あらすじ
〈わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ〉
「言語を絶する感動」と評され、人間の偉大と悲惨をあますところなく描いた本書は、日本をはじめ世界的なロングセラーとして600万を超える読者に読みつがれ、現在にいたっている。原著の初版は1947年、日本語版の初版は1956年。その後著者は、1977年に新たに手を加えた改訂版を出版した。
世代を超えて読みつがれたいとの願いから生まれたこの新版は、原著1977年版にもとづき、新しく翻訳したものである。
私とは、私たちの住む社会とは、歴史とは、そして人間とは何か。20世紀を代表する作品を、ここに新たにお贈りする。
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Posted by ブクログ
精神医学・心理学者の視点から被収容者の生活と心情が記録されたもの。過酷な運命に諦めず、絶望せず、希望や夢を持つことが生き抜く力になったことを、そうすることのできた一部の人間の底力を示している。
Posted by ブクログ
ある特殊な状況下においての人間心理について
そんなふうにどこかで思っていた本。
だけど読み終わって感じたのは
特殊な状況下だからこそわかりやすくなった
人が生きることについての本だった。
私は三十代で不安症になり、外側に安寧を求めても、求めても、求めても、終わりはなかった。
結局、本当の安寧は、外側ではなく内側にあるのだとわかった。まだまだもがく日々である。
強制収容所という地獄のような状況下においても人間の尊厳を失わなかった人、幸せですとまさか言えた人がいたことを知れて本当に嬉しかった。
また、カポーのような存在も。差別、被差別、被害者、加害者といったカテゴリーの線引きを超えた人間性について。
とても興味深く勉強になった。
こんな悲劇は絶対に繰り返したくない。
それは大前提としてだけど、強制収容所の体系は
この日本でもあり得ることの縮図だと思える。
例えば、家庭内で子どもが同じような被害を受けていたり。
学校の部活内で行われていたり。
そう考えた時「だからあの人はこうなんだ」と理解の助けにもなる。
そして忘れたくないのは、運命について。
どうしてもコントロールすることは不可能な運命。
だからこそ思う存分とらわれることなく生きたいと思った。
運命を前にして、打算など意味をなさないんだと、これ以上ないほど痛切に教えてくれた。
折に触れてまた読み返したい本。
戦争の二文字が不気味に眼前をチラつくような今に
この本を読めてよかった。
Posted by ブクログ
とてもわかりやすい言葉で生きる意味について語られていて納得することができた。
自由も尊厳も全て奪われた困難の中で、それでも決して奪われることがないのは自分の内面であり誇りである。
苦しみも死も生きる意味のひとつであり、誇り高く苦しみ、誇り高く死ぬことが生きる意味なのだと思った。
傍に置いて何度も読み返したい一冊。読むたびに新しいことが発見できそう。、
Posted by ブクログ
ずっと前から気になっていた。やっと読めた。
もっと早く読めばよかった。でもきっと、今だから読めた。
完璧じゃなくていい。自分に誠実に生きたい。
心の中の宝石を、磨いていきたい。
Posted by ブクログ
「自分は何のために生まれてきたのか」と、深い思索に耽ったことがある。
そのとき辿り着いた答えは、「生まれてきたことに、あらかじめ用意された理由などない」ということだった。大切なのは、自分がどのように生きたいかという、自らの意志による結論なのだ。
名著『夜と霧』を読み、私は確信した。過酷な状況下であっても、生きることに意味を見出すのは自分自身である。肉体は拘束できても、精神の自由までは誰も奪うことはできない。しかし、思考を止め、自ら精神の手綱を放してしまえば、尊厳は容易に崩れ去る。あらゆる事象に意味を持たせるかどうかは、自分自身の選択であり、覚悟の問題なのだ。
未来に目的を据え、目の前の状況に意味を見出すこと。それこそが試練に耐えうる力を生み、精神を研ぎ澄ませる糧となる。
「どんな人間でありたいか。いかに生き、いかに最期を迎えたいか」
人生のあらゆる局面に自ら意味を授けることで、人はどのような苦難をも乗り越えていける。自分の人生という航路の羅針盤は、いつだって自分が握っていなければならない。
