【感想・ネタバレ】夜と霧 新版のレビュー

あらすじ

〈わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ〉

「言語を絶する感動」と評され、人間の偉大と悲惨をあますところなく描いた本書は、日本をはじめ世界的なロングセラーとして600万を超える読者に読みつがれ、現在にいたっている。原著の初版は1947年、日本語版の初版は1956年。その後著者は、1977年に新たに手を加えた改訂版を出版した。
世代を超えて読みつがれたいとの願いから生まれたこの新版は、原著1977年版にもとづき、新しく翻訳したものである。
私とは、私たちの住む社会とは、歴史とは、そして人間とは何か。20世紀を代表する作品を、ここに新たにお贈りする。

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Posted by ブクログ

アウシュヴィッツ強制収容所から生き延びた、 ユダヤ人の男性医師の話。
収容中の地獄の生活について、飢えや寒さ、痛み、苦しみのリアルが伝わってきて、読み進める辛さがあった。
歴史の教科書の1ページでしか無かった出来事に現実感をもたせ、改めて人類最大の罪について深く考えさせられる名著。特に若い層に読んで欲しいと感じた。

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2025年12月29日

Posted by ブクログ

精神科医であるヴィクトール・フランクルが、ナチス強制収容所での生活を冷静に記録し、収容所の人々が何に希望を見出し生き抜こうとしたかを克明に記した本。
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どのような外的環境にあっても、自分が自分である為に(内的環境を統一する為に)は唯一性が大切であり、その唯一性は何かに対する責任感から生じるそう。収容所で極限状態を経験している筆者の言葉は深く印象に残った。
(唯一性:自分にしかできない仕事がある、自分にしか守れない大切な家族がいるなど)
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ただ、唯一性を他者に対する責任として持つ時には、他者が「生きている」ことを前提として考えてしまうという大きなリスクを孕んでいると思った。
愛する家族への責任感で生き延びたものの、家族は皆収容所で死んでいた時、一気に自分の存在価値が分からなくなってしまうと思う。
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フランクルによると、他者の生死に関わらず責務を全うする姿勢が必要だそう。それには一朝一夕では身につかない強靭な精神力が求められるし、ここまで崇高な思考に到達するのは通常の生活だとなかなか難しい気がする。
ジェノサイドなど想像を絶する経験によって初めて、彼の言葉が理想論ではなく現実味を帯びるんだろうな。どこまで行っても私は傍観者で終わってしまうんだなと痛感した。
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全体として重い内容なのに読後感が良いのが不思議。
人は死という終わりがあるからこそ、何か目的を持って生きたいと願い、行動するのだと改めて思った。
あと、宗教が存在する意義を改めて感じるきっかけともなった。頼るものがあることは内的環境を統一する上ですごく大切だわ。

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2025年12月27日

Posted by ブクログ


強制収容所での経験を心理学の立場から解明しようと書かれた本。元被収容者の特異で心理学的に見てまったく新しい人生観への理解を助けることが眼目だという。


被収容者の心の反応は三段階、つまり収容される段階、まさに収容所生活そのものの段階、そして出所ないし開放の段階に分類されるが、第一段階は収容ショックが自身の体験と共に語られる。恩赦妄想、つまり助かるのではないかと言う幻想は見ぐるみをはがされ鞭で打たれる中で潰えていく一方で裸の体以外に失うものはないという、やけくそのユーモアが込み上げる。

収容ショックにある者にとって、出口のない死の危険と隣り合わせの状況におけるさまざまな"選別"は自殺の手間を省いてくれるものでしかなかった。

引用されていたゴットホルト・エフライム・レッシングの言葉。

『特定のことに直面しても分別を失わない者は、そもそも失うべき分別をもっていないのだ』


収容されて数日で被収容者は第二段階、感動の消失(アパシー)へ移行する。「感情の消滅や鈍磨、内面の冷淡さと無関心。」毎日殴られることにたいしても、何も感じなくさせる。理由もなく殴られる。殴られながら嘲られる。感情が鈍磨していた者でもときには憤怒する。最悪の栄養状態で精神的にも追い詰められた最悪の状況。しかしこの「ほかにありようが"ない"」としか思えない環境に対し、どうふるまうかという、精神の自由を見失わなかった人がいたという。


