介入を優先するという視点を知らなかった。この視点が抜けている人が多いため、社会通念上カウンセリングの価値がやや低く見積もられることが多いのだなと自戒も込めて学んだ。

カウンセリングのようなお悩み相談は、日常誰しもが行なっているし、宗教などでも行われている。そことの違いを明確に「心の非常時に心理学的アプローチを使う」と明文化してくれているため非常に分かりやすい本となっている。またその手法なども細かく例題付きで紹介されている。


一点、自分のこれまでの学びと違ったため考え方を明確にしていきたいのは、『人生の物語化』について。
本書では、自分のこれまでの古い物語を捨てて、新しい物語を始めていくことが大事だと書かれている。またそれがカウンセリングの意義だとも。
ただ、人生を過度に物語として捉えてしまうと、「より良い人生を目指さなければならない」「何者かになりたい」などのある意味強迫観念のようなものに取り憑かれることもあると個人的には思っている。人生そのものは物語ではなく、それを自分で解釈するのが物語だという思考で。(『なぜ人は締め切りを守れないのか』)
この意味での「実存」を考えていくのを、自分への課題としたい。

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2026年03月10日

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ネタバレ

人生が行き詰まっていて何をどうしていいかわからない時にカウンセリングがもたらす効果について学べた。

カウンセリングの最中に解決をするというより、次回の面接までにユーザーが試行錯誤を繰り返し行うことで、他者との関わり方や視野の広がりなど変化が生じることがわかった。

「死と再生」を人生の節目節目で繰り返すことで人生の物語は進むから行き詰まったときは苦しくても向き合うことで希望を見出すことができると思った。

一度ジャーナリングをするのも有効だと思う。

普段小説しか読まない人でも読みやすい新書。

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2026年03月07日

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最近SNSや書店でお勧めされていて買ってみた本。もともと心理学に興味はあるものの、自分自身はカウンセリングを受けたことがなく、正直「メンタルヘルスに何か問題がある時に受けるもの」というざっくりしすぎたイメージしか持っていなかった。しかし読んでみて、カウンセリングはある意味特別なものなのではなく、日々生きる中で感じる漠然とした不安や憤りを誰かに話し理解してもらい、そしてそれにより自分自身の心と向き合い理解し、心が変化する(心を変化させる)というプロセス自体そのもののこと自分なりに理解した。

殺伐とした現代社会において、孤独により本心を打ち明けられず、他人だけでなく自分にも正直になれなかったり、自分の心がわからなくなることは誰にでも起こりうることだと思う。今改めて思い返してみると、プロのカウンセリングを受ける機会はこそなかったものの、仕事や人間関係で思い悩んだことはこれまでに何度もあり、その度に誰かに話を聞いてもらい解決してきたが、その体験こそがカウンセリングだったのだなと思う。そう考えると、本心で話すことができ、それを受け止めてくれる相手がいるというのはとても幸運なことなんだと感じる。

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2026年03月01日

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随分前にカウンセリングを習いに行っていたことがある。その関係に進むことなく終わったけれど、ふと本屋で目にして読んでみなくなり手にした。
丁寧にカウンセリングを知らない人にもすごくわかりやすく書かれていて読んでいて面白かった。
また勉強してみたくなる。

自分自身に置き換えて振り返り、気付かされることもあった。

読んでよかったです。

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2026年02月15日

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2026年9冊目
現在カウンセリング受けているので純粋にカウンセリングとは何か知りたくて読んでみました

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2026年02月15日

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