本書は「哲学者からの不思議な手紙」とサブタイトルがあるように、哲学について書かれたファンタジー小説です。
哲学というと何やら小難しい印象がありますが、小説の形式をとったストーリー仕立てで、物語を楽しみながら読み進めることができました。
とは言え、上巻と下巻の両方を通して読み終えた時の感想は、ただストーリーをなぞり、それを楽しんだだけで、何か大切なものに気づかず通り過ぎてしまっているような気がして、続けてもう一度読み直しました。以下は上下巻を通して再読しての感想です。
主人公は「ソフィー」という名の14歳の普通の女の子。そんな彼女のもとに、
「あなたはだれ?」
とだけ書かれた差出人不明の手...続きを読む 紙が届きます。
なにやらミステリータッチな雰囲気で始まりますが、この手紙をきっかけに、ソフィーは手紙の差出人である謎の哲学者から、ヨーロッパの哲学の歴史について教えを受けることになります。
当然、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、デカルト、カントなど、数多くの哲学者と、彼らが説く哲学について紹介されていますが、それらの解説は別の哲学書に任せるとして、ここではストーリーに沿って、印象に残ったところを紹介しようと思います。
ご存知のように、英語で哲学は Philosophy(フィロソフィー)といい、「フィロ」は「好む」「愛する」というような意味で、「ソフィー」は「智恵」「知識」などを差す言葉だそうです。
だから、「ソフィーの世界」というこの本のメインタイトルは、ソフィーという名前の女の子を主人公としたファンタジー小説であると同時に、哲学の世界についての解説という、両方の意味を掛け合わせた実にうまいタイトルだなと感心しました。
さて、この不思議な手紙を受け取った後のソフィーの心境について、こんな描写があります。
「まるで自分が、魔法の力で生かされている人形のような気がしたのだ。わたしはこの世界にいて、不思議な物語のなかを動きまわっている。」
二度目に読んで気づいたのですが、これが物語の中盤以降に判明する、驚くべき事実を暗示する記述になっています。ソフィーはまるで予言者なのかと、つい思ってしまいます。
そのあと再びソフィーのもとに
「世界はどこからきた?」
とだけ書かれた第二の手紙が届きます。
こうして、手紙で問われた「あなた=人間」と「(住んでいる)世界」、この2つの対象の「存在の謎」をめぐり、ソフィーと謎の哲学者との間で、いよいよ哲学の話が始まります。
読んでいて、まず印象的だったのは、ソフィーが初めて謎の哲学者アルベルトと直接会って対話した教会での出来事です。対話を終えて教会をあとにする時、ソフィーは、マリア像の目の下に小さな水滴(涙)があるのを目にします。
マリア像が突然涙を流すというこの非現実的な状況は、このときのソフィーはまだ気づいていませんが、ソフィーが存在する世界についての事実、つまり自分が住む世界が現実でないという事実を、示唆しているのだと思います。これも二度目に読んで気づいたことです。
それまでは、哲学者アルベルトからの一方的な手紙だけの教えでしたが、この教会で二人は初めて顔を合わせ、言葉を交わし、ここから対話による哲学の教えが始まったところでした。そんな物語の転換期に挿入されたこの描写は、最後まで読み終えてからこそ分かることで、初めて読んだ時には気づくこともなく読み飛ばしていました。
そして物語前半の最後(上巻の最後)、哲学者アルベルトがイギリスの哲学者バークリーについて紹介する章で、ついにソフィーは自分の存在についての事実を知ることになります。
【以下、ネタバレとなります】
ソフィーと哲学者アルベルトとが哲学について対話するストーリーとは別に、ソフィーとは全く関係のない同じ年の女の子ヒルデが、15歳の誕生日祝いに父親から贈られた、分厚いバインダーに綴じられた長い物語(父親自身が書いたもの)を読むという場面が、物語後半(下巻の冒頭)から登場します。それまでもヒルデという名前は所々に出てきていたので不思議に思っていたのですが、ようやくここでソフィーとヒルデとの関係が判明します。
そこでは、ソフィーはヒルデが読んでいる物語の登場人物に過ぎなかったこと、すなわち、ソフィーという存在も、哲学者の存在も、哲学者との対話も、すべてヒルデの父親の創作であった、ということが分かります。
ソフィー自身、自分は実在する世界に住んでいる実存する人間とばかり思っていたのに、実は非現実世界に住む実体のない存在であり、単なる紙とそこに書かれた文字に過ぎなかった、ということを知ります。
想像もしていなかった展開に、最初に読んだときには、しばらく頭の整理ができませんでした。まさにファンタジー小説です。
しかし、哲学者アルベルトは薄々このことに気づいていて、ソフィーと一緒に実体の無い非現実世界からの脱出を計画します。
物語の冒頭の「あなたはだれ?」という問いは、その「存在」を問うもので、ソフィーが哲学の歴史を学ぶことで、存在するということの意味を、読み手の自分も少しは理解していたところなので、その後の展開は、考えさせられるものでした。
やがて、ソフィーとアルベルトは脱出に成功し永遠の世界に存在することになります。そこは身体から解放された純然たる精神の世界なので、人間のような生活はできないけれど、死ぬこともなく永遠に生き続ける世界です。
一方、ヒルデは人間として実在し時間の限られた世界に存在しています。時間の限られた世界とは、やがて死が訪れる世界ということです。しかし、不死の世界に存在することになったソフィーは、ヒルデの生活を見て涙を流します。
いつか必ず死ぬという思いがあればこそ生きているということを実感できるのであり、そんなヒルデをソフィーは羨ましく感じたのだと思います。
果たして、どちらの世界の在住者が幸せなのでしょうか?
哲学は誰にでも関係することばかりで、本書は繰り返して読めば読むほど、新しい発見や気づきが、必ず見つけられる気がします。