人間としての、最後の、内なる自由。


「収容所の日々、いや時々刻々は、内心の決断を迫る状況また状況の連続だった。人間の独自性、つまり精神の自由などいつでも奪えるのだと威嚇し、自由も尊厳も放棄して外的な条件に素ばれるたんなるモノとなりはて、「典型的な」被収容者へと焼き直されたほうが身のためだと誘惑する環境の力の前にひざまずいて堕落に甘んじるか、あるいは拒否するか、という決断だ。」


私はきっと無理だ。でもこれを読んで無理だ、とは言えない気もする。「わたしがわたしの苦悩に値しない人間になる」ことが耐え難いと感じる。それはこの本の力だと思う。


「強制収容所での生のような、仕事に真価を発揮する機会も、体験に値すべきことを体験する機会も皆無の生にも、意味はあるのだ。」

「わたしたちは、おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。」

これらの言葉はとりわけ光彩を放っている。


第三段階は収容者を解放された被収容者の心理だが、あいかわらず権力や暴力といった枠組にとらわれた心的態度、つまり「そういう人びとは、今や解放された者として、今度は自分が力と自由を意のままに、とことんためらいもなく行使していいのだと履き違えるのだ」。後書きでも触れられていたが、ここはイスラエルの建国、そしてパレスチナのナクバが思い出され、やるせなかった。


最後に、分断が進む今の時代に、自分自身戒めとなる言葉を引用しておきたい。

「こうしたことから、わたしたちは学ぶのだ。この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、このふたつの「種族」はどこにでもいる。どんな集団にも入りこみ、紛れこんでいる。まともな人間だけの集団も、まともではない人間だけの集団もない。したがって、どんな集団も「純血」ではない。監視者のなかにも、まともな人間はいたのだから。」

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2025年12月27日

Posted by ブクログ

精神科医である著者が、アウシュヴィッツを含む4つの強制収容所での体験に基づき、極限状態における人間の心の動きを冷静かつ温かい眼差しで観察した、心の解剖図のような名著。
壮絶すぎて辛い……。いつかまた読み返すべきだが、足がすくむ。

蹂躙され続けた個人の主体性を取り戻すための「魂の叫び」として実存主義が受容された歴史的背景には感嘆した。だが同時に、この背景を無視して、平時の現代に安易に実存主義を一般化してしまうのは、一種の「暴力」ではないかとも感じた。未来を奪われた「暫定的存在」たちが、いかにして幻影に逃げ込まずに立っていられたかという血を吐くような記録が、100%の資本主義・生産性至上主義による自己責任論にやすやすと接続されてしまう危うさを、強く危惧せざるをえない。

虚弱な私からすれば、著者の人生は「蝋と芯の両方が太く長い蝋燭」のようだ。彼は92歳まで生きた「体力おばけ」であり、その崇高な振る舞いは、ある種の強者の論理による構造主義的な限界を超えた特異点に見えてしまう。

しかし、著者自身も「そんなことができるのは、ごく限られた人びとだった」と認めているように、彼は遺伝や環境という「構造」の圧倒的な重力を知りながら、それでもなお、あえて抗おうとしたのではないか。その抗い、その祈りに似た態度に、素直に「かっこいい」と思わされた。

「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」(ニーチェ)

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2025年12月26日

Posted by ブクログ

間違いなく名著だと思いました。ずっと自分のなかでは読書のラスボス的な存在でしたが、ようやく人生に一息つき、今この時期に読むことができてよかったです。もっと分厚くて重く暗い読むのが辛いような本だと思っていたのですが、そうではなく(本当に分厚くないちょっとした一冊です)、著者の目的はそこではなく、人間とは何かを語りかけるような本でした。それこそ名著と言われるような作品にありがちな、難解な言葉遣いはなく、ところどころ声に出して読みながら、書いてある言葉を噛み締めながら、読みました。