Posted by ブクログ
愛は実体を伴わずとも存在する。
・電車で移送されるなか、ザルツブルクの山並みが水彩画のようだったり、夕日を眺めるために疲弊し切っている仲間を叩き起こしてまで見せようとしたり。「世界はどうしてこんなに美しいんだ」という言葉に、打ちひしがれる。
・遺言の暗記のパートで収容所の仲間に伝えた妻へのメッセージ。「夫婦でいたのは短かい間だったが、その幸せはいまここで味合わねばならなかったことすべてを補ってあまりあるということ。」愛の大きさに、魂が震えた。
・環境が魂を規定する、というのは真理だと思った。
・がんじがらめの環境で、どんな覚悟をするか
・わたしの人生はわたしの苦悩に値するか ドストエフスキー
・収容所から出られた日。嬉しいという感情がどういうことか忘れていた。この症状を、離人症というらしい
・グスタフマーラー 大地のうた 第9番→フランクルと訳者が好きなうた
・カポー側の体験談知りたい
Posted by ブクログ
いつか必ず読もうと思いながらなかなか開くことができなかった1冊。
この本を読むことができて、本当に本当によかった。
想像を絶する暗闇の中でも、人間の心に最後まで残る、小さいけれど確かな光を見せて頂いた。
第二次世界大戦中に強制収容所へ収監されたユダヤ人心理学者である著者が、その経験を軸とし、極限状態に置かれた人間の心理状態がどのように推移するかを示した文献。
悲惨な事実も記されているが、あくまで主体はその結果として生じる心理的な反応であり、淡々とした文章で記されている。
もちろんこの時代の被収容者の方とは比べることも烏滸がましいが、私のこれまでの人生にもほんの些細な苦しみは存在して、そのとき自分が陥った精神状態を思い出してみると、この本に書かれている内容に当てはまるなと感じることもあった。なんだか過去が認められて、救われた気持ちになった。
この先どんな暗闇の中に閉じ込められてしまったとしても、どうか少しでも善く生きていきたい。
暗闇の中でも光を見失わないでいるための胆力を持っていたい。
著者は収容所内でも隙を見て、速記記号で紙の切れ端に論文を書いていたということ…。
明日の命すらも危ない状態であったのに、その胆力には本当に驚嘆した。人間はこんなにも強くなることができるのかと。
この本を記したフランクル氏に、心からの敬意と感謝を表します。
Posted by ブクログ
キャリアコンサルタントの勉強をしていて、「人生の意味を求めること」の重要性を言った著者に共感し、それが強制収容所からの生還を経てつくられていったものだと知り手に取りました。
冒頭にある解説を5ページ読んだ時点で「こんな世界を2度と作ってはいけない」と感じられるほど、これまで見聞きしたどんなフィクションよりも凄惨な事態。淡々と事実を書いてあるからこそ感じる恐怖がありました。
なぜそんなことが起き得たのか。体験記を読み進め、フランクルの日々を追体験してゆくと、理解できてしまうような気がするのもまた怖かった。
極限の状況で私たちが頼るべきものは何なのか、私たちを救い得るものは何なのか、フランクルの壮絶な経験が説得力をもって教えてくれる。
だけど私は、自身の心の持ち用を考え直すだけでなく、そもそもこのような状況を2度と生み出さないことを考え続けたいと、この本を家に置いておききたい、と思いました。
印象的な言葉(原文通りではありません)
Posted by ブクログ
読むべき本。心理学の視点から冷静にアウシュヴィッツの体験を見詰めている。「あなたは人間になったのだ」は忘れられない。
あとがきも読んだ方が良い。パレスチナの土地の話をしている。あとがきが書かれてからさらに時が過ぎた今の世界は、暴虐のシオニズムが湧き上がって、またパレスチナの土地が血に染まってる。
Posted by ブクログ
10年ぶりに読んだ。
収容所という死と隣り合わせの極限の中で状況は支配されても、内面の在り方は選べるというフランクルの姿に学ぶことが多かった。
困難な立場に立っても、その困難に意味を見い出してこそ乗り越えられるという姿勢も見習いたい。
収容所の中でも、将来心理学の論文を書くために、ひたすら速記文字を使ってメモを取り続けたその姿勢は、目的を持つことの大切さを知らされた。
Posted by ブクログ
ブッダの教えにも似ている?
