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Posted by ブクログ
ルイーゼとロッテは9歳の双子の女の子で、『巻き毛のおてんば』と『おさげのきまじめ』という個性の違いはあるものの、それ以外となると、どっちがどっちなのか見分けがつかない程の瓜二つぶり。
そんな二人も初めて出会った時は大変で、ルイーゼの方が激しく動揺したために、ついロッテに冷たく接してしまったが、その夜、すすり泣くロッテの髪をぎこちなく撫でるルイーゼに、思わず彼女の指を探したくなったロッテ。
そして、翌朝にはロッテの前に立って、きまり悪そうにもじもじと足踏みしているルイーゼに(他の女の子が見たら、あのルイーゼがと、きっと驚くだろう)、ロッテは無理してようやく微笑んでくれて、それは見えないくらいに小さかったけれども、ルイーゼはほっとして微笑み返した瞬間、彼女たちの人生は新たなスタートを切ることになる。
というのも、「ルイーゼ・パルフィー」には父しかいなくて、「ロッテ・ケルナー」には母しかいない、これが何を意味するのかは、なんとなく想像がつくだろうと思う。
大人も人間なので、夫婦間には色々あって当然だろうとは思うけれども、そこで巻き込まれる子どもの気持ちは、いったいどこに行くのだろうという疑問が湧き、親から見た子どもと、子どもから見た親というのはそれぞれに全く同じだとは思わないことからも、大切なのは、子どもにとって両親の存在とは、どのようなものなのかを、彼らがもっと子ども心に寄り添って考えることなのではないかと、本書を読んで何度も思った。
エーリヒ・ケストナーという人は、大人の中に於いて、とても稀有な存在なのかもしれない、子どもへの敬意をはっきりと作品に表す作家であり、『点子ちゃんとアントン』では当時のナチスが台頭した世の中に対して、自分たち大人が何も出来なかったことを子どもたちに謝っているし(ケストナー自身は、政府から目を付けられて命の危険にさらされていたというのに)、本書に於いても、双子の女の子の素敵な作戦がきっかけとなって、周りの大人たちの意識を優しく変化させる展開には、子どもの持つ大好きなものに対する一途さがもたらす不思議な力の可能性を感じられたことに胸を打たれた、そんな彼への賛辞は池田香代子さんのあとがきの、『わたしがほしかったのは同情でもはげましでもなく、この尊敬なのでした』からも実感できた、「子どもなのにえらいね」とか、「けなげだね」といった、『いわば一段高いところからのほめことば』では無い点に、ケストナーの作品は児童書の枠を超えた、子どもだけではなく大人が読んでも充分に考えさせられるものが多いのだと思われた、それはまさに本気で世界を良い方向に変えたい、彼のどこまでも強靱で揺らぐことの無い高い信念に基づいた意志が、たとえ今は清らかな魂になってしまったのだとしても、作品の中にいつまでも残り続けていて、しかもそこに必死さは微塵もなく、親しみやすい語りかけるような文章で温かく読み手を迎えてくれる、そんな優しさが子どもたちへの敬意となり、まさに本書の中の言葉のような『新しいしあわせの一瞬一瞬』を、現代に於いても変わらずに運んできてくれるのである。
Posted by ブクログ
いきなり「ゼービュール」なんて聞き慣れない村の名前の説明から始まってびっくりしましたが、ドイツ語特有(?)の名前に混乱しそうになるのを除けば岩波少年文庫の中でも読みやすい方だと思います。
子どもたちが夏の休暇の間、親元を離れて共同生活をおくる「子どもの家」。こういうのに憧れたなあと懐かしく思いました。
その後予想外の展開になり、最初に感じた文体の違和感も忘れ、ハラハラドキドキ、夢中になって読み終えました。
訳者の池田香代子さんもあとがきに、「読み進めるうちに、独特のスピード感があって、こういうのもいいな、と思われたのではないでしょうか」と書かれていますがまさにそのとおりでした。
大人が読む意味もあると思いますが、まずは、ロッテたちと同年代の子に出会ってほしい本です。
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