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2025年12月21日

Posted by ブクログ

ネタバレ

この本に自分がレビューを残すべきなのか、みたいな気持ちにさせられる。私が変に言葉にしたり、おすすめとして共有したりするべき本ではないような。未熟な語彙でこの体験記を美単風に消化しちゃうのが怖い。
ただ訳者あとがきでタイトルの夜と霧、というのが暗闇に紛れて霧のように消えたという意味だと書いてあって命や未来がそんな簡単に消えてたまるかと思った。秀逸なタイトル、原作は違うらしいから翻訳者さんってすごい。
読んでもあんまり分かんなかったのは、苦しむに値する人間ってなに?ってこと。しかも割といい意味で使われてて不思議だった。これ書き終わったら調べてみよ。

あとで戻ってくるとき用に書くと人間には選択肢があり、内面と外の戦いなのだみたいなことだったと思う。Psychologyでちょっと習ったな。

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2025年12月17日

Posted by ブクログ

また読む。環境によって人が規定されるのではとちょうど自由意志に対して疑心暗鬼になっていたので、極限状態の強制収容所でも内面が豊かな人はなんとか型にあてはまらず人としての利他と夢を忘れない人々がいた事を知れてよかった。
また、自分の記憶や解釈及び過去に存するいとしい人を保持し続けることで愛に対しての理解を得た描写が記憶に残っている。神格化とも言えるのかもしれないが、自分の頭の中にいる愛おしい人は素晴らしいもの!だ!

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2025年12月15日

Posted by ブクログ

理解できてないところがある気がするし、
読む時の自分の人間力的なもので
理解度がかわりそうだから、また読みたいと思った。

アウシュビッツ強制収容所で生活していた
フランクルさんという精神科医が、
収容所での人の心理状態を
自分の経験から解析していく話。

人は、強制収容所のような極限の状態では、
群れの羊のように何も考えず、
ただ言われたまま動くだけの存在になる。

でも、精神力がある一部の人は、
自分を持ちつづけ
未来の希望を信じ続けて生き延びれる。

生きる意味がちょっとむずかったからまた読みたい。

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2025年12月07日

Posted by ブクログ

これほど貴重な読書体験はありません。
少しでも興味があるなら読むことをお薦め致します。

本書がどれほど素晴らしいかは既に語られつくしていると思いますので、少し違った視点で申し上げると、本書は本書をビジネス本の延長のような短いTIPSを得る為に読むか、著者の言う通り体験記として読むかで理解が違い、前者の読み方だとあまりにも勿体ないのではないかと思っています。

どういうことかといいますと、まず私はYouTubeで本書の要約動画を視聴した後に本書を読みました。しかし読んだ印象は動画とは全く違いました。要約動画みたくセンテンスを単純化したり、あるいは重要そうな結論だけ短く区切って捉え理解すると重要なニュアンスがごっそり抜けてしまって、著者のメッセージが正しく理解されないのではないかと思います。

一例を挙げると、新版129p「人生に何を期待するのかではなく人生から何を期待されるかと180度転回する」という記述がある点なのですが、要約動画の大半がこれを「外的状況に期待することなく絶えず人生に問われているという立場で課された義務を行動で示すべきだ」と切り取り説明されているのですが、これだけだと文字通り"生きる"ためだけに何か目標をたてそれに向けた"実行能力"だけ求められているといったニュアンスで捉えられ非常に説明が不十分だと思います。

まず、ここで人生に何を期待されてているかですがこれは、目標というよりあなたが人生を通し"どうありたいか"が問われており、それに対して行動はもちろんですが"正しい答え"を出し続けることが求められている。これが本筋のメッセージだと思うんです。なぜなら、131pにはこうありますが「わたしたちは生きる意味というような素朴な問題からすでに遠く、何か創造的なことをしてなんらかの目的を実現させようなどとは一切考えていなかった」とあります。つまり、絶望から踏みとどまらせていた何か(人生から期待されている何か)は、目標ではなく(当然俗っぽい自己実現でもなく)より漠然としたやや抽象的な概念であることが分かります。