「どのような状況でも自分の態度を選択できる」
このような過酷な環境で妻や子供を殺されたとしたら、反応反射的に憎しみから相手への報復、復讐心に湧くことだろう。ただ人間はその状況下でも俯瞰したものの見方が大切だと思い知らされた。「許すこと」は、単なる相手の行為の肯定ではなく、憎しみの連鎖の中でいかに自分の「生」の意味を見出し、人間としての尊厳を守り抜くかという、内面的な精神の強さに焦点を当てたもの
Posted by ブクログ
これからも繰り返し読みたい本、素晴らしい名著。
人の心は繊細で深いもの。極限的な状況でも希望を見つけ人生を歩み続ける人たちを見た時凄く衝撃を受けた。
自分の人生の中で繰り返し読みたい1冊。
「苦しむことはなにかをなしとげること」
はたして自分がその境遇になったときに
そのように境地に達することはできるのだろうか。
解放されずに殺されてしまった人々は、どう思うだろうか。
結論を出せるような問題ではないが
自分にはない視点を得られた。
興味深い
あらすじと名言を聞いただけで読みたいと感じ、購入しました。固い表現ばかりに見えますが内容がとても興味深く、何周も読みたいと思いました。
名著
著者の実際の体験から得られた言葉には計り知れないほどの説得力があった。凄惨な場面についての表現も多く含むため読むのが辛くなることもあるが、読了して多くのことが学べたと思う。現代に生きるすべての人に読んでほしい一冊。
人生に悩む人は読むべし
前半は、悲惨、無残、過酷、残酷、どんな形容詞でも足りないほどの強制収容所の実態が、抑えたトーンで描かれたルポルタージュです。
後半は、そんな環境下で作者が見いだした、生きるとはどういうことか、生きることの価値は何なのか、ということが、圧倒的な説得力で伝えられています。
人生で辛いことがあって、何のために私は生きているんだろう、とか、私はどう生きればいいんだろう、とか、悩んでいる人(私がそうでした)に、ひとつの回答を提示してくれます。
旧版は読んだことありませんが、新版は読みやすく、訳も問題ありません。
一点だけ。タイトルは、新訳の訳者は、旧訳への敬意をこめて、元のタイトルを残した、と述べていますが、若干違和感を感じました。前半の収容所ルポにはフィットするタイトルですが、後半の人生論にはちょっとそぐわない気がします。新しいタイトルをつけても良かった気がしますが、あまりに有名なタイトルなので、そのまま残したのでしょう。
Posted by ブクログ
日常から突然収容所へ送られた人間が、極限状態の中で少しずつ変わっていく様子を、驚くほど生々しく描いていた。
明日どうなるかもわからない状況の中で、人は簡単に希望を持てない。ただ生き延びるだけでも精一杯で、終わりの見えない不安が少しずつ人を壊していく。
特に印象に残ったのは、捕虜側から選ばれた「カポー」の存在だった。同じ立場だったはずの人間が監視役となり、生き残るために他者を押さえつける。その構造が、この場所の異常さをより現実的に感じさせた。
生き残ったとしても、そこで受けた傷は消えない。読み終わったあとも、人間が極限状態で何を失い、何を支えに生きるのかという問いだけが重く残った。
Posted by ブクログ
「感情を捨てることで、人は生き延びる」
夜と霧を読んで最も印象的だったのは、人間は極限状態で「壊れる」のではなく、“生き延びるために感情を切り離す”ということだ。
収容所では、死や暴力に感情を動かし続けていては耐えられない。だから人は、苦痛に慣れ、「感じない」ことで自分を守る。それは冷酷さではなく、防衛本能だった。
そして一度失った感情は、解放されてもすぐには戻らない。自由になっても、喜びすら感じられない。その描写が強く残った。
⸻
「現代社会にもある、“感情の麻痺”」
これは戦時中だけの話ではないと思った。
現代でも、人は強いストレス環境の中で、少しずつ感情を削っていく。仕事、成果、SNS、人間関係。追い詰められるほど、人は「感じないことで耐える」ようになる。
仕事をただこなし、人にも自分にも無関心になる。それは怠惰ではなく、壊れないための防衛反応なのかもしれない。
Posted by ブクログ
とても淡々とかかれているけれど、やっぱり惨さや恐ろしさ、残虐性をとても感じる。
人を痛めつけることに快感を覚える人が一定数いて、そう言う人たちはどうすればもっと痛めつけれるかというやり方にとても躍進する。
虐待をする親や先生でもそういう人たちがいる。
人を痛めつけることには何も生まれない。