また、それに続く文章として、「わたしたち(被収容者)にとって生きる意味とは死をも含む全体としての生きることの意味であって、"生きること"の意味だけに限定されない、苦しむことと死ぬこととの意味にも裏付けされた、総体的な生きることの意味だった」とあります。つまり、本書での問いとはそれら生死苦楽に限定されない問いであると言えます。そのため、その問いの内容は、ビジネススキルや職能に関わる具体的な目標ではありません。あえて一言で表すとそれら目標を超越したもっと抽象的な問い"どうありたいか(orなりたいか)"がニュアンスとして近いんじゃないかと私は思っています。その前提があってこそ、その"正しい答え(どうありたいかへの答え)"を具体的に行動と適切な態度で示せと言っていると思うんです。

これら2点のニュアンスは間違いなく抑えておかないとメッセージの趣旨が大きく変わってしまうと個人的に思いますし、そして付け加えるならば、この「どうありたいか(なりたいか)」は同時に、134p「かけがえのない(私の代わりはいない)」ものであるかが重要であり、私以外の誰にも成し遂げられないものである点も踏まえなければなりません。

こういったニュアンスはやはり本書を"ビジネス"に生かす、あるいはTIPSを求める目的で読んでしまうと抜け落ちる可能性が高く、ここまで完成度の高い本書を読むにあたっては非常にもったいなく思います。

先ほど紹介したあたりの本書の論旨は、個人的に禅でいう莫妄想の教えもよぎる印象を受け感動した部分でしたので、まだご覧になってない方は是非本書を手に取り著者の微細且つ深い思考に直接触れていただきたいと思います。

追記(25/12/6)改めて読み直してみるとこの私の解釈も絶妙に外してる気がしてきました。人生から何を期待されているかの問いは抽象的な概念であり一貫性がありつつも、著者の体験に照らし合わせるならば、刻一刻とかわる状況に応じて(大元の"どうありたいか"から具体性を持つ形で)変容を許容するものにも感じます。
状況変化の都度行ってきた著者の正しい答えの全てが"たくさんの聴衆の前で講演する"という人生からの期待(問い)に向かっていないのは間違いないため、このニュアンスもまた踏まえないといけないと思われます。

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2025年12月06日

Posted by ブクログ

この本を読んで必ず行こうと思っていたダッハウ強制収容所を2024年8月に訪問。現地の記念館での解説とフランクルや収容者が過ごした情景が重なり、涙なしでは過ごせなかった。どんな環境下でも人間でいようとした人々の描写に、人間の美しさと愚かさとを突きつけられた1冊。

ミュンヘン近郊を訪れる機会があったら必ずまたダッハウを訪れたい。

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2025年12月04日

Posted by ブクログ

主体性のある生き方の具体例。苛酷な状況においても、主体性のある生き方が可能であることを豊富な具体例を交えて書かれたエッセイ。

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2025年12月01日

Posted by ブクログ

収容所施設での壮絶な体験を心理学者が綴った本。
この本は単なる体験記ではなく、人生を問い直すきっかけを与える本です。

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2025年11月30日

Posted by ブクログ

副題「心理学者、強制収容所を体験する」
生死を分ける状況下で人間はどこへ意識を向けるか深く深く考えさせられた。
「人は強制収容所に人間をぶちこんで、すべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという人間としての最後の自由だけは奪えない」この一文が心に残った。内面的なよりどころを持ち「わたし」を見失わなかった人達のことを報告のように読み込んでいったが、表紙の119104は著者の被収容者としての番号だった。

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2025年11月28日

Posted by ブクログ

タイトルは聞いたことがあったが、読んだことがなかった本書。読書会に参加してくれた方の話題提供が興味を誘い読んでみることに。精神科医でもある著者が実際に体験したナチスの強制収容所での体験を綴った本書。正直読み進めるのが辛いぐらい人間の怖さが深く刺さる。この局面で自分自身は死を選ばずに生を選び続けることができるかどうか常に問われている感覚。そして人は「生きる意味」と言えるような何かがあれば、絶望を生き抜くことができる。その点において本書は希望の書であると受け取りたい。生き残ってこの本を残してくれたフランクルさんに感謝。まぎれもなく死ぬまでに一度は読んだ方が良い一冊。