戦争や歴史はそれを教えてくれているのに人間は学ばない。
余裕のなさから生まれるのもあると思う。
でもお金を有り余るほど持った結果他人に危害を加えることに快楽を覚える奴らもいる。
こんなクソ野郎の世界で、戦争が果たして終わるのかと思ってしまう。
同じ人間なのに
Posted by ブクログ
壮絶な内容だけど公正に淡々と描かれているから変に感情移入しない、意外だった
印象的なシーンも強い情動がない
体験しておきながらここまで引いて記述できるのは相当な精神力
過去は奪えない
Posted by ブクログ
アウシュビッツ収容所に実際に入っていた心理学者がその過酷な状況下で人がどのように行動するからを心理学的に書いてあった。
印象に残ったこと
•人は愛する人がいると強くなれること
•人はどんな環境下でも順応してしまう生物であること
•自分を待っていてくれる人、仕事、ことがあることなど自己必要性があることで生きる希望が湧くこと
•生きる意味を見つけるのではなく、人生のそれぞれの場面で、人生がいま自分はどう生きるかを問われている。その問いにたいしてどう答えるかで自分らしさが見えること
だから、自分に出てくる選択肢に答えてきちんと対応することが生きること?
•自分の生きてきた経験はどんなことがあろうと他人には奪われないこと
→自己効力感等はこれ?
Posted by ブクログ
残虐な様子は意外とあまり直接的に描かれていなく、ただただ苦しい日常を送る中で消えていく感情がグロテスクだと思った。
どんな辛い時にも、辛い時こそ正しいと思う行動が出来ることが自分のための救いでもあるのかな、と思った。
とにかく、人種という変えようの無いもので一律に判断するのは良くない。
何も無く平和に過ごせてることこそかけがえのないものだから、欲をもたずに安全に生きていたいと強く感じた。
Posted by ブクログ
『プラハの古本屋』で出てきたタイトルで興味があったから読んでみた。大好き(というと語弊があるが)なアウシュビッツやホロコースト関連の内容で、小説かと思ったら、医者でありながら実際の被収容者で奇跡の生還を果たした作者が、心理学的に見た立場になって当時をやり過ごしてきたという内容で小説以上に驚いた。そんな視点で過酷な地獄を乗り越えてきたんだと感心させられる。中でもいかに絶望の淵にいようとも未来に希望しているかが生死を分けるというものである。まぁ、希望をもってしても理不尽に殺されたりするのだから運もあったんだろうけど。この本の中でもスピノザの話なども出てきており、哲学は偉大だと思う。ある小説では、哲学書は読んだその時に理解する必要はなく、読み切ったそのことが大切で、いつかじんわりわかり始める時が来ることがあるというのも頷ける。死と隣り合わせにいるときにさえ、仲間に生を唱え、心理療法を施し、決して諦めなかった、また恐怖に追い込まれるからこそ生み出される精神面からの回避術なんかも解説されており、自殺相談所の人たちはもっと哲学書を読んで学べって思った。自分もフィクションの物語がメインであるが時折哲学書を挟んで読む。面白いと感じるのは全体の1割にも満たない本もあるが読み切る。どこかで記憶の引き出しからあの本もそういえば同じようなこと言っていたなぁ、と思えればしめたものだと思っている。
Posted by ブクログ
良書。
ドストエフスキーの引用、「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」が刺さった。極限状態でも善く生きようと試みることの実現可能性を証明している。
ハードな環境を経験もしないで理想論を説かれても説得力に欠けるが、この本ではこの世の地獄のような極限にあってまでも未来や愛する他者、自らの使命を志し生きる希望を失わない人々の姿がよく描かれていた。
確かに、今この身に起きている苦痛に打ちのめされ切ってしまわないようにするためにも、外的な何かに注意の先を向けると言うのは理にかなっている。ロゴテラピーについて書かれた他の著作と併せて読むと理解が深まる。
ただ、日常的に実存的な問いに向き合って生きている人間であれば、目から鱗、パラダイムシフト!みたいな大きな衝撃があるような本ではない。
普段から自分で考えている事柄の輪郭をよりハッキリさせたり、新しい観点やinsightを加えたりしてくれるといった性質が大きい。
世に出回っている、人生観が変わる!!といったような書評や感想期待を膨らませすぎるといささか拍子抜けする人もいるかもしれない。