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2025年11月24日

Posted by ブクログ

ナチスドイツ時代の絶滅強制収容所を舞台ですが、歴史・思想等が主題ではなく、人間としての生き方を問われる作品です。
作者や周囲の方は「極限状態」に置かれていますが、内容としては決して私たちに縁遠いものではなく、むしろより身近に感じるものでした。
立場・時代を超えて必読の一冊と思います。

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2025年11月19日

Posted by ブクログ

人間が人間としての自由や権利や意思を奪われること。

奪われた者たちは初めは混乱し、抵抗するも、やがて順応してしまうこと。

しかしながら、人間として決して奪われないものもあるということ。

奪われたものが返ってきても、もはや受け付けられなくなってしまった者もいたということ……。

ホロコーストの当事者であった筆者が綴る強制収容所での体験は凄絶だ。同時に、人間や生きることについての分析や考察がユーモラスに綴られてもいる。ちょっとしたおかしみが最後まで読み通す活力となり、また事実の惨たらしさを明らかにしてくれていると思う。

かつて人類が犯してしまった大きな過ち(残念ながら現代でも根絶しきれていない)と、人間という存在について考えさせられる一冊。気軽に読めるが真摯であるところがいい。

個人的に特に惹かれた箇所——「第二段階 収容所生活」、「収容所監視者の心理」より引用。

 (前略)こうしたことから、わたしたちは学ぶのだ。この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、ふたつの種族しかいない、まともな人間とまともではない人間と、ということを。このふたつの「種族」はどこにでもいる。どんな集団にも入りこみ、紛れこんでいる。まともな人間だけの集団も、まともではない人間だけの集団もない。したがって、どんな集団も「純血」ではない。監視者のなかにも、まともな人間はいたのだから。

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2025年11月13日

A

購入済み

「苦しむことはなにかをなしとげること」
はたして自分がその境遇になったときに
そのように境地に達することはできるのだろうか。
解放されずに殺されてしまった人々は、どう思うだろうか。
結論を出せるような問題ではないが
自分にはない視点を得られた。

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2024年04月10日

購入済み

興味深い

あらすじと名言を聞いただけで読みたいと感じ、購入しました。固い表現ばかりに見えますが内容がとても興味深く、何周も読みたいと思いました。

#切ない #深い #タメになる

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2023年12月01日

購入済み

名著

著者の実際の体験から得られた言葉には計り知れないほどの説得力があった。凄惨な場面についての表現も多く含むため読むのが辛くなることもあるが、読了して多くのことが学べたと思う。現代に生きるすべての人に読んでほしい一冊。

#感動する #深い #タメになる

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2022年05月31日

Posted by ブクログ

第二次世界大戦 においてナチスドイツ が行った最大の戦争犯罪であるユダヤ人の虐殺について、収容所に収容された精神科医の記録であり名著です。素晴らしい言葉が多い本書において、「自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。」という言葉に涙しました。博士が 収容所でどんな苦しみでも人を愛せると気付かせた最愛の妻は、アウシュビッツですでに亡くなっていたのです 。

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2025年12月21日

購入済み

人生に悩む人は読むべし

前半は、悲惨、無残、過酷、残酷、どんな形容詞でも足りないほどの強制収容所の実態が、抑えたトーンで描かれたルポルタージュです。

後半は、そんな環境下で作者が見いだした、生きるとはどういうことか、生きることの価値は何なのか、ということが、圧倒的な説得力で伝えられています。
人生で辛いことがあって、何のために私は生きているんだろう、とか、私はどう生きればいいんだろう、とか、悩んでいる人(私がそうでした)に、ひとつの回答を提示してくれます。

旧版は読んだことありませんが、新版は読みやすく、訳も問題ありません。

一点だけ。タイトルは、新訳の訳者は、旧訳への敬意をこめて、元のタイトルを残した、と述べていますが、若干違和感を感じました。前半の収容所ルポにはフィットするタイトルですが、後半の人生論にはちょっとそぐわない気がします。新しいタイトルをつけても良かった気がしますが、あまりに有名なタイトルなので、そのまま残したのでしょう。

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2017年02月27日

Posted by ブクログ

4.0
私たちが生きることから何を期待するかではなく、むしろひたすら、生きることが私たちから何を期待しているか。
生きるとは、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、刻々の要請を充たす義務を引き受けることに他ならない。

なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える
永遠のロングセラーの意味が分かった。大切に本棚に置いておきたい一冊。

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2025年12月27日

Posted by ブクログ

「自分がどうあるか?」が人間の尊厳であるという結論。このフランクルの意見は、フロイトとの比較で腑に落ちた。

フロイト医学では、人間の欲を「仕事」と「愛」に昇華することで、健康的に生きられるとした。

認められたい、やりたいことしたい、愛されたい、といった負の方向にも行きかねないエネルギーが、人間には満ち溢れてる。

これを社会の枠にハメて、「仕事」と「愛」に注ぎ込むことで、欲が満たされて健康になる。つまり、全力で仕事して、全力で愛せ、と。

これは、「価値と評価」が交換される世界でのみ通用する考え方である。

一方で、フランクルは強制収容所という、「価値と評価」が交換されるといった通常の世界とは程遠い、全てが奪われた世界に身を置いた。

そんな極限な状態でも、横暴な人間、親切な人間とそれぞれ行動が分かれた。つまり、人が「どうあるか」というのは、最後に残された人間の尊厳であると。

現代人に当てはめると、思ったより評価されない、自分なりに価値が出せてないからと言って、腐るんじゃなくて、

どんな状況でも恥ずかしくない姿で「あり続ける」ことをできるのだ。

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2025年12月21日

Posted by ブクログ

著者の経験は壮絶であり、それを擬似的に追体験することは精神的に負荷を伴うものではあったが、この書籍は、(本人達の経験に比べれば何でもないであろうが)確かに著者の世界に参加し追体験ができる高度なレベルの体験記であった。
著者は、番号とリストだけが意味を持ち、被収容者側の意思や事情などは何の価値も持たない極限の状況下で、現実から逃避し、感情すらもなくしながら、それでも人間であることを失わない少数の人達がいたことを語る。苦しみにも意味があると人生を真っ正面から受け止める人達である。目の前の苦しみや死すらも意味を持つと直視し、人生の意味を噛みしめながら、未来を見つめて生きる者達である。

解放後にすぐには感情が戻らないこと、逆に乱暴になる者がいたこと、漸く日常生活に戻っても、周囲から理解されていないと感じる孤独が耐え難く、特に愛する者を失った場合は、収容所内で味わった苦難の中で見続けた夢が片や現実になったが片方ではもはや叶いようのない夢であることを突きつけられる辛さがあること、すべてが経験者にしか語られないことであり、凄まじい深さで読む者の心に刺さってくる一冊だった。

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2025年11月22日

Posted by ブクログ

アウシュヴィッツについては色々YouTubeや映画などで見てきました。

そこには地獄が広がり、今の私たちがどれだけ恵まれているか実感させりるものばかりでした。

しかし、この作品には小さな無数の苦しみが書かれています。

私たちが経験したことのある心理状態に近い物があり、それが命に関わるとしたら壮絶だと、よりリアルに感じ重たい息を吐いてしまう程でした。

人は生きる上で必ず小さな希望を得ようとしてしまう。
優しくて情深い人ほど弱くて脆いのかもれない。
それがいい事なのか悪いことなのかは極悪な環境では全く意味をなさないのかもしれないと思うと切なくなりました。

物語ではない現実の話だからこそ、夥しい苦痛は風化させてはならないのだと思いました。

人が人を傷つけるのはいかに簡単な事なのか、
人が人を救うことがいかに難しいのか考えさせられる、そんな本でした。

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2025年11月18日

Posted by ブクログ

アウシュビッツ絡みで気になってた本
読める限り多くの人に読んで欲しいなと思った、特に平和時代を生きる若者へ

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2025年11月16日

Posted by ブクログ

強制収容所に収監された精神科医の記録
人間の精神にスポットを当てた1冊
収監された初期、中盤から終盤、解放後などの心理状態や変化
どうやって耐えどう生き延び何を支えに生きてゆくか
色々考えさせられる作品