「善く生きる」と言うことや実存的問いについてあまり普段から考えたりしないような人にとってはきっとそれほどまでに衝撃の大きい本なのだろうと思う。
Posted by ブクログ
『新明解国語辞典』の「命」の項を思い出した。
いのち【命】㊀生物が生きている限り持続している肉体や精神の活動を支える根拠の包括的な呼称。〔一瞬一瞬生きることの繰返しとして とらえられる緊張の持続であり、客観的には有限であるものが、主体的には無限の連続として受け取られるところに、その特徴がある〕
例えば、自分のライフプランを考える時。何歳に就職し、何歳に結婚し、最後は何歳で死ぬかとイメージする。このように客観的に考える時、命は有限なものといえる。
例えば、受験勉強をしている時や、失恋をした時。例えその苦しみが1年後には終わると理解していても、一瞬一瞬が辛く、永遠に続くかのように感じる。このように主観的に考える時、命は無限の連続といえる。
『新明解国語辞典』に立ち戻ると、一瞬一瞬を連続的な「線」として捉えると命は有限だが、一瞬一瞬を都度の「点」として捉えると命は無限の連続になる。
一瞬の捉え方によって有限か無限かが異なるだけで、命には有限の状態と、無限の状態が同時に存在している。
フランクルは強制収容所のありようを「無期限の暫定的存在」と定義した。これは無限の状態であることを強制されていると、言い換えられる。
収容者についてフランクルは以下のように述べている。
“被収容者の心を悩ませていたのは、収容所を生きしのぐことができるか、という問いだった。生きしのげられないのなら、この苦しみのすべてには意味がないという、というわけだった”
収容所は、生きしのぐという未来の可能性を不明確にすることで、客観的な命のあり方を奪う。被収容者は苦しみが無限に続くように感じる。
この収容所の苦しみに対しフランクルは無限の苦しみと向き合うことが大事と、結論を出している。その通りだと思う。
でもそれは収容所の苦しさを一般的にしすぎているようにも思う。また苦しみに向き合えた人間と、向き合えなかった人間を区別することになってしまう。
苦しみに向き合うことの意味も大事だが、アーレントのように収容所の構造的な悪について批判してほしかった。
Posted by ブクログ
尾道の紙片にて購入。
強制収容所での心理学者の記録。
表層だけを学んだり、
映画等の題材として観ていたものの、
その被収容者の深層心理に触れることができたようで
とても勉強になった。
特に解放された後の感情、
ナチス側に対する視点が
時代があたえた人間への
強烈な影響を物語っていて、
印象的だった。
Posted by ブクログ
精神科医の著者が強制収容所での壮絶な体験を語る貴重な本。
4日間で150gのパンを1切れしか与えられずに労働をしていたとは信じられない。
収容所監視者は、やはりサディストが多かったようだけど、こっそり自分の食事のパンを隠して分けてくれる人もいたらしく、まともな人もいたんだと思った。
一番ショックだったのは、著者やその仲間が解放された時に嬉しいと思えなかったこと。
喜ぶという感情さえも失われている状態とは、想像を絶する。
極限的な抑圧から突然解放されることでも精神を害するようで、精神科医の著者は冷静に仲間たちの精神状態を理解して支えていたのがすごいと思った。
Posted by ブクログ
フロイト、アドラーに師事した精神科医フランクルがナチ強制収容所で体験したことを彼の目線で綴ったものがたり。世界600万部のロングセラー。
『人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。』
Posted by ブクログ
人間は究極の立場に置かれるとどうなるのかと言う事が分かったのと、解放された後、みんな喜ぶのかと思ったが、感情が欠落してしまって喜び方も、感じ方も分からなくなってしまうと言う事にさらなる発見があった!
Posted by ブクログ
「繊細な被収容者のほうが、粗野な人びとよりも収容所生活によく耐えた」
反対だと思っていたので、とても意外でした。
解放されたとき、これからは自由の身だと嬉しさで溢れるのかと思っていましたが、実際は嬉しいという気持ちすら感じなくなってしまうのだと知りました。
収容中のすさまじい体験についての具体的な記述もありましたが、実際はもっともっと悲惨なものだったであろうことが、このような自由の身になったときの反応から窺がわれました。