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2025年11月15日

Posted by ブクログ

この本は、レビューを書かれている人にもいますが、いつか読みたいとは思いつつも、強制収容所のお話なので、どうしても気が重く読めずにいた本でした。

しかし、読んでみると自分の人生であったり、今指導している人たちのそれぞれの人生がどうなのか?考えさせられる示唆に富んだ良い本でした。

あのような過酷な生活の中であっても多様な生き様があり、そのような過酷な生活だからこそ、人の考えや行動の素の部分が現れ、それでも非常に大きな差、広がりが実際にあるのだなと思った。

非常に良い本なのだけど、訳者の余計な考えが不要というか不快なので★-1にしました。

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2025年11月15日

Posted by ブクログ

強制収容所というあまりにも過酷な環境で、人がどのように考え、動き、そして生きていたかを記した本。

すごく描写が緻密で、本当にこんなことが現実に起きていたということを信じざるを得なくなる。
和訳なので読みづらくはあるけれど、旧版新版2人の訳者の方のあとがきも相まって、より当時の時代背景や著者の人となりが入ってくる、まさに後世に残す必要のある作品。

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2025年11月01日

Posted by ブクログ

生きることが私たちに何を期待するのか 強制収容所での実体験をつづった作品。過酷な収容所生活を通して醸成された、心理学者である筆者の生きることへの考え方に感化させられる。

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2025年12月16日

Posted by ブクログ

ナチスの収容所の映像はテレビや学校の授業で、見ていたのでそこまで驚きはなかった。
私が暮らしている環境とかけ離れすぎていて、これが現実にあった話だと本気で理解出来ていない私がいる。
ただ、私の今いる環境が恵まれていること、この本を私に届けてくれたことに感謝することしかできない。
心理学者という目線で話をすることに新鮮さを感じた。結局究極に追い詰められても精神論、というか
「愛」「希望」「勇気」が人間にどれほどの力を与えるのか、改めてわかった気がする。
そして私たちが生きる意味は普遍的な言葉では言い表せないけれど、目の前の苦しみに向き合って、乗り越えることの積み重ねなんだと思うと、苦しみも悪じゃないよね、と思えた。苦労の大小は違うかもしれないけれど、物事に誠実に、真摯に向き合っていくことが、魂を磨くことなんだなと思った。

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2025年12月28日

Posted by ブクログ

112
美や芸術や自然をたっぷりと味わう機会に恵まれた生にだけ意味があるのではない。
強制収容所での生のような、仕事に真価を発揮する機会も、体験に値すべきことを体験する機会も皆無の生にも、意味はあるのだ。

人間の内面は外的な運命よりも強靭なのだ


生きる意味のコペルニクス的転回


129

たしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない

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2025年12月05日

Posted by ブクログ

戦争を知らずに生きてきて、それでも世界で起きている悲惨なニュースには心が痛くなる。
この本は、強制収容所に入れられた心理学者が生きのびながら、その中での出来事や心理的変化が書かれてあり、より悲惨さが伝わる。
人間とは、生きることとは何か。

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2025年11月12日

Posted by ブクログ

精神科医であり心理学者であるフランクルがホロコーストから生還したときの記録。前置きにあるように、この作品はホロコーストの残虐性にスポットを当てたものではなく、極限状態における人間の精神と、生きる意味を見つけることの重要性を指し示してくれていた。
ニヒリズムから抜け出し、未来に希望を抱くこと。それこそが人間的な取り組みなのではないかと示唆を与えてくれる作品だった。
未来は未定だけど、過去は決定している。
「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」というメッセージは胸にくるものがあった。
どんな過去であれ、外圧によって奪われることはない。これは自分の内部で清算することとは別軸の話。不可侵領域を明確化することによるフランクルからのエールと捉えた。
極限状態では、一般論も常識もその効用が限りなく薄くなる。目の前の絶望を乗り越えるには、絶望の向こうを見渡すことが一番の薬になる。これは現実逃避ではなく未来を手繰り寄せるために必要なマインドセットに繋がる。
未来は未定なのだから、仮説を立てられる。仮説は自由だ。循環参照してしまうが、未来が決定していないから仮説を立てて思いを馳せることができる。
心をそっちに導き、行動を着いて来させればいっちょあがりなんだ。ありがとうフランクル。

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2025年11月10